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2017.07.31

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その二

Img_0003     シャルダンの‘プラムを盛った鉢’(1728年)

Img_0001     ドラクロアの‘海からあがる馬’(1860年)

Img     コローの‘ジェンザーノの眺め’(1843年)

Img_0002     クールベの‘地中海’(1857年)

静物画というのはセザンヌのリンゴの絵のように近代西洋絵画のなかでは大事な分野を担っている。が、慣れ親しんだ作品というのは逆にさらっとみられてしまうこともある。だから、生き生きとしたものを感じたりそこにひと気を暗示するような静物画に遭遇するというのはとても貴重な鑑賞体験になる。

日本の展覧会にも出品されたシャルダンの‘プラムを盛った鉢’は温かみのある静物画でずっとみていたい気持ちにさせる。果物のなかで桃は好物のひとつだから絵にすぐ反応するともいえるが、じつに美味しそうな桃である。ちょっと脇道にそれるが、広島に住んでいたとき岡山の白桃を食べその味にいちころで参った。あの幸せをまた味わいたい。

馬のダイナミックな動きを迫力満点に描いたドラクロア(1798~1863)、フィリップス・コレクションが所蔵する‘海からあがる馬’も思わず見入ってしまう。描かれている2頭は世界一の血統といわれるアラビア種。動きを出すためには精緻に描くよりドラクロア流にフォルムをざざっと描くほうが見る者の心を惹きつけることをこの絵は証明している。

ドラクロアと同世代のコロー(1796~1875)は3度目のローマ遊学で描いた‘ジェンザーノの眺め’は風景画の形をとっているが風俗画の要素もある作品。視線は真ん中の農民の子どもと山羊に集まるが、左の木の陰の部分に目をやるとこちらに背をむけた女性は少し傾斜のある道を進んでいる。アクセントとなっているスカーフの赤が目にしみる。

クールベ(1819~1877)の得意とした海洋画は部屋の飾りたくなる作品。この‘地中海’は浜辺に押し寄せてくだける波はサーファーが喜ぶような形ではないが、深い青色の海に浮き上がる白い波には海のもっているロマンを感じてしまう。

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2017.07.30

美術館に乾杯! フィリップス・コレクション その一

Img    ワシントンの北西部にあるフィリップス・コレクション(拡大で)

Img_0002    とてもくつろげる展示室

Img_0001     エル・グレコの‘悔悛の聖ペテロ’(1600~05年以降)

Img_0003     ゴヤの‘悔悛の聖ペテロ’(1820~24年)

今から12年前の2005年、ワシントンにあるフィリップス・コレクションが所蔵する近代絵画がたくさんやって来た。場所は森アーツセンター、その目玉がルノワールの‘舟遊びをする人たちの昼食’、こんな傑作が日本でみられるのだから天にも昇るような気持だった。

このルノワールの代表作によってフィリップスコレクションのの存在は前から知っていたが、コレクションの全貌はつかめてなかった。展覧会の開催で美術館との縁ができると来日しなかった作品が気になるのが自然の流れ。で、2013年にワシントンを訪れたとき美術館巡りのなかに加えた。

ここはNYのフリック・コレクションと同じく邸宅美術館、こういうじっさいに人が住んだ家で美術品を鑑賞するというのはコレクター秘蔵の作品を特別にみせてもらう感覚なのでちょっと興奮する。

所蔵品の大半は印象派やピカソ、ロスコなどの近現代絵画で占められているが、エル・グレコ(1541~1614)とゴヤ(1746~1828)が描いた‘悔悛の聖ペテロ’との嬉しい出会いもある。この2点はともに日本でも展示された。

スイスに住んでいたときグレコの‘悔悛の聖ペテロ’が大好きな友人がいて、まさにこぼれ落ちんとするペテロの涙の表現のすばらしさを熱く語っていた。この聖ペテロの絵を友人がみたトレドのエル・グレコ美にいつか行こうと思っていたがなかなか実現する機会がなく、フィリップス・コレクション蔵の別ヴァージョンを先にみることになった。やはりこの涙はぐっとくる。

一方、ゴヤの聖ペテロはひと味もふた味もちがう。田舎の爺さんが思いつめたように悔悛の情を示している感じ。すごくリアルな内面を感じられこちらも心と体がしゃんとする。

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2017.07.29

二度目の‘アルチンボルド展’!

Img_0001     アルチンボルドの‘大気’(スイス 個人蔵)

Img     アルチンボルドの‘火’(スイス 個人蔵)

Img_0002  ホラーの‘擬人化された風景’(1662年以前 アシュモリアン美)

Img_0003    カンピの‘魚売り’(16世紀 ブレラ美)

先月、西洋美で今話題の‘アルチンボルド展’をみたとき、四大元素のうち‘大気’と‘火’(ともにスイスバーゼルの個人の所蔵)がまだ展示されてなかった。とんだ肩透かし。また出かけるか迷ったが折角の機会なのでみておくことにした。

アルチンボルド(1527~1593)は‘四季’(1563年)に続いて3年後‘四大元素’を描いた。その4点のうち‘水’(今回展示)と‘火’はウィーン美術史美にあるが、残りの‘大地’と‘大気’はいまだ行方不明。だから、今展示されている4点はオリジナルの‘水’と後に制作された別ヴァージョンを組み合わせた形になっている。

たくさんの鳥で顔を構成した‘大気’はとってもわかりにくい。とくに鼻の部分。そして、口も鶏をそのままとらえるので口の形にならない。致命的なアンマッチなのが頭の髪、細い髪の毛を鳥の頭や嘴を密集させてもイメージがわかない。

これに比べると‘火’はアルチンボルドの意図が読みとれる。髪が激しく燃え盛っているのこの人物(皇帝マクシミリアン2世)の権力の大きさをそのまま表現しているのだろうとか。鋭い目とこの炎が一体化しているところがおもしろい。

‘擬人化された風景’をじっとみているとダリの絵が頭をよぎった。ひょっとするとダリの得意としたダブルイメージはこういう昔からある絵から影響を受けたのかもしれない。マグリットだって美術書でみた風景を人や動物に見立てる擬人化の手法がヒントになった可能性がある。

魚に興味があるとカンピの‘魚売り’のような作品は見てて楽しいだろう。いかにも魚屋の店先という感じで魚の匂いと海の塩のかおりが食を求めてやってきた人たちをどんどん吸い込んでいるよう。

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2017.07.28

三菱一号館美でミケランジェロの大理石像と対面!

Img   ミケランジェロの‘十字架を持つキリスト’(1514~1516年)

Img_0001  ミケランジェロの‘十字架を持つキリスト’(1519~1521年)

現在、三菱一号館美で行われている‘レオナルド×ミケランジェロ展’(6/17~9/24)。当初はパスのつもりだったが、7/11からミケランジェロ(1475~1564)の大理石像が登場したので出かけてきた。

レオナルド(1452~1519)とミケランジェロが描いた素描の数々を見終わったあと、導線にそって進むとミュージアムショップの手前の部屋にお目当ての‘十字架を持つキリスト’がどーんと置かれていた。ミケランジェロの大理石像をみるのは2010年、フィレンツェのアカデミア美で‘ダヴィデ’などをみて以来のこと。

2つの画像の上は今回三菱一号館にやって来た‘キリスト像’で普段はローマの郊外のサン・ヴィンチェンツォ修道院にある。じつはミケランジェロはこの像をはじめにつくったのだが、大理石の顔のところに黒い筋目がでたので彫るのをやめてしまった。

そして、リセットしつくり直したのが下の彫像。こちらはローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂に飾られており、2010年ローマでベルニーニの彫刻巡りをしたときこのキリスト像も目のなかにおさめた。最初の作品とちがい余計なブロンズの腰布があるので(16世紀末以来)強く記憶されている。

では未完成のオリジナルヴァージョンはどうなったというと、注文したメッテロ・ヴァ―リというローマの貴族がもらいうけ邸宅の庭に古代作品のように展示していたという。また、作品は17世紀のはじめにほかの彫刻家によって仕上げられた。それから紆余曲折を経て、2000年修道院にある彫像がミケランジェロが手がけたものであることが確認された。

ミケランジェロの彫刻作品は2010年、幸運なことにコンプリートすることができた。そして、新たに1点が加わった。素直に嬉しい。

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2017.07.27

お楽しみ! 英一蝶の巨大涅槃図

Img     英一蝶の‘涅槃図’(1713年)

Img_0002     喜多川歌麿の‘三味線を弾く美人図’(1804~06年)

Img_0001      陳容の‘九龍図巻’(南宋 1244年)   

Img_0003     曾我蕭白の‘風仙図屏風’(1764年)

2012年、東博で‘ボストン美 日本美術の至宝’が開催され、曾我蕭白の‘雲龍図’や‘平治物語絵巻 三条殿夜討巻’など心躍らせる傑作がどどーんとやって来た。まさにボストン美が集めた質の高い絵画や仏画、仏像を全部お見せしますという感じ。

今回はそのパート2、またまたすばらしい絵画とやきものが登場した。しかも、中国絵画のビッグなおまけまでついているのだからたまらない。

最も期待していたのが、はじめて里帰りするという英一蝶(1652~1724)の‘涅槃図’、噂通りの縦2.9m、横1.7mの巨大な涅槃図だった。この展示に合わせて行われた修理により画面全体ちょっと前に仕上がったように輝いている。これくらい色が鮮やかだと弟子たちと一緒に悲しみにくれている動物たちを一匹々確認していても疲れない。いいものをみた。一生の思い出になる。

喜多川歌麿(1753~1806)の‘三味線を弾く美人図’は2度目の来日。2006年にボストンが所蔵する肉筆画が公開されたとき北斎の‘鏡面美人図’などとともに目を楽しませてくれた。それから11年経ち、またみる機会に恵まれたが、来月、箱根の岡田美で見ることになっている‘吉原の花’(アメリカ ワズワース・アセーニアム美)の景気づけになる。

一蝶の涅槃図とともに楽しみにしていたのが、中国南宋時代の画家、陳容の描いた‘九龍図’。絵の存在は画集で知っていたが、横長の画面に九匹の龍がこれほど躍動的に描かれていたとは!200%KOされた。とくに吸い込まれたのが四匹目の龍(上)、胴体の一部が量感のある波の間を突き抜けている。これは参った。

陳容の龍とダイナミックに変化する波濤や渦巻きを目に焼き付けたので、あとでみた曾我蕭白(1730~1781)の‘風仙図屏風’にでてくる大きな渦巻きが激しく共振した。蕭白、やるじゃない、と声をかけたくなった。

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2017.07.26

やっとホックニーに会えた!

Img_0004     シスレーの‘卓上のぶどうとクルミ’(1876年)

Img     オキーフの‘グレーの上のカラ・リリー’(1928年)

Img_0002     ホックニーの‘ギャロビー・ヒル’(1998年)

Img_0001     村上隆の‘作品’(2002年)

ボストン美が所蔵する絵画作品ですぐ思い浮かべるのはミレーと印象派、そしてゴッホとゴーギャン。今回ミレーはもちろん含まれており、印象派はブーダン、ピサロ、シスレー、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌがラインナップ、さらに目玉のゴッホを揃える。お休み組はマネ、ロートレック、ゴーギャン。

シスレー(1839~1899)はお馴染みのワンパターン的な風景画とぶどうとクルミを描いたもの。足が止まったのは久しぶりに会った静物画。シスレーが手がけた静物画は5点あり、その一枚がボストンにおさまっている。隣にあったセザンヌのアベレージの静物画よりこちらのほうが断然いい。

2015年にボストン美を訪れたときは新館に飾られているサージェントやホーマーなどアメリカ絵画をみるのに多くの時間をさいたので、現代アートの部屋には寄れなかった。オキーフ(1887~1986)は現代アートのところではなくアメリカ絵画のほうに展示されており、出品されている‘グレーの上のカラ・リリー’はみかけなかったから収穫のプラスα。

この展覧会で想定外だったのが、たぶん現代アートのところに飾ってあったはずのホックニー(1962~)の‘ギャロビー・ヒル’。ひょいと現れた。ええー。これが来ていたの!嬉しくなった。2008年、2回目のボストンのとき手にとった美術館案内に使われていたのがこの絵。

明るい色使いで田園風景を現代アート風に構成した作風にぐっと惹きこまれた。ところが、このイギリスアート界のビッグネームがどういうわけか見当たらない。当時、新館の建築でいくつかの部屋が閉鎖されていたので対面が叶わなかったのである。そして3年前はお目当てのホーマーをみるためパス。この絵が日本でみれるとは思ってもいなかった。ミューズに感謝!

最後の展示コーナーにもう一点、こんな絵をボストンは購入していたの?というのがあった。村上隆(1962~)が2002年に制作した作品。森アーツセンターであった‘五百羅漢図展’の活気がよみがえってきた。

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2017.07.25

豪華なラインナップを揃えた‘ボストン美の至宝展’!

Img     ゴッホの‘郵便配達夫ルーラン’(1888年)

Img_0003     モネの‘睡蓮’(1905年)

Img_0002     ルノワールの‘花の静物画’(1869年)

Img_0001 サージェントの‘フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル’(1903年)

待望の‘ボストン美の至宝展’(7/20~10/9)が東京都美ではじまった。以前とちがって開幕日に出かけることにこだわってなくオープン後頃合いをみて足を運ぶことが多いが、今回はタイミングがあい初日の午前中に入館した。

ボストン美のコレクションはこれまで何度もやってきている。そのため、自慢のミレーや印象派には再会する作品も多いがお馴染みの名画だからクラシックの名曲を聴くのと同じように高揚感がどんどん高まっていく。

気分が最高に盛り上がるのがゴッホ(1853~1890)の‘郵便配達夫ルーラン’と‘ルーラン夫人’が並んで展示されているところへきたとき。2015年12月に訪問したボストン美では2点はこういう風に飾られてはいない。だから、日本で特別の演出がされているのである。とってもいい感じ。

昨年はデトロイト美展(上野の森美)でゴッホの自画像など2点をみたが、このルーラン夫妻はその2倍も感激する。腹の底からゴッホに乾杯! 展覧会がはじまる前、‘ルーラン’はまだ日本に来たことがないと繰り返し言ってきたが、これは間違いで上野東京ラインさんによると2005年名古屋ボストンにお出まし頂いていた。だから、東京に登場するのははじめてというのが正確な言い方。

5点ある‘ルーラン夫人’のなかでボストンにあるものはすばらしい出来栄えなので、これから10月のはじめまでに上野へ出かけると極上のゴッホと対面できる。夏休みに入った子どもたちのなかにはこの絵をみてゴッホにとりつかれる子がでてくるかもしれない。

モネ(1840~1926)の‘睡蓮’は何度みても心を奪われる傑作だが、今回だけは、ゴッホがあるので分が悪い。でもこの絵も忘れないで欲しい。そして、ルノワール(1841~1919)の花の静物画、これはルノワールが描いた静物画では最上位に位置づけられるもの。

ボストン美が所蔵するサージェント(1856~1925)がやっと姿を現した。拍手々!‘フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル’は美術館の英語版図録にも載っている魅力いっぱいの肖像画。

次は‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’を期待したとろこだが、じつは2007年にこの絵も名古屋ボストンで披露されていた。迂闊にもまったく情報が抜けていた。となると、再来日は無理かな。

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2017.07.24

美術館に乾杯! フリック・コレクション その六

Img_0002     ゴヤの‘鍛冶屋’(1815~20年)

Img_0003     コンスタブルの‘白馬’(1819年)

Img_0001     ターナーの‘ケルン 郵便船の到着、夕刻’(1826年)

Img     ドガの‘リハーサル’(1879年)

ルーヴル、オルセー、ロンドンナショナルギャラリー、プラドといったヨーロッパにあるブランド美には古典絵画から印象派まで名画がずらっと並んでいる。そのため、ついほかの美術館へ足を運ばなくても美の感動は十分に得られたと思ってしまうことがある。

だが、世界は広い。とくにアメリカの美術館をみないとその感動はコンプリートにならない画家も存在する。思い浮かぶのは3人、エル・グレコ(1541~1614)とゴヤ(1746~1828)とロートレック(1864~1901)、メトロポリタンとワシントンナショナルギャラリーには感心するほどグレコとゴヤのいい絵が揃っている。

そして、印象派のロートレックの油彩ついてはシカゴ、MET、ボストン、フィラデルフィア、ワシントンナショナルギャラリーで作品の前に立つと、オルセーだけではロートレックをみたことにはならないことを思い知らされる。

フリックもゴヤを2点所蔵しており、そのひとつ‘鍛冶屋’が心を打つ。3人の鍛冶職人は呼吸をあわせて熱く焼けた鉄のかたまりを鍛造している。労働者が仕事をする姿をゴヤはもう一枚描いている。それはブダベスト国立美にある‘刃物研ぎ師’、こうした生活力のある庶民を写実的に描いたものをどちらもみれたのは幸運だった。

イギリスの国民的画家、コンスタブル(1776~1837)とターナー(1775~1851)の作品がしっかり飾ってあるのは流石という感じ。立ち尽くしてみていたのがコンスタブルの‘白馬’、ロンドンのナショナルギャラリーなどの美術館でお目にかかる代表作と同じくらいの完成度。イギリス以外でみられる作品ではこれが一番かもしれない。

ターナーはヨーロッパ北部の3つの港町の風景を3点描いているが、ここには‘ケルン 郵便船の到着、夕刻’と‘デイエップ港’がおさまっている。ともに見ごたえのある大作でモネの作品を予感させる。

ルノワールの母と子どもの絵同様、ドが(1834~1917)の‘リハーサル’が記憶に強く残っている。バレエの踊り子と年老いたヴァイオリン奏者の組み合わせという意表をつく画面構成が気を引く。でも、ヴァイオリンの音色に合わせて踊ることが実際にあったのだろうか。ずっとひっかかっている。

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2017.07.23

美術館に乾杯! フリック・コレクション その五

Img_0002     ブーシェの‘ブーシェ夫人’(1743年)

Img     フラゴナールの‘恋の追及:砦への侵入’(1770~72年)

Img_0003  ホイッスラーの‘フレデリック・レイランド夫人の肖像’(1873年)

Img_0001     ルノワールの‘母と子どもたち’(1876年)

ロココ絵画を趣味にしている愛好家ならフリック・コレクションにある作品の数々は心をかきたてるにちがいない。ここはルーヴル、ロンドンのウォレス・コレクションとともにロココの聖地。

個人の邸宅にロココの絵が飾ってあるとなんだか当時の貴族たちの世界を垣間見るような気になる。ブーシェ(1703~1770)は‘ブーシェ夫人’、連作‘四季’、そして子どもたちをモデルに使って描いた‘芸術と科学’が目を楽しませてくれる。27歳の妻の肖像はヴェネツィア派のジョルジョーネやティツィアーノが描いた横たわるヴィーナスを下敷きにしており、女性が美しくみえる定番のポーズが心をとらえて離さない。

フラゴナール(1732~1806)の‘恋の追及’は縦が3m、横が2mをこえる大作が4点並ぶ恋の物語。これほど大きな絵はルーヴルでもみられないから、ロココ絵画の神髄にふれる貴重な鑑賞体験だった。ルイ15世の最後の愛人デュバリー夫人の依頼で描かれたが、作風が好みにあってなかったのか夫人はこの連作を返してきた。

アメリカの大きな美術館、例えばMET、ボストン、ワシントンナショナルギャラリーへ行くとホイッスラー(1834~1903)の縦長の画面に描かれた肖像画にでくわす。ホイッスラーはこうしたところだけでなく、フリックとフリーアでも傑作にお目にかかれる。ホイッスラーの初期のパトロンだったフレデリック・レイランドの夫人の肖像画はフリック自慢のコレクションであり、画家の代表作のひとつ。

印象派のルノワール(1841~1919)の‘母と子どもたち’と遭遇したのも大きな収穫。この絵は第二回印象派展の出品作。終始視線がとどまっているのは母と娘の似たような大きな目。こういう絵をみると顔を描くときはやはり目が一番大事だということがよくわかる。

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2017.07.22

美術館に乾杯! フリック・コレクション その四

Img_0003 ピエロ・デッラ・フランチェスカの‘福音書記者聖ヨハネ’(1454~69年)

Img_0001     ヴェロネーゼの‘智と力’(1580年)

Img     ヴァン・ダイクの‘クランブラッシル伯爵婦人’(1636年)

Img_0002     ロランの‘山上の垂訓’(1656年)

ルーヴル、メトロポリタンのような大きな美術館にはルーベンスやレンブラントの傑作が必ずといっていいほどあるのに対し、北方絵画のファン・エイクやボス、ブリューゲルなどは数が少ないため揃えられないことが多い。イタリアの画家でいうと、ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416~1492)もこのグループに入る。

フリック・コレクションで驚かされるのはそのフランチェスカの‘福音書記者聖ヨハネ’を所蔵していること。これはもともとは祭壇画に4人の聖人たちが描かれていたものだが、ほかの3人、聖アウグスティヌス、聖ミカエル、聖ニコラウスは夫々リスボン、ロンドン、ミラノの美術館におさまっている。

ヴェネツィア派の最後の巨匠ヴェロネーゼ(1528~1588)というとすぐ思い出すのはルーヴルのあの巨大絵画、本家のヴェネツィアの美術館には沢山飾ってあるが意外にもぐっときた印象が薄く、ロンドンナショナルギャラリーにあったものとフリックコレクションンの‘智と力’と‘美徳と悪徳’のほうが強く心に刻まれている。大きな‘智と力’を邸宅の一室でじっくり見るというのは特別な鑑賞体験。そのため、よく記憶されているのかもしれない。

4,5点あるヴァン・ダイク(1599~1641)はお馴染みの卵形の美形に魅了される‘クランブラッシル伯爵婦人’が一番のお気に入り。描かれるモデルはヴァン・ダイクが脚色してきれいに顔を整えてくれるので、他の女性と同じ風に出来上がっても‘まあ、いいか’と納得したのだろう。ヴァン・ダイクは商才に長けた画家だった。

日本にやってくる西洋画のなかにはほとんど出くわすことのないクロード・ロラン(1604~1682)、アメリカのコレクターはプッサン同様ロランの作品を熱心に集めている。広大な背景のなかに浮き上がる小山で説教をするキリストを大勢の人々が心を鎮めて聞いている。こういう風景画の形をとる宗教画はすっと絵に入っていける。

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2017.07.21

美術館に乾杯! フリック・コレクション その三

Img_0003     ホルバインの‘トマス・モア’(1527年)

Img     レンブラントの‘自画像’(1658年)

Img_0002     レンブラントの‘ポーランド人の騎手’(1655年)

Img_0001     ブロンズィーノの‘ロドヴィコ・カッポーニ’(1550~55年)

男性の肖像画よりきれいな女性が描かれた作品の前にいるほうが気持ちはぐっとリラックスする。だから、夢中になってみてきた女性の肖像が数限りなくファイルされている。ところが、ここフリック・コレクションでは男性に軍配を上げざるを得ない傑作が飾られている。

イギリスの宮廷画家として活躍したホルバイン(1497~1543)の肖像画はまだ両手もみていないのに、フリックにある‘トマス・モア’をみたためにもうほかはみなくてもいいや、という気になっている。ホルバインは人物のリアルな姿を描くことにかけては天下一品の腕前だったので、ロンドンにおける友人でパトロンだった人文主義者トマス・モアはまさにこんな顔をした人物だったのか、という感じ。歴史上の人物がこれほど身近に思える肖像画はそうない。まったくスゴイ絵。

レンブラント(1606~1669)もぐっと惹きこまれるのが2点ある。52歳のときの自画像と‘ポーランド人の騎手’、この自画像をみるとレンブラントが偉大な王のように思えてくる。実生活は経済的に困窮していたにもかかわらず、こういう堂々とした姿に自分を粉飾できるのだから、レンブラントは肝っ玉が座っている。

‘ポーランド人の騎手’は1650年代オランダ人が想像力をかきたてられたポーランド人の騎手の武勇伝がモチーフになっている。馬に騎乗した男の顔には固い意志とみなぎる自信がうかがえ、まわりの景色をみながらゆっくりと前進するその立ち振る舞いについ見とれてしまう。

マニエリスムの画家、ブロンズィーノ(1503~1572)の女性の肖像には不思議な魅力があるが、この若い男性の肖像も心にズキッと矢が刺さる感じ。はじめてみたとき、ブロンズィー二にこんなまともな男性画があったの!?とドギマギした。

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2017.07.19

美術館に乾杯! フリック・コレクション その二

Img_0001     ベリーニの‘聖フランチェスコ’(1480~90年)

Img     リッピの‘受胎告知’(1440年)

Img_0002     ファン・エイクの‘聖母子、聖人と寄進者’(1441~43年)

Img_0003     ダーヴィットの‘キリスト降架’(1510~15年)

訪問した美術館がいつまでも心に残る場合は関心のある画家の作品と強く結びつけられことが多い。フリック・コレクションですぐ出てくる名画というと、ヴェネツィア派の元祖ベリーニ(1434~1516)の‘聖フランチェスコ’。こんないい絵がさらっと飾ってあるのがこのコレクションのスゴイところ。

古典絵画を鑑賞しているとキリスト教徒でもないのにキリストや聖人の物語に理解が進むようになる。聖フランチェスコの話でも書物の情報だけだと人間くささが薄められる。でも、ベリーニの絵のお陰で聖フランチェスコの法悦がイメージできるようになった。

数多く描かれた‘受胎告知’ではフラ・アンジェリコが描いたものが忘れられないが、ここにあるフィリッポ・リッピ(1406~1469)の作品も心が深く鎮められる。すぐ近くのMETで宗教絵画パート1をみてフリックに移動してパート2を楽しんでいる感じ。

フリック・コレクションの質の高さをみせつけられるのがファン・エイク(1390~1441)、この北方絵画のビッグネームの作品を一点でも所蔵していれば美術館の価値が上がるといわれる。だから、‘聖母子、聖人と寄進者’も前のめりでみてしまう。

ヘラルト・ダーヴィット(1460~1523)はファン・エイクの画風を受け継ぎブリュージュで活躍した画家。右手のマグダラのマリアが涙を手で拭う姿にとても惹かれる。その背景に目をやると遠くにオランダの風車がみえる(拡大画像で)。

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2017.07.18

美術館に乾杯! フリック・コレクション その一

Img_0001          NY ミュージアムマイル

Img       フリック・コレクションの入口

Img_0002     フェルメールの‘士官と笑う女’(1658~59年)

Img_0003     フェルメールの‘女と召使い’(1667~68年)

アメリカにある邸宅美術館の第2弾はノイエギャラリー同様、NYミュージアムマイルにあるフリック・コレクション。メトロポリタンを十分堪能したあと、次はどの美術館にするか、好みの美術によって行先が変わってくる。

近・現代アートに心を奪われている人は五番街のMoMAへ行く前にグッゲンハイムとホイットニーに寄っておこうと思うかもしれない。古典絵画や印象派が趣味なら足が向かうのはフリック・コレクションかもしれない。METからは急ぎ足で行くと10分くらいで到着する。

フリック・コレクションはロンドンのウォレス・コレクション、パリのマルモッタンン美と並ぶ典型的な邸宅美術館。これまで幸運にも2度訪れる機会があったので、所蔵絵画がだいたい頭のなかに入っている。質の高い名画がずらっと揃っているが、フェルメール(1632~1675)にぞっこん嵌っている女性はこの美術館は絶対出かけなくてはいけない場所と思いつめていることだろう。

まず、METで‘水差しを持つ女’、‘信仰の寓意’、‘眠る女’、‘窓辺でリュートを弾く女’、‘少女’の5点を楽しんで、ぐんとあがった高揚感を保ったまますぐ近くのフリック・コレクションに向かい、‘士官と笑う女’と‘女と召使い’と対面する。これでフェルメールを合計7点、‘こんな幸せなことがあるかしら’とついつぶやいてしまう。

人気の高いフェルメールを7点も効率よくみれるのだから、フェルメール狂いにはNYは最高の街にちがいない。
2年前、大好きな‘水差しを持つ女’が来日してくれた。フリックにある2点もお気に入りなので、日本でみられることを妄想することがあるが、これは逆立ちしてもムリ。

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2017.07.17

思わず足がとまった茜空!

Img_2     散歩の途中に遭遇した美しい茜空    

Img_0001_2     小野竹喬の‘残照’(1962年)

夕方、1時間の散歩をするのはお決まりのルーティン。このところ大股でちょっとハードに歩くのを心掛けているが、さすがに後半はしんどくなってくる。で、ペースダウンして家にむかっていたら、空の雲が淡い茜色に染まっていることに気づいた。

年に数回こんな美しい茜空に出くわす。どの季節だったかしっかり記憶しているわけではないが、秋より冬にこの光景が多いという実感がある。ところが、今日は真夏にちかい時期。だから、夏にこれほど心を打つ茜の空が出現したのが不思議でならない。

ここ数年天気や気象のことを理解しようと、自然環境を扱ったTV番組を熱心にみている。その成果が少しづつでているのは確かだが、意外に思える夏における茜空を気象学者のように説明できるところまではいってない。

こういう赤い空を見るたびに思い出す絵がある。‘茜空’の画家と呼ばれる小野竹喬(1889~1979)の風景画。いくつかある夕空の絵にみられる色は実際に現れた茜に映える空や雲の色とじつによく似ている。例えば、‘残照’は今日の美しい空と重なってくる。

BSプレミアで放送される‘体感!グレートネイチャー’の影響もあって、実現するのは容易ではないが海外にあるサプライズの絶景を自分も体感してみたいと思うようになってきている。以前なら寒いので考えられなかった‘オーロラをみるツアー’などがチラッと頭をかすめる。自然がつくりだした‘アート’をめぐる旅に気持ちがだんだん傾いていく。

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2017.07.16

美術館に乾杯! NY ノイエギャラリー その二

Img_0003     クリムトの‘アッター湖畔の森番の家’(1912年)

Img     シーレの‘緑樹に囲まれた町’(1917年)

Img_0001     ベックマンの‘自画像’(20世紀)

Img_0002     キルヒナーの‘街路、ベルリン’(1910年代)

オークションで史上最高額がついた美術品の話がときどきメデイアで報じられるが、これに最も敏感なのが美術市場に深くかかわっているコレクターだろうが、お金に縁がない美術好きでもおおいに興味を掻き立てられる。

2006年6月20日、クリムト(1862~1918)の描いた‘アデーレ・ブロッホバウアーの肖像Ⅰ’を手に入れたコレクターが支払った金額はなんと155億円!購入者は2001年NYにノイエギャラリーをオーフンさせた巨大化粧品会社、エスティ ローダーの会長(ユダヤ人)

この富豪はドイツやオーストリアの美術品を集めていたが、‘アデーレ’の獲得によりコレクションはさらにはくがつくことになった。この絵が個人の邸宅におさまったのであればクリムトファンの満足は下がったままだが、美術館に飾られるとなると、展示される場所がウィーンからNYに移っただけだから溜飲がさがる。

落ち着き先がNYというのは理想的かもしれない。ウィーンだと訪問するのはあと1回くらいが正直なところだが、NYはパリ同様、まだまだ出かけますよ、という思いなのでクリムトとの大接近は楽しみの大きな源泉になる。

ノイエギャラリーが所蔵するクリムトの風景画は‘アッター湖畔の森番の家’、‘カンマー城の公園’、そして‘高いポプラの木’。正方形のキャンバスに描かれた風景画を一枚でも多くみたいと願っているので、1点々味わい深い。

そして、シーレ(1890~1918)の‘緑樹に囲まれた町’と遭遇したのも収穫だった。この絵をみた5ヶ月後、よく似た絵がロンドンのオークションで24億円で落札されたという記事が新聞に載った。だから、ノイエギャラリーの‘緑樹’はいいめぐり会いだった。

ギャラリーの3階に展示されていたベックマンやキルヒナーは新装オープンの準備のためお目にかかれなかった。次はココシュカなどとともに表現主義も楽しめそう。

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2017.07.15

美術館に乾杯! NY ノイエギャラリー その一

Img     NYのミュージアムマイルにあるノイエギャラリー

Img_0003     クリムトの‘アデーレ・ブロッホバウアーの肖像Ⅰ’(1907年)

Img_0001     クリムトの‘黒い羽毛の帽子’(1910年)

Img_0002        クリムトの‘踊り子’(1916~18年)

海外の美術館をまわるとき、あまり広くない場所にいくつもの美術館が集まっている街なら何度でも出かけたくなる。そんな理想的なアートの街になっているのはパリ、マドリード、NY、ワシントン。

この前ニューヨークへ行ったのは2015年の12月、このときはワシントンのフリーア美で宗達の‘松島図’をみるのが目的だったらNYではメトロポリタンを軽くみるだけだった。収穫が多かったのが2013年1月の美術館めぐり。

とくに期待値の高かったのがMETから北へ400mくらい行ったところにあるノイエギャラリー(2001年オープン)。ここにはウイーンのベルヴェデーレ宮にあったクリムト(1862~1918)の‘アデーレ・ブロッホバウアーの肖像Ⅰ’が飾ってあり、今やクリムトファンが大勢押し寄せる人気の美術スポットになっている。

2013年の2月に新装オープンしたが、美術館の運営システムは変わってないだろう。料金については無料、11時開館で6時まで、休館は火曜と水曜。コレクションは目玉のクリムトが‘アデーレ’のほかに‘黒い羽毛の帽子’、‘踊り子’など全部で7点、シーレが1点あったが、現在はその数がすこし増えているかもしれない。

このノイエギャラリーができたことでNYのアート魅力度がまたアップした感じ。クリムトはMETに2点、MoMAに1点あり、シーレもMoMAが一点所蔵している。だから、この街へやって来ればフェルメール、カラヴァッジョが楽しめるだけでなくクリムトやシーレまで心をウキウキさせてくれる。パリではクリムトには会えない、NYはまったく並外れたアートの街!

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2017.07.14

里帰りする英一蝶の巨大涅槃図!

Img     英一蝶の‘涅槃図’(1713年 ボストン美)

来週の20日から上野の東京都美で‘ボストン美の至宝展’がはじまる。今年後半に開かれる企画展のなかでは最も期待している注目の展覧会。そのため、ずいぶん前からまわりの美術好きにはPRしまくっている。

見逃してはダメだよ、ととくに強調しているのはプレビューでもふれたゴッホの‘郵便配達夫ルーラン’、この肖像画をみたらゴッホの偉大さが腹の底からわかる。それほどの名画なのでボストン美は過去この絵だけは貸し出してくれなかった。

ボストンにはこの絵と同様別格扱いの作品がもう一点ある。それはサージェントの‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’、これまで何度も紹介したのでこの絵のすばらしさは十分伝わっていると思うが、何年待ってもやってこない。

展示の依頼をしているのに壁が高いのか、それとも日本におけるサージェントの知名度が低いためオファーしていないのか、そこはわからないが、日本の美術館で飾られる可能性についてはとても悲観的というのが率直なところ。サージェントファンとしては‘ルーラン’の壁が破れたのだから、次は‘娘たち’という流れになってほしいのだが、はたして。

今回のボストン美展、ゴッホのことばかり書いているが、じつは大きな期待を寄せている日本画がある。絵の存在はかなり前から知っていた英一蝶の巨大涅槃図、海を渡ってアメリカ東海岸のブランド美におさまって以来長い々時間が流れたが、はじめて日本に里帰りする。どんな涅槃図だろうか、ワクワクしている。

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2017.07.13

美術館に乾杯! オットー・ワグナーの近代建築

Img_0001     ウィーンの‘リング通り’
Img_0002    オットー・ワグナーの‘マヨルカ・ハウス’(1899年)

Img_0003       ‘マヨルカ・ハウス’の拡大

Img     オットー・ワグナーの‘カールス・プラッツ駅舎’(1899年)

海外ツアーに参加し自由行動で単独に動けるときはなるべきその街の地下鉄やバス、電車を利用して目的地をめざすことにしている。観光バスの中からではシンボル的な建物のある場所や通りの方向を立体的につかむのは難しい。街の雰囲気を体で覚えるにはやはり公共交通機関に乗ったり自分の足で歩くのが一番。

二度目のウイーンでオットー・ワグナー(1841~1918)が建てた装飾性豊かな世紀末様式の建築をみてまわったときも‘リング通り’を走っている電車をしっかり利用した。

まずめざしたのが‘分離派館’の近くにある‘マヨルカ・ハウス’、ここは現在も人が住んでいる集合住宅。外観のバラの装飾模様がすばらしく、思わず足がとまった。これがウィーンのアールヌーヴォーか!という感じ。イタリアのマヨルカ産のタイルが使われており、巨大な壁画をみているよう。

ここで小さな事件があった。隣の方は現地の男性から‘中国人か?’と言われたらしい。むきにならなくていいのに‘ジャパニーズよ!’と強く返事したという。2003年の頃は豊かになった中国人がヨーロッパ観光のいたるところに出没していた時期で、この名所スポットにもどこからともなく中国人ツアーがやってきた。そのため、東洋人は皆中国人にみえたのだろう。

‘マヨルカ・ハウス’から次の目的地‘カールス・プラッツ駅舎’まで移動するのに予想外に手間取った。どこをどう間違えたのかずいぶん歩いてやっとたどり着いた。ワグナーはこの駅舎ではじめて建物の外観に花の模様を描いた。金色のひまわりのデザインはクリムトの絵を思いおこさせる。

このときは時間がなくてワーグナーのもうひとつ有名な‘郵便貯金局’(1906年、1912年)を見逃した。またウイーンを訪れることがあったら、是非リカバリーしたい。

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美術館に乾杯! ウィーン美術アカデミー付属美

Img_0004     ボッティチェリの‘聖母子’(15世紀)

Img_0005     ボスの‘最後の審判’(1506年)

Img_0002      中央パネル‘この世’の拡大

Img_0003      中央パネル‘この世’の拡大

昨年6月、マドリードのプラド美でボス(1450~1516)の大回顧展をみれたことは古典絵画ではカラヴァッジョ展(2010年 ローマ)とともに生涯の思い出。夢にまでみた作品が続々と現れてくるラインナップに体が震えるほど興奮した。

この回顧展で一番のお目当てだったのがポルトガルのリスボン国立古美から出品された‘聖アントニウスの誘惑’、これでボスの怪奇ワールド三部作が全部目のなかに入った。あと二つは最高傑作の‘快楽の園’とウィーン美術アカデミー付属美にある‘最後の審判’。

‘最後の審判’をまたみたかったが、これは実現しなかった。ウィーンでこの絵に遭遇したのは35年くらい前のこと。美術アカデミー付属美は美術史美からすぐ近くのところにあり、こじんまりとした美術館だった。強く印象に残っているのはボスとボッテイチェリ(1444~1510)の‘聖母子’、そして昨年西洋美のクラーナハ展にやってきた‘ルクレティア’。

‘最後の審判’と‘快楽の園’をみたのは同じ年。だから、ボスが表現する一風変わった怪物たちのバリエーションが一気に広がった。‘最後の審判’でその異様な姿が目に焼きついたのが頭と足だけの怪物。こういう体の丈をぎゅっと縮めた人物をボスはどこから発想したのだろうか。

この小人タイプには怖さはないが、上のほうにいる髭ずらの男は同じく胴なしで鷲のような足をくっついている人間と鳥のハイブリッド種、怪奇的なキャラの立ち方なのであまり長くはみていられない。

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2017.07.11

美術館に乾杯! ウィーン 分離派館

Img       ウィーン 分離派館

Img_0003  クリムトの‘ベートーベン・フリーズ 幸福への憧れ’(1902年)

Img_0001      ‘ベートーベンフリーズ 敵対する力’(1902年)

Img_0002     ‘ベートーベンフリーズ 歓喜’(1902年)

クラシック音楽が大好きな人なら、ウィーンで一番の楽しみというとオペラ座へ出かけたりウィーンフィルの名演奏を聴くことかもしれない。そして、今でも恒例のニューイヤーコンサートを聴くツアーの申し込みは多いのだろう。

これに対し、音楽よりは美術のほうに関心がある人たちにとってもウィーンは優しく微笑んでくれる。ウィーン美術史へ足を運べばブリューゲルの‘バベルの塔’や農民画が堪能できるし、ベルヴェデーレ宮などいくつかの美術館をまわればクリムトやシーレの作品にたくさん会える。

ウィーンで美術の新しい流れをつくり出そうとした分離派グループの拠点となったのが分離派館(1898年)。クリムト狂いにとってここは絶対外せないところ。目を惹くのがドームの模様、金メッキをほどこした3000枚の月桂樹で装飾されている。建てられたときは悪意をこめて‘黄色い玉ねぎ’とか‘キャベツの頭’と呼ばれたが、今ではウイーンの人気スポットのひとつになっている。

地下にお目当てのクリムトの巨大壁画、‘ベートーベンフリーズ’がコの字の形で飾られている。クリムトはベートーベンの‘9番’の最終楽章‘合唱つき’をもとに自由な発想で筆をふるい、まず‘幸福への憧れ’、次に‘敵対する力’、最後に‘歓喜’を描きあげた。

‘幸福への憧れ’は弱者を救うために立ち上がった黄金の鎧に身をつつんだ戦士がすごくカッコいい。だが、戦士を食ってしまうほどの存在感を見せつけるのが‘敵対する力’に登場する怪物風のゴリラ、これはギリシャ神話の怪物テュフォン、すぐ頭をよぎったのが小さいころ動物園でみたマントヒヒの顔。

このゴリラの右隣にいるのが蛇の髪をもつ魔女ゴルゴン三姉妹。官能的な目で誘う女と手前のでぶっちょの女の組み合わせにゾクッとする。最後の‘歓喜’では天使たちの‘喜びの歌’の合唱が鳴り響く、戦士は鎧をぬぎすてて裸になり女性と抱き合っている。この大壁画をみれたのは生涯の喜び、クリムトに乾杯!

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2017.07.10

美術館に乾杯! クンストハウス・ウィーン その二

Img       ‘エゴン・シーレのための涙’(1965年)

Img_0001     ‘すばらしい魚釣り’(1950年)

Img_0002     ‘私がまだ知らないこと’(1960年)

Img_0003     ‘ギリシャ人の終わり’(1964年)

日本での知名度はさほど高くないフンデルトヴァッサーだが、ヨーロッパでは大変名の知れた人気作家。1928年、ウィーンで生まれた。母親はユダヤ人で祖母や叔母を含む一族19人が強制収容所に連行され殺された。

若いころの自画像をみるとなかなかのイケメン。ウィーンっ子のフンデルトヴァッサーが画家をめざすようになったのはクリムト(1862~1918)やシーレ(1890~1918)の作品にあこがれたから。‘エゴン・シーレのための涙’にはシーレへの熱いオマージュが表れている。

クレーの絵を連想させるのが22歳のときに描いた‘すばらしい魚釣り’、釣りを楽しむ人たちを乗せた大小の舟のまわりにひろがる波の描写が生き生きとしており、魚が飛び跳ねるイメージを強くうける。

‘私がまだ知らないこと’ではフンデルトヴァッサーお得意の渦巻きが何層にも重なっている。これは生命をつくっている細胞の細胞膜のイメージ、独自の哲学をもつフンデルトヴァッサーは人間は5枚の皮膚に包まれていると考えていた。体の皮膚、衣服、住居、アイデンティティー、そして地球環境、この発想はとても深くて壮大。

渦巻き同様、形でおもしろいのは宇宙人のような人物、‘ギリシャ人の終わり’には奇妙な顔をした人間が10人くらい描かれている。ドキッとするのが目の描き方。玉ねぎを思わせる頭を真上からみたように目を配置している。不思議な絵をみているという感覚がだんだん深まってくる。

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2017.07.09

美術館に乾杯! クンストハウス・ウィーン その一

Img      クンストハウス・ウイーンの外観

Img_0004    展示室の波打つ床

Img_0002     フンデルトヴァッサーの‘イエローハウス’(1966年)

Img_0003     ‘バルカンの彼方のイリーナの国’(1969年)

画家で建築家のフンデルトヴァッサー(1928~2000)の作品にはじめて出会ったのは2000年に放送されたNHKの美術番組、ミュージシャンの石井竜也がフンデルトヴァッサーが1998年から住んでいたニュージーランドを訪ねるという設定だった。

ここで紹介されたフンデルトヴァッサーの絵に200%KOされた。直線がなく細かな曲線や渦巻きで構成された画面が赤や黄色などの鮮やかな色彩で彩られていた。一見すると小学生の男の子が描いた絵というイメージだが、その平板な表現にはいろいろなメッセージがこめられており、嵌ると癖になりそうだった。

じつはこの番組が放送されたのは3月だったが、当のフンデルトヴァッサーは2月18日、海上航海中に心臓発作で亡くなっていた。そのため、フンデルトヴァッサーを知ったこの番組は忘れられないものになった。これが縁となり2003年ウィーンを再訪したとき、フンデルトヴァッサー関連の二つの名所を訪問した。

ウィーンのシンボルとなっているシュテファン大聖堂から東へ2㎞くらい行ったところにあるのが‘クンストハウス・ウィーン’で1991年に開館したフンデルトヴァッサーの美術館。設計したのはフンデルトヴァッサー自身。ここから北へ400mのすぐ近くにあるのが‘フンデルトヴァッサー・ハウス’。ここは実際に人が住んでいる建物で1985年に完成した。

クンストハウスは5階建て、2,3階が展示室で1階にミュージアムショップとカフェがある。中に入って驚いたのは展示室の床に凹凸があり波打っていること。こんな美術館はみたことがない。ドギマギしながら進んでいるとTVにでてきた作品などが一枚、2枚とでてきた。まさにフンデルトヴァッサーの世界。

気を惹く作品は何点のあったが、とくに長くみていたのが‘イエローハウス’とロンドンでみた人気ミュージカル‘キャッツ’を連想させる‘バルカンの彼方のイリーナの国’。

‘イエローハウス’はちょっと泣かせる恋の物語が描かれている。副題は‘心を移した恋人を愛しつつ待つのはつらい’、右の家の一番下をみると角っこの窓に恋人がいて、他の窓には涙の粒が描かれている。この女性はふった男に‘私はもうあなたには興味ないんだから、めそめそしたって駄目よ、ストーカーなんかしたら警察に訴えるからね、いいわね’とかなんとか言っているにちがいない。

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2017.07.08

ドジャーズ マエケン 好投し7勝目!

Img     

Img_0001    ロイヤルズとの交流戦に好投しチームの4連勝に貢献した前田健太

前田健太の所属するドジャーズは現在ナリーグ西地区で首位を走っている。今日のロイヤルズとの交流戦には4連勝がかかっていたが、先発したマエケンは5回を1失点でのりきりチームの勝利に貢献した。これで勝ち星は7になった(4敗)。

2年目のシーズン、先発の一角を任されてスタートしたマエケンだったが、ピッチング内容は悪く、4月は序盤に大きく失点することが多かった。そのため、ロバーツ監督(母親は日本人)の信頼をえられず先月は先発から外れてリリーフ陣に配置転換されてしまった。

ただ、この変更は先発復帰への道が閉ざされてというのではなく、ここ4試合はまた先発に戻ってきた。ここでのピッチング内容によってオールスターゲームのあとの後半戦のローテーションに入れるかどうかが決まる。だから、マエケンは必死に投げていた。前回の登板では球のキレがよくなく3回で降板したため、今日また打ち込まれると先発復帰は先送りになるところだった。

大事な試合を気迫で5回を投げきり好投したので、ほっとした。次の登板からはまたローテーションに入ることになりそう。ドジャーズはナリーグで勝率が.670と一番高く、この勢いでレギュラーシーズンを進んでいくとワールドチャンピオンの有力候補になる。まだ早いが、アリーグのアストロズかレッドソックスとワールシリーズを戦うのではないかと予想している。

マエケンがポストシーズンで脚光を浴びるためには先発陣で3番目の成績を上げないと登板の機会はない。だから、今のピッチングからさらにレベルアップしないとそのチャンスはめぐってこない。いっそうの頑張りを期待したい。

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2017.07.07

来年秋、ムンクの‘叫び’がやって来る!

Img_0002     ‘叫び’(1910年 ムンク美)

Img     ‘叫び’(1893年 オスロ国立美)

すでに情報を得られている人も多いと思われるが、先月末ビッグな話が飛び込んできた。ムンク(1863~1944)の‘叫び’が来年の秋日本にやって来るという。これは嬉しい話。

美術館はまたしても東京都美、新聞社は朝日、会期は10/27~1/20、3ヶ月近くのロング興行。作品情報としては‘叫び’を目玉に油彩、版画、素描が100点でてくるというだけ、おおよその出品作が決まったところでチラシがつくられるのだろう。いや、もうできている?

ムンクの‘叫び’についてはちょっとややこしいところがある。ムンクは‘叫び’を5点以上描いている。来日が決まったのはオスロ市立ムンク美が所蔵するもの。普通の美術の本に載っているのは1893年最初に描かれた‘叫び’。これはオスロ国立美にある。

朝日の記事によるとムンク美蔵の‘叫び’は初来日という。これが引っかかる。というのは、広島にいて見れなかった展覧会だったが、2007年出光美でムンク美の‘叫び’が展示されたことがインプットされている。だから、11年ぶりのお目見えと思っていた。だが、これが間違いなら出光にでたのはムンク美が所蔵するもう一点の‘叫び’だったのかもしれない。

2013年1月、NYのMOMAで運よく1895年に描かれた‘叫び’と遭遇した。これは2012年96億円(当時)で落札されて話題になった作品、大勢の人に交じって食い入るようにしてみていた。

来年わが家はノルウエーのフィヨルドをみる北欧ツアーに参加する計画が実現しそうな状況、いよいよオスロ国立美にある‘叫び’が射程圏に入ってきた。そうなると、秋の東京都美の回顧展とあわせてムンクイヤーとなる。この流れを大事にしたい。

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2017.07.06

美術館に乾杯! ベルヴェデーレ宮 その四

Img_0002    セガンティ―ニの‘悪しき母たち’(部分 1894年)

Img_0001     ココシュカの‘母の肖像’(1917年)

Img_0004     ココシュカの‘羊の屍がある静物画’(1910年)

Img     キルヒナーの‘クロスターの山々’(1923年)

ヨーロッパにある美術館でいつか訪問を実現しようと思っているのはムンクの‘叫び’があるオスロ国立美とスイスの美術館群、オスロはだいぶ近づいているが、スイスの美術館巡りはまだ計画が具体化していない。

若いころスイスのジュネーブに住んでいたが、当時の芸術心は並みのレベルだったのでルーブルとかウイーン美術史美などの大きな美術館には関心があってスイスのなかにあるチューリヒ美、ベルン美、バーゼル美などまっく縁がなく、サン・モリッツにあるセガンティーニ美にいたっては存在すら知らなかった。

その程度の美術好きだったのが、今はセガンティー二(1858~1899)の最高傑作‘アルプス三部作 生・自然・死’をみるためサン・モリッツを目指す気になっているのだから、人生何が起こるかわからない。その強い思い入れを切らさぬようにときどき2011年損保ジャパン美であったセガンティー二展の図録をながめている。

その図録に張り付けているのがベルヴェデーレ宮に飾られている‘悪しき母たち’。それまでセガンティー二のイメージは大原美にある‘アルプスの真昼’にみられる牧歌的な作風によってでできあがっていたので、この‘悪しき母たち’にはドキッとした。セガンティー二にこんな官能的な人物画があったの?その出会いは衝撃的だった。

ココシュカ(1886~1980)の回顧展が日本でみられないかなとずっと思っているがなかなか実現しない。ベルヴェデーレには4,5点あったから、もしどこかに美術館がココシュカに目をつけていたら‘母の肖像’や‘羊の屍がある静物画’と再現できるかもしれない。でも、その可能性はどうも少なそう。

3年前、チューリヒ美展(国立新美)が開催されたとき、ココシュカやベックマンと一緒にあの紫色を多用したキルヒナー(1880~1938)の風景画も並んで展示されていた。‘クロスターの山々’も同じようなすっきりした調子の山岳画、キルヒナーはナチスの恐怖から逃れるため一心不乱にスイスのアルプスの風景を描いた。その気持ちは本当によくわかる。

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2017.07.05

美術館に乾杯! ベルヴェデーレ宮 その三

Img_0001_3     クールベの‘傷つきし者’(1854年)

Img_3     マネの‘毛皮を着た婦人’(1880年)

Img_0002_3     モネの‘ペール・ポール’(1882年)

Img_0003     ゴッホの‘オーヴェールの野’(1890年)

ベルヴェデーレ宮殿のお目当てはクリムト・シーレだから、二人の作品をみると腹は満腹状態になるのだが、この宮殿には想定外のオマケががついてくる。これがなかなかいい。ウィーンにいながらパリの美術館にいるような気分にさせる作品が目の前に現れた。

2008年パリのグラン・パレで遭遇したクールベ(1819~1877)の大回顧展、おかげでクールベとの距離がぐっと縮まった。回顧展をみるまではクールベをみたのは2,3の美術館だけ。その限られた機会がベリヴェデーレにあった自画像の‘傷つきし者’、オルセーにもこれとよく似た別ヴァージョンがある。このポーズは一度みたら忘れられない。

マネ(1832~1883)の描いた女性の肖像画にルノワールと同じくらい魅了され続けているが、亡くなる3年前の仕上げた‘毛皮を着た婦人’も印象に強く残っている。一方、モネ(1840~1926)の肖像画はとても貴重、モデルはモネの知り合いのコック。

想定外の収穫のなかで最も高揚したのがゴッホ(1853~1890)の‘オーヴェールの野’、ここでゴッホの傑作がみれるとは思ってもみなかった。これはクリムトたちの分離派が1903年に開催したフランス絵画展に出品された作品。分離派は展示するだけでなくこの絵を購入しベルヴェデーレ宮の前身の国立近美ギャラリーに寄贈している。

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2017.07.04

美術館に乾杯! ベルヴェデーレ宮 その二

Img_0001    シーレの‘家族’(1918年)

Img_0002_2     シーレの‘死と乙女’(1915年)

Img_2     シーレの‘4本の樹’(1917年)

Img_0004     シーレの‘窓の並んだファサード’(1914年)

クリムトとシーレは年が28も離れていたが、クリムトはシーレの才能を高く評価し支援していた。そして、奇遇なことに二人は同じ年に亡くなった。1918年の2月6日、一ヶ月くらい前に脳卒中で倒れたクリムトがスペイン風邪による肺炎を併発し天国へ旅立った。

このスペイン風邪は10月28日妊娠していたシーレの妻エディットの命を奪うとその3日後の31日にはシーレにも襲いかかった。享年28。まだ20代というのに、クリムトの半分しか生きられなかった。

シーレの絵で最も魅了されている2点がベルヴェデーレ宮に飾ってある。亡くなった年に描かれた‘家族’とすばらしい風景画‘4本の樹’。シーレの人物画は大半が退廃的なイメージが強く、その表情やポーズからは精神がかなり不安定でいつも死と向かい合っているような感じがストレートに伝わってくる。

例えば‘死と乙女’では女性の手は異様に細く、その手で抱かれている体を丸めた男は眉間にしわを寄せ不安げな表情でこちらをみている。こういう作品は長くみているとこちらまで変な気持ちになってくる。ところが、‘家族’に登場するシーレの表情はとても穏やかで生きる喜びにあふれている。家族ですごす幸せがシーレにつきまとったすべての苦しみを取り去ってくれたかのよう。

秋の夕暮れの光景を描いた‘4本の樹’の前に立ったときは言葉を失ってみていた。ええー、シーレがこれほど心を奪われる風景画を描いていたのか!色彩の使い方とか構図で誰の絵が思い浮かぶだろうか、平板的な画面構成はムンクが頭をかすめる。

2005年、アムステルダムのゴッホ美を訪問した際、運良くシーレ展に遭遇した。ここにベルヴェデーレ美からは小学生の男の子が描いたような‘窓の並んだファサード’が出品されていた。思わず目に力が入った。

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2017.07.03

美術館に乾杯! ベルヴェデーレ宮 その一

Img_0003     ウイーン ベルヴェデーレ宮

Img_0002    クリムトの‘接吻’(1908年)

Img         クリムトの‘ユディットⅠ’(1901年)

Img_0001     クリムトの‘けしの野’(1907年)

オーストリアのウィーンはパリ同様、芸術にあふれた街なので何度も行ってみたいのだが、ものごとは思い通りにはいかないもの。街の空気にふれたのは二回だけ。だから、もう一回は出かけたいと思っている。

美術館で外せないのはやはりウィーン美術史美だが、ベルヴェデーレ宮殿への思い入れも強い。この宮殿に駆り立てるのはここにクリムト(1862~1918)とシーレ(1890~1918)の絵がたくさん飾ってあるから。2006年クリムトの‘アデーレ・ブロッホバウアーⅠ’など5点が宮殿の所蔵ではなくなったももの、まだお目にかかってない作品が数点残っている。

現在の展示の仕方がどうなっているのか最新の情報がないが、2003年訪問したとき放心状態でみていた‘接吻’や‘ユディットⅠ’は間違いなく飾ってあるだろうが、ほかの作品、例えば‘水蛇Ⅰ’とか‘フリッツア・リートラーの肖像’、そして正方形のキャンバスに描かれた風景画‘けしの野’、‘ひまわりの園’は常時展示されているのだろうか。

日本の美術館でクリムトをみたのは4年前の2013年が最後、クリムトの生誕150年を記念して栃木の宇都宮美で回顧展が開かれた。この年NY旅行しMETのすぐ近くにあるノイエギャラリーでウイーンから移ってきた‘アデーレ・ブロッホバウアーⅠ’と再会し、クリムト熱がぐんと上がっていたからJRで遠征することをすぐ決断した。収穫は現地で見たことのないワシントンナショナルギャラリー蔵の‘赤子’。

クリムトをコンプリートするのは生涯の夢、来年あたりクリムト展があると嬉しいのだが、はたして。

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2017.07.02

カッコウは‘托卵’する!

Img_0001     カッコウの雛に餌を与えるオオヨシキリ

昨年末に放送されたサイエンスゼロの公開講座で働かないアリの話とともに関心をそそる生き物の行動がもうひとつあった。それは‘托卵’。カッコウはオオヨシキリに自分の卵を育てさせるという。

毎週、NHKの‘ダーウィンが来た’(日曜、夜7:30~8:00)を熱心にみている隣の方はこの托卵を知っていたというし、先月お酒を飲んだ友人もすでに承知で話にのってきた。となると、世間では多くの人が知っていること?まあ、それはどうでもいいことだが。

カッコウはオオヨシキリの巣から卵を1つ捨てて自分の卵を産む。オオヨシキリはそれに気づかずに温める。驚くのは孵化したカッコウの雛が大胆な行動をとること。なんとオオヨシキリの雛を落とし餌を独占する。自分の雛がいなくなってもどういうわけかオオヨシキリはカッコウの雛に餌を与え続ける。

だが、最初は騙されてもオオヨシキリは時間がたつと卵を見分けるように進化し強くなる。そうすると、カッコウはさらに技巧をこらしよく似た卵を産むように進化する。するとオオヨシキリは見分けられない。ともに生き残れるように形を変えていく。これを‘進化の軍拡競争’というらしい。

どういう結果になるのか、オオヨシキリが見破る確率が5割、托卵されてだまされる率が5割、だから、共存という安定状態に落ち着く。オオヨシキリは絶滅しない。

そもそもカッコウはなぜ托卵をするようになったのか。自分の巣で育てたほうが効率が高いのにオオヨシキリの巣に卵を産みつけるのはリスク管理をしているから。巣が壊れることもあるのでこれを避けるために托卵するようになった。短期的な効率性より長期的な永続性を優先する。なるほど、そういうことだったのか!

進化生物学に嵌ってきた。関連本を10冊くらい読むつもり。

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2017.07.01

2017年後半展覧会プレビュー!

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今年の前半はブリューゲルの‘バベルの塔’とミュシャの‘スラブ叙事詩’の話題の作品が登場したため、展覧会鑑賞は一仕事終えたような気分になっている。そうはいっても展覧会へ出かけるのは大きな楽しみ、後半で期待しているものをあげてみた。

★西洋美術
 ダヴィンチ・ミケランジェロ展   7/11~9/24  三菱一号館美
 ボストン美の至宝展        7/20~10/9    東京都美
 ゴッホ展             10/24~1/8    東京都美
 セーヴル磁器展          11/22~1/18 サントリー美

★日本美術
 タイ展              7/4~8/27    東博
 藤島武二展            7/23~9/13   練馬区美
 歌麿大作・吉原の花        7/28~10/29  岡田美
 佳人礼讃             7/31~8/24  ホテルオークラ
 
 ボストン美蔵春信展        9/6~10/23    千葉市美
 狩野元信展            9/16~11/5   サントリー美
 運慶展              9/26~11/26   東博
 北斎とジャポニスム        10/21~1/28   西洋美
 北野恒富展            11/3~12/17   千葉市美

(注目の展覧会)
すでにはじまっている三菱一号館美の‘ダヴィンチ・ミケランジェロ展’は素描が中心なので予定ではパスだったのだが、7/11からミケランジェロの大理石彫刻が展示されることがわかったので出動することにしている。ミケランジェロの彫刻は運よくコンプリートを達成しているが、この作品は近年発見されたものだから楽しみ。

ボストン美の至宝展の見どころはチラシに使われているゴッホの‘郵便配達夫ルーラン’、ボストン美は過去何度も自慢の印象派・ポスト印象派コレクションを公開してくれたが、この‘ルーラン’とカサットの‘桟敷席’だけはやって来なかった。

昨年その不運な記録にやっと終止符が打たれた。横浜美に‘桟敷席’がお目見えしたのである。これに続き今年は東京都美に‘ルーラン’が登場する。ゴッホ狂いにとってこれは一大事件なのでまわりの西洋絵画好きにおおいにPRしてきた。

東京都美は10月末からは‘ゴッホ展’を開催する。楽しみにしているのはプリンストン大美が所蔵する‘タラスコンの乗合馬車’。

日本美術関連では今月の28日から箱根の岡田美で公開される歌麿の‘吉原の花’(ワズワース・セーニアム美)に今ワクワクしている。この歌麿の三部作‘雪月花’の一枚が日本にやって来るのは2度目のこと。千葉市美で公開されたときは東京にいなくて見逃したので、リカバリーの機会がめぐってきたことを喜んでいる。

そして、西洋美の‘北斎とジャポニスム’への期待も高い。北斎のプラスαにどんな目玉を用意してくれているか、前にも書いたが、女性館長の馬場さんのことだから目を楽しませてくれるにちがいない。

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