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2018.05.31

コペンハーゲン国立美(1)

Img      コペンハーゲン国立美

Img_0001     マティスの‘緑のすじのある肖像’(1905年)

Img_0002     マティスの‘白いスカーフの裸婦’(1909年)

Img_0004     マティスの‘緑のブラウス’(1936年)

Img_0005     マティスの‘バイオリンのある室内’(1918年)

コペンハーゲンで観光客が訪れる定番のスポットはだいたい4㎞四方のところにあるので歩いて移動しても苦にはならない。最後に訪れた国立美の場所は‘コウノトリの噴水’から北に20分くらいのところ、ローゼンボー宮殿のある広い公園の向こう側だから地図をみながら大きな通りを進んで行くと到着する。

事前の情報によりここはマティス(1869~1954)のコレクションで有名なことがわかっている。マティスに関心がむかったころ画集でお目にかかり度肝を抜かれたのが‘緑のすじのある肖像’。その絵があるコペンハーゲンに今いるのである。嬉しくてたまらない。ミューズに感謝!

描かれたモデルはマティスの妻アメリ―、その顔には額から鼻にかけてなんと緑の太いすじがのびている。なんでまた顔に緑の線を塗るの!?このアクセントとなっている緑のほかに使われている色彩は髪の青とその背景の青緑、そして衣服と後ろの赤のみ。これぞ構成を単純にし色彩の力を強く表現したフォーヴィスムの真骨頂。

マティスの作品は全部で11点でていた。数では圧倒的に多い。画集に載っている作品が続々登場するのでテンションは上がりっぱなし。必見リストには4点載せていたが、これほどあるとは。人物画では自画像もあったが、魅了されるのはあまり官能的でない‘白いスカーフの裸婦’や画面いっぱいに女性が描かれた‘緑のブラウス’。

そして、期待値の高かった‘生きる喜び(コリウールの風景)のための習作’の明るい色彩や‘バイオリンのある室内’にも心を奪われた。この2点も画集で何度もみていたが、本物はまさにマティスの類い稀な色彩感覚が存分に発揮されたすばらしい絵だった。やはり、マティスは天性のカラリスト!

残念だったのはマティス晩年の切り紙絵‘ズルマ’が姿をみせてくれなかったこと。でも、これだけいい絵をみれたのだからもって瞑すべしといったところ。

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2018.05.30

祝 栃ノ心 大関昇進!

Img    大関に昇進した栃ノ心

夏場所で13勝2敗の好成績をあげた関脇栃ノ心(ジョージア出身)が大関に昇進した。拍手々!初場所に初優勝して一気に大相撲のど真ん中にすわった栃ノ心、直近3場所で37勝をあげ見事大関の座を射止めた。

白鵬や稀勢の里が休場しているうちに大相撲は連覇した横綱鶴竜と栃ノ心の二人がヒ引っ張てきた。夏場所も相撲内容からいうと鶴竜より栃ノ心のほうがよく、土俵をもりあげたのは栃ノ心だった。とくにいいのは四つになるのが早く相撲がとても力強いこと。なかでも白鵬を堂々と寄り切った相撲には200%痺れた。本当に強い!

今多くの相撲ファンはすぐにも横綱になると思っているにちがいない。だが、半年前栃ノ心がこんなに強くなるとは予想できなかった。それがあれよあれよという間に相撲界の主役になってしまった。最後の仕切りになると顔と体がゆでタコのように真っ赤になり、怪力を生かして相手をぶん投げ押し出す。その迫真の形相で相撲をとる姿がじつにカッコいい。人気がでるはす。これからも熱く応援していきたい。

さて、相撲は来場所以降、誰を軸に動いていくだろうか。ズバリ、鶴竜と栃ノ心。鶴竜はこれで優勝回数が5回になった。長く休んで体の手入れをしたのが良かったのか、体がよく動き危ない場面はあっても粘り強い相撲がとれている。だから、この調子を維持すればあと5回ぐらいは賜杯を抱くことはできる。

7場所連続で休場している稀勢の里も鶴竜のように復活してもらいたいが、どうだろうか。名古屋場所でずっと出場して10、11勝くらいあげると強い稀勢の里に戻れると思うが、とにかく体が激しく動けるようなるまで鍛錬を積むことが大事。あれこれ考えないで、無心に相撲をとる。それしかない、頑張れ稀勢の里! 皆、復活を信じているのだから。

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2018.05.29

トーヴァルセン美術館

Img_0001    運河沿いに建つトーヴァルセン美

Img_0003     ‘金羊毛をもつイアソン’(1803~28年)

Img     ‘ガニュメデスと鷲’(19世紀)

Img_0004     ‘三美神とキューピッド’(19世紀)

Img_0002     ‘キリスト像’(19世紀)

北欧には偉大な彫刻家が2人いる。コペンハーゲン生まれのトーヴァルセン(1770~1844)とオスロの公園に作品がどどっと飾られているノルウェーのヴィーゲラン(1869~1943)。

まずお目にかかったのがトーヴァルセン。この新古典主義の彫刻家については美術の本で作品を数点みただけで本物はまだ縁がない。そのため、コペンハーゲンの美術館めぐりではニュー・カールスベア美と国立美を最優先にし、時間があればトーヴァルセン美に寄るという作戦だった。

幸いなことに自由時間が5時間くらいあったのでここにも足を運ぶことができた。美術館は‘コウノトリの噴水’とニュー・カールスベア美の中間あたりにあり、運河沿いに建っている。その隣がクリスチャンボー宮殿。入館料は70デンマーククローネ(約1400円)。

トーヴァルセンは26歳のときローマに行き、古代ギリシャ、ローマの彫刻を学びイタリアのカノーヴァ(1757~1822)とともに新古典主義の彫刻家としてヨーロッパ中でおおいにもてはやされた。ローマの滞在は長く1838年、68歳のときコペンハーゲンに帰国した。

この美術館にはトーヴァルセンの作品がほとんどあり、回廊の壁や展示室に数多く飾られている。圧倒されるほど大きな人物像を息をのんでみていたが、一番のお目当ては画集でみた最高傑作‘金羊毛をもつイアソン’だから場所を聞いてそこに突進した。

ギリシャ神話の英雄物語はしっかり頭に入っているので、イアソンが危険をおかしてやっと手に入れた黄金の羊毛に目が釘付けになる。トーヴァルセンが20年以上を費やして完成させたこのイアソン像、これは一生の思い出。

‘ガニュメデスと鷲’にも魅了される。最高神デウスは美女だけでなく、美少年も大好き。狙いをつけたのはトロイアの若い羊飼い、鷲に姿を変えてかっさらい天上で神酒の酌をさせている。イアソンとガニュメデスは画集でよくみていたが、本物に遭遇するとは思ってもいなかった。コペンハーゲンに乾杯!

ほかではなんとも優雅な姿をした‘三美神’や威厳の漂う‘キリスト像’などに心が揺すぶられた。彫刻好きの隣の方も満足した様子。満ち足りた気分で退館し、最後の国立美へ向かった。

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2018.05.28

ニュー・カールスベア美(4)

Img     セザンヌの‘りんごのある静物’(1879~82年)

Img_0001    ゴッホの‘タンギー爺さんの肖像’(1887年)

Img_0003     ロートレックの‘画家シュザンヌ・ヴァラドンの肖像’(19世紀)

Img_0002     ピカソの‘スペイン女性’(1901年)

いい絵をみて画家への思い込みが強くなり、次のターゲットとなる絵にむかう鑑賞のエネルギーが蓄積されていく。こんな幸運な体験がときどき続くことがある。今年はセザンヌ(1839~1906)の当たり年。そのはじまりは2月、国立新美の‘至上の印象派展 ビュールレコレクション’に出品された‘赤いチョッキの少年’。長年の夢がようやく叶った。

今、東京都美で行われているプーシキン美展にやって来ている‘サント・ヴィクトワール山’も楽しみな一枚だが、これは来月の楽しみにしている。さて、今回の北欧での美術館めぐり、嬉しいことにいいセザンヌが用意されていた。この美術館とオスロ国立美に飾ってあったすばらしい静物画。

オスロにあるのは一度日本でみたので知っていたが、カールスベアのりんごはまったくの想定外。こんな足のとまるセザンヌを所蔵しているのだから、流石というほかない。もう一点は‘水浴する女たち’、なんだかオルセーにいるような気分だった。

手にもっている必見リストに載っているゴッホは‘タンギー爺さん’と‘サン・ポール療養院の後ろの山の風景’だったが、でていたのは‘タンギー爺さん’のほう。サンレミの風景に期待していたが、どこかへ貸し出し中だったのだろう、残念!ゴッホの人気はどこの国でも高いのでコレクターは競って集める。タンギー爺さんがひょいと現れるのがこの美術館のコレクションのすごいところ。

2点あったロートレック(1864~1901)で長くみていたのが画家のシュザンヌ・ヴァラドンを描いたもの。ルノワールのモデルをつとめたこともあるヴァラドンはユトリロの母としても知られているが、ロートレックやドガに促されて本格的に絵を描くようになる。ロートレックはそんな画家となったヴァラドンの肖像を描いていた!

近現代絵画は数が少なく強い印象をうける作品はあまりなかったが、ピカソ(1881~1973)の‘スペイン女性’にはぐっと吸い込まれた。これはピカソが20歳のときの作品、マドリードのソフィア王立センターに同じ年に描かれたこれと似た感じの女性の絵があるのですぐ魅了された。

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2018.05.27

ニュー・カールスベア美(3)

Img     クールベの‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’(1865年)

Img_0001     クールベの‘野ブタのいる雪景色’(1867年)

Img_0003     マネの‘アブサンを飲む男’(1859年)

Img_0002     マネの‘マクシミリアン皇帝の処刑’(1867年)

ゴーギャンの‘花をもつ女’とともにニュー・カールスベア美で対面を楽しみにしていたのがクールベ(1819~1877)の‘窓辺にいる3人のイギリスの少女’。

画家との距離が一気に縮まるのが回顧展との出会い。2008年パリを旅行したとき運よくグラン・パレで大クールベ展に遭遇した。入館までの待ち時間が2時間にもなるほどの人気でクールベの主要作品がたくさん集結していた。見終わったあと分厚いフランス語版の図録を購入したが、そこに会場ではでくわさなかったいい絵が何点か載っていた。

その一枚がこの美術館が所蔵する‘3人の少女’、展示替えでみれなかったのである。その残念な思いをずっと引きずっていたが、ようやくリカバリーの機会がめぐってきた。目が釘づけになるのが真ん中の後ろ向きの女の子の長く垂れた金髪。画面はこのゴールド、窓の外の青、赤い衣服など強い色調が見事に調和して心をとらえて離さない。

クールベは5点あり、回顧展に出品された自画像とリンゴの静物画とも再会した。クールベは鹿狩りや犬など動物画を多く描いているが、野ブタもモチーフにしていた。図版でなく撮った写真を使っているため画質は落ちるが、画面を拡大して雪の積もった山中を突進する野ブタの姿をみていただきたい。これは大きな収穫だった。

マネ((1832~1883)の‘アブサンを飲む男’は美術館の自慢の一枚かもしれない。これはマネの画集に必ず載っている作品であり絵の前には長く鑑賞できるように横長のベンチが置かれていた。マネは女性の肖像画の名手だが、‘エミール・ゾラの肖像’のように男性も大変上手い。縦1.8mもあるため本人が目に前にいるような感じ。

お気に入りの画家はしっかり追っかけ画リストをつくっている。マネの場合、ドイツのマンハイ市美にある‘マクシミリアン皇帝の処刑’が二重丸つき。展示室を移動していると突然この絵?が現れた。図版を何度もみているから、ちょっと混乱した。ええー、この絵がここにあるの!?

マネはこのテーマで3点描いているがいずれも大きな絵、第1作は未完(ボストン美)でロンドンのナショナルギャラリーにあるのは2作目(一部が欠けている)、そしてマンハイムのものが最終版。ここにあるのはサイズの小さい習作。でも、ドイツで見る可能性は低いので目をこらしてみた。

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2018.05.26

ニュー・カールスベア美(2)

Img     ゴーギャンの‘裁縫するシュザンヌ’(1880年)

Img_0001     ゴーギャンの‘カルセル街の雪景色’(1882~83年)

Img_0002     モネの‘風車と小舟’(1871年)

Img_0004     モネの‘ポール・コトンのピラミッド’(1886年)

ニュー・カールスベア美にあるゴーギャン(1848~1903)の絵24点のうち、タヒチに渡ってから描いた作品は5点ほど、大半はそれ以前の作品で占めている。

これまでそのころの作品をみたのは数点にすぎないので鑑賞欲が大いに刺激された。まだ株式仲買人が正業だったころの作品はコローを彷彿とさせるような風景画やロマン派を思わせる荒々しい海洋画もあるが、印象派の影響をうけたものが多く、ゴーギャン独特の平板な画面構成はまだみられない。

‘裁縫するシュザンヌ’は見慣れたタヒチの女性とはちがい印象派の匂いのする女性画、無心に裁縫をする女性の姿はどこかドガの描く女性が頭をよぎる。これも必見リストに入れていたので長くみていた。

‘カルセル街の雪化粧’はなかなかいい絵。カルセル街はパリでゴーギャン一家が住んでいたところ。ゴーギャンは雪の光景を描くのが好きでオルセーにあるセーヌ川の雪の絵はちょっと重たい感じだが、この8年後に描いたこの作品はモネの雪の絵を連想させる明るい雪景色になっている。

この美術館の印象派コレクションはマネからシニャックまでずらっと揃っているが、ゴーギャンについで多いのがモネ(1840~1926)、全部で5点あった。そのうち、2点が手元にあるモネ本に載っていた。また、旅のガイドブックに紹介されていたのはたいそうな金額を投入して手に入れたという‘風車と小舟’、ぱっとみるとゴッホの絵のようなイメージ。

おもわず足がとまったのが‘ポール・コトンのピラミッド’、これはフランス北西部ブルターニュ半島の近くにあるベリール島にモネが滞在したときの作品。島はこの頃ゴーギャンがいたポン=タヴァンから南東に100㎞くらい下ったところに位置している。46歳だったモネは‘ピラミッド’として知られる波に浸食された岩々を6点も描き色彩の変化をとらえた。厳しい岩の表情や揺れ動く波の荒々しい描写が強く印象に残る。

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2018.05.25

ニュー・カールスベア美(1)

Img     ニュー・カールスベア美

Img_0001     ゴーギャンの‘花をもつ女’(1891年)

Img_0004     ゴーギャンの‘悪魔の言葉’(1894年)

Img_0002     ゴーギャンの‘二人の子ども’(1889年)

コペンハーゲンで最も行きたかったのがニュー・カールスベア美。美術本でみたゴーギャン(1848~1903)の‘花をもつ女’が長年心にとまっていたが、ようやく本物をみる機会がやってきた。ストロイエのコウノトリの噴水で一旦解散し自由行動になったのでまずこの美術館に向かった。

美術館があるのはチボリ公園の隣だから、アクセスは簡単。迷うことなく20分歩いて到着。入館料は115デンマーククローネ(約2300円)、海外の美術館はどこでもリュックサックや大きなバックはロッカーに預けなくてはならない。ここのロッカーは日本のように100円玉を入れるのではなく4桁の番号を打ち込む方式。

この美術館の見どころは世界的なビール会社カールスベアの創設者の息子が収集した古代美術品(古代ギリシャや、ローマの彫刻など)とフランス絵画。時間が限られているので彫刻はパスして、新館に飾られているフランス絵画へ急いだ。

3階まである展示室に並んでいた作品は質、数とも予想を大きく上回るすばらしいコレクションだった。群を抜いて多いのがゴーギャン、40点くらいあるらしいが彫刻作品を含めて26点でていた。こんなにあったの!という感じ。
事前に作成した必見リストで二重丸をつけていたのが‘花をもつ女’。ところが、TASCHENの図版で青だった女性の衣服はゴーギャンがよく使った薄紫だった。この絵に会えて天にも昇る気持ち。

隣の方もぞっこん参っていたのが‘悪魔の言葉’、これは色の鮮やかさなどから一番インパクトが強いかもしれない。2010年ロンドンのテートモダンで開催された大ゴーギャン展で出会ったときの感動が甦った。紫のグラデーションを使った色彩表現に200%心を奪われる。

ゴーギャンがポン=タヴァンにいた時期に描いた作品でぐっとくるのが‘二人の子ども’、じつは対面するのは3度目、テートの回顧展で会い、2015年パナソニックの汐留ミュージアムであったゴーギャン展でもこの美術館から出品された4点の目玉作品として登場した。

コペンハーゲンにゴーギャンがこんな多くあるのはゴーギャンが25歳のとき結婚した女性がデンマーク人だったことと関係している。裁判官の娘だったメットはパリで住み込みの家庭教師していたころゴーギャンと知り合い二人は結ばれた。

ゴーギャンが株式仲買人をやめて本格的に画家の道に入っても絵が売れず困窮をきわめ結婚生活はうまくいかなかった。そのためゴーギャンが36歳のときメットは5人の子どもを連れてコペンハーゲンの実家に帰ってしまう。そして、家族と離れたゴーギャンは新しい絵画をもとめてタヒチにのめりこんでいく。

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2018.05.24

コペンハーゲン(2)

Img_0001     アマー広場 コウノトリの噴水    

Img      最高級ホテル ダングレテール    

Img_0003     新オペラハウス

Img_0002     荷車つきの自転車

コペンハーゲンでは自由時間が5時間あったので、旅のガイドブックに載っている地図をみて予定している美術館をどういう風にまわるか一応シミュレーションしておいた。でも、これは紙の上のことで、建物の位置関係をおおよそ頭にいれただけ。

ガイドさんの後についてニューハウンや賑やかな歩行者天国、ストロイエを歩いているうちに徐々に街の大きさ、道路の流れがつかめてきた。ストロイエは予想以上にハイセンスな店が軒を連ねていた。そのなかで銀座4丁目みたいなところが‘アマー広場’で中心に‘コウノトリの噴水’がある。このあたりで皆待ち合わせしている。

左の茶色の壁の古い建物がロイヤルコペンハーゲンのショップ、その隣が銀食器のジョージ・ジェンセン、そしてこの界隈にはフランスやイタリアの有名なブランド店がずらずらっと出店している。だから、パリやロンドンのファッションストリートの一角とそん色ない。

全室がスイートルームという最古の最高級ホテルがダングレテール、ここに宿泊した有名人の名前をガイドさんがしゃべっていたが、セレブの人たちにとっては快適なホテルにちがいない。もとは貴族の宮殿。このホテルの前で蚤の市が開かれており、こういうところで買うのが楽しみな人たちが焼き物や小さな絵などを熱心に物色していた。

アマリエンボー宮殿に寄ったとき、対岸に斬新な形が印象深い建物がみえた。これは2005年に開館した新オペラハウス。デンマーク船舶界の大立者の寄付によってできあがったという。へえー、なんとも太っ腹な話。建物の大きな魅力は長さ32メートルもある張出し屋根。

ガイドさんが興味深いことを教えてくれた。毎年夏になると、この屋根の先から海面にむかって飛び降りるダイビングのコンテストがあり、世界中から若者が集まってくるらしい。格式のあるオペラハウスでこんなイベントをやってしまうのがデンマーク流。ずいぶん頭がやわらかい。

日本ではみられないものがデンマークにあった。それは荷車のついた自転車。オランダでも自転車はたくさんみたが、こういうタイプのものにお目にかかったことはない。われわれの感覚では自転車の前にリアカーのようなものをつけて物を運ぶという発想は出てこない。いろいろ走っていたが、鉢をいっぱい運んでいたり、幼い女の子が乗っているのもみた。

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2018.05.23

北欧は楽し! コペンハーゲン(1)

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Img_0002     定番の観光スポット ‘人魚姫’     

Img_0003      アマリエンボー宮殿の衛兵

Img      大勢の人で賑わうニューハウン

北欧を旅行し念願のフィヨルドやムンクの‘叫び’をみてきました。そして、美術館めぐりも存分に楽しみました。しばらく感想記が続きます。おつきあい下さい。

いつものようにA社の団体ツアーに参加しまわった国はデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの3ヶ国。フィンランドは入ってなかったが、ヘルシンキは以前ロシアへ行ったときトランジットの際足をのばしているので、これで北欧は全部訪問したことになる。

実際に訪れてはじめてわかってくるのが都市の位置関係、緯度的には旅のスタートとなったデンマークの首都コペンハーゲンが一番下にあり、ノルウエーのオスロとスウエーデンのストックホルムはだいたい同じくらいのところ。これまでスカンジナビア半島はぼやっとみていたので、コペンハーゲンの対岸はノルウェーのように思っていたが、それは大間違いでスウェーデンだった。

どこを観光しても、名調子の現地ガイドさんがいる。今回は年季の入ったシニアの女性ガイド。おもしろかったのは‘人魚姫の像’へ行ったとき。このガイドさんは敏感にスリを察知し‘皆さん、スリが3人くらいいますから気をつけて下さいよ!あの男とその後ろにいる男、連携プレーで財布をとっていきますからね、ここにはポーランドからいっぱいスリが来ているのよ、中国人グループは絶対やられるね’と注意を促しがっちりガードしてくれた。

こういうスリの生々しい挙動をみたのははじめて、だから、アンデルセンの‘人魚姫’を写真におさめるにも余計な神経を使ってしまい、ガイドさんが話してくれた人魚姫の物語から想像があまり膨らまなかった。ふつうは人魚の下半身は魚のはずだが、この像はそれとは異なり足はそのままついている。そのため、美術館でよくみる裸体の彫刻と変わらない。

次に向かったのが現在の王室の居城、アマリエンボー宮殿。ちょうどいいタイミングで衛兵の交代にでくわした。衛兵たちは大柄ではなく高校生か大学生の感じ。4つの建物が広場を囲むように並んでいるが、建物の間をタクシーが自由に通り抜けていく。王室は寛大でOKということらしい。

コペンハーゲンの人口は60万人くらいで都市圏まで広げると150万人。この街で最も楽しい気分にさせてくれるのが‘ニューハウン’、ここは昔船着場だったところ。運河沿いに数多くのレストランやカフェが立ち並び、人々はカールスベア・ビールを飲み食事を楽しんでいた。なんだか、雰囲気がアムステルダムに似ている。

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2018.05.09

お知らせ

拙ブログはしばらくお休みします。

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2018.05.08

美術館に乾杯! フォッグ美 その七

Img_0004     ピカソの‘大きな帽子を被った少女’(1901年)

Img_0002     ベックマンの‘俳優たち’(1942年)

Img_0001     ロスコの‘ハーバード大壁画パネル1’(1962年)

Img     ステラの‘ヒラクラⅡ’(1970年)

昨日終了した‘至上の印象派展 ビュールレ・コレクション’にピカソ(1881~1973)のとても気になる絵があった。1917年に描かれた‘イタリアの女’というキュビスム風の人物画だが、ピカソ特有の前衛さかあまり感じられず衣服の赤や緑と黒の組み合わせにより優しさとチャーミングさが際立つ女性になっていた。

ピカソは小さい頃から絵を描く特別な才能をもっていたから、先人たちの作品をみてエッセンスはすぐ吸収する。そのため、形に革命をもたらしたキュビスムをメインに作品を制作していても、ときどき一見ピカソ的でないものがでてくる。これはピカソは表の看板はキュビスムやコラージュにしていたがそれだけに執着ていたわけではないことのあらわれ。

フォッグにある‘大きな帽子を被った少女’はびっくりするほど印象派的でうっかりするとルノワールの絵と間違える。もっというなら、同じスペインの画家、あのベラスケスのマルガリータだって重なってくる。ピカソは偉大な画家たちの絵をよく知っており、その描き方を自分のものにする。とにかくピカソはなんでも描ける。これがスゴイ。

ドイツの表現主義の中心人物、ベックマン(1884~1950)の作品をアメリカでみる機会は意外に多い。‘俳優たち’のような画面に多くの男女がでてくる作品はメトロポリタン、グッゲンハイム、MoMA,にも飾られている。ドイツ系のアメリカ人も多くいるので日本ではほとんど縁のない画家たちが描いた色が濃くて鋭角的なイメージのする作品にも遭遇する。だから、パリやロンドンの美術館よりドイツが近いかもしれない。

大変魅了されているロスコ(1903~1970)とミニマリスムのステラ(1936~)。二人のいい絵がここにもある。ハーバード大の大壁画三連画は川村記念美にあるのと似ている。そして、分度器シリーズを拡張した‘ヒラクラⅡ’のスッキリした色彩の丸い帯にもKOされ続けている。

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2018.05.07

美術館に乾杯! フォッグ美 その六

Img_0003     サージェントの‘朝食のテーブル’(1884年)

Img     ホイッスラーの‘灰色と桃色のハーモニー’(1872~74年)

Img_0001     ホッパーの‘丘の灯台’(1830年)

Img_0002     ホーマーの‘川を下るカヌー’(1897年)

絵画の大きな楽しみは女性の肖像画をみること。ルネサンスから近現代にいたるまで好きな女性の絵はたくさんある。そして、それをみたときの気分の盛り上がり具合はやはり画家によってちがう。肩の力がほわっとぬけるような女性もいるし、心がザワザワさせてくれる妖艶すぎる裸婦も横たわっている。

サージェント((1856~1925)の肖像画の魅力はほぼ等身大で描かれており、大画面に安定感がもたらされているところ。注文の依頼者にとり妻の肖像画を邸宅に飾ると二人の愛の絆は深まるし、来客者にもつい見せたくなる。サージェントは多少脚色してよくみえるように描いたから社交界では人気があった。

サージェントには肖像画のほかに風景画や風俗画もあり、フォッグが所蔵しているのは‘朝食のテーブル’、こういう食事をする場面を描いたものはちょくちょく出会う。カサットも描いているし、モネやカイユボット、ヴァロットンにもある。

ホイッスラー(1883~1913)もサージェント同様、アメリカの美術館には大きな肖像画が飾ってある。作品が群を抜いて多いのがワシントンのフリーア美、メトロポリタン、フリックコレクションにも目を見張らされるのがある。サージェントとくらべるとパトロンなど男性の肖像画もよく描いている。‘灰色と桃色のハーモニー’に登場するモデルはホイッスラーに絵を習っていた女性。

2008年、シカゴ美で運よく回顧展に遭遇して以来、関心が深まったホッパー(1882~1967)とホーマー(1836~1910)、日本の展覧会でみられる機会はほとんどないからミューズの導きに心から感謝している。‘丘の灯台’はホッパーの代名詞的なモチーフ。長くみていた。

ホーマーは水の動きや海面の波の描写がとくべつ上手い。‘川を下るカヌー’は流れの速い川を下っていくカヌーに後ろからカメラマンと一緒に追っかけているような感じ。無事についていけるだろうか。

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2018.05.06

美術館に乾杯! フォッグ美 その五

Img     ブレイクの‘神の怒りから逃れるカイン’(1805年)

Img_0003     ロセッティの‘べアータ・ベアトリックス’(1871年)

Img_0001         バーン=ジョーンズの‘深海’(1887年)

Img_0002        ワッツの‘サー・ガラハッド’(1862年)

日本でウイリアム・ブレイク(1757~1827)の回顧展が開かれないかと長いこと念じているがいまだに実現しない。これに対し、ラファエロ前派についてはロセッティ(1828~1882)やミレイ(1829~1896)、バーン=ジョーンズ(1833~1898)で期待に応えてくれている。

Bunkamuraとかバーンジョーンズ展を行った三菱一号館美がブレイクで動いてくれると楽しみがますのだが。いつものことだが帆は高く掲げておきたい。ブレイクの絵はロンドンのテートブリテンで画集に載っている主要作品と遭遇したが、数が多いのでコンプリートにはまだ時間がかかる。

これを補完してくれているのがフォッグのコレクション、日本では8点が披露された。そのなかで思わず体がフリーズしたのが‘神の怒りから逃れるカイン’、これは水彩と黒インクで描かれたものだがテートには20年くらいあとテンペラで描かれた別ヴァージョンがある。

弟アベルに嫉妬して殺してしまった兄カインが両手で髪をかきむしりながら走り去ろうとする場面、はじめてこれをみたとき200%驚愕した。キリスト教徒ではないが西洋絵画とのつきあいが長いため聖書の物語はいろいろインプットされている。人類最初の殺人は嫉妬という感情のもつれから起きてしまった。

ロセッテイの‘べアート・ベアトリックス’はテートにある油彩の水彩レプリカ、描き方にちがいはあってもどちらも一度みたら忘れられなくなるほど深い絵。自殺した妻リジーの追悼のためにロセッティはダンテの理想の恋人ベアトリーチェにリジーの面影を重ね合わせている。

バーン=ジョーンズの‘深海’は人魚が水底で裸体の男性を抱きかかえている。日本にも鏑木清方の
官能的な雰囲気をたたえる人魚の絵があるが、こちらのほうがより人間くさく水泡の粒粒がリアルに表現されており深海のイメージがする。

ワッツ(1817~1904)というとテートにある‘希望’が思い浮かぶが、これまでみた作品は両手にとどいていない。そのため、フォッグの‘サー・ガラハッド’は記憶によく残っている。縦長のキャンバスいっぱいに騎士、ガラハッドと前足と頭だげの白い馬が描かれている。おもしろいのは馬、こんな形で登場する馬はみたことがない。

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2018.05.05

美術館に乾杯! フォッグ美 その四

Img_0001     モローの‘出現’(1876年)

Img     モローの‘キマイラ’(1867年)

Img_0003     シャヴァンヌの‘祈りを捧げる聖ジュヌヴィエーヴ’(1879年)

Img_0005     シャセリオーの‘アラブの騎兵の戦い’(1855年)

2002年に西洋美で開催されたフォッグ美展でもっとも衝撃を受けたのがモロー(1826~1898)の‘出現’、描かれているのは妖艶なサロメが宙に浮いた洗礼者ヨハネの首をじっとみつめる場面。サロメ物語がこんなショッキングな構図で絵画化されるとは、いやはやモローは本当にスゴイ画家である。

一枚の作品がほかの画家だけでなく詩人や作家にも大きな影響を与えいろんな分野で創作のインスピレーションが広がっていく。これぞ絵画の力。‘出現’はパリのモロー美でみたものだけだと思っていたら、なんとフォッグにもあった。この2点は油彩だが、ルーヴルにはまだ縁のない水彩のバージョンがある。

モローにはギリシャ神話を題材にしたものが多いが、‘キマイラ’はお気に色の入りの一枚。キマイラは怪物、いろんな姿で描かれここでは翼をもつケンタウロスになり崖の上から天空へ舞い上がろうとしている。この怪物に体を官能的にまげる裸体の女性を絡ませるところがモローの審美感覚だろうか。

19世紀パリの公共建築や教会で多くの壁画を描いたシャヴァンヌ(1824~1898)。日本では知名度は低いが、フランスの人なら誰もが知っている国民的な画家。そんあシャバンヌの回顧展が2014年Bunkamuraであった。日本でシャバンヌがまとまってみれるとは思ってもいなかったので、これはひとつの事件だった。

アメリカではワシントンナショナルギャラリー、フィラデルフィア、そしてメトロポリタンでお目にかかったが、、フォッグにも‘祈りを捧げる少女時代の聖ジュヌヴィエーヴ’がある。これはパリのパンテオンの内部の装飾画に一場面を画家自身が切り離してまた描いたレプリカ。こういうのをアメリカのコレクターはしっかり集めているのだから、流石というほかない。

ドラクロアの騎兵画が連想されるシャセリオー(1819~1856)の‘アラブの騎兵の戦い’、フォッグのコレクションと昨年あった回顧展(西洋美)のおかげでシャセリオーが少し身近な存在になった。

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美術館に乾杯! フォッグ美 その三

Img_0002     プッサンの‘エコーとナルキッソスの死’(17世紀)

Img_0001     アングルの‘ラファエロとラ・フォルナリ―ナ’(1814年)

Img     アングルの‘奴隷のいるオダリスク’(1840年)

Img_0003     ドラクロアの‘ギリシャ騎兵に降伏するトルコ人’(1858年)

フォッグ美が所蔵する作品は質の高い印象派だけでなく、ほかにもそれ以前のフランス絵画やイギリスのラファエ前派が充実していることで知られている。

2008年、アメリカの美術館を本格的にまわったときメトロポリタンで幸運なめぐり合わせがあった。それはプッサン(1594~1665)の大回顧展。作品の数は世界中の名だたる美術館や個人から集めてきた39点。‘エコーとナルキッソスの死’も展示されていた。

この年はパリとロンドンにもでかけたのでプッサンの大当たり!おかげでトータル73点もみることができた。これは一生の思い出。プッサンを最も多く所蔵しているのはルーヴルで20点、アメリカの美術館ではフォッグのほかにMET(5点)、ワシントンナショナルギャラリー(4点)、シカゴ(1点)、ボストン(1点)などにある。アメリカにこれだけプッサンがあるのは驚き、METで回顧展を開催できるのも合点がいく。

アングル(1780~1867)の‘ラファエロとラ・フォルナリーナ’と‘奴隷のいるオダリスク’は画集に必ず載っている有名な作品。2点とも2002年、西洋美で行われた‘フォッグ美ウインスロップコレクションン’展に出品された。オリエントの香りたっぷりの‘奴隷のいるオダリスク’に心がザワザワしたのをよく覚えている。

アングルとくればロマン派のドラクロア(1798~1863)がすぐ登場する。アングルの‘静’に対し、ドラクロアの‘動’、お馴染みの荒々しく跳びはねる馬に目が釘づけになる。ワシントンのフィリップスコレクションにも海辺で体を大きくよじらせた馬を描いたものがあるが、こちらは騎兵を乗せてトルコ人を威圧する姿が強く印象に残る。

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2018.05.03

美術館に乾杯! フォッグ美 その二

Img_0001    セザンヌの‘オーヴェールの小さな家’(1873~74年)

Img     マネの‘スケート遊び’(1877年)

Img_0002     ルノワールの‘座る浴女’(1883~84年)

Img_0003     ゴーギャンの‘野生の詩’(1896年)

アメリカの美術館へ出かけたとき、大きな満足が獲られるのが印象派やポスト印象派の作品。だから、パリのオルセーなどで印象派を満喫された方は第二ラウンドでアメリカに方向転換するとさらに充実した印象派の世界が待っていること請け合い。フォッグ美にもいいのが揃っている。

セザンヌ(1839~1906)が1870年代に描いた風景画は師匠のピサロの影響を受けて建物の形を堅固に描写するのが特徴。有名なサント・ヴィクトワール山の連作では浮世絵の構図を真似た描き方やモザイク的な表現が顕著にでてくるが、この‘オーヴェールの小さな家’はその前段階で物の形をしっかりとらえ安定感のある風景画に仕上げている。

近代の女性画でルノワール(1841~1919)同様、心を奪われ続けているマネ(1832~1883)、‘スケート遊び’に登場した女性がみせる明るい表情が忘れられない。マネの描く女性はヴァリエーションが広い、画壇を騒然とさせた‘オランピア’のような裸婦もあれば、こうした愛嬌たっぷりで人懐っこい女性もいる。心酔するベラスケスに習ったのかもしれない。

ルノワールは静物画の傑作を含め4点くらいあるが、‘座る浴女’は転換期を迎えたころの作品。背景は印象派的にざざっと描かれているのに対し、裸婦の姿態は肉体のリアルさをだすためなめらかな筆致で表現している。ルノワールは風景画のモネとちがい人物画を描きたかったので印象派の輪郭がぼやける描き方から決別してしまう。これは自然な流れだった。

ゴーギャン(1848~1903)の‘野生の詩’はタイトル通りのエキゾチックな絵、描かれたのは2度目のタヒチのとき。左にいるモンキーのような生き物は光線を発し手に黄金の球をもっている。その後ろにいる現地の女は西洋画の天使にみたてて描かれている。

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2018.05.02

美術館に乾杯! フォッグ美 その一

Img_0002    ケンブリッジのハーヴァード大のなかにあるフォッグ美(拡大で)

Img_0003     ドガの‘手袋をした歌手’(1878年)

Img     ゴッホの‘坊主としての自画像’(1888年)

Img_0001     モネの‘サン・ラザール駅、列車の到着’(1877年)

ボストンへはじめて行ったのは今から四半世紀前の1993年。当時は今のように美術館巡りが中心の旅行と違って名所観光に軸足をおきながら有名な美術館にも足を運んでいた。

出かけたのはボストン美とここからすぐのところにあるイザベラ・スチュアート・ガードナー美、そしてケンブリッジの街にあるハーヴァード美に所属しているフォッグ美。そのあと、ボストン美には2度訪問したが、ほかの2つはそれっきりなので建物の記憶がだんだん薄れてきている。

フォッグ美については3年前、ハーヴァード大の構内を観光したとき大学にあるほかの美術館と合体して規模を大きくして新たにスタートするという話を聞いた。だから、今は新たな場所で開館しているようだ。ボストン旅行はだいぶ先になるが、その機会があったら寄ってみたい。

さて、フォッグ美で展示されている美術品、館内をどうまわりどんなものをみたかは記憶がだいぶとんでいる。でも、定評のある印象派はその3年前新宿の伊勢丹美で開催された‘フォッグ美の印象派・後期印象派展’をみていたこともあり、インパクトの強い作品の前では感動の再現があった。

忘れられない絵の筆頭がドガ(1834~1917)の‘手袋をした歌手’、これはドガのなかでは異色の作品。フットライトをあびた歌手が声を張り上げて唄う姿がじつに感動的で思わず聴き惚れてしまいそう。この生な感覚にくわえて右手にしている黒の手袋のアピール力がスゴイ。こんなポーズだと強烈に目に焼きつく。

ゴッホ(1853~1890)の自画像も強い磁力を放っている。ここでゴッホは自分を日本人僧侶として描いている。浮世絵に関心を寄せていたゴッホはここまで日本に思い入れがあったとは、背景の薄い青緑がきりっとした顔を浮き上がらせている。こういう絵をみてしまうともうゴッホと一生つきあうほかない。

モネ(1840~1926)はサン・ラザール駅の連作を4,5点描いているが、その1点がフォッグコレクションに入っている。駅内の天井にたちこめる煙が近代化をまっしぐらに進むパリの発展を象徴的に表している。モネ狂いなのにまだこのサン・ラザール駅へ行ってない。口のわりにはぼやっと生きている。

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2018.05.01

美術館に乾杯! ホイットニー美 その七

Img     マン・レイの‘ラ・フォーチュン’(1938年)

Img_0001     フランク・ステラの‘シルバーストーン’(1981年)

Img_0003     ジャッドの‘無題’(1965年)

Img_0002  イサム・ノグチの‘マイルストーンのヴァリエーション’(1962年)

マン・レイ(1890~1976)はアメリカの前衛芸術家としては群を抜いた存在。シュルレアリストのミロやエルンストとほぼ同世代で、写真、絵画、オブジェなど多岐にわたってその豊かな才能を発揮した。ホイットニーにある‘ラ・フォーチュン’はシュルレアリスム絵画kの傑作。赤や青などの鮮やかな色で彩られた雲と手前から飛び出すビリヤードの台の意外な組み合わせはマグリッドを彷彿とさせる。

千葉の川村記念美で目が慣れているフランク・ステラ(1936~)は今年82歳、このミニマル・アートの旗手の顔を映像で見たとき直感的にニクソン元大統領の補佐官だったキッシンジャーに似ているなと思った。どうでもいいことだが、当たっている? アルミニウムなどの素材を使って表現した‘シルバーストーン’は川村にあるものと同じタイプなので食いつきがいい。

建物の壁に装飾の一部として取り付けられたようなものが並べられているミニマリスト、ドナルド・ジャッド(1928~1994)の作品はデュシャンの作品のように一見あっけにとられる。こんなシンプルで同じ形の繰り返しがアート?はじめはそんあ感想をもつ。そして、鑑賞するアートの幅が広がるにつれ、これもありだな!と納得する。新しいアートが出現してもすぐにはそのおもしろさ、斬新生の価値についていけないもの。

イサム・ノグチ(1904~1988)の回顧展が10年くらい前東京都現代美や横浜美で開催されたころ、大きな石でできた作品に魅了され、札幌へ行きノグチがつくった公園をみると決めた。ところが、その計画は延び延びになりまだ実現していない。それなのに夢だけは膨らんでいて、次のNY旅行ではノグチ美もオプションに入っている。

楽しみにしているが、そこにホイットニーが所蔵するほかの星からきたエイリアンを連想させる‘マイルストーンのヴァリエーション’のような作品が展示してあるとご機嫌なのだが、果たして。

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