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2017.11.30

美術館に乾杯! ボストン美 その六

Img_0001     ヴァトーの‘庭園の集い’(1716年)

Img     ブーシェの‘市場からの帰り’(1767年)

Img_0002     クチュールの‘寡婦’(1840年)

Img_0003     ブ―クローの‘兄弟愛’(1851年)

ルノワールやスーラには近代化まっしぐらのフランスの人々がパリの盛り場で踊りに興じたり、郊外のセーヌ川のほとりで休日を楽しむ様子を描いた作品がある。こうした遊びの絵の元祖がロロコのヴァトー(1684~1721)。この時代は貴族の男女が主役なので‘雅宴画’という名前がついている。

‘庭園の集い’では庭園のまわりに高い木々が立ち並ぶのがひとつの特徴。そして、貴族たちは数人のかたまりと数組みの男女のペアで配置される。おもしろいのはペアの女性は立っていても座っていても必ず向こう側をむいていること。マネの絵にはこちらに背中をむけた女性がよくでてくるが、ヴァトーを真似たのかもしれない。

ブーシェ(1703~1770)の‘市場からの帰り’は色白の純な若い女性や可愛い子どもたち、そして牛や羊たちがでてくるというにぎやかで乙女チックな絵。こういう甘くて明るい雰囲気はアングルやルノワールなども共有している。

トマ・クチュール(1815~1879)やブーグロー(1825~1905)はルーヴルやオルセーではみたことはあるが、アメリカの美術館に飾ってあった?という感じのする画家。だから、厳しい目つきが印象的な‘寡婦’とラファエロの聖母子像を連想させる‘兄弟愛’は日本で展示されたとき長くみていた。

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2017.11.29

美術館に乾杯! ボストン美 その五

Img_0001     ターナーの‘奴隷船’(1840年)

Img_0003     コンスタブルの‘ストゥア谷とデダム教会’(1815年)

Img_0004  コローの‘二エーブルのルクヴリエールの農場’(1831年)

Img     ホイッスラーの‘オールド・ウエストミンスター・ブリッジの最後’(1862年)

魅了される風景画が多いターナー(1775~1851)のなかでとくに印象深いのが空を赤く染まるもの。インパクトの強さではフィラデルフィア美の‘国会議事堂の炎上’が一番だが、ボストン美にある‘奴隷船’はかなりショッキングな絵。

ちょっとわかりにくいのだが、海に浮かんでいるのは病気になり捨てられた奴隷たち、遠くで赤い空がくっきり帆を照らしているのは立去る奴隷船。イギリスの奴隷制は1838年に廃止されたが、ターナーはその2年後にこのむごたらしい光景を描いた。

ターナー同様、イギリス人に愛されているコンスタブル(1776~1837)もアメリカの美術館でよく出会う。‘ストゥア谷とデダム教会’をじっとみているとイギリスの起伏のゆるやかな田舎もいいなと思う。じつはイギリスは観光でも仕事でもいろいろまわっているのだが、いかにもイギリスの田園風景というのが目に焼きついていない。だから、いつかこの絵にでてくるようなところを旅してみたい。

コンスタブルの横に並べたくなるのがコロー(1796~1875)、こちらはフランスの農家、コローはプッサンの影響も受けているがコンスタブルの絵が好きだったにちがいない。大きな絵ではないがみてて心の静まる佳作。

ホイッスラー(1834~1903)の代表作の一枚がボストンにある。それは2014年横浜美で開催された回顧展にも出品された‘オールド・ウエストミンスター・ブリッジの最後’、橋の建て替え工事の様子を描くという発想がユニーク。それはテムズ川がホイッスラーの心のなかにいつもあったことの現われだろう。

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2017.11.28

美術館に乾杯! ボストン美 その四

Img_0002     プッサンの‘マルスとヴィーナス’(1629年)

Img_0001     ブレイクの‘愛するアダムとイヴをみつめるサタン’(1808年)

Img     マーチンの‘エジプトの7番目の呪い’(1823年)

Img_0003     ドラクロアの‘ライオン狩り’(1858年)

美術の本では知っていても海外の美術館へ出かけないと見る機会がない画家がいる。例えば、プッサン(1594~1665)やロラン(1604~1682)。ルーヴルへいくと存分に楽しめるが、アメリカのブランド美を訪問してもよくでくわす。

ボストンにあるプッサンは軍神マルスと愛の女神ヴィーナスを描いたもの。ロンドンナショナルギャラリーにもボッテイチェリの同じ主題のものがあるが、愛が闘争を征服するというルネサンス期の寓意を表現している。マルスだって戦いで精神をすり減らすよりはヴィーナスを見てうっとりするほうが楽しいにきまっている。

回顧展に遭遇することを強く願っているのに一向に実現しないブレイク(1757~1827)、これまで少しまとまった形でみたのはてテートとアメリカのフォッグ美のウインスロップコレクションだけ。テートブリテンで手に入れたブレイクの画集にボストン美蔵が2点載っているが、なぜかこれまでお目にかかったことがない。2015年のときも必見リストに入れていたのにダメだった。

テートでジョン・マーチン(1789~1854)の壮大なスペクタクル絵画‘神の怒りの日’をみたときの感激は今でも忘れられない。感情をストレートに揺すぶるロマン主義が天地創造を絵画化するとこうなるのかと息を呑んでみていた。アメリカではマーチンはワシントンとボストンにいいのがある。‘エジプトの7番目の呪い’は絵葉書にもなっており、美術館自慢の作品。

ドラクロア(1798~1863)が何点も描いている跳びはねる馬やライオン狩りはアメリカコレクターにも人気があり、メトロポリタン、シカゴ、ボストン、ワシントンナショナルギャラリー、フィリップスコレクションで目を楽しませてくれる。ルーヴルでまず‘民衆を率いる自由の女神’みて、そのあとアメリカをまわるともうドラクロアから離れられなくなる。

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2017.11.27

美術館に乾杯! ボストン美 その三

Img_0001     ルーベンスの‘ムーレイ・アーマド’(1610年)

Img_0002     ベラスケスの‘詩人ルイス・デ・ゴンゴラの肖像’(1622年)

Img     レンブラントの‘アトリエのなかに自画像’(1629年)

Img_0003     グエルチーノの‘バビロンの反乱を知らされるセミラミス女王’(1624年)

アメリカの美術館にあるルーベンス(1577~1640)はルーヴルやミュンヘンのアルテピナコテークなどに飾ってるような大きな絵に出会うことはなく、ほとんどが普通サイズのもの。そのなかでボストンでみたのは異色の肖像画。描かれた人物はアラブ人。

ローマで絵の修業をしたルーベンスは1608年に母親が亡くなったのを機に故郷アントワープに戻って来る。この絵が描かれたのはその2年後、当時アントワープは交易で大いに栄えた港町。そのため、アフリカの人やアラブの商人たちも大勢いた。以前訪問したオランダのマウリッツハイス美では黒人を描いたものに遭遇した。ルーベンスは心が広くそうした異国の人々もモデルにしていた。

スペイン絵画ではまずエル・グレコが肖像画の流れをつくり、それをベラスケス(1599~1660)とゴヤが受け継いでいく。4点みたベラスケスのなかでぐっとくるのは日本でも公開された‘詩人ルイス・デ・ゴンゴラの肖像’。国王とはちがって表現に脚色は一切なく、詩人の内面までよくとらえている。

古典絵画とそのあとのバロックまでをふくめて作品の数が最も多いのはレンブラント(1606~1669)で6点あった。‘アトリエのなかの自画像’は縦25cm、横32cmの小品だが、自画像シリーズの一枚として画集には必ず載っている作品だから思わずじっとみてしまう。印象深いのはキャンバスの後ろにできた影。レンブラントの魅力はやはり光の描写。

2015年西洋美で回顧展があったグエルチーノ(1591~1666)、この展覧会で多くの作品をみたのでその年の暮れボストンで遭遇した‘バビロンの反乱を知らされるセミラミス女王’にも敏感に反応した。傑作のひとつではなかろうか。

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2017.11.26

美術館に乾杯! ボストン美 その二

Img     エル・グレコの‘修道士パラビシーノの肖像’(1609年)

Img_0001     ティントレットの‘青年の肖像’(1585年)

Img_0003     ティエポロの‘真理の覆いをはぎとる時間’(1750年)

Img_0004       カナレットの‘ヴェネツィアの風景’(1740年)

スペインのマドリードで目玉の観光となっているのがプラド美、見逃せない作品はやはりベラスケスの‘ラスメニーナス’だが、もう二人忘れられない画家がいる。エル・グレコ(1541~1614)とゴヤ。この3人をここでたっぷりみてしまうともう十分済みマークがつく。

とくべつの思い入れがないとスペイン絵画はだいたいこれで終わりとなる。だが、これが鑑賞のはじまりと感じた人はほかの美術館で作品に出会うと満足の上乗せとなって心が弾む。エル・グレコとベラスケスについてはボストン美でそれが実現する。

3点みたグレコは‘修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像’がなかなかの傑作。キリストや聖人は体を細長く描くことが多いが、実在する人物の肖像画ではこの修道士のように本人を前にしているようにリアルに仕上げる。強い目力が印象的。

ヴェネツィア派のティントレット(1519~1594)の‘青年の肖像’にも思わず足がとまる。これは日本で開催されたボストン美名品展に登場した。現地では別の作品が2点でていた。ちなみにティツィアーノも2点あったが、ヴェロネーゼはなし。

ティントレットが亡くなって100年後ぐらいに生まれたのがヴェネツィア派の第3世代にあたる大壁画の名手ティエポロ(1696~1770)と風景画を得意としたカナレット(1697~1768)。バロック後期に輝いたティエポロの寓意画‘真理の覆いをはぎとる時間’は時間をあらわす翼をつけた老人の姿が目に焼きついている。

カナレットが描くヴェネツィアの美しい風景はどこの美術館でみてもいい気持にさせてくれる。あまり大きくない絵だが、横に広がる街の並びと海にたくさん浮かぶ船が旅心に火をつける。

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2017.11.25

美術館に乾杯! ボストン美 その一

Img_0003        ボストン美

Img_0002     ウェイデンの‘聖母子を描く聖ルカ’(1435年)

Img     クリヴェリの‘キリストの哀悼’(1485年)

Img_0001     クラーナハの‘キリストの哀悼’(1538年)

海外の有名な美術館が所蔵する作品を公開する展覧会は度々開催される。ではその回数が多い美術館はどこか。データをとっているわけではないが、印象としてはボストン美、ルーヴル、プラド、エルミタージュ、ゴッホ美、クレラー=ミュラー美といったところだろうか。

今年はボストン美が東京都美に日本画と西洋画を一緒にして名品を沢山貸し出してくれたし、年が明けると世田谷美にマネやサージェントのいい女性画がやって来る。そして、西洋美ではプラドのベラスケスが数多く公開されることが決まっている。

日本との相性がとてもいいボストン美、これまで運よく3回訪れる機会があった。最近の訪問は2年前、新たにできたアメリカ館で念願だったホーマーの絵をみることができた。また、お気に入りのサージェントの女性画と6点も対面できたのも楽しい思い出。

ボストン美にある古典絵画はシカゴ美同様、メトロポリタンやワシントンのナショナルギャラリーと較べると作品の数は少ない。だから、見ごたえのある絵はよく記憶に残る。フランドルの画家、ウェイデン(1400~1464)の‘聖母子を描く聖ルカ’もその一枚。宗教画のヴァリエーションがふえると聖人の名前も覚えるようになる。画家組合の守護聖人がルカであることをこの絵で知った。

キリストの哀悼をモチーフに描いた2枚の作品にも足がとまる。とくに強烈なイメージなのがクリヴェリ(1430年代~1494)、現在上野の森美で‘怖い絵展’が開かれているが、もし第2弾が‘悲しみの絵展’だったら、この絵が多くの人の目を釘づけにするかもしれない。

クラーナハ(1472~1553)の描くキリストの脱力感も涙を誘う。死せるキスストのまわりにいる人物がみせる悲しみの表情はそれぞれ違いがある。感情の昂ぶりが高くはないようにみえてもみな自分でだせるMAXの悲しみを表している感じ。

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2017.11.24

絶品 セーヴル!

Img_0002     ‘壺 ポプリ・ポンパドゥール’(1753年)

Img_0001     ‘壺 ポプリ・エベール’(1757年)

Img     ‘大皿’(1754~55年)

Img_0004     草間彌生の‘ゴールデン・スピリット’(2005年)

ヨーロッパの磁器ではマイセンと並んで人気の高いセーヴル、サントリー美ではじまった‘フランス宮廷の磁器 セーヴル、創造の300年’(11/22~1/28)をみてきた。開幕した日に足を運ぶことは少なくなっいるが、タイミングが合い早い出動となった。

これまで縁のあったセーヴル焼の名品で記憶によく残っているのはロンドンのウォレス・コレクションでみた緑の船形ポプリ壺とNYのㇷ゚リックコレクションに飾ってあった壺。ほかにもセーブルブルーが目にやきつく皿などに魅了されたが、どこの宮殿にみたかはしかと覚えていない。

今回でているのは国立セーヴル磁器製作所と国立セーヴル陶磁美が所蔵しているもので130点ほど。セーヴルを創立から現代までの300年のスパンでみられたのは幸運なめぐり合わせ。そのなかで最もぐっときたのが白と紫の組み合わせが優雅さを際立たせている‘壺 ポプリ・ポンパドゥール’。これは一生の思い出になる。

金彩をあしらった緑の地に木々や鳥を描きこんだ‘壺 ポプリ・エベール’も思わず足がとまる傑作。フランスの王侯貴族の心をしっかりとらえたにちがいない。白の美しさが魅力のマイセンに対し、セーヴルの窯はルイ王朝の力に支えられて最高の気品と優雅をそなえた壺や皿を生み出した。

青の輝きが目を楽しませてくれる‘大皿’(ルイ15世のブルー・セレストのセルヴィスより)も長くみていた。3階に降りると目を見張らされる現代のセーヴルがずらっと展示してあった。そこになんとあの草間彌生とコラボした‘ゴールデン・スピリット’が、これはやられた!

草間だけではない。カルダー、スーラ―ジュ、アルプ、ジム・ダインとも一緒につくっていた。どんどん進化を続けるセーヴル、強い刺激を受けた。

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2017.11.23

太田記念美の‘菊川英山展’!

Img     ‘雪月花図’(1814~18年 東博)

Img_0001     ‘江戸名所美人八景 上野暮雪’(1808~09年)

Img_0002     ‘当風三美人’(部分 1811~14年 太田記念美)

Img_0004     ‘花あやめ五人揃 廊下’(1811~13年 日本浮世絵博)

久しぶりに行った太田記念美、今‘菊川英山展’(11/3~12/20)を開催している。手にしたチラシに‘二百年前のエレガンス’とある。菊川英山(1787~1867)が描く美人画のイメージにぴったりのコピー。展示室に入る前から期待がもてそうな空気を感じた。

作品は全部で200点、前期(11/3~26)と後期(12/1~20)で半分づつでてくる。これほど多くの英山をみる機会がやって来るとは思ってもいなかった。たまたま美術館のHPをみて開催に気がついた。色っぽい遊女が手招きをしたのかもしれない。

はじめはいつものように靴をぬいで肉筆画を楽しんだ。東博でみた覚えがある‘雪月花図’は季節柄、右の雪の降るなかを歩いていく女性に目がとまる。さしている傘のデザインがじつにシャープ。

歌麿の美人画を彷彿とさせるのが‘江戸名所美人八景 上野暮雪’、雪の積もった寛永寺を背景に本を読む女性が大きく描かれている。歌麿が亡くなったあと、またうっとりさせる美人画が登場したので江戸っ子たちは大喜びだったにちがいない。

‘当風三美人’では反対側の座敷の様子がシルエットになっているところに歌麿の影響がみられる。廊下でリラックスする芸者の描き方は平板なのに奥の部屋を影絵でみせることで奥行きのある空間表現になっている。こういう浮世絵をみるとゴッホたちは痺れただろうなとつくづく思う。

英山独自の美人画になってきたなというのが‘花あやめ五人揃 廊下’、障子をあけて室内からでてきた遊女にはゾクッとするような色香がただよう。英山のこの遊女になぜか女優の沢尻エリカが重なる。真っ赤な口紅が色白の顔に映えるところもそっくり。

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2017.11.21

サイエンスの森! 重力とは何か

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美術でも学問でもそこそこのレベルに到達するにはそれなりに時間がかかる。美術については絵画にしろやきものにしろ、美術館へ出かけて本物を何度もみていればいい作品と普通の作品のちがいがだんだんわかってくる。

ところが、持っている知識が極めて少ないサイエンスのことになると、いくら本を読んでも理解のペースが上がらないことが多い。それでも、つきあいを続けていこうと思うのはときどき理解の小さなジャンプがおこるから。

俺でもこの理論がわかってきたよ、と喜ばしてくれるのは一握りの学者。学者だから頭がいいにきまっているが、難しいことを一般の人にわからせることができるのはそういう学者のなかでもさらに聡明な人。そんな理論物理学者を紹介してみたい。

宇宙の誕生で知られるビッグバン理論の前におきたといわれるインフレーションという現象を考えた佐藤勝彦さんもそのひとり。アインシュタインの相対性理論をマスターしようと思い立って最初に読んだのが佐藤さんの本、
★‘100分で名著 アインシュタイン 相対性理論’(NHK出版 2012年)。

この本で味をしめて佐藤さんの本を夢中になって読んだ。どの本もとにかくわかりやすい。
★ブルーバックス‘インフレーション宇宙論’(講談社 2010年)
★‘相対性理論から100年でわかったこと’(PHPサイエンスワールド新書 2010年)
★‘図解 量子論がみるみるわかる本’(PHP研究所 2009年)

もうひとり、すごい人がいる。超ひも理論をやっている大栗博司さん。
★‘重力とは何か’(幻冬舎新書 2012年)
この本は相対性理論から量子論、そして超ひも理論までカバーした名著。重力をこういう風に考えるといいのか頭が慣れてくる。

アメリカの本でおもしろいのがある。‘マンガ超ひも理論をパパに習ってみた’はこの本に刺激を受けたのかもしれない。アメリカ最優秀教師マンリー氏の
★ブルーバックス‘相対論&量子論’(講談社 2011年)

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2017.11.20

サイエンスの森! 超ひも理論

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何かに興味をおぼえるきっかけは偶然やってくることがある。最近、大変おもしろくて刺激にとんだ本を読んだ。しかもマンガで。原作 橋本幸士 漫画 門田英子 ‘マンガ超ひも理論をパパに習ってみた’(大阪大学出版会 2016年12月) 原作は2015年2月に講談社から出版されている。

本を書いた橋本幸士さんは阪大の教授で今年44歳。39歳で教授になったそうだから、本にでてくる浪速阪教授のように天才物理学者なのかもしれない。以前、科学雑誌Newtonが特集した‘超ひも理論’に登場したことを覚えていて、名前と顔はおぼろげには知っていた。

そして、この大阪生まれの学者が頭がいいだけでなくじつにおもしろい人物であることがわかったのが先月放送されたBS2の科学番組‘コズミックフロント NEXT’。いつもとはまったくちがった番組のつくりかたになっていて、テーマは変えてあるが橋本さんの本のTV版。

感心したのは高校生の娘に最先端の宇宙の話をするパパ役をつとめた橋本さんの達者な演技。これだけうまいと学者をやめてすぐにでも俳優になれる。才能がある人はあれもこれもできるからスゴイ。この番組で本のことを知ったので、美術館巡りをしたとき原作とマンガ本ともに購入した。

相対論と量子論についてはここ2年ブルーバックスなどを買い込み多くの時間とエネルギーを注ぎこんでいるので、理解がだいぶ進んできた。で、次は専門家でも難しいといわれている超ひも理論に進むという流れになっている。

そんな気運があったので、この本はちょうどいいガイダンスになった。そして、収穫のひとつがこれまでよくわからなかった重力のホログラフィー理論が腹にストンと落ちたこと。

モーガンフリーマンの‘時空を超えて’(Eテレ)によく登場するオランダの天才トフーフトがいっている‘3次元空間の情報は空間の表面に保存される。重要なのは体積ではなく表面積’が一気に解決した。

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2017.11.19

ダ・ヴィンチの‘サルバトーレ・ムンディ’ 510億円で落札!

Img       ‘サルバトーレ・ムンデイ(救世主)’(1500年頃)

美術館には頻繁に通っているがコレクターではないから、美術品のオークションにはまったく縁がない。でも、メディアで報じられる‘史上最高の落札額!’といった話には敏感に反応する。3日前飛び込んできた落札額には200%驚いた。

NYのクリスティーズが主催するオークションにかけられた作品はダ・ヴィンチ(1452~1519)が1500年頃描いたといわれる‘サルバトーレ・ムンディ(救世主)’、落札額は日本円で約510億円! 予想の金額を大幅に上回った。気になるのは誰が落札したかだが、その情報はなし。

絵の存在は2011年の7月にでた新聞報道で知った。そして、この年の11月にロンドンのナショナルギャラリーで開催された大ダ・ヴィンチ展に出品されることはわかっていたが、タイミングがあわずロンドン訪問は実現しなかった。

そのあと、この絵は2013年ロシアのコレクターが145億円で落札したという情報があるが、そうだとするとこのコレクターが今回売りに出したいうことになる。一体誰の手に渡ったのだろうか。美術館が手に入れたのならすぐわかるので、やはり莫大な資金力をもつ個人のコレクターの可能性が高い。

今後、本物をみる機会があるだろうか。これだけ話題になると、日本の美術館だって公開へ向けて動きたくなるだろう。期待するとしたら、西洋美、国立新美、東京都美あたりか、そしてBunkamuraも狙っているかもしれない。やってくれそうな気もするが、はたして。

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2017.11.18

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その十

Img     ピカソの‘三人の音楽師’(1921年)

Img_0002     ラウシェンバーグの‘地所’(1963年)

Img_0003     デ・クーニング

Img_0001     フランケンサーラーの‘白いサルビア’(1962年)

ワシントンのナショナルギャラリーにはピカソ(1881~1973)が若い頃描いたいい絵があるが、フィラデルフィアで思わず足がとまるのは‘三人の音楽師’。とても大きな絵で三人のアルルカンがヴァイオリン、縦笛、アコーデオンを陽気に奏でている。

アメリカでピカソというと、NYのMoMAの‘アヴィニョンの娘たち’やグッゲンハイムのあるものがすぐ思い起こされるが、‘三人の音楽師’も忘れられない作品。このほかに2点みたが、そのひとつが珍しい花の静物画だった。ピカソがこんな絵がを描いていたとは!

ネオダダのラウシェンバーグ(1925~2008)はピカソのコラージュのように日常の風景を切り取った写真を自由に重ねて画面をつくっていく。‘地所’は200%即物的でTVに流れるニュースの断片を視覚がしっかりとらえていくような感じ。左の下に‘自由の女神像’がみえる。

オランダ生まれのデ・クーニング(1904~1997)は作品をみるたび関心度が増していく作家、惹かれるのは抽象的な形のなかに生気が感じられるところ。青と赤の布切れがひらひら舞っているイメージがするこの作品はダンサーの競演や疾走する野生動物の群れを連想させる。

あくまで夢の話だが、どこかの美術館で二人の女性画家の回顧展と遭遇することを願っている。アメリカのジョージア・オキーフ(1887~1986)と抽象表現主義で独自の画風を築いたヘレン・フランケンサーラー(1928~2011)。フランケンサーラーのしみ込ませ技法で表現された花や風景にはリアルな描写以上に心を癒す効果がある。

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2017.11.17

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その九

Img_0001     ポロックの‘男と女’(1942年)

Img_0003       ロスコ

Img_0002      ニューマン

Img        フランシス

美術館で企画展を催されるとき、見逃したくないのは1人の作家の作品をどーんと集めてくる回顧展。日本で頻繁に開催されるのはやはり印象派関連のもの。毎年どこかの美術館でやっている。今、東京都美ではゴッホ展が行われている。

これに対し近現代アートの場合、画集が必ずあるビッグネームの作家でさえ、まとまった形で作品を楽しめる回顧展となると滅多にしかお目にかかれない。そのため、2012年にみたポロック展(東近美)などはめぐり合わせ良さをずっと感じ続けている。

一度回顧展を体験すると、画風のイメージや作品の流れにひとつのコアができるのでまたどこかで作品をみたとき敏感に反応することが多くなる。フィラデルフィアでポロック(1912~1956)の‘男と女’をみたのは、回顧展の1年後。やはり生の絵は図版でみる以上にポロックの表現したいことが伝わってくる。

一見すると家の柱に子どもが落書きしたような感じだが、左は明らかに女。上のほうで目玉のようなものが縦に並んでいるのがおもしろい。右の男はイメージのふくらみは少しばかり。黄色の部分が鼻で口を大きくあけている?

ワシントンのナショナルギャラリー同様、ロスコ(1903~1970)とニューマン(1905~1970)が揃っているのは流石というほかない。二人とも川村記念美で回顧展があったからすぐ絵のなかに入っていける。また、あまりみる機会のないサム・フランシス(1923~1994)が姿を現してくれたのも大きな収穫。

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2017.11.16

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その八

Img_0001     レジェの‘都会’(1919年)

Img_0003_2     ドローネーの‘エッフェル塔’(1911~12年)

Img     クプカの‘ニュートンの円盤’(1912年)

Img_0002     ピカビアの‘キャッチ・アズ・キャッチ・キャン’(1913年)

フィラデルフィア美の作品をみて感心するのは印象派だけでなく近現代絵画が大変充実していること。NYのMoMAやグッゲンハイムのコレクションが日本で数多く公開されたことや現地に足を運んだことが重なり、アメリカではこの2つの美術館とメトロポリタンに展示されているものが現代アートの美を心に植え付けてくれた。

そして、そうした作品の楽しみをさらに広げてくれたのが、シカゴ美、ワシントンのナショナルギャラリーとハーシュホン、フィラデルフィア美。ピカソやダリ、ポロック、ロスコ、、輝けるスターアーチストたちの作品が続々でてくる。本当にアメリカは美術大国!

フィラデルフィアにも思わず足がとまる抽象絵画の傑作がいくつもある。レジョ(1881~1955)の‘都会’とドローネー(1885~1941)の‘エッフェル塔’は隣り合わせで飾られている。必見リストに入れていたのは‘都会’のほうだが、ドローネーの代名詞となっているエッフェル塔に遭遇したのは大きな収穫だった。

日本で回顧展をみたのはレジェとクプカ(1871~1957)。名古屋で仕事をしているとき運よくであったのがククプカ展、そこに‘ニュートンの円盤’も出品されていた。だから、20年ぶりの再会となった。最近は宇宙の話に夢中だから、こういう銀河ワールドを連想させる作品には以前より2倍も3倍も反応する。

ダダとキュビスムを混合させた画風で知られるピカビア(1879~1953)、この作品のタイトルはレスリングのフリースタイルの名称。突拍子なイメージのいだきかたかもしれないが、ここに描かれた白や土色の細長い断片は大工がカンナで木材を削るときでる削りかすにみえてしょうがない。

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2017.11.15

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その七

Img   ダリの‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造―内乱の予感’(1936年)

Img_0005     ミロの‘月に吠える犬’(1926年)

Img_0001     デュシャンの‘大ガラス’(1915~23年)

Img_0002デュシャンの‘与えられたとせよ、落ちる水、照明用ガラス’(扉部分 1966年)

Img_0003    デュシャンの‘同上’(扉からの景色)

2013年、フィラデルフィア美にでかけたとき最もみたかったのはセザンヌの‘大水浴図’、‘サンク=ヴィクトワール山’、ダリ(1904~1989)の‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造’、そして美術館自慢のコレクションであるデュシャン(1887~1968)の作品。

ところが、ヒット率は20%。お目にかかれたのは‘サント=ヴィクトワール山’のみ、‘大水浴図’もダリもなぜか展示されてなく、デュシャンは展示室の修復でまったくみれなかった。これは大ショックだった。だが、リカバリーは意外に早くやってきて2年後の2015年に長年の願いが叶った。後押ししてくれのがワシントンのフリーア美で開催された‘宗達展’、この回顧展のおかげでフィラデルフィアにまた縁があった。

ダリの絵には副題に‘内乱の予感’とあるが、描かれた運動会の組み体操を連想させる人物表現からはすぐスペインにおける激しい争いとはむすびつかない。ただ、下からみあげた男の顔は日本の落武者のようにみえなくもないから、祖国が今混乱状態にあることはなんとなく感じられる。なにより嬉しいのはダリをコンプリートするのに欠かせない大事なピースが埋まったこと。ミューズに感謝!

ミロ(1893~1983)の‘月に吠える犬’はミロの魅力がたっぷりでたユーモラスな絵。夜を表すのに地平線の上の黒は当たり前として、感心するのは大地の茶色、カタルーニャの風景にはピッタリの色。そして、左に梯子を垂直に立て、右では赤ん坊が楽しむビニール製のおもちゃのような犬がパラシュートが横になった感じの月をながめている。やはりミロはいい。

デュシャンの熱狂的なコレクターが集めた作品がフィラデルフィア美にはこれでもかというほどある。その数30点以上。だから、ここはデュシャンの聖地になっている。その代表作が通称‘大ガラス’、‘彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも’。

一見するとデパートのショーウィンドウのイメージ、8年かけてつくられたが、上半分が花嫁、下半分は独身者たちの欲望を表現している。こんな情報がインプットされてなければ博物館に飾ってある機械装置の模型と何ら変わりない。まさにレデイ・メイドの集合体。

‘与えられたせよ(1)落ちる水(2)照明用ガラス’は心がザワザワしてくる作品。空っぽの部屋があり、壁にレンガで囲まれた木製の扉がある。真ん中をよくみると小さな穴が二つある。この作品のことを知らないとそのまま通りすぎるかもしれない。

ここから中をのぞくとギョッとする光景が現れる。猟奇殺人の現場に居合わせたよう。草が生い茂った空地に裸婦が火のともったガスランプを左手にもち横たわっている。デュシャンはこの‘覗き穴’を20年にもわたってNYで秘密裏に制作していた。

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2017.11.14

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その六

Img    アンリルソーの‘カーニヴァルの夕べ’(1886年)

Img_0003     マティスの‘青い衣装の婦人’(1937年)

Img_0002     モディリアーニの‘青い瞳’(1917年)

Img_0001     シャガールの‘三時半(詩人)’(1911年)

ヨーロッパのブランド美術館では鑑賞後に寄るミュージアムショップに日本語に翻訳された美術館のガイドブックがだいたい置いてある。ルーブル、オルセー、プラド、ロンドンナショナルギャラリー、エルミタージュ、ウイーン美術史美、、、

ところが、アメリカは違っている。手元にあるのはメトロポリタンとワシントンのナショナルギャラリーだけ。日本で美術館展を何度も行っているあのボストンでさえ日本語版がない。シカゴ、フィラデルフィアも同様。2013年にはじめてフィラデルフィアに行ったとき、当然のこととして図録を購入する予定だったが、販売されていたのは分厚い英語版。専門書すぎたので買うのはやめた。だから、館内で写真撮影したものが図版代りになっている。

幸いなことに手元の美術書にはフィラデルフィア美蔵の作品が頻繁にでてくる。アンリ・ルソー(1844~1910)の‘カーニヴァルの夕べ’は初期の傑作としてTASCHEN本の最初にでてくる。ここにはルソーは3点あるはずだが、展示されていたのはこれとライオンの絵の2点。2回とも同じ組み合わせだったから、残る1点は倉庫に眠っているのかもしれない。

マティス(1869~1954)の‘青い衣装の婦人’は日本でも公開されたが、マティスの描いた女性画ではもっとも華やかで心を奪われる一枚。アメリカにはほかに2点いいのがある。‘音楽’(オールブライト・ノックス・アート・ギャラリー)とまだ縁がない‘桃色の裸婦’(ボルティモア美)。ボルティモアにはこのマティスとゴーギャンのいい絵があるので一度訪問したいのだが、はたして。

モディリアーニ(1884~1920)もアメリカのコレクターはしっかり集めている。シカゴ、MET、ワシントンナショナルギャラリー、フィラデルフィア、MOMA、グッゲンハイム、クリーブランド、デトロイト。‘青い瞳’は日本にもやって来た。

2015年に対面が叶ったのがシャガール(1887~1985)の‘三時半(詩人)’。胴体に逆さにくっついた緑の顔、普通にみるとギョッとする絵だがマグリットのシュール表現とも重なり不思議な魅力がある。

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2017.11.13

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その五

Img    モネの‘鉄橋 アルジャントゥイユ’(1874年)

Img_0002     ルノワールの‘浴女たち’(1887年)

Img_0001     マネの‘エミール・ベローの肖像’(1873年)

Img_0003     ゴッホの‘花瓶の12輪のひまわり’(1889年)

人気の美術館を訪問したとき展示室でするルーチンは決まっている。必見リストに載せている作品をまず優先してみること。そして、関心の高い画家については作品が何点あるかカウントすること。とにかく忙しい。

2013年にメモした印象派の作品をみてみると、モネ18点、セザンヌ8点、ルノワール6点、マネ5点、ゴッホ3点、ロートレック、ドガ、カサット、モリゾ1点ずつ。圧倒的に多いのがモネ(1840~1883)、モネの作品は手元にある画集や図録から沢山目の中に入っているが、そこに載ってないものがぞくぞくでてくる。モネの大ファンだから天にも昇る気分だった。

そのなかでとくに魅せられているのが‘鉄橋 アルジャントゥイユ’。この絵は2010年にパリのグラン・パレで開催された大モネ展にも出品された。列車の煙や鉄橋を支える柱の白が発光体のように輝く様が目に焼きついている。この光の描写をみたら、もうモネから逃れられない。

ルノワール(1841~1919)の‘浴女たち’は対面を心待ちにしていた作品。ところが、左手を後ろにおいて座っている裸婦のお尻のところにかなり目立つ傷があった。これは想定外!修復で消せないのだろう。残念でならないがこういうのは一度みると傷物という感じがして、どうしてもテンションが下がる。

マネ(1832~1883)は海洋画なども印象に残ったが、お気に入りは‘エミール・ベローの肖像’、こういうでっぷりした体格の人物はビールがよく似合う。横にすっといって一緒に飲みたくなる。調子に乗ってこの銅板画家の作品を褒めると、まあ一杯やれ俺のおごりだ、とご機嫌になるかもしれない。

ゴッホ(1853~1890)の‘ひまわり’は大きな収穫だった。これをみたので残るひまわりはミュンヘンのノイエピナコテークにあるもの。いつかコンプリートを達成したい。

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2017.11.12

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その四 

Img_0002    セザンヌの‘大水浴図’(1906年)

Img_0003     セザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’(1890年)

Img_0001     ロートレックの‘ムーラン・ルージュの踊り’(1890年)

Img     ドガの‘踊りのレッスン’(1881年)

アメリカの大きな美術館ではどこへ行っても質の高い印象派・ポスト印象派の作品が目を楽しませてくれるが、フィラデルフィア美にもすばらしい絵がここにもあそこにも飾ってある。

では、美術館一番の自慢の絵はどれか、シカゴ美だったらそれはスーラの‘グランド・ジョット島の日曜日の午後’だが、ここで別格の扱いを受けているのはセザンヌ(1839~1906)は‘大水浴図’、2度目の訪問で長年の夢を叶えた。

稀代のコレクター、バーンズが水浴図の別ヴァージョンを手に入れたとき、自分のもっているほうがフィラデルフィア美のものよりいい、と言い放ったいうが、この大作の前に立ったとき‘感情にまかせてずいぶん盛ったな!’と思った。この絵に会えたことは生涯の喜び。

セザンヌのもうひとつの傑作は強い緑や黄色を使ってモザイク画のように描いた‘サンク=ヴィクトワール山’、この絵も‘大水浴画’同様、画集には必ず載っている美術館の宝だから、日本の展覧会に貸し出されることはまずない。フィラデルフィア美訪問はつくづく大仕事だったなと思う。

最近、セザンヌに関するいい話が入って来た。東京都美は来年春に‘プーシキン美展’(4/14~7/8)をやるようで、出品作にセザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’が含まれている。これも長く気になっていた作品。国立新美の‘至上の印象派展 ビュールレ・コレクション’(2/14~5/7)に‘赤いチョッキの少年’が登場するから、楽しみが2つ重なる。

美術館に入館するとき現地ガイドから配られる‘フロアガイド’に使われているのがロートレック(1864~1901)の‘ムーラン・ルージュの踊り’、これはアメリカの美術館におさまっている珠玉の油彩のひとつ。大変魅了されている。

そして、ロートレックが師事していたドガ(1834~1919)の‘踊りのレッスン’も印象に強く残っている一枚、西洋美の‘北斎とジャポニスム’にドガの‘観覧席前の競争馬’(オルセー美)がでていたが、この絵の人物の配置にも浮世絵の影響がでている。

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2017.11.11

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その三

Img_0002     シャヴァンヌの‘聖人のフリーズ’(1879年)

Img     ミレーの‘松明での鳥の猟’(1874年)

Img_0003     ホーマーの‘ライフライン’(1884年)

Img_0001     サージェントの‘リュクサンブール公園にて’(1879年)

長く続けている絵画鑑賞をふと振り返ってみてよくこの画家の回顧展が実現したなということがある。例えば、3年前、Bunkamuraで行われたシャヴァンヌ展。

フランス人にとって、シャヴァンヌ(1824~1898)は日本でいうと東山魁夷のように多くの人が知っている偉大な画家だろうが、日本人の西洋画愛好家のあいだではその知名度は印象派の画家とくらべるとだいぶ低いのではなかろうか。

日本での回顧展の開催は‘事件’ともいえる幸運なめぐり合わせだったが、アメリカの美術館ではワシントンのナショナルギャラリーとフィラデルフィアでは3点ずつみることができた。Bunkamuraにはフィラデルフィアから‘聖人のフリーズ’、ナショナルギャラリーから‘休息’が出品された。

2013年はじめてフラデルフィア美で必見リストに赤丸をつけていたのがミレー(1814~1875)の‘松明での鳥の猟’、ミレーというとあの安らぎの光景‘晩鐘’のイメージがこびりついているから、この黄金の輝きをみせる松明で鳥をつかまえる場面には200%衝撃をうけた。ミレーにこんな絵があったとは!

アメリカのホーマー(1836~1910)の‘ライフライン’もみたくてしょうがなかった作品。描かれているのは救難隊員が難破船から女性を救い出すところ。まるで災害映画の一シーンをみているよう。ホーマーは激しい波の描写が群を抜いて上手い。息を呑んでみていた。

女性の肖像画を得意としたサージェント(1856~1925)だが、若いころはこんな群像画を描いていた。パリのリュクサンブール公園を歩いたのは何年前だったか、今も変わりないだろうか。

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2017.11.10

期待の‘北野恒富展’!

Img_0003         ‘鏡の前’(1915年 滋賀県近美)

Img_0002     ‘戯れ’(1929年 東近美)

Img_0001     ‘阿波踊り’(1930年 徳島城博)

Img     ‘松風’(1941年)

西洋画でも日本画でも女性を描いた絵に大変魅了されている。おおげさにいうと女性画を楽しむために絵画をみているといってもいい。だから、明治以降活躍した日本画家では誰が美人画の名手かはだいたいわかっている。

回顧展がよく開催されるのが京都画壇の上村松園(1875~1949)、そして東京の人気画家は鏑木清方(1878~1972)と伊東深水(1898~1972)。では大阪は誰か、生まれは金沢だが大阪で名をあげた北野恒富(1880~1947)。千葉市美では今、北野恒富の大回顧展(11/3~12/17)が開かれている。

今年は恒富の没後70年にあたる。で、回顧展が先月でかけたあべのハルカス美で6月に開催された。この情報を昨年知ったときは心が動いたが大阪なのでまあいいか、だった。だが、嬉しいことに千葉市美にも巡回することがわかり、楽しみにしていた。美術館に対する好感度がまた上がった。

恒富の代表的な作品は8割がたみているが、それらは前期(11/3~11/26)と後期(11/28~12/17)にわけて展示される。図録をみると恒富全部みせます!という感じ。最初の部屋にいいのが並んでいた。チラシに載っている‘鏡の前’、じっとみてしまう女性の立ち姿。黒の着物と赤の帯が目の大きい色白の女性をぐっとひきたてている。

北野恒富という画家を胸に刻ませるきっかけとなった絵が東近美にある‘戯れ’、久しぶりにみた。恒富の女性をとらえる視点はじつにユニーク、ここではカメラをいじっている日本髪姿の女性を斜め上からみている。こういうアングルで女性を描くという発想がスゴイ。そして、きれいなのが背景の緑のグラデーションで表現した楓。

‘松風’もいい感じの絵。足をだらっと前にのばした二人は画面の上に顔をだす松の木をみているのか、それともただ空をながめているのかわからないが、こんな光景を視線を後ろにとると家族のあたたかさと自然の美しさが伝わってくる。絵画には大きな力がある。

思わず足がとまったのが‘阿波踊り’、TVでよく映し出されるリズミカルな踊りの様子がよくとらえられている。これも正面とか横からではなく、報道のカメラマンが脚立の上にあがってシャッターをきるように上からの目線で描いている。

期待を上回るすばらしい回顧展だった。後期も出かけるかもしれない。

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2017.11.09

北斎パワー全開 ‘北斎とジャポニスム’!

Img_0002 セザンヌの‘サント=ヴィクトワール山’(1887年 フィリップスコレクション)

Img     モネの‘ベリールの嵐’(1886年 オルセー美)

Img_0001     スーラの‘尖ったオック岬、グランカン’(1885年 テート)

Img_0003     カサットの‘母と子ども’(1889年 シンシナティ美)

現在、西洋美で開催中の‘北斎とジャポニスム’(10/21~1/28)はゴッホ展同様、大賑わいだった。ここ数年は展覧会へ行くとき以前とちがい出品作の情報をHPでみないことが多い。今回手にしたのはドガの絵と北斎漫画を対比させたチラシのみ。サプライズの作品に会えるかどうかは運次第。

入館すると人が多すぎて思うように前に進めない。だから、たくさんでている北斎漫画や風景画、花鳥画を2列目からチラチラとみながら北斎の絵に現れた構図や色彩、モチーフの描写などに刺激され制作したヨーロッパの美術家たちの絵画や工芸品を駆け足気味でみてまわった。

驚くのは北斎の影響をうけた作品の数の多さ。印象派の絵だけでなく、やきもの、ガラス、宝飾品、家具調度品の絵柄など多くのジャンルにわたっている。北斎と横に並んでいる作品を見比べると北斎を意識したことが一目でわかる。この類似性の強さを目の当たりにすると、当時ヨーロッパの美術界で一世を風靡したジャポニスムの様式はいろんな分野に広がっていたことがよくわかる。そして、そのど真ん中に北斎がいたことも。

じつは西洋美は1988年に‘ジャポニスム展’を行っている。そのときも数々の浮世絵と西洋絵画や工芸の模様などが対比されて並んだ。だから、この展覧会はジャポニスムを北斎で代表させたパート2。期待の大きかった印象派の作品は予想通りいいのがでている。流石、西洋美!

浮世絵の影響を受けているのにそれを口にしないセザンヌ(1839~1906)、‘サント=ヴィクトワール山’はお気に入りの風景画、日本にやって来るのは確か3度目。北斎の‘グレートウエーブ’がモネ(1840~1926)の頭のなかにどれほどあったかわからないが、‘ベリールの嵐’を北斎の描いた海と関連付けたくなるのは自然な流れ。

嬉しい一枚と出会った。何年か前ロンドンのナショナルギャラリーでお目にかかったスーラ(1859~1891)の‘尖ったオック岬、グランカン’。思わず、これも来たのか、とうなった。これはスーラの静寂さのイメージとは真逆の荒々しく力強さを感じさせる作品。蟹のつめを連想させる岬の形が目に焼きつく。

大きな収穫だったのがカサット(1844~1926)の‘母と子ども’、この可愛い赤ちゃんに200%惹きつけられた。カサットに乾杯!

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2017.11.08

いつも盛況の‘ゴッホ展’!

Img     ‘タラスコンの乗合馬車’(1888年 プリンストン大美)

Img_0002     ‘サント=マリーの海’(1888年 プーシキン美)

Img_0001     ‘ポプラ林の中の二人’(1890年 シンシナティ美)

Img_0003     ‘夾竹桃と本のある静物’(1888年 メトロポリタン美)

上野へでかけ東京都美で開催中の‘ゴッホ展 巡りゆく日本の夢’(10/24~1/8)をみてきた。ゴッホ狂なので期待で胸が膨らむが、チラシをみて狙い目の作品は決めてある。出品作が多いのはアムステルダムのゴッホ美とオッテルローのクレラー・ミュラー美。ここからやって来るものが回顧展の軸になれば、満足度の高い一級のゴッホ展。館内は予想通り大勢の人がいた。

手元に‘ゴッホ全油彩画’(2冊 TASCHEN 2010年)があり、載ってる作品を一点々つぶしていくのは大きな楽しみになっている。今回済みマークがついたのは6点、だから機嫌がいい。もっとも期待していたのはプリンストン大美からやって来た‘タラスコンの乗合馬車’、一見べたっとした絵だが、馬車の車輪と後ろの家の壁の白がとても印象深い。そして赤と緑の補色効果にもぐっと惹きつけられる。

画面の上部にヨットが沢山浮かんでいる‘サント=マリーの海’に遭遇したのも大きな収穫。チラシになかったので宝物を拾ったような気分、これでプーシキンで残っているのは‘赤い葡萄畑’と‘馬車と鉄道のある風景’。これはモスクワに行かないと見れないかもしれない。

ゴッホに魅せられたアメリカ人コレクターは多く、作品は全米の美術館に分散している。シンシナティ美蔵の‘ポプラ林の中の二人’も長くみていた。林立するポプラの配置の仕方がゴッホには珍しく遠近法に従っており、奥行きのある空間描写が目を釘づけにさせる。

メトロポリタンには‘糸杉’などいい絵が揃っているが、静物画の‘アイリス’と今回はじめて登場した‘夾竹桃と本のある静物’も心を奪われる名画。この2点とポールゲッティがもっている‘アイリス’を勝手にゴッホ静物画のビッグ3にしている。

今年はこのゴッホ展をいろんな人にPRしてきた。来年の1/8までやっているので忘年会で会う友人には熱く語りたい。

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2017.11.07

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その二

Img    ルーベンスの‘鎖につながれたプロメテウス’(’1612年)

Img_0001     プッサンの‘海神ネプチューンの勝利’(1635年)

Img_0004     ターナーの‘国会議事堂の火災’(1834年)

Img_0003     クールベの‘海辺に横たわる裸婦’(1868年)

ヨーロッパの美術館をまわるとルーベンス(1577~1640)の大きなバロック絵画と定番のようにでくわすが、アメリカにはそんな大作は存在せずルーベンスで熱くなることは少ない。印象の残る作品というとワシントンにあるのライオンの絵と女性の肖像画、そしてフィラデルフィアにある‘鎖につながれたプロメテウス’くらい。

‘プロメテウス’は静物画と動物画を得意とするスネイデルスとの共同制作。ルーベンスがプロメテウス、スネイデルスが鷲を担当している。短縮法で描かれたプロメテウスにおおいかぶさる鷲は何をしているのか。肝臓をついばんでいるのである。プロメテウスに罰をあたえるために。

ではプロメテウスはどんな悪いことをしたのか、神々を怒らせたのはプロメテウスが火の秘密を盗み人間に教えたから。そのため岩にしばりつけられ鷲に肝臓を食べられるはめに、肝臓はすぐ再生するからこの罰は未来永劫にわたって続く。これも‘怖い絵’の一枚。

プッサン(1594~1665)の‘海神ネプチューンの勝利’はみごたえのある神話画。ぱっとみてどこかでみたような気がするのはローマでラファエロの‘ガラテアの勝利’が胸に強く刻まれているため。プッサンはラファエロを意識したにちがいない。

息を呑んでみてしまうのがターナー(1775~1851)の‘国会議事堂の火災’、この火災は実際に1834年10月16日の夜に発生した。火災の現場を描くというのはターナーが世間の動きや事件にすごく関心があり新聞社の社会部の記者の心持ちになっていたからであろう。日本画では川端龍子が同じくジャーナリスティックな感性で炎につつまれた金閣寺を描いている。

クールベ(1819~1877)の‘海辺に横たわる裸婦’は日本で開催されたフィラデルフィア美名品展に出品された。波の描写があまりにリアルなので帆の下にいる裸婦に視線が集中しないのが正直な感想。裸婦を人魚に重ねてみてもまだ落ち着かない。裸婦はやはりベッドの上に寝ているとか森の草花に囲まれている姿のほうがぐっとくる。

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2017.11.06

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その一

Img        フィラデルフィア美

Img_0003  ウエイデンの‘聖母と聖ヨハネと十字架上のキリスト’(1460年)

Img_0001      ボスの‘東方三博士の礼拝’

Img_0002    ファン・エイクの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’(1440年)

アメリカの大きな美術館のなかで訪問に長い時間がかかったのがフィラデルフィア美。2013年1月ようやく夢が叶った。そして、2015年宗達の‘松島図’をみるためワシントン行きを決行したためまたこの美術館と縁があった。

団体ツアーに参加しアメリカ東海岸の旅を楽しんだ方はご存知のように、以前はフィラデルフィアでは‘自由の鐘’のあるところへ行くのがおきまりのコースでフィラデルフィア美に入るツアーは皆無だったが、最近は美術鑑賞が好評なのかここを訪れる旅行会社が増えてきた。

フィラデルフィア美の見どころはやはり印象派の絵画。美術の本に載っている傑作がここにもあそこにもあるという感じ。これに対し、古典絵画はメトロポリタンやワシントンのナショナルギャラリーと較べるとかなり差があり、足がとまるものは限られている。

だが、すごいのがひとつある。ウェイデン(1399~1464)の‘聖母と聖ヨハネと十字架上のキリスト’。これまでみたウェイデンで大きな感動をおぼえたのはプラドにある‘十字架降下’だったが、この絵も思わず声がでるほどの傑作、フィラデルフィアにこんないいウェイデンがあったとは!

ボス(1450~1516)のコレクションも美術館の自慢かもしれない。工房作を含めて4点くらいあった。手元のTASCHEN本に載っているのは‘この人をみよ’と昨年プラドで開催された大ボス展にも登場した‘東方三博士の礼拝’。アメリカでボスがみれるのは4つの美術館、そしてフィラデルフィアふだけが複数もっている。

ボス同様、貴重なのがファン・エイク(1390~1441)の作品、‘聖痕を受けた聖フランチェスコ’はトリノにあるほとんど同じ図柄の絵のさらに小さいヴァージョン。縦13cm、横15cmの小品なのでうっかりすると見逃してしまうが、チェックリストに入れてるのでしったり目にとまった。

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2017.11.05

美術館に乾杯! ワシントンナショナルギャラリー その十九

Img     リヒターの‘抽象絵画 780-1’(1992年)

Img_0003     キーファーの‘ツィム・ツゥム’(1990年)

Img_0001     ポルクの‘希望とは:雲を引っ張ること’(1992年)

Img_0002  ロングの‘ホワイト・チャペル・ストレート・サークル’(1981年)

数ある現代アートのなかでその作風が鬼才のイメージをもつのがドイツ人の作品。川村記念美で回顧展をみたことのあるリヒター(1932~)が制作する抽象絵画は画面にあらわれる色彩が美しくて鋭い。ナショナルギャラリーに飾られている黄色の帯が垂直に何本も走る作品は何かとこすれてできたような表面のかすれや傷跡が印象的。

第二次世界大戦が終わった年に生まれたキーファー(1945~)もドイツ人、その作品は発展する都市の対極にある周辺や農村の荒れはてた暗い場所を黒や灰色をベースにして地面の様子がリアルにわかるほど濃い密度で表現したものが多い。これまでみたのはまだ両手にとどいていないがアメリカの美術館では意外とでくわす。

同じくドイツの作家、ポルク(1941~2014)の‘希望とは:雲を引っ張ること’は奇抜なアイデアが足をとまらせる。あのふわふわした雲に縄をかけ引っ張るという発想はなかなかでてこない。運動会の綱引きを連想させる。とにかくおもしろい。

イギリスのロング(1945~)の‘ホワイト・チャペル・ストレート・サークル’は一見すると子どもなら思いつきそうな作品。拾ってきた石を体育館のようなところにびっちり置いて円をつくる。大人がこれをやると子どもとはちがい乱れは抑えて幾何学的な模様にもっていく。円はびっくりするほど大きくなくていいが、小さいとアートにならない。

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2017.11.04

美術館に乾杯! ワシントンナショナルギャラリー その十八

Img     ウォーホルの‘グリーン・マリリン’(1962年)

Img_0001       リキテンスタイン

Img_0003 ルウィットの‘ウォール・ドローイング NO.681C’(1993年)

Img_0002     カルダーの‘ハンギング・モビール’

日本でも人気の高いポップアート、それを象徴するのがウォーホル(1928~1987)のマリリン・モンローの肖像画、NYのMoMAにあるのが背景がゴールドになっているヴァージョンで、ワシントンではグリーンをバックに描いたものが楽しめる。

そして、ウォーホルと並び立つ旗手リキテンスタイン(1923~1997)もいいのが飾られている。美術館の図録にはお馴染みのコマ漫画スタイルの‘見てよ、ミッキー’が載っているが、これにはどういうわけか2008年も2013年も姿をみせてくれなかった。

そのかわりに目を楽しませてくれたのは右に自由の女神の顔の部分がどんと描かれた大作。具象と抽象的な模様のおもしろい組み合わせに息を呑んでみていた。このリキテンスタインの回顧展に遭遇することを夢見ている。4年くらい前ウォーホル展があったから、こちらもどこかが企画してくれるだろうと勝手に妄想している。果たして?

ルウィット(1928~2007)の‘ウォール・ドローイングNO.681C’はケリーやステラを彷彿させるスッキリタイプの抽象画。正方形のキャンバスに色彩の帯を縦、横、斜めに並べる画風は小さなものだとそれほど感動しないが、これが大きな画面になるとインパクトはぐんと強くなり、色彩のもっている力が心を揺すぶる。

動く彫刻、‘モビール’で一世を風靡したカルダー(1898~1970)の大きな作品が東館内の広い空間にパブリックアートとして天井からつりさげられている。こうした展示はMoMAにもMETにもないから長く記憶にとどまる。

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2017.11.03

予想通りダメだったダルビッシュ!

Img    ワールドシリーズで2度もKOされたダルビッシュ

ワールドシリーズはアストロズがドジャースを破り初のワールドチャンピオンになった。どっちが勝ってもおかしくなかった今年のWSだが、勝利の女神はハリケーンで大きな災害に見舞われたヒューストンの人々を元気づけようとアストロズに味方した。

アメリカの野球ファンはこの結果をひそかに望んでいただろうが、日本の大リーグ好きは最後の大一番にダルビッシュをおくりだしたドジャースの勝利を信じていたはず。第3戦では2回でKOされたダルビッシュは今度はいいピッチングをして勝利に貢献してくれるだろう、そのためにレンジャースから移籍してきたのだから、と

ところが、また2回でKOされた。前にも書いたが、ダルビッシュはやはり大舞台に弱い。もうどうしようもなく気が小さく、予想した通りの結果になかった。ドジャースはダルビッシュにまんまと騙された。ダルビッシュが大きな試合では度胸がないことを知らなかったのだろう。そして、熱く燃えないピッチャーであることも。

ヤンキースのマー君がポストシーズンで2度好投して男をあげたのに、ダルビッシュの評価はガタ落ち。本人はドジャースでやりかえしたいと言っているが、ドジャースは再契約にまちがいなくNGをだす。200%愛想をつかしたにちがいない。

大リーグの投手を評価する言葉として3つある。‘超スゴイ投手’、‘好投手’、‘大リーガー投手’、ダルビッシュはこの分類でいうと‘好投手’、‘超スゴイ投手’ではない。真にスゴイ投手なら3戦でのKOを帳消しにするいいピッチングをして大喝采をうけているはず。それができずまた2回でKOされるのだから、エースの名だって返上しなければならない。

ではどうしてこんなぶざま結果になったのか。原因はダルビッシュの野球に取り組む姿勢にある。彼はよく‘自分は大リーグに特別の憧れがあって来たのではない’という。これに対し、マー君はPSでヤンキースの窮地を救うすばらしいピッチングをしたとき‘PSで活躍したくて日本からやって来た’とWSで投げたいという熱い思いを吐露している。そして、自分のもっている技を信じ渾身の力でいい仕事をなしとげた。この姿にNYのファンは熱狂する。

ダルビッシュには自信と誇りが感じられない。得意のスライダーがうまくいかなかったのでストレートを投げたとか、技術的なことをあれこれいう。そういうことだったかもしれないが、こういう大一番ではそれをのりこえて気力をふりしぼってなんとしても勝つんだ、ファンの声援に応えるんだという強い気持ちで打者に立ち向かうのがエースの役割。ダルビッシュからはそんな気迫が伝わってこない。それが一番の問題。

‘WSで勝つという目標ができた’なんて今頃言ってるようではファンからも仲間の選手からも好かれない。これでは‘じゃあー、お前は単にバッターを打ちとるために腕をみがきその勝負に勝つためにマウンドにあがっていたのか、ゲームに勝ってお客さんを喜ばせることはどうでもよかったのか’と言いたくなる。

こんなサイボーグのような投手のパフォーマンスにファンは感動しない。ダルビッシュは心を入れかえないとダメ。日本の大リーグファンの関心はダルビッシュから離れ大谷の活躍に向かっている。

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2017.11.02

美術館に乾杯! ワシントンナショナルギャラリー その十七

Img     オキーフの‘ジャック・イン・ザ・プルピットⅢ’(1930年)

Img_0001    ポロックの‘第1番 1950’(1950年)

Img_0002     ロスコの‘オレンジとうす茶色’(1954年)

Img_0003            ステラ

ワシントンのナショナルギャラリーはエジプト美術なども楽しめるNYのメトロポリタンとちがって絵画と現代アートのオブジェだけを展示する美術館。古典絵画や印象派などを堪能したあと東館へ移動すると魅力いっぱいの近現代アートが目を楽しませてくれる。

NYではMET、MoMA、そしてグッゲンハイムをまわるとアメリカのア―ティストの作品に最接近できるが、ワシントンでも東館とナショナルギャラリーから歩いて5分で着くハーシュホン美に質の高い作品が揃っている。

日本で回顧展が開催されるのを心待ちにしているオキーフ(1887~1986)、2013年の訪問のとき傑作シリーズ‘ジャック・イン・ザ・プルピット’の3点にお目にかかった。抽象性の高い花の絵は息の呑むほどの審美力につつまれており、強い磁力を放っていた。とくにこの‘Ⅲ’は心を打つ。

現代アート界におけるスター作家の作品がたくさんみれるのも東館のいいところ、アクションペインテイングのポロック(1912~1956)、縦のキャンバスを二色の色面で分割する人気のロスコ(1903~1970)、そして、各段ごとに色を変えて石を積み上げたピラミッドを真上からみているような明快な色彩美が目を惹くステラ(1936~)。

ポロックは‘第一番’の1点だが、ロスコは4点、ステラは5点と充実している。関心を寄せている2人なのでこれだけの数を目の前にするとテンションは一気に上がる。

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2017.11.01

二度目の‘狩野元信展’!

Img     ‘四季花鳥図’(重文 1513年 大仙院)

Img_0002     ‘奔湍図’(16世紀 大和文華館)

Img_0003     ‘釈迦堂縁起絵巻’(重文 16世紀 清凉寺)

Img_0001     ‘繋馬図絵馬’(1525年 子守神社)

会期が残り少なくなったサントリー美の‘狩野元信展’(11/5まで)に再度足を運んだ。出動が終わり近くになったのはお目当ての‘繋馬図絵馬’(10/25~11/5)の登場を待っていたから。これをみたので、元信は済みマークをつけられる。

今回、残念だったのが白鶴美にある‘四季花鳥図屏風’がでてこなかったこと。以前ここで絵巻展を開催したとき出品されたので、複製でエクスキューズということなのだろう。完璧な回顧展というのが理想だが、そううまい具合にはいかない。大仙院の‘四季花鳥図’を前後期に分けて全八幅すべてみれたのだから立派な元信展になった。

滝と大胆に曲がった松、赤の羽が印象深い鳥が描かれたこの二幅によって元信のイメージができあがっている。でも、これがいつも大仙院にでているとはかぎらない。はじめてここを訪問したとき、目に気合を入れて進んだら前期にでていたものが掛かっていた。ありゃー、みたいのはこれではないんだが、、、このリカバリーを果たしたのはつい1年前、東博で行われた‘禅展’。水墨と色彩の融合がじつにいい。もうみることはないと思いじっくりみた。

滝とか激流を目を見張らさせるほど上手く描くのは相当難しい。中国の絵を手本にしたとしても並の技量ではとても描けない。大仙院の滝や大和文華館蔵の‘奔湍図’をみると元信は天才だなとつくづく思う。

これまで絵巻展を数回体験し、嬉しいことに‘釈迦堂縁起絵巻’に縁があった。でも、みたのは画集によくでている僧侶が釈迦の像を背中におぶって山道を歩いていく場面ではなかった。展示替えというのは厄介、ようやくみることができ満ち足りた気分になっている。

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