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2018.09.07

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十六

Img_0001     フォンタナの‘神の終わり’(1964年)

Img     スーラ―ジュの‘絵画、324 ×362、 ポリプテイックC’(1985年)

Img_0003     ザオ・ウ―キーの‘風’(1954年)

Img_0002     リヒターの‘六月’(1983年)

前衛アートにはサプライズがつきものだが、アルゼンチン生まれのイタリア人ルーチョ・フォンタナ(1899~1968)がおこなった行為は破天荒だった。何を思ったかカンヴァスを切り裂いたり、気が狂ったようにブスブス穴をあけていく。これで絵画の空間が画面の奥まで広がった。

‘神の終わり’はぱっとみると画面の上に蟻が群がっているような印象。所々に穴があり、そこへ蟻たちは入っていく。この穴がなければ画面は二次元の平面なのに、穴をあけたことにより薄いレリーフのようにひとつの彫刻に変身する。カンヴァスの物質性に着眼するというのはつきぬけた発想。こんなことは誰も思いつかない。

スーラ―ジュ(1919~)は今年99歳、フランスの長生きの家系なのだろう。黒の抽象画家というとこのスーラ―ジュとアメリカのラインハート。1985年に描かれた作品は黒のレンガを4段にしてびっちり並べた感じ。垂直ではなくすこし斜めに置かれているところが飽きさせない。ここで、スーラ―ジュは黒に反射する光をみせている。

ブリジストン美で2004年に回顧展が行われたザオ・ウ―キー(1921~2013)は中国生まれ後にフランスの国籍をとった画家。それまでこの画家の作品には縁がなかったが、アンフォルメル風の抽象画と水墨画が溶け合ったような表現にいっぺんに魅了された。ポンピドーには33歳のときに描いた‘風’がある。

ドイツのリヒター(1932~)の濃い色彩で構成される抽象表現にも心を奪われている。‘六月’は柔らかさはないものの自由にのびる線や帯を縦、横、斜めに何層も重ねる描き方は宇宙のカオスが瞬間的に美しく輝くような感じ。お気に入りの一枚。

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