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2018.06.11

オスロ国立美(4)

Img_0003     クールベの‘恐怖におののく男’(1845年)

Img_0002     コローの‘テルミの小滝’(1826年)

Img     モネの‘ノルウェーのコルサ―ス山’(1895年)

Img_0001    オラツィオ・ジェンティレスキの‘ユディットと待女’(1608年)

クールベ(1819~1877)の‘恐怖におののく男’(未完 1843~45年)はコペンハーゲンでみた‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’同様、グランパレの回顧展のとき展示替えでみれなかった作品。リカバリーがうまくいくかちょっと緊張した。展示の場所を聞くと、‘どこかへ貸し出されるためもう包装されてここにはない!’そ、そんな、ガッカリしたが気を取り直して印象派のところへ急いだ。

ところが、そのあと部屋を進んでいたら、なんとこの絵が現れた。‘ここにあるじゃない!不確かな情報は流さないでよ’という感じ。監視員もローテーションするので勘違いしたのだろう。この男のパニックった表情を図版で何回もみてきたが、ようやく本物と対面した。今回クールベの追っかけは2戦2勝、機嫌はすこぶるいい。

コロー(1796~1875)は日本で立派な回顧展に遭遇したので、画家との距離がぐっと縮まった。そのため、海外の美術館をまわるときは見逃さないようにしている。小品の‘テルミの小滝’は思わず足がとまった。コローの風景画には湖や川がよくでてくるが、多くは静謐そのもので水面はとても滑らか。そのイメージがあるため、この激しい水流には200%圧倒された。

4点あるモネ(1840~1926)では手持ちの画集に載っている‘雨のエトルタ’(1886年)もいいが、前日ノルウェーの雪や氷河が残る山々を目に焼きつけたので‘コルサ―ス山’のほうに体が寄っていく。モネは1895年1月末、義理の息子ジャック・オシュデがいるノルウェーに旅だち100日間滞在した。

このコルサース山はオスロから45㎞離れたビュルネガードの宿屋で描いたもの。ノルウェー滞在中に20数点の作品を仕上げたがその半分の13点がコルサ―ス山。モネは日本の浮世絵が好きだったので富士山のように描いている。

ノルウェーにはフランスびいきのエリートたちがおり、オスロ国立美は1890年に‘雨のエトルタ’を購入し、フランスの国外でははじめてモネの絵を買った公共機関となった。こういう話を聞くとここにフランス絵画の傑作が多くあることが腹にすとんと落ちる。

最後になった古典画のなかに想定外の絵があった。カラヴァッジェスキのオラツィオ・ジェンティレスキ(1563~1639)の‘ユディットと待女’、ユディットが敵将ホロフェルネスの首を刎ねるというショッキングなモチーフは多くの画家たちによって描かれてきたが、最も魅了されるのが娘のアルテミジア・ジェンティレスキ(1593~1652)が描いたぞくっとするほど怖い絵。同じ画題を父親のオラツイオも描いていたとは!大きな収穫だった。

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