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2018.07.31

美術館に乾杯! 王立サン・フェルナンド美術アカデミー

Img_0005  ‘太陽の門’から徒歩3分の王立サン・フェルナンド美術アカデミー

Img_0001    ゴヤの‘鰯の埋葬’(1816年)

Img     ゴヤの‘オレンジ戦争司令官としてのゴドイ’(1801年)

Img_0002     ゴヤの‘アトリエの自画像’(1794~97年)

Img_0003     アルチンボルドの‘春’(1563年)

海外で美術館巡りをすると街の様子がよくわかるようになる。観光バスに乗ってその街の名所スポットへ行くのと違って地図を片手に自分の足で目安になる場所を確認しながら進むので建物の位置関係や道路の流れ、街の広さなどが徐々に実感できてくる。すると不安な気持ちがほぐれ街の風景が新鮮に映る。

マドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミーは半円状の広場‘太陽の門(プエルタ・デル・ソル’からすぐ近くのところにあり歩いて3分で着く。ここはダリやピカソも学んだことがある美術学校。訪問するかで背中を強く押してくれたのはゴヤ(1746~1828)。

2階の展示にはリベラやスルバランなどのスペイン絵画も飾ってあるが、見どころはなんといってもゴヤ、事前に作成した必見リストに載せていたのは4点だが、2つのゴヤだけの部屋には全部で13点もあった。大作が多く圧巻!プラドにいるような気分だった。

興味深い絵が‘鰯の埋葬’、これは2月の初旬、マドリードのカーニバルを飾る最後の行事、思い思いの衣装と仮面で扮装した人々が飲めや歌えやの大騒ぎ。白い衣装の女性と一緒に司祭や死神も踊りの輪に加わっている。なにか不気味なところがゴヤらしい。

19世紀の初頭権力の頂点に立っていた宰相ゴドイ、ゴヤは1801年ポルトガルとの戦争(通称、オレンジ戦争)に勝利したゴドイを描いた。縦1.81m、横2.67mの大画面に自信にみちたゴドイの存在感のある姿を見事にとらえている。これまでみた男性の肖像ではベスト5に入る傑作だった。

2点ある自画像のうち‘アトリエの自画像’は‘ラス・メニーナス’のベラスケスをまねたもの。歳は50歳前後で画家として脂ののりきった頃。もうひとつはプラドにも同じような肖像がある69歳の姿。こちらのほうはレンブラントの晩年の自画像を連想させる。

昨年の今頃開催されていたアルチンボルド(1527~1593)の回顧展にうれしい作品が登場した。それは現地ではどういうわけかみれなかった‘春’。このアルチンボルドも美術館の自慢の一枚。

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2018.07.30

納涼アート! 西洋絵画

Img_0003     チャーチの‘ナイアガラ’(1857年 コーコラン・ギャラリー)

Img_0001     ワイエスの‘キャリー川’(部分 2003年)

Img_0002     ホーマーの‘川を下るカヌー’(1897年 フォッグ美)

Img_2     レーピンの‘何という広がりだ’(部分 1903年)

西洋絵画で海や川や滝が描かれる場合、波のうねりとか水面の激しい動きをリアルの表現することが多く北斎の滝の絵のように飛び散る水しぶきまでこまやかな描写することはほとんどない。だから、涼しさが皮膚から伝わってくるというよりは水の冷たさを量感的に体全体で受け止めるという感じ。

ハドソンリバー派のエドウィン・チャーチ(1826~1900)の‘ナイアガラ’をワシントンのコーコラン・ギャラリーでみたのは5年前、このナイアガラの滝に出かけたことがあるので遊覧船で滝の近くまでいき水しぶきを大量に浴びたことを思い出した。これほど膨大な水量が轟音をたてて落下すると滝のまわりは冷ややかな空気につつまれているだろう。

ワイエス(1917~2009)が2003年に描いた‘キャリー川’の水も冷たそう。図録では見開きの大きな図版のため絵全体をみせられないが、勢いのある川の流れは十分に伝わると思う。ワイエスの力量にあらためて惚れ直した。本当にいい絵。

川合玉堂の川釣りの絵のように最も涼しさをもらうのはホーマー(1836~1910)の‘川を下るカヌー’、海外でも渓流下りは水をいっぱいかぶるので暑い日にはもってこいのエンターテイメントにちがいない。グランドキャニオンなどのツアーに参加するとハラハラドキドキもありそうだが一生の思い出になるかもしれない。

レーピン(1884~1930)の‘何という広がりだ’は水を連想させる感動の一枚。2007年、東京都美の‘国立ロシア美展’でこの絵と遭遇したときは思わず‘うぁー!’と声がでた。そして、小さい頃友達と海水浴に行き海の水を夢中でかけあったことが頭をよぎった。

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2018.07.29

ビッグニュース! 来春 ‘クリムト展’

Img_0001    ‘ユディトⅠ’(1901年 ベルべデーレ宮オーストリア絵画館)

今日の朝日新聞に嬉しい記事が載っていた。来年の4月、‘クリムト展’が行われるそうだ。場所は東京都美で会期は4/23~7/10。作品の数はなんと過去最大級の20点。

クリムトがウィーンに生まれたのは1862年、そして亡くなったのは1918年。そう、今年はクリムトの没後100年の節目の年、そのためすでに入手していた情報によると国立新美が来年4/24~8/5にクリムトとシーレを軸にした‘ウイーン モダン’を開催することが決まっている。

クリムト好きなのでこの展覧会にすごく期待していたが、もうひとつ同じ時期に上野でオールクリムトがあるのだからたまらない。20点のなかに‘ユディトⅠ’が入っていることはわかったが、ほかはどんな作品がやって来るのだろうか。追っかけ作品が多く含まれていればテンションがぐっと上がるのだが。

日本で行われたクリムト展は過去4,5回みた。5年前、生誕150年を記念した‘クリムト 黄金の騎士をめぐる物語’をみるためJRに乗って宇都宮美に馳せ参じた。2012年ウィーンではクリムト一色になったそうだが、これは海外旅行のタイミングは合わなかったのでそれなら日本でクリムトを楽しもうという思いだった。

収穫はワシントンのナショナルギャラリーにある‘赤子(揺りかご)’と豐田市美蔵の‘オイゲーニア・プリマヴェ―ジ’、2013年はNYのノイエギャラリーを訪問し‘アデーレ・ブロッホバウアーⅠ’などもみたのでわが家はクリムトイヤーだった。来年は2つの美術館にクリムトがやって来る。今年がムンクで来年はクリムト、いい流れが続く。

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2018.07.28

美術館に乾杯! ラサロ・ガルディアーノ美

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Img     ボスの‘荒野の洗礼者聖ヨハネ’(1488年)

Img_0001     ゴヤの‘魔女の集会’(1797~98年)

Img_0004     エル・グレコの‘聖フランシスコ’(1577~80年)

Img_0002     ベラスケスの‘女性の肖像’(1624年)

2の11年、スペイン旅行を楽しんだときマドリードでは自由行動を選択して7つの美術館や聖堂をまわった。すでに訪れたことのあるのはプラドとソフィア王妃センターだけであとははじめてのところ。その一つが地図(拡大で)の上のところに位置するラサロ・ガルディアーノ美。

どういうルートで到着したかは記憶が薄れているが、ここは美術コレクターとして名の知れた実業家ホセ・ラサロ・ガルディアーノが住んでいた屋敷がそのまま美術館として使われている邸宅美術館。こうした邸宅美術館がいいのはいい家具や調度品などをみながらくつろいだ気分で絵画鑑賞ができること。そのため、作品の数は多くなくても高い満足感がえられる。

3階立ての建物に入るとすぐ係員に尋ねたのはボス(1450~1516)の‘荒野の洗礼者聖ヨハネ’が飾ってある部屋。ボスの作品をコンプリートすることを夢見ているのでここではこの絵画が一番のターゲット。横になっている聖ヨハネの顔に生気がないためこちらまで気が重くなるところだが、目にエネルギーを注入してくれるのが‘快楽の園’などにもでてくる奇妙な果実、これを緻密にシュールぽく描くのがボス流の豊かな感性。魔法にかけられたようにボスワールドにひきこまれていく。

3点あるゴヤ(1746~1828)で見逃せないのが画集に必ず載っている‘魔女の集会’、一見すると牡山羊を中心に据えたコミカルな絵にみえるが、よくみると怖い場面が描かれている。牡山羊は悪魔の化身でそれを取り囲む魔女たちは生贄の幼児や赤ん坊を捧げている。

ここにはゴヤに関連した興味深い絵がある。それは‘裸のマハ’を自宅でみていた宰相ゴドイの愛人ペピータ・トゥドーを描いた肖像画。彼女がマハのモデルという妄想に近い説があるので足をとめてみていた。

ゴヤがあればエル・グレコ(1541~1614)、ベラスケス(1599~1660)も一緒にみたくなるのがスペインの美術館、嬉しいことにエル・グレコの‘聖フランシスコ’、ベラスケスの(女性の肖像)に遭遇した。予想外だったのはドイツのクラーナハの天使とキューピッドの絵があったこと。コレクションの幅の広さに感心した。

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2018.07.27

気になる横浜美の‘モネ展’!

Img_0001    ‘睡蓮’(1906年 吉野石膏)

Img_0002  ‘睡蓮 水草の反映’(1914~17年 ナーマッド・コレクション)

Img     ‘バラの小道の家’(1925年)

Img_0003     ‘チャリング・クロス橋’(1899年 メナード美)

現在、横浜美で開催されている‘モネ それからの100年’(7/14~9/24)。出かけるかどうかで二転三転したが、日曜美術館と美の巨人たちがとりあげたのをみてやっぱり足を運んだ。入館してびっくりしたのは中高校生や若い人がたくさんいたこと。

人気のあるモネだから過去にあった回顧展同様ファンの出足はいいが、これほど若い世代の人たちにでくわしたのははじめて。その理由は作品の構成が関係しているかもしれない。今回でているモネは25点と多くはなく、ほかはモネに影響を受けた日本や海外の現代ア―ティストの作品で占められている。その数64点。

こうしたモネ以外の作品を展示するスタイルは2007年、国立新美であった回顧展でもみられたがこのときは26点と少なくオマケでどうぞという感じだった。ところが、今回は展示のスタートからモネとほかの画家が交互にでてくる。

これをみるとモネに対する別のイメージが生まれてくるかもしれない。ロスコやウォーホル、リキテンスタインといったビッグネーム、さらにアートシーンの最前線で活躍する日本の作家、モネの睡蓮や画風を意識しコラボしたア―ティストがこれほど多くいたとは。脳が200%刺激される展覧会であることはまちがいない。

日本にあるモネが総動員されている。モネ狂なのでどこの美術館にモネがあるかはおおよそ頭に入っているしこれまでお目にかかってきた。いいのが集まっている。思わず足がとまったのが吉野石膏(株)が所蔵する‘睡蓮’とメナード美にある‘チャリング・クロス橋’。

会場を進みながら目が犯人を捜す刑事のようになっていたのがチラシで気になった‘睡蓮 水草の反映’と最晩年の‘バラの小道の家’、ともに海外のコレクターがもっているもの。じつはこの回顧展をパスできなかったのはこの‘バラ’のせい。狙ってた通り画面が一番輝いていた。Myモネ図録にこの絵が加わることになったのは大きな喜び。

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2018.07.26

魅了される紅型の美!

Img    国宝‘紅色地龍宝珠瑞雲模様衣裳’(18~19世紀 那覇市歴史博)

Img_0003  ‘白地流水蛇籠に桜葵菖蒲小鳥模様衣裳’(19世紀 沖縄県博・美)

Img_0002    ‘黒漆雲龍螺鈿大盆’(18~19世紀 浦添市美)

Img_0001     ‘朱漆椿密陀絵沈金椀’(16~17世紀 サントリー美)

サントリー美で行われている‘琉球 美の宝庫’展(7/18~9/2)をみてきた。出動を早めたのは紅型の最高傑作、国宝‘紅色地龍宝珠瑞雲模様衣裳’(那覇市歴史博)が7/18~7/30しか展示されないから。

6年前ここで紅型展が開かれたとき、期待に反してこの宝珠を追っかける龍が描かれた紅型はやって来なかった。国宝に指定された2006年にTVの美術番組でこれが紹介されいつかこの目でと思ってきたが、やっと願いが叶った。ミューズに感謝!

紅型の魅力はこの強烈な色彩、紅色は鉱物を砕いてつくる顔料のため粒子が粗く光をより反射する。そのため、植物からつくる染料と較べて倍以上の鮮やかな色になる。まさに光あふれる沖縄ならではの染織。この地に黄色と青で表現された龍が3つの姿でダイナミックに躍動している。絵柄からすると中国のものと変わらないが、濁りのない鮮やかな色彩は沖縄オリジナル。長いことみていた。

狙いは龍の一点買いなので、あとは紅型展にも出品された木綿の‘白地流水蛇籠に桜葵菖蒲小鳥模様衣裳’などをさらっとみて、ずらっと並んだ‘国宝 琉球国王尚家関係資料’を楽しんだ。チラシに大きく載っている‘王冠(付簪)’は今はレプリカがでており、本物は後半の8/22~9/2に登場する。

また、雲龍がどんと描かれた大きな黒漆螺鈿盆にも魅了された。光のあたり具合でいろいろな表情をみせる螺鈿細工もこれくらい大きいと見ごたえがある。視線を上下させて螺鈿の輝きを目に焼きつけた。

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2018.07.25

納涼アート! 近代日本画

Img     小野竹喬の‘奥入瀬の渓流’(1951年 東京都現美)

Img_0001     川合玉堂の‘清湍釣魚’(1949年 水野美)

Img_0002     川端龍子の‘保津川下り’(1959年 大田区立龍子記念館)

Img_0003     東山魁夷の‘緑響く’(1982年 長野県信濃美東山魁夷館)

10年くらい前、青森の奥入瀬渓流へ行き生涯の思い出になった。以来、旅好きの人には奥入瀬の魅力を熱く語ってきた。今年のように猛暑が続くと奥入瀬渓流に瞬間移動し一日中いたくなる。

元来山歩きよりは海をみていたい方なのだが、奥入瀬渓流は別扱い。こういう涼しさを200%感じられるところが日本には沢山あるだろうが、日頃の習慣というものに縛られて未だに山に登ってみようという気がおこらない。

昔から多くの画家たちが奥入瀬渓流を描いてきたが、最も魅せられているのが小野竹喬(1889~1979)の絵。ここを訪れるずっと前からこの奥入瀬の絵に心を奪われてきたが、静かな森林のなかを川の水がほどよいリズムで流れていく光景を目の当たりにすると竹喬の絵に前にも増して入りこんでいく。

川合玉堂(1873~1957)の‘清湍釣魚’と川端龍子(1885~1966)の‘保津川下り’も涼しさを運んでくれる一枚。釣りが趣味な人は川釣り派と海釣り派とに分かれるのだろうか。玉堂が釣りを楽しんでいたかは知らないが、川釣りの絵が何点もある。この絵は気持ちがいいほど涼しくなる。

円山応挙にも保津川を描いたすばらしい絵があるが、龍子は観光客を舟に乗せた川下りを高い視点からとらえている。川下りの経験は一度もない。この川下りは今もやっているのだろうか、和歌山県?の瀞峡の川下りは興味があり機会があれば出かけてみたい。

避暑地というとすぐ思い浮かぶのが別荘がごまんとある軽井沢、そして長野県が涼しいところというイメージは実感としてではなく東山魁夷(1908~1999)の風景画によってできあがっている。だから、‘緑響く’のようなひんやりとした空気を感じる作品を夏になるとながめることにしている。

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2018.07.24

納涼アート! 北斎

Img     ‘下野黒髪山きりふきの滝’(1833年 東洋文庫)

Img_0001     ‘滝に鯉’(1834年 大英博)

Img_0003     ‘瑞亀図’(19世紀初頭 奈良県美)

Img_0002          ‘西瓜図’(1839年 三の丸尚蔵館)

連日の厳しい暑さで汗を相当かいている。日中は仕方がないにしても夜になっても温度が下がらないのはしんどい。TVで危険的な暑さを警告してくれ熱中症対策の情報を流してくれるので水分補給を欠かさないようにしている。

わが家は夏はクーラーを使わない習慣なので朝からずっと扇風機が回っている。普通は‘弱’なのだが、今年はあまりに暑いので‘中’にしておくことが多い。問題は寝るとき、風邪をひくのでなるべく扇風機は使わないことにしているが、これも限界。ここ数日ベッドから遠く離してつけっぱなしにしている。とにかく一体どうなっているのかというほど今年は暑い!

冷たい飲み物で喉をうるおすとき一番ほっとするが、気休めに涼しさを呼ぶ美術品にも助けてもらうことにした。‘納涼アート’を思いつくまま選んでみた。まずみたいのが葛飾北斎の(1760~1849)の浮世絵。涼しさを運んでくれるのはやはり水。

北斎の‘諸国瀧廻り’で最も激しい水しぶきを感じさせてくれるのが日光三名瀑のひとつ‘下野黒髪山きりふりの滝’、これくらいどどっと水が落ちてくると滝壺あたりでは涼しいにちがいない。まだこの光景をみてないが、現地の人が羨ましい。

出世を願う鯉の滝登りを描いた‘滝に鯉’もずっとみていたい滝。北斎は本当に水の表現がうまい。形がない水の動きを描くのは並みの絵師にはとっても難しいことだが、北斎は観察の天才だから滝を落下する水の帯のなかを抜けてくる鯉を量感豊かにとらえる。お気に入りの一枚。

井戸から水があふれでるのをみたことないが、‘瑞亀図’では長寿を告げる吉兆とされた瑞亀が湧き出る水とともに出現したところが描かれている。亀を横にみながらこの水を手ですくって飲んだら一息つくだろう。

暑いときに欠かせない食べ物がそーめんとスイカ。三の丸尚蔵館にある‘西瓜図’をみるたびに暑さを乗りきるには西瓜が一番だなと思う。

 


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2018.07.23

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その十

Img     リキテンスタインの‘浴室の女’(1963年)

Img_0001     リンドナーの‘サンキュー’(1971年)

Img_0002     ロスコの‘無題(紫の上の緑)’(1961年)

Img_0003     オキーフの‘月夜のニューヨーク’(1925年)

ティッセン・ボルネミッサ美の展示フロアは3階まであり、まず3階まで行って見慣れたルネサンス絵画から鑑賞がはじまる。それから下の階へ降りていき最後の1階に飾られている大作の多いアメリカの現代アートをみて終わり。

アメリカのア―ティストが結構登場する。ウォーホルはないがポロック、ロスコ、リキテンスタイン、デ・クーニング、ステラ、ルイス、ゴーキー、スティル、トビー、オキーフらのビッグネームがずらっと並んでいる。これは壮観!この美術館から徒歩20分くらいのところにあるソフィア王妃センターへ足を運びピカソの‘ゲルニカ’やダリ、ミロを楽しみば、前衛芸術、抽象表現主義、ポップアートの通になれること請け合い。

リキテンスタイン(1923~1997)の‘浴室の女’は1960年代のアメリカの黄金時代へすぐ瞬間移動させてくれる。マリリン・モンロー、ミッキーマウス、プレスリー、、、小さい頃TVを通じてアメリカ文化がどんどん日本に入ってきた。スポーツでは野球人気が絶大で日米野球が行われると大リーガーのプレーを驚きの眼でみていた。リキテンスタインの絵をみるとこんなことをいっぱい思い出す。

ドイツ人のリンドナー(1901~1978)の描く女性は一風変わっている。フランス人形が進化してアヴァンギャルドな女の子に変身させるとこんな人形ができあがるという感じ。体の後ろについているスイッチをすつけるとロボットのように手や足が動きだすにちがいない。

鑑賞した作品の数をもっともっと増やしたい画家は何人かいる。アメリカの画家ではリキテンスタインもそうだがロスコ(1903~1970)やオキーフ(1887~1986)の抽象画へも強い思い入れがある。紫は神秘的な色だが、ロスコの紫と緑の組み合わせに大変魅了された。

摩天楼が建ち並ぶ大都市ニューヨーク、だがオキーフの‘月夜のニューヨーク’ではそのイメージが崩れ別の街の夕暮れをみているよう。ニューヨークの夜空に月を描きこむのはオキーフに東洋の精神に共感する心が宿ったからだろうか。

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2018.07.22

大相撲名古屋場所 御嶽海 初優勝!

Img   13勝2敗で見事優勝した御嶽海

大相撲名古屋場所は関脇御嶽海(出羽海部屋 25歳)が初優勝した。拍手々! 成績は13勝2敗。3横綱が休場し新大関の栃ノ心まで右足親指を痛めて休場するという異常事態の場所でひとり気を吐いた御嶽海、初日からいい相撲で勝ち星を重ね、14日で優勝を決めてしまった。

2場所前負け越したとき、大関昇進レースで栃ノ心に追い抜かれた御嶽海は当分追いつけないなと思っていた。ところがどっこい、今場所は見違えるような強い相撲で横綱不在の場所を一人で引っぱった。大関の豪栄道と高安がもっと元気だったらこう簡単に賜杯を手にすることはなかっただろうが、うまいことに二人はカド番を脱出することで精一杯。

出身の長野県から優勝者がでたのははじめて。そして、出羽海部屋の力士が賜杯に輝いたのは三重ノ海以来で38年ぶりのこと。この優勝で御嶽海は大関とりをぐっと引き寄せた。来場所11勝以上したら大関にあがれるが、その可能性は今の調子なら80%ぐらいある。

先走った話になるが、御嶽海が昇進すると大関は3人が出羽一門になる。豪栄道は境川部屋、そして栃ノ心は春日野部屋。そうなると大相撲は一気に出羽一門の力士を軸に回ることになる。今の横綱では鶴竜はまだまだ優勝しそうな気もするが、白鵬に体力の衰えが急にきて、稀勢の里は来場所で引退に追い込まれる感じだから、相撲界の主役は栃ノ心と御嶽海になりそうな気配になってきた。

そして、御嶽海と同じ学生相撲出身の豊山(12勝3敗)と朝乃山(11勝4敗)もどんどん強くなる予感がする。御嶽海を筆頭にこうした若手が台頭し、世代交代が加速するかもしれない。

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2018.07.21

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その九

Img     カンディンスキーの‘明るい卵のなかに’(1925年)

Img_0005     バッラの‘ダイナミズム’(1915年)

Img_0001     マルクの‘夢’(1912年)

Img_0002     ファイニンガーの‘背の高い男’(1907年)

ヴァリエーションがいろいろある抽象絵画で画面のなかにすっと入っていけるのは構図がシンプルでシャープな色使いで仕上がっている作品。ティッセンにもカンディンスキー(1866~1944)のそんな絵が展示されていた。

タイトルにある黄色い丸い卵のなかに秩序を失わないようバランスをとって配置された黒と赤の細い断片が浮き上がっている。抽象画でもこういう具象のもつ形の力から解放され幾何学的なフォルムがのびやかに変化している作品だと脳は素直に美しいと感じる。

バッラ(1891~1958)はイタリア未来派の中心メンバー、未来派には強い思い入れがありローマの国立近代美やNYのMoMAにでかけそのスピード感にあふれる画風を楽しんできた。ここではセヴェリーノとバッラに遭遇した。‘ダイナミズム’は現代彫刻をみているような錯覚にとらわれる作品。量感のある太い管がいくつも絡み合い奥行きのある空間をつくりだしている。色の主役は黒、赤や青をコントロールし色彩のコラボを演出している感じ。

カンディンスキーとマルク(1880~1916)は‘青騎士’の同志。カンディスキーは美しい抽象絵画にむかって突き進んで行ったのに対し、マルクは好きな動物を描き続けた。‘夢’では中央の裸婦を黄色のライオン、青と橙色の馬が囲んでいる。黄色の牛はグッゲンハイムでお馴染みだが、これがライオンに変わるとは。

ファイニンガー(1871~1956)はドイツ系アメリカ人の息子、生まれたのはNYだが6歳のときドイツに移った。壊れたガラスの鋭角的な線をイメージする建物を描いた作品が多いが、漫画も描いていたのでアルルカンやこの‘背の高い男’のようなぐっと砕けた風俗画っぽいものもある。痩せた男の体の長いこと!建物の高さまであり、両足の間に普通の男が歩いている。

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2018.07.20

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その八

Img_0003     ダリの‘蜜蜂によって引き起こされた夢’(1944年)

Img     デルヴォーの‘洞窟の裸婦’(1936年)

Img_0002     ピカソの‘鏡を持つアルルカン’(1923年)

Img_0001     ドランの‘ウォータールーの橋’(1906年)

ダリ(1904~1989)のシュール画が気になりだし画集を揃えたとき、なんとしてもみたい絵が数点あった。その一枚が長ったらしい名前がついている‘目覚める1秒前にザクロの周りを飛ぶ蜜蜂によって引き起こされた夢’、そのころは所蔵先はスイスの美術館になっていた。。

7年前はじめてテイッセンを訪問した際、最も楽しみにしていたのはカラヴァッジョとこのダリの奇想天外な絵。海にできた岩の上に横たわる裸婦に突進してくるのは2頭の虎。よくみると左の虎はなんと赤い魚の口の中からでてきている。このアイデアに200%KOされた。こんなことをダリはどこから思いついたのだろうか

そして魚の後ろにはザクロがありこの割れ目から魚が飛び出してくる。ザクロー魚ー虎の連鎖の意味はダリにしかわからない、いやダリだってわからないかもしれない。ザクロは裸婦の下にもありその周りを蜜蜂が飛びまわっている。そして、蜜蜂の羽音で裸婦は夢に誘われる。その夢がザクロから魚、魚から虎と変容する不思議な世界。

同じ裸婦でもデルヴォー(1897~1994)の絵では洞窟を舞台にして鏡に映る自分の姿をじっとみている。いつものように目はフランス人形のように大きく、その白い肌が暗闇に浮かび上がる。裸婦をみて心がザワザワしないのはブーシェとデルヴォー、それは目がとてもチャーミングでそこばかりみるから。

新古典主義時代のピカソ(1881~1973)が描いた‘鏡を持つアルルカン’も忘れられない絵。キュビスムの画風が角々した形で構成されとげとげしい印象なのに対し、この頃の絵にみられる人物描写は古典絵画にならってとても穏やかで丸々している。ヴェネツィア派のベリーニにこれとよく似たポーズをとる女性の絵がある。

キュビスムと並んで絵画の革命を色彩の表現によっておこしたフォーヴィスム、その中心メンバーがマティス(1869~1954)とドラン(1880~1975)、ロンドンにあるウォータールー橋を点描風の描いた作品はちょっと離れてみると発光体のように輝いていた。色彩の力をみせつけられる一枚。ドランに乾杯!

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2018.07.19

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その七

Img_0003     ムンクの‘家の前でたたずむ女性’(1888年)

Img   キルヒナーの‘彫刻された椅子に座るフランツィ’(1910年)

Img_0002    ベックマンの‘ピンクのセーターのクアッピ’(1934年)

Img_0001     グロスの‘大都市’(1917年)

北欧旅行から2ヶ月が経ったが、コペンハーゲンとオスロでみたムンク(1863~1944)の余韻がまだ続いている。秋にはムンク展(10/27~1/20 東京都美)があるので今年はムンクのアート話に終始しそう。

ムンクの絵をたくさんみたあとで2年前ティッセンで遭遇した‘家の前でたたずむ女性’を思い出すとつくづくいい絵だなと思う。手を膝において前方をじっとみつめる姿が妙に惹かれる。この絵が描かれた1988年はムンクが25歳のときで、この2年前には亡くなった姉をモデルにした‘病める子ども’を手がけている。ムンクは姉と同様にかがんだ女性の顔を横からとらえている。

この美術館のコレクションは19世紀のドイツで鉄鋼業を営み財をなしたティッセン家のハインリッヒ・ティッセン男爵とその息子が蒐集した絵画がもとになっている。そのため、ドイツの画家の作品が多くある。日本で開催される美術館名品展のうちドイツの美術館の割合は仮に10年スパンでみると1割くらいかもしれない。だから、ここでドイツの画家にお目にかかれるのは大きな収穫。

ドイツ表現主義のキルヒナー(1880~1938)、ベックマン(1884~1950)はともに4点あり、女性の肖像画’彫刻された椅子に座るフランツィ’と‘ピンクのセーターのクアッピ’が強い磁力を放っていた。大きな目と真っ赤な唇が心を揺すぶるフランツィの顔は緑色で塗られてる。これから連想されるのはコペンハーゲンでみたマティスの‘緑の筋のある女性’。表現主義は自由な色使いがあっておもしろい。

一方、手に煙草をもっているクアッピはベックマンの若い妻。こういう手つきで煙草を吸う女性はドイツ映画でよくみた覚えがある。どうでもいいことだが顔をじっとみていると女子ジャンプの高梨沙羅選手がダブってきた。

狂気的でグロテスクな人物描写が頭から離れないグロス(1873~1957)の‘大都会’は思わずのけぞる作品。グロスの持ち色の赤で描かれたこの都市は第一次世界大戦真っ只中のベルリン。未来派を彷彿とさせるスピード感は赤の使用によっていっそう騒々しくなっている。

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2018.07.18

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その六

Img_0001     コールの‘楽園追放’(1828年)

Img     ビーアスタットの‘滝の景観’(1880~87年)

Img_0003     ホッパーの‘ホテルの一室’(1931年)

Img_0002  ホッパーの‘ウェルフリート・マーサ・マッキーン号’(1944年)

ルネッサンス絵画や印象派は西洋美術史のなかではファンの多い絵画なので世界の有名な美術館へ行くとだいたいお目にかかれる。だが、美術館のある国の美術史を飾る絵は当然のこととしてほかの国でみる機会はぐっと減ってくる。

例えば、アメリカの美術館をまわってその雄大な風景画の魅力に開眼したハドソンリバー派、このグループの作品は過去に出かけたヨーロッパの美術館でみたことは一度もなかった。ところが、驚いたことにティッセンには飾ってあった!コール2点、チャーチ3点、ビーアスタット1点。アメリカでだんだん目が慣れているので夢中になってみた。

この美術館で感心するのはミュージアムショップで販売されている作品の絵葉書の多さ。大変魅了されたコール(1801~1848)の‘楽園追放’とビーアスタット(1830~1902)の‘滝の景観’が手に入ったのは幸運だった。スペイン観光にやって来るアメリカ人は大勢いるが、その人たちのニーズをよく踏まえている。なかなかの商売上手。

アメリカ人が大好きなホッパー(1882~1967)、とてもいい絵を3点も所蔵している。シカゴ美でみた大回顧展(2008年)にも出品されていた‘ホテルの一室’は画集に必ず載っている主要作品で美術館自慢の絵のひとつ。そして、立ち尽くしてみていたのが海の明るい青とヨットの白い帆が目に沁みる‘ウェルフリート・マーサ・マッキーン号’。

回顧展で心が晴れ晴れする同じようなヨットの絵を2点みたが、そのときの感動がマドリードで再現された。この海洋画はホッパーのあの孤独感の漂う静かな絵とはちがい底抜けに明るい作品なので目に焼きついている。スペインにある美術館なのにアメリカの美術館にいるような気分にさせてくれる、これが美術館への好感度を上げている理由のひとつかもしれない。

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2018.07.17

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その五

Img_0001     モネの‘チャリング・クロス橋’(1899年)

Img_0002     ドガの‘ある風景の中の競馬’(1894年)

Img_0003     ゴッホの‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’(1890年)

Img     ゴーギャンの‘マタ・ムア(むかしむかし)’(1892年)

多くの愛好家がいる印象派は美術館へ出かけるときの大きな楽しみ。それはティッセンでも同じ。アメリカの大きな美術館と較べると作品の数ではかなわないが、強く惹かれる作品が揃っている。数で最も多いのがモネ(1840~1926)、4点あったがそのうち2点は2010年パリのグラン・パレで行われたモネ展にも出品された。

‘チャリング・クロス橋’はモネがロンドンを旅行して描いた連作(36点)の一枚。冬の午後の光景だが、右にかすかにみえる国会議事堂がシルエットで描かれ霞のかかるテムズ川の水面に光がきらきら映る光景が目に焼きついている。

ドガ(1834~1917)は踊り子をモデルにしたものよりカフェにいる冷え切った関係の男女などを描いた風俗画タイプや動きのある競馬のほうに惹かれている。この絵に登場する馬は全部で10頭、これまでみたなかでは最も多い。

ゴッホ(1853~1890)もいいのがある。緑と黄色で画面がおおわれている‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’。色彩がとても鮮やかなので思わず足がとまり、うわっと声が出た。こんないいゴッホがあるのだから流石という感じ。ほかに若い頃の暗い横長の絵があった。

ゴッホとくればゴーギャン(1848~1903)、3点みたが‘マタ・ムア(むかしむかし)’がすばらしい。これは2010年秋ロンドンであったゴーギャン展(テートモダン)に出品された。縦長の画面はちょっと前に終了したプーシキン美展に展示された‘孔雀のいる風景’(1892年)がダブってくるが、女性たちを二分する中央の大きな樹の幹が強く印象に残っている。

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2018.07.16

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その四

Img     ハルスの‘風景の中の家族の肖像’(1648年)

Img_0003    ヴァトーの‘満足なピエロ’(1712年)

Img_0002     ゴヤの‘パケーテ親爺’(1820年)

Img_0001     フリードリヒの‘復活祭の朝’(1828~1835年)

西洋美術史に登場する画家が生存した時期を頭のなかに入れるのには時間がかかる。気になる画家については生まれた年や亡くなった年をインプットされていても、作品をみる機会が少ない画家の場合はそのつどメモの助けをかりることになる。

例えば、オランダのハルス(1582~1666)、印象派以前のオランダ出身の画家のなかでレンブラント、フェルメール、ホントホルストとともにお気に入りの画家なのに、いつからいつまで生存したか正確に覚えていない。レンブラントより24年前に生まれている。

ティッセンにあるハルスは家族の肖像を描いた大きな絵。ハルスの絵に登場する人物は笑ったりくだけた表情をしているので肖像画というより風俗画を楽しんでいる感じ。妻に笑顔で話しかけている夫の姿がじつにいい。ついそばにいって会話の内容を聞いてみたくなる。

フランスにはピエロを描く伝統がある。そのはじまりはロココのヴァトー(1684~1721)、これを受け継ぐのがルオーとあのピカソ。この雅宴画ではピエロを挟んで着飾った4人の男女が横に並んで座っている。女性の奏でるギターにあわせてピエロはひょうきんに踊りだすのだろうか。

この美術館のコレクションはドイツ人実業家が蒐集したものなので、プラドとはちがいスペイン絵画は少ない。ベラスケスはなくお目にかかったのはエル・グレコ、リベラ、ゴヤ(1746~1828)だけ。ゴヤは2点みたが、一度みたら忘れられないのが画面いっぱいに盲人を描いた‘パケーテ親爺’。黒い絵に近くゴヤがフランスへ亡命する前に仕上げたもの。

ドイツロマン派のフリードリヒ(1774~1840)はイギリスのターナー(1775~1851)やコンスタブル(1776~1837)とほぼ同じ時代を生きた画家。3人とも風景画を得意としたが、フリードリヒの描く風景はどこか宗教的でロマン派特有の崇高さにつつまれている。この画家の回顧展に遭遇することを密かに願っているが、今のところその気配はない。

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2018.07.15

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その三

Img     カラヴァッジョの‘アレクサンドリアの聖カタリナ’(1598年)

Img_0001     ルーベンスの‘ヴィーナスとキューピッド’(1611年)

Img_0002     レンブラントの‘自画像’(1643年)

Img_0003     ジョルダーノの‘ソロモンの裁判’(1665年)

カラヴァッジョ(1571~1610)の作品を全点コンプリートしようと意気込んでいコアなファンにとってマドリードは訪問が欠かせない街かもしれない。ここに3点ある。先般紹介したプラドの絵、そしてティッセン・ボルネミッサにある‘アレクサンドリアの聖カタリナ’、そして王宮が所蔵する‘サロメ’。

まだ縁がない‘サロメ’の展示情報がしっかり押さえられてないのに対し、‘聖カタリナ’は二度もみてしまった。この絵が飾られている部屋では皆食い入るようにみている。やはり、カラヴァッジョは人気があり明暗のコントラストを強くきかせた画風は多くの人の心をとらえている。

ルーベンス(1577~1640) にはティツィアーノの作品を模したものがいくつかあるが、‘ヴィーナスとキューピッド’もそのひとつ、模写といってもワシントンのナショナルギャラリーにある本画と遜色のない仕上がりなのでルーベンスの作品として存分に楽しめる。ヴィーナスの白い肌を浮き上がらせる衣装の濃い赤が目に焼きつく、

生涯を通して数多く描かれたレンブラント(1606~1669)の自画像、世界中の美術館におさまっている一点々にはそれぞれレンブラントの内面が色濃くでており、圧倒的な存在感がある。この自画像は帽子をかぶり二本の金鎖をつけており、37歳くらいのレンブラント。ヨーロッパやアメリカの人はだいたい実年齢より歳をとっているイメージだが、この顔は30代にはみえない。

ナポリ生まれのジョルダーノ(1634~1705)はこの街で活躍したカラヴァッジェスキのリベラから刺激を受けており、その強い写実主義はこの大作でいかんなく発揮されている。ソロモンの裁判のハイライトを動きのある人物配置と明暗のコントラストでみせる表現力はこの画家が高い画力をそなえていたことを如実に示している。

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2018.07.14

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その二

Img     デューラーの‘博士たちの中のキリスト’(1506年)

Img_0001     ホルバインの‘ヘンリー8世’(1537年)

Img_0003     エル・グレコの‘受胎告知’(1576年)

Img_0002     カナレットの‘ヴェネツィアのサンマルコ広場’(1724年)

ドイツルネサンスのど真ん中にいたデューラー(1471~1528)はヴェネツィアへ行きイタリアで才能を輝かせていたダ・ヴィンチやヴェネツィア派の大親方ベリーニから多くのことを学んだ。天才は天才を知るといわれる通り、デューラーは先達たちの画法を貪欲に吸収し、独自の画風を生み出していく。

‘博士たちの中のキリスト’に登場する博士たちの表情にはダ・ヴィンチから刺激を受けた性格描写がみられ、また女性のような顔だちをした12歳のキリストにはどこかベリーニが描く静かな聖母の雰囲気を感じてしまう。こういう作品をみると絵画の歴史というのは画法の受け渡しによって新しいものが生まれてくることがよくわかる。

フランドル絵画やドイツのデューラーやホルバイン(1497~1543)が心を惹きつけてやまないのは対象の描写がおどろくほど精緻だから。人物であれば髪や肌のリアルな再現、そして金属や衣装の生地などの質感をそのまま感じさせる筆使いはまさに神業的。

ホルバインの‘ヘンリー8世’はじつは縦28cm、横20cmの小さな肖像画。だから、ホルバインに関心がないと見逃してしまう。でも、ホルバインの肖像画に心酔していると画面の大きさは気にならない。顔を画面に目いっぱい接近させると国王の豪華な衣裳が目に焼きつく。半端ではない特技をホルバインは持っていたからこそ、このアクの強い国宝の宮廷画家がつとめられた。

スペインのトレドへやって来る前ヴェネツィアでティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼから色彩表現を学んでいたエル・グレコ(1541~1614)、‘受胎告知’はイタリア時代に描かれたもの。床の奥にのびるモザイク模様は明らかにティントレットの影響。

イタリア観光でフィレンツとともに人気のあるヴェネツィア、この街でいつも大勢の人で賑わっているのがサン・マルコ広場、カナレット(1697~1768)はじつに見事な風景画を残した。ヴェネツィアは2010年に足を運んで以来、ご無沙汰している。旅先の優先順位に変化がなければ、数年後にはビバ!イタリアモードになりそうだが、果たして。

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2018.07.13

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その一

Img_0001

Img_2     ギルランダイオ‘トルナブオーニの肖像’(1448~1494)

Img_0002    ファン・エイクの‘受胎告知’(1437年)

Img_0004     クリストゥスの‘枯れ木の聖母’(1450年頃)

Img_0003     カルパッチョの‘風景の中の若い騎士’(1510年)

日本の美術館で行われる展覧会のひとつに海外の美術館が所蔵する作品をごそっともってくる美術館名品展がある。定番のように開かれるのがルーヴル、オルセー、プラド、ボストン、エルミタージュ、プーシキンといった世界的に名の知られたブランド美術館。

何度も開催されるこうした美術館がある一方で、何十年に一度そのコレクションが披露されることもある。プラドのすぐ近くにあるティッセン・ボルネミッサ美はまだ作品がスイスの私設美術館にあったころ自慢の絵がやって来たようだ。そのとき(随分前だが)、ダリの有名な魚の口から虎が飛び出してくるシュール画が出品されたらしい。それ以降は2度目の公開には至っていない。

7年前この美術館に足を踏み入れたときは一番のお目当てはダリの絵とカラヴァッジョの‘アレクサンドリアの聖カタリナ’だった。目を奪われる作品はこれくらいかと思っていたが、これが大間違い。古典絵画から印象派、近現代アートまで揃っており、こんないい美術館がマドリードにあったの!という感じ。

ルネサンス絵画で目を楽しませてくれたのはギルランダイオ(1448~1494)の‘トルナブオーニの肖像’。目が点になるのが巻き毛の金髪や身につけている黄橙色の衣装の精緻な描写。あまり大きくない肖像画だが、これほど画力がすごいと横向きの女性に釘づけになる。

同様な緻密さで描かれたファン・エイク(1390~1441)の‘受胎告知’は典型的なだまし絵、まるで彫刻をみているよう。近づくと立体の大天使や聖母マリアの造形ではなく、二次元の画面に描かれた人物画。小品だが、あのファン・エイクを今みているのだ、と夢中になってしまう。

ファン・エイクの技法の継承者のひとりがクリストゥス(1410~1475)、‘枯れ木の聖母’は似たような絵はほかにお目にかかったことがない異色の聖母子像、潅木の輪のなかに聖母子がおり木の枝から垂れ下がる15個のaの文字は‘アヴェ・マリア’の頭文字。

フランドル絵画から大きな影響を受けたヴェネツィア派、その一人カルパッチョ(1460~1526)のとてもいい絵がある。縦2.18m、横1.51mの大作‘風景の中の若い騎士’。アカデミア美でカルパッチョに開眼したので、この絵にも敏感に反応する。

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2018.07.12

美術館に乾杯! プラド美 その十四

Img  ラ・トゥールの‘ハーディガーディを弾く盲人’(1610~30年)

Img_0003     ブーエの‘敗北した時’(1624年)

Img_0002     レンブラントの‘アルテミシア’(1634年)

Img_0001     ティエポロの‘アブラハムのもとに現れた天使たち’(1770年)

美術館へでかけて大きな満足を感じるのは好きな画家の絵が飾ってあるとき。嬉しいことにプラドでは思い入れの強いカラヴァッジョ(1571~1610)とラ・トゥール(1593~1652)に出会える。この二人を楽しめる美術館は3つしかない。ルーヴル、メトロポリタン、そしてプラド。

プラドが所蔵するラ・トゥールは‘ハーディガーディを弾く盲人’と‘手紙を読む聖ヒエロニムス’の2点。手元にいい作品があると回顧展の開催にも積極的になる。2016年の2月から6月にかけてここで超一級のラ・トゥール展が開催され、世界中から主要作品が集結した。画集で魅了された作品がいっぺんにみれたのだからテンションが上がりっぱなしだった。

シモン・ブーエ(1590~1649)はラ・トゥールとほぼ同時代を生きたフランスの画家。‘敗北した時’は時が流れて歳をとるのが嫌いな‘希望’と‘美’の女神が擬人化された‘時’に勝つという話が描かれている。時を演じるのは髭をはやしたサトゥルヌスで砂時計と鎌をもっている。二人の女神は‘私たちにはいつも希望がありはじける若さがあるのだからね、わかったでしょう、時のおじいちゃん’とかなんとか言ってるのだろうか。

オランダでさっそうと登場した天才レンブラント(1606~1669)の絵は豪華な衣裳と宝石を身につけた女性‘アルテミシア’、黒の背景に生感覚で描かれた人物が浮かび上がると思わず画面に惹きこまれる。こうしたかぎりない美につつまれるというよりは堂々とした姿の女性を描かせたらレンブラントの右に出る者はいない。

18世紀に活躍したヴェネツィア出身の画家、ティエポロ(1699~1770)は晩年にマドリードを訪問し、ここで‘アブラハムのもとに現れた天使たち’を描いた。みどころは天から降りてきた中央の天使の上半身が光をうけて輝いているところ。片方の足を上にあげているのでアブラハムもとに今駆けつけてきたという感じ。この動的描写が幻想的な雰囲気を醸し出している。

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2018.07.11

美術館に乾杯! プラド美 その十三

Img_0003     ルーベンスの‘レルマ公騎馬像’(1603年)

Img_0002     ルーベンスの‘愛の園’(1633~34年)

Img      ヴァン・ダイクの‘茨の冠のキリスト’(1618~20年)

Img_0001  ジョルダーノの‘平和のアレゴリーを描くルーベンス’(1660年)

ヨーロッパの美術館をまわるとどこでもルーベンス(1577~1640)にお目にかかる。だから、慣れてくると忙しいから今回はパスということもおこる。でも、ここのルーベンスは数だけでなく完成度の高いものが揃っているからまたみておこうかという美術館もある。ルーヴル、ロンドンのナショナルギャラリー、ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク、そしてプラド。

プラドのルーベンスとは深い縁がある。2010年ここを訪れたとき運よく所蔵品によるルーベンス展に遭遇し、なんと89点もみることができた。まだ少しは残っているだろうが主要な作品は全部見せますという感じ。大賑わいだった。やはり、ルーベンスはヨーロッパでは絶大な人気がある。

そのなかで長くみていたのが‘レルマ公騎馬像’、この堂々とした肖像はルーベンスがスペインに滞在したとき描いたもの、レルマ公は政治の実質上のトップだった人物。絵を依頼されたルーベンスは人馬がこちらにむかってくるという大胆なポーズで見事に仕上げた。これを後の画家たちが真似たため騎馬像の新しいタイプになった。

ウィーン美術史美にある‘ウエヌスの祭り’同様、画面に釘づけになるのが‘愛の園’。目を見張らされるのは優雅な女性たちや恋を成就させようと熱い思いを告白する男性貴族の身につけている衣装の鮮やかな色彩、赤、青、金色、、ロココの雅宴画より人物たちを密集させて大きい描かれているので気分も華やぐ。

ヴァン・ダイク(1599~1641)というとかなり脚色して王や貴族の見栄えのする肖像を描いたイメージだが、‘茨の冠のキリスト’は宗教画の傑作。ぱっとみると師であるルーベンスよりカラヴァッジョの描き方のほうを連想する。カラヴァッジョがこれをみたら裸足で逃げるかもしれない。

ナポリ生まれのジョルダーノ(1634~1705)はロンドンのナショナルギャラリーにある‘フィネウスとその一味を石に変えるペルセウス’をみて開眼した。こういう画家の見方を一変させる絵に出会うとそれ以降作品への反応が変わる。プラドにも思わず足がとまる‘平和のアレゴリーを描くルーベンス’がある。

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2018.07.10

美術館に乾杯! プラド美 その十二

Img     デューラーの‘自画像’(1498年)

Img_0001     クラナハの‘聖母子と聖ヨハネと天使’(1536年)

Img_0003     プッサンの‘パルナッソス山’(1631~33年)

Img_0002   ロランの‘聖女パウラの乗船とオスティア港風景’(1640年)

フィレンツェからはじまりヨーロッパ全体に広がったルネサンス、ドイツではデューラー(1471~1528)とクラナハ(1472~1553)がその中心にいた。プラドにあるドイツルネサンスの作品は多くはないが、この二人の絵は見逃せない。

26歳のとき描いたデューラーの自画像。どや顔で貴族になりきっているデューラー、その整った容姿はたしかに現代なら確実に人気の映画スターになれる。群を抜く緻密な描写と誰もが振り返るイケメン、天は二物も三物も与える。はじめてみたとき金髪をリアルに実感させる描き方に200%KOされた。

2年前に大きな回顧展を体験したクラナハ、ドイツ人の好みに合わせて変化を加えた聖母子像やチャーミングな女性の肖像をみてこの画家に対する評価が変わった。どこか親しみのある画風は‘聖母子と聖ヨハネと天使’でも同じ。聖ヨハネが幼子イエスに渡すぶどうは死の予兆を表しているが、この可愛い赤ちゃんをみたらそれを忘れてしまう。

プッサン(1594~1665)とロラン(1600~1682)は本籍地フランス、現住所イタリアの画家で活躍の舞台はローマにあった。西洋美はここ数年バロックに照準を合わせているが、今年は秋にルーベンス展(10/16~1/20)が行われる。

グエルチーノ、カラヴァッジョ、ルーベンスとくればどうしてもプッサン展を期待したくなる。ハードルはとても高いが挑戦してもらいたい。プラドにはプッサンが8点あるが、最も見ごたえがあるのが‘パルナッソス山’、同じ画題をラファエロが描いているが、この絵もすばらしい。

ロランはルーヴルやロンドンのナショナルギャラリーで数多く楽しめるが、プラドも10点所蔵している。歴史や宗教の話を雄大な風景を背景にして描くのがロランがはじめた新機軸の風景画。縦長の画面に描かれているのは聖女パウラの物語。ほかに同じサイズの絵が3点ある。

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2018.07.09

美術館に乾杯! プラド美 その十一

Img_0003     ボスの‘快楽の園’(1503年頃)

Img_0004     ボスの‘干し草車’(1510~15年)

Img     ブリューゲルの‘死の勝利’(1562年頃)

Img_0005   ブリューゲルの‘聖マルティンのワイン祭り’(1560年代中期)

Img_0001       中央上のワイン樽に群がる人々

プラドのお宝中のお宝はどれか、ここを複数回訪問した方ならたぶん同じ絵を口にすると思う。ベラスケスの‘ラス・メニーナス’、ゴヤの‘裸のマハ・着衣のマハ’、そしてボスの‘快楽の園’。

ここ2年、幸運なめぐりあわせでボス(1450~1516)とブリューゲル(1525~1569)との相性がすこぶるいい。2016年5月31日から9月25日までプラドで開催されたボスの大回顧展(60万人をこえる来館者、プラド美の新記録)をみることができ、昨年はロッテルダムのボイマンス美にあるブリューゲルの‘バベルの塔’がやって来てくれた。この二人の絵をコンプリートすることを夢見ているので天にも昇る気分だった。

ボス展で多くの作品にお目にかかれたが、プラドで人気の‘快楽の園’が最高傑作であることを再認識した。16世紀のはじめにこんな怪奇でグロテスクな世界と明るくて甘い香りのする楽園が一緒に描かれた絵画が存在していたとは。

‘快楽の園’も‘干し草車’も世の中を風刺したり警鐘を鳴らす寓意画、人間がいだく欲望や求める快楽はどこまでも膨らんでいくが、その果てに落とし穴があり地獄が待っている。快楽と地獄は表裏一体、これを胸に刻み‘メメントモリ(死を忘れるな)!’今を生きるわれわれにだってこの教えはあてはまる。

5点あるボスに対してブリューゲルは2点、昔からある怖い絵‘死の勝利’と2010年にプラドが発見した‘聖マルティンとワイン祭り’。どちらもボスの強い影響がみられる絵でブリューゲルはボスの弟分のような関係にある。作品の数が少ないボスとブリューゲルを同じ部屋で7点もみられるのだからテンションはぐんとあがる。

西洋美術が好きな人には口ぐせのように‘プラドへ行ってボスとブリューゲルをみたら絵画のイメージが変わるよ、ダ・ヴィンチやラファエロがぶっ飛ぶから!’と言っている。

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2018.07.08

美術館に乾杯! プラド美 その十

Img_0004     カラヴァッジョの‘ゴリアテを負かしたダヴィデ’(1600年)

Img     カラッチの‘ヴィーナス、アドニスとキューピッド’(1590年)

Img_0001     レーニの‘アタランテとヒッポメネス’(1612年)

Img_0002     グエルチーノの‘スザンナと長老たち’(1617年)

思い入れが強く一生つきあっていこうと決めている画家だと世界のどの美術館が作品を所蔵しているかはおおよそ頭のなかに入っている。ぞっこん惚れているカラヴァッジョ(1571~1610)の場合、スペインのマドリードに3点ある。

プラドに飾ってあるのが‘ゴリアテを負かしたダヴィデ’、キリストやギリシャ神話などを題材にした宗教画はカラヴァッジョあたりから登場する人物はぐっと身近に感じられるようになり、舞台で演じられる芝居の一場面をみているような感じになってくる。だから、緊張感を強いられたり圧倒されてしまう宗教画をみているというより風俗画をみているのと同じ。

こうして宗教臭さが抜けてくると絵画との距離が一気に縮まり、描かれている出来事の瞬間や人物の内面性に感情移入することも多くなる。そして画家の描き方にも明暗のコントラストを強調したり事件のハイライトを劇的な構図でとらえるといった変化が生まれ、表出する感情をリアルに表現した生々しい人物描写や動きのある画面構成が見る者の心をつかんでいく。

ここにはカラヴァッジョだけでなく、ルネサンス絵画やマニエリスムとは違う新しい絵画に挑戦したアン二―バレ・カラッチ(1560~1607)やレーニ(1575~1642)、グエルチーノ(1591~1666)のとてもいい絵が揃っている。とくに魅せられているのがカラヴァッジョもその実力を高く評価していたカラッチの絵。これまでみたカラッチは多くはないが、そのなかではこれに最も惹かれている。アドニスとヴィーナスが対面する瞬間の構図がじつにいい。

レーニの大作‘アタランテとヒッポメネス’は一度みたら忘れられないほどのインパクトをもっている。ナポリのカポディモンテ美にあるサイズの小さい別ヴァージョンが日本で公開されたが、プラドでは大きな画面なので立ち尽くしてみていた。

西洋美が回顧展を開催してくれたので親近感がぐっと増したグエルチーノ。カラヴァッジョの描き方に影響を受けた‘スザンナと長老たち’にはどうしても体が寄っていく。これが回顧展に出品されたらよかったが、ものごとそううまくはいかない。いい作品にはOKを出したがらないのが美術館の性。

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2018.07.07

美術館に乾杯! プラド美 その九 

Img     ベリーニの‘二人の聖女にかこまれた聖母子’(1490年)

Img_0001     ティツィアーノの‘ダナエと黄金の雨’(1553年)

Img_0002    ティントレットの‘使徒の足を洗うキリスト’(部分 1547年)

Img_0003     ヴェロネーゼの‘ヴィーナスとアドニス’(1580年)

ヴェネツィアへ団体ツアーで行くとヴェネツィア派の殿堂、アカデミア美の入館は行程には含まれてない。そのため美術好きは自由時間のときここを目指しベリーニ(1431~1516)やティツイアーノ(1489~1576)らの名画を目に焼きつける。ヴェネツィア以外の都市でヴェネツィア派が揃っているのはずばりルーヴルとプラド。

ルーヴルではあの‘モナリザ’が飾ってある部屋にヴェロネーゼ(1528~1588)の超大作‘カナの婚礼’に遭遇する。でも、観光気分の人は‘モナリザ’に頭は占領されているためこの絵の印象は絵の大きさの割には薄いかもしれない。これと同じことがプラドでもいえる。

ベラスケスの‘ラスメニーナス’の磁力が強すぎてヴェネツィア派までみるエネルギーがたぶん残ってない。でも、ここはトータルでみるとルーヴルを上回っており、本家のヴェネツィアの美術館や聖堂と較べ作品の数が少ないが質的に遜色のないものが多くある。だから、これを見逃すのはもったいない。

お気に入りはここにあげた4点。ジョヴァンニ・ベリー二の‘二人の聖女にかこまれた聖母子’はMy‘ベリーニベスト5’に入れている作品。ラファエロの聖母子ほど理想化されてなくちっとおとなしすぎる感じだが、この生感覚の静けさがとても心地いい。

たくさんあるティツィアーノはどれを選ぶかで苦労する。日本にもかなりの数がやって来たが、この‘ダナエと黄金の雨’はまだ貸し出しOKにしてくれない。裸体の輝きとあっと驚くゼウスの変身術によりこれが一番インパクトが強いかもしれない。

ここには最も好きなティントレット(1518~1594)がある。横長の大きな画面が気を惹く‘使徒の足を洗うキリスト’、これは遠近法という技法のもっている効果をあらためて実感させてくれる。左の後ろに消失点をとり奥行きをつくる極端な対角線構図が真にすばらしい。プラドを訪問するたびに感服させられている。

ヴェロネーゼの絵でぐっとくるのはじつはアカデミア美にはなくプラドの‘ヴィーナスとアドニス’がそのなかに入っている。この絵と似た感じですごく魅了されるのがフリックコレクションの‘愛と力’とメトロポリタンの‘愛によって結ばれたマルスとヴィーナス’。そして、数多く揃えているロンドンのナショナルギャラリーのヴェロネーゼも目を楽しませてくれる。

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2018.07.06

美術館に乾杯! プラド美 その八

Img     ウェイデンの‘十字架降下’(1435年)

Img_0002     マセイスの‘エクセ・ホモ(この人を見よ)’(1515年)

Img_0001     コレッジョの‘我に触れるな’(1525年)

Img_0003     パルミジャニーノの‘天使のいる聖家族’(1524年)

絵画や彫刻など西洋の美術との縁が深まると作品そのものの魅力に心を奪われるだけfでなく、宗教画の鑑賞によりをキリストの物語やギリシャ神話の話が立体的な情報として蓄積されていく。お陰でキリスト教徒ではないのに聖書を全部読んだ気になっている。

北方絵画の大画家、ウェイデン(1399~1464)に真に開眼したのはプラドで‘十字架降下’をみたから。これがウェイデンの最高傑作、視線が集中するのは真ん中のキリストではなく、悲しみのあまり気絶した聖母マリアのリアルな描写。母にとってわが子の死ほど辛いことはない。この十字架降下が一番気が重くなる。

‘この人を見よ’はよく描かれる題材、ここではギョッとするほどグロテスクに描かれたユダヤ人や兵士の顔が目に焼きつく。こういう絵をみると宗教上の争いというのは冷酷で狂気じみていることがよくわかる。キリストのなんとも弱々しいこと。

イタリアへは毎年でも出かけるとのが夢であるが、もしそうなったとき行ってみたい街がいっぱいある。そのひとつがパルマ。お目当てはパルマ大聖堂、ここにコレッジョ(1489~1530)が描いたすばらしい天井画があるそうだ。

この天井画の存在をTVの美術番組で知ってから、コレッジョの絵に対する関心が一層増した。プラドにも‘我に触れるな’を描いたとてもいい絵がある。座ったマグダラのマリアと復活したキリストを対角線でむすぶ構図が緊迫した瞬間を演出し、見る者を絵のなかに惹きこむ。

とかく敬遠されがちなマニエリスム、でも同じ年に生まれたパルミジャニーノ(1503~1540)とブロンズィーノ(1503~1572)は別格扱いにして熱心に追っかけている。そのため‘天使のいる聖家族’の主役になっているマリアのつるっとした顔や異様に長い手にもそう違和感を感じない。

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2018.07.05

美術館に乾杯! プラド美 その七

Img     フラ・アンジェリコの‘受胎告知’(1425~28年)

Img_0001 ボッティチェリの‘ナスタジオ・デリ・オネスティの物語’(1483年)

Img_0004     ラファエロの‘魚の聖母’(1513~14年)

Img_0003     メッシーナの‘天使に支えられて死せるキリスト’(1476年)

プラドでベラスケスやゴヤなどのスペイン絵画をたっぷりみると、美術への興味が普通程度の観光客はだいだい満腹になり、あとは集合時間まで広い館内を適当に休みをとりながらみてまわる。

ルネサンスを中心とする古典絵画のところへ行くとダ・ヴィンチはないが見どころの多い作品が目白押し。そのなかで最も心を奪われるのがフラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘受胎告知’、フィレンツェにある‘受胎告知’もすばらしいが、これも傑作。画面全体が明るく大天使の羽や赤い衣装の緻密な描写が見事!

ボッティチェリ(1445~1510)の‘ナスタジオ・デリ・オネスティの物語’も強く印象に残る作品。全部で4点で構成されているが、プラドに3点ある。こういう絵は話の内容を知ってないと興味がわかない。主人公のナスタジオ(左の赤いズボンをはいている男性)はひとりの女性に恋するのだが、なかなかいい返事がもらえない。

そこで一計を案じ、男に冷たくすると騎士にずっと追いかけれ犬に噛まれるこの裸の女のようなことになるよと芝居を打つ。そうすると女性はすぐ考えを変え、結婚に同意した。こんな怖い場面をみせられたら、男に気にくわないところは多々あってもOKを出さざるをえない。

ラファエロ(1483~1520)は予想以上に多く5点もある。お気に入りは大作の‘大天使ラファエル、トビアスと聖ヒエロニムスのいる聖家族(魚の聖母)’と‘枢機卿’。ダ・ヴィンチがない分をラファエロがカバーしている感じ。

2年前プラドへ出かけたとき、長くみていたのがメッシーナ(1430~1479)の‘天使に支えられて死せるキリスト’、顔の大きなキリストの後ろで眉毛を八の字にして悲しんでいる天使の表情がなんとも切ない。この天使をみるたびにお父さんやお母さんを小さい頃亡くした人のことを思う。

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2018.07.02

出光美の‘歌仙と古筆’!

Img_0001 ‘佐竹本三十六歌仙絵 柿本人磨’(重文 鎌倉時代 出光美)

Img     ‘佐竹本三十六歌仙絵 山邊赤人’(鎌倉時代)

Img_0003     俵屋宗達の‘歌仙図色紙 大伴家持’(17世紀 出光美)

Img_0004     鈴木其一の‘三十六歌仙図屏風’(部分 1835年)

出光美で行われている‘歌仙と古筆’(6/16~7/22)をみてきた。この展覧会は2006年の‘歌仙の饗宴’を楽しんだのでパスのつもりだったが、みどりがめさんから‘佐竹本’の‘山邊赤人’(個人蔵)が出品されている(7/1まで)ことを教えてもらい30日(土)急遽でかけた。

‘佐竹本三十六歌仙絵’の37点を命があるまで一点でも多くみたいと強く願っている。だが、これまでお目にかかったのはまだ17点。だから、未見の‘山邊赤人’がでているならなんとしてもという気になる。左を向いて座っているいる歌聖の‘柿本人磨’が右に、右向きの‘山邊赤人’が左とペアで展示。よく似た図柄でともに硯箱が描かれている。どうみても2人は別格扱い。

展示の最初にお目当ての作品がでてきたのであとは見覚えのある歌仙図や屏風をさらっとみた。そのなかで足がとまったのが俵屋宗達の‘歌仙図色紙 大伴家持’と2年前の回顧展にでてきた鈴木其一(1796~1858)の‘三十六歌仙図屏風’。

今年が‘人磨影供’がはじまって900年にあたる年というのは展示の内容を企画する学芸員しか思いつかないことだと思うが、2006年にでた‘柿本人磨像’とはちがう絵師が描いたものがでていた。狩野永納、土佐光起、住吉広行、そして出光美定番の岩佐又兵衛。

久しぶりに出光美を訪問したが、やはりこの美術館は根津美同様、ブランド美術館。なかなかみれない作品をもってきてくれるのは本当にありがたい。

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2018.07.01

2018年後半展覧会プレビュー!

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いつものように今年後半出かける可能性の高い展覧会をまとめてみた。
★西洋美術
 モネ展           7/14~9/24     横浜美
 藤田嗣治展         7/31~10/8     東京都美
 ボナール展         9/26~12/7     国立新美
 デュシャンと日本美術    10/2~12/9     東博
 
 フェルメール展       10/5~2/3      上野の森美
 ルーベンス展        10/16~1/20    西洋美
 フィリップスコレクション  10/17~2/11    三菱一号館美
 ムンク展          10/27~1/20    東京都美

★日本美術
 琉球展           7/18~9/2      サントリー美
 醍醐寺展          9/19~11/11    サントリー美
 快慶・定慶展        10/2~12/9     東博
 
 新・桃山の茶陶       10/20~12/16   根津美
 東西数寄者の審美眼     10/20~12/9    五島美
 東山魁夷展         10/24~12/3    国立新美 

(注目の展覧会)
5月オスロ国立美でムンクの‘叫び’に会い、わが家はムンクで盛り上がっている。秋に東京都美にやって来る‘叫び’はムンク美が所蔵するもの。このヴァージョンは美術館では常時展示されていないのでいいめぐり合わせ。今年はこのムンク展をあちこちでPRしている。

上野の森美の‘フェルメール展’には大勢の人が押し寄せそう。今回は時間指定制を導入するらしいが、そろそろ予約がはじまるのだろうか。

日本美術のほうはサントリーの‘琉球展’に念願の龍が描かれた紅型(国宝)が登場する(7/18~7/30の限定展示)。とても楽しみ。

五島美で行われる‘東西好数寄者の審美眼’は関西の逸翁美のコレクションが公開される。このなかに長澤芦雪に犬の絵が入っている。ずっと追っかけていたがようやく会えそう。

    
 


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