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2018.08.26

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その四

Img     スーチンの‘ドアボーイ’(1928年)

Img_0003  ドンゲンの‘フォリー・ベルジェールのダンサー、ニニ’(1908年)

Img_0002     キスリングの‘若いポーランド女性’(1928年)

Img_0001     モディリアーニの‘母と子’(1919年)

マドリードのプラドではスペインの画家の絵が数多く展示されているように、ポンピドーではフランス人画家や芸術の都に世界各地から集まってきた若者たちの作品が所狭しと飾られている。エコール・ド・パリの画家、スーチン(1893~1943)はリトアニアから19歳のときパリにやって来た。

スーチンのイメージはア赤の色で出来上がっている。赤い衣服、赤い花、赤い肉、、職人シリーズの一枚、‘ドアボーイ’でも少年は濃い深紅の制服を身につけ両手を腰にあてたポーズで描かれている。子どもなのに中年の男性のように倦怠感のある顔がどうにも気になる。

フォーヴィスムのドンゲン(1877~1968)はオランダの出身、この画家に目覚めたのはエルミタージュやアムステルダムのゴッホ美で遭遇した女性の肖像。気品のある裕福な女性がモデルになることもあれば、気性の激しいダンサーなども登場する。

‘フォリー・ベルジェールのダンサー、ニニ’はいかにもキャバレーの踊り子という感じ。ところが、この絵で不思議なのが女性の頭の一部が欠けていること。なぜ、こんな描き方をしたのだろうか。ひょっとして、ドンゲンは浮世絵にでてくる人物表現に影響を受けたのだろうか。こういう頭がちょこっと画面からはみ出しているのはほかにも何点かある。

ポーランドのクラクフの裕福なユダヤ人家庭に生まれたキスリング(1891~1953)はモンパルナスに集まった外国人芸術家のひとり。スーチン、モデイリアーニ(1884~1920)、藤田嗣治(1886~1968)、パスキン(1885~1930)たちは皆絵描きで名を成そうと懸命に生きた仲間だった。ポンピドーはキスリングの‘若いポーランドの女性’やモディの‘母と子’、‘赤い顔’などを所蔵している。

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