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2018.09.30

美術館に乾杯! テイト・モダン その十

Img_0002 ポロックの‘サマータイム:ナンバー9A、1948’(部分 1948年)

Img_0005     ロスコの‘無題’(1959年)

Img_0001    ニューマンの‘アダム1951-2’(1951年)

Img_0004     ラインハートの‘抽象絵画No.5’(1962年)

これまでみたポロック(1912~1956)の作品でもっともグッときているのはメトロポリタンにある‘秋のリズム’とテイトの‘サマータイム’。この2点は横の長さはどちらも5mを超えあまり差はないが、‘サマータイム’の高さは84cmと‘秋のリズム’の半分。

‘サマータイム’で目を惹くのは大勢の人が勢いよく動いているようにみえる太い黒の線。そしてこの黒を活気づけているのが黄色。ほかに赤や青が使われているがこれは脇役といったところ。黄色がこれほど躍動していると抽象絵画が楽しいアートに変わってくる。

ロスコ(1903~1970)の‘シーグラム壁画’を集めたビッグな回顧展が2009年川村記念美で行われた。このときテイトからも2点出品された。画像はそのひとつ。日本でお目にかかったのにどういうわけか、2010年の訪問では期待していたロスコルームは存在せず肩透かしを食った。常設展示はやめたのだろうか。いつか再訪したとき残りの作品がみれるか心配。

ニューマン(1905~1970)の‘アダム 1951-2’はえんじ色の地に映える赤の縦線が美しい。小さいころ運動会のリレーのメンバーに選ばれたときえんじ色の鉢巻きをして頑張ったのでこの配色に心が動く。ニューマンは大きな美術館にはしっかり展示されている。MoMA,MET,ワシントン・ナショナルギャラリー、ポンピドー、テイト、偉大なアーティストである証。

黒の絵画で有名なラインハート(1913~1967)、‘抽象絵画No.5’では正方形のなかをじっとみると黒のトーンを微妙に変えて描かれた十字路がみえてくる。ラインハートは芸術の本格派だから無駄を省き黒一色のシンプルな作品を描いた。これほど静謐なイメージを与える抽象絵画はほかにない。

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2018.09.29

美術館に乾杯! テイト・モダン その九

Img_0002     マレーヴィチの‘ダイナミック至高主義絵画’(1915年)

Img     アルバースの‘正方形への讃美’(1964年)

Img_0001     カンディンスキーの‘コサック兵’(1911年)

Img_0004     リヒターの‘ジョンストリート’(1988年)

純粋な抽象絵画の美にとりつかれるというちょっとおおげさな言い方をしてみたくなる画家が3人いる。カンディンスキー(1866~1944)、マレーヴィチ(1878~1935)、そしてクプカ(1871~1957)。このなかでまだ回顧展に遭遇していないのがマレーヴィチ。いつかマレーヴィチにかこまれてみたいが、夢のままに終わるかもしれない。

これまでお目にかかったマレーヴィチの痺れる作品はMoMAにある‘至高主義絵画’、この絵同様みてて気持ちがよくなるのがテイトの‘ダイナミック至高主義絵画’、画面に浮遊するように置かれているのは幾何学な図形の基本である正方形、長方形、円、三角形。

その大きさは意識的に不揃いにして一つ一つの形に個性を持たせている。さらに巧妙なのが並べ方、決して横や縦に真っすぐ置かず微妙にずらしたり斜めに傾けている。色彩のバランスもよくハーモニーがありリズミカルな印象を与える。

アルバース(1886~1976)は正方形の画家。色合いは二つのタイプがあり、同じ色のグラデーションにより正方形のサイズを変えてみせるのと違う色で形を重ねていくのがある。‘正方形の讃美’はMyカラーの黄色なので食いつきは大変いい。

カンディンスキーが抽象絵画へ踏み出すのはマルクらと‘青騎士’を結成した1911年あたりから。‘コサック兵’はその頃の作品で音楽を色彩で表現するという新機軸をうちだした。カンディンスキーはクラシック音楽が大好きで音楽と絵画の融合を抽象絵画という形で表現した。音楽は音で感情を表現する芸術だが、感情は色彩と強く結びついている。だから、カンディンスキーは色彩の力に心をこめた。

リヒター(1932~)が1980年代に描いた作品は色彩の乱舞が強烈で強く印象に残る。‘ジョンストリート’はロンドン絵画’の一枚、一見すると色のついた雨が激しく降っているのをすりガラスをとおしてみている感じ。ときどきガラスにぶつかるのでしぶきが飛び散ったり、雨の跡が曲がったりする。

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2018.09.28

美術館に乾杯! テイト・モダン その八

Img_0002     バッラの‘抽象的速度’(1913年)

Img     ドローネーの‘いっせいに開かれた窓’(1912年)

Img_0001     モンドリアンの‘赤のコンポジション’(1935年)

Img_0003     ニコルソンの‘1934(ホワイト・レリーフ)’(1934年)

未来派のバッラ(1871~1958)やボッチョー二(1882~1916)、セヴェリーノ(1883~1966)に大変魅了されている。そのきっかけとなったのは日本であったMoMA展(1993年 上野の森美)、これでガツンとやられ、その後ローマの国立近代美やヴェネツィアのグッゲンハイムでも楽しませてもらった。

3人のうち有名なブランド現代美術館でたいていお目にかかれるのがバッラ、テイトにあるのは‘抽象的速度’、これは自動車のスピードの美を表現した3連作の一つでクルマが疾走するときまわりの風景が変わっていく様子を青と緑を使い丸みをもったシャープな線で見事に描いている。

ドローネー(1885~1941)の‘いっせいに開かれた窓’はだまし絵のようなところがある。にじみのある色の短冊をペタペタ貼ったみたいな画面の中央をじっとみていると先が細くなった緑の三角形が浮かんでくる。これはエッフェル塔。そう、ドローネーが何度も描いたパリのシンボル。抽象画に突き進んでいるが、具象へのこだわりはまだ残っている。このモザイク状の形のあと抽象どっぷりの‘円形のフォルム’へと進化していく。

同世代のイタリア人のバッラがスピードの表現に新しい絵画を求めたのに対し、オランダのモンドリアンは動き消して画面を交差する水平線と垂直線やそれによって生まれる正方形や長方形によって構成した。1935年に描かれた‘赤のコンポジション’で使えれている色は赤だけ。赤の色面をどこにするかは何回もシミュレーションしたのだろうが、たしかに上の左隅がもっともしっくりいく感じ。

イギリスのベン・ニコルソン(1894~1982)は1934年パリでモンドリアンと出会い、このホワイトレリーフをはじめた。マホガニーの板に雪や雲から霊感を得た白を着色し円や正方形をフリーハンドで象っている。また、ニコルソンはモンドリアンのコンポジションを消化して比較的地味な色合いの四角形で構成された独自の幾何学模様の作品も手がけている。

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2018.09.27

美術館に乾杯! テイト・モダン その七

Img_0001     デュビュッフェの‘流体の木’(1950年)

Img     フォンタナの‘スパチアル概念’(1949~50年)

Img_0002     デュシャンの‘大ガラス’(1915~23年)

Img_0003     マン・レイの‘オブジェ’(1921年)

具象画っぽい抽象表現というのは幾何学的な抽象にくらべれば鑑賞に使われるエネルギーの消耗度は少ない。さらに子どもが描くような人物がでてくるとさらに楽。‘生の芸術’の画家デュビュッフェ(1901~1985)の前では頬が自然にゆるむ。

‘流体の木’は太古の時代に現れた人類の祖先が洞窟のなかに残した人間や動物の姿がそのままかぶってくる。母親は生まれたばかりの赤ちゃんを細い腕で抱いているようにみえる。粗い絵肌や極めて平板な描写はプリミティブアートの見本のような作品。

画家でもあり彫刻家でもあったフォンタナ(1899~1968)の作品をたくさんみたのは2度訪問したローマの国立近代美。それまでフォンタナのイメージは大原美にある赤い画面がナイフでスパッと切られたものだったが、ここには押しピンで開けたような小さな穴で形のゆがんだ円をいくつもつくっていくものがあった。テイトの作品はこれと同じで小さな穴は上下にゆらゆらしながら水平に進んでいく。

デュシャン(1887~1968)のあまりに有名な‘彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)’はロンドンにもあった。これまでフィラデルフィア美にある原作と4つあるレプリカの2つをみた。もう一つのレプリカは1980年に完成した東大ヴァージョンで2005年横浜美で開催されたデュシャン展に出品された。

デュシャンのダダ仲間、マン・レイ(1890~1968)が制作したアイロンを連想させる作品はデュシャンの‘帽子掛け’や‘スコップ’とまったく同じ発想。だから、レディ・メイドは数限りなく生まれてくる。ただし、芸術家がつくったものでなければ話にならない。勘違いは悲劇のもと。

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2018.09.26

美術館に乾杯! テイト・モダン その六

Img         ベックマンの‘カーニバル’(1920年)

Img_0001     キルヒナーの‘モリツブルクの水浴者たち’(1909~26年)

Img_0002     グロッスの‘自殺’(1916年)

Img_0003     ハウスマンの‘芸術批評家’(1919~20年)

美術本でドイツの美術館が所蔵する作品をみることはあっても、じっさい近現代アートで知られるドイツの作家を現地の美術館でみることはまだ経験してない。当面の目標はミュンヘンのレンバッハハウスと決めているが、具体的な話はまだ時間がかかりそう。

ポンピドー同様、テイトにもドイツ表現主義者やベルリン・ダダのとても濃い作品がある。アメリカの美術館をまわっていると予想以上に遭遇するベックマン(1884~1950)、‘カーニバル’では縦長の画面にカーニバルの衣装を着た3人が窮屈な構図で描かれている。バイオリンを持つ目鼻立ちのはっきりした女性が気になる。

グロッス(1893~1959)の表現はかなり過激で‘自殺’はその最たるもの。はじめてみたとき体全体がフリーズした。赤く光る室内に拳銃で自殺した男が横たわり、左には首をつっている男がいる。この光景を裸の女が冷ややかに眺めている。ここは一体どこなのか

社会に対するグロッスの激しい反抗心が表出しているのはこの絵と日本でみた‘社会の柱石’、そしてまだ縁のない‘オスカー・バニッツァに捧ぐ’(シュトゥットガルト州立美)。そして、なにかとぼけた味がでているのがブリジストン美にある‘プロムナード’。劇画っぽい人物描写がとてもおもしろい。

グロッスとともにダダの中心メンバーだったハウスマン(1886~1971)、コラージュのなかにグロッスの描く人物と連動するドイツ人が登場する‘芸術批評家’もインパクトの強い型破りな作品。こういうドイツの作品は黙っているとこちらサイドにどんどん侵入されくる感じ。

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2018.09.25

美術館に乾杯! テイト・モダン その五

Img     ミロの‘黒人女性の胸を愛撫する星’(1938年)

Img_0003     アルプの‘偶然の法則’(1930年)

Img_0001     タンギーの‘青空の日’(1937年)

Img_0004     ペンローズの‘自画像’(1939年)

色彩の印象はほかの色やモチーフの形との関係で受ける印象が変わってくる。例えば、黒というと暗い、重いという感情が湧いてくるが、画面の多くが黒で占められるとその印象が深まる。でも、黒が主役の画面でもそうした思いがしない絵もある。

ミロ(1893~1983)の‘黒人女性の胸を愛撫する星’はそんな一枚。その秘密は黒の地にゆるい線でつくられる形が赤と黄色で彩られているから。また、キュビスムのコラージュのような文字や梯子をイメージさせる白の線も黒の重さを消えさせている。

ダダイズムをやりシュルレアリスムにも首を突っ込んだアルプ(1886~1955)だが、制作された木製のレリーフや抽象彫刻は難しい前衛アートという感じはなく、大半が気楽の向きあえる。何事も枠組みばかり考えていると本当の美しさや新規さがみえてこない。‘偶然の法則’はひまなとき時間つぶしに同じレリーフをつくってみようかと思わせる。それがアルプのおもしろさ。

画風が活動の時々で変わる画家がいる一方で、イメージがきっちり固まってそこから外れる作品は皆無という画家もいる。タンギー(1900~1955)は後者のタイプ。‘青空の日’というタイトルがついていても、それには関心がなく心を沈潜させてみるのは目の前の深海の世界。そして、光のない海底に突如として現れる奇魚との遭遇に思いをはせる。

イギリスのシュルレアリスト、ペンローズ(1900~1984)の作品をイギリス以外の美術館でみることはほとんどない。だから、はじめて‘自画像’をみたときは、へえー、こんなおもしろいシュルレアスム絵画があったのかと驚いた。

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2018.09.24

美術館に乾杯! テイト・モダン その四

Img_0001     エルンストの‘セレベスの象’(1921年)

Img_0002     マグリットの‘無謀な眠り’(1928年)

Img     デルヴォーの‘眠れるヴィーナス’(1944年)

Img_0003     ピカビアの‘いちじくの葉’(1922年)

テイト・ギャラリーの現代アートをはじめてみたとき圧倒的な力で迫って来たのがシュルレアリスム。ここには名の知れた画家がずらっと揃っているが、衝撃度がもっとも大きかったのがダリの‘ナルシスの変貌’とエルンスト(1891~1976)の‘セレベスの象’。

エルンストの名が心に深く刻まれたのはこの機械装置やロボットを思わせる象のせい。この絵は明らかにデ・キリコの影響を受けている。怪物のような象の足の影はイタリア広場にできた銅像や建物の影とかぶる。そして、謎めいているのが右下の首のない白い肌の裸婦とタンクのような大きな象の組み合わせ。これに気をとられると上の左隅に描かれた魚を見落とす。

3,4点あるマグリット(1898~1967)は木目模様が使われたカプセルホテルみたいな狭い部屋で眠っている丸坊主の男が描かれた‘無謀な眠り’が一番シュール。下のパレットを垂直に立てたようなボードに並べられているのはマグリットがよく描いたモチーフ、山高帽の蝶ネクタイ、蝋燭の炎、リンゴ、鳥、そして丸い手鏡。これらが男がみている夢に次々にでてくるのだろうか。

マグリットとくればデルヴォー(1897~1994)、テイトには2点あり最初の訪問でみたのはダ・ヴィンチも描いた‘レダ’、もう一点は‘眠れるヴィーナス’。ところが、ヴィーナスのほうはなぜかずっと縁がなく今年4月横浜美で開催された展覧会でようやくリカバリーが実現した。28年もかかるとは、ああー長かった!

ピカビア(1879~1953)の‘いちじくの葉’はポスターのような作品でシルエットが印象深い。ポンピドーにも同じシルエットの‘調教師’という作品があり、どちらの男も鼻と上唇が異様に長い。長い口ひげは見慣れているが、鼻がこんなに細長いとドキッとする。

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2018.09.23

美術館に乾杯! テイト・モダン その三

Img     マティスの‘カタツムリ’(1953年)

Img_0001_2     レジェの‘曲芸師と妻’(1948年)

Img_0003     シャガールの‘横たわる詩人’(1915年)

Img_0002_2     デ・キリコの‘詩人の不安’(1913年)

マティス(1869~1954)が体調がすぐれなかった晩年にてがけた切り紙絵の魅力にとりつかれている。そのなかで抽象性が高い作品がテイト・モダンにある‘カタツムリ’、亡くなる一年前の作品で赤や青や緑などの矩形がどうみてもカタツムリのイメージとつながらない形で円をつくるように配置されている。

切り紙絵で惹かれているのは‘ジャズ’を横におくと、この絵と未見の‘王の悲しみ’(ポンピドー)と‘ズルマ’(コペンハーゲン国立美)。北欧旅行で‘ズルマ’と会う予定だったが姿をみせてくれなかった。残念!世の中、そうそう思い通りにはいかないもの。

レジョ(1881~1995)の‘曲芸師と妻’はアクロバットをする姿が造形的みるとかなりヘン。彫刻のような手足はそうとう太いので異様な恰好にうつる。すぐ、ボスの怪奇画に登場する胴体がなく顔の下にくっついた足で動きまわるお化けを連想した。

シャガール(1887~1985)の‘横たわる詩人’も一度見たら忘れられない絵。画面の下に横たわる詩人の足の長いこと!シャガールは身体を分離させたり伸び縮みさせるのが得意。小さい頃、巨人ガリバーは夢物語の象徴のような存在だった。だから、シャガールの夢の話も足の長い詩人がたちどころにガリバーを呼び寄せる。

シャガールが描く詩人は田園で理想的にくらしているので悩みはないだろうが、形而上絵画のデ・キリコ(1888~1978)にかかると詩人は不安につつまれる。いつのも人気のない静かなイタリアの広場には石膏の裸婦像がおかれている。そして、その横にどういうわけか食欲をそそるバナナ。美味しそうなバナナを前にして詩人は何が不安なのだろうか。

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2018.09.22

美術館に乾杯! テイト・モダン その二

Img     マティスの‘アンドレ・ドラン’(1905年)

Img_0001     ドランの‘ロンドンの船だまり’(1906年)

Img_0002         モディリアーニの‘小さな農夫’(1918年)

Img_0003     ボナールの‘ミルク皿’(1919年)

今年わが家は北欧を旅行したことでムンク(1863~1944)、ゴーギャン(1848~1903)、マティス(1869~1954)が大当たり!、コペンハーゲンでゴーギャン、マティスに心を奪われ、オスロでは念願だったムンクの‘叫び’との対面が実現した。帰国してからも感動の余韻にひたっており、12月まではこの状態が続きそう。

マティスが描いた‘夫人の肖像(緑のすじのある肖像)’をはじめて図版でみたときはなんて大胆な色使いなんだ、と仰天したが、本物を前にすると時が経ったせいか顔の真ん中にぬられた緑にドギマギしなかった。それはマティスの感情が緑を選択したのは子どものお絵かきと同じことだということがわかってきたから。

‘アンドレ・ドラン’では頭の髪の毛、眉毛、口ひげ、目、頬に緑が使われている。マティスは女性の肖像を何点も描いているが、これが色彩の革命、フォーヴィスムだ、とドヤ顔だった夫人や盟友ドランの絵がやはり一番思いがこもっている。

ドラン(1880~1954)が1905~06年にコリウールやロンドンを描いた風景画に大変魅了されている。点描を部分的に使い明るい色彩を目いっぱい輝かせる描き方は海や川のもっている開放的な気分にぴったりでスーラの‘静の風景画’とは対照的に生き生きしている。

モデイリアーニ(1884~1920)の‘小さな農夫’は2008年日本で開かれた回顧展にやって来たのに出かけた名古屋市美には展示されなかった。残念でならないが、そろそろどこかの美術館がモディにスポットをあててくれるとリカバリーの可能性もあるのだが。だいぶ先かな。

来週の26日から国立新美ではじまる‘ボナール展’、オルセーのコレクションを中心にして大規模なものになるらしい。テイト・モダンもけっこう所蔵しており、なかでも‘ミルク皿’がいい。日本でボナールをみる機会は少ないが今年はプーシキン美でみた大作が記憶に強く残っている。

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2018.09.21

美術館に乾杯! テイト・モダン その一

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Img_0003    発電所を改築して建てられたテイト・モダン

Img_0001     ピカソの‘泣く女’(1937年)

Img_0004     ダリの‘ナルシスの変貌’(1937年)

Img_0002     ダリの‘ロブスター・テレフォン’(1936年)

2010年、ロンドンを訪れたとき美術館を9つも回った。ナショナル・ギャラリーなどは隣の方も一緒だったが、ゴーギャンの大回顧展が行われていたテイト・モダンは単独行動。発電所を美術館にしたテイト・モダンへでかけるのは二度目、開館の1時間前から並びドアが開くと企画展が開催されるフロアへ突進した。

ゴーギャン展に運よく遭遇し見たくてしょうがなかった‘説教のあとの幻影’(1888年 スコットランド国立美)の前に立ったときは天にも昇る気持ち。これは心理学者のマズローがいっている‘ピーク・エクスペリエンス(最高の瞬間)’で人生において最も幸せを感じる瞬間だった。

テイト・モダンにある近現代美術の作品をはじめてみたのは今のテイト・ブリテンにターナーやラファエロたちの絵と一緒に飾られていたとき。そのとき最も衝撃を受けたのがピカソ(1881~1973)の‘泣く女’とシュルレアリスムのダリ(1904~1989)の作品。

‘ゲルニカ’のための習作として描かれた‘泣く女’は何点もあるが、群をぬいていいのはテイトにあるもの。感心するのはピカソは感情表現が神業的に上手いこと。写真家として活動していたモデルのドラ・マールがオイオイと泣いている様子が目に浮かぶ。彼女は激しい感情の持ち主だったから涙の粒も大きかったのだろう。

ダリと一生つきあっていこうと思わったのは‘ナルシスの変貌’をみたから。精緻な筆使いでギリシャ神話のナルシスの話がシュールに表現されている。これ神秘的でいいじゃないか!視線が集中するのは右の大きな指と殻のなかから花がとびだしている卵。背後の細かく描かれた部分までじっくりみる余裕はなくこの不思議なモチーフの組み合わせで頭がいっぱいになった。

絵のほかにもドキッとさせられるオブジェが並んでいた。ロブスターと受話器とダブルイメージになっている‘ロブスターテレフォン’、この衝撃度はM7クラスの地震に襲われたような強さ。近代アートへの扉が少し開いた。

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2018.09.20

太田記念美の‘歌川広重展’!

Img_0002     ‘東海道五捨三次之内 日本橋 行烈振出’(1835年頃)

Img_0003     ‘東都名所 高輪之明月’(1831年頃)


Img_0001     ‘山海見立相撲 越中立山’(1858年)


Img     ‘大井川歩行渡’(1852年)

太田記念美では現在歌川広重(1797~1858)の没後160年を記念した回顧展(9/1~10/28)が開かれている。作品は前期(9/1~24)と後期(9/29~10/28)で総入れ替えし、全部で213点でてくる。

2007年には神奈川県立歴史博物館で没後150年展があった。10年毎に広重の特別展に遭遇できるのは嬉しいかぎり。この度は浮世絵の専門館での開催だから目に力が入る。今日の午前中に入館したが、来館者がどんどん増えていくので、開幕してから大勢の人が広重の風景画、花鳥画、美人画、戯画を存分に楽しんだにちがいない。

広重とのつきあいは長いから期待ははじめてみる絵に集中するが、流石は太田記念美。プラスαが続々と登場する。目をこらしてみたのは東海道五十三次の‘日本橋’の別ヴァージョン。静かな早朝を描いたものがお馴染みの絵だが、橋を渡ってくる大名行列の前方に多くの人数が描かれた‘行烈振出’は初版の2年後に摺られた。行列が迫ってくると皆大急ぎで道の脇に移動するのだろう。これはこれでおもしろい。

広重の名を一躍有名にした傑作‘東都名所 高輪之明月’を久しぶりにみた。満月をバックにして気持ちよさそうに飛んでいく雁の群れに思わず見入ってしまう。宗達&光悦の合作にたくさんの鶴が優雅に飛翔する作品があるが、広重の雁もこれと同様見るたびに魅了される。

初見の‘山海見立相撲 越中立山’の前では以前TVでみた中国の観光名所となっている奇岩が林立する山々を思い出した。山派ではないのでここに描かれた剣岳はとんとわからないが、構図のつくり方に惹かれて長くみていた。

今回の収穫のひとつが‘大井川歩行渡’、これもこれまで縁がなかったもの。輦台に乗ったり人足の肩車で川を渡る女がここにもあそこにもいる。ここでは旅人の主役は女たちで後ろのほうで人足の数が多い大名乗物が行き来している。タイムワープして肩車してもらいたくなった。

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2018.09.19

フェルメール展 2500円はクレイジー!

Img_0001     ‘取り持ち女’((1656年 ドレスデン絵画館)

Img     ‘紳士とワインを飲む女’(ベルリン国立美)

開幕が迫ってきた上野の森美の‘フェルメール展’(10/5~2/3)、つい最近新たに1点が追加され出品作は全部で9点となった。この最後のピースがなんとも嬉しい絵、予想もしなかったドレスデン国立古典絵画館にある‘取り持ち女’。

2003年中欧を旅行したとき、ドレスデンの絵画館ではフェルメール(1632~1675)の‘窓辺で手紙を読む女’と‘取り持ち女’と会うのが楽しみだった。ところが、どういうわけか見たい度の強かった‘取り持ち女’のほうは姿を現してくれなかった。どこかの国で開かれた展覧会に貸し出し中とのこと。ガックリ!

この初期の風俗画色の強い作品を見逃したのは返す々も残念で二度目のドレスデンが頭をちらっとよぎるが、現状ではその可能性は低く幻の絵のままだろうなと諦めていた。だから、りカバリーが日本で実現することに喜んでいる。

この絵は来年の1/9から登場する。そのため、日時の予約は1月分がはじまる11/3以降にすることにした。いい情報が入ったのでめんどくさい時間指定の予約の仕方を知っておこうと上野の森美のHPにいくと、バッドニュースが飛び込んできた。

今回の入館料はな、なんと2500円!これは呆れた。上野の森美は前々から値段が高いことで好感度はよくなかったが、これでさらに低下した。高い人気を誇るフェルメールが9点、しかも初来日が3点もあるので1800円なら許容範囲。

それを平気で2500円もつける。クレイジー極まりない! 普通のブランド美術館の運営感覚からは大きく逸脱しており、フェルメールで大儲けしようとする本性丸出し。4ヶ月興行だから相当の利益をもくろんでいるのであろう。視聴率のとれないフジテレビ系の美術館がフェルメール展を開催すること自体が不幸のはじまりだった。

フェルメールが好きな人は多いからこれまで日本で行われたフェルメール作品がでてくる展覧会は皆せっせと足を運んでいる。だから、新規の作品が登場すれば心ははずむ。でも、今回は3点をみるためには大変な出費がかかる。

今回ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵の‘赤い帽子の娘’は10/5~12/20しか展示されない。同じく初来日の‘紳士とワインを飲む女’は通期の展示だが、‘取り持ち女’は1/9~2/3。そのため、3点全部目に焼きつけようとすると2回出動しなくてはならず5000円かかる。

コアなフェルメールファンならこのコストはなんともないだろうが、普通の絵画好きなら‘フェルメールには関心があるが、2500円も5000円もするのならやめとこう!と思うにちがいない。隣の方もフェルメールはいっぱいみたからパスすると、言っている。

本来ならビッグなイベントとして大いに盛り上がるところだが、これだけ料金が高い上にめんどうな日時予約があるため客足は意外に伸び悩む可能性がある。フェルメール展はこれまで何度も行われており、また海外旅行をして本物を見た人も増えているので、この条件だと観客の伸びしろはそれほど大きくない。

マーケティングセンスが悪いフジテレビ系の上野の森美だから美術ファンの心が読めずにいる。つくづく不愉快なことをするなと思う。

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2018.09.18

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十七

Img     ラウシェンバーグの‘オラクル(神託)’(1962~65年)

Img_0003 カバコフの‘自分のアパートから空へ飛び去った男’(1981~88年)

Img_0002     ぺノーネの‘息吹6’(1978年)

Img_0001     キーファーの‘至高の存在’(1983年)

ピカソの作品のひとつに画面に新聞紙などを張り付けるコラージュがあるが、ネオ・ダダのラウシェンバーグ(1925~2008)はさらに進化させ絵画と彫刻を融合した‘コンバイン’を生み出した。くっつけるものは身の回りのあるものや既製品、廃品。仕上がりが未完にみえてもそれにはこだわらず自由な創作を大切にする。

‘オラクル(神託)’でオブジェは煙を出すものだったり、自動車のドア、踏み台、、ひとつ々元の形から変化しラジオ受信機が内蔵され群となってつながっている。さて、どんな神託がくだるのか、その意味を読み取るのは一筋縄ではいきそうにない。

インスタレーションは物語仕立てだとおもしろい。ソビエトのアーティスト、イリヤ・カバコフ(1933~)の作品にはとてもわかりやすくポエチックなタイトルがついている。‘自分のアパートから空へ飛び去った男’。天井の大きな穴は男が発射機の助けを借りて勢いよく飛び出した様子をうかがわせるし、床に散らばる天井の板の破片がその瞬間のエネルギーの大きさを物語っている。

イタリアの現代彫刻家ペノーネ(1947~)の‘息吹6’はテラコッタの壺で作家の体が残した痕跡が3つの形でつながっている。ぱっとみると火山の噴火によって吹きでてきた溶岩のかたまりのようにみえる。イタリアというと周期的に大爆発するシチリアのエトナ火山がすぐ思い浮かぶ。

ドイツのキーファー(1945~)の大画面の作品をアメリカの大きな美術館は熱心にコレクションしている。シカゴ美、MoMA、グッゲンハイムでお目にかかった。ポンピドーにある‘至高の存在’も縦2.8m、横3.7mの大作。まるで廃墟になった建物のなかに立っているよう。主題や意味がつまったキーファーの作品は心の奥底にずしっとくる。そして、藁などが入った大きな画面に描かれた原始的で荒々しい風景にじわーと心をかきむしられる。

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2018.09.17

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十六

Img_0003     ステラの‘マス・オ・メノス’(1964年)

Img_0001     ジャッドの‘積み重ね’(1972年)

Img     ウォーホルの‘10人のリズ’(1963年)

Img_0002     オルデンスバーグの‘ゴースト・ドラム・セット’(1972年)

戦後のアメリカではポロックらを中心に抽象表現主義のスーパーハリケーンが吹き荒れたたが、激しい感情表現は性分に合わないという作家が現れる。ネオ・ダダのジョーンズが登場し、このジョーンズに影響を受けたステラ(1936~)はモチーフをぐっと単純化し最小限の表現によって作品をつくるミニマル・アートを生み出した。

ステラに目が慣れているのは千葉の川村記念美がもっているコレクションのおかげ。お好みは赤や緑などの明るい色彩に心を奪われる‘分度器’シリーズ。ポンピドーにあるのは‘ランニングV’シリーズ、ストライプが角々と折れ曲がるので日本の屏風をみているような気になる。

ジャッド(1928~1994)の‘積み重ね’もミニマル・アートのひとつ、壁にくっつけられた直方体のブロックが等間隔で配置されている。こうした作品でヴァリエーションをつくるならこちらにつきでている面の色の変化しかない。赤になったり緑になったり。これは建築物の軽いアクセントとしてつくられた装飾と同じ。ここには感情も物語もない。あるのは小さなブロックの連続体のみ。

日常的な現実をアートの世界にどどーんと持ち込んだのがポップ・アートの旗手、ウオーホル(1928~1987)。マリリン・モンローの写真を自在に色をつけて一枚々ちがう表情に変えてみせる。どういうわけか違和感がなく、人々は新しいモンローがまたスクリーンに戻って来たのではないかと興奮させられる。ウォーホルはエライやっちゃ!人気がでるはず。エリザベス・テーラーだって10変化。魔性の女にみえてくる。

オルデンスバーグ(1929~)は日用品を色や材質を変えて並べ見慣れたものとは異なる風景をつくりだす。目の前にあるのは白一色の‘ゴースト・ドラム・セット’、まるでドラムセットが雪を被ったかのよう。ポップ・アートは気軽にモノを変容しその風景を素直に楽しむ。難解な抽象アートとは無縁な世界。

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2018.09.16

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十五

Img_0003     デ・クーニングの‘女’(1952年)

Img_0001     ゴーキーの‘風景ーテーブル’(1945年)

Img     フランシスの‘魅力的な青の中で’(1955~57年)

Img_0002  トゥオンブリーの‘パトロクロスの死を悼むアキレウス’(1962年)

デ・クーニング(1904~1997)の‘女’シリーズをはじめてみたのは1993年上野の森美で開催されたMoMA名品展。激しい線で表現された女はまるでギャク漫画にでてくる人物のよう。抽象画といっても顔はすぐイメージできるのでとっつきは悪くない。大きな目と突き出た歯は一度みたら忘れようがないほど強烈なインパクトをもっている。

アルメニアに生まれ迫害を逃れてアメリカに移ったゴーキー((1904~1948)はアメリカの美術館をまわるとよく遭遇する。その画風は抽象表現主義とシュルレアリスムが合体したような感じ。‘風景ーテーブル’は色彩に目をそらさせないほどの強さがみられるが画面のところどころにミロを思わせるコミカルなモチーフがでてくるので緊張とリラックス感が半々といったところ。

サム・フランシス(1923~1994)の回顧展にめぐりあうことを夢見ているがなかなか実現しない。出光美や東京都現美に大きな作品があるからこれに海外の美術館が所蔵するものを加える、国立新美あたりは展示室が広いのでうってつけの美術館なのだが、、このときポンピドーの大作‘魅力的な青の中で’はもちろん含まれる。ポロックのドリッピングやスティルの抽象表現の影響をうけただけでなく、日本に滞在し余白や墨のにじみなども吸収したフランシス。まとまった形でみれるようミューズにお願いし続けている。

サイ・トゥオンブリー(1928~2011)の作品にはプッサンの絵のような名前ががついている。題材はホメロスのイリアスからとった‘パトロクロスの死を悼むアキレウス’。この作家の絵にでてくる落書きのような頼りない線は島の岩場にゆらゆら漂う海藻のイメージ、それにたいそうなタイトルをつけるのがトゥオンブリー流。死がもたらす果てしない悲しみがじわーと伝わってくる。

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2018.09.15

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十四

Img_0003     ポロックの‘絵画(黒、白、黄、赤とシルバー)’(1948年)

Img_0001    ロスコの‘No.14(暗色の上のブラウン)’(1963年)

Img     ニューマンの‘エリコ’(1968~69年)

Img_0002     ケリーの‘イエロー・レッド・カーブ’(1972年)

2008年からはじまったアメリカの美術館めぐり、主要な美術館を訪ねる回数が増えるとともにアメリカ人作家が生みだした現代アートにもだんだん目が慣れてきた。彼らの作品の特徴のひとつが画面のサイズがとても大きいこと。

その代表が抽象表現主義のポロック(1912~1950)。アクションペインテイングのイメージは落ち着いてみれないほど荒々しくカオス的。ところが、不思議なもので何度もこの大画面の前に立つとドロッピングによって生まれた細い線の重なりが局地的にきりっとした色彩美を生み出していることに気づく。ポンピドーにある‘絵画(黒、白、黄、赤とシルバー’もそれを感じさせてくれる。

ポロック同様、人気の高いロスコ(1903~1970)は輪郭がぼんやりした四角形の色面を地の色に重ねるのが特徴。それによって浮き上がってくる色はいろいろあり、ここでは重たい色にブラウンの組み合わせになっている。画家の気分によってこの色面は変わるが、ロスコ芸術に嵌るのはこういう暗色系かもしれない。

ロスコの色面は画面の上下に並んでいるのに対し、ニューマン(1905~1970)の画面はいろんな色で描かれた垂直の縞模様(ジップ)で左右に分けられる。画面の形は横か縦にのびる長方形だが、ポンピドーにあるのは珍しく三角形。その頂点から下にまっすぐ引かれた赤の線の強いこと。この赤により画面に崇高さが生まれている。

アメリカの美術館に足を運んだことでそれまで知らなかった才能豊かな画家たちに遭遇した。ケリー(1923~2005)もそのひとり。‘イエロー・レッド・カーブ’は明るい黄色と赤が目に沁みる作品。逆三角形を黄色と赤にわける境界線がわずかに弧を描いているため立体的な形になり動きがでている。これが楽しい。

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2018.09.14

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十三

Img     ぺヴスネルの‘世界’(1947年)

Img_0003     フレイヴィンの‘タトリンのための記念碑’(1974年)

Img_0001     スタルクの‘タブレットW.W’(1990年)

Img_0002     ヴェランの‘サイ’(1999~2000年)

20世紀に入ってアートの表現世界はどんどん広がっていき絵画、彫刻、建築それぞれの垣根がとっぱらわれいろんな融合の形が生まれてきた。そして、テクノロジーとアートの結びつきも強くなった。彫刻家ぺヴスネル(1884~1962)の‘世界’では金属の薄片が素材に使われており、彫刻というより建築的な造形性を感じさせる作品。

フレイヴィン(1933~1996)はライト・アート(光の芸術)に独自の表現をみいだした作家。‘タトリンのための記念碑’は明るい蛍光管を何本も縦に置いただけだが、日常生活に光は満ち溢れているからアートを別に意識しなくても気軽に作品を受けとめられる。

タトリンはテクノロジーとアートとのコラボを唱えロシア構成主義を生み出した。この活動はレーニン率いる新生ロシアの理想社会にも適っており、建築、デザインで国づくりに貢献した。蛍光管がつくる形はロシアではよくみられる建築スタイル。

2010年にポンピドーへ行ったとき、新規の作品で大変魅了されたのがデザインの世界的スター、フリップ・スタルク(1949~)のオブジェ‘タブレットW.W’とヴェラン(1963~)の赤い‘サイ’、二人ともフランス人。‘タブレット’は色あいが新進気鋭の陶工がつくる青磁の作品を思わせる。これと遭遇したのは大収穫。

ヴェランの赤いサイにも200%KOされた。重量感のあるサイが目の覚める赤で彩られて目の前にいる。今にものっしのっしと動きだしそう。こんな楽しいつくりものがあると子どもたちは喜ぶ。次はどんな動物がどんな色で現れるのだろうか。期待したい。

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2018.09.13

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十二

Img_0001    クラインの‘青い時代の人体測定(ANT82)’(1960年)

Img レイスの‘メイド・イン・ジャパンーグランド・オダリスク’(1964年)

Img_0002     ニキ・ド・サンファルの‘花嫁’(1963年)

Img_0003     メサジュの‘槍’(1992~93年)

ヌーボー・レアリスムの象徴的な存在だったクライン(1928~1962)は柔道も強く講道館から6段をもらっている。34歳で亡くなったのは残念というほかないが、残した作品は今も強い磁力を放っている。

‘青い時代の人体測定(ANT82)’は公開パフォーマンスによって生まれた。裸の女性の身体に青の絵の具を塗りカンヴァスに押しつけてその跡を残す。中国の魚拓と同じことをやっている。その姿はぱっとみると横に並んだ赤ちゃんを連想するが、じつは大人の女性。これをみると金粉を体に塗った芸人を思い出す。

若いころアルマンの助手だったレイス(1936~)は代表作‘メイド・イン・ジャパンーグランドオ・ダリスク’でその名が知られた。アメリカでウォーホルがポップ・アートのトップランナーなら、フランスにはレイスがいるという感じ。ウォーホルが女優マリリン・モンローをモデルにしたのに対し、レイスはアングルの名画‘グランド・オダリスク’を引用する。

この裸婦の色使いはマティスを超えている。赤の背景に緑の肌。この色彩対比がピタッと嵌った。さらにこの絵にはおもしろいものが描き込まれている。オダリスクの頭上にはなんと蠅がいる。メトロポリタンにクリストゥスが描いた修道士の肖像があるが、ここにも蠅が枠の上にいる。レイスはこの絵を意識したのかもしれない。レイスに乾杯!

3年前、国立新美で回顧展が行われたニキ・ド・サンファル(1930~2002)。彼女は肝っ玉のすわった前衛ア―ティストで‘射撃絵画’という物騒な表現で一躍注目された。ティンゲリーやクラインからも影響をうけたが、‘花嫁’や‘出産’のような女性の根源的な存在を強烈に表現するオブジェをつくり続けた。

サンファルの再来ではないかと思わせるのがフランスのメサジュ(1943~)。日本にはじめて登場したのは2008年の森美でも回顧展。なぜこの展覧会に足を運んだのか忘れたが、予想外にその作品に嵌りめぐりあわせの良さをミューズに感謝したほど。ポンピドーの図録にも載っている‘槍’は勿論出品された。

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2018.09.12

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十一

Img_0001     デュシャンの‘泉’(1917年)

Img_0004     ボイスの‘グランドピアノへの同質の浸透’(1966年)

Img     アルマンの‘ホーム、スイート・ホーム’(1960年)     

Img_0002     セザールの‘圧縮・リカール’(1962年)

ピカソがキュビスムの誕生をつげる‘アヴィニョンの娘たち’を描いたのは1907年、その10年後、今度はニューヨーク・ダダイズムのデュシャン(1887~1968)が現代美術のシンボルとなった‘泉’を発表する。アートは新しい地平をもとめて加速度的に進化していく。

白い陶器の男性用便器に偽名のサインをして、‘これはどこにでもあるもの(レディメイド)だが、私が選んでアートにした’といきなり言われても、アートの専門家だって‘おいおい、それってあり?’と面食らうのだから普通の美術ファンはとても話の輪のなかに入れない。笑えるのは便器を‘泉’とする表現力。やはりデュシャンのもつパロデイ的な感覚は半端ではない。

ドイツのボイス(1921~1986)は‘グランド・ピアノへの同質の浸透’をはじんめてみたとき、頭をよぎったのはアフリカ象。ピアノを覆うフェルトの色が象に似ていてしかも3つの足とペダルがあるので直感的に象のイメージと重なった。そのため、この作品には親しみを覚える。不思議なのは赤十字のマーク。ピアノと赤十字がどうして結びつくのか。

ヌーヴォー・レアリスムの中心メンバーとしてイブ・クライン(1928~1962)とともに活躍したアルマン(1928~2005)とセザール(1921~1998)。強い衝撃をうけるのがアルマンの作品、木箱にたくさんのガスマスクがびっしり集積されている。ガスマスクには戦争の悲惨さ残虐性がつきまとうので長くはみていられない。

彫刻家セザールは大理石像をつくりたかったが資金がなかったので金属を溶接する作品をつくった。これがきっかけになり廃品を圧縮して形を整えたオブジェが生まれた。一見すると大型の冷蔵庫の感じ。このほかにMoMA
でアメ車のビュイックを押しつぶしてこんな形にしたものをみた。

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2018.09.11

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十

Img     カルダーの‘魚の骨’(1939年)

Img_0002_2     ソトの‘開かれた空間’(1967年)

Img_0004_2     ティンゲリーの‘部分 地獄、小さなはじまり’(1984年)

Img_0001     ビュリの‘9平面上の81個のボール’(1966年)

抽象美術に目を慣らしてくれた展覧会が1990年代に2度あった。最初は1991年の池袋のセゾン美(今はない)で開催されたグッゲンハイム美術館名品展、そして1997年にも東京都美でポンピドー・コレクション展が行われた。

グッゲンハイム展でとても親しみを覚えたのがカルダー(1898~1976)の動く彫刻、‘モビール’。彩色されたいくつもの金属板が針金で軸の棒に結びつけられて天井から吊り下げられている。じっとみているとゆるやかに動いている。同じものを子どもたちにつくらせたら喜んで手を動かすにちがいない。ポンピドーでもカルダーは楽しめるがそのひとつが‘魚の骨’。たしかに猫が食べ終えた魚の形に似ている。

ベネズエラ出身のソト(1923~2005)のつくったキネティック・アートも印象に強く残る。‘開かれた空間’は平面の前に無数のピアノ線がでており、これがびよんびよんと振動している。これはピアノ線が長いのはミソ。長いほど振動が大きくなるのでみていておもしろい。

ポンピドー展で作品の衝撃度が大きかった作家のひとりがティンゲリー(1925~1991)、ポンピドーセンターに着いて建物のまわりを歩いていると‘噴水彫刻’が目にとびこんでくるがこれはティンゲリーの作品。‘地獄、小さなはじまり’は巨大な動くオブジェ。電動モーターで動くのはどれも廃材。その数30以上。機械いじりが好きな人には恰好の遊び場となるにちがいない。

ベルギーのビュリ(1922~2005)の‘9平面上の81個のボール’は子どもから大人まで楽しめる玩具のたぐい。角々と曲がる斜めの木の板に木製の小さな球体が珠の裏側に仕込まれたモーターによって上から下へと落ちていく。角度のついた坂でもざーっとすべることなく一歩ずつ進む様子はまるで尺とり虫が動いているよう。息を呑んでみていた。

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2018.09.10

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十九

Img_0003     ドゥ―スブルフの‘純粋絵画’(1920年)

Img     ヴァザルリの‘夢’(1966年)

Img_0002     アガムの‘ダブルメタモルフォーゼⅡ’(1969年)

Img_0004     グルスキーの‘99C’(1997年)

モンドリアンとひと回り若いドゥ―スブルフ(1883~1931)がはじめた‘新造形主義’は絵画だけでなく建築など生活のなかで目にするものを水平線や垂直線をもちいて抽象的な様式しようという芸術運動。

ドゥ―スブルフの‘純粋絵画’は横と縦で交錯する色の帯はモンドリアンの青、赤、黄の三原色にさらに緑、紫と白、灰色、黒を加えている。これにより画面の複雑性が増しひとつ々の色面に目の錯覚から凹凸を感じるようになった。ドゥ―スブルフはこの絵の4年後、動きをだすため45度の斜線を入れたのでモンドリアンと決裂してしまう。

錯視効果を利用した作品を生み出したのはオプ・アートのヴァザルリ(1908~1997)、‘夢’は正方形の画面から小さな円と四角がイルミネーションによって文字や形が連続的に出てくるように横や縦、斜めから自在に飛び出してくる。

これと同じような作品がイスラエル生まれのアガム(1928~)の‘ダブルメタモルフォーゼⅡ’。見る位置によって画面が変わるので、だんだん嵌り長くとどまるはめになる。立体彫刻やオブジェでもこうした動くキネティック・アートがカルダーやティンゲリーらによって生みだされたが、アガムのは錯覚により平面のものが動くようにみえる。

旧東ドイツ出身の写真家グルスキー(1955~)の‘99C’はディスカウントストアの棚の列を撮影したもの。カラフルな色のパッケージにつつまれた商品が棚に大量に存在する光景はアガムの画面に現れた何色も使われた細い色の帯と変わらない。アートと日常の垣根が一瞬に消えてしまった。

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2018.09.09

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十八

Img_0003     カンディンスキーの‘黄ー赤ー青’(1925年)

Img_0002     カンディンスキーの‘空色’(1940年)

Img_0001     クレーの‘リズミカルなもの’(1930年)

Img     モホリ=ナジの‘コンポジションA××’(1924年)

絵画作品には分野別ごとにMy傑作ランキングがついている。様々なタイプがある抽象絵画のなかでトップグループを走り続けているのがカンディンスキー(1866~1944)の‘黄-赤―青’、はじめてこの絵をポンピドーでみたとき200%心を奪れた。こんな美しい抽象画があったのか!

左側は黄色の地に幾何学的な半円や小さな円、四角が緩い緊張感で構成されているのに対し、右側は赤や青紫で彩られた円や四角が柔らかくぎゅっと固められのびやかなフォルムをつくっている。そして、そのまわりを蛇のように黒い帯がとり囲む。抽象画の金字塔ともいえるこの作品はカンディンスキーがバウハウスで教鞭をとっている時代に誕生した。

亡くなる4年前パリで描かれた‘空色’はミロを連想させるとてもユーモラスな絵。空に舞う奇妙な物体はミトコンドリアとかアメーバの微生物のイメージ。生まれたばかりの稚魚がとびはねる姿もこんな感じ。晩年になってカンディンスキーがこんな緩い絵を描いてシュルレアリスムのミロとコラボした。冷たい抽象を得意としたカンディンスキーが漫画チックなシュルレアリスム、ミロとつながるのを誰が想像しただろうか。

クレー(1879~1940)の‘リズミカルなもの’も形態を探求したバウハウス時代の成果がでた作品。白、黒、灰色でつくられた縞模様はタイトルの通り前後左右に揺れ動いている。作品を見たあとでは自分でも描けそうな気になるが、これは素人の後知恵。何枚も習作を描くなかどこかでピタッとくる動きが生まれてくる。そこにたどりつけるのはほんの一握りの天才だけ。

モホリ=ナジ(1895~1946)の‘コンポジションA××’は透明感のある空間に大小の円と立体的に形づくられた四角い面がうまく配置されている。ロシアの前衛芸術、構成主義の一人であるモホリ=ナジはこんな透明で滑らかな面を使って光を表現した。じっとみていると空間が描かれたモチーフによって上手い具合に区切られているのがわかってくる。

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2018.09.08

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十七

Img_0005     モンドリアンの‘ニューヨーク・シティⅠ’(1942年)

Img_0002_2     クプカの‘垂直の面Ⅰ’(1913年)

Img_0003_2     ドローネーの‘生きる喜び’(1930年)

Img_0001_2     ピカビアの‘ウドニー’(1913年)

抽象絵画への扉が狭かったころはモンドリアン(1872~1944)とカンディンスキー(1866~1944)が抽象絵画の象徴だった。モンドリアンはNYのMoMAで‘ブロードウエイブギウギ’に出会い楽しい気分になり、カンディンスキーは日本にやって来たグッゲンハイム美蔵の美しい抽象画の数々に200%KOされた。

ポンピドーでもモンドリアンの‘ニューヨーク・シティⅠ’が目を楽しませてくれる。水平線と垂直線で区画された明快な構成は大都市のイメージにぴったり。帯に使われている色は黄、赤、青の3色のみ。NYの夜景を高いビルの屋上から眺めるたびにモンドリアンの絵のとおりだなと思う。

チェコのボヘミアで生まれたクプカ(1871~1957)は名古屋にいたとき回顧展に遭遇した縁で関心の高い抽象画家のひとり。‘垂直の面Ⅰ’は垂直の面がよく計算されて配置されている。手前の黒の面は中心を少しズラし、そこから左右斜めにむかって面の大きさ、間隔を変えて並べていく。

一見すると短冊が無造作においているだけか、という感じ。でも、長くみていると緩やかな時間の流れがあり、ボリュームを落とした音楽さえ聴こえてくる。

初期のころキュビスム風のエッフェル塔を描いていたドローネー(1885~1941)はその後は幾何学的な抽象画に突き進む。好きなモチーフは円、‘生きる喜び’は多数の大円、小円で画面は埋め尽くされている。系外惑星から宇宙人が大挙して地球にやって来たときはこんなイメージかもしれない。

画風をカメレオンのように変容させたピカビア(1879~1953)の‘ウドニー’に出会ったときいっぺんに嵌った。図録の説明を呼んでも、踊り子のウドニーがどんな姿で描かれているのかはさっぱりわからない。

惹かれるのは動きやリズムを丸い形や角々した面を少ない色でなめらかに融合させることによって見事に表現しているところ。My抽象画ベスト5に登録している傑作。

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2018.09.07

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十六

Img_0001     フォンタナの‘神の終わり’(1964年)

Img     スーラ―ジュの‘絵画、324 ×362、 ポリプテイックC’(1985年)

Img_0003     ザオ・ウ―キーの‘風’(1954年)

Img_0002     リヒターの‘六月’(1983年)

前衛アートにはサプライズがつきものだが、アルゼンチン生まれのイタリア人ルーチョ・フォンタナ(1899~1968)がおこなった行為は破天荒だった。何を思ったかカンヴァスを切り裂いたり、気が狂ったようにブスブス穴をあけていく。これで絵画の空間が画面の奥まで広がった。

‘神の終わり’はぱっとみると画面の上に蟻が群がっているような印象。所々に穴があり、そこへ蟻たちは入っていく。この穴がなければ画面は二次元の平面なのに、穴をあけたことにより薄いレリーフのようにひとつの彫刻に変身する。カンヴァスの物質性に着眼するというのはつきぬけた発想。こんなことは誰も思いつかない。

スーラ―ジュ(1919~)は今年99歳、フランスの長生きの家系なのだろう。黒の抽象画家というとこのスーラ―ジュとアメリカのラインハート。1985年に描かれた作品は黒のレンガを4段にしてびっちり並べた感じ。垂直ではなくすこし斜めに置かれているところが飽きさせない。ここで、スーラ―ジュは黒に反射する光をみせている。

ブリジストン美で2004年に回顧展が行われたザオ・ウ―キー(1921~2013)は中国生まれ後にフランスの国籍をとった画家。それまでこの画家の作品には縁がなかったが、アンフォルメル風の抽象画と水墨画が溶け合ったような表現にいっぺんに魅了された。ポンピドーには33歳のときに描いた‘風’がある。

ドイツのリヒター(1932~)の濃い色彩で構成される抽象表現にも心を奪われている。‘六月’は柔らかさはないものの自由にのびる線や帯を縦、横、斜めに何層も重ねる描き方は宇宙のカオスが瞬間的に美しく輝くような感じ。お気に入りの一枚。

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2018.09.06

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十五

Img_0001_2     フォートリエの‘人質の頭部’(1945年)

Img_0002_3     ヴォルスの‘蝶の翅’(1947年)

Img_2     アルトゥングの‘T1956-14’(1956年)

Img_0003     タピエスの‘逆さまの帽子’(1966年)

1945年ころにパリでおこったアンフォルメル(不定形絵画)は抽象絵画のなかでは重たくてとっつきにくい部類に入る。だから、デュビュッフェを除くとこれまで片手くらいしかお目にかかっていない。

ここにあげたフォートリエ(1898~1964)やデュビュッフェはフランス人だが、ヴォルス(1913~1951)とアルトゥング(1904~1989)はドイツ、タピエス(1923~2012)はスペインからやって来た。大原美術館にもあるフォートリエの‘人質’の連作、大原のは横顔でわかりやすいが、ポンピドーにある‘人質の頭部’は亀の甲羅とか鮑を連想する。人質の目の鋭さはナチスの大量虐殺に対する怒りのあらわれ。

ヴォルスの‘蝶の翅’にあらわれた不定形さはかなり激しい。タイトルをみなかったらこれが蝶の翅とは結びつかない。そのため具象画のイメージはまったく消え、わかるわからないは別にして今アヴァンギャルド絵画の真髄にふれてるのだと言い聞かせる。

使われていない黒い蓑が農家の納屋の壁に掛けられているというイメージがするのがアルトゥングの‘T1956-14’。抽象画はほかの作品との関連でみるとその特徴がわかる。黒一色で角々した形を並べたり絡み合わせるスーラ―ジュの画法に較べると、アルトゥングは線の端が曲がっている分少しほっとする。

バルセロナ生まれのアントニ・タピエス。マドリードのソフィア王妃センターではスペインが世界に誇る画家の一人として一室に作品が集められていた。‘逆さの帽子’は茶褐色の帽子のリアルな質感描写に視線が釘づけになる。だから、逆さになっていることに違和感がなく一部が切り裂かれ使いふるされた帽子にモチーフとしてのおもしろさを感じてしまう。

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2018.09.05

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十四

Img_0002     マッソンの‘夏の愉しみ’(1934年)

Img_0003     マッタの‘無秩序の威力’(部分 1965年)

Img_0001     アルプの‘女性’(1927年)

Img     ジャコメッティの‘テーブル’(1933~69年)

シュルレアリストと生き物とのむすびつきにはいろいろある。例えば、ダリの精緻に描かれたシュール画にはよく蟻が登場する。漫画チックな描写がおもしろいミロはトカゲ、猫、犬、兎、牛などが大好き。これくらいいると小さな動物園ができる。そして、イメージの魔術師マグリットの絵によくでてくるのは鳩、鷲、フクロウといった鳥。

マッソン(1896~1987)の‘夏の愉しみ’で主役をつとめるのはカマキリ。30代の後半マッソンはフランスとスペインを行き来していてスペインのカタルーニャ地方に家をもっていた。そこで熱心に昆虫を観察した体験をもとに描かれたのがカマキリの雌が交尾の最中に雄の頭を食べるという奇妙な行動。こんな絵をみるとシュルレアリストがみせる跳んだ発想は純な子どもの好奇心がもとになっているのかもしれない。

チリ出身のマッタ(1911~2002)は若い頃建築をめざしていたのでスケールの大きな画面をつかって複雑に交錯した構築物がつくりだす不思議な空間を表現している。‘無秩序の威力’は10mちかい超大作で1963年にフランコ政権下で処刑された共産党の指導者に捧げられた。

前衛芸術をあれこれ吸収した彫刻家のアルプ(1886~1966)は1920年代末のパリ時代にレリーフ作品を制作した。‘女性’は顔のつくりかたがユーモラスでじっとながめてしまう。目や口の形に木と切り抜き着色して板に張り付けている。後に取り組む立体の彫刻でもその前衛性を感じさせない柔らかい造形は観る者の心をほぐしてくれた。

体の一部が切断され別々になった状態を描写する画家ですぐ思いつくのはシャガール、ポンピドーにも首が宙を舞う作品がある。彫刻家のジャコメッティがシュルレアリスムの影響を受けてつくったのが‘テーブル’、ヴェールを被った女性の頭部の横に切られた手が無造作におかれている。一瞬ドキッとする。夜これをみたら眠れなくなりそう。

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2018.09.04

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十三

Img     マグリットの‘二重の秘密’(1927年)

Img_0002     マン・レイの‘アングルのヴァイオリン’(1924年)

Img_0001     デルヴォーの‘アクロポリス’(1966年)

Img_0003     エルンストの‘最後の森’(1960~70年)

ポンピドーではマグリット(1898~1967)は3点楽しめる。足とブーツが一体化した‘赤いモデル’、首から上と両足がカットされた女性の裸体像が不気味におかれている‘夏の階段’、そして‘二重の秘密’。マグリットの作品はタイトルと絵のイメージがすぐには結びつかないので、名は忘れて絵のおもしろさに注目したほうがいい。

‘二重の秘密’は長くみていると画家の思いついたアイデアがわかる。男の顔から胸にかけての皮膚をガバッとはいで横に並べてみる。もちろん流れ出る血のしたたりはきれいのふいておく。二重の秘密といってもはぎとった顔のほうは何も秘密はない。問題ははぎとったところの内部。ここは秘密だらけ。筋肉の筋にそってたくさん鈴が流れ落ちている。この鈴はまったく意表をつく。

アメリカのマン・レイ(1890~1876)の最も有名な作品が‘アングルのヴァイオリン’、裸婦の背中を撮った写真だが、背中にヴァイオリンのf字孔が2つ描かれている。このf字孔はモデルを写真に撮ったあと黒のインクで塗ったのではなく、最初から肌に描いて撮影したもの。こういうアイデアを閃くのだからレイはバリバリの前衛写真家。アングルの‘ヴァルパンソンの浴女’に霊感を得たとはいえ、並みア―ティストなら体に直接記号を書き入れることは及びもつかない。

デ・キリコの形而上絵画から大きな影響を受けたデルヴォー(1897~1994)は97歳の長寿をまっとうするまでほとんど画風を変えなかった。‘アクロポリス’は69歳のときの作品、お馴染みのフランス人形のような半裸と全裸の女性が大勢おり、半裸の女性たちはあたりを照らす月のほうに向かって街路を静々と進んでいる。

マックス・エルンスト(1891~1976)の‘最後の森’は1953年アメリカからフランスに戻り地方の農家に移り住んだころの作品。エルンストが生まれたドイツの森を歩いたことがないが、森の奥深くまで進むとそこはこの絵のような得体のしれない生き物や森の精霊がうごめく世界かもしれない、木の枝が絡み合い羊歯のような葉っぱや苔が地面に敷き詰められている光景はゾクッとするほど神秘的で冷や汗がでてきそう。

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2018.09.03

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十二

Img_0002  デ・キリコの‘ギヨーム・アポリネールの予兆的な肖像’(1914年)

Img     ダリの‘ピアノに出現したレーニンの6つの幻影’(1931年)

Img_0003     ミロの‘シエスタ’(1925年)

Img_0001     タンギーの‘岩のある宮殿’(1942年)

キュビスム、フォーヴィスムのあと美術界に大旋風を巻き起こすのがシュルレアリスム、この言葉の生みの親が詩人のアポリネール。形而上絵画をはじめたデ・キリコ(1888~1978)は詩人の肖像を画面の一部に使っている。

第一次世界大戦が勃発した年に描かれた‘ギヨーム・アポリネールの予兆的肖像’は一度見たら忘れられない作品。カッコいいのが真ん中の黒のサングラスをかけた古代の胸像、じつはギリシャ神話にでてくるオルフェウス。映画ではイケメンの主役がこういうサングラス姿でさっそうと登場する。

では、アポリネールはどこにいるのか、視線を上に移動させると背景の緑の地に浮き上がる影絵に気づく。この人物がアポリネール。おもしろい話につながるのが頭のところに描かれた白線の半円。詩人は戦争の前線で頭に弾丸を受ける。だから、この半円が負傷を予言したとして話題になった。

ダリ(1904~1989)の‘部分的な幻影:ピアノに出現したレーニンの6つの幻影’は複雑な絵。黄金の後光につつまれたレーニンの肖像がピアノの鍵盤上に6つ連続的に現れる。楽譜の上にはあのお馴染みの蟻がいる。その幻影を腰かけた男性がながめている。手をかけた椅子をみるとリアルに描かれたサクランボ。はじめてみたときはピアノとレーニンの組み合わせに頭がクラクラした。

スペインに何度も出かけたのでシエスタの習慣は知っている。だから、ミロ(1893~1983)がこの絵で睡眠中にみた夢の世界を描いていることはわかる。でも、記号にも文字のようにもみえるひとつ々が何を表しているのかをイメージするのは難しい。左上は太陽だろうか。

タンギー(1900~1955)がアメリカに亡命中に描いたのが‘岩のある宮殿’、ポンピドーにあるタンギーではこれに最も魅了されている。以前だっからこの音がまったく聞こえない冷たい景色は雪や氷におおわれたシベリアの原野を連想するのだが、今は宇宙の神秘に関心をよせているので次々と発見される太陽系の外の惑星が浮かんでくる。

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2018.09.02

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十一

Img_0002     ベーコンの‘風景の中のファン・ゴッホ’(1909~1992)

Img     バゼリッツの‘オルモの娘Ⅱ’(1981年)

Img_0001  アロヨの‘脱獄したジャン・エリオン、ポモジェからパリへの道のり’(1974年)

Img_0004     アダミの‘レーニンのベスト’(1972年)

20世紀になると多くの画家は抽象絵画が絵画の本流になることを直感的につかみ、独自の表現方法を主張していく。だが、アートは幅が広いので全部が抽象表現に染まることにはならない。わかりやすい作品というのは人々の心をとらえるから具象的なものが新しいアイデアによって力強く生き残る。

幽霊みたいな人物がどうもしっくりこないベーコン(1909~1992)だが、ゴッホの絵をモチーフにした連作はとても気になっている。アルルの野原を歩くゴッホの絵は全部で8点あるが、これまでワシントンのフィリップス・コレクションとハーシュホーン、ポンピドーで運よくお目にかかった。ほかの作品は一体どこにあるのだろう?

抽象画全盛のなかで具象画に目を向けさせるためには作家は一ひねりも二ひねりもしないと誰もみてくれない。バゼリッツ(1938~)のアイデアは対象を上下逆転させること。‘オルモの娘Ⅱ’をぐるっと一回転すると自転車に乗った二人の裸の少女が現れる。1960年代末から描き方はノルデや表現主義風にし人物を片っ端から逆さにしていく。この逆さ絵は慣れるとおもしろい。

ほぼ同じ時代を生きたスペインのアロヨ(1937~)とイタリアのアダミ(1935~)。彼らの作品は明快な色彩とグラフィック的な描写がよく似ている。アロヨは1942年ドイツの捕虜収容所から脱出した友人のフランス人画家を正面と後ろからどんと描いている。背広に捕虜の番号札をつけるところはフランコ体制を嫌悪しパリに渡ったアロヨの真骨頂。

アダミの‘レーニンのベスト’は画家のとびぬけた発想から生まれた。写真で見るレーニンはベストをよく身につけていたようで、そのベストが何着も並んでいる。そして、ソ連の話だから赤を基調にしこれに後ろ姿の人物の着た衣服の色を薄い青で合わせる色彩感覚にもハッとさせられる。

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2018.09.01

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その十

Img グロッスの‘不幸な発明家、アウグスト叔父さんを忘れないで’(1919年)

Img_0002  ディックスの‘ジャーナリスト、シルヴィア・フォン・ハルデンの肖像’(1926年)

Img_0001     シャートの‘サン=ジュノワ・ダイクール伯爵の肖像’(1927年)

Img_0003     ハウスマンの‘機械的頭部、われらの時代の精神’(1919年)

日本の美術館でドイツの画家たちの作品にスポットをあてた展覧会が開かれることはとても少ない。そのため、海外の美術館をまわりとドイツの絵からは強い刺激をうける。

アメリカにはドイツ系の人たちがたくさんいるのでメトロポリタンやグッゲンハイム、MoMAではキルヒナー、ベックマンら表現主義の面々やダダイストのグロッス(1893~1959)たちの作品もよくでくわす。最初はポンピドーでドイツの20世紀美術の洗礼をうけたが、そのあとアメリカの美術館に通ったおかげで彼らの作品に目が慣れることができた。

グロッスの‘不幸な発明家、アウグスト叔父さんを忘れないで’は強い磁力を放っている肖像画、過去の絵画はどこへでも行ってくれ、俺は人物でもそのままは描かず、イメージのおもむくままモノを顔にくっつけてたりするからな、画家はこんなセリフをはきながら絵筆を動かしている感じ。

ディックス(1891~1969)の絵はあるときまでモデルはてっきり男性と思ってみていた。だが、この人物は女性。紛らわしいのは髪型。たしかに口紅をつけているので女性なのだが、この黒髪と顔のつくりから一見して男性が煙草をふかしてくつろいでいる姿が刷り込まれた。ところで、右目に黒の丸線が入っているのはなぜ?

いかにもドイツの貴族というイメージなのがシャート(1894~1982)が描いた伯爵の肖像。これから夜の街にお供の女性を連れてくりだすのだろうか。左の女性の顔と胸は大胆にも半分しかみせていない。この隠しのテクニックによってすました顔をしている貴族の心のなかが透けてみえる。

ハウスマン(1886~1971)の木製のマネキンとはじめて遭遇したときはかなり緊張した。これが前衛アートか!? 耳の代わりに金属の小円版がくっついてのはなんとかついていけても見慣れた定規がどうして垂直に立っているの?

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