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2019.02.28

美術館に乾杯! アテネ国立博 その三

Img_0003     ‘馬に乗る少年’が飾られた部屋

Img_0004     ‘アルテミシオンのゼウス’(紀元前460年)

Img_0002     ‘馬に乗る少年’(紀元前140年)

Img     ‘アンティキュテラの青年’(紀元前340年)

Img_0001     ‘エレウシスの大浮彫’(紀元前440年)

これまで海外の美術館でみた彫刻のなかで心に強く残っているものがアテネ国立博に2点ある。クラシック期の傑作‘アルテミシオンのゼウス’とヘレニズム期につくられた銅像‘馬に乗る少年’。この二つの彫刻と‘黄金のマスク’をみれたことは生涯の思い出。

ギリシア神話に登場する神々と英雄たちは本を読んでいるときはまだみな同じようなイメージにとどまっているが、人間の姿となって絵画化されあるい彫像として目の前に現れると超越的な神の威厳や英雄たちの強さを実感するようになる。

等身大のブロンズ像‘アルテミシオンのゼウス’(高さ209㎝)は絵画にでてくるゼウスのイメージとはかなり違う。いつも変身の術を使って美女にいい寄るゼウスが彫像になると引き締まった肉体をもつ理想的な男性として表現されている。足を大きく広げ手を水平にのばして立つ堂々としたゼウスにはとてもじゃないが近寄れない。

厳格すぎるくらいかちっとしたクラシック様式にくらべモチーフが日常生活のひとこままで多様化したヘレニズム期の彫刻はリアリズムと動くのある造形が人々の心をとらえた。疾走する馬と少年が一体となった‘馬に乗る少年’はもうワクワクするほどの出来映え。馬の顔は競走馬とまさに同じ筋肉の動きをみせている。ギリシア彫刻の凄さを思い知らされた。

ほかのクラシック期の作品で目を惹いたのはトロイの王子パリスとか英雄ペルセウスに解釈されている‘アンティキュテラの青年’と大地の女神デメテルがエレウシスの王子に穀物栽培を教えるため麦の穂を渡す場面が彫られている‘エレウシスの大浮彫’。

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2019.02.27

美術館に乾杯! アテネ国立博 その二

Img     ‘ディピュロンの墓甕’(紀元前750年)

Img_0002     ‘パンの画家のぺリケ’(紀元前470年)

Img_0001     ‘クロイソスの墓像’(紀元前530年)

Img_0003     ‘台座浮彫 体育場風景’(紀元前510年)

古代の美術品のひとつの特徴がサイズの大きさ。ギリシア陶器のなかにはビックリするほど大きな甕やアンフォラがいくつも並んでいる。思わず足がとまったのが高さ155㎝の大甕‘ディピュロンの墓甕’、これは死者の霊にお酒を注いで供養するためのもので表面全体は端正な幾何学模様で覆われている。

時代が下って紀元前470年頃につくられたぺリケ(下ふくらみの器)のみどころは器に描かれた絵。この頃陶器画家が活躍し、神話や普段の生活の光景が描かれた。黒地に赤褐色で表現されたのはエジプト王や家来と戦うヘラクレス。また、ヘラクレスがケンタウロス族のネッソスをやっつける場面のアンフォラもある。

‘クロイソスの墓像’は紀元前8世紀末からはじまったアルカイック時代を代表するクーロス(青年立像)。この等身大の像は高さ195㎝もあり圧倒的な存在感をみせている。明らかにエジプトのファラオ像の影響を受けているが、均整のとれた肉体美には生気がみなぎっている。これは忘れられない。

古代オリンピックがはじめて開かれたのは紀元前776年。青年たちが肉体の鍛錬の成果を競いあった各種スポーツの様子は陶器や台座の浮彫などに盛んに描かれた。‘台座浮彫 体育場風景’にでてくるのはレスリングをする選手たち。

世の中には筋トレにとりつかれた人が大勢いそうだが、この若者たちの腹の筋肉の割れ具合と遜色ないほど肉体を鍛えている人は一握りの上級者クラスだけだろう。

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2019.02.26

美術館に乾杯! アテネ国立博 その一

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Img_0001     アテネ国立博の正面

Img_0003     ‘黄金のマスク’(紀元前16世紀)

Img_0002_2     ‘漁夫’(紀元前16世紀)     

Img_0004     ‘竪琴奏者’(紀元前2400~2000年)

西洋の絵画や彫刻などの美術品に興味をもちはじめると時代をどんどん遡って世界各地におこった古代文明の扉をたたいてみたくなる。メソポタミア文明はまだ縁がないが、エジプト、ギリシャ文明は運よくこの目で見ることができた。

ギリシャを旅行したのはちょうどアテネオリンピックがあった2004年の秋。ツアーに参加しアテネ、デルフィ、オリンピア、ミケーネといった定番の観光地をまわった。アテネでのお目当てはパルテノン神殿とギリシャ美術がごそっとみれるアテネ国立博。

アテネがどんな街だったかは覚えているが個々の観光スポットの位置はとなるとあやふや、だからアテネ国立博士のある場所はガイドブックで確認しても、パルテノン神殿からどっちの方向だったかぴたっと決まらない。でも立派な建物の外観と館内のすばらしい彫刻の数々は目に焼きついている。

事前につくった必見リストの一番上に載せていたのはシュリーマンがミケーネで発見した‘黄金のマスク’、王のデスマスクだから金を薄くまで打ち出してつくられた。エジプトのツタンカーメン王の黄金のマスクとは違い静かに目をつむった王の威厳にはリアリティがある。

3年前日本にやって来た‘漁夫’にも心を奪われるが、じつはこのサントリー二島で発展された色鮮やかなフレスコ壁画は展示室が封鎖されていてみれなかった。そのリカバリーが日本で実現したのはこの上ない喜び。だが、有名な‘ボクシングをする少年’がまだ残っている。もう一度ギリシャへ行く機会があるだろうか。

エーゲ海のキュクラデス諸島で発掘された‘竪琴奏者’は‘漁夫’よりもっと古い紀元前2400~2000年につくられた大理石像、そのプリミティブな造形は心を静かに揺すぶり、モディリアーニの彫刻が重なってくる。

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2019.02.25

‘奇想の系譜展’!

Img_0002     伊藤若冲の‘旭日鳳凰図’(1755年 三の丸尚蔵館)

Img_0001     狩野山雪の‘梅花遊禽図襖’(重文 1631年 京都・天球院)

Img_0003     長澤芦雪の‘花鳥図’(18世紀)

Img  鈴木其一の‘百鳥百獣図’(1843年 エドソン・コレクションン)

現在、東京都美で開かれている‘奇想の系譜展’(2/9~4/7)をみてきた。この日はまず上野へ行きそのあと六本木という段取りだったが、森アーツセンターの‘新・北斎展’の大盛況ぶりに較べると奇想展の熱気はだいぶ下回る。

伊藤若冲(1716~1800)を軸にして‘奇想の画家’が集結してるよ、と連呼したって、若冲にしろ長澤芦雪(1754~1799)にしろ贔屓の絵師の回顧展が開催されれば足を運んでいるのだから、それほど新鮮味はない。いまさら奇想派でもないだろういうのが率直な感想。奇想ボケした主催者には北斎展、暁斎展に足を運ぶ日本美術ファンの気持ちがわからないだろう。

何度見ても心を奪われるのが若冲の‘旭日鳳凰図’、‘動植綵絵’の画面のサイズよりひとまわり大きいため大女優のような風格をそなえた鳳凰が目に眩しく映る。おもしろいことに鳳凰は雄と雌のペアで描かれているのに視線がむかうのは尻尾を高くあげ体を大きくみせている雌ばかり。左にいる雄に気づかず隣へ移動しそう。

狩野山雪(1590~1651)の‘梅花遊禽図襖’は天球院でみたことがあるので思い入れが強い。こういう風に枝をやけっぱちに曲げる梅の木が実際にあるのか知らないが、山雪は強風などで折れた枝のイメージがありこの形を創作したのだろうか。京博であった山楽・山雪展に出品された‘龍虎図屏風’や‘四季耕作図屏風’とも再会できたのでいうことなし。ダイナミックにうねる波の描写は山雪と曾我蕭白(1730~1781)の強いつながりを伺わせる。

今回初見の作品で収穫だったのは芦雪の‘花鳥図’とアメリカから里帰りした鈴木其一(1796~1858)‘百鳥百獣図’。‘花鳥図’の上の鳥の描き方は師匠である応挙の‘薔薇文鳥図’を意識しており、下半分の錦鶏とお得意の雀と組み合わせてすばらしい花鳥図を仕上げた。芦雪には六曲一双の‘百鳥図’という傑作があるが、‘花鳥図’はこれと同じくらい魅了される。

東京都美にでかけたのはじつは其一の絵をみるためだった。チラシでみて気になってしょうがなかった。縦長の2枚の画面は鏡あわせになっていて、上の滝を落ちてきた水の流れのまわりに鳥と獣が所狭しと描かれている。注目は左下の白象。其一はどの象の絵をみたのだろうか。ひょっとしてほぼ同時代を生きた国芳の象?

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2019.02.24

‘河鍋暁斎 その手に描けぬものなし’!

Img  ‘地獄太夫と一休’(1871年以降 ゴールドマン・コレクション)

Img_0003     ‘司馬温公甕割図’(1881~89年 大英博)

Img_0002     ‘蛙の蛇退治’(1879年 大英博)

Img_0001 ‘鷹に追われる風神図’(1886年 ゴールドマン・コレクション)

浮世絵師で展覧会が開催される回数が群を抜いて多いのは北斎と国芳、その国芳に小さい頃弟子入りした河鍋暁斎(1831~1889年)にもスポットがあたっており、回顧展によくでくわす。サントリー美では今‘河鍋暁斎 その手に描けぬものなし’(2/6~3/31)が行われている。

2年前、Bunkamuraにイスラエルのゴールドマン・コレクションンがやって来て前のめりでみた。だから、サントリーはパスでもいいかなと思ったりするが、北斎と一緒でどうしても美術館に足が向かう。すでにみた作品が並ぶことはある程度想定できるので期待は暁斎のプラスαの出現。

暁斎の描く美人図には立ち姿が多いが、モデルとの組み合わせがギョッとする‘地獄太夫と一休’に最も魅せられている。地獄太夫は室町時代の遊女で一休に師事した。一休はさばけた人物で遊郭に遊びに行く。芸妓たちと楽しむ座を太夫がはずしこそっと様子をみると彼女たちは皆骸骨だった。ありゃら!

三味線を弾く骸骨の頭に乗りハイになって踊る一休の調子のよさ、この姿からは頓智の一休さんのイメージとは結びつかない。色鮮やかな打掛けを着てS字に体をまげる太夫とでれっとした一休と不気味な骸骨たちがはやし立てる様子がびっくりするほど前衛的。暁斎恐るべし!

初見の作品で収穫は子どもの描き方がとても上手い‘司馬温公甕割図’、これは甕に落ちた幼子を機転をきかせ胴を石で割り助けた司馬光の逸話。まわりの子は何もできずあたふたして動くまわるばかり。でも司馬光は冷静に対応する。たしかに賢そうな顔をしている。

こういうアイデアをよく思いつくなというのが‘蛙の蛇退治’、‘鳥獣戯画’を手本にしているが描かれている場面はドキッとする。蛙と天敵の蛇の関係を逆転させ、18匹の蛙が仕留めた蛇を2本の柱にくくりつけ綱がわりに使って曲芸をしている。

もう一点、興味深くみたのは‘鷹に追われる風神図’、不思議なのはなぜ風神が鷹に追われるのか?これをみてギリシャ神話にでてくる鷲に化けたゼウスにさらわれるガニュメデスの話を思い出した。

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2019.02.23

北斎の‘向日葵図’!

Img_0001        ‘向日葵図’(1847年 シンシナティ美)

Img_0002     ‘曙艸 吉野山花見’(部分 1797年 島根県美)

Img     ‘円窓の美人図’(1804年 シンシナティ美)

Img_0003     ‘鯉亀図’(1813年 埼玉県立歴史と民俗の博物館)

21日(木)六本木の森アーツセンターへでかけ‘新・北斎展’(1/17~3/24)をみてきた。‘日曜美術館’が2回にわたって北斎(1760~1849)をとりあげたことが浮世絵ファンの関心をさらに高めたのか、チケット売り場へ着くと案内係から‘現在、60分待ちです’と告げられた。

お目当ての‘向日葵図’をみてさっと帰る予定だったが、入場するのに1時間も待つことは想定外。北斎人気がこれほど盛り上がっていたとは!そのため、次のサントリー美へ行く時間が大幅に狂った。

大規模な北斎展が続く。昨年10月大阪のあべのハルカス美で大英博との共同プロジェクト‘北斎ー富士を超えてー’があり、その3ヶ月後今度は東京で永田コレクションを軸にして北斎のバラエティにとんだ作品がずらっと並ぶ。‘浮世絵界の大スター、北斎、カッコいいねぇ’と声をかけたくなる。

展覧会のチラシをみて鑑賞欲を強く刺激された‘向日葵図’はこれまで情報がなかった絵。シンシナティ美所蔵の浮世絵は2005年東博であった北斎展に‘円窓の美人図’が出品されたが、この美人は今回ひまわりも一緒にもってきてくれた。

こういうふうに向日葵を単独で描いたものですぐ思い浮かべるのは畠山記念館にある鈴井其一(1796~1858)の向日葵図。ひょっとして其一は北斎の向日葵の絵を知っていて、じゃあ、自分もと筆をとった?
北斎のとてもやさいい感じのする向日葵に会えたのは生涯の思い出。本当にすばらしい!

永田コレクションの‘曙艸 吉野山花見’の展示期間(2/21~3/4)と無意識にタイミングがあっていたことに気づいた。そして、2005年にみた‘鯉亀図’(2/21~3/24)とも運よく再会した。混雑する会場をすりぬけながら進んでいったが、はじめてみるものが数多くあった。北斎の展覧会へ何度足を運んでも大きな満足がえられるのは作品の幅が広いから。

浮世絵特有の小さな絵がたくさんあるので鑑賞に相当なエネルギーを使う。だから、途中で休憩を入れてみるほうがよいかもしれない。

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2019.02.22

美術館に乾杯! 国立近代美 その六

Img     ポロックの‘水路’(1947年)

Img_0001     トゥオンブリーの‘ティタンの没落’(1962年)

Img_0002     フォンタナの‘空間概念’(1949年)

Img_0003     フォートリエの‘サマータイム’(1957年)

ポロック(1912~1956)は1947年に縦長のキャンバスを使って表現した作品を数点仕上げた。例えば‘五尋の深み’(MoMA)、‘大聖堂’(ダラス美)、‘彗星’(ウイルヘルムーハック美)。‘水路’もその一枚。ほかの美術館のものとくらべるとドロッピングの不規則性がやや薄く思い描いたイメージをうまくまとめたという印象をうける。

人生の後半はローマで過ごしたトゥオンブリー(1928~2011)はギリシャ神話や古代ローマをモチーフにして描くようになる。ここに飾ってあるのはギリシャ神話のはじめの物語‘ティタンの没落’。ゼウスは天界の支配者になるためにはどうしても親たちの世代のティタン神族をやっつける必要があった。

細い線で描かれたこちゃこちゃっとしたいくつかの塊が戦いのシーンだと想像されるがどこに勝利者となったゼウスがいるのかまったく見当がつかない。ところどころに引かれた垂直線はティタンの没落を象徴しているのだろうか。

大きなサプライズだったのはフォンタナ(1899~1968)の代名詞となっているキャンバスの表面の小さな穴や裂け目がどどっと現れたこと。全部で10点くらいあった。フォンタナは日本では大原美などでほんの数点しかお目にかかったことがないので、これは大収穫。そのなかで釘づけになったのが穴の配置を複雑にして渦巻きを連続的に生み出している‘空間概念’。

絵の具を厚く塗り具象の痕跡を少し残した抽象絵画で一世を風靡したフォートリエ(1898~1964)はデュビュッフェやヴォルスらとともにアンフォルメル様式を生み出した。‘サマータイム’の荒々しくて生気のある物的感覚になぜか惹きつけられる。

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2019.02.21

美術館に乾杯! 国立近代美 その五

Img_0003     ヴィルトの‘指揮者トスカニーニ’(1924年)

Img_0001     マルティー二の‘アテナ’(1934年)

Img_0002     ジャコメッティの‘ヴェネツィアの女’(1956年)

Img     パスカリの‘恐竜の復元’(1966年)

イタリアの現代彫刻というと未来派のボッチョーニ、マンズー、マリオ・マリー二くらいしか頭に浮かばなかったが、国立近代美に2度足を運んだお陰でその列伝に数人が加わった。

その一人がミラノ出身のヴィルト(1868~1931)。2点の大理石の肖像彫刻‘指揮者トスカニーニ’と‘ムッソリーニ’は強いインパクトがあり今も強烈に胸に刻まれている。写真や映像でみたモデルのイメージがこの彫刻と重なるだけでなくを内面にまで鋭く切り込んだ表現は立体アートに豊かな力を与えている。

5点くらいあったマルティー二(1889~1947)は‘アテナ’に思わず足がとまった。ヴァチカン博でみた女神ヴィーナスの優美な造形とはちがい、アテナには男性の神のような力強さがみなぎっている。こういうモチーフをみると古代ローマのころから彫刻という芸術が脈々と受け継がれていることがわかる。

ジャコメッティ(1901~1966)の‘ヴェネツィアの女’は絵画ならモデイリアーニの描くうりざね顔の女性をみるような感覚。この胴と腕が一体化した細長い彫像によってジャコメッティのイメージができあがっている。創作活動は個性のある様式でみる者の心に入りこめば最後には受け入れられる。

若くして亡くなったイタリアの現代アーチスト、ピーノ・パスカリの‘恐竜の復元’はおもしろい発想。地球史に興味を深めているのでこういう作品は忘れられない。

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2019.02.20

美術館に乾杯! 国立近代美 その四

Img     モランデイの‘静物’(1918年)

Img_0001     モンドリアンの‘コンポジション’(1919~20年)

Img_0002     デュシャンの‘自転車の車輪’(1913~64年)

Img_0003     ヴィヤニの‘ヌード’(1951年)

20世紀モダンアートの展示室ではピカソやダリの作品は見当たらなかったが、イタリア人とほかの国の名の通った作家を半分々の割合で展示している。そのため、これまでまったく知らなかったイタリアのア―ティストの名前を両手くらい覚えた。

ボローニャ生まれのモランディ(1890~1964)は名前こそ知ってはいるが、お目にかかった静物画は2016年に東京ステーションギャラリーで行われた回顧展ぬ遭遇するまではミラノのブレラ美とここのコレクションくらいしかなかった。その貴重な一枚が1918年に描かれたもの。ぱっとみるとデ・キリコや未来派のカッラの作風と似ており、これが後年モチーフの瓶や壺を淡い色彩で横に並べていく静かでやさしい面に変わっていく。

落ち着いてみられるという点ではモランディとモンドリアン(1872~1944)の‘コンポジション’は共通するものがあるが、モンドリアンのすきっとした水平線と垂直線の組み合わせと明快な色彩でつくられる画面はじっと見ていると微妙に動いている感じ。これが立体化する四角形のおもしろさ。

デュシャン(1887~1968)はびっくりするほど数が揃っている。全部で11点、1点は普通の絵‘ブランヴィルの風景’だが、ほかは画集に載っている‘自転車の車輪’、‘旅行者用折り畳み品’、‘パリの空気’などの‘レディメイド’。これほどデュシャンを展示しているのは本家のフィラデルフィア美以外ではここだけ。

イタリアの現代彫刻家、ヴィヤニ(1906~1989)の‘ヌード’は抽象彫刻なのに裸婦をイメージさせるフォルムがすばらしい。感心しながらみていた。

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2019.02.19

美術館に乾杯! 国立近代美 その三

Img_0002     バッラの‘躍動するイタリア’(1915年)

Img_0001     バッラの‘拡大+スピード’(1913年)

Img     ボッチョーニの‘フェルッチオ・ブソーニの肖像’(1916年)

Img_0003     ボッチョーニの‘洗練嫌い’(1912年)

日本画家の加山又造が若い頃のめり込んだイタリア未来派に大変魅了されている。そのきっかけとなったのが2度訪問する機会があったローマの国立近代美。これでバッラ(1871~1958)やボッチョーニ(1882~1916)らの作品にだいぶ目が慣れた。

そして、これがツキを呼び込んだ。2013年久ぶりにでかけたNYのMoMAでは必見リストに載せていた未来派のコレクションがなんとほとんど姿を現してくれた。明快な色彩と生き物が動くような抽象的フォルムのスピーディな展開が心を躍らせる。

国立近代美での主役はバッラ。これぞ未来派という感じの作品が7~8点並んでいる。とくにしびれたのが‘躍動するイタリア’と又造の馬の絵が連想された‘拡大+スピード’。バッラはボッチョーニやセヴェリーノとちがって人物や具象物の痕跡をまったくみせず三角形や円形といったキレのある幾何学模様を使って重層的でリズミカルな動きをつくっていく。これによって生まれる抽象美は本当にスゴイ!

ボッチョーニは5点あった。長くみていたのは画集で知っていた‘フェルッチオ・ブソーニの肖像’、ブソー二はボッチョーニと親交のあった作曲家。量感にある形をセザンヌを思わせる彩色が興味深い。そして、ごつごつした丸い顔だがキュビスム風な匂いもするブロンズ像‘洗練嫌い’にも足がとまった。

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2019.02.18

美術館に乾杯! 国立近代美 その二

Img_0003     クリムトの‘女の生の三段階’(1905年)

Img     ゴッホの‘若い農夫の肖像’(1889年)

Img_0001     モディリアーニの‘アンナ・ズボロフスカ’(1917年)

Img_0002     デ・キリコの‘不安を与えるミューズたち’(1925年)

事前に得られる作品情報が少ない美術館の場合、期待と不安の割合は半分々。手元の美術本からようやくでてきた絵画のなかで最も鑑賞欲を刺激されたのはクリムト(1862~1918)の‘女の生の三段階’。

この絵は4月東京都美ではじまる‘クリムト展’(4/23~7/10)にやって来るので、クリムトファンは楽しみに待っているにちがいない。クリムトがよく使った正方形のキャンバスは1.8mとかなり大きい。可愛い幼子を抱く若い母親の顔が体に対して真横に曲がっているのが、それほど不自然な感じがしない。

裸身の母親の横に立っているのが老年期の女性。老醜をさらしたくないのか髪で顔を隠している。この老婆の姿にはへんなところがある。それは爺さんの体つきにみえること。そして、歳をとった女性が若いときと変わらない金髪をしているというのも違和感がある。だから、母子ばかりをみていた。

ゴッホ(1853~1890)の‘若い農夫の肖像’とモディリアーニ(1884~1920)の‘アンナ・ズボロフスカ’は情報がなかったので、思わずのけぞった。こういうときは気分がすぐハイになる。また、関心を寄せているドンゲンの女性の肖像にも魅了された。

未来派のバッラ、デュシャンとともに作品の数が多いのがデ・キリコ(1888~1978)。自画像や女性の裸婦図など11点あった。‘不安を与えるミューズたち’はデ・キリコが生みだした形而上絵画の傑作のひとつ。陽射しのを受けて長い影を落としている2体のマネキンの謎はずっと消えないまま。

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2019.02.17

美術館に乾杯! 国立近代美 その一

Img_0004     国立近代美 19世紀イタリア絵画の部屋

Img_0001     カノーヴァの‘ヘラクレスとリカス’(1815年)

Img     コルコスの‘夢’(1896年)

Img_0003     クールベの‘狩猟’(1867年)

Img_0002     セガンティーニの‘牧場’(1886年)

ボルゲーゼ公園のなかにある国立近代美は19世紀以降の絵画や彫刻などを展示する美術館。数多く飾られているイタリア人画家の写実的な絵画はほとんど知らないが、未来派や抽象絵画が並ぶ部屋では見覚えのある作家が続々登場し目を楽しませてくれる。

イタリアは彫刻の本場。心を奪われる彫刻家はミケランジェロ、ベルニーニのほかにもたくさんいる。ヴァチカン博に展示されている‘ペルセウス’をつくったカノーヴァ(1757~1822)もその一人。ここの大作‘ヘラクレスとリカス’(高さ3.5m)に200%KOされた。パワー全開のヘラクレスの姿はギリシャ神話で何度も襲ってくる苦境を乗り越える強いヘラクレスのイメージにピッタリ。

描かれた女性の美貌をみてMy好きな女性画に即登録したのがイタリアのコルコス(1859~1933)の‘夢’。この美術館は2度訪問したが、この絵の前にくると心拍数が上がった。フランスのルノワールやマネの描く女性とはちがいその気品のある美しさに限りない魅力を感じる。

クールベ(1819~1877)の‘狩猟’は2008年、パリのグランパレで開催されたクールベ展に出品された作品。その2年前にみたときはオルセー以外でクールベと出会うことはほとんどないので感激した。同じくセガンティ―ニ(1858~1899)の‘牧場’にお目にかかれたのも大きな収穫だった。

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2019.02.16

美術館に乾杯! サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂

Img_0004     コロセウムの上にあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂

Img_0001  ‘ユリウス2世墓碑’(1505~45年 サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂)

Img     ミケランジェロの‘モーセ’(1513~45年)

Img_0002      ‘レア’(1542年頃)

Img_0003     ‘復活のキリスト’(1519ー21年 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂)

ローマでミケランジェロ(1475~1564)というとツアーのコースにも入っているシスティーナ礼拝堂の天井画をすぐ思い浮かべるが、これは画家としての作品。では本業の彫刻はローマでは何がみれるのか。全部で5点ある。

サン・ピエトロ大聖堂の‘ピエタ’はこの前紹介した。もうひとつすごいのがある。それはどのミケランジェロ本にも載っている有名な‘モーセ’。お目にかかれるのはコロセウムの上のところにあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂。ミケランジェロをコンプリートするには欠かせない必見ピースなのでタクシーを飛ばして聖堂に駆けつけた。

1505年ユリウス2世から依頼された墓碑は当初の構想からかなり縮小されたものとなりほかの彫刻家たちの助力を得て1545年完成した。ミケランジェロがつくったのは‘ユリウス2世墓碑’の下段に設置されている‘モーセ’と両サイドにいる‘ラケル’(左)、‘レア’(右)の3体のみ。

高さ2.35mもある大きなモーセ像で強く目に刻まれるのは頭にはえた角と長い々顎ひげ、腕の筋肉のリアルな表現をじっとみていると映画‘十戒’でモーセを演じたチャールストン・ヘストンとダブってくる。また会ってみたい。

もう1体はドーリア・パンフィーリ美とパンテオンのちょうど中間あたりに建っているサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂に飾ってある‘復活のキリスト’。2年前この別ヴァージョンが三菱一号美に登場したのは記憶に新しいところ。この聖堂の前の広場ではベルニーニの案によるオベリスクを支える象の彫像と遭遇した。この象には‘ミネルヴァのひよこ’というかわいい名前がついている。

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2019.02.15

美術館に乾杯! ヴィッラ・ファルネジーナ

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Img_0001     テベレ川畔にあるヴィッラ・ファルネジーナ

Img_0002    ラファエロの‘ガラテアの勝利’(1511年)

Img_0003     ‘預言者イザヤ’(1512年 サンタゴスティーノ聖堂)

Img_0004  ‘キージ礼拝堂のクーポラ’(1516年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

ローマでは美術鑑賞の幅がとても広い。彫刻ならエトルリア、古代ローマ、ミケランジェロ、そしてベルニーニまで楽しめ、絵画ではシスティーナ礼拝堂の天井画を描いたミケランジェロとラファエロを軸にダ・ヴィンチ、ボッティチェリらルネサンスのオールスター、さらに人気のカラヴァッジョ、カラッチ、レーニ、ボッツォたちの傑作がずらっと揃う。

そのため、そうした作品が飾ってある美術館や教会にみてまわるにはかなりの時間がかかる。美術とのつきあいは長期戦と心得ひとつ々喜びを重ねていくことを胸に刻んでいる。美術館以外の場所は2度出かけたが、ベルニーニとカラヴァッジョをメインターゲットにしていた教会めぐりの合間にラファエロ(1483~1520)もちょくちょく顔をだす。

最も期待を寄せていたのはテベレ川畔にある大銀行家キージの別荘ヴィッラ・ファルネージ(後にファルネージ家の所有となったのでこの名になった)。ここではラファエロの美術本には必ず載っている‘ガラテアの勝利’にお目にかかれる。

フィレンツェのピテイ宮などでうっとりみてしまう聖母子像とは違って、ローマにあるラファエロはどれも画面が大きいので見ごたえがある。この邸宅の壁面を装飾した‘ガラテア’も縦2.95m、横2.25mのワイド画面。視線が集まるの真ん中の女神ガラテアより上で矢を射る天使とガラテアが乗っている貝殻を引っ張っている2頭のイルカちゃん。じつに可愛い!

カラヴァッジョの‘ロレートの聖母’が飾ってあるサンタゴスティ―ノ聖堂でオマケのお楽しみはラファエロの‘預言者イザヤ’。一見するとミケランジェロの天井画を彷彿とさせる。ラファエロはシスティーナ礼拝堂に何度も足を運びミケランジェロの画法を学んだにちがいない。

ポポロ聖堂にはカラヴァッジョが描いた聖ペテロの絵のほかにキージ礼拝堂でベルニーニの彫刻2体とラファエロが指揮をとったクーポラも目を楽しませてくれる。黄金に装飾されたクーポラの天井頂部はモザイクで描かれている。

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2019.02.14

美術館に乾杯! ヴィッラ・ジュリア博

Img_0001     ローマの北部にあるボルゲーゼ公園

Img        ヴィッラ・ジュリア博

Img_0002     ‘夫婦横臥像の棺’(前6世紀末)

Img_0004     ‘ヴェイオのアポロン像’(前510年頃)

Img_0003     ‘ゴルゴンのアンテフィクス’(前500年頃)

ローマの北にあるボルゲーゼ公園にはボルゲーゼ美、ローマ国立近美、ヴィッラ・ジュリア博の3つの美術館が並んでいる。折角ここへ来たのだから全部訪問した。このあたりはタクシーが少ないため徒歩で移動することになるが、公園は大変広いのちょっと疲れる。

左端のヴィッラ・ジュリア博では古代ローマ時代以前の前8~6世紀頃イタリア半島に都市文明を築いたエトルリア人が残した美術工芸品が展示されている。事前の情報からお目当てはエトルリアのテラコッタ造形芸術の最高傑作とみなされる‘夫婦横臥像の棺’。

酒宴で寝台(クリネ)の上に夫婦が仲良く横たわり、飲食や音楽を楽しみながら談笑する姿がじつにいい。エトルリア社会では女性の地位が高かったので女性も宴会に参加しで夫と一緒にエンジョイした。ギリシャでは絶対にありえない光景。

動きのある彫刻もエトルリアの特徴、ギリシャのアルカイック彫刻が静的なのに較べると‘ヴェイオのアポロン像’や‘ヘラクレス像’は今にも動き出しそうな感じ。さらに気を引くのがゴルゴン(メドゥ―サ)の首、東北のナマハゲのようにたくさんの蛇を操るゴルゴンはとっても怖くみえる。

アンテフィクスは神殿の屋根の下端につける軒鼻飾りのことで、装飾のモチーフとしてゴルゴンや酒の神ディオニソスの供の女マイオスの頭部などが使われた。

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2019.02.13

美術館に乾杯! バロック・イリュージョン (2)

Img     イエズス会の総本山 ジェズ聖堂

Img_0003     ポッツォの‘聖イグナティウスの祭壇’(1696~1700年)

Img_0001  ポッツォの‘カフェ・プロフェッサの回廊の壁画’(1682~86年)

Img_0002     真近でみるとゆがんでいる壁画

Img_0004     ボッロミーニの‘プロスぺトカの間’(17世紀 スパーダ宮)

ポッツォ(1642~1709)が絵画の技法だけでなく数学や建築の知識を総動員してつくった天井画が楽しめるサンティニャーツィ聖堂、運よく2010年2回縁があった。場所がわからず苦労したのは1月のとき。その原因は手元の美術本をみててっきりイエズス会の総本山のジェズ聖堂に行けば天井画をみれると勘違いしたから。

確かに翼廊部にある絢爛豪華な‘聖イグナティウスの祭壇’はポッツォがつくったことは情報とあっているし、世界で最も大きいラピスラズリの玉がどんとすえられている。でも、身廊に描かれた天井画がどうもイメージとちがう。さて、肝心のボッツォのイリュージョンはどこでみれるのか?

そこで、聖堂と同じ敷地内にあるローマの神学校、‘コレッジョ・ロマーノ’に足と運びきょろきょろしていたら入口でもらったパンフレットに載っている‘カフェ・プロフェッサの回廊’が現れた。なにかポッツォの匂いがしてきた。この回廊の天井と壁画はボッツォがローマにやって来て最初に描いたもの。

回廊の天井はかまぼこ型になっているが、実際は天井や壁にはいっさい凸凹がない。ある地点からみると完璧な遠近法になっていて、奥にはあるはずのない部屋があるようにみえる。そして、進んでいくと横の壁から赤ちゃんや男女が飛び出してくる。まさにだまし絵の連続。男女を真近でみると体全体を横にぐっとひきのばして描かれている。

結局、ジェズ聖堂ではお目当ての天井画はみれなかったが、ボッツォの仕掛けたイリュージョンの一端は目にすることができた。ここでいい出会いがあった。一人のイタリア人男性が壁画を模写しており、話をすると本命のサンティニャーツィ聖堂のある場所を教えてくれた。で、喜び勇んで移動した。近くにあるのですぐ到着した。

ローマにはおもしろいだまし絵がもうひとつある。めざしたのはナヴォーナ広場から歩いて10分ちょっとのところにあるスパーダ宮。人数がある程度集まると係員が‘プロスぺトカの間’(遠近法のギャラリー)に連れて行ってくれる。左右に列柱を並べた小規模なギャラリーで遠くの先には小さな兵士の彫像がみえる。

ギャラリーの長さは30m以上あるようにみえるがじつは9mしかない!これはベルニーニ(1598~1680)のライバルだったボッロミーニ(1599~1667)の遊び心によって生まれただましのテクニック。奥に行くほど柱の長さが短くなり、道幅も狭くなっている。錯覚を利用したバロック・イリュージョンの真骨頂がここにある。

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2019.02.12

美術館に乾杯! バロック・イリュージョン (1)

Img_0001     サンティニャツィオ聖堂

Img_0004     聖堂内部 サプライズの身廊天井画

Img_0002     ポッツォの‘聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光’(1694年)


Img_2        ‘ヨーロッパ’

Img_0003_2        ‘アメリカ’

美術館や教会をまわるときはガイドブックによっておおよその場所を確認するが、なかにはガイドブックに載ってないことがある。2010年のローマ訪問で期待の大きかったサンティニャツィオ聖堂(カトリック・イエズス会)にたどりつくのに大変苦労した。

ドーリア・パンフィーリ美から北に向かって200mくらいのところに建つこの聖堂にはサプライズの天井画がある。カトリックの教えを世界に広めるイエズス会の伝道活動の勝利が描かれており、中心にいるのがイエス・キリストから祝福を受けるカトリック・イエズス会の創始者聖イグナティウス・デ・ロヨラ。

そして、天井の4隅は世界の4大陸が擬人化され女性の姿で表されている。この大陸の描き方に目が点になる。女性のまわるにいる筋肉隆々の男や赤ちゃんがまるで中に浮いているよう。例えば‘ヨーロッパ’では男が天空を駆けめぐっている感じ。また‘アメリカ’ではインディアンの女性に突き落とされる異教の男たちは今にも崖から落ちてきそう。

3Dを思わせるイリュージョン天井画を生み出したのはトレント生まれのイエズス会士、アンドレア・ポッツォ(1642~1709)。17世紀後期バロックに活躍したポッツォの絵画や建築をみるのはこのときがはじめて。天井画のことは美術本でずいぶん前に知ったが、建物と絵画が一体となった不思議な立体感はここに来ないと味わえない。イリュージョン芸術家、ポッツォに乾杯!

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2019.02.11

美術館に乾杯! ローマの教会でカラヴァッジョ三昧 (2)

Img_0003     サンタゴステイーノ聖堂の内部

Img_0001     ‘ロレートの聖母’(1603~06年)

Img_0004  ‘聖ペテロの磔刑’(1601年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

Img_0002  ‘聖パウロの回心’(1601年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

Img     ‘洗礼者ヨハネ’(1605~06年 コルシーニ美)

サンタ・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂から北にむかって300mくらい歩いたところにあるのがサンタゴスティーノ聖堂。ここにカラヴァッジョ(1571~1610)のすばらしい絵がある。その‘ロレートの聖母’をはじめてみたときはおおげさにいうと体が震えた。

キリストを抱く聖母も跪く男女もイタリアのどこにでもいそうな人物。マリアの美しい顔と男の汚れた足の裏が違和感なく目のなかに入ってくるこの現実感がカラヴァッジョの最大の魅力、宗教画というより風俗画をみている気分なので肩の力を抜いてみられる。

最終目的地であるサン・ピエトロ大聖堂へ向かう途中ここへ立ち寄った巡礼者たちは‘おらたちと同じ格好をしたやつが絵のなかにいるだべ、ちょっとみてみるか’と口をポカンとあけて聖母と幼子キリストの姿に手を合わせたにちがいない。

かつてローマの北の表玄関だったポポロ門の脇に立つのがサンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂、そしてこの前は中央に高さ36mのオベリスクがあるポポロ広場、このオベリスクは紀元前13世紀のもので初代皇帝アウグストゥスがエジプトから運んできた。

これをみるだけでもここへやって来る価値があるが、ひと通りみたら2点のカラヴァッジョをみるため急いでポポロ聖堂へ入った。‘聖ペテロの磔刑’と‘聖ペテロの回心’が飾ってあるのは主祭壇左手のチェラ―ジ礼拝堂。どちらもペテロはひっくり返る形で描かれており、光をうける体全体が強く目に焼きつく。カラヴァッジョは見る者が絵にできるだけ近づいてみることを目論んでまわりの男たちや馬を配置している。

2016年西洋美で開催されたカラヴァッジョ展に登場した‘洗礼者ヨハネ’はちょっと引っ込み思案な性格を感じさせる若者がモデルをつとめている。この絵があるコルシーニ美はラファエロの有名な‘ガラテアの勝利’が描かれた別荘ヴィッラ・ファルネージの目と鼻の先に位置するこじんまりとした邸宅美。

訪問したときは想定外の休館日でガックリ!だが、4ヶ月後に開かれた大カラヴァッジョ展(2010年)で運よくリカバリーできた。ミューズに感謝。

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2019.02.10

美術館に乾杯! ローマの教会でカラヴァッジョ三昧 (1)

Img_0004     ローマでみれるカラヴァッジョ(拡大で)

Img_0002     サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂

Img_0001     ‘聖マタイの召命’(1600年)

Img_0003     ‘聖マタイの殉教’(1600年)

Img     ‘聖マタイと天使’(1602年)

イタリアで美術を楽しむときは訪問した都市にある美術館や博物館の情報だけでなく教会に飾られている祭壇画、壁画、彫刻についてもしっかり押さえておく必要がある。ローマではベルニーニ(1598~1680)同様、カラヴァッジョ(1571~1610)を求めて3つの教会に足を運んだ。

まず前のめりになって向かったのはナヴォーナ広場の近くにある‘サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂’、この聖堂はカラヴァッジョファンにとっては聖地みたいなところ。入って左奥のコンタレッリ礼拝堂にはマタイ三部作がどーんと飾られている。真ん中が‘聖マタイと天使’で左が‘聖マタイの召命’、そして右にあるのが‘聖マタイの殉教’。

ここに2回立ったが、毎度ひっきりなしに人々がやって来て食い入るようにながめている。出世作となった‘聖マタイの召命’は右上からさしこむ光がテーブルに座っている男たちを照らしているところに視線が集中する。そのため、右にいるキリストは後ろ向きの男によって体の大半が隠れ存在感が薄くなっている。

普通キリストはこんな風には描かれないが、カラヴァッジョはキリストをイケメンに演出したもののこの場面での威厳を過大に大きくせず風俗画のワンピースとして配置している。‘マタイ君、ちょっと一緒にきてくれないか’、‘ええー、私ですか?!’こんな感じだろうか。

これに対し‘聖マタイの殉教’は緊迫した場面が描かれている。今まさにマタイを手にかけようとする刺客の怖いこと。真っ赤になった顔が若い男の真剣度を物語っている。そして、主役の刺客を食うほどのインパクトがあるのが‘ああー、大変だ!マタイのおじちゃんが殺されるー’とばかりに口を大きくあけ手と体をひねっている少年。
この圧倒的な激しさを明暗の強いコントラストによって描くのがカラヴァッジョ流。

ところで、絵の前には小さな箱がありコインを入れるとライトアップされる仕掛けになっていたが、現在もそのままだろうか。また行ってみたい。

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2019.02.09

美術館に乾杯! ローマはベルニーニのためにあった (3)

Img_0002         サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂

Img_0003     ‘クーポラ’(1658~61年)

Img_0004‘インノケンティウス10世の肖像’(17世紀 ドーリア・パンフィーリ美)

Img_0005  ‘ガブリエル・フォンセカの胸像’(1668~73年 ルチーナ聖堂)

Img     ‘サン・タンジェロ橋の天使像’(1670年)

2回おこなったベルニーニ巡り、2度目は大カラヴァッジョ展にあった2010年。念願のカラヴァッジョをみて興奮がさまやらぬなかすぐ近くにあるベルニーニ(1598~1680)が設計した‘サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂’に寄った。なかに入り上を見上げると飛翔するような感覚になる楕円形のクーポラ。金彩の漆喰装飾と可愛い天使を息を呑んでみていた。

バルベリーニ家出身のウルバヌス8世が亡くなったあと教皇についたのがパンフィーリ家から選出されたインノケンティウス10世(在位1644~1655)。ドーリア・パンフィーリ美では専用の部屋にベラスケスがローマにやって来たとき描いた教皇の肖像画とベルニーニがつくった肖像彫刻が一緒に飾ってある。2つをみるとインノケンティウス10世は厳格で気難しい人物のイメージ。そのため、学問・芸術にはあまり興味が示さなかった。

サン・ロレンツォ・イン・ルチーナ聖堂にある‘ガブリエル・フォンセカの胸像’はだまし絵のようにこちらに飛び出してくる感じがとても印象深い。この人物はポルトガル人でインノケンテイウス10世の外科医だった。深い精神性のみられる祈りの姿が心を打つ。

ベルニーニは71歳のとき‘サン・タンジェロ橋の天使像’の2体をつくった。全部で10体ある天使は受難を表す持物をもっているが、INRIの銘と茨の冠をもつ天使がベルニーニの作。だが、実際に橋の上に置かれているのはコピー。仕事場にやって来た教皇が風雨にさらすのは忍びないとコピーに替えさせた。

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2019.02.08

美術館に乾杯! ローマはベルニーニのためにあった (2)

Img_0003    ローマ観光の人気スポット ‘ナヴォーナ広場’

Img     ‘四大河の泉 ガンジス’(1648~51年)

Img_0001     ‘トリトーネの噴水’(1642~43年)     

Img_0002     ‘蜂の噴水’(1644年)

Img_0004     ‘バルカッチャ(おんぼろ船)の噴水’(1628~29年)

ローマの街を歩いているといたるところで噴水と出会う。一番有名なのが‘トレビの泉’、最新のニュースによると観光客が投げ入れるコインを今後は遺跡の維持・補修にかかる費用に充てるという。財政の悪化はこんなところに影響が出ている。

ローマの噴水を装飾的でダイナミックなものに変えたのがベルニーニ(1598~1680)、ウルバヌス8世(在位1623~1644)の依頼に応えて数多くの噴水を手がけた。そのなかで最も大きいのがナヴォーナ広場にある‘四大河の泉’、擬人化した彫刻は‘ガンジス’(画像)、‘ドナウ’、‘ラプラタ’、‘ナイル’

教会にある‘聖テレサの法悦’などとは対照的に広場に置かれた彫刻は見る者の心を高揚させるバロックの気分にあふれた力強いものが多い。トム・ハンクスが主演した映画‘悪魔と天使’で最後に残った司教が犯人に殺されかかるところが‘四大河の泉’、映画の舞台になるといっそう印象が深まる。

ベルニーニが44歳のころつくったのがバルベリーニ広場にある‘トリトーネの噴水’、4頭のイルカの尾の上に大きな貝があり、そこにさらに半人半魚の海神トリトーネが乗り水を吹き上げるほら貝を吹いている。この気を引く造形には強いインパクトがあり一度見たら忘れられない。

そして、この噴水から目と鼻の先のところにあるのが‘蜂の噴水’、アイチャッチとなる垂直に立つ貝と3匹の蜂の組み合わせがじつにユニーク、この蜂はパトロンのウルバヌス8世の生家バルベリーニ家の紋章。ベルニーニは権力に好かれる術をよく心得ている。

先月‘ブラタモリ’に登場したスペイン広場では現在、ジェラートを食べるのは禁止されている。階段の前の小さな広場にあるのが父親との合作‘おんぼろ船の噴水’。これはベルニーニが30歳ころの作品。

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2019.02.07

美術館に乾杯! ローマはベルニーニのためにあった (1)

Img_0003     サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会

Img_0004 ベルニーニの‘聖女テレサの法悦’(1645~52年 ヴィツトーリア教会)

Img ‘福者ルドヴィカ・アルベルトーニ’(1671~74年 リーパ教会)     

Img_0002     ‘巻紙を手にする天使像’(1668~70年 フラッテ教会)

海外の美術館めぐりは運の良さにも恵まれて回数を重ねてきたが、とびっきり楽しかったのが2006年でかけたローマ。カラヴァッジョ(1571~1610)とベルニーニ(1598~1680)を求めてアップダウンの多いローマの街を動き回った。街のあちこちの広場や教会で目を楽しませてくれたのがベルニーニ。

ボルゲーゼ美とサン・ピエトロ大聖堂のほかにもローマにはまだまだグッとくるベルニーニがある。ベルニーニ好きなら誰もがめざす教会がある。それはテルミ二駅から北西にむかってそう遠くないところにあるサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会。

外観は普通の教会。でも、ここにはサプライズの彫刻がある。ヴェネツィアの名家のひとつコルナーロから礼拝堂の装飾を依頼されベルニーニがつくったのが‘聖女テレサの法悦’。聖テレサはスペインの修道女、彼女の神秘体験をベルニーニは形にした。

天使が放つ黄金の矢で心臓を射抜かれたテレサには痛みとともに喜びがわきおこり恍惚の瞬間が訪れる。こんな表情をされたら男どもはもうたまらない。当時これを見た人々は体が熱くなったにちがいない。ローマから帰ったあと、美術に興味がある友人に会うたびにこの聖女の話をした。‘ミケランジェロのピエタもスゴイがベルニーニの聖女の恍惚をみたらぶっとぶよ!’

もう一点どうしてもみたかったのが‘福者ルドヴィカ・アルベルトーニ’、これはベルニーニが72歳のころの作品。
飾ってある教会は中心からすこし離れたテベレ川の向こう岸のトラステヴェレ地区にあるサン・フランチェスコ・ア・リーパ教会。人通りの少ないところにきたなという印象だったが、教会に入り横たわったルドヴィカの悩ましい顔の表情をみたら、タクシーを飛ばしてきた甲斐があったなと思った。

トリトーネの広場の近くに建つサン・タンドレア・デッラ・フラッテ教会は2体の天使が心を鎮めてくれる。夫々巻紙、茨の冠をもっているが、お気に入りは巻紙をもつほう。天使の羽、衣裳の襞、そして髪の流動的な曲線が見事に表現されている。

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2019.02.06

美術館に乾杯! サン・ピエトロ大聖堂

Img_0001     サン・ピエトロ広場とサン・ピエトロ大聖堂

Img_0004     ミケランジェロの‘ピエタ’(1498~1500)

Img_0005     ベルニーニの‘天蓋’(1624~33年)

Img_0002     ベルニーニの‘聖ロンギヌス’(1638年)

Img_0003     ベルニーニの‘ウルバヌス8世の墓’(1628~47年)

ミケランジェロ(1475~1564)の彫刻への関心が深くなると、なんとしてもローマのサン・ピエトロ大聖堂へでかけ‘ピエタ’の前に立ちたいと思うようになる。36年前にそれが実現した。以来、ミケランジェロが20代半ば頃につくったこの傑作に魅了され続けている。

彫刻作品をじっくりみて半端ない感動を覚えるのはこの‘ピエタ’とボルゲーゼ美にあるベルニーニ(1598~1680)の‘アポロンとダフネ’と‘プルートとプロセルピナ’、だから毎年でもローマに足を運びたくなる。はじめてサン・ピエトロ大聖堂のなかへ入ったときはミケランジェロに夢中だったが、2006年にベルニーニに開眼してからはここにあるベルニーニの彫刻もひとつ々息を呑んでみるようになった。

圧倒的な存在感をみせるのが先端の十字架まで29mもある‘天蓋(バルダッキーノ)’、ベルニーニはこの仕事を1624年からはじめ1633年にようやく完成させた。4本の柱に大量のブロンズを必要とする大事業であった。いかにもバロック的な鍍金された柱をみるたびにベルニーニの神業的な才能にひれ伏す。

ここにはほかに人物の彫像などが9つあるがしかとみたのは5つ、そのなかで印象深かったのは‘聖ロンギヌス’と‘ウルバヌス8世の墓’。とくに高さ4.4mの巨像‘聖ロンギヌス’の手を広げるポーズと衣襞をリアルに表現する卓越した技術の冴えに心ときめかせてみた。ベルニーニに乾杯!

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2019.02.05

美術館に乾杯! ヴァチカン博 その七

Img     システィーナ礼拝堂

Img_0003     ミケランジェロの‘アダムの創造’(1510年)

Img_0002     ‘大洪水’’1508~09年)

Img_0005     ‘デルフォイの巫女’(1509年)

Img_0001     ‘最後の審判’(1536~41年)

ヴァチカン博のなかをどんどん進んで最後にたどり着くのがシスティーナ礼拝堂、正面の祭壇の向かって右のドアが入口。ここから一歩ふみだし上をみるとミケランジェロ(1475~1564)が4年の歳月をかけて完成させた天井画がどーんと広がっている。少し進んで後ろを振り返ると筋骨隆々のキリストが真ん中にいる‘最後の審判’が。来ました、来ました。ミケランジェロが魂をこめて描いたフレスコ画があるところへ!

天井に描かれた‘天地創造の物語’と‘ノアの箱舟の物語’は9つの場面からなっている。そのなかで思わず見惚れてしまうのは‘アダムの創造’、最初の人間アダムの指に神の指がふれて命が吹きこまれる瞬間。指と指がつながるというアイデアがすばらしい。スピルバーグ監督が映画‘E.T’でこのシーンをコピーしたくなるのはよくわかる。

最初に仕上げた‘大洪水’は人物を多く描き込み過ぎてため下からみると一人々のインパクトが弱くなった。この反省からミケランジェロは区画に登場する人数をぐっと絞り、印象づけたい主役は短縮法などを使って目に強く焼きつくようにした。

‘創世記’の9場面のまわりに配置されている大勢の巫女と預言者のなかでお気に入りは‘デルフォイの巫女’。一際愛らしい雰囲気を醸し出すこの目の大きい女性をみた瞬間200%KOされた。そして、男っぽい右腕を水平にして曲げるポーズが若さと肌のみずみずしさをより強調してみせる。これをみたらミケランジェロがもっと女性の肖像画を描いてくれたらよかったのにと、思ってしまう。

天井画を仕上げた1512年から24年後、ミケランジェロは今度は正面の‘最後の審判’を描きはじめる。できあがったのは5年後、66歳になっていた。縦13.7m、横12.2mの大画面には天国に行けて嬉しい者あり、地獄へ突き落されて絶望する者ありと、悲喜こもごもの人間ドラマが臨場感いっぱいに描かれている。天国組に入れるように悔い改めるしかない。

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2019.02.04

美術館に乾杯! ヴァチカン博 その六

Img     ボッティチェリの‘モーゼの生涯のできごと’(1483年)

Img_0001     ロッセッリの‘紅海を渡るモーゼ’(1483年)

Img_0002     ギルランダイオの‘最初の使徒のお召し’(1483年)

Img_0003     ペルジーノの‘鍵を手渡すキリスト’(1483年)

ルネサン美術に魅了されるとイタリアのなかをあちこち動かないと思いの丈が叶えられない。まずめざすのはフィレンツェとローマ。フィレンツェではボッティチェリ(1445~1510)、ラファエロ(1483~1520)、ダ・ヴィンチ(1452~1510)の絵画とミケランジェロ(1475~1564)の彫刻を目に焼きつける。

次に向かうのはローマ、お楽しみはラファエロの大壁画の連作とローマ観光の目玉、システィーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの天井画‘天地創造’と正面の祭壇側の壁画‘最後の審判’。一回目のツアー旅行ではこれくらいみると感動袋はもうパンパンになる。でも、もうひとつ見落とせない絵がこの礼拝堂にはある。

‘天地創造’の物語を視線を動かしひと場面々首が痛くなるほどながめていると1時間くらいはすぐたってしまう。そのため、祭壇に向かって左右の壁にモーゼとキリストの物語が各6面ずつ描かれていることに気づかず外にでてしまう。われわれもボッティチェリやギルランダイオ(1449~1494)、ペルジーノ(1448~1523)らによって仕上げられた12面の絵をじっくりみたのは3度目の訪問となった1999年のこと。

この絵画装飾でプロジェクト・リーダーの役割を果たしたのは‘鍵を手渡すキリスト’など3面を描いたペルジーノ、そしてボッティチェリも‘モーゼの生涯のできごと’など3面に腕をふるった。贔屓のボッティチェリの絵だから夢中になってみた。

画題として興味をひくのはロッセッリの‘紅海を渡るモーゼ’、すぐ映画‘十戒’で海が割れるシーンを連想した。ギルランダイオの‘最初の使徒のお召し’で描かれているのはガリレア湖の漁夫がキリストに弟子入りする場面、奥にのびる湖の描写と安定感のある構図に大変魅せられた。

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2019.02.03

美術館に乾杯! ヴァチカン博 その五

Img     ラファエロの‘アテネの学堂’(1509~10年)

Img_0001     ‘パルナッソス’(1509~10年)

Img_0002     ‘聖ペテロの解放’(1513~14年)

Img_0003     ‘ヘリオドロスの追放’(1511~12年)

古代彫刻をみてさあー、ミケランジェロの天井画‘天地創造’をみにいくぞ!となるのだが、システィーナ礼拝堂へと続く導線は予想以上に複雑。どうをどう進んでいるのかよくわからない。

曲がりくねって進むとダブルメインディッシュといってもいい傑作が待ち受けている。ラファエロ(1483~1520)が描いたあの有名な大壁画の連作。教皇ユリウス2世がラファエロをローマに呼び寄せたのは教皇のスタンツツェ(諸間)を装飾させるためだった。

進む流れでいうと‘コンスタンティヌスの間’、‘ヘリオドロスの間’、‘署名の間’、‘火災の間’と並んでいる。各部屋には半円形の側面壁画が4つずつ描かれている。もっとも有名なのが‘署名の間’にある‘アテネの学堂’、美術本でみるイメージはすごく大きな壁画だが、実際は圧倒されるような大きさではない。そのため、中央に立っているダ・ヴィンチがモデルのプラトンもヘラクレイトスとして最前列で目立つように描かれているミケランジェロをじっくりみることができた。

‘パルナッソス’もこの最初に手がけた‘署名の間’を飾り、長くみていた‘聖ペテロの解放’と‘ヘリオドロスの追放’は‘ヘリオドロスの間’に描かれている。‘聖ペテロの解放’の天使の描き方(異時同図法)がおもしろい。輝く光に包まれた天使は右からすっと現れ次にペテロの前に移動し‘ペテロちゃん、早く起きてよ、助けに来たんだから’と声をかけている。光の効果が強烈でカラヴァッジョの絵をみているようだった。

そして、‘ヘリオドロスの追放’の激しくダイナミックな表現はもうバロック絵画そのもの。エルサレムの神殿からお宝を盗もうとしたヘリオドロスが白馬にまたがった騎士にビシッとやっつけられるという緊張感に満ちた場面をみるとプッサンやダヴィットの歴史画がダブってくる。

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2019.02.02

美術館に乾杯! ヴァチカン博 その四

Img_0003     ‘トーディのマルス’(前400年頃)

Img     ‘プリマ・ポルタのアウグストゥス’(14~29年)

Img_0001     カノーヴァの‘ペルセウス’(1802年)

Img_0002     ポモドーロの‘球のある球体’(1990年)

団体のツアーに参加してヴァチカン博に入館するときは最後のシスティーナ礼拝堂でミケランジェロの天井画をみる時間を多くとるため、その前の彫刻のある展示室などは長くとどまらずどんどん進んで行く。だから、ルーヴルやメトロポリタン同様、2回くらいでかけると図録に載っている名作を見逃さずにすむ。

古代エトルリアでつくられた存在感のあるブロンズ像‘トーディのマルス’ははじめてのときは目にかすりもしなかった。前5世紀頃エトルリアにもこんなすばらしい彫刻があったとは!強く印象に残る端正な顔立ちは‘デルフォイの御者’を思い起こさせる。

ローマ時代の皇帝の彫像でよくお目にかかるのが初代皇帝アウグストゥス、右手をあげるポーズは権力の象徴。これは19世紀妻リヴィアの別荘跡から発見されたもので、もとのブロンズを寡婦のために大理石で模刻した。

‘ラオコーン’や‘ベルヴェデーレのアポロン’などがある八角形の中庭には一見すると古代ギリシャの彫刻と思ってしまうものも展示してある。その傑作がカノーヴァ(1757~1822)の‘ペルセウス’。メドゥ―サの首を高くかかげるペルセウスの勇者ぶりについみとれてしまう。カノーヴァは本当にスゴイ彫刻家。

時間に余裕があると‘ピーニャの中庭’でくつろぐのも一興、中央に置かれているのがイタリアの現代彫刻家、ポモドーロ(1926~)の‘球のある球体’、地震によってできた大地の裂け目をイメージする。同じような作品とヴェネツィアのグッゲンハイム美や福山市美でも遭遇した。

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2019.02.01

美術館に乾杯! ヴァチカン博 その三

Img_0003     ‘ラオコーン’(ローマ時代の模刻、原作は前150年頃)

Img ‘ベルヴェデーレのアポロン’(ローマ時代の模刻、原作は前330年頃)

Img_0001     ‘ベルヴェデーレのトルソ’(50年頃)

Img_0002 ‘クニドのヴィーナス’(ローマ時代の模刻、原作は前350~340年頃)

ヴァチカン博のなかで古代彫刻の傑作がみられるのがピオ・クレメンティ―ノ美、ここでもっとも感激するのが1506年にティトゥス帝(在位779~81年)の宮殿跡から発見された‘ラオコーン’。原作は前150年頃ペルガモンでブロンズで制作されたものだが、アウグストゥスあるいは後継者のティベリウスの時代に大理石によって模刻された。

2匹の海の大蛇にトロイアの神官ラオコーンと息子が絞殺される怖い場面が描かれている。苦痛にゆがむ神官の顔があまりに真に迫っているので声を失ってみてしまう。こんな緊張感にみちた事件をへレニズム期に生きた彫刻家たちはその高い技術を駆使してドラマチックに表現した。こんなすごい彫刻をみたらほかの作品がみれなくなる。

‘ベルヴェデーレのアポロン’と‘ベルヴェデーレのトルソ’も有名で彫刻の本には必ず載っている。とてもかっこいいアポロン像に対して、ミケランジェロが‘ラオコーン’同様、熱心に研究したトルソは理想的な男性の肉体の姿をみせている。こんな傑作がローマ中にごろごろしているのだから、彫刻家を自負していたミケランジェロは創作意欲を大いに刺激されたであろう。

‘クニドのヴィーナス’の原作はギリシャの大彫刻家プラクシテレスがつくったもの。美術本で知っていたので事前の作成した必見リストには二重丸をつけていた。飾られている‘仮面の小部屋’はうっかりすると見落としそうになるが、しっかり目に焼きつけた。

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