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2017.08.22

全生庵の‘円朝まつり’!

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Img_0002      ‘円朝まつり’が行われている全生庵

Img 鏑木清方の‘茶を献じるお菊さん’(1904~05年) 朝日新聞の記事より

Img_0001        鏑木清方の‘三遊亭圓朝像’(重文 1930年 東近美)

朝日新聞やNHKのニュースで報じられた鏑木清方の幽霊画をみるため、台東区の全生庵へ行ってきた。地下鉄千代田線の千駄木駅に降りるのははじめてのこと。略図でもわかるようにここから全生庵までは約5分、谷中墓地のほうに向かって進むとすぐ着く。

途中、銭湯があった。東京で銭湯をみたのは学生時代のとき利用して以来。台東区という名前は知っているが地元の住人ではないので広さや範囲が皆目見当がつかない。でも、銭湯にでくわすのだからここらがいわゆる東京の下町なのだろう。これが下町の風情かと想いながら歩いていた。

驚いたのはガイドブックを手にした男性の外国人観光客が4人もいたこと。アメリカ人かヨーロッパから来た様子だが、こんなところに興味があるのだろうか。外国人は今どんどん地方にも足をのばしているとよく耳にするが、ここでみた光景はその流れの現れかもしれない。

全生庵では年中行事として‘円朝まつり’(8/1~8/31)が開催され、三遊亭円朝(1839~1900)が蒐集した幽霊画が公開されている。例えば名の通った画家でいうと、円山応挙、川端玉章など、でも、お目当てはこれらの絵ではなく、94年ぶりに発見された鏑木清方(1878~1972)が26~27歳ころに描いたとされる‘茶を献じるお菊さん’。

予想していた通りこの絵の絵はがきは用意されてない。そのため、朝日の記事に載ったものを使っているが、本物も色的にはこんなもの。そして、お菊さんは顔をみせていない。美人画を得意とした清方が幽霊画とはいえ女性の顔を描かないというのはどういう意図があったのだろうか、

清方は17歳のとき円朝に誘われて一週間栃木を旅している。脚気を患った清方を円朝が転地療養に連れて行ったのである。二人は40も年が離れている。清方の父は粋人で円朝を支援していたため円朝が手助けしたというわけ、お蔭で清方の足は東京に帰って来たときはすっかり治っていたという。

それから35年経った1930年に美人画の人気画家になった清方が描いたのが‘三遊亭円朝像’、以前東近美によく通っていたころはときどき飾ってあった。久しぶりにみたくなった。

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2017.08.21

美術館に乾杯! ハーシュホーン美 その五

Img     ウォーホルの‘花’

Img_0003               デイヴィス

Img_0002               ムーア

Img_0001              ヘップワース

現代アートをアメリカ人作家の作品を軸にして楽しもうと思うと、どこの美術館にいけばいいか。ハーシュホーンを知る前は、ヨーロッパではパリのポンピドーセンターとロンドンのテート・モダンへ出かけ、アメリカならNYでMoMA、メトロポリタン、グッゲンハイム、そしてホイットニーをまわる。

アメリカの場合、もう一つ忘れてならないのがワシントンナショナルギャラリーの東館。NYには4つの美術館があるのでポロック、ロスコ、ウォーホル、リキテンスタイン、デ・クーニングといったスターア―ティストの作品が存分に味わえる。

一方、ワシントンを訪問してもナショナルギャラリーとハーシュホーンに足を運べばNYと変わらないくらいの高い満足度が得られる。2013年のときはポップアートの旗手のウゥーホル(1928~1987)は2館で3点みれた。ハーシュホーンで魅了されたのは緑の葉っぱと5つの青の花びらをつけた花が画面いっぱいに描かれたもの。一般的な静物画とはちがい、なにか浮き浮きするような気持になる。これがポップ調の真髄。

デイヴィス(1892~1964)の作品には模様で埋め尽くされた四角や曲がった線のほかに文字や記号が描き込まれている。こういう画風ですぐ思いつくのはピカソのコラージュやクレーの作品。対象を平板的に扱うのは同じだが、デイヴィスの作品は記号や形は自由に主張し合い互いの存在を浮き立たせている感じ。こんな公平な組み合わせはいかにもアメリカ的。

イギリスの現代彫刻家ヘンリー・ムーア(1898~1986)とバーバラ・ヘップワース(1903~1975)はともにヨークシャーの出身。このところ、熱海のMOA美に出かけていないので、ムーアはハーシュホーンでみたあとはとんと縁がない。

ムーアがブロンズに穴をあけるのに対して、女性彫刻家ヘップワースがなかをきれいにくりぬいているのは木。竹細工は日本人の琴線にふれるから、このヘップワースの作品が気に入っている。小品だがこういうものが部屋にあったら心がぐっと落ち着くにちがいない。

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2017.08.20

美術館に乾杯! ハーシュホーン美 その四

Img_0003            ジャコメッティ

Img             アルプ

Img_0002             ケリー

Img_0001             リヒター

今年前半に行われた西洋美術関連の展覧会で注目していたものが4つあった。見た順番からいうとミュシャ、ブリューゲル、アルチンボルド、そしてジャコメッティ。このうち、ジャコメッティ(1901~1966)については11年前、神奈川県近美 葉山であった回顧展をみているので、プラスαが少しでもあればいう中くらいの期待をしていた。

ところが、実際に入館してみると前半は予想通りの作品が並んでいたが、後半は‘ヴェネツィアの女’の揃い踏みと大きな頭、歩く人などの大型彫刻に度肝を抜かれた。アーチストの物語はやはり回顧展を2回くらい体験しないと最接近できない。

このジャコメッティ展で遭遇した大型作品に比べると、ハーシュホーン美でみた原始人のような人物像はサイズ的には小さいものだが強い存在感があった。ジャコメッティの彫刻と言うと女性の体を両サイドから鋼鉄によりぐっと圧縮し薄っぺらで縦長にしたイメージ。ところが、目の前の人体はゴリラが仁王立ちしているような姿。こんなジャコメッティがあったのか!という感じ。

抽象彫刻のアルプ(1887~1966)の回顧展も同じく葉山で一度みたことがある。その特徴は形は抽象であってもどこか人間を感じさせる柔らかいイメージの造形表現、イメージはいろいろふくらむ、赤ちゃんの小さな手や足であったり、女性の豊満な上半身や大きな臀部にみえたりする。

ハーシュホーンでみたのは黄金の一つ目小僧という印象をもった、黄色が輝く彫刻ですぐ思い浮かべるのはブランクーシの‘眠れるミューズ’。アルプの作品はこれと対比すると緊迫度はぐっと弱く、その分自由で開放的な面が際立つ。

アメリカの美術館をまわってよくお目にかかるのがケリー(1923~)の明るい色彩をシンプルに横に並べた作品。この美術館は3点所蔵している。明度の高い赤、黄色、青が大きな横長のボードに左からまったく同じ寸法で塗られている。ケリーでなくてもこれくらいの事なら誰でも描けるが、それはこういう作品をみたあとだから言えること。これほどストレートに色面の美しさをみせつけられると、素直に感動する。

ドイツの現代ア―ティスト、リヒター(1932~)の作品がここにあるとは思ってもいなかった。海外の美術館で色のついた土砂降りの雨が前後何層にも重なるように空から降ってくるようなリヒターの抽象画を見る機会はほとんどない。だから、この幸運なめぐり合わせにスゴイ!々、と心で叫びながらみていた。

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2017.08.19

美術館に乾杯! ハーシュホーン美 その三

Img_0002     ベーコンの‘ゴッホ’

Img_0001     デ・クーニングの‘ふたりの女’

Img_0003    スティル

Img     カルダー

円筒形の建物のハーシュホーンは3階建てになっており、3階の竹でいうと空洞の外側にあたるところに所蔵作品が展示されている。部屋の数は10くらい。所蔵品を一度に披露できないのでローテーションしながらみせている。数の多さに驚いたのがベーコン(1909~1992)。

じつはベーコンは好きではない。登場する人物が幽霊のようでグロテスクにゆがんだ顔がどうしても馴染めない。だから、4年前東近美で開催されたベーコン展はでかけることはでかけたが図録は購入しなかった。

でも、1,2点まあみていられるのがある。ひとつはベラスケスが描いた法王イノケンティウス10世の肖像をパロッた連作。MoMAではじめてみたが、そのときは幽霊画のイメージなので絵の前には長くいなかった。それからだいぶ後にローマでベラスケスの原画とお目にかかり、そのリアルな姿に驚愕した。そのため、ベーコンの連作への感じ方が変わった。ここも一枚コレクションしている。

もうひとつはゴッホが野外で絵を描くために散策しているところをモチーフにしたもの。何点かあるようだが、ハーシュホーンにも一枚おさまっている。ゴッホが好きなのでほかの作品にくらべて拒否感は小さい。

日本でもブリジストン美で回顧展(2014年)が開かれたデ・クーニング(1904~)、あの有名な‘女’が4点現れた。目はキツイがどこかユルキャラ的なところがあるこの女を一度にこれだけみれたのだからもうワクワク気分。NYのMoMAにいるような感じだった。

抽象表現画の鬼才、スティル(1904~1980)の3つの大作も息を呑んでみていた。ギザギザのとげをだす塊が丸くなったり縦長にのばされたりして白地の大きな背景に無造作に配置されている。別ヴァージョンでは地は黒みをおびた深い青、塊が深海に現れた奇妙な姿をした新種の魚にみえてくる。

カルダー(1898~1976)は定番のモビールやオブジェが3つの部屋に全部で8点飾ってある。カルダーに開眼したのは1991年、池袋のセゾン美(現在はなし)で行われたビッグなグッゲンハイム美名品展。そのときの楽しい気分がよみがえった。

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2017.08.18

美術館に乾杯! ハーシュホーン美 その二

Img_0001     ミロに‘サーカスの馬’(1927年)

Img     ダリの‘スルバランの頭蓋骨’(1956年)

Img_0002     ポロックの‘ポーリングのある構成Ⅱ’(1943年)

Img_0003     ロスコの‘No.9/No.24’(1949年)

美術館のミュージアムショップへ行くと普通は収集品を載せた図録が並んでいるが、ここはどういうわけか図録をつくっていない。そのため、紹介できるのは手元にある美術本や展覧会の図録にでているものと展示室で写真撮影したものだけ。

ミロ(1893~1983)の‘サーカスの馬’は日本とワシントンで二回みる機会があった。2002年世田谷美であったミロ展はこれまで開かれた最も大規模な回顧展、TASCHEN本に載っている作品などがいくつもあったので目を輝かせてみた。ハーシュホーンという美術館の名前がインプットされたのはここに出品された‘サーカスの馬’と出会ったときだったような気がする。そして、2013年に再会したときは絵のサイズの記憶が消えていたから195×280㎝の大きさにちょっとのけぞった。

ミロの漫画チックでユーモラスなシュルレアリスムとはちがい、ダブルイメージや精緻な描写によって独自の画風を生み出し人々を謎めいた絵画空間に誘ったダリ(1904~1989)、スペインの巨匠スルバランの作品を引用して不気味な髑髏を登場させた‘スルバランの頭蓋骨’はBunkamuraの‘だまし絵展’でみたとき頭蓋骨の奇妙なつくりかたに200%感心させられた。

ハーシュホーンの誇る自慢のコレクションは昨日紹介したホッパーとポロック(1912~1956)の‘ポーリングのある構成Ⅱ’とロスコ(1903~1970)の‘No.9/No.24’かもしれない。ともにTASCHENに掲載されている。とくに心に強く残っているのは6年前にあったポロック展(東近美)でみた‘ポーリング’、ポロックはこの絵から抽象表現主義という新しい絵画を切り開きアート界の寵児になっていく。

今は宇宙の謎にどっぷり嵌っているので、宇宙創成期のころ星と星が衝突を繰り返しているようなイメージでこの絵をながめている。

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2017.08.17

美術館に乾杯! ハーシュホーン美 その一

Img_0001     ワシントンD.C.の美術館(拡大で)

Img     ホッパーの‘午前11時’(1926年)

Img_0002    ホッパーの‘線路際のホテル’(1952年)

Img_0003    ホーマーの‘国会議事堂’(1881)

もしワシントンで美術館巡りを満喫したいと思ったら、何日ここに滞在すればいいか。一つの美術館にかける時間にもよるが、ここにある美術館群はわりと狭いエリアに集中しているので2日もあれば存分に楽しめるかもしれない。

美術散策のハイライトは国会議事堂とワシントン記念塔を結ぶ、モールと呼ばれる緑地帯(拡大地図で)。いい美術館が揃っている。スミソニアンのひとつハーシュホーン美があるのは国立航空宇宙博物館とフリーア美のちょうど中間点あたり。円筒形の建物で彫刻庭園にはリキテンスタインやピカソらの彫刻がある。

2013年に訪問したとき驚いたのが充実した現代アートのコレクション、美術館の向かい側にあるナショナルギャラリーの東館ではウォーホルやロスコといったビッグネームの作品がたっぷり楽しめるが、ここには質の高さでは敗けてないいいものが並んでいる。

そして、アメリカ人にはとても人気のあるホッパー(1882~1967)やホーマー(1836~1910)も所蔵している。日本にいるとなかなかみる機会がない画家なので2008年シカゴ美で2人の回顧展に偶然遭遇したのは生涯の喜びである。このときみたのがホッパーの‘午前11時’、裸婦が椅子に座って窓の外をみている。11時になるのにこの女性はまだけだるいのか、服を着て何かをするという気持ちになってない様子。

ハーシュホーンにあるもうひとつの‘線路際のホテル’は必見リストの載せていたが残念なことに姿をみせてくれなかった。次回の楽しみ。ホーマーの水彩画‘国会議事堂’は45歳のときの作品。モネの作品とは趣の異なる心に響く風景画。

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2017.08.16

サイエンスの森! 生物学者 福岡伸一

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なにかを求めているとき、ひょうんなことから知りたい情報が入ってくることが時々ある。京大名誉教授の永田博士の本で細胞膜がどのようにできているかを知り、生命の条件のひとつである‘外界から区別された単位であること’の意味がわかったような気になった。

以前なら地球上に生命が誕生したことについて考えることもなかったが、今は細胞の進化にも興味がふくらんでいく。そんな中、散歩の途中馴染みの本屋にぶらっと入ったら、福岡伸一著‘生物と無生物のあいだ’(講談社現代新書 2007年5月)という本が目にとまった。

ぱらぱらと頁をめくると、膜形成のメカニズムとかタンパク質の分泌プロセスといった脳を刺激する図がでてきた。これはまさに知りたかった話、即購入した。あとで知ったのだが、10年前に出版されたこの本は多くの人に読まれたらしくサントリーの賞を受賞していた。

著者の生物学者福岡伸一(青山大学教授)さんはフェルメール好きの学者として5年くらい前TVの美術番組によく出演していたので、顔は知っていた。だが、そのころはこの学者が専門の分野でどんな貢献をしたかについては関心がなく、もっぱらフェルメールが好きな異色の先生というイメージだった。

ところが、この本を読みイメージが変わった。この人は大変な才能の持ち主で専門の分子生物学の話をわかりやすく説明してくれる。例え話が的確なため、込み入った話がすっと頭に入っていく。頭がよくて文章が上手い、多くのサイエンス本愛好家の心をとらえたのもうなずける。

この本が縁となり、ブックオフで次の2冊も手に入れた。今は隣の方が熱心に読んでいる。
★‘動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか’(木樂舎 2009年2月)
★‘動的平衡2 生命は自由になれるのか’(木樂舎 2011年12月)

3冊を読み生命の不思議さが少しずつわかってきた。DND、タンパク質、ノックアウトマウス、プリオン、ミトコンドリア、遺伝などの理解が進むことは請け合い。いい本と出会った。

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2017.08.15

鏑木清方の幻の幽霊画が存在していた!

Img_3    鏑木清方の‘茶を献ずるお菊さん’(朝日新聞の記事より)

先週ホテルオークラで久しぶりに鏑木清方(1878~1972)の美人画をみて、やはり清方の描く女性はいいなと惚れ直したところだったが、今日の朝日新聞に清方の作品に関するおもしろい話が載っていた。また、NHKのニュースでも取り上げていた。

東京都台東区の全生庵では今、清方が怪談‘皿屋敷’にでてくる幽霊お菊をモチーフにして描いた‘茶を献ずるお菊さん’が展示されているという。展示は8/31まで。手元に清方の美術本や過去に開催された回顧展の図録がかなりの数あるが、この絵のことはまったくでてこない。

この幽霊画がいつ頃描かれたものか正確な情報がないが、1906年清方がお世話になった三遊亭円朝(1839~1900)の法要の際には絵葉書の図柄にこの絵が使われていたようだ。そして、絵は1923年の関東大震災で焼失したといわれていた。

ところが、実際は無事で残っており、記事によるとつい最近都内の画廊が手に入れたとのこと。清方好きとしてはこれを見逃すわけにはいかない。全生庵は地下鉄千代田線千駄木駅の団子坂下出口から徒歩5分のところにあるそうなので、日程を調整して出かけることにした。

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2017.08.14

見ごたえのある‘タイ展’!

Img_0001    ‘ナーガ上の仏陀坐像’(12世紀末~13世紀)

Img     ‘仏陀遊行像’(14~15世紀)

Img_0003     ‘ラーマ2世王作の大扉’(19世紀)

Img_0002     ‘虎や猪などが彫られ下方部分’

タイのバンコクは仕事で2回訪問したが、休みの日を利用して観光として出かけたのは定番の寺院などが主でバンコク国立博物館に寄る時間はなかった。ここでタイ仏教美術の神髄がみれることはわかっているから、このたび東博の特別展‘タイ~仏の国の輝き~’(7/4~8/27)にその傑作の数々がやって来てくれたことは本当に有り難い。

入っていきなりチラシに載っている‘ナーガ上の仏陀坐像’が現れた。すぐメインディッシュがでてくるの!という感じ。この蛇が瞑想中の仏陀を雨風から守るというモチーフはインドやアンコールワットの仏像展で目に焼きついているから、食いつきはすごくいい。これはタイの国宝であることは間違いない。声を失ってみていた。

スコータイ時代につくられた‘仏陀遊行像’も大きな収穫、腰が少しS字に曲がったやわらかい仏像の足元をみるとかかとが上がりまさに歩いている姿。こういうタイプの仏像ははじめてみたので2回ぐるぐる回りした。

そして、最後に飾ってある現在のバンコク王朝の仏教美術にサプライズが待っていた。それは高さが5.6mもある大きな扉。これは木製で金が張られており、表面に植物や動物がびっしり彫られている。ここだけは写真撮影がOK、そして解説パネルにどの部分にどの動物がいるかが示されている。

登場する動物で下方にいるのが蛙、蛇、亀、鹿、猪、虎など、ほかのところを単眼鏡を使ってじっくりみると猿や小鳥、蜘蛛や蝶、栗鼠、蜥蜴などもみつかる。

バンコクへ行ったのは25年前のこと、今は道路の交通渋滞は解消されているだろうか、この展覧会をみてまた‘微笑みの国’を旅行してみたくなった。

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2017.08.13

アートコレクション展 ‘佳人礼賛’!

Img     上村松園の‘うつろう春’(霊友会妙一コレクション)

Img_0001     鏑木清方の‘七夕’(左隻 大倉集古館)


Img_0002     鏑木清方の‘雨月物語 蛇身’(霊友会妙一コレクション)

Img_0004    モデイリアーニの‘婦人像’

地下鉄銀座線の虎ノ門駅で下車しホテルオークラをめざした。今このブランドホテルは増改築の真っ最中、2年後の2019年にオーフンの予定だという。どんなホテルに生まれ変わるのかと想像しながら、ちょっとしんどい坂道を進み横の別館にたどり着いた。

現在、ここで恒例のチャリティーイベント、‘第23回 秘蔵の名品 アートコレクション展 佳人礼賛’(7/31~8/24)が行われている。長らく鑑賞が途絶えていたが、何かの情報に載った上村松園の美人画が気になってしょうがなかったので、1点買いで足を運んだ。

これまで上村松園(1875~1949)の回顧展は何度も出くわしたが、今回出品されている‘うつろう春’は縁がなく画集でもみたことがなかった。所蔵しているのは霊友会妙一コレクション、このようなぐっと惹きこまれる作品がどうしてこれまで公開されなかったのだろうか、いい絵ほど所有者は出したがらないという法則が働いたのかもしれない。すぐMy‘好きな美人画’に登録した。

直感通りの傑作をみたのであとは気軽にみた。日本画で佳人をモデルに描く画家というとすぐ頭に浮かぶのは上r村松園、鏑木清方(1878~1972)、そして伊東深水(1898~1972)。清方は大倉集古館にある‘七夕’と‘雨月物語’(8点)が一際輝いている。

ふたつとも前回いつどこでみたか思い出せないが、清方作品では忘れられないものなのでいい気持でみていた。深水は‘楽屋’(明治座)の画面いっぱいに描かれた着物姿の女性に体が吸いこまれていく。まさにうっとりするほどの佳人。

西洋画の女性画で思わず足がとまったのがモディリアーニの‘婦人像’とキスリングの‘スペインの女’、日本にこんないいモディやキスリングがあったの!という感じ。‘うつろう春’のプラスαにこれがついてくれば元はとれた。以前のように毎年でかけたほうがいいかなという気になっている。

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2017.08.12

‘藤島武二展’で思わぬ出会いが!

Img     ‘チョチャラ’(1908~09年 ブリジストン美)

Img_0001     ‘婦人と朝顔’(1904年)

Img_0003     ‘美人と音曲 鼓’(1905年)

Img_0002     ‘蒙古の日の出’(1937年 鹿児島県歴史資料センター黎明館)

現在、練馬区美で開催されている‘藤島武二展’(7/23~9/18)をみてきた。久しぶりに出かけた練馬区美はアクセスのいい美術館で西武池袋線の中村橋駅で下車して徒歩5分のところにある。これまで関心をもっている画家の回顧展をよく開催してくれるので高い好感度が続いている。2年前は浮世絵の小林清親展を存分に楽しんだ。

藤島武二(1867~1963)は黒田清輝とともに日本の洋画界におけるビッグネーム、だが、これほど有名な洋画家でも回顧展が行われる回数は意外にも少ない。6年前そごう美で待ち焦がれた回顧展に遭遇したが、このときは岡田三郎助との二人展。今回、はじめてとなる個展に出品されているのは160点。

当然、初見のものに期待が高まるが嬉しい出会いがあった。前回そごうでは展示されなかった‘チョチャラ’がひょいと目の前に現れた!これはブリジストン美が所蔵する藤島武二では最後まで残っていたワンピース。モデルはイタリアの地方出身の女性で花売り娘。イタリア人だが、こういう顔をした日本の女性もいる感じがするので親しみを覚える。

チラシにも図録にも使われている‘婦人と朝顔’は洋画家の描いた女性の肖像画としてはお気に入りの一枚。ベスト5に登録しているのはぞっこん惚れている歌手の藤あや子に似ているからかもしれない。これは個人コレクターの所蔵、毎日ながめられるのだから羨ましい。

‘美人と音曲 鼓’は絵はがき(6セット)のために描かれたもの。ほかに着物を着た女性が演奏しているのは笛、琵琶、三味線、ヴァイオリン、ピアノ、このなかでとくに魅了されたのが鼓をたたく女性。とてもチャーミングな笑顔をみてある女優を連想した。誰か?勝手な思い込みだが、昨年4月に放送されたNHKの土曜ドラマ‘トットてれび’で黒柳徹子を演じた女優の満島ひかり!

武二が描いた風景画は印象派的な画風が特徴、収穫は初見の‘蒙古の日の出’、日の出の赤の強さが一際輝いていた。

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2017.08.11

サイエンスの森! ゲノム編集

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Img_0002ゲノム編集によって筋肉の量が2倍に増えたマダイ(右)(サイエンスZEROより)

Img_0003     ‘クリスパーキャス9’が目的の遺伝子を切ってくれる

Img_0001_2     シャルパンティエ博士(左)とダウドナ博士(右)

最近よく耳にする‘ゲノム編集’、関心はあっても知識が足りないため遺伝子組み換えと同じようなものなのだろうと思っていた。ところが、これは食料や医療の世界と大きく変える画期的な技術だった。

5月に見たEテレの‘サイエンスZERO ゲノム編集’(2週)で理解が進んだ勢いで、昨年7月に出版された‘ゲノム編集の衝撃’(NHK取材班 NHK出版)も購入して前のめりで読んだ。この本は2015年7月30日に放送された‘クローズアップ現代 いのちを変える新技術~ゲノム編集~’の取材班が執筆したもの。

2年前まだゲノムへの興味が薄かったためこの番組の情報はひっかからなかった。しかし、今はタンパク質の話に首を突っ込んだのでDNAに書き込まれた遺伝子情報やゲノムのことが頭に整理して入っている。こうなると、体内に特別の物質を注入し特定の遺伝子をハサミでちょん切るというマジックみたいな技術の話が理解できるようになる。

この技術の成果を表す例がいくつか紹介された。驚いたのは筋肉もりもりのマダイがでてきたこと。和歌山県白浜町で京大&近畿大はゲノム編集を使ってマダイの筋肉の量をアップさせる研究を行っている。筋肉の増加を抑えるミオスタシンというタンパク質が働かないように遺伝子を切ると、マダイの筋肉量が2倍になった。鯛の刺身が2人分とれるのだから、市場にでるようになったら関心も高まるだろう。

ゲノム編集は第三世代に入り2012年に‘クリスパーキャス9’という画期的な技術が発見された。これを考え出したのは2人の女性研究者。エマニュエル・シャルパンティエ博士(フランス人)とジェニファー・ダウドナ博士(アメリカ人)、ノーベル賞を受賞するのは間違いないと言われているが、‘クリスパー’という繰り返し現れる遺伝子配列を発見したのは30年前古細菌を研究していた日本の石野良純九大教授。だから、石野教授もノーベル賞に輝くかもしれない。

医療の現場ではがんや難病の治療の研究にこのゲノム編集がどんどん使われている。素人がみてもとても簡単な‘クリスパーキャス’を使えば、病気に苦しんでいる人たちを救えるのではと思ってしまう。中国系アメリカ人チャン博士は‘ゲノム編集によってがんは撲滅できる’と言い切っている。

ゲノム編集によって生まれた食料がすぐ食卓にのぼるかはこれまでの遺伝子組み換え食品のマイナスのイメージがあるのでそう簡単ではないだろうが、ゲノム編集の正しい理解が進むにつれ需要もふくらむことは十分予想される。そして、がんが撲滅されれば夢のような世界に生きることになる。ゲノム編集から目が離せない。

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2017.08.10

サイエンスの森! 大村智物語

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Img_0002 2004年ガーナを訪問した大村博士(Newton2015年12月号より)

Img     オンコセルカ症特効薬 イベルメクチン(サイエンスゼロより)

2週間くらい前散歩の途中にあるブックオフにぶらっと入ったら、いつか読んでみようと思っていた本が目に入った。それは2年前ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智博士に関する本。
★馬場錬成著‘大村智 2億人を病魔から守った化学者’(中央公論新社 2012年12月)

大村博士がノーベル賞を獲得したときインタビューされたiPS細胞の山中伸弥教授(京大)が‘最近ある人から本をいただきとても偉い先生がいることを知った。その方が大村先生だった’と熱く語っておられた。だから、目の前にひょいと現れたこの大村智物語本を興味深く読んだ。

タンパク質の話にエネルギーを注力していると関心を寄せていたいろいろなこととつながり、微生物がつくりだす化合物をつかって生み出された新薬のことまで理解が進んできた。2015年11月に放送された‘サイエンスゼロ’で当時80歳だった大村博士がどんな研究が高く評価されてノーベル賞に輝いたかは大雑把には知っていた。

本の中にもでてくる写真が大村博士の偉さを如実に語っている。大村博士が偶然見つけた微生物からつくった特効薬のおかげでガーナの子どもたちはもう失明にいたるオンコセルカ症や歩行できなくなるリンパ系フィラリア症に苦しめられることがなくなった。10億人の人を病魔から救ったのである。

この魔法の薬イベルメクチンが生まれたのは大村博士がストレプトマイセス・アベルメクチニウスという長ったらしい名前のついた微生物(放線菌)を発見したおかげ。1974年、川奈ゴルフクラブの周辺の土壌から偶然みつかったこの微生物はそれ以後ほかでは一度もみつかっていない。何かの縁で日本の大地のなかにいた微生物がアフリカの人々に希望の灯をもたらした。つくづくスゴイことが起きたんだなと思う。

この薬の特許ロイヤリティとして大村博士がいる北里研究所に世界第2位の製薬会社メルク社から支払われた金額はなんと200億円以上。当初、メルク社は発見した放線菌の菌株を3億円で売ってくれといってきたが、大村博士はそれを蹴りロイヤリティ契約で決着させた。製薬会社とウインウインの関係をベースにした産学共同で新薬の開発を進め、しっかり儲ける。大村博士は根性のすわった化学者だけでなく経営者のセンスも持ち合わせている。

超一流の人はいろんなことに才能を発揮する。大村博士もその例に漏れない。ほとんどつぶれかかっていた北里研究所を立て直し、埼玉県の北本市に新しい病院をつくった。ここには絵画がたくさん飾られており‘美術館病院’と呼ばれているそうだ。

また、女子美からは美術への深い造詣と経営能力を買われて理事長就任を依頼されている。そして2007年には故郷の山梨県韮崎市に韮崎大村美術館をオープンさせた。長年蒐集した作品を市に寄贈し、女流芸術家の作品を中心に展示されているという。いつか出かけてみたい。

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2017.08.08

サイエンスの森! オートファジー

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Img_0002     オートファジーの仕組み(Newton2016年12月号より)

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細胞の構造がどうなっており、どこでタンパク質がつくられているのかを永田博士の‘タンパク質の一生’で一通り頭に入れたところで、次に水島博士が2011年に上梓された‘オートファジーの謎’(PHPサイエンスワールド新書)に読み進んだ。そして、それと並行して昨年10月ビデオ収録していた‘サイエンスゼロ、オートファジー特集’をみた。

オートファジー(自食)というタンパク質の分解機構についての研究で大隅博士がノーベル医学生理学賞を獲得されたが、こういう言葉ははじめて聞くので理解度はかなり低かった。サイエンスゼロでは2年前に大隅氏と弟子の水島氏を呼んで番組をつくっていた。

そこで酵母の細胞にある液胞というところにタンパク質がうごめく画像がでてきたが、このオートファジーの仕組みはよくわからなかった。液胞って何?酵母が飢餓状態になると、核の外のところに膜状の袋ができてタンパク質を包み込み液胞のところまで移動する。すると液胞から分解酵素がでてタンパク質が分解される。

この仕組みが半年経ちようやくわかるようになった。‘タンパク質の一生’でタンパク質の分解のことを1ラウンドこなしているので、ヒトの細胞ではリソソームというところで膜に包まれたタンパク質が酵素によって分解されることがわかった。何事も知りたかったことが理解できるようになると嬉しいし、達成感がある。

大隅博士は酵母の液胞の中にタンパク質が運ばれることを1988年に発見した。多くの研究者はタンパク質の合成の研究をしたがるのに、ひとり分解の仕組みを酵母を使って見つけようとしていた。そして、今やオートファジーのさらなる解明に研究者が大勢向かうようになった。

中国語を習っている友人が‘中国人はすぐ金にならない基礎研究はしない’といっていたが、日本の研究者は大薄博士のように基礎研究を粘り強くやり大きな成果をあげる人も多い。日本の科学者物語に聞くにつれ、日本人は基礎研究が向いているのかもしれないと思うようになった。

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2017.08.07

サイエンスの森! タンパク質

Img_0004     コラーゲンの形(大きさ10万分の1ミリ NHKガッテンより)

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ここ数年サイエンス関連の本を買うことが多く、宇宙のこと大地のこと、そして気象のことなどがだいぶわかってきた。テーマが広い科学の話はあれもこれも一度には理解できない。で、エネルギーを注ぎ込む対象に順番をつけてNHKの科学番組をみたり、Newton別冊やブルーバックスを読んだりしている。

この一ヶ月、集中して読んだのがタンパク質の本。これには5月に放送された‘ガッテン’が関係している。興味をそそられたのがスーパー顕微鏡が撮影したいろいろな種類のタンパク質の形、大きさは10万分の1ミリの小さな々世界の話だが、例えばコラーゲンは物質がらせん型に重なり合っている。ほかには筋肉を動かすミオシンもでてきた。この多様な形がタンパク質の機能を生み出すという。

タンパク質は知っていてもじっさいどんなものなのかこれまで考えたことがなかったが、今は‘X線結晶構造解析法’によりタンパク質の形が立体的にとらえられるようになった。じつは昨年秋大隅博士がオートファジーの研究でノーベル医学生理学賞を受賞されたとき、この話を理解しようと買い込んでいた本があった。本は不思議なもので何かきっかけがあると俄然‘早く読め!’と催促してくる。

新聞に載ったタンパク質関連の推薦本は次の4冊
★永田和宏著‘生命の内と外’(新潮選書 2017年1月)
★永田和宏著‘タンパク質に一生’(岩波新書 2008年6月)
★森和俊著‘細胞の中の分子生物学’(ブルーバックス 2016年5月)
★水島昇著‘オートファジーの謎’(PHPサイエンスワールド新書 2011年12月)

著者は3人とも超一流の学者。だから、書かれている内容は分子生物学における最前線の研究成果がベースになっている。細胞の構造、タンパク質がどこでつくられてどこに運びだされていくのか、そのときどんな物質がかかわっているのか、どれもはじめて聞く話だが、例え話を使った説明がいいので複雑なことなのだろうがわりと頭の中にはいっていく。

その一例が工場で行われている品質管理。タンパク質の本に品質管理の話がでてくるとは思ってもみなかった。これなら理解が進む。さらにおもしろいのが小胞体ストレス応答研究でノーベル賞受賞が期待される森博士が京大理学部の学生たちにおこなった講義をもとに書かれた‘細胞の中の分子生物学’。

最後の7章では不良品タンパク質がどのように修正されたり分解されたりするかという話がでてくるが、これを戦国時代の三大武将、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がとった行動スタイルを使って3つのパターンにモデル化している。これはわかりやすい。

興味をもたれた方は是非本屋へ!

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2017.08.06

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その八

Img_0003     スティルの‘1950B’(1950年)

Img_0002          ルイスの‘ナンバー182’(1961年)

Img     ブルースの‘パワー’(1933年)

Img_0001     エイブリーの‘貝殻と釣り人’(1941年)

抽象絵画で活躍したアメリカのア―ティストにはいろいろなタイプがある。具象画とちがい抽象画では色彩と形、そして画面の大きさでしか作家の個性が特徴づけられない。

色でいうと色数が多いか少ないか、深のある色かすっきり調で明るい色か、フォルムの特徴は明快な幾何学的な形なのかぼかしやにじみがはいったり絵の具が飛び散ったりしているか、また具象の要素が残っているかどうかも違いを感じるポイントになる。

ロスコは色彩の深みとぼかしが真骨頂、スティル(1912~1962)もこの深み派に入る作家。フィリップス・コレクションにある‘1950B’はじっとみていると何かを感じさせる作品。黒と茶色がベースとなりそこに小さな赤い〇を二つ置いている。色はもうひとつ、黄色があるがこれは右下に遠慮するようにチラッと使われている。

ルイス(1912~1962)は色彩明快派の一員、このグループにはケリー、ステラがいる。色彩豊かなストライプが縦にのびる‘ナンバー182’は抽象絵画では色彩の力が作品の魅力を決めていることがシンプルにわかる一枚。

2011年国立新美にフィリップス・コレクションのアメリカ絵画が集結したとき、NYの摩天楼の光景を壮大かつ神々しいほどに描いたブルースの‘パワー’を立ち尽くしてみていた。そして、ハドソンリバー派の都市版というイメージがふくらんだ。

エイブリー(1883~1963)の絵は子どもが描いたような感じだが、‘貝殻と釣り人’は海の雰囲気がよくでており、魚を釣ったり貝殻さがしをして楽しんだ夏の日を思い出させてくれる。リアルに描くだけでは人の心は打たない。こういう思い出を乗せてくる絵は価値がある。

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2017.08.05

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その七

Img     ‘ロスコルーム、緑色とえび茶色ほか’(1953年)

Img_0002     フランシスの‘ブルー’(1958年)

Img_0003    フランケンサーラーの‘キャニオン’(1965年)

Img_0005    デイヴィスの‘卵泡立器 NO.4’(1928年)

フィリップス・コレクションで驚かされるのはアメリカの現代アーティストの作品がそろっていること。とくに魅了されるのがロスコ(1903~1970)、‘緑色とえび茶色など3点飾ってあるロスコルームはNYのMoMAでもMETでも味わえないスペシャルな展示空間であり、一生忘れられない鑑賞体験になった。

ロスコの次の目標として今狙っているのはロサンゼルス現代美にある作品。じつはアメリカの西海岸に縁がなく、まだLAに足を踏み入れてない。LAには追っかけ作品を所蔵する美術館がいくつもあるので、いつかまとめて訪問しようと思っている。

サム・フランシス(1923~1994)は日本の書などにのめりこんだ作家、そのため抽象的なフォルムのなかにみられる墨の流れに親しみをおぼえ西洋アートとの融合が妙に惹きこまれる。出光美にはフランシスの大きな作品があるらしいので一度みてみたいが、なかなか実現しない。

女性ならではのやわらかい抽象表現が作家の個性を引き立てているフランケンサーラー(1928~)の‘キャニオン’はロスコ同様、強く印象に残っている。フィラデルフィア美やワシントンナショナルギャラリーでもヘレンの作品にお目にかかったが、大自然を鮮やかな赤の色面で強調した‘キャニオン’には神秘的な美しさが感じられる。

デイヴィス(1894~1964)の‘卵泡立器NO.4’は若いころの作品、ぱっとみると平坦なイメージのするフォルムや線がほどよい複雑さで構成されている。局所的にみると単純な造形だが、背景の色の組み合わせやモチーフの描写はじっくり練られいる。どの部分から描きはじめていったのか、興味は尽きない。

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2017.08.04

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その六

Img_0003  モディリアーニの‘エレーナ・パヴロウスキーの肖像’(1917年)

Img_0001     ホイッスラーの‘リリアン・ウォークス嬢’(1891年)

Img_0002     ホッパーの‘日曜日’(1926年)

Img     オキーフの‘赤い丘、ジョージ湖’(1927年)

アメリカの美術館で絵をみるとき、とくに目に力が入るのは日本やヨーロッパではなかなかお目にかかれないアメリカ人アーテイストたちの作品、例えば、ホッパーやオキーフ、ハドソンリバー派、そしてロスコやポロックたちの大きな抽象絵画。これはアメリカに来ているのだから当たり前といえば当たり前。

その次に収穫ありと思わせるのがロートレックの油彩とモディリアーニ(1884~1920)。モディリアーニの画集にはアメリカの美術館が所蔵する肖像画がかなり出てkる。シカゴ、フィラデルフィア、クリーブランド、デトロイト、ワシントンナショナルギャラリー、オルブライト=ノックス、そしてNYのMoMA、メトロポリタン、グッゲンハイム。

フィリップス・コレクションの‘エリーナ・パヴロウスキーの肖像’はTASCHENには載ってないが、思わず吸い込まれるいい絵。モデルの女性はポーランドからパリに移ってきたユダヤ人画商の娘、ちょっと不安そうな表情が心を打つ。

アメリカでよくお目にかかるホイッスラー、サージェント、カサット、ホッパー、ホーマー、オキーフ、ここにはサージェントとカサットは飾ってない。ホイッスラー(1834~1903)は女性の肖像が一枚、ホーマーもひとつ。そして、ホッパー(1882~1967)とオキーフ(1887~1986)は3点以上揃えている。

‘日曜日’は2011年国立新美であった‘フィリップス・コレクションのアメリカ絵画展’に登場した。これはパリのカフェでみた男女の冷め切った関係をリアルに切りとってみせたドガの絵を彷彿させる作品。家の前で寂しげな表情をした男が座っている。繁栄するアメリカの影の部分を表現したホッパーらしい作品。

強烈な印象を受けたのが‘赤い丘、ジョージ湖’、赤の鮮やかさは図版と少し違っていたが、黄色の太陽と丘の赤の対比が目に焼きついている。

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2017.08.03

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その五

Img_0004     マティスの‘エジプト模様のカーテン’(1948年)

Img_0002     ブラックの‘丸いテーブル’(1929年)

Img_0001     ミロの‘赤い太陽’(1948年)

Img     カンディンスキーの‘連続’(1935年)

マティス(1869~1954)の作品には部屋の窓からみえる風景を描いたものがいくつかあるが、フィリップスコレクションの‘エジプト模様のカーテン’は魅力の点では一番かもしれない。窓一面に広がるヤシの木の黄色と緑のとても印象的。そして、それに呼応するかのように画面を引き締めているのが赤と黒のエジプト模様でデザインされたカーテン。こういう傑作がさらっとでてくるとことはポンピドーと変わらない。

ピカソとともにキュビスムをつくったブラック(1882~1963)、割れたガラスの尖った破片を集めて画面を構成する鋭いキュビスムはピカソとの違いはないため存在感が薄れがちだが、‘丸いテーブル’のような四角と丸い形がうまく融合した作品はキュビスムの面白さを強く感じさせてくれる。

ミロ(1893~1983)の‘赤い太陽’は1947年アメリカに8カ月滞在したときに描かれたもの。色の主役はタイトル通りとはならず、背景や点々、ゆるく流れる曲線を彩る黒。ミロの作品には熱く反応する性分なので立ち尽くしてみていた。

この美術館にはカンディンスキー(1866~1944)の仲間のクレーやマルクの作品の揃っており、コレクションの幅がとても広い。‘連続’は大作ではないが、カンディンスキー独特の色と形が自由に飛び跳ねているような美しい抽象絵画。

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2017.08.02

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その四

Img_0003     ゴッホの‘アルルの公園の入口’(1888年)

Img     ゴーギャンの‘ハム’(1899年)

Img_0001     ボナールの‘棕櫚の木’(1926年)

Img_0002     ココシュカの‘ロッテ・フランツォスの肖像’(1909年)

クラシックでも演歌でも好きな曲なら何度も聴くように、西洋絵画にもいつみても新鮮な感動を覚える絵がある。これを‘クラシック絵画’と呼んでいる。

最近お目にかかったのは今、東京都美で展示されているゴッホ(1853~1890)の‘郵便配達夫ルーラン’と‘ルーラン夫人’、アメリカの美術館にはこの2点を所蔵するボストン美のほかにもゴッホをコレクションしているところが数多くある。フィリップス・コレクションもその例にもれず、‘アルルの公園の入口’と‘道路工夫’が誇らしげに飾ってある。ゴッホはやはりアメリカにおいても絵画界のスーパースター。

ゴッホとくればゴーギャン(1848~1903)も一緒に揃えたくなるのがコレクターの性。ここにある静物画に描かれているのはハムという意表をつくモチーフ。これをみてすぐイメージするのはレストランの前に出ている蠟で象ったメニューサンプル。

ナビ派のボナール(1867~1947)はお気づきのように関心の薄い画家、そのため拙ブログで取り上げたのは数回しかない。ところが、ところがである。フィリップス・コレクションでみた‘棕櫚の木’だけは例外的に魅了された!アンリ・ルソーの緑を多用したジャングル画を連想させる構図が心を打つのかもしれない。

ココシュカ(1886~1980)の回顧展にいつか遭遇することをひそかに期待しているが、それはここにある‘ロッテ・フランツォスの肖像’などお目にかかった数がだいぶたまってきたから。だが、知名度からすると無理かなという気がする。

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2017.08.01

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その三

Img_0001     ルノワールの‘舟遊びをする人たちの昼食’(1880~81年)

Img_0003     セザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’(1886~87年)

Img     マネの‘スペイン舞踊’(1862年)

Img_0002     シスレーの‘ルーヴシェンヌの雪’(1874年)

昨年印象派ファンの目をおおいに楽しませてくれたのはルノワール(1841~1919)、国立新美で開かれたルノワール展にオルセーにある‘ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会’が登場。ルノワールの最高傑作が日本で見れるのだから夢の展覧会が実現したといっていい。

ルノワールにはこの絵と同じくらいすばらしい作品がもう一枚ある。フィリップス・コレクションが所蔵する‘舟遊びをする人たちの昼食’。この絵も有り難いことに2005年日本にやって来た。だから、もしこのとき両親に連れられてこの傑作をみた中学生がいたとしたら、その子は11年後大学生か社会人になりたての年になりまたルノワールの名画を見る機会に恵まれたことになる。完璧なルノワール通になったにちがいない。

セザンヌ(1839~1906)の‘サンク=ヴィクトワーノ山’も美術館自慢のコレクション。似たような構図の絵がロンドンのコートールド美にもあるが、2枚ともセザンヌをコンプリートするためには欠かせないピース。どちらも日本で展示された。

アメリカの美術館がもっているセザンヌのいい絵でまだ日本に来ていないものは結構あるが、アバウトに夢想しているのはフィラデルフィア美にある‘大水浴図’と‘サンク=ヴィクトワール山’、どこかの美術館がチャレンジしてくれると嬉しいのだが、果たして。

スペイン好きで有名なマネ(1823~1883)、そのためスペインを舞台にした作品がいくつもある。‘スペイン舞踊’もそのひとつ。この絵をみるたびにエキゾチックなスペインへの思いがつのる。でも、昨年行ったばかりだから、次はだいぶ先になりそう。

西洋絵画で雪の光景を描いたものは数少ない、すぐ思い浮かぶのはブリューゲルとモネ、そしてシスレー(1839~1899)の‘ルーヴ・シェンヌの雪’。夏の時期に雪の絵をみるとかき氷とダブってくる。

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