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2018.04.30

美術館に乾杯! ホイットニー美 その六

Img     デイヴィスの‘オウ! イン・サン・パン’(1951年)

Img_0001     カルダーの‘サーカス’(1926~31年)

Img_0004     シーガルの‘進めー停まれ’(1976年)

Img_0002        オルデンバーグの‘ソフト・トイレット’(1966年)

アメリカの美術館をまわるようになってから関心が高まった画家が何人かいる。デイヴィス(1892~1964)もそのひとり。メトロポリタン、ワシントンナショナルギャラリー、ボストンでいい絵と出会った。絵画の分類でいうと抽象画だが、難しくはなく明るい色彩のためモンドリアンのブギウギ気分を彷彿とさせる。

描いているのは都市の風景が多く、くにゃくにゃ曲がった帯や四角の小片を自由気ままに配置していく画面構成は晩年のマティスの切り紙絵を連想させるし、ユーモアのたっぷり詰まったミロの作品がダブってくる。ホイットニーにある‘オウ!イン・サン・パン’は鑑賞欲をとても刺激する。

フィラデルフィア生まれの彫刻家カルダー(1898~1976)は若い頃パリで活動していたときは‘サーカスのカルダー’と呼ばれ、パリっ子や仲間から注目されていた。‘サーカス’は針金でつくった人形や舞台でサーカスの光景を再現した立体作品。これはこの美術館のお宝のひとつなのでなんとしてもみたい。

ジョージ・シーガル(1924~2000))の作品情報は極めて少なく、この彫刻家が一体何点くらい制作したのかつかめていない。これまでお目にかかったのはMoMAにある‘バス運転手’一点のみ、ホイットニーが所蔵する‘進めー停まれ’は都会に生きる人々が味わう孤独感が感じられ、ホッパーの世界と通底するイメージ。

オルデンバーグ(1929~)のソフト・スカルプチャーは2013年国立新美で開催された‘アメリカン・ポップ・アート展’で数点みた。ビニールを使って日常にあふれるものが馬鹿デカい形をなって目の前に現れるとハッとする。でも、‘ソフト・トイレット’でもそうだが使われているビニールの素材がその違和感をすこしずつほぐしてくれる。そして、好奇心が湧きじっくりみてみようかとなる。

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2018.04.29

美術館に乾杯! ホイットニー美 その五

Img_0002     カッツの‘エリ’(1963年)

Img_0001     ダインの‘等身大の二重自画像(セラーベ)’(1964年)

Img_0003    へリングの‘無題、1981年10月19日’(1981年)

Img     バスキアの‘ハリウッドのアフリカ人’(1983年)

いかにもアメリカの現代アートと思わせるのが日常のありふれたものを題材に使ったポップアート、代表的な作品としてウォーホルのマリリンモンローやリキテンスタインの漫画がすぐ思い浮かぶが、このスタイルで表現したアーティストはほかにもいる。

出会った作品の数は少ないが大変魅了されているのがアレックス・カッツ(1927~)とジム・ダイン(1935~)。ともに府中市美で開催されたホイットニー美展でその存在を知った。大きな画面に若い男の顔がどんと描かれているカッツの‘エリ’にガツンとやられた。無表情極まりない顔がこれほど印象深いのは平面性の強い表現だから

この作風が目に焼きついていたので2015年12月にメトロポリタン美を訪問したとき行わていたミニカッツ展にはすぐ反応した。こうした明るい色彩を使ったスッキリ肖像とまためぐりあったのはなにかの縁、将来大きな回顧展と遭遇することを勝手に妄想している。

ダインの作品も自画像だが、本人は描かれずカラフルなバスローブが記号のように描かれている。みた瞬間ぐっときたのは色の組み合わせ。これは抜群の色彩感覚をもった天性のカラリストだけにしか生み出せない表現。NYやミラノのファッションストリートに建ち並ぶショーウインドウに飾られている流行の洋服がふと頭をよぎる。

アメリカではいつの時代でもバイタリティーのある作品が次々と登場する。地下鉄や建物の壁などに描かれた落書きに刺激をうけてつくりだした作品が人気を呼びおおいにもてはやされたキース・へリング(1958~1990)とバスキア(1960~1988)。二人が生きた人生はとても短かかったが、その作品は今も強い磁力を発している。

‘無題、1981年10月19日’が描かれているのは電力会社が使っていたビニールの防水シート。太い黒の線で埋め尽くされた画面をじっとみていると中央と左右に3人の人物がいることがわかる。まるで太古の人類の祖先が洞窟に刻んだ壁画のよう。

バスキアの‘ハリウッドのアフリカ人’は落書きと変わりない。3人の似顔絵のまわりにいろんな書き込みがされているが、左の男の横に‘200YEN’と書かれている。これは笑える。

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2018.04.28

心に響く光琳デザイン!

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Img_0001     尾形光琳の国宝‘燕子花図屏風’(18世紀 根津美)

Img_0002     尾形光琳の‘太公望図屏風’(重文 18世紀 京博)

Img_0003    尾形乾山の‘銹絵染付金彩絵替土器皿’(重文 18世紀 根津美)

Img_0004        尾形乾山の‘紅葉に菊流水図’(18世紀 東博)

熱海のMOA美では春になると尾形光琳(1658~1716)の国宝‘紅白梅図屏風’を展示するのが恒例となっているが、熱海は遠いのでさっとでかけるというわけにはいかない。それに対して、同じく国宝の‘燕子花図屏風’がある根津美は都心のど真ん中にある美術館。だから、ここで光琳がでてくるときは欠かさず足を運んでいる。

ここ数年館内で多くみかけるようになったのが外国人、観光客か日本に住んでいる人かは区別できないが、以前の琳派展にくらべると明らかに人数が増えている。作品一点々を真剣にみている姿を目の当たりにすると琳派の生み出した華麗な意匠美が彼らの心を確実にヒットしているのは間違いない。

この展覧会の前にみたのはリアルな描写に焦点をあてた江戸絵画、それが一転して今度は意匠性の強い光琳の装飾画と乾山(1663~1743)の味わい深いやきものと絵画。美術の好みをリアル派と装飾派とわける必要はない。いいアートならこちらの気分はすぐそこに染まり心を震わせる。

京博からやって来た光琳の‘太公望図’は流水の流れや太公望の垂れ下がった眉毛など画面全体はやわらかい曲線や円形で占められている。そして、目に焼きつくのが緑と金色の濃厚なコントラスト。モダンアートの香りがするところも光琳の先進性かもしれない。

乾山のやきものでもっとも琳派の美を感じさせるのが流水など光琳デザインをふんだんにとりいれた‘銹絵染付金彩絵替土器皿’、この小さな何でもない皿が選ばれた文様によって珠玉の一品に変容した。魅了され続けている。

秋のころにみたら心は一段と高揚するにちがいないのが東博所蔵の‘紅葉に菊流水図’、上から紅葉、白い菊、そして群青の流水、洗練された琳派の真髄がここにギュッとつまっている。

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2018.04.27

根津美のエンターテイメント ‘光琳と乾山’展!

Img_0002     尾形乾山の‘八橋図’(重文 18世紀 文化庁)

Img_0001  尾形乾山の‘定家詠十二ヶ月和歌花鳥図 9月’(1743年 根津美)

Img_0003     尾形乾山の‘色絵菊流水図’(18世紀 イセ文化財団)

Img     尾形光琳の‘寿老人図’(18世紀)

尾形光琳(1658~1716)の大傑作‘燕子花図屏風’を所蔵している根津美では定期的に琳派展が開催される。装飾の要素の強い作品が並ぶため美術館に入るとエンターテイメント満載のイベントを楽しむ気分になる。

今回は光琳、乾山(1663~1743)の兄弟によるコラボに焦点をあてた構成になっている。会期は4/14~5/13.昨年琳派関連の図録や美術本を整理し、My琳派図録を数冊をつくった。そのため、二人の主要な絵ややきものについてはどこの美術館が所蔵しているかはすぐピンとくる。

でも、琳派は奥が深いのでまだ縁のない作品が残っており、さらに初美の作品もひょいと出品される。ここにあげた4点はやっと会えた追っかけの2点とプラスαとして新たに図録に加わった2点。みどりがめさんに展示の情報を教えてもらったのが、乾山の‘八橋図’(展示は27日まで)。

この絵に会うのに何年かかったことか!光琳のように橋と燕子花は意匠性を高めて描かれてなくざっざっと並べていった感じだが、それがかえって物語の情景を連想させ人の気配を感じさせる。この絵は以前は個人蔵だったが、今は文化庁となっている。根津美が購入すればよかったのに。

‘定家詠十二ヶ月和歌花鳥図’は全部現存しているのかわからないが、これまで画集でみたのは7点、そのうち‘9月’だけは根津美にあるのになぜかすれ違いが続いた。やっと遭遇した。一仕事したような感じ。収穫は展覧会にはじめて出品された‘八月’。三羽の雁が飛ぶ姿が目に沁みる。こういう作品をさらっと展示するのが根津美のスゴイところ。

黄色の菊が印象的な乾山のやきもの‘色絵菊流水図’にも思わず足がとまった。大きめの角皿なのでとても見栄えがする。ほかにお馴染みの光琳と合作の角皿が8点。そのひとつが寿老人。そして、横に並ぶ初登場の光琳の‘寿老人図’を興味深くみていた。

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2018.04.26

府中市美の春の定番、江戸絵画展!

Img          円山応挙の‘鯉魚図’(1781年)

Img_0002     円山応挙の‘龍虎図’(1778年)

Img_0001         渡辺崋山の‘市河米庵像’(重文 1837年 京博)

Img_0003     司馬江漢の‘七里ヶ浜図’(18世紀後半)

府中市美で行われている江戸絵画展‘リアル 最大の奇抜’(3/10~5/6)をみてきた。前期をパスし後期(4/10~5/6)に出動したのはお目当ての絵をみるため。作品は通期で119点、出ずっぱりがあるのでその半分よりは多い68点が飾られていた。

圧巻は最後の部屋に登場する円山応挙(1733~1795)と府中市美が数多く所蔵している司馬江漢(1747~1818)。チラシに使われている応挙の‘鯉魚図’(通期展示)が気になってしょうがなかった。これまで応挙の描いた鯉はかなりの数みてきたが、リアルな描写ということではこのアクロバチックに跳びはねる鯉の印象が一番強いかもしれない。こんないい絵がまだあったのか、という感じ。大きな収穫だった。

‘龍虎図’もはじめてみる絵。府中市美はこれまで開催してきた江戸絵画シリーズでサイズはそれほど大きくはない初見の応挙をたくさんみせてくれたが、その大半は個人蔵。だから、学芸員の作品を揃えてくる力は本当にすばらしい。

じつはお楽しみの絵は渡辺崋山(1793~1841)の‘市河米庵像’だった。この絵をみたくて府中まで遠征したといっていい。描かれた人物の顔の横のこぶが目に焼きついているこの肖像画を所蔵しているのは京博。以前よく京都へ行ってたときはいずれ平常展にでてくるだろうと期待していたが、全然姿をみせてくれなかった。

そのうち京都が遠くなるとこの絵のことはだんだん薄れてきていた。
だが、‘待てば海路の日和あり’である。崋山の写実力は尋常ではなくまるで本人と対面しているよう。これで崋山にも済みマークがつけられる。

16点展示された江漢のなかで心を揺すぶるのは‘七里ヶ浜図’と‘馬入川富士遠望図’。西洋画の遠近法を上手く消化し誰もが知っている富士を描くというのは江漢の逞しい画家魂の証。この新しい絵へ挑戦する気持ちが北斎に受け継がれ、傑作‘富嶽三十六景’が生まれた。

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2018.04.25

美術館に乾杯! ホイットニー美 その四

Img_0003     ポロックの‘ナンバー27’(1950年)

Img     ロスコの‘無題’(1954年)

Img_0002     デ・クーニングの‘女と自転車’(1952~53年)

Img_0001     ゴーキーの‘婚約Ⅱ’(1947年)

抽象画のなかでポロック(1912~1950)の魅力は激しさと繊細が入り混じった密度の濃い絵画空間。これまで日本で運よく回顧展(2012年 東近美)にめぐりあったのに加え、MoMAやメトロポリタンでも代表的な大作をみてきた。

でも、画集をみるとまだ3割ほどでしかなく、鑑賞欲を刺激する作品は多く残っている。そのなかで次のターゲットにしているのがオルブライト・ノックス美(バッファロー)にある‘ナンバー10’とホイットニーにある‘ナンバー27)’、ともにアクセントのある色彩が効いていて、無数の線と点が複雑に絡み合った宇宙的な空間には限りない美しさを感じる。

ポロックの色彩がエネルギッシュに飛び散っているのに対し、ロスコ((1903~1970)の下から上に積み重ねられた四角の色面は神秘的な静けさをたたえ空間に浮かんでいるようにみえる。色と色の境界をにじみをつかってぼかしているのはただ色をみせるのではなくアートへ昇華させるロスコの天才的なアイデア。‘無題(ブルー。イエロー、レッドの上にグリーン’は画面全体をぐっとしめている青と緑の帯がなかなかいい。

デ・クーニング(1904~1997)の代名詞、‘激情する女シリーズ’に大変魅了されている。画家の出身地オランダでは数多くの自転車が街を走っているが、タイトルに自転車がついていてもこの女はどういう風に乗っているのかイメージできない。そのため、記憶に強く残るのは女の大きな目とむき出した歯。

アルメニアからの移民だったゴーキー(1904~1948)はミロを彷彿とさせる画風が特徴。MoMAにある‘苦悶(アゴニー)’からは悲痛な叫びが聞こえてくるが、この‘婚約Ⅱ’は伴侶を得た喜びがそのまま画面に現れている。

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2018.04.24

美術館に乾杯! ホイットニー美 その三

Img     ジョーンズの‘3つの旗’(1958年)

Img_0001     ジョーンズの‘思念競争’(1983年)

Img_0002     ウォーホルの‘36回のエセル・スカル’(1963年)

Img_0004  リキテンスタインの‘クリスタル・ボウルのある静物’(1973年)

どの美術館にも自慢のお宝的な作品がある。ホイットニー美ならオキーフの‘夏の日々’とジャスパー・ジョーンズ(1930~)の‘3つの旗’は絶対見逃せない。

星条旗が張り付けた板を3つ重ねたような‘3つの旗’、お馴染みのアメリカの国旗をみているのか、それとも絵あるいはオブジェを楽しんでいるのか、そんなことを思ってしまう作品である。これはまさにデュシャンのあの便器が進化したアメリカヴァージョン。

芸術とは関連のなさそうな日常的なものをモチーフにした表現はウォーホル(1928~1987)やリキテンスタインの(1923~1997)のポップ・アートを呼び込む役割を果たした。アートは科学の発展と同様にバトンの受け渡しによって生まれてくる。

1983年に制作された‘思念競争’はジョーンズの家の浴槽の壁に描かれたもの。ピカソがはじめたコラージュの変形、おもしろいのは真ん中にダヴィンチのモナリザがあり、右端には髑髏がおかれていること。何を組み合わせるかは即興的に決まったのだろう。じっくり構想したら理屈っぽくなる。

ウォーホルの‘36回のエセル・スカル’は5年前、メトロポリタンでみたことがある。ポップアートのコレクターだった女性の様々な表情を簡易写真機でとったもの。数枚だとインパクトはないが36枚も並ぶと俄然強く磁力を放ってくる。対象を極端に大きくするとか尋常ではない数にするのは作品に力を与える常套テクニック。

静物画というとセザンヌの林檎とオレンジが最高だが、ぱっとみると平面的な印象なのに透明感のあるクリスタル・ボウルにリンゴやブドウ、バナナがてんこ盛りされボリューム感たっぷりに描かれている。スッキリした描写は果物の美味しさを実感させてくれる。

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2018.04.23

美術館に乾杯! ホイットニー美 その二

Img     オキーフの‘夏の日々’(1936年)

Img_0003        オキーフの‘ひとつのリリーと赤’(1928年)

Img_0002     ワイエスの‘ウインター・フィールド’(部分 1942年)

Img_0001       ジョセフ・ステラの‘ブルックリン橋’(1939年)

画集を一定の数揃えそれを気の向くままながめていると、なんとしてもお目にかかりたい絵がでてくる。何回かアメリカの大きな美術館をまわりそんな思いのこもった作品をみることができた.。

アメリカの画家に絞ってみると、MoMAではワイエスの‘クリスティーナの世界’、シカゴ美ではホッパーの‘夜更かしをする人々’、ボストン美ではサージェントの‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’とホーマーの‘見張り’、風景画の極めつきはメトロポリタンにあるハドソンリバー派の大作。

だが、まだみぬ傑作がいくつかある。その筆頭がホイットニー美にあるオキーフ(1887~1986)の‘夏の日々’。絵の存在を知ってかれこれ33年にもなるが、残念ながら姿を現してくれない。だから、ふと妄想する。この絵を目玉にして2度目のホイットニー美展をどこかの美術館がやってくれないかと。

アメリカの荒野の空中に現れた大きな鹿の頭蓋骨、ヨーロッパでは頭蓋骨は絵に描かれて‘メメントモリ(死を忘れるな)’と警鐘を鳴らす。動物の骨だろうが、これは死の象徴であり軽くはみれない。3年前ボストン美でこれとよく似た構図の絵をみたが、まだ満足できない。いつかこの絵の前に立ちたい。

オキーフは花の絵も多く描いている。花のサイズは画面いっぱいを占めるほど馬鹿デカい。これくらい大きくなると具象画というよりは一種の抽象画、色の力がぐっとでてきて花のお化けに圧倒されてしまう。

2016年、ボスの大回顧展をみるためマドリードのプラドへ出かけたが、そのあと寄ったティッセン・ボルネミッサ美でサプライズの展覧会が待ち受けていた。それは夢みたいなワイエス(1917~2009)の回顧展。まさに目の前にお宝がザクザクでてきたような感じ。

こういう機会に恵まれワイエスの作品がまとまった数で目のなかに入ると、次はあの絵を追っかけようという気になる。死んだ烏が横たわる‘ウインターフィールド’は今一番気になっている作品。でも、平常展に出品されることがあるのだろうか。

ボストン美でジョセフ・ステラ(1877~1941)に開眼した。といってもブルックリン橋の絵一枚だが、同じモチーフで構図を少し変えたヴァージョンがホイットニー美にもある。みれるだろうか。

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2018.04.22

美術館に乾杯! ホイットニー美 その一

Img_0003     NYマジソン街に建つホイットニー美

Img_0002     ホッパーの‘日曜日の早朝’(1930年)

Img_0001     ホッパーの‘踏切’(1922~23年)

Img     ホッパーの‘二階の日ざし’(1960年)

NYミュージアムマイルにある美術館にひとつでメトロポリタン美から歩いて10分ほどの近さに位置しているのがホイットニー美。まだ、一度しか足を運んでないので、MoMAやグッゲンハイムに較べると美術館の外観や内部のレイアウトなどの記憶が薄くなっている。

1993年に訪問したときは事前に得た作品情報から必見リストをつくっていた。例えば、女流画家オキーフの‘夏の日々’などに心をときめかしていたが、入館してみると想定していた平常展示がどの階へ行っても遭遇せず肩透かしを食らった。

目の前に現れたのは現代アートの企画展で知らない作品ばかり。あとでわかったのだが、所蔵作品は年間プランで設定された期間のみに展示されていた。今はどうなっているかわからないが、またNYへ出かける機会があれば展示状況をしっかりチェックするつもり。

これまでホイットニー美の20世紀アメリカ美術コレクションに縁があった展覧会は2回、2008年シカゴ美で運よく遭遇した大ホッパー展と10年くらい前?府中市美で行われたホイットニー美展。この府中でみたアメリカ人ア―ティストの作品がアメリカ現代美術に目をむけさせるひとつのきっかになった。

ホイットニーが所蔵しているコレクションで美術館の宝となっているのがホッパー(1882~1967)、その数はなんと2500点。シカゴ美の回顧展でも寂寥感のただよう‘日曜日の早朝‘や’‘踏切’、眩しい日ざしが印象的な‘二階の日ざし’などがどどっと出品されていた。

NYの美術館がありがたいのはアメリカの人気の画家が集中的にみれること。抽象絵画のポロックやロスコ、ウォーホル、抽象&具象のオキーフ、そして国民的な画家ホッパー。ホッパーについてはシカゴで代表作‘夜更かしの人々’をみてNYにやって来るともう済みマークがつけられるかもしれない。

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2018.04.21

カラリスト 池大雅!

Img_0002     ‘四時烟景図 秋’(18世紀)

Img_0003          ‘帰去来図’(18世紀)

Img_0001     ‘蘭亭曲水図屏風’(重文 部分 1763年 静岡県美)

Img     ‘垂柳報芳菲図’(1766年)

池大雅の7年後に生まれた曽我蕭白(17301781)が35歳のとき描いた‘群仙図屏風’、はじめてお目にかかったときそのどぎつい色彩表現に200%驚いた。龍に乗った男の青の衣装、童子やブロテスクな蝦蟇仙人の真っ赤な唇、そして黄色い鶴。

蕭白が発したこの強烈な色彩に対し、大雅の色は柔らかくて綺麗。まるで近代の水彩画をみているよう。日本の絵師は皆中国の絵画をお手本にするから水墨画が基本、これにどのくらい色彩を散りばめるかは絵師の色彩表現への思い入れで決まる。

大雅は若いときから意欲的に色を表現してきた。三十歳のころの‘四時烟景色図 秋’には大雅のカラリストぶりがよくでている。柳を薄青で描き舟や家は淡い朱色。そして遠くの草木は薄緑。世の中に多く存在する日曜風景画家ならこんな色合いの水彩画は得意かもしれない。

のどかな田園の風景を描いた‘帰去来図’のやさしい色使いにも心が和む。こういう画題だとほかの絵師なら色彩を使ってもせいぜい薄緑のグラデーション、大雅は3倍も4倍もカラフル。だから、お手本の枠をこえ自然のなかで自由に生きる陶淵明の心情をそのまま画面のなかにうつしとっている。

蕭白同様、大雅も赤のもっている力をよく心得ている。静岡県美が所蔵する自慢の大雅作品‘蘭亭曲水図屏風’では、部屋にある長い台の赤が美しいアクセントを放っている。また、‘垂柳報芳菲図’でも庵でおしゃべりする高士たちが囲んでいる台の赤にまず視線が向かう。

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2018.04.20

心温まる池大雅の人物描写!

Img_0001     ‘五百羅漢図’(重文 18世紀 萬福寺)

Img_0003     ‘東山清音帖 洞庭秋月’(重文 18世紀)

Img     ‘柳下童子図屏風’(重文 18世紀 京都府)

Img_0002     国宝‘十便図 釣便図’(1771年 川端康成記念会)

画家への関心がひとつの作品との出会いによって一気に高まることがある。池大雅(1723~1776)の場合、川端康成が所蔵していた国宝‘十便図’をみたことが決定的となり、大雅とは離れられなくなった。

京博の展示(通期)では最後の部屋に与謝蕪村(1716~1783)の‘十宜図’とペアで飾ってある。でているのは1組だけ、期間を10にわけて全部みせることになっている。十便図は‘課農便図’をみたが、最も気に入っている‘釣便図’との対面はならなかった。もうでたか、あるいはこれからかもしれない。

今回長くみていたのは普段は萬福j寺にある‘五百羅漢図’、2年前東博であった禅展に出品されたが、このときみたのは展示替えのため4幅のみ。残りを含め8幅がみれたので最高の気分。愛嬌のある丸顔の羅漢たちが象や虎などに乗って集結。波の描き方も柔らかく心が鎮まる。

瀟湘八景を扇面に描いた‘東山清音帖’では‘洞庭秋月’がいい。舟に乗った男は体をちょっと傾けて横笛を吹いている。この微妙に体を動かす表現が心を揺すぶる。すぐにも瞬間移動して湖のほとりにかけつけたくなる。

‘柳下童子図屏風’を久しぶりにみた。橋の真ん中にいる子どもの姿に自然と肩の力が抜ける。一人は腹這いになって小魚やエビを捕ろうと夢中になっているが、どうやらそれが叶わないらしい。この童子の顔も羅漢同様丸々している。こういう人物表現をみると池大雅は本当に心根が優しかったのだろう。


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2018.04.19

待望の‘池大雅展’!

Img     ‘瀟湘勝概図屏風’(重文 18世紀)

Img_0002     ‘洞庭赤壁図巻’(重文 1771年)

Img_0003     ‘浅間山真景図’(1760年)

Img_0001     ‘嵐峡泛査図屏風’(18世紀)

京博で開催されている‘池大雅展’(4/7~5/20)をみてきた。長いこと実現しなかった池大雅(1723~1776)の回顧展にやっと遭遇した。85年ぶりのことらしい。今回出品されるのは150点。5/2からの後期に展示されるのものがあるので全部はみれなかったが、見ごたえのある掛幅、屏風、襖絵が次々とでてくるので高揚しっぱなしだった。

過去に大きな回顧展は体験しなかったが、3点の国宝やいくつもある重文の作品は幸運にもほとんどみることができた。そういう鑑賞が重なって池大雅という日本の文人画家のイメージができあがった。とくに惹かれるのが愛嬌のある人物描写と山々のもこもことした形。

そして、風景画では点描画法と印象派を思わせる明るい色彩表現が強く印象に残る。同時代を生きた与謝蕪村(1716~1783)が晩年、深い精神性をみせる画風に到達したのに対し、池大雅は最後までカラリストの才能を随所に発揮し明るくのびのびとした表現を極めた。まさに比類ない天才だった。

瀟湘八景を一隻に全部描いた‘瀟湘勝概図屏風’はお気に入りの一枚。7年前、ニューオータニ美であった‘池大雅ー中国へのあこがれ’ではじめてお目にかかり大変魅了された。構図のつくり方がじつに巧みなのでうす緑や淡い橙色が目に沁みる木々の変化をゆったりした気分で追っかけられる。

風景画のなかで最も心を打たれるのが‘洞庭赤壁図巻’、これは大谷コレクションだったはずだが京博蔵となっていた。ニューオータニ美が手放したのかもしれない。青や緑で彩られたもこもこした木々の塊が横に広がる様、そして家の壁の朱色をアクセントのように組み合わせる色彩表現。どこまでものどかで軽やかな風景、つい隅から隅までみてしまう。

生涯にわたって日本各地を旅した大雅、‘浅間山真景図’は38歳のとき友人と一緒に白山、立山、浅間山を登った体験をもとに描かれたもの。これをみるといつもトルコのパムッカレでみた真っ白な石灰棚を思い出す。また、細胞膜でかこまれた細胞の集まりにもみえてくる。

今回大きな収穫だったのが‘嵐峡泛査図屏風’、大雅にこんな琳派風の絵があったの?!という感じ。光琳様式を思わせる渓流の曲線に目が点になった。木がみな左側に傾き、筏はリズミカルに川を下っている。画面にすいこまれるように長くみていた。

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2018.04.17

東近美の洋画!

Img        原田直次郎の‘騎龍観音’(重文 1890年)

Img_0001     和田三造の‘南風’(1907年)

Img_0002     安井曾太郎の‘金蓉’(1934年)

Img_0003     瑛九の‘れいめい’(1957年)

クラシック音楽に何度聴いても飽きない曲があるように、美術でも作品の前にくるとつい見惚れてしまうものがある。そんな名画中の名画との出会いがだんだんかけがえのないものになってきた。

東近美にある作品をみる間隔が1年くらいにあいてくると名画の放つ磁力がとても強く感じられる。だから、前々から魅了されているものに会うといっそう感慨深くなる。原田直次郎(1863~1899)が27歳のとき描いた‘騎龍観音’ははじめてみたころは軽くみていたが、今ではその目を見張らせる構図と緻密な描写に息を呑んでみるようになった。

海好きには潮の香りがする絵はたまらないほど惹きつけられる。和田三造(1883~1967)の‘南風’は東近美の定番洋画のひとつ。とくに印象に残るのは立っている男の逞しい筋肉、舟の床にうつる影からもわかる強い陽の光をあびる姿は勝利した日露戦争後の世の中の気分を現わしている。

久しぶりに対面した安井曾太郎(1888~1955)の‘金蓉’、このチャイナドレスを着た女性が洋画の肖像画ではMyベスト1。絵画のモデルというとすぐこの女性を思い浮かべる。やはり安井曾太郎は肖像画の名手。足を組むポーズはセザンヌを意識したにちがいない。

抽象絵画のコーナーで思わず足がとまったのが瑛九(1911~1960)の‘れいめい’、最近は宇宙の話にのめりこんでいるので、無限がどこまでも続き宇宙のはじまりまで連れていってくれそうなこの絵にすぱっと嵌る。クプカがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2018.04.16

昨年に続いて‘加山又造展’!

Img_0003     ‘狐’(1940年)

Img     ‘月と縞馬’(1954年)

Img_0002     ‘冬の濤’(1958年)

Img_0001     ‘月光波濤’(部分 1979年 イセ文化基金)

恵比寿にある自動車会社SUBARUのビルで加山又造(1927~2004)の回顧展‘Re又造’(4/11~5/5)が開催されていることを‘美の巨人たち’で知ったので、大観展をみたあと寄ってみた。

場所はJR恵比寿駅東口から徒歩10分くらいで到着する。このEBIS303 イベントホールははじめて行くところでふだんはどんなことをやっているのか情報がない。ここで贔屓の加山又造の回顧展に遭遇するとはまったくの想定外。いつもの美術館の展覧会と勝手がちがうのでどうなことがおこるのかちょっと緊張した。

主催者のなかにテレビ東京が名をつらねており、企画監修は有限会社加山とある。型通りの回顧展とちがうのは原作の陶板が数多くあること。例えば華麗な作風に心を奪われる‘華扇屏風’など。そして、傑作‘春秋波濤’をもとに大きな立体のつくりものを制作し絵の中に入って楽しめるというおもしろい仕掛けもある。

そのため本物の絵は厳選して展示してあり、10点くらい。その多くはこれまでみたものだった。又造は動物や鳥をいろいろ描いている。狐、鹿、狼、駱駝、キリン、象、サイ、縞馬、馬、龍、猫、犬、鴉、鶴。今回のお楽しみは狐と縞馬と猫。

波を描くことに挑んだ又造、元来水の流れや波の変化をとらえるのは大変難しい。展示されているのは‘夏の濤’と‘冬の濤’、そしてこの絵の21年後に描いた水墨画の最高傑作‘月光波濤’。これは本当にスゴイ絵。激しい波しぶきをみるたびに加山又造は真に偉大な画家だなと思う。4/18まで飾られている。

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2018.04.15

デルヴォーのヴィーナス!

Img     デルヴォーの‘眠れるヴィーナス’(1944年)

Img_0004     ドレイパーの‘イカロス哀悼’(1898年)

Img_0002     ルノワールの‘ソファに横たわる裸婦’(1915年)

Img_0001     マティスの‘布をまとう裸婦’1936年)

横浜美では現在、テートコレクションで構成された‘ヌード展’(3/24~6/24)が行われている。テーマを設け作品を集めてくる企画展は今ではひとりの作家をとりあげる回顧展、海外の美術館の名品を持ってくる美術館展と並んで定番の展示方式。

好みの順番でいうとテーマ展は回顧展、美術館展のあと。そのためこのヌード展はあるひとつの絵をどうしてもみたくて出かけた。その1点買いの絵はデルヴォー(1897~1994)の‘眠れるヴィーナス’、ロンドンにあるテートコレクションはテートギャラリーと呼ばれていたときに2度、そしてテートモダンになって1度足を運んだが、いずれもこの絵は姿を見せてくれなかった。

そんな縁の薄かったシュルレアリスム絵画と日本で遭遇することになるのだから美術館巡りはやめられない。横浜美に万歳!デルヴォーがこの絵を制作したの大戦のさなかでブリュッセルが爆撃されているころ。ヴィーナスの周りにいる女性たちが手をあげたりして悲しみの表情をみせているのはこの緊迫した状況を意識しているから。

左にはおなじみの骸骨を描き中央に眠れるヴィーナスを配置する構成はとても意味深。今街はひどいことが起こっていてもヴィーナスは裸婦の美を象徴し続ける存在であり、骸骨は博物館の部屋から出てきて‘死を忘れるな’と人々に警告する。長くみていた。

チラシに大きく扱われていたマティス(1869~1954)の‘布をまとう裸婦’は拍子抜けするほど小さめの絵。これよりは2度目の来日となるドレイパー(1863~1920)の‘イカロス哀悼’のほうが画面に吸い込まれる。ギリシャ神話に親しんでいるので、こういうリアルに表現された神話画は夢中にさせる。

ルノワール(1841~1919)の‘ソファに横たわる裸婦’はロンドンでみたという記憶がない。ふだんは倉庫にしまってあるのだろう。チラシをみてどうかなと思っていたが、本物はルノワールらしさがよくでていた。

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2018.04.14

東近美で楽しむ傑作日本画!

Img        菱田春草の‘賢首菩薩’(重文 1907年)

Img_0001     小林古径の‘機織(はたおり)’(1926年)

Img_0002     冨田渓仙の‘紙漉き’(1928年)

Img_0003     小倉遊亀の‘O夫人坐像’(1953年)

最近は年に一度くらいしか足を運ばなくなった東近美。以前と較べて驚いたことがある。それは外国人が多くいること。この人たちはおそらく企画展の大観展ではなく展示されている日本画や西洋画をみるためにやって来た人。

ガイドブックには東京にある大きな美術館は載っているだろうから、観光客の数が増えるとこういう光景は当たり前なのかもしれない。4階の10室で日本画をみていたら、片岡球子の舞楽のようすを描いた‘渇仰’をアジアではない地域から来たとおぼしき男性が熱心にみていた。われわれと同じようにこのパワーのある絵に惹かれているのかと思うと同志的なつながりを感じてしまう。

所蔵品はだいたいみているのでとくに大きな刺激をうけることはないが、いい絵がずらっと並ぶと気分がだんだんハイになってくる。菱田春草(1874~1911)の‘賢首菩薩’はいつものように点描の色彩に視線がむかう。一見するとよく描かれる仏教画だが、目をこらしてみると袈裟の橙色の強さに目を奪われる。春草が補色の効果や点描によって色彩の印象を強めることに腐心したことがよくわかる。

いい風俗画が2点でていた。小林古径(1883~1957)の‘機織(はたおり)’と冨田渓仙(1879~1936)の‘紙漉き’、はじめてみたとき本当によく描けた絵だなと感心した。とくにいいのは仕事に集中している女性の姿。‘機織’では右の女性の腰をかがめて手で織を確認するポーズ。そして、‘紙漉き’は水のなかで手を勢いよく動かし越前和紙を漉いているところ。

小倉遊亀(1895~2000)の‘O夫人坐像’は久しぶりにお目にかかった。図録の解説文を読んでいたらこの肖像画を描いたころから安井曾太郎の肖像に似ていると評されたとあった。今まで気づかなかったが、確かにそんな風にみえる。

ここにあげた作品は5/27まで展示されている。

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2018.04.13

生誕150年 横山大観展!

Img    ‘白衣観音’(1908年)

Img_0001           ‘彗星’(1912年)

Img_0003     ‘霊峰十趣・秋’(1920年 今岡美)

Img_0002     ‘海に因む十題 波騒ぐ’(1940年 霊友会妙一記念館)

竹橋の東近美ではじまった‘生誕150年 横山大観展’(4/13~5/27)を早速みてきた。日本画家で回顧展が頻繁に行われるのが横山大観(1868~1958)と東山魁夷(1908~1999)。今年は二人そろってあり春が大観で秋に魁夷が行われる。

大観については5年前に横浜美で今村紫紅や冨田渓流らの作品を一緒に展示した共同展があったが、単独の回顧展としては10年ぶり。大観の絵は出かけた展覧会が多いので目に入った作品はかなりな数にのぼる。そのため、隣の方からは‘また行くの!?’といわれてしまうが、プラスαに期待をこめてどうしても足が向かう。

今回のお目当ては100年ぶりに見つかったという‘白衣観音、これは茨城県近美にある‘流燈’の1年前に描かれたもの。大観と春草は1903年にインドへ出かけており、その影響でインドの女性をモチーフにした作品を手がけた。

この絵同様大きな収穫だったのが初登場の‘彗星’、1910年(明治43)地球に接近したハレー彗星に大観は心を大いに揺すぶられたようだ。‘西洋画ではジョットが彗星を描いている、俺も描くぞ’、と熱が入ったのだろうか。大観、やるじゃない!展示は4/13~5/6

青が目に沁みるのが‘霊峰十趣・秋’。‘春、秋、夜、山’が並んでいるが、メナード美蔵の‘夜’以外ははじめてでてきた。3点とも個人の所蔵、毎日みられるのだから羨ましい。

出品作90点のうち美術本に載っている代表作はだいたい登場する。チラシで目を惹く‘夜桜’と‘紅葉’は後半の5/8~5/27の展示。また、重文の‘生々流転’は全期間展示、‘瀟湘八景’は4/13~4/19の出品となっている。だから、これで大観は済マークをつけたい人は2回の出動が必要かもしれない。

名作シリーズの‘海山十題’は7点出品されるが、お気に入りは‘波騒ぐ’(全期間)、勝手に決めている‘波の絵三大傑作’はこれと東山魁夷の‘唐招提寺御影堂障壁画 濤声’、加山又造の‘月光波濤’。じっとみていると岩にあたる波しぶきの音が聞こえてきた。

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2018.04.12

大相撲の女性禁制とウィーンフィル!

Img    1990年代後半まで男性楽団員だけだったウィーンフィル

小さい頃から大相撲をみているので土俵に女性があがれないことはわかっている。この女性禁制問題が過去にもときどき話題になったが、これを変えようという動きは相撲協会からはでてこない。この慣習というか伝統をかたくなに守っている。

こういう方針がたたきこまれているので、春巡業興行であいさつに立った舞鶴市長がぶっ倒れたとき女性がすぐでてきて懸命に救命処置をしているのに行司は条件反射的に‘女性は土俵から下りてください’と場内放送してしまう。

アナウンスした人はたぶん市長は貧血かなにかで倒れたのだろうくらいにしか思ってなかったはず。だから、市長のことより土俵に女性がひとり、ふたりとあがっていることで頭がいっぱい。だまっているともっと女性がでてきそう。いけない!いけない!なんとしても女性を排除しなくては。

傍からみれば、おろおろする男たちより心臓マッサージを一心にしている女性のほうが頼りになるとうつる。それを男性に替われと指示する。何を言ってるの、人の命がかかっているのに!市長は女性たちの適切な初動対応が功を奏して無事だった。本当によかった。

この大相撲の女性禁制をみてて長年、男性の楽団員だけだったウィーンフィルのことが頭をよぎった。現在はNHKのクラシック音楽番組はほとんどパスだが、2004年くらいまではよくみていた。ウィーンフィルが女性楽団員を採用したのは1990年代の後半。そのため、当時でもウィーンフィルの演奏会で女性奏者をみたという記憶はうすく以前と変わらず男性ばかりの感じ。

だが、今では1割は女性の楽団員で占められブルガリア出身のヴァイオリン奏者がコンサートマスターにもついている。かつては男性ガチガチだったウィーンフィルも時代の流れに逆らえず女性の奏者の数を増やしている。さて、大相撲はどうするのか。変えてもらいたいが、抵抗がものすごくあるからこのままだろう。

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2018.04.11

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十三

Img     レジェの‘大パレード’(1954年)

Img_0001     リキテンスタインの‘戦闘’(1968年)

Img_0002     ギルバート&ジョージの‘夢’(1984年)

Img_0004     カルダーの‘モビール’(1941年)

印象派やポスト印象派のあとキュビスムやフォーヴィスム、抽象絵画など近代絵画の様々な様式が登場した。そのど真ん中にいて活躍した画家たちに心が向かうのはスポーツ選手や映画スターにあこがれるのと同じ心理。本屋にいけば美術本が発行されているので、画家たちがどんな作品を描いてきたかおおよそつかめる。

ここまでは熱心な美術ファンにステップアップするためのお決まりのルーティン。さて、そこからはミューズのご機嫌次第。にっこり笑って回顧展を呼び込んでくれるか、そこまでは面倒みきれないわ!と良い返事がもらえないことになるか。

レジョ(1881~1955)は名古屋にいるとき幸運にも愛知県美で回顧展に遭遇した。今から24年前のこと。以来、2度目は経験してない。そして、望みがいまだ叶わないのがポップアートのリキテンシュタイン(1923~1997)。

グッゲンハイムにあるレジョの‘大パレード’は底抜けに楽しい絵。描かれているのはサーカスの団員たち。中央の男は女性を抱えており、その前の道化師はマンドリンを弾いている。とてもおもしろい表現なのは色のついた透明な帯を縦と横にのばし、さらに円形にしていること。

この効果は抜群で画面に奥行きを与え平板な人物描写を浮き上がらせている。そのため、この色の帯をさっとなびかせればサーカスの舞台が一段と活気づき個性あふれる団員のパフォーマンスはのりのりになる。レジョは何をヒントにこの描き方を思いついたのだろうか。なかなかのアイデアマンである。

リキテンスタインのトレードマークになった点々(ドット)もひらめきの勝利かもしれない。お馴染みの漫画に登場する女性の顔はこの印刷の網点で描かれているが、‘戦闘’ではドットが用いられているのは兵士の顔ではなくヘルメットや軍服。

ギルバート(1943~)&ジョージ(1942~)はイギリスのポップアートの旗手、人物を撮った3つの写真を巧みに組み合わせて若者がいだく夢を表現している。強く印象に残るのが黒の格子をいれた緑の背景と立ち姿の若者の赤シャツとアップ画像の髪の赤のコントラスト。

日本でグッゲンハイム展があったとき、会場に数多く展示されていたカルダー(1898~1976)の動く彫刻‘モビール’。天井からつるされたアルミニウムの葉は上と下ではサイズが異なり、じっとみているとそれぞれの葉の動きは一様ではなく、突然不規則な変化が現れる。これならみてて飽きない。

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2018.04.10

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十二

Img_0002     ステラの‘ハランⅡ’(1967年)

Img_0001     ケリーの‘青、緑、黄色’(1968年)

Img_0003     ロスコの‘無題’(1949年)

Img     トゥオンブリーの‘無題’(1960年)

ロスコ(1903~1970)とステラ(1936~)との距離が縮ったのは川村記念美に作品が多く展示されているから。この美術館はニューマンを手放し日本絵画も売却しているので財政面ではかなりきつくなっているようだが、最後の砦であるロスコとステラのコレクションまで処分することはないだろう。

グッゲンハイムの図録(英語版)にはステラの分度器シリーズの進化系‘ハランⅡ’が載っている。半円におさめられた虹の明快な色彩が心をとらえてはなさない。しかもカンバスのサイズが大きいので色彩の力がどっと迫ってくる感じ。円形を多用したステラに対して、ケリー(1922~2015)はビッグサイズの矩形に見慣れた色彩を並べ軽快な色面をつくっている。

これが小さな画面だと抽象画の美に昇華されない。日常生活ではこの作品のように青や緑、黄色はみてすぐ忘れるほどあふれている。でも、視野からはみ出すほどの大きな色彩の壁に出会うことはまれ。抽象画のアートは色を非日常的にみせることで生まれる。これは一種のマジック。

絵の具がにじみ色と色の境界がぼやけているロスコの絵画世界。そこには強い磁力が放出されておりポロックのアクションペインティング同様、画集にでているものは一点でも多く目のなかにいれようという気になる。それにはアメリカの美術館をまわるのが一番。

NYのMoMA,メトロポリタン、グッゲンハイム、そしてワシントンのナショナルギャラリー、フィリップス・コレクションでみたロスコが印象深い、そのなかでベストはフィリップスのロスコルームに飾られている3点。群を抜く完成度だった。

細くて短い線が弱い筆致で走り書きのようにひかれているトゥオンブリー(1928~2011)の作品、これまでお目にかかった数が片手ほどにすぎないが、この軽くて弱々しい表現が妙に心に残っている。

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2018.04.09

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十一

Img     デュビュッフェの‘ミス・コレラ’(1946年)

Img_0003     ラムの‘ザンベジア、ザンベジア’(1950年)

Img_0002     バゼリッツの‘グリーナー’(1975年)

Img_0001     ベーコンの‘磔刑図’(1962年)

人物表現にはリアルな描写もあれば戯画的に描かれた顔が強い印象を与えるものもある。デュビュッフェ(1901~1985)の‘ミス・コレラ’は建物の壁に描かkれた落書きのようなもの。子どもなら誰でも描けそうな女性は仁王立ちし肩をいからせている。

人物の輪郭なら子どもでもたやすく真似られるが、砂岩を思わせるようなざらざらの絵肌は相当手がこんでいる。まるで太古の人類の祖先が洞窟にシンボリックに描きこんだ壁画のよう。伝統的な美の基準からすると大きくはみ出しているが、素朴な表現は心の奥でひだを微妙に揺すぶる。

ラム(1902~1982)の作品はアフリカの土着民にまつわる呪術的なイメージが強い。ここに登場するのは森のなかを走りまわる槍をもった男たちではなく、豊かな乳房が目を惹く大地の母。顔や頭はシュールな装いだが、アフリカ彫像に刺激を受けたピカソのキュビスムのフォルムも連想させる。

ドイツの画家、バゼリック(1938~)の代名詞は逆さの人物。この絵はメトロポリタン、MoMA,そしてグッゲンハイムに1点ずつある。流石、NYのブランド美術館。はじめてみたときは戸惑ったが、不思議なもので何度もみていると妙に惹かれるところがでてくる。それは例えば、‘グリーナー’の青と黒のように強い色彩の組み合わせが新鮮なのかもしれない。

5年前、東近美で回顧展が開催されたフランシス・ベーコン(1909~1992)、グッゲンハイムにはベーコンがよく描いた‘磔刑図’がある。相変わらず不気味な人体表現にはホラー映画で味わう恐怖感が漂う。

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2018.04.08

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十

Img     セヴェリーノの‘村を走る赤十字の汽車’(1915年)

Img_0001     バッラの‘抽象的速度と音’(1914年)

Img_0002     ブランクーシの‘ミューズ’(1912年)

Img_0003     アルプの‘成長’(1938年)

新年度になると会社では組織を再編成したり人材を揃えて設定した目標に向かって動き出す。こうした気持ちの切り替えは文化活動をする組織てもおこる。例えば、展覧会を企する美術館では展示の仕方や焦点を当てる作家やテーマにも新機軸を導入する動きがでてきたりする。

美術館のなかで働く学芸員の人たちがどんな美術シーンをえがき、どんなムーブメントをおこそうとしているのか外からはうかがい知ることができない。だから、美術館の姿勢がわかるのは1年くらいのスパンで発表される展覧会の計画のみ。

展覧会を楽しむ側からすると希望する画家の回顧展がでてくると最高に嬉しい。昨年、国立新美で展示されたミュシャの連作‘スラブ叙事詩’はまさに天にも昇るような心地だった。こういう場合、学芸員には200%頭が下がるし、その企画力を高く評価したくなる。

夢の展覧会はいくつもある。そのひとつが未来派たちの作品を集めたもの。2013年、MoMAを久しぶりに訪問したとき、嬉しいことに必見リストに載せていたバッラ(1871~1958)やボッチョーニ(1882~1916)、セヴェリーノ(1883~1966)がどどっと展示してあった。一気に未来派万歳!になった。

アメリカでは未来派は人気があるのかもしれない。ワシントンのハーシュホーン美でもバッラの彫刻をみたし、グッゲンハイムにも‘抽象的速度と音’がある。モチーフの連続的な動きや重なりから生まれるスピード感や爆発する都市のエネルギー、その躍動するイメージは濃い色彩の構成により一層強められる。

グッゲンハイムで一番のお気に入りはセヴェリーノの‘村を走る赤十字の汽車’、この絵が描かれたときヨーロッパは第一次世界大戦の真っ最中、兵士を運んだり負傷者を乗せて帰って来る赤十字の汽車が行きかっていた。圧倒されるのは丸い球が流れていくような白煙、これは戦争画でもあるが色彩の強さが戦争の不安や悲しみをかき消している。

ボッチョーニの黄金の抽象彫刻と連動するのがブランクーシの鳥やミューズ、グッゲンハイムには大理石で彫られたミューズがある。手を耳に当てるポーズがなかなかいい。ちょっと冷たい感じのするミューズに対し、アルプ(1887~1966)の‘成長’は赤子がどんどん大きくなっていく姿を連想する。大変惹きつけられる‘動’の彫刻。

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2018.04.07

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その九

Img     マレーヴィチの‘無題’(1916年)

Img_0001        リシツキーの‘無題’(1920年)

Img_0002     モホリ=ナジの‘AXL Ⅱ’(1927年)

Img_0003        モンドリアンの‘コンポジション1916’(1916年)

ヴァリエーションの多い抽象絵画のなかでロシアのマレーヴィチ(1878~1935)はシュプレマティスム(至高主義)と呼ばれる切れ味の鋭い表現でカンディンスキー(1866~1944)やモンドリアン(1877~1944)とともに抽象絵画の世界で大きな足跡を残した。

抽象絵画から受け取るイメージは鑑賞者の体験や感性でいろいろ変わる。‘無題’をはじめてみたとき、こんなフォルムなら真似できそうな気がしたが、いざ制作を開始したらすぐ行きずまるにちがいない。こういう幾何学模模様や細い線の組み合わせは大変難しい。最近は宇宙の話に夢中なので中心に緑、黒、青で描かれた変形の四角形はハッブル宇宙望遠鏡にみえ、そのまわりを人工衛星や小惑星が飛んでいる感じがする。

シュプレマティスムをさらに進化させたりシツキー(1890~1914)は背景に親指のような大きな曲線を引いて角々した形からでてくる固さをぐっとほぐしている。こういう構成になるまでには紙の上で何度となくユニットを動かし配置をいろいろ変えたはず。そうして心が安定する瞬間がくると制作は終了する。

ハンガリー生まれのモホリ=ナジ(1895~1946)の‘AXL Ⅱ’も宇宙のイメージが強く、太陽系の惑星の間をNASAから打ち上げられた探査機が連隊を組んで進んでいるようにみえる。垂直の線が時間を経過を示すように描かれるなど、幾何学模様をよく計算して構成するところは並みの画家にはない構想力が発揮されている。

モンドリアンは抽象絵画を目玉とする美術館ならどうしても揃えたい画家のひとり。グッゲンハイムにも‘コンポジション1916’などがある。このコンポジションはあの‘ブロードウエイブギウギ’(MoMA)の明快な黒の線で画面を縦横に区切っていく画風に移行する前段階の作品。十字と直線のパターンがやがてすっきりした線に変わっていく。

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2018.04.06

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その八

Img_0003    マルクの‘黄色い牝牛’(1911年)

Img_0001     クプカの‘色彩による平面構成、裸婦’(1910年)

Img     ドローネーの‘赤いエッフェル塔’(1912年)

Img_0002     クレーの‘赤い気球’(1922年)

3年前メトロポリタンを訪問したとき、印象派の部屋の真下にある近現代絵画コーナーでとても嬉しい絵に出会った。それは‘青騎士’のメンバー、フランツ・マルク(1880~1916)が描いた‘牛の戦い’。4頭のうちとくに目を釘づけにさせたのが赤い牛。目の覚めるような強烈な赤にクラクラした。

METでマルクの牛に遭遇するのは想定外、そしてすぐ思い出したのがグッゲンハイムの‘黄色い牝牛’。マルクは1905年から野生動物を描きはじめた。虎、鹿なども手がけたが一番多いのは牛。シャガールの作品にも牛がよくでてくるが、こちらがメルヘン調なのに対して、マルクの牛は彫刻的でヴォリューム感がある。‘黄色い牝牛’は後ろ足をあげ背骨を反り返えらせる姿が目に焼きついている。

クプカ(1871~1957)の関心をもつようになったのは1991年のグッゲンハイム美展で‘色彩による平面構成、裸婦’と出会い、その3年後に名古屋の愛知県美で運よくクプカ展に遭遇したから。クプカがこの裸婦でみせた色使いからは顔に緑のすじの入ったマティス夫人の肖像が頭をよぎる。

グッゲンハイムの抽象画コレクションのなかで数の多いカンディンスキーとともに記憶によく残っているのがドローネー(1885~1941)、お気に入りは円盤の絵より得意のモチーフを手がけた‘赤いエッフェル塔’、ポンピドーやフィラデルフィア美でもエッフェル塔をみたがこの絵がベスト1。

タイトルに同じ赤がついているクレー(1879~1940)の‘赤い気球’はバウハウスで教師をしていた頃の作品。具象よりも静寂で抒情的な光景におもえるのは色調を抑えて上がっていく気球に焦点をあてているから。ここにはクレーの自然に対する優しい感性が注がれている。

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2018.04.05

大谷 2試合連続ホームラン!

Img_0001   インディアンスのエースからホームランを放った大谷

Img

2日に初勝利をあげた大谷が今度は打者としての実力をみせつけ2試合連続でホームランを放った。昨日のインディアンツとの第2戦では初回いきなり3ラン本塁打、そして今日は5回同点となる価値ある2ラン。打った投手は昨年アリーグのサイヤング賞をとったクルーバー。この一発は本当にしびれた。

打撃が好調なのは足を上げるフォームを変えすり足にしたことがいい結果につながっている。オープン戦で打てなさすぎたので早速、フォーム改造に着手。こうした対応がすぐ出来、バットが鋭く振れるのだからで大谷の打者としてのセンスは目を見張らせるものがある。

これで指名打者で出場した3試合にヒット6本、そのうちホームランが2本。こんな上出来の滑り出しは正直予想できなかった。大きな大谷はどっしり構える姿はなにか打ちそうな予感をさせる。一打席々はこれほどワクワクするのはイチロー以来。

イチロー同様打ってほしいときに打ってくれるのは、大谷が‘もっている選手’の証。本当に頼もしい。ホームのロサンゼルスは勿論のこと、全米のアウエイの球場でも大谷フィーバーがまきあがることだろう。スゴイことになった。

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2018.04.04

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その七

Img_0001      カンディンスキーの‘コンポジションⅧ’(1923年)

Img_0003     カンディンスキーの‘さまざまな円’(1926年)

Img_0002     カンディンスキーの‘紫=オレンジ’(1935年)

Img     カンディンスキーの‘主調曲線’(1936年)

カンディンスキー(1866~1944)の抽象絵画との出会いは長く続けている絵画鑑賞のなかで‘最高の瞬間’(peak experiance)のひとつ。そんな心を特別高揚させる作品がグッゲンハイムへいくと続々登場する。

美術館の顔にもなっているカンディンスキーの作品は全部で150点ほどある。カンディンスキーの抽象画を所蔵していることで有名なのはパリのポンピドー、ミュンヘンのレンバッハハウス、モスクワのトレチャコフ、そしてグッゲンハイム。いずれも日本の美術館で画集に載っている傑作の数々が披露された。

グッゲンハイムのコレクションについては1991年セゾン美であった名品展になんと16点やって来た。これによっカンディンスキーが生み出した抽象美に200%開眼した。以来その豊かな色彩と円と直線で構成された明快な幾何学模様に魅了され続けている。

‘コンポジションⅧ’はソロモン・グッゲンハイムが指南役のヒラ・リベイ(初代美術館館長)の案内でドイツ旅行したときデッサウのアトリエでカンディンスキーから直接手に入れたもの。これが購入第一号となった。日本には出品されなかったが2年後NYへ行ったとき存分に楽しんだ。この絵とポンピドーにある‘黄ー赤ー青’はMyベスト1。

カンディンスキーの画風の変化からいうと、一番の好みは1910年代に描かれた色のにじみや躍動的なフォルムを特徴とし宇宙的な意味をもたせた‘コンポジションシリーズ’よりそのあとに制作されたスッキリ抽象画の方。

ここにあげた4点は余分なものが省き明るい色と柔らかい幾何学模様を使うことで軽快な調子をだしている。そのため抽象画にありがちな緊張感や難解さは弱くなっている。また、ミトコンドリアなどの微生物を連想させる形を随所にちりばめているのもおもしろい。

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2018.04.03

加山又造の‘龍図’!

Img_0004     ‘墨龍’(1984年 身延山久遠寺大本堂天井画)

Img_0007     ‘龍図’(1988年 右隻 光ミュージアム)

Img_0001     ‘龍図’(左隻)

3/31(土)に放送された‘美の巨人たち’を楽しくみた。いつもどんな画家の絵がとりあげるか関心を寄せているが、今回は加山又造の龍の絵。その前がベラスケス。ともに食い入るようにみた。

加山又造(1927~2004)は一生付き合っていこうと思っている画家。これまで行われた回顧展は見逃さずに足を運んでiいる。昨年2月には日本橋高島屋で生誕90年を記念して70点ほどが展示されたが、天にも昇る心地でみていた。

‘美の巨人たち’で又造がとりあげられたのはたぶんはじめてのこと。どういう風のふきまわしかわからないが、番組スタッフが選んだのは身延山久遠地大本堂の天井に描かれている‘墨龍’。画集では繰り返し見ているが、本物とはまだ縁がない。

この11m四方の大画面にどどーんと描かれているのは金地に浮かび上がる迫力満点の龍。地に貼られた金箔の数はなんと2万3千枚。この龍の参考になっているのはワシントンのフリーア美にある俵屋宗達の‘雲龍図屏風’。宗達や光琳の画風を受け継ぐ昭和の琳派絵師としての心意気がこの天井画にあらわれている。久遠寺に行ってみたくなった。

‘墨龍’の4点後に描かれたのが光ミュージアムにある‘龍図’。この屏風は日本橋高島屋に登場した。まさに加山流の‘雲龍図’。昨年、京博であった‘海北友松展’で胸に迫る龍図をいくつかみたが、又造も龍の名手。この龍の完成度をみるたびに加山又造はスゴイ画家だなと思う。

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2018.04.02

エンゼルス大谷 初登板で初勝利!

Img_0001     大リーグで初勝利し二刀流をスタートさせた大谷

Img    エンゼルスの赤のユニフォームがよく似合う

今シーズンから大リーグに移籍し二刀流に挑むエンゼルスの大谷がアスレチックスとの試合に先発し、3安打3失点に抑え初勝利を手に入れた。打つ方では初打席でヒットを放つなどまずは無難に二刀流をスタートさせた。

日本のプロ野球はほとんどみないので、大谷のピッチングをじっくり見るのははじめて。初回はフォークで三振をとったが、2回2本ヒットが続いた後、次のバッターにスライダーをレフトに運ばれ3点を許した。並の投手ならこの一発でガタガタとくづれるところだが、大谷はものがちがうからすぐ立て直し6回までアスレチックス打線を抑え込み無失点で切り抜けた。

エンゼルスは7点をとり大谷の勝利をおぜん立てした。対戦相手は昨シーズン西地区の最下位に沈んだチームなので大谷にとってはめぐり合わせとしてはよかったが、次の登板でもいいピッチングができるかはまだわからない。しばらくは勝ったり敗けたりの登板になる可能性は五分五分。とにかく大リーグの野球になれるまでは一喜一憂が続きそう。

だから、本当の実力がでてくるのはオールスター明けの試合あたりから。強豪打者との対戦を重ね、またバッターとしていろんな投手の球を打ち返していくうちに大谷のもっている投打にわたる高い能力が大きく開花することだろう。体調管理をしっかりし怪我をせず準備に怠りなければ、勝ち星もつきホームランもポンポン飛び出すにちがいない。がんばれ、大谷!

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2018.04.01

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その六

Img     ミロの‘耕地’(1924年)

Img_0001        デルヴォーの‘夜明け’(1937年)

Img_0003        シャガールの‘ヴァイオリン弾き’(1924年)

Img_0002     シャガールの‘窓から見たパリ’(1913年)

ミロ(1893~1983)は大好きな画家だから、アメリカの美術館が所蔵する作品はすぐでてくる。ワシントンのナショナルギャラリーには作家のヘミングウエイが購入した‘農場’があり、MoMAでは‘狩人’やパロデイ画の‘オランダの室内Ⅰ’が目を楽しませてくれる。

‘狩人’とグッゲンハイムにある‘耕地’、そして日本にやって来たのに見逃した‘アルルカンのカーニヴァル’(オールブライト=ノックス美)はミロのギャグマンガ的シュルレアリスムの3部作。これをみていつもニヤニヤしている。
‘耕地’は‘農場’をシュールに進化させた作品。おもしろい描き方がいくつもあるが、右の目や耳をもった樹木に感心する。大地にしっかり立つ木は鶏の鳴き声を聞きトカゲやカタツムリをじっとみているのだろう。

デルヴォー(1897~1994)の‘夜明け’に描かれているのは下半身が太い木の幹になっている裸婦。上半身だけをさらしているときは下はだいたいきれいな衣服をまとっているが、この絵は例外的に樹皮でおおっている。人魚がいるのだから樹木人もすんなり受け入れられる。

デルヴォーというとお楽しみの絵がある。横浜美ではじまったテート・コレクションによる‘ヌード展’(3/24~6/24)に出品されている‘眠るヴィーナス’、旧テート館のとき‘白鳥’はみたのにこのヴィーナスには縁がなかった。新しいテートモダンになり対面を願っていたがそれも実現せず。ようやく会えそう。

シャガール(1887~1985)に大接近するためにはどうしてもはずせない美術館はパリのポンピドーセンターと‘村と私’のあるMoMA、そしてグッゲンハイム。‘ヴァイオリン弾き’はほかにも数点みたが、最も印象深いのはこちら。緑の顔と紫の衣装が目に焼きついている。

ミロと同じく、シャガールも夢見る画家。‘窓から見たパリ’にはシャガールの魅力がぎゅっとつまっている。まず目にとまるのは人間の顔になっている猫、そして猫と視線を合わせない頭が二つある男も気になる存在。シャガールの空想は自在、逆さまの汽車があり、お馴染みのエッフェル塔の横では兵士が落下傘で降下中。グッゲンハイムは本当にいいシャガールを所蔵している。

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