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2019.05.31

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十一

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    カラヴァッジョの‘女占い師’(1599年)

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     カラヴァッジョの‘聖母の死’(1601~03年)

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   レーニの‘ゴリアテの首を持つダヴィデ’(1606年)

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     グエルチーノの‘ペテロの涙’(1647年)

ルネサンスのあとバロックまでに出現した画家のなかで現在高い人気を誇る
のがカラヴァッジョ(1571~1610)、ラ・トゥール(1593~
1652)、そしてフェルメール(1632~1675)。この3人全部見
れるのはルーヴルとメトロポリタンしかない。来年3月所蔵作品がはじめて
日本にやってくるロンドンのナショナルギャラリーはカラヴァッジョとフェ
ルメールはあるがラ・トゥーㇽはない。ちなみに、2点あるフェルメールの
うち‘ヴァ―ジナルの前に座る女’が西洋美に展示されることが決まっている。
やってくれますナショナル・ギャラリー!

ルーブルがもっているカラヴァッジョは3点。ダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’な
どが飾ってある館内のメインストリートで楽しめるが、横にも上にも名画が
びっしり並んでいるので、カラヴァッジョのスゴさがちょっと薄れる感じが
なくもない。初期の風俗画‘女占い師’は手相を見てもらっている若者の丸ぽち
ゃ顔がなかなか可愛い。苦い経験がなく能天気に生活しているのがひと目で
わかるので騙されやすい。案の定、女占い師に指輪を抜きとられた。

これに対して大作‘聖母の死’は絵画の掟などどこ吹く風のカラヴァッジョらし
い宗教画。なんと死んだ聖母の腹が膨れ上がっている。聖母の周りを手前の
マグダラのマリアら定石の人物たちが囲み悲しみにくれているが、主役の
聖母がこのような姿の躯では依頼主の聖堂はNGを出さざるを得ない。

絵画における人物表現や物語の描き方がルネサンスの理想的で穏やかなもの
からだんだんリアリティを強くだしドラマ性を深めていくようになる。カラ
ヴァッジョがその扉を開き、その影響を受けた画家たちが独自の写実性を
表現していく。グイド・レー二(1575~1642)の‘ゴリアテの首を持
つダヴィデ’は装飾的な描写が一切なく切り落とされたゴリアテの凄みのある
巨大な首が石の上にどんと置かれているだけ。子どもとしか思えない優男の
ダヴィデが一体どうやってこの豪傑を倒したのだろうか。

4年前回顧展が行われて少しは名前が知られるようになったグエルチーノ
(1591~1666)の‘ペテロの涙’は聖母と聖ペテロの涙の競演といっ
たところ。この聖母はボッティチェリやラファエロの聖母とはまったくちが
う。女性がしくしく泣くときの感じがよく表現されている。そして、涙を布
でふいているペテロ、‘ローマ兵に聞かれたときキリストの弟子であると素直
に言っておけばよかった、嘘をついたのは大きな間違いだった!’そんな後悔
の涙がひしひしと伝わってくる。

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2019.05.30

美術館に乾杯! ルーヴル美 その十

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  グァルディの‘サンタ・マリア・デラ・サルーテ聖堂への行進’(1770年)

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     カラッチの‘漁の風景’(1588年)

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   メッシーナの‘円柱に縛られたキリスト’(1476年)

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    ベリーニの‘祝福するキリスト’(1460年)

ルーヴル美のように有名すぎるほど有名な美術館は旅行ガイドブックにも
美術本にも作品の情報が満載されている。だが、名画の数が大変多いので限
られた紙面では全部はカバーできない。そこで、あまり名が知られてない
画家の作品は割愛される。そのガイドブックなどから落ちた作品にもいい
絵画がごそっとある。そのあたりがルーヴルの奥の深いところ。

グァルディ(1712~1793)はカナレット(1697~1768)と
ともにヴェネツィアの名所や海の風景をたくさん描いた。ルーヴルにも二人
の作品が数点あるが、とくにいいのがグァルディの‘サンタ・マリア・デラ
・サルーテ聖堂への行進’。惹かれるのは聖堂を三角形としてとらえた構図の
安定感。風俗画らしく聖堂にむかう大勢の人が細かくびっしり描かれており、
ペストの災難から逃れようと神に祈る人々の気持ちがこの行列となっている。

カラヴァッジョ(1571~1610)がその絵を高く評価していたアン二
バレ・カラッチ(1560~1609)には宗教画のほかに風俗風景画があ
る。どこの美術館でもみれるというわけではないが、ローマのドーリア・
パンフィーリ美にあるものとルーヴルの‘漁の風景’と‘狩りの風景’が強く印象
に残っている。‘漁の風景’の川の向こうの山々と建物はプッサンの絵を思い
起こさせる。

ヴェネツィア派の大親方ベリーニ(1434~1506)とほど同じ世代の
メッシーナ(1430~1476)は対照的なキリストを描いている。とも
に画面いっぱいにドーンと描かれており、元気がいまひとつ足りない‘祝福
するキリスト’がベリーニでカラヴァッジョを連想させる苦痛にゆがむリアル
な表情が心を打つのがメッシーナの‘円柱に縛られたキリスト’。

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2019.05.29

美術館に乾杯! ルーヴル美 その九

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   ウテワールの‘ペルセウスとアンドロメダ’(1611年)

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   マサイスの‘ダヴィデとバテシバ’(1562年)

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  フォンテーヌブロー派の‘ガブリエル・デストレとその妹’(1595年)

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      カロンの‘ティブルの巫女’(1580年)

絵画を鑑賞するときは性に合わない画家の数をなるべく少なくしているが、
どうしてもダメな絵もある。そのひとつがマニエリスム、ブロンズィーノ
とパルミジャニーノだけは別扱いで楽しんでいるがほかはいつも軽くみ
ている。これはイタリア画家についての好みだが、フランスやオランダ、
ベルギーの北方のマニエリスムは見方が変わりニヤニヤしながらみること
が多い。

ルーヴルにある北方マニエリスムではオランダのヨアヒム・ウテワール
(1566~1638)の‘ペルセウスとアンドロメダ’がお気に入り。髑髏
や貝殻がたくさんある岩場に立つアンドロメダの肢体美にもうメロメロ、
これほどの美女を救い出すのだから英雄ペルセウスの体からはアドレナ
リンがドバッと出ないはずがない。海上にいる怪物を仕留めるのは朝飯前
だろう。

もう一人アントワープで活躍したヤン・マサイス(1510~1575)
の‘ダヴィデとバテシバ’はどこかほんわかした宗教画でマニエリスム特有
の怪奇さがぐんと薄くなっている。右に居る侍女が笑っているのがおもし
ろい。‘ダヴィデの王様、バテシバさんにぞっこんだからもう手放さない
ね’とかなんとか想像しているのだろうか。

フォンテーヌブロー派の‘ガブリエル・デストレとその妹’は右がアンリ
4世の愛人ガブリエルで左が妹。妹がガブリエルの乳首をつまんでいると
ころがハッとする。そして、ガブリエルはというと左手で指輪をつかんで
いる。裸体の女性がこういうポーズをとる肖像画はほかにない。忘れられ
ない一枚。

アントワーヌ・カロン(1520~1600)の描いた‘ティブルの巫女’
は宗教戦争の時代の首都パリで盛大に営まれた祭礼の舞台のひとつを再現
したもの。ローマの伝説の話が一大ページェントになったので見る者は
一粒で二度美味しい状態になる。一種の風俗画でもあるので画面の隅から
隅までじっくりみると楽しめる。

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2019.05.28

美術館に乾杯! ルーヴル美 その八

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  コレッジョの‘ヴィーナス、サテュロス、キューピッド’(1525年)

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     クルエの‘フランソワ1世の肖像’(1530年)

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     クザンの‘エヴァ・プリマ・パンドラ’(1549年)

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     ペンニの‘狩人姿のディアナ’(1550年)

美術館へ出かける回数を重ねるごとに以前はみる余裕がなかった作品にまで
関心がいくようになる。ルーヴルで購入したカタログに掲載されている絵
を全部目のなかに入れるのは簡単なことでないが、なんといってもここは
西洋絵画の殿堂。2周目からはここでしか見ない画家たちにも必見のマーク
がつく。

パルマで活躍した画家、コレッジョ(1489~1534)は愛らしい聖母
子を描く一方、マニエリスムの匂いのする怪しげな絵もある。‘ヴィーナス、
サテュロス、キューピッド’は真んなかのヴィーナスがかなり官能的。
半分人間で半分牡山羊のサテュロスがこっそりとかけてあった布をはがし眠
っているヴィーナスとキューピッドをみせてくれる。こういう気が利く怪人
は好感度が増す。

フランツ・クルエの‘フランソワ1世の肖像’は一見の価値がある。この絵の
前に立ったのはだいぶ後になってだが、みた瞬間もっと早く見ておくべき
だったと思った。フランソワの顔は横において思わず見惚れてしまうのが
縦にのびる黒の太線が目を惹く絹の衣装。この黒の帯と金の装飾模様を浮
き上がらせるグレイの絹地の滑らかな質感。リアリティが半端でない精緻な
描写はまるでドイツのホルバインの絵をみているよう。

フォンテーヌブロー派のコーナーではジャン・クザン(1490~
1560)の‘エヴァ・プリマ・パンドラ’が心をザワザワさせる。これは
フランス人が描いた最初の裸体画。十頭身くらいありそうな肢体を横たえ
ている女性はエヴァとパンドラのダブル悪女。冷酷そうな表情がかえって
男の感情を燃え上がらせる。髑髏を触る右手には禁断のリンゴの枝を持ち、
左手をパンドラの甕においている。こういう圧の強い女性とはほどほどに
するに限る。

ルカ・ペン二の‘狩人姿のディアナ’はいかにもフォンテーヌブロー派をイメ
ージさせる一枚。ディアナは狩猟と弓術の女神、犬をしたがえこちらをチラ
ッとみる姿がとても優雅。弓を緊急に調達しついて行きたくなる。

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2019.05.27

クリムト、シーレだけじゃない‘ウィーン・モダン’!

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     クリムトの‘旧ブルク劇場の観客席’(1888年)

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  レンツの‘オペラ座付近のリングシュトラーセ’(1900年)

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     マカルトの‘女優シャルロッテ・ウォルター’(1875年)

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   クルツヴァイルの‘黄色いドレスの女性’(1899年)

パリ大改造と同じようにウィーンでも皇帝フランツ・ヨーゼフが都市改造を
おこない1860~90年にかけて環状道路(リングシュトラーセ)やその
沿道にオペラ座、ブルク劇場、美術史美術館などが出現した。国立新美で
開催中の‘ウィーン・モダン’(4/24~8/5)には当時のウイーンの活気や
人々の華やいだ気分を伝える作品がいくつも展示されている。

クリムト(1862~1918)は若い頃はこんなオーソドックスな絵を描
いていたのかと思わせるのが‘旧ブルク劇場の観客席’。オペラやバレエをヨ
ーロッパの劇場で楽しむという習慣がないので劇場の大きさやどんな構造に
なっているのか実感がないが、TVのオペラ番組ではこういう馬蹄形の観客席
がよくでてくる。

レンツが描いた‘オペラ座付近のリングシュトラーセ’はウィーンのベルエポッ
クの様子がストレートに伝わってくる。この街は2度訪れたが、自分の足で
歩いていないので、主要な建築物の位置と道路の流れが十分把握できてない。
そのため、オペラ座のまわりがどうなっているか記憶があやふや。ウィーン
フィルのニューイヤーコンサートへ毎年出かけているクラシック愛好家なら
このあたりは馴染みの場所かもしれない。羨ましい。

今回大変惹きつけられた女性画が2点あった。ネオ・バロックの画家、マカ
ルト(1840~1884)の‘メッサリーナ役の女優シャルロッテ・ウォル
ター’と分離派のクルツヴァイルの‘黄色いドレスの女性’。女優シャルロット
の肖像をみてボストン生まれのサージェント(1856~1925)が描い
た‘マクベス夫人に扮するエレン・テリー’(1889年、テート・ブリテン)
を思い出した。ともに堂々とした女優の姿に強いオーラを感じる。

‘黄色のドレスの女性’には思わず足がとまった。両手を真横にしてソファの縁
をつかむポーズは一度みたら忘れられない。そして、目に飛び込んでくる
黄色の衣装。腰から下は一瞬黄色の蛾を連想した。

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2019.05.26

大相撲夏場所、平幕の朝乃山が優勝!

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   14日目 大関豪栄道を破って優勝を決めた朝乃山

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   天皇賜杯だけでなくトランプ大統領からは米国大統領杯が授与される

大相撲夏場所は平幕の朝乃山(前頭8枚目)が12勝3敗で初優勝した。
拍手々!富山県出身の力士が優勝するのはなんと103年振り。予想外の
展開でまたまた平幕から優勝力士がでたが、横綱、大関陣にだいぶガタ
がきており世代交代の波がぐぐっと押し寄せていることの証かもしれ
ない。

朝乃山が2敗で頑張っていたが、最後は鶴竜が賜杯を手にするとみていた。
ところが、鶴竜は8日目に玉鷲に一気に押されて連勝をストップさせられ
て以降、バタバタしてきた。14日目、前の取り組みで朝乃山が不利な
体勢だったにもかかわらず豪栄道を逆転で破ったので栃ノ心との一番で
相当プレッシャーがかかった。そのため、栃ノ心の立ち合いの変化につい
ていけずあっさり土俵をはった。これで千秋楽を待たず朝乃山の初優勝が
決まった。

今場所は初日から大関復帰をめざす栃ノ心を熱く応援していた。怪我が
回復したのか大関に上がったときの強さがもどってきて10日目で9勝1
敗とし、復帰にあと1勝とした。この調子ならすんなり勝ち、大関返り咲
きが弾みになって優勝に突き進むかもしれないと予感させた。でも、相撲
は何が起こるかわからない。11日目からよもやの平幕に3連敗。朝之山
戦はきわどい判定になったが、行司差し違いで敗けに。ビデオでみると足
は砂を払っていないのがわかるのに、勝負審判は砂をはらうのがみえたと
主張。それはあんたの目の錯覚。いろんな角度からとったビデオをスポー
ツ科学をやっている専門家にみせたらあの足の動きからは足は土について
いないと判定するだろう。何のためにビデオを導入したのか阿武松審判長
はまるで理解していない。これでは栃ノ心は涙がでる。

この敗戦にもめげず、栃ノ心はよくがんばった。報道によると右ひざにた
まった水を抜いたら調子が悪くなったらしい。でも、見事に大関に復帰し
たので来場所からは横綱をめざしてさらに精進して欲しい。
多くの相撲ファンがガッカリしたのは大関に昇進した貴景勝、4日目の
御嶽海との一番で右膝の靭帯を損傷した。体重が重いから治るのに時間が
かかるかもしれない。来場所も休場して、次の場所に10番勝ってまた
大関に戻るというシナリオで望んでいくほうがかえっていいと思う。
急がば回れということもある。
   

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2019.05.25

国立新美の‘ウイーン・モダン’!

Img_0001_64      クリムトの‘エミーリエ・フレーゲの肖像’(1902年)

 

Img_66      クリムトの‘パレス・アテナ’(1898年)

 

Img_0003_57      シーレの‘自画像’(1911年)

 

Img_0002_61      シーレの‘イーダ・レスラーの肖像’(1912年)

 

現在、クリムト(1862~1918)に最接近できるもってこいの展覧
会が2ヶ所で開かれている。東京都美と地下鉄乃木坂駅で下車してすぐ着
く国立新美。東京都美はクリムトだけだが、国立新美ではクリムトのほか
にシーレ(1890~1918)やクリムトが画家としてビューしたころ
ウィーン画壇の帝王的な存在だったマカルトやココシュカらもずらっと
揃っている。そして、絵画に加えて世紀末のウィーンに花開いた装飾工芸、
建築、グラフィックアートにおける新しい潮流を表す作品が続々現れる。
2つの美術館をはしごするとウィーン世紀末芸術の通になれること請け
合い。

国立新美に出品されているクリムト、シーレは全部ウィーン・ミュージア
ムが所蔵するもの。これまで二人の回顧展は見逃さず足を運んでいるので
チラシに載っている絵はすでに鑑賞している。とはいっても名画はモーツ
ァルトの曲を聴くようなものだから、何度お目にかかっても心は昂ぶる。
クリムトの生涯の女のお友達エミーリエ・フレーゲㇽの肖像は青と紫を
基調にしたドレスの印象が強く胸に刻まれる。リアルな描写は顔とふわっ
とした髪のみ。背後にみられる蜂の巣のようなものと赤と緑の小さな三角
形をリズミカルに並べたモダンな模様が華やかなファッションの世界を
連想させる。

これに対し‘パラス・アテナ’は一瞬ドキッとするほど緊張感に満ちている。
このアテナ神はどうみても男を惑わすファム・ファタル、黄金の兜のすき
まからすざましい目力でこちらをみつめられるとすぐフリーズ状態になり
そう。そして、金の小片をたくさん張り付けた金ぴかの胸当てが視線を釘
付けにする。祭りの夜店にはこういう魚の鱗がザクザクゆれて音を出す
衣装がよく売られている。

クリムトは28歳年下のシーレの才能を高く評価しており、いろいろ支援
している。二人は同じ年に亡くなった。シーレの絵の特徴が思い切り出て
いるのが‘自画像’。一見するとペタッとした絵だが、首から上は立体感が
ある。冷めた目が気になり、どうしても目がいってしまうのが胸にあてた
手。2本の指をくっつけてVの字をつくっている。一体何を意味しているのだ
ろうか。

シーレのパトロンだった美術批評家レスラーの妻を描いた‘イーダ・レス
ラーの肖像’に思わず足がとまった。ほかにはゴッホに刺激されて描いた
‘ひまわり’と‘ノイレングバッハの画家の部屋’を長くみていた。

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2019.05.24

期待を上回る‘クリムト展’!

Img_65      ‘ユディトⅠ’(1901年)

 

Img_0001_63      ‘女ともだちⅠ(姉妹たち)’(1907年)

 

Img_0002_60      ‘女の三世代’(1905年)

 

Img_0004_28     ‘アッター湖畔のカンマー城Ⅲ’(1910年)

 

東京都美で行われている‘クリムト展’(4/23~7/10)をみてきた。
この前のGWに東芸大美のコレクション展に足を運んだ際、東京都美は大盛況
でたくさんのクリムトファンが押し寄せていた。それに比べると館内は楽だ
と思うが、外国人も多くかなり賑わっていた。

ゴッホやフェルメール同様、クリムト(1862~1918)は展覧会のキラ
ーコンテンツ。しかも今回は作品の数が25点以上というのだから申し分のな
いラインナップ。だから、入館するとクリムトをトコトンみるぞ、という気に
なる。そのなかで強い磁力を放っているのが妖艶なまなざしが心をざわつかせ
る‘ユディトⅠ’、黄金装飾を尽くして描かれたファムファタルにまた日本で会
えるのだから、クリムトは本当に日本との相性がいい。ユディトの顔ばかりみ
ていると右下にちょこっと描かれているホロフェルネスの首を見落とすので
注意が必要。

初見の作品は予想以上に多くあったが、もっとも惹かれたのが‘女ともだち
(姉妹)’。短冊を大きくしたような縦長の画面に口紅と頬紅が白い顔に浮き立つ女性が二人描かれている。ひとりは正面向きでもうひとりは横向き。艶やかなところは画面の上部のここだけ、ほかは濃いこげ茶の衣装と同じ色や白を
ベースにしたモザイク模様で占められている。この抑制気味の色使いはゾクゾ
クっとさせる官能的な雰囲気をバランスさせている。感心しながらみていた。

チラシで大きく扱われていた‘女と三世代’は所蔵しているローマ国立近美で
2度お目にかかった。1.7mの正方形の画面の中央に顔を横に曲げ幼子を抱
いている女性と髪で顔を隠したお婆さんが描かれている。視線がむかうのは三
人の姿だけでなく母親の髪にまであしらわれた小さな花びら模様と背後の沸き
立つようにでてくる紫、青、黄金の点々。そして、それ以外のところは‘女ともだち’と同様にこげ茶色がフラットに塗られている。

エロチシズムにあふれる裸婦図とはかけ離れた印象を与えるクリムトの風景画。4点あるなかで‘アッター湖畔のカンマー城Ⅲ’と嬉しい再会を果たした。かなり昔だが、はじめてウイーンを訪れたときベルヴェデーレ宮でみて大変感動した。正方形のキャンバスに描かれた風景画というのは印象派の風景画ではみない。興味深いのは湖畔に映る木々の葉と城がスーラの点描画のようにみえること。印象派好きだからこういう絵には敏感に反応する。

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2019.05.22

美術館に乾杯! ルーヴル美 その七

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     デューラーの‘自画像’(1493年)

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     クラーナハの‘風景の中のヴィーナス’(1529年)

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     ホルバインの‘エラスムスの肖像’(1523年)

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     マセイスの‘両替商とその妻’(1514年)

ドイツの画家で最初に覚えたのはデューラー(1471~1528)。
すぐ思いつくのはいくつも描いた‘自画像’,ミュンヘンのアルテピナコテ
ークにあるのが28歳のときのもので、マドリードのプラドのは26歳、
ルーヴルが所蔵するのは一番若く22歳のデューラー、なかなかのイケ
メンで繊細な感受性をうかがわせる表情が印象深い。

デューラーの1年後に生まれたクラーナハ(1472~1553)の関心
度は昔からそれほど高くなかった。薄いヴェールをまとった異様に背が
高いヴィーナスにちょっと違和感があった。ところが、この‘風景の中の
ヴィーナス’のような絵を離れて若い娘の肖像画をじっくり見ると意外に
可愛いくて親しみがもてる。今は濃いキャラクターの女性が豪華な衣装
を着ている姿は悪くないなと思うようになった。

細密な描写でリアルな肖像画を描く画家はデューラーだけではない。
ホルバイン(1497~1543)も肖像画の名手。ここでは3点みた
が、横向きのエラスムスを描いたものに思わず足がとまった。リアル
すぎて目の前に本人がいるよう。あの有名なエラスムスはこんな顔をし
ていたのか!絵画の力はやはり大きい。

クェンティン・マセイス(1465~1530)の‘両替商とその妻’は
とても興味深い風俗画。マセイスはアントワープでエラスムスと交流し
ていた人物。この絵にはファン・エイクがよく使う仕掛けがある。手前
の鏡に教会と部屋の隅にいる爺さんが映っている。そして、右端にみえ
る後ろのドアの外に男が2人いる。だから、大きく描かれた夫婦のほか
に3人がわからないように描き込まれている。目が点になるのは天秤で
測っている金貨やグラスや真珠の質感描写。こういうだまし絵的な絵は
画面に惹きこまれる。

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2019.05.21

美術館に乾杯! ルーヴル美 その六

Img_0003_55      ファン・エイクの‘ロランの聖母子’(1435年)

 

Img_0002_58      フーケの‘シャルル7世の肖像’(1445年)

 

Img_0001_61      ボスの‘愚者の船’(1500年)

 

Img_63      ブリューゲルの‘乞食たち’(1568年)

 

画家との相性度のでき方というのはいくつかのパターンがある。ダ・ヴィンチ
やボッティチェリ、ラファエロといった美術の教科書に必ず載っているような
画家だとすぐ作品を覚えるし、鑑賞の機会を求めるようになる。こういう画家
との接触をベースにお好みの画家ファイルがふくらんでいくが、知名度の低い
画家の場合、はじめの印象はそれほど強くないことが多い。ところが、みる作品が増えていくにつれだんだん嵌っていくことがある。

北方の画家、ファン・エイク(1390~1441)の‘ロランの聖母子’にお目にかかったとき、それほどグッとこなかった。理由ははっきりしている。幼子キリストの顔が爺さんのようみえたから。そして、左の人物、ロランの神経質そうな表情も辛気臭かった。そのため、右上でマリアの冠を持ち宙を漂っている天使の鮮やかな羽をじっくりみる余裕がなかった。冠にしろ羽にしろ精緻に描かれていることを知ったのは2回目以降の対面のとき。そのころにはほかの美術館で体験したファン・エイクの超絶技巧に魅了されていたので、聖母子のむこうに細かいところまで描き込まれた風景描写にも目がいくようになった。

ロワール河畔の町トゥールに生まれたジャン・フーケ(1420~1481)
の絵をみたのはほんの数点。アントワープ王立美にある‘聖母子と天使たち’には仰天した。キリストに授乳するために聖母は左胸をあらわにしている。
マリアをこんな風に描いていいの?そして2つめのサプライズがまわりにいる
天使たち。みんな頭のてっぺんから足の先まで真っ赤。赤のペンキの入った大
きな風呂桶にどぼんとつけたような感じ。この絵に較べると‘シャルル7世の
肖像’は落ちついてみれる。一見するとファン・エイクの描いた宰相ロランと雰囲気が似ている。ロワール川流域では北方出身の画家が活躍していて、フーケはその細密描写の影響を受けていた。

ルーヴルには何でも揃っているところが西洋絵画の殿堂の証。ボス(1450
~1516)の‘愚者の船’とブリューゲル(1525~1569)の‘乞食たち’が目の前に現れると嬉しくなり見入ってしまう。ともに作品の数が少ないから貴重な鑑賞機会である。

 

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2019.05.20

美術館に乾杯! ルーヴル美 その五

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     ヴェロネーゼの‘カナの婚礼’(1563年)

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     ティツィアーノの‘田園の奏楽’(1511年)

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     カルパッチオの‘聖ステパノの説教’(1514年)

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  マンテーニャの‘悪徳を追う出すミネルヴァ’(1502年)

ルーヴルにあるヴェネツィア派で誰が主役を占めているかは絵のサイズが決
めている。ヴェロネーゼ(1528~1588)は縦6.7m、横9.9m
という巨大な絵を豊かな色彩で絢爛豪華に描いた。絵の題材はキリストの
奇跡を扱った‘カナの婚礼’。だが、これほど巨大な画面に多くの人物が宴会を
楽しんでいる場面が描かれているのどういうわけか印象が薄い。

その原因はこの絵画がダ・ヴィンチの‘モナ・リザ’と同じ部屋に飾られている
から。ほとんどの人は目玉中の目玉であるモナ・リザに心を震わせ得心が
いくまで‘モナリザの微笑み’を目に焼きつけたら、もうほかの絵をじっくり
みる鑑賞エネルギーは残っていない。たとえ‘カナの婚礼’がルーヴルで最も大
きい絵であったとしても。モナ・リザが相手では分が悪すぎる。

この部屋にはティツィアーノ(1485~1576)の‘田園の奏楽’や‘兎の
聖母’、‘エマオの晩餐’、日本にもやって来た‘鏡の前の女’などいい絵画が飾ら
れているのにたぶんヴェネツィア派好きでない普通の観光客はスルーして次
の展示室へ向かうだろう。

ティツィアーノの先輩にあたる同じヴェネツィア派のカルパッチオ(1460
~1526)の‘エルサレムでの聖ステパノの説教’はたしかモナリザの部屋で
はなくラファエロやダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’などが壁いっぱいに並んでい
るルーヴルのメインストリートにあった記憶がする。はじめのころはこの画家
には馴染みがなかったが、この絵は背景の風景にみられるの奥行き感と聖人と
まわりに集まった人々を円のように配置する構図に惹かれ強く印象に残って
いる。

マンテーニャ(1431~1506)の‘美徳の園から悪徳を追う出すミネル
ヴァ’は隣の’パルナッソス‘と対をなす作品。ここには驚愕のモチーフが描かれ
ている。それは槍と楯をもった左端の女神ミネルヴァの横のある細長い木。
よくみると裸婦がダブルイメージとして描写されている。ダリがこれをみた
ら裸足で逃げだすにちがいない。マンテーニャがこんなシュールなものを描き
込んでいたとは!

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2019.05.19

美術館に乾杯! ルーヴル美 その四

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     ラファエロの‘美しき女庭師’(1507年)

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     ラファエロの‘大天使ミカエルとドラゴン’(1504年)

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     ミケランジェロの‘瀕死の奴隷’(1513年)

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    チェッリーニの‘フォンテーヌブローのニンフ’(1543年)

世界中の大きな美術館にはラファエロ(1483~1520)の心を打つ
聖母子像があるが、ルーヴルでみられる‘美しき女庭師’は‘これぞラファエロ
の聖母子!’と思わせるとびっきりの傑作。美術の教科書でラファエロのイ
メージができたのは美術の教科書に載ったこの絵とフィレンツェのピティ宮
にある‘小椅子の聖母’。はじめてルーヴルに行ったときは‘モナリザ’と‘美しき
女庭師’と対面できたことが嬉しくてたまらなかった。

ルーヴルのような大美術館では名画が切れ目なく現れるので、まずは知って
いる絵に鑑賞のエネルギーを多く使う。そのため、ラファエロが数点描いた
龍退治の小品などはみたという実感がまったくない。大天使ミカエルに踏ん
づけられた漫画チックなドラゴンに気づいたのは2回目以降の訪問でのこと。
対になる絵として描かれた‘聖ゲオルギウスとドラゴン’も同じ。

ミケランジェロ(1475~1564)の大理石彫刻がイタリアの都市以外
でみれるのはパリ、ロンドン、サンクトペテルブルク、ブリュージュ。ルー
ヴルには2点の奴隷像がある。みもだえるようなポーズが印象深い‘瀕死の
奴隷’と激しい内面性を感じさせる‘反抗する奴隷’。こんないい彫刻がフィレ
ンツェやローマと同じくパリでお目にかかれるのだから、流石ルーヴルで
ある。

フィレンツェでとてもカッコいいペルセウスの彫像をみて以来これをつくっ
たマニエリスムの彫刻家チェッリーニ(1500~1571)にのめりこん
でいる。ルーヴルでは‘フォンテーヌブローのニンフ’が楽しめる。ニンフの
まわりを囲む鹿、犬、猪も興味深い。

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2019.05.18

美術館に乾杯! ルーヴル美 その三

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     ダ・ヴィンチの‘モナ・リザ’(1503~05年)

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     ‘岩窟の聖母’(1483~86年)

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     ‘聖アンナと聖母子’(1502~16年)

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     ‘洗礼者ヨハネ’(1513~16年)

イタリアのフィレンツェに行くとルネサンス美術を存分に堪能できるが、
西洋絵画史上最も有名なダ・ヴィンチ(1452~1519)の絵は
ウフィツィで‘受胎告知’と未完の‘東方三博士の礼拝’しかみれない。だか
ら、ダ・ヴィンチと本格的に向き合うためには仕切り直しをして、‘最後
の晩餐’のあるミラノとあの‘モナ・リザ’を所蔵するルーヴルに足を運ば
なくてはならない。

ルーヴルにはダ・ヴィンチが5点あるが、そのひとつ‘ラ・ベル・フェロ
二エール’はTVの美術番組によるとアラブ首長国連邦のアブダビに
2017年の秋に開館したルーヴル・アブダビの目玉として展示されて
いた。ルーヴルにある傑作をローテーションしながら定期的に貸し出す
ことになっているのか、それとも永久展示なのか、そのあたりは不明。
もし、後者ならルーヴルでみれるのはここにあげた4点ということに
なる。

最近、出版された‘モナ・リザ’本を本屋でぱらぱらと立ち読みしたが、
以前TVでみた誰がモデルなのかを追及するモナ・リザ物語にプラスαの
情報があまりなかったので購入するのは止めにした。モデルがジョコン
ド夫人というのは昔から言われていることだし、その話には新鮮味が
ない。この絵で魅了されるのはモナリザの微笑みを表現したスフマート
の技法と空気遠近法で描かれた背景の風景。じっくりみたら、専門家で
なくてもあちこちがスゴイなということがわかる。

‘岩窟の聖母’と‘聖アンナと聖母子’(未完)もモナリザ同様、心を奪われ
続けている。ダ・ヴィンチの楽しみのひとつが女性の金髪の描き方。
カールの描写がじつにリアルでこれだけでも1時間は絵の前に立ってい
れる。そして、聖アンナのやさしい表情。このアンナに200%癒され
ている。

ダ・ヴィンチがずっと手元に置き筆を入れていた‘洗礼者ヨハネ’は画面
が暗いため、全体像が謎に包まれている。この人物は一体男性なのか
女性なのか。その中性的なヨハネが人差し指で天を示すポーズは何を
意味するのか。これをみているとダ・ヴィンチ本人が神秘的に思えて
くる。

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2019.05.17

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二

Img_0002_54      ボッティチェリの‘ヴィーナスと三美神’(1483年)

 

Img_0001_58      ゴッツォリの‘聖トマス・アクィナスの勝利’(1471年)

 

Img_59    ピエロ・デッラ・フランチェスカの‘マラテスタの肖像’(1451年)

 

Img_0003_51      ギルランダイオの‘孫と老人の肖像’(1490年)

 

ルーヴルにあるボッティチェリ(1445~1510)は2点のフレスコ
画がいい。レンミ荘壁画とよばれ‘ヴィーナスと三美神と新婦ジョヴァンナ’
は結婚を祝うために描かれたもの。目に優しい色彩が印象的で中央の履物
をはいたヴィーナスが右の新婦の持つヴェールに贈り物のバラの花を与え
ようとしている。

フィレンツェのメデイチ=リッカㇽディ宮の一室に黄金を効果的にちりば
ねて東方三博士の礼拝をパノラマ風に広がる風景を背景にして描いたゴッ
ツォリ(1421~1497)。この代表作のほかにみたものは少ないが、
‘聖トマス・アクィナスの勝利’は大作なので強く記憶に残っている。
これはピサ大聖堂に飾られていたが、ナポレオン時代に奪われ、今ルーヴ
ルにある。描かれているのはキリストが聖トマス・アクィナスの著作を
承認しているところ。聖人の右にいるのはプラトンで左はアリストテレス。

肖像画は正面向きに描かれものがやはり落ち着いて人物と対面できる。
ところが、ときどき真横の肖像もいいなという気分も生まれる。その筆頭
にくるのがピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416~1510)の‘シ
ジスモンド・マラテスタの肖像’。じっと前をみつけめる姿にリアリテイが
あり魅了される。

ギルランダイオ(1449~1494)の‘孫と老人の肖像’のインパクトは
は一度見ると決して忘れられないほど強烈。それは老人の鼻のさきにでき
たぶつぶつのせい。顔の風貌はとやかくいう筋合いではないが、この鼻はあ
まり長くみたくない。だが、孫は‘御爺ちゃんの鼻おもしろい!’とすっか
りとりつかれてしまっている。

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2019.05.16

美術館に乾杯! ルーヴル美 その一

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     チマブーエの‘荘厳の聖母’(1270年代)

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  ジョットの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’(1290年代)

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     アンジェリコの‘聖母戴冠’(1430~32年)

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   ウッチェロの‘サン・ロマーノの戦い’(1450~56年)

シリーズ‘美術館に乾杯!’はトラックの第4コーナーをまわりゴール寸前の
ところ。最後を締める美術館はフランスのルーヴルとオルセーにすることを
決めていた。ようやく真打中の真打の登場。

美の殿堂、ルーヴル美は2010年に訪れて以来ご無沙汰している。この
とき必見リストに載せていた作品はだいたいヒットしたので数多くあるルー
ヴルの絵画はほぼコンプリートになった。ここにくるまで何度足を運んだ
ことやら。感慨深い!

古典絵画はウフィツィ同様大変充実しており、美術本にでてくる作品がここ
にもあそこにもあるという感じ。チマブーエ(1240~1302)の‘荘厳
の聖母’をみて、ジョット(1267~1337)の‘聖痕を受ける聖フラン
チェスコ’の前の立つとルネサンス絵画モードは全開する。
昨日紹介したアッシジにあるジョットの同名の作品はフレスコ画だったのに
対し、これはピサの聖フランチェスコ聖堂の主祭壇画のために描かれた板絵。
キリストの聖痕が聖人にコピーされる奇跡の神秘さに視線が固まる。

フラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘聖母戴冠’は画面が金で埋め尽
くされ華のある宗教画の見本のような絵。数え切れないほど多くの天使や聖
人たちが聖母のまわりを囲み、ラッパを吹きリュートを奏なでて聖母の戴冠
を祝福している。金の効果の大きさを実感する。

メディチ家の宮殿に飾られていたウッチェロ(1397~1475)の‘サン
・ロマーノの戦い’は本来は3部からなる大パノラマだった。残りの2点は
ウフィツィとロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵している。描かれ
ているのはフィレンツェ軍がシエナ軍に勝利した1432年の戦いの場面。
中央にいる救援にかけつけたフィレンツェ軍のミケレットが逆襲して味方を
鼓舞している。ウッチェロの生涯のテーマ遠近法により立体感のある戦闘
場面に生み出されている。


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2019.05.15

美術館に乾杯! アッシジ サン・フランチェスコ聖堂

Img_57      サン・フランチェスコ聖堂

 

Img_0001_56      サン・フランチェスコ聖堂の内部

 

Img_0002_52     ジョットの‘父との絶縁’(1295~1300年)

 

Img_0003_49      ジョットの‘小鳥への説教’

 

Img_0004_26      ジョットの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’

 

Img_0005_9      ロレンツェッティの‘黄昏の聖母’(1326~30年)

 

ジョット(1267~1337)の嵌るとフィレンツェ、アッシジ、そして
北イタリアのパドヴァにはどうしても行きたくなる。まだパドヴァには縁が
ないが、団体ツアーでイタリア観光をするとフィレンツェが入るのは当たり
前だし、日数が長いとアッシジも行程に組み込まれることが多い。だから、
ジョットへの接近度は7割くらいになってる。

ゴシック様式の建物、サン・フランチェスコ聖堂はアッシジの町はずれにあ
り、斜面を利用して上下2つの聖堂からなっている。上堂の見どころがジョ
ットによって身廊に描かれたフレスコ画‘聖フランチェスコ伝’(28場面)。
全部をじっくりみていたら時間がいくらあっても足りないから、現地ガイド
さんは有名な場面をピックアップして話してくれる。

‘父との絶縁’は1182年、アッシジに生まれた聖フランチェスコが24歳
のとき父親にすべての持ち物をを返し、遺産相続も放棄することを告げる
場面。父親にしてみればこれまで育ててきた息子が突然世俗を離れるといわ
れても‘ハイ、そうですか’とすぐには受け入れられない。ゲンコツを食らわ
して目を覚まさせようかと思ってもおかしくない。だが、息子は父親には目
もくれず祝福の手を差し出している天上の父のほうをみている。

‘小鳥への説教’はもっとも有名な絵。日本画の花鳥画に鳥がでてくることは
あっても、この絵のように小鳥たちが綺麗に並んで聖人の話を聞いているこ
とはない。仔犬でもよかったかもしれないが、ここは二本足で立つ鳥の姿勢
が説教を聞くにはもってこいの光景とジョットには映ったのかもしれない。

ドラマチックな場面というと‘聖痕を受ける聖フランチェスカ’が心にグッと
くる。この聖痕の奇跡はキリスト教の信者でなくても興味津々。キリストと
同じ十字架の釘の傷を両手足に受け、さらに槍による傷が右胸の同じ所にで
きるというのだから、まさに見事な奇跡!どの聖人にも聖痕ができるわけで
はなく、聖フランチェスコだけがそうなった。

地下の聖堂で期待していたのがシエナ派の主要画家のひとりロレンツェッ
ティ(1280~1348)の‘黄昏の聖母’、切れ長の目がとても美しい聖母
がじっと幼子キリストをみつめる姿に心が奪われる。

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2019.05.14

美術館に乾杯! シエナ ドゥオーモ

Img_0003_48      カンポ広場とマンジャの塔

 

Img_56      ドゥオーモの外観

 

Img_0002_51      ギベルティの‘洗礼盤 イエスの洗礼’(15世紀)

 

Img_0001_55      ドナテッロの‘ヘロデ王の宴会’(1427年)

 

Img_0005_8      ベルニーニの‘マグダラのマリア’(1663年)

 

Img_0004_25      ベルニーニの‘聖ヒエロニムス’(1663年)

 

ルネサンス美術に興味がむかったころはテレビの美術番組をビデオに収録し
ひたすら情報を集めた。そのなかに特別興味をそそるイベントがあった。
シエナで毎年7月と8月にカンポ広場で開催される裸馬競馬‘パリオ’、これは
13世紀から続いているそうだ。2006年、その勇壮な競馬が行われる
カンポ広場に足を踏み入れた。

この広場は102mの高さをもつマンジャの塔を中心に扇型に広がっており、
塔に向かって傾斜がついている。あの激しい伝統競馬の場面をイメージしな
がらぐるっとまわってみた。中世の時代、隣町のフィレンツェのライバルと
して覇権を争ったシエナにはもう一つすばらしい建物がある。1229年に
建築がはじまり14世紀の末に完成したドゥオーモ。黒大理石のラインのアク
セントが印象深く壮麗なファサードは言葉を失うほど美しい。

なかに入りびっくりさせられるのは床に施された見事な象嵌装飾。そして、
法王アレッサンドロ7世の命により1661年につくられたキージ礼拝堂に
はベルニーニ(1598~1669)の彫刻‘聖ヒエロニムス’と‘マグダラの
マリア’がある。ほかにも天使像やニッチの中の像を手掛けている。

また、ドゥオーモのアプシスの延長である洗礼堂でも15世紀の彫刻の傑作
にお目にかかれる。1417年につくられた洗礼盤の下部は六角形の水槽に
なっておりその外面を金張りブロンズのパネルで装飾している。ここにギベ
ルティ(1378~1455)の‘イエスの洗礼’、‘洗礼者ヨハネの逮捕’、
ドナテッロ(1386~1466)の‘ヘロデ王の宴会’がある。なんとも見
ごたえのあるパネル。

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2019.05.13

美術館に乾杯! ラヴェンナ サン・ヴィターレ聖堂

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Img_0002_50      サン・ヴィターレ聖堂

 

Img_0003_47   ガッラ・プラチデイアの霊廟のモザイク装飾‘良き羊飼い’(5世紀)

 

Img_0004_24      クーポラの‘星と金の十字架’(5世紀)

 

Img_0001_54      ‘ユスティ二アヌス帝のモザイク’(548年)

 

Img_55      ‘テオドラ妃と従者たち’(548年)

 

フィレンツェとヴェネツィアを直線で結んだ真ん中あたりに位置するラヴェ
ンナを訪問したのは2010年。お楽しみはなんといっても聖堂や霊廟内の
モザイク装飾、クリムトはここの金のモザイクに感動して黄金装飾にのめり
こんだことがインプットされているので期待で胸が膨らむ。

美術本に載っているサン・ヴィターレ聖堂の有名なビザンチン様式のモザイ
クの前に古典的なモザイクがみられるガッラ・プラチディア霊廟(同じ敷地
内)もみることになっている。この前菜がまた美しい!入口の扉の上に描か
れた‘良き羊飼い’の光輪、衣服、十字架の金が輝いている。さらに目がくら
むのがクーポラに描かれた空にちりばめられた星と金の十字架、四隅の聖ヨ
ハネの鷹や聖ルカの牛にも釘づけになる。

この霊廟が建てられたのはラヴェンナが西ローマ帝国の首都だった430年
頃。このより写実的なモザイクで目を馴らした後メインディッシュのある
サン・ヴィターレ聖堂に移動した。6世紀半ばにビザンチン帝国の総督府が
この町に置かれ、聖堂は548年に完成した。なかに入ると内陣、後陣の
すばらしいモザイク装飾が待ち受けていた。モザイクのいいところは色が
褪色しないこと。だから、横に人物が並び平板な印象を与える‘ユスティ二
アヌス帝’と‘テオドラ妃と従者たち’の鮮やかな金、緑、緋色、白がどーんと
目に跳びこんでくる。これをみたのは一生の思い出。

イスタンブールのアヤ・ソフィアとラヴェンナのモザイクをみたので、次の
ターゲットはシチリア島にあるモンレアーレ大聖堂の‘万能の統治者キリスト、聖母子と聖人たち’(1190年)。まだまだ追っかけはやめられない。

     

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2019.05.12

東博の‘美を紡ぐ 日本美術の名品’!

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Img_0001_53      長澤芦雪の‘花鳥遊魚図巻’(18世紀 文化庁)

 

Img_0003_46      円山応挙の‘牡丹孔雀図’(1776年 三の丸尚蔵館)

 

Img_0002_49      与謝蕪村の‘新緑杜鵑図’(重文 18世紀 文化庁)

 

Img_0004_23      宮川香山の‘黄釉銹絵梅樹図大瓶’(重文 1892年 東博)

昨日は午前中、東博へ出かけた。お目当ての展覧会は平成館でやっている
‘東寺展’ではなくて本館の1階と2階を使って行われている‘美を紡ぐ 日本
美術の名品’(5/3~6/2)。じつは当初これは鑑賞の予定に入ってなか
ったが、チラシに載っているある絵が行動を変えさせた。それは長澤芦雪
(1754~1799)の‘花鳥遊魚図巻’。

これまで芦雪の回顧展は2度体験したがこの文化庁が所蔵する図巻は出品さ
れなかったし、手元の芦雪本にも載っていない。だから、気になってしょ
うがなかった。こういうときは1点買いでも足を運ぶというのはMy鑑賞ス
タイル。過去、芦雪の描いた図巻で心を奪われた千葉市美蔵の‘花鳥蟲獣
図巻’は長さ3.7m、これに対し‘花鳥遊魚図巻’は3倍の11.1m。その
ため、夢中になってみてしまう。お得意の雀からはじまり仔犬、啄木鳥、
そして馬鹿デカい鯉、そのあとはたくさんの小さな魚がつづき、最後はナマ
ズ。本当にいいものをみた。

こんほかは多くがすでにみたものなので、スイスイと4つの部屋を回った。
どれも名品だが、つい足がとまったのが円山応挙(1733~1795)の
‘牡丹孔雀図’や与謝蕪村(1716~1783)の‘新緑杜鵑図’。久しぶりに
みたが、昨年白内障を手術して視力がぐんとアップしたので薄みどりや濃い
青がすごく鮮やかにみえる。手術のお陰で展覧会鑑賞が以前にも増して楽し
くなった。

今回嬉しい展示があった。それは宮川香山(1842~1916)の‘黄釉
銹絵梅樹図大瓶’。これは香山の後期の代表作で重文に指定されている。
これまで何度もお目にかかっているのに、この美しい形をした大瓶の絵葉
書がミュージアムショップにない。そのため、鑑賞の余韻を形で味わえなかっ
た。だが、これからは図録があるため作品の印象をリフレインできる。

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2019.05.10

美術館に乾杯! サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会

Img_53       サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会

 

Img_0003_45   ティツィアーノの‘王座の聖マルコと聖人たち’(1510年)

 

Img_0004_22      ティツィアーノの‘イサクの犠牲’(1542~44年)

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ティツィアーノの‘アベルを殺すカイン’(1542~44年)

 

Img_0005_6      ティントレットの‘カナの婚礼’(1561年)

 

団体ツアーでヴェネツィアを観光するときはアカデミア美への入館は行程に
なく、まずサン・マルコ寺院とドゥカーレ宮殿に行きそのあとはヴェネツィ
アガラスのお土産店へ直行するという流れ。そのため、ヴェネツィア派に
関心がある人はドゥカーレ宮殿でティントレットの巨大な絵やヴェロネーゼ
の天井画をみるだけでは思いの丈は満たされない。

だから、自由時間を使ってアカデミア美に向かい感動の袋が目いっぱい膨れ
たところで幸せのドーパミンの大放出とあいなる。そして、‘ベリーニやティ
ツィアーノ、ティントレットもいいじゃない!’とルネサンス絵画の楽しみ方
の幅が広がってくる。そういう方にとって2度目以降のヴェネツィア訪問の際、
名所まわりのオプションとして価値があるのはペギー・グッゲンハイム美か
ら歩いて5分くらいのところにあるサンタ・マリア・デラ・サルーテ教会。

ここでティツィアーノ(1485~1576)が4点みられる。‘玉座の聖
マルコと聖人たち’と聖具室にある3点の天井画‘イサクの犠牲’、‘アベルを殺
すカイン’、‘ダヴィデとゴリアテ’。とくに印象深いのが迫真的な場面が動きの
ある構図で演出されている‘イサクの犠牲’。宙を舞いアブラハムを制止する
天使の姿はティントレット(1519~1594)の絵をみているよう。
そのティントレットは‘カナの婚礼’を描いたものがある。いつものように遠近
法の焦点を左にずらす構成が宴会の大きさをみせてくれる。

この次のヴェネツィアがいつになるかまだ実行計画はないが、どこの教会を
目指すかはおおよそ決めてある。真っ先に向かうのはドゥカーレ宮殿の前方
にみえるサン・ジョルジョ・マジョーレ教会。ここにティントレットの傑作
‘最後の晩餐’がある。これは最後に残っているティントレットの欠かせない
ワンピース。なんとしても目になかに入れたい。ほかに4つくらいヴェネツ
ィア派が楽しめる教会がある。時間があれば貪欲にまわるつもり。

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2019.05.09

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その五

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     ポロックの‘月の女’(1942年)

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     ロスコの‘犠牲’(1946年)

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     ジャコメッティの‘立っている女’(1947年)

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     マリーニの‘町の天使’(1948年)

目利きのコレクターは同時にパトロンでもあり、才能に恵まれたア―ティス
トを世の中に送り出す役目も果たす。ペギー女史は1942年ニューヨーク
にヨーロッパで収集した現代アートのコレクションを披露する‘今世紀美術画
廊’を開設し、まだ売れてないアメリカやヨーロッパの作家たちの展覧会を行
った。後にビッグネームになるマザーウェル、ロスコ、ポロックらである。

とくにポロック(1912~1970)がこのギャラリーの星で1943年
にはじめての個展が開かれた。‘月の女’はその頃描かれた作品。この美術館を
訪れたとき事前につくった必見リストの一番最初に載せていた。ポロックの
初期の作品では同じ年に描かれた‘男と女’(フィラデルフィア美)とともに絵
の完成度では群を抜いていい。月をすぐ連想する黒い三ケ月の頭がとても印
象的でさらにミロやピカソの画風も顔をだすため物語がいろいろ浮かぶ。

ロスコ(1903~1970)の水彩画‘犠牲’はシュルレアリスムの影響が色
濃く残っている。ロスコも1944年に最初の個展をペギーのギャラリーで
行っており、これはその2年後に描かれた。ダリのような神秘的なシュルレ
アリスムとは違い、無邪気なミロを連想させる軽い感じのシュールさが味わ
い深い。

ジャコメッティ(1901~1980)の‘立っている女’はペギーのために
特別に鋳造したもの。モディリアーニ同様、ジャコメッティの彫刻は表現様
式が強烈に立ち上がっている。その特徴はやせ細った人物像。なかでも女性
像はべろべろ飴とか浜松のお土産のうなぎパイのようにペタッとしている。
そして、視線を下にやると俄然立体的で異様に大きい足が目に入る。だから、
安定感がすごくいい。この像には不思議な魅力がある。

中庭にはオブジェなどが置いてあるが、インパクトが最もあるのがマリーノ
・マリーニ(1901~1980)の‘町の天使’。馬に乗った天使が天を見
上げ手を横に広げる形が胸に突き刺さる。具象の彫刻で水平と垂直のライン
がこれほど力強く感じられる作品はあまりお目にかからない。八重洲駅口に
あるブリジストンにはこれとよく似た‘騎士’がある。ところで、新ブリジス
トン美はいつオープンする?

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2019.05.08

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その四

Img_0001_48      モンドリアンの‘コンポジション’(1939年)

 

Img_0003_43      ドゥ―スブルフの‘反=構成 Ⅷ’(1926年)

 

Img_51      ドローネーの‘いっせいに開かれた窓’(1912年)

 

Img_0002_47      カンディンスキーの‘赤い染みのある風景No.2’(1913年)

今週末飲み会に集まる人たちの近況報告をみていたら、秋にギャラリー蔵で
水彩画の個展を行うという人がいた。親しい友人も何年か前銀座の画廊で
それまでに描きためた作品を何点も披露している。そういう絵をみるたびに
世の中にはプロの画家でなくても鋭い感性と豊かな技量をもっている芸術家
がたくさんいるなと思う。

そういう絵に刺激されたからといって自分も描いてみるかという気持ちには
とてもなれない。身の程をわきまえている。でも、抽象絵画なら試しに白い
紙をもってきて多色サインペンで円や三角形、四角形を気ままに並べてみ
ようかという衝動にかられることがある。

このように素人を妄想させるのはモンドリアン(1872~1944)の絵
のせい。1939年に描かれた‘コンポジション’を一度コピーしてみたら現代
ア―ティストの一歩が踏み出せるのではないかとつい錯覚してしまう。ちょ
っと太めの黒い線が水平と垂直に無造作に引かれている。色は右下にちょこ
っと赤がみえるだけ。だから、この赤をほかの場所に移してみるのもおもし
ろいかもしれないと勝手にイメージを膨らます。でも、すぐにそうすれば
作品がどんどん崩れていくことは想像できる。

ドゥ―スブルフ(1883~1931)ははじめモンドリアンと行動を共
にしていたが、次第に水平線と垂直線のみの静的な抽象画より動きを表現し
たくて別の道を歩んだ。多用したのは45度に傾斜した直線、これにより
画面は様々な向きをした三角形で構成されグンと運動するイメージがでて
きた。

抽象絵画という新しい地平が切り開かれるといろんな形が加速度的に生まれ
てくる。フランスのドローネー(1885~1941)は光と色彩を追及し
た。‘いっせいに開かれた窓’は分析的キュビスムから刺激を受けた作品。
画家には窓から見える建物の風景はこんな平面的な色彩により断片化された
形にみえたのだろう。

カンディンスキー(1886~1944)の初期の抽象絵画はところどころ
にモチーフの残像がでてくる。‘赤い染みのある風景No.2’は音楽を表現した
カンディスキーならではの非具象的な表現に移行するための準備段階の作品。
明らかに山々が赤に染まる光景をぼやけたまま写し取っている。

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2019.05.07

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その三

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     デ・キリコの‘詩人の郷愁’(1914年)

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     マグリットの‘光の帝国’(1954年)

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     ブローネルの‘ショックの意識’(1951年)

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     ボッチョーニの‘疾走する馬と家の躍動’(1915年)

デ・キリコ(1888~1978)のイメージをつくった絵がペギー・グッ
ゲンハイムにある。‘詩人の郷愁’はポンピドー・センターにある‘ギョーム・
アポリネールの肖像’と対をなす作品。すごくカッコいいなと思うのはサン
グラスをかけた古代の胸像、はじめてこれをみたときは映画‘ゴッドファー
ザー’のイメージと重なった。キュビスムや未来派の擁護者となった詩人アポ
リネールはデ・キリコも絶賛したので、画家は詩人を古代ギリシャの勇士に
似せて描き持ち上げたのかもしれない。

シュルレアリストのマグリット(1898~1967)はデ・キリコの形而
上絵画に強い影響を受けた。デ・キリコが見慣れた街を建物や人物がつくる
長い影を描き静謐でどこか不思議な世界に変質させたのに対し、マグリット
は謎めいた要素を薄くし、意表を突くモチーフの組み合わせのおもしろさを
表出した。代表作の‘光の帝国’は空の白い雲が昼間そのものでこれとどっ
ぷり夜の暗闇につつまれた邸が一緒に描かれているのでハッとする。でも、
同時になぜこれがシュールなの?という感じもする。夕暮れ時はこんな光景
によくでくわすことがあるからである。

ブローネル(1903~1966)に開眼したのはパリ市立近代美でそのシ
ュールな絵画や彫刻をみたとき。‘ショックの意識’にみられる人物や鳥などの
平板なフォルムは先史人類が洞窟の壁に描き残した馬や牛や狩人を思い起こ
させる。また、小さいこどものお絵かきでも同じような絵ができあがりそう。

絵画だけでなく彫刻やオブジェも制作した未来派のボッチョーニ(1882
~1916)にはバッラ、セヴェリーノ同様、深い思い入れがある。ここで
は絵画5点と彫刻2点が目を楽しませてくれた。‘疾走する馬と家の躍動’は
どの部分が馬でどこが家かはっきりつかめないが、突起物の形から十分にス
ピード感は感じられる。

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2019.05.06

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その二

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     エルンストの‘花嫁の着付け’(1940年)

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     ミロの‘オランダの室内Ⅱ’(1928年)

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     ダリの‘液状の望みの誕生’(1932年)

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     タンギーの‘宝石ケースのなかの太陽’(1937年)

元号が令和に変わった5/1に美術館をまわったとき、東京都美で行われてい
るクリムト展をチラッと覗いてみたら大勢の人がいた。流石、クリムトの
人気は高い。同じタイミングで国立新美でも‘ウイーン・モダン’をテーマにク
リムト、シーレが展示されているので今年はクリムトイヤーかもしれない。
5/23に出かけることにしている。

昨年はムンクにスポットがあたり、今年はクリムトに注目が集まる。そうな
ると、気が早いが来年のオリンピックイヤーは何をもってくるのか。確たる
情報は全然ないが、また期待したいのがシュルレアリスム展。展覧会があろ
ううがなかろうがシュルレアリスムは印象派同様、ライフワーク。だから、
ミロやダリ、マグリットらの絵はときどき画集や図録を引っ張り出しみて
いる。

ペギー女史はシュルレアリスムが好きだったからいい絵が揃っている。その
なかで怪しげな磁力を強く放射しているのがエルンスト(1891~
1976)の‘花嫁の着付け’、絵の前に立った瞬間度肝を抜かれた。一体こ
の花嫁は何者か、目の覚める赤いマントをまとった猛禽がじっとこちらをみ
ているが、よくみるとマントの間に女性の裸婦がみえる。そして、花嫁の横
には槍をもった鶴人間みたいな怪物が。静かで美しい鶴や白鳥のイメージを
こういういかつい兵士に変容してしまうエルンストのシュール力は半端では
ない。

ミロ(1893~1983)のユーモラスな‘オランダの室内Ⅱ’も忘れられ
ない一枚。この絵のもとになっているのはミロがオランダを訪問したときみ
たヤン・スターンの風俗画、‘猫のダンスの練習’、白い風船みたいなものが
あるのがテーブルで手前の黄色の体をしたものが跳びはねている猫。左の顎
と額が出っぱる男の横顔がおもしろい。こういう楽しい絵を描いてくれるか
らミロはやめられない。どこか大規模な回顧展をやってくれぇー!

作品についたタイトルが意味不明?なのはシュルレアリスム絵画では当たり
前みたいなものだが、ダリ(1904~1989)の‘液状の望みの誕生’と
タンギー(1900~1955)の‘宝石ケースのなかの太陽’についても、
描かれた内容をいくらみてもその意味するところがタイトルとしっくり結び
つかない。シュルレアリスムは謎につつまれた夢の世界の表現や不思議な
モチーフの組み合わせに心がどれだけ揺すぶられるかで価値が決まる。

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2019.05.05

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その一

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     ペギー・グッゲンハイム美

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     モディリアーニの‘ハヴィランドの肖像’(1914年)

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     セヴェリーノの‘青い服の踊り子’(1912年)

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     メッツジンガーの‘自転車レース’(1912年)

ヴェネツィアではティツィアーノやティントレットら錚々たるヴェネツィア
派の作品とお目にかかれるだけでなく現代絵画も存分に楽しめる。ひとつが
アカデミア美のすぐ近くにあるペギー・グッゲンハイム美で、もうひとつは
まだ縁がないカ・ドーロの斜め前にある近代美。前回、クリムトがある近代
美を忘れるという大ポカをしてしまった。その悔いの痛みをずっと引きずっ
ている。

ペギー・グッゲンハイム美は大運河に面するこじんまりとした邸宅美。
コレクターのペギー・グッゲンハイム(1898~1979)が住んでいた
邸が現代美術を展示する美術館になった。いくつかある部屋をまわっていて
思わず足がとまるのがモディリアーニ(1884~1920)の‘フランク
・バーティー・ハヴィランドの肖像’、ハヴィランドは裕福なコレクター、
この絵が描かれたのは彫刻を諦めて絵画で生きていく覚悟を決めた直後の頃。
点描のような色使いがとても斬新でモデルの内面性がよくでている。

ここにはイタリア未来派の作品がしっかり揃っている。とくに目を惹くのが
セヴェリーノ(1883~1966)の‘青い服の踊り子’、上のほうをじっ
とみているとピカソのキュビスムを連想させる女性の顔がとらえられる。
未来派はスピードの表現が真骨頂なので日本の千手観音像のように踊り子の
手が2,3本動いている。これはおもしろい!

メッツジンガーの‘自転車レースのトラック’は未来派らしいモチーフ。バッラ
(1871~1958)は犬の足や楕円をぐるぐる回しダイナミズムを印象
づけ、メッツジンガーは競技自転車の車輪を選手がフル回転させゴールをめ
ざす場面をどアップで描いた。


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2019.05.04

ピーター・ドラッカーの水墨画コレクション!

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     雪村の‘月夜独釣図’(16世紀)

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     海北友松の‘翎毛禽獣図 猿図’(17世紀)

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     尾形光琳の‘柳鷺図’(1704年頃)

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     伊藤若冲の‘梅月鶴亀図’(1795年)

4/24、千葉市美で‘メアリー・エインズワース 浮世絵コレクション’
(4/13~5/26)を楽しんだとき、続けて同時開催されていた‘ピーター
・ドラッカーコレクション 水墨画名品展’もみた。はじめはさらっとみる
つもりだったが、進んでいくうちに‘ええー、ドラッカーはこんないい水墨画
をもっていたの!’と思うようになり、ちょっとあたふたした。

何年か前、ここでドラッカーのコレクションが披露されたのはかすかに覚え
ているが、内容がわからなかったのでそう気にもとめなかった。チラシによ
るとその展覧会は2015年に行われていた。そして、その後コレクション
は日本の企業によって購入されたが、それが千葉市に寄託されることになっ
たという。今回はその中から50点が展示されている。

見終わって図録を手に入れようと思ったが、残念ながら2015年のとき
全部売れ切れてもう一冊も残ってなかった。これは迂闊だった。こんないい
絵が揃っているのなら出かけるべきだった。図録が手に入らないので紹介し
ようにもチラシの画像しかないのでアップするのを断念した。

ところが、5/1美術館巡りをしたあと神田の古本屋に寄ったら、なんとこ
の図録があった!価格は2500円の倍になっていたが、すぐ買った。
そして、あらためてセレンディピティ(思わぬ幸運に偶然出会う能力)があ
るなと思った。

宝物を手に入れた気分だが、ここには111点が掲載されている。今月の
26日まで展示されているのはその半分ほど。このなかにもびっくりする絵
が続々登場する。4点に絞るのに苦労したが、雪村(1492~1577)、
海北友松(1533~1615)、尾形光琳(1658~1716)、伊藤
若冲(1716~1800)を選んだ。

とくに光琳の‘柳鷺図’と若冲の‘梅月鶴亀図’はこれまであった回顧展にでたこ
とがないので嬉しくてたまらない。ほかにも蕭白、蕪村、白隠、谷文晁のい
いのがある。みてのお楽しみ!

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2019.05.03

ドガの‘リハーサル’!

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     ドガの‘リハーサル’(1874年)

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     ゴッホの‘画商リード’(1887年)

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     ブーダンの‘ドーヴィル、波止場’(1891年)

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     クールベの‘オルド嬢’(1865年)

渋谷のBunkamuraで開幕した‘印象派への旅 海運王の夢ーバレル・
コレクション’(4/27~6/30)を早速見た。展覧会の情報が入ってきた
ときは‘あのドガの絵が来るのか!’と心が弾んだ。その絵は‘リハーサル’、
ドガの画集には必ず載っている有名な絵。だから、この1枚をみるために出か
けた。

スコットランドのグラスゴー出身で海運業で財をなしたバレルがスコットラ
ンドの画家たちの作品と同様に熱をあげたのが印象派。そのなかで一際輝い
ているのがドガ(1834~1917)の‘リハーサル’、何枚も描かれたバレ
エの稽古の場面なのですっと画面に入っていける。ぶらっと稽古場に寄りこ
ういう一番いい場所で踊り子たちの姿がみれるとバレエがぐっと身近になる。

構図がとてもいい。奥の方には右にいる先生がみつめるなか右足立ちで体を
前に倒す動きを繰り返す少女たちがおり、手前には休憩中の子が椅子に腰掛
けている。ふたつのグループの間に大きなスペースをつくるところがドガ流
。さらにスゴイのは左に描かれたらせん階段をよくみると上のほうに足がみ
え下へ降りてきている。こういうトリミングの仕方は浮世絵を研究した成果。
大収穫だった!

この絵1点買いだったが、ゴッホ(1853~1890)の‘画商リード’が
オマケでついてきた。ほかは絵の完成度・魅力の点からいうと正直アベレー
ジクラス。あれれ、こんなもんという感じ。Bunkamuraが行う企画展として
は物足りないが、たまには1点だけで勘弁してくださいということもある
だろう。


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2019.05.02

池大雅の‘富士十二景図’!

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   池大雅の‘富士十二景図 九月緑陰雑紅’(18世紀)

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      ‘富士十二景図 五月田植え’(18世紀)

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     黒田清輝の‘婦人像(厨房)’(1892年)

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     中村岳陵の‘仏誕’(1912年)

長らくご無沙汰していた‘藝大コレクション展’(第1期4/6~5/6)
を滑り込みセーフでみてきた。どうしても連休中に行く必要があったのは、
これもみどりがめさんからの情報で池大雅(1723~1776)の‘富士
十二景図’が12幅全部展示(1期のみ)されているため。

じつはこの絵は昨年春、京博で開催された池大雅展でみたが、‘九月’が欠け
飾られていたのは11幅。その行方不明だった‘九月’がその後偶然発見され
て藝大コレクションに加わった。芸大はこれで12幅のうち8幅所蔵。で、
滴翠美蔵の4点にもきてもらい嬉しい全点展示となった。

‘九月 緑陰雑紅’は修復されたためほかの月にみられる雨だれを思わせるに
じみが消えている。そのため、下の鮮やかな紅葉の印象を強く残しながら
だんだんと視線を上にあげていき雄大な富士山にいたるという構図にうっ
とりしてしまう。大雅らしいすばらしい風景画。ちなみに‘五月’は田植えの
光景、ここでも北斎の蛤同様、田植えをする農夫たちの衣服が白の胡粉を
使って描かれている。

このコレクション展は1期(4/6~5/6)と2期(5/14~6/16)で
作品が全部入れ替わる。その出品作の概要が記された小冊子(無料)をみ
ると、2期には松岡映丘の‘伊香保の沼’や山口蓬春の‘市場’などが登場するよ
うだ。そして1期にでている洋画などは通期展示なので2期でもみられる。

池大雅に心を奪われたあとほかの絵もぐるっとみたが、ぐっときたのは
最初に飾ってある黒田清輝(1866~1924)の‘婦人像(厨房)’、い
つも感心させられるのは本場フランスの画家にも決して負けてない筆使い。
名前を隠してヨーロッパ人にみせたら皆フランス人の作品だというにちがい
ない。東博にある‘読書’とともに一級の油絵である。

中村岳陵(1890~1924)の‘仏誕’をみるのは2度目。これまでコレ
クション展でこの大作には遭遇しなかった。岳陵は若い頃、こうした仏教画
や源氏絵巻図風の絵を描いていた。その後、スッキリしたモダンな作品に
作風を変えていくが、才能がありすぎるのでなんでも描けてしまう。

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2019.05.01

企画力が光る‘北斎のなりわい大図鑑’!

Img_0001_40      葛飾北斎の‘蛤売り図’ 蛤売り

 

Img_0003_36      ‘今戸川’ 今戸焼職人

 

Img_0002_40      ‘富嶽三十六景 尾州不二見原’ 桶屋

 

Img_44      ‘五十三次江都の往かい大津’ 大津絵師

久しぶりに両国にあるすみだ北斎美へ行ってきた。背中を押してもらったの
はいつもお世話になっているみどりがめさん。今開催中の‘北斎のなりわい
大図鑑’(4/23~6/7)に新発見の北斎(1760~1849)の肉筆画
‘蛤売り図’が展示されていることを教えてもらった。これは見逃せない!
展示は前期(4/23~5/19)のみなので普通は出歩かない連休中にもか
かわらず出動した。

今回の展覧会は江戸の人々のなりわいが北斎と弟子たちにどう描かれたかを
みせてくれている。すばらしい企画力で拍手々!浮世絵は風俗画の最たる
ものだから、みててこれほど楽しいことはない。まずはお目当ての‘蛤売り
図’をじっくりみた。描かれたのは寛政9~10年(1797~98)、驚い
たのは籠に入れている蛤が白の胡粉を使って描かれ輝いていること。日本画
をみるときはいつもこの胡粉に注目しているが、北斎の肉筆でも白のアクセ
ントが印象的だった。

一休みしている棒手振りの蛤売りが商売するのは9月、十五夜に蛤の吸い物
を食べる風習があるため毎晩売り歩いた。美味しい吸い物だったにちがい
ない。食物の話をすると元気になる。興味深いのがあった。‘今戸川’に描かれ
ている今戸焼職人。江戸のころから今川焼があったのは知らなかった。わが
家の秋から冬にかけの美味しいもの定番は横浜そごうで売ってる‘御座候の
今川焼’、安くて餡がたっぷり入っているので最高。

ほかにもいろいろな生業で生計をたてている人たちが登場する。みてのお楽
しみ。思わず足がとまったのがとても見慣れている傑作‘富嶽三十六景 尾州
不二見原’にでてくる桶屋職人。大きな丸い桶の圧倒的なリアリティ、丸の
なかに描かれた富士山は完全に食われている感じ。この職人の仕事ぶりには
流石の富士山もお手上げだろう。

大津絵は当地のお土産やお守りとして人気があったらしい。以前、日本民藝
館で大津絵を夢中になってみたので‘五十三次江都の往かい大津’にも敏感に
反応する。こんな風にして絵師たちは忙しく描いていたのだ。後ろの女は
‘ちょいと、次は人気の鬼にするかい。在庫が少なくなったから’なんて言っ
てる?

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