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2018.09.01

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十

Img グロッスの‘不幸な発明家、アウグスト叔父さんを忘れないで’(1919年)

Img_0002  ディックスの‘ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像’(1926年)

Img_0001     シャートの‘サン=ジュノワ・ダイクール伯爵の肖像’(1927年)

Img_0003     ハウスマンの‘機械的頭部、われらの時代の精神’(1919年)

日本の美術館でドイツの画家たちの作品にスポットをあてた展覧会が開かれることはとても少ない。そのため、海外の美術館をまわりとドイツの絵からは強い刺激をうける。

アメリカにはドイツ系の人たちがたくさんいるのでメトロポリタンやグッゲンハイム、MoMAではキルヒナー、ベックマンら表現主義の面々やダダイストのグロッス(1893~1959)たちの作品もよくでくわす。最初はポンピドーでドイツの20世紀美術の洗礼をうけたが、そのあとアメリカの美術館に通ったおかげで彼らの作品に目が慣れることができた。

グロッスの‘不幸な発明家、アウグスト叔父さんを忘れないで’は強い磁力を放っている肖像画、過去の絵画はどこへでも行ってくれ、俺は人物でもそのままは描かず、イメージのおもむくままモノを顔にくっつけてたりするからな、画家はこんなセリフをはきながら絵筆を動かしている感じ。

ディックス(1891~1969)の絵はあるときまでモデルはてっきり男性と思ってみていた。だが、この人物は女性。紛らわしいのは髪型。たしかに口紅をつけているので女性なのだが、この黒髪と顔のつくりから一見して男性が煙草をふかしてくつろいでいる姿が刷り込まれた。ところで、右目に黒の丸線が入っているのはなぜ?

いかにもドイツの貴族というイメージなのがシャート(1894~1982)が描いた伯爵の肖像。これから夜の街にお供の女性を連れてくりだすのだろうか。左の女性の顔と胸は大胆にも半分しかみせていない。この隠しのテクニックによってすました顔をしている貴族の心のなかが透けてみえる。

ハウスマン(1886~1971)の木製のマネキンとはじめて遭遇したときはかなり緊張した。これが前衛アートか!? 耳の代わりに金属の小円版がくっついてのはなんとかついていけても見慣れた定規がどうして垂直に立っているの?

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