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2017.06.30

本当にダリの遺体を掘り起こすの!?

Img     ダリ(1904~1989)

Img_0001   ダリの遺体が埋葬されている‘ダリ劇場美’の地下祭室

スペインから興味をそそる話が飛び込んできた。26日、スペインの裁判所がダリの娘という人物の主張をDNA鑑定により確かめるため、ダリの遺体を掘り起こすことを命令したというのである。

報じられるところによると娘を名乗るこの女性は61歳の霊媒師、いかにも怪しいが、母親はダリの家政婦として働いていたとき関係ができて生まれたという。話としてはありそうなことだから、そういうことがあったのか!とまあ受け入れられる。

1989年、85歳で亡くなったたダリの遺骸が埋葬されているのはダリの生まれ故郷、スペインカタルーニャ州のフィゲラスにある‘ダリ劇場美術館’(1974年開館)、この美術館を運営しているガラダリ財団にとってはえらいことがふっかかってきた。当然NO,すぐ上訴した。

仮にDNA鑑定でダリの娘ということになれば、この霊媒師は今財団が管理している遺産の25%が相続できることになる。だから、彼女としては黙っているのはもったいないと思ったとしても誰も文句は言えない。61歳というと生まれたのは1956年。ダリ52歳の頃の子どもということになる。

この頃、ダリとガラの愛は冷めきっていて、ガラは若い燕たちと遊びまくっていた。それでもダリは何も言えなかった。可哀想なくらいガラにほったらかしにされていた。

二人はそんな関係だったから、ダリが愛人をつくったとしてもおかしくはない。でも、ダリは性不能者だったということも聞いているので、子どもがつくれたかどうかは甚だ疑問。さて、この話どう転んでいくのか。

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2017.06.29

おもしろい生物本 ‘働かないアリに意義がある’!

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Img_0001

ここ数年、TVの科学番組をみることが大きな楽しみになっている。とくに熱心なのは次の4つ。

★‘サイエンスゼロ’ NHKEテレ 日曜 夜11:30~12:00
★‘コズミックフロントNEXT’ BSプレミアム 木曜 夜10:00~11:00
★‘モーガンフリーマン 時空を超えて’ Eテレ 木曜 夜10:00~10:45
★‘体感!グレートネイチャー’ BSプレミアム 毎月1回 土曜 夜8:00~9:30

‘サイエンスゼロ’は司会者の竹内薫氏が最新の話題をゲストをまじえてわかりやすく解説してくれるので時間は30分と短いが理解がぐんと進み関心の度合いも増していく。昨年末、恒例の公開番組が2本あり、その一つの‘ダーウィンの進化論に異議あり!?’が大変興味深かった。

講義をした先生は進化生物学者の長谷川英佑氏(北海道大学準教授)、話のベースになっているのはかなり売れているという著作本‘働かないアリに意義がある’(2010年 メデイアファクトリー新書)、意表を突くテーマなのでこの本のことが気になっていた。

購入がのびのびになっていたが2週間前に行きつけの本屋で注文し手に入れた。2,3年前の本かと思っていたら2010年に出版されていた。今は文庫本もでている。とてもわかりやすい論述、これなら売れるはずだと即納得、おかげでこの働かないアリが存在するというコロニーのシステムはダーウィンの唱えた‘自然選択説’による進化とは別の進化の形であることがよく理解できた。興味のある方は是非書店へ!

1章と2章の終わりにポイントがまとめられている。ご参考までに、
1章 7割のアリは休んでいる
 ・7割ほどのアリは巣の中で何もしていない
 ・生まれてから死ぬまでほとんど働かないアリもいる
 ・卵の世話など、巣にはほんの短時間でも途切れてはならない作業がある
 ・ハチもアリも若いうちは内勤で、老いると外回りの仕事に就く傾向がある
 ・一つの仕事を続けたアリでも、熟練して効率があがるわけではない
 ・大きな組織に所属するアリは体のつくりが雑
 ・道を間違えるアリが交ざっている方が、エサを効率よくとれる場合がある
 ・兵隊アリは喧嘩になると逃げる

2章 働かないアリはなぜ存在するのか?
 ・ハチやアリには刺激に対する反応の違い(反応閾値)という‘個性’がある
 ・個性があるから仕事の総体がまんべんなく回り、コロニーに有利
 ・仕事が増えると働かないアリも働くようになる(重い腰をあげる)
 ・働かないアリは鈍い、むしろ‘働けないアリ’である
 ・疲労という宿命があると、腰の軽い働くアリばかりいる効率的なシステム
  より働かないアリのいる非効率的なシステムのほうが長期間存続できる

アリの個性が何のために存在するのか、学者たちがたどりついた‘反応閾値モデル’に大きな刺激をもらった。一気に嵌ったので長谷川氏のほかの本をOAZO丸善で調べてもらい、2015年に出版された‘面白くて眠れなくなる進化論’(PHP)も手に入れた。これもよく書けている。

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2017.06.28

美術館に乾杯! ロダン美 その二

Img_0005     ‘考える人’(1880年)

Img_0001     ‘地獄の門’(1880~1917年)

Img_0002     ‘バルザック像’(1898年)

Img     ゴッホの‘タンギー爺さんの肖像’(1887年)

彫刻作品は部屋のなかでみるより庭や公共の広場に置かれたものを見ているときのほうが心が高揚する。ロダン美でも邸宅のまわりの広場にお馴染みの傑作がどんと立っていた。でも、かなり前のことなので作品がどういう配置になっていたかは覚えていない。

‘考える人’、‘地獄の門’、群像‘カレーの市民’、注文主から受け取りを拒否された‘バルザック像’、いつも出かけている西洋美では‘考える人’と‘地獄の門’をいつもみているが、あとの2点もあったかどうか?日本の美術館でロダンがすぐ思い浮かぶのはほかには静岡県美がある。箱根の森美術館でもみたような気がするが、、

文豪バルザック像についてはパリ訪問の1年前NYのMoMAではじめて対面した。圧のある顔の表情に熱い魂を感じさせる圧倒的な存在感、言葉を失い立ち尽くしてみていた。それまで、‘考える人’がロダンのイメージとして定着していたので、このアクの強い人物表現は大きな衝撃だった。

ロダン美の思い出は彫刻にとどまらない。嬉しいことにルノワール、モネ、ゴッホの絵があった。とくに印象深いのがゴッホ(1853~1890)の‘タンギー爺さんの肖像’、これはどのゴッホ本にも載っている傑作。ゴッホのコンプリートには欠かせないワンピース。この後、日本にやって来たときちょうど広島にいたので、展示されていた山口県の萩までクルマを走らせた。

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2017.06.27

美術館に乾杯! ロダン美 その一

Img       ロダン美

Img_0001     ‘接吻’(1886年)

Img_0003     ‘神の御手’(1898年)

Img_0002     ‘歩く男’(1907年)

パリにある美術館はだいぶ回ったが、訪問したときからだいぶ時間がたっているところは記憶が薄れてきている。オルセーの裏手をしばらく進んだとろこにあるのがロダン美、出かけたのは1991年のことだから今は美術館に着くまでの風景はまったく忘れている。

すぐ横の名所観光のひとつアンヴァリッドはパスしてオーギュスト・ロダン(1840~1917)のかつての邸宅を選んだのやはり‘考える人’で有名なロダンをはずすわけにはいかないから。ここもマルモッタン美と同じく典型的な邸宅美。こういう展示空間がいいのは彫刻が日常生活の一コマにとけこんでいるので肩に力が入らず作品と向き合えるから。

どの部屋にあったかは覚えてないが代表作の‘接吻’の前には長くいた。これは愛というテーマにこだわり続けたロダン46歳のときの作品。また、‘フギット・アモール(愛は去りゆく)’にも思わず足がとまる。

ドキッとするほど緊張感があったのが‘神の御手’、大理石の塊から手がでてきたという感じの彫り方はインパクトがあり、ミケランジェロの彫刻をみる思い。ロダンはひょっとしてミケランジェロを相当意識していたのかもしれない。

首のない‘歩く男’を昨日紹介したジャコメッティの‘歩く男Ⅰ’と比較してみると同じテーマだが彫刻家の個性が天と地ほども離れていることがよくわかる。表現の仕方は時代が変わるとかくも変わってくる。人体にリアリティがあり生命力を力強く表現しているロダンに対し、ジャコメッティの男は孤独に苦しみとぼとぼと歩く姿。

彫刻というのはもっとパワーを感じさせるものだというイメージがあると、ジャコメッティの男はいかにも軽い。でも、その一歩々はずしりと重いことはじわっと伝わってくる。

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2017.06.26

予想を上回る‘ジャコメッティ展’!

Img_0003  ‘森、広場、7人の人物とひとつの頭部’(1950年 マーグ財団美)

Img_0001     ‘犬’(1951年 マーグ財団美)

Img     ‘歩く男Ⅰ’(1960年 マーグ財団美)

Img_0002     ‘大きな頭部’(1960年 マーグ財団美)

モデイリアーニと同じようにジャコメッティ(1901~1966)の彫刻もその作風がすぐイメージできる。彫られた人物に厚みはなく細く長い棒がすっと伸びている感じ。しかもその表面はごつごつしたしており、噴火した火山の溶岩が固まったかのよう。

それまで誰もみたことのないユニークな彫刻を生み出したジャコメッティの回顧展(6/14~9/4)が今、国立新美で開催されている。回顧展に遭遇するのは2度目。10年くらい前、神奈川県近美葉山で運よく多くの作品をみたので、今回は前のめりの鑑賞でもない。

彫刻作品は同じ形のものが複数制作されるから、会場には以前にみたかな、というものが多い。群像彫刻の‘森’は2年前あったチューリヒ美展でお目にかかった。お馴染みのジャコメッティを確認しながら進んだが、後半になるとはじめてみるインパクトのある作品が現れてきた。

‘犬’、‘猫’、9体が三角形に並ぶ‘ヴェネツィアの女’、そして圧巻なのがチェース・マンハッタン銀行の広場のためのモニュメントとしてつくられた‘歩く男Ⅰ’、‘大きな頭部’、‘大きな女性立像Ⅱ’の巨大3部作。ここにあげた4点はすべて南フランスにあるマーグ財団美が所蔵するものだが、流石ジャコメッティの世界3大コレクションといわれるだけのことはある。

これほど大きなジャコメッティの彫刻をみたことがないので、ちょっと興奮した。前半は和紙でつくった薄っぺらなひな人形を連想させるものが続き刺激に乏しかったが、見終わってみたら強く印象に残るジャコメッティ展になった。ミューズに感謝!

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2017.06.25

来年1月 またアルチンボルドの‘ルドルフ2世’がやって来る!

Img   ‘ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世’(1590年 スクークロスター城)

Img_0002     ‘夏’(1572年 デンヴァー美)

Img_0001     ‘ソムリエ’(1574年 大阪新美建設準備室)

花や魚や動物などで人物の横顔を象った肖像画を描いたアルチンボルドが宮廷画家として活躍したのは16世紀後半、日本は室町時代のころ。このユニークな肖像画をはじめてウイーンでみたときはあっけにとられた。

誰もが好きになるという絵ではない。これだけ規格外だと好き嫌いがはっきり分かれる。代表作の‘四季’と‘四大元素’についていえば、‘冬’と‘大地’は正直グロテスクすぎて長くはみれない。お気に入りは今回アメリカのデンヴァー美から出品された‘夏’と初見の花で埋め尽くされた‘春’

もう1点魅了されているのがある。2009年Bunkamuraでお目にかかった‘ウェルトゥムヌス(四季の神)としてのルドルフ2世’、アルチンボルドがミラノに引っ込んだときに描いたこの正面向きのルドルフ2世が最高傑作だろう。所蔵しているのはスウェーデンにあるお城だから一生縁がないと思っていたら、幸いなことに日本でみることができた。

その絵がまたやって来るらしい。美術館はアゲインBunkamura、来年1月からはじまる‘ルドルフ2世の驚異の世界展’(1/6~3/11)の目玉として再度公開される。まさに現代のアーチストが手がけたような新鮮なつくりものというかオブジェという感じ。

当時としてはかなり時代をとびこえた感性をもっていたアルチンボルドがこうした寓意画を描いたのは20数点。その1枚が日本にある。いつ開館するのかまったく目途がたってない大阪新美の準備室がもっている‘ソムリエ’。今回の回顧展にも展示されている。

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2017.06.24

嵌ると逃れられないアルチンボルドの怪奇!

Img  アルチンボルドの‘四大元素 水’(1566年 ウィーン美術史美)

Img_0001    アルチンボルドの‘四季’(1590年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0003    HMの版画家の‘擬人化された風景’(16世紀末 アシュモリアン美)

Img_0002     ロマッツォの‘自画像’(1568年 ブレラ美)

日本の展覧会シーンにアルチンボルド(1526~1593)が登場したのは過去3回あった。10数年前に開催されたハプスブルク家展ではウィーン美術史美にある‘四季 冬’と‘四大元素 水’が飾られ、そのあとは2回Bunkamuraのだまし絵展(2009年、2014年)にはスウェーデンから傑作‘ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)’と‘司書’がやって来た。

風の便りによると来年の1月からBunkamuraで行われる展覧会(1/6~3/11)にまたあの‘ルドルフ2世’がお目みえするらしい。だから、1年くらい日本はアルチンボルドイヤー、まだこの怪奇画家に縁がなくても西洋美とBunkamuraに足を運べばアルチンボルドに最接近できることは請け合い。

今回の回顧展でこれほど多くのアルチンボルドが出品されているとは想像してなかった。入ってすぐワシントンナショナルギャラリーが所蔵している‘四季’に遭遇、ええー、ワシントンにアルチンボルドがあったの!?ナショナルギャラリーは5回訪問したが、顔の輪郭がはっきりせず不気味さがただようこのお化けには一度もお目にかかったことがない。普段は展示しないのだろう。

この絵はアルチンボルドが生まれ故郷のミラノに帰ってから描いたもの。その時期は‘ルドルフ2世’と同じ1590年頃、これが大きな収穫だったのに一方で残念なことがあった。

スイス在住の個人コレクターが所蔵する‘四大元素 大気’と‘火’は24日(土)からの公開だった。ありゃー、手持ちのチラシにはこの2点は載ってなく、HPでも出品リストをチェックしてないため折角の作品を見逃してしまった。知っていたら24日以降に出動したのに。今、再訪問するかどうか迷っている。

版画で足がとまったのが‘擬人化された風景’、これをみるとダリが得意とするダブルイメージは16世紀のころからもう表現されていた!ボスの絵にもこれと似たような場面がでてくる。こういう元々の構成要素とはちがうものを使ってモチーフを形にしていく方法がこの時代に存在していたのがおもしろい。

ミラノのブレタ美でみたロマッツォ(1538~1600)の自画像がどうしてここに展示してあるのか?だが、インパクトのある肖像画なので長くみていた。

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2017.06.23

待望の‘アルチンボルド展’!

Img_0001     ‘春’(1563年 王立サン・フェルナンド美術アカデミー美)

Img_0002     ‘秋’(1572年 デンヴァー美)

Img_0003     ‘司書’(16世紀 スコークロステル城)

Img     ‘庭師・野菜’(16世紀 クレモナ市美)

ウィーン美術史美に出かけると他では味わえない二人の画家の作品と遭遇する。ひとりはブリューゲル、もうひとりはアルチンボルド(1527~1593)、そのアルチンボルドの回顧展(6/20~9/24)が上野の西洋美ではじまった。今年行われる西洋絵画展ではブリューゲルの‘バベルの塔’とともに大きな期待を寄せていたのでわくわく気分で乗り込んだ。

最も有名な‘四季’と‘四大元素’が全部揃ってみられるのだから、つくづく日本は美術大国だなと思う。この8点のうち一番のお目当てはマドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミー美からやって来た‘春’、今回登場した4点のうちこの‘春’はウイーン美術史蔵の‘冬’とともに1563年に描かれた最初のヴァージョン。

以前マドリードで美術館めぐりをしたとき、どういうわけか姿を現してくれなかった。まさか日本でリカバリーできるとは思ってもいなかった。素直に嬉しい! 横向きの顔や衣装には白百合や白薔薇など花で埋め尽くされているが、手元の美術本には80種が詳細に載っている。花だけに集中すると博物図鑑をみているよう。

第一ヴァージョンでは行方不明になっている‘秋’の別ヴァージョンがみれたのも大きな収穫。ルーヴルにも‘四季’があることは前から知っているが、いつ行ってもこれが飾ってあったためしがない。だから、この秋がみれて‘四季’はコンプリート、唇に栗を使っているのがおもしろい。

‘司書’は2014年Bunkamuraで開催された‘だまし絵パート2’で仰天した作品、頭を開きっぱなしの本で表現するところが最高にいい。髪の感じがピッタリ。これをみたらダリでもマグリットでも裸足で逃げるにちがいない。アルチンボルドは元祖シュルレアリスト!そして、この絵の面白さが当時の宮廷人に支持されるというのも驚き。

今回新規にお目にかかった作品の中でぐっときたのが‘庭師・野菜’、この絵を逆さまににみると野菜の鉢になる。はじめ野菜をくっつけて鼻や唇をつくり顔全体をととのえたあとひっくり返し微調整して野菜の盛られた鉢に仕上げたのではないか、こう推測すると野菜の鉢にみられる不自然な構成が理解できる。

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2017.06.21

日本の美! 紫陽花

Img      散歩の足がとまる紫陽花

Img_0002     山口蓬春の‘紫陽花’(1959年 山口蓬春記念館)

Img_0001     山口蓬春の‘紫陽花’(1957年 北海道近美)

梅雨時、詩情を感じさせる花といえば紫陽花、今日は夕方雨があがったのでいつものルートを散歩した。途中、水気をたっぷり含んだ紫陽花にみとれてデジカメのシャッターを押した。

花の名前を一から十まで知っているほど草花には精通してない。たぶん、隣の方の三分の一くらいの知識しかないだろう。それでも、日本画を長くみているので、少しずつ花の形と色合いのヴァリエーションがたまってきた。花鳥画を得意とする画家は平安のころから現代にいたるまで途切れることなく存在している。そして、花のイメージとつながっている画家も多い。

例えば、梅や燕子花ならすぐ尾形光琳を思い浮かべる。では、紫陽花というと誰か、光琳と同じくらいすぐでてくるのは山口蓬春(1893~1971)、以前鎌倉にある山口蓬春記念館によく通い、そのモダンな香りのする花鳥画を楽しんだ。

蓬春の描く花で際立って魅力的なのが紫陽花で代表作に‘榻上の花’(東近美)や‘梅雨晴’(山種美)などがある。ほかにも紫陽花の紫の美しさが心をゆすぶるのがある。それが記念館と北海道近美が所蔵するもの。最近はご無沙汰している記念館、紫陽花をみてドライブがてら出かけてみたくなった。

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2017.06.20

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その三

Img_2     レンブラントの‘東洋風の衣装をまとった自画像’(1631年)

Img_0003_2     ドラクロアの‘ジャウールとパシャの戦い’(1835年)

Img_0002_2     シャセリオーの‘東方三博士の礼拝’(1856年)

Img_0001_2     ルドンの‘ヴィーナスの誕生’(1912年)

レンブラント(1606~1669)の‘東洋風の衣装をまとった自画像’はレンブラント本には必ず載っている初期の作品。2回目の訪問で追っかけリストの最上位に記していたのはこの25歳のときに描いた全身の自画像。貴族になりきって興味をもっていた東洋でお馴染みの衣装を着ている。

この絵を早くみたくて館内にいる人にすぐ展示してある場所を聞き急いだが、予想以上に時間がかかってしまった。そんな思い出があるのでに3年くらい前、森アーツセンターで開催されたレンブラントとフェルメール展にやって来たときは感慨深くながめていた。

ドラクロア(1798~1863)の‘ジャウールとパシャの戦い’も対面を長く待っていた一枚。ドラクロアの絵には体を大きくよじった馬がでてくるが、この絵に描かれた白と黒の馬が激しくぶつかり合う姿は息を呑むほど躍動感にあふれている。だから、馬に乗り剣を振りかざして戦うジャウール(左)とパシャ(右)より、中央にいる白い馬をみている時間のほうが長い。

今年の2月~5月に西洋美で行われたシャセリオー展にプティ・パレ蔵の‘東方三博士の礼拝’が出品されていた。これはシャセリオーが37歳で亡くなった年に描かれたもの。この画家はまさに早熟の天才、16歳で描いた自画像をみるとつい‘嘘だろう、この年でこんなに上手くかけるの!?’とつぶやいてしまう。

昨年、上野の森美であったデトロイト美展にルドン(1840~1916)の‘霊を宿す蝶’が飾ってあった。カラリスト、ルドンの作品を1点でも多くみたいと願っているので、日本で回顧展が企画されることを強く望んでいる。もし実現すれば‘ヴィーナスの誕生’にまた会えるかもしれない。

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2017.06.19

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その二

Img_0002     モネの‘セーヌ川の日没、冬の効果’(1880年)

Img_0004     マネの‘テオドール・デュレの肖像’(1868年)

Img     セザンヌの‘アンブロワーズ・ヴィラールの肖像’(1899年)

Img_0001     セザンヌの‘四季 春(左) 夏(右)’(1860~61年)

美術館にでかけるときは作品の情報をできるだけ集め見逃さないように心がけているが、実際美術館のなかに入ってみると、準備した作品イメージは全体の半分にも満たないことが多い。こういう場合はアドレナリンがどっとでてくる。

プティ・パレはやはりパリにある美術館なので所蔵する印象派は美術本に載っているものがぽつぽつと出てくる。モネ(1840~1926)の‘セーヌ川の日没、冬の効果’はマルモッタンにある‘印象、日の出’の別ヴァージョンのような作品、違いは日が沈むところ。

この絵をみたのはここではなく、モネ展(2010年)が開かれた隣のグラン・パレ。手持ちの図録やモネ本で一度もみたことがなかったので、びっくり仰天。大きな収穫だった。これだから回顧展へ出向くのはやめられない。

印象深い男性の肖像画が2点ある。マネ(1832~1883)の‘テオドール・デュレの肖像’とセザンヌ(1839~1906)の画商のヴォラールを描いたもの。デュレの絵は2010年に開館した三菱一号館美がオープニング展として開いたマネ展に出品されたから、この年は2回みたことになる。

セザンヌの人物画ではカード遊びの絵が最も気に入っているが、このヴォラールも図版で惹かれていた。セザンヌは肖像画を仕上げるときはモデルを長く拘束するのが常だが、ヴォラールは辛抱強くモデルをつとめた。

2012年国立新美で開催されたセザンヌ展に若いころの作品として展示されたのが‘四季’、日本で再会するとは思ってもいなかったが、異様なほど縦にのびた春の女性の体にまたもや視線を集中させた。これを見るとセザンヌは生来のカラリストだったことがわかる。

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2017.06.18

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その一

Img    グラン・パレの向かい側にあるプティ・パレ美

Img_0001     クールベの‘黒い犬を連れた自画像’(1842~44年)

Img_0002     クールベの‘火事に駆けつける消防士’(未完成 1851年)

Img_0003     クールベの‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’(1856~57年)

美術好きでパリへ毎年のように行っておられる方ならルーブルやオルセーのある一角は自分の庭のようなものかもしれない。パリの街がそう思えるようになりたいが、そううまくはいかない。まだエコール・ド・パリの拠点、モンパルナスにもモネが何度も描いたサン・ラザール駅に足を踏み入れてない。

広いパリのなかで土地勘がまああるのはセーヌ川を挟んでルーヴル、オルセー、グラン・パレなどがある狭い範囲。グラン・パレは大きな回顧展などが行われるところ。過去、クールベ展(2008年)とモネ展(2010年)を大混雑のなかみた。HPで定点チェックをしてないが、今年は誰の回顧展だろうか。

このグラン・パレの向かい側にあるのが1900年パリ万博のフランス館として使われのちに市立の美術館になったプティ・パレ。幸運にも2回訪れる機会があった。

ここの最も充実したコレクションはクールベ(1819~1877年)、2008年のクールベ展に遭遇したのは一生の思い出だが、作品の搬入が一番楽なのはプティ・パレの4点だったにちがいない。はじめてプティ・パレに入館した1991年のときはどういわけかクールベの印象が薄く何点みたか覚えてない。ところが、回顧展をみたのでクールベはかなり身近な存在になった。回顧展はかくも大きな力をもっている。

2010年に再度訪問したときはめぐりあわせがよくグラン・パレになかった‘火事に駆けつける消防士’に遭遇することができた。この絵は縦3.88m、横5.8mの大作でクールベがレンブラントの‘夜警’を意識して描いたもの。確かに2点は似た雰囲気がある。

自画像をみるたびにクールベのイケメンぶりに感心する。若いころの自画像が5,6点あるがどれも所蔵したくなるいい絵。そして、女性の肖像も心を揺すぶる。ちょっと離れたところから息をのんでみているような気持にさせられるのが‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’、回顧展でも大勢の人が緊張した面持ちでじっとみていた。

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2017.06.17

美術館に乾杯! マルモッタン美 その三

Img_0001     モリゾの‘舞踏会の若い女’(1875年)

Img_0003     ルノアールの‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’(1892年)

Img     ドニの‘妻と娘の肖像’(1906年)

Img_0002     カイユボットの‘白と黄色の菊’(1893年)

2015年東京都美で開かれた‘モネ展’には、マルモッタンが所蔵するモネ以外のコレクションも出品された。目立つ存在ったのがルノワール(1841~1919)の描いたモネと妻カミーユの肖像2点。ほかにもブーダン、シニャックなどもでていたが、モネが主役の展覧会なのでこういうときは脇役の絵はあまり主張しすぎないものが並ぶ。

グッとくる作品に会いたければパリでブローニュの森をめざすといい。同じ女流画家でもカサット(1844~1926)に比べると関心度は半分のモリゾ(1841~1895)だが、マルモッタンにある‘舞踏会の若い女’は例外的に魅せられている。手元にある回顧展(2007年損保ジャパン美)の図録にはこれを上回る作品は載ってない。

ルノワールが描いた‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’は日本にはまだ一度もやって来てない。この女性は‘印象、日の出’などモネの作品をたくさん所蔵していた医師ド・べリオ(ルーマニア生まれ)の一人娘、彼女が印象派のパトロンであった父の収集したモネの作品をこの美術館に寄贈したため、ここがやがてモネの聖地となっていく。

ドニ(1870~1943)がブリュターニュ半島の港町ペロス=ギレックに滞在したときに描いた妻と娘マドレーヌの肖像画は強く惹かれる一枚。現代版の聖母子像でラファエロが重なってくる。どの赤ちゃんも動くものは人でも犬でもじっとみているが、この子の目線の強さはじつにリアル。

マルモッタンというとシカゴ美の至宝となっているカイユボット(1848~1894)の‘パリの通り、雨’の習作があった美術館と思いつく人は印象派の相当な目きき。

ここにはいい静物画もある。鮮やかな色彩が目に焼きつく‘白と黄色の菊’、風景画や肖像画に加え、カイユボットは静物画でも豊かな才能を発揮している。もっと長生きしていたら、もっとビッグな画家になっていたことだろう。

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2017.06.16

美術館に乾杯! マルモッタン美 その二

Img_0002    モネの‘ヨーロッパ橋、サン・ラザール駅’(1877年)

Img     モネの‘雪の中の汽車’(1875年)

Img_0001     モネの‘ルーアン大聖堂、朝’(1893年)

Img_0004     モネの‘睡蓮’(1916~1919年)

印象派やポスト印象派の作品はみるのはライフワーク、だから、画集に載っている名画を求めて世界中の美術館に出かけてきた。コンプリートとはいかないがかなりのところまできているが、この挑戦に終わりはなく足腰が動くかぎり美術館巡りをしていくつもり。

見た作品の数に多少の濃淡はあるものの印象派9人衆はそこそこレベリングはされている。そのため、どことどこの美術館に足を運べばおおよそ済みマークがつけられるかイメージできている。ヨーロッパ、アメリカ、ロシアへとまんべんなく行かないと満足の基準値をクリアできない画家がいる一方で、あるひとつの都市、国を訪問すればだいだいOKになる画家もいる。

マネ、ルノワール、ゴーギャン、セザンヌ、スーラ、ロートレック、ドガは前者で、モネ、ゴッホは後者。ゴッホについてはアムステルダムのゴッホ美とオッテルローのクレラー=ミュラー美へ行けばまあゴッホはみたぞ!ということになる。

そして、モネ(1840~1926)はパリにある3つの美術館、オルセー、オランジュリー、マルモッタンに足を運べばもうモネの通になれることは請け合い。とても効率よくモネの傑作に会えるのだから、モネに嵌まったらわき目ふらずパリに行くべし!

2015年に開催されたマルモッタン美展で大きな発見があった。それは連作1号になった‘ヨーロッパ橋、サン・ラザール駅’。この絵は現地で見れども見ず状態になっていたのではじめてみるようなものだが、あらためて会って仰天した。‘印象、日の出’は印象派を象徴する歴史的な作品だから、これはもうみるしかないが、‘サン・ラザール駅’は立ち尽くしてしまうほどの傑作!名画ほど館外には出ないもの。普段はよそに貸し出さない方針をとっているいうのは即納得した。

日本にまだやって来てない作品でいいのがある。汽車好きのモネならではの‘雪の中の汽車’と連作‘ルーアン大聖堂、朝’、‘睡蓮’。ルーアン大聖堂は1990年にロンドンのロイヤルアカデミーで行われた‘モネの連作展’に出品された。3時間も並んでみたので、この絵はよく覚えている。

‘睡蓮’はオランジュリーにある大作の小型版のような感じがするので、昨日紹介した黄色の睡蓮とともに魅了されている。

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2017.06.15

美術館に乾杯! マルモッタン美 その一

Img_0003     1934年に開館したマルモッタン美

Img     モネの‘印象、日の出’(1872年)

Img_0004     モネの‘睡蓮の池’(1917~19年)

Img_0001     モネの‘ロンドン、霧の国会議事堂’(1905年)

2年前の秋、モネ(1840~1926)のコレクションで有名なパリのマルモッタン美から‘印象、日の出’をはじめとする名画が数多くやって来た。印象派の代名詞ともいえる‘印象、日の出’が公開されるのは21年ぶりということで多くの美術ファンが東京都美に押し寄せたのは記憶に新しいところ。

パリにあるマルモッタン美は典型的な邸宅美術館、そのためオルセーのような大きな美術館で印象派の絵をみるのとはちがい、部屋に飾られている作品はこの屋敷に住んでいた人たちに大事にされ愛され続けたんだなと思いを馳せてしまう。だから、こういう美術館では主になった気分でみるのがいいかもしれない。

訪問したのは1回だが、ここの所蔵作品が日本で公開されるのは2015年の展覧会を含めて3回もあったためほとんどみたことになる。大好きな黄色の睡蓮の‘睡蓮の池’は2回目のマルモッタン美展で目に焼きつけたもの。

どの美術館でも1回目はお目当ての作品で頭がいっぱいになっているので、ほかの作品は見れど見ずということがおこる。出かけた1991年は盗まれた‘印象、日の出’が無事戻ってきて1年経ったとき、感激も大きくこの絵をみれる喜びをかみしめながらの鑑賞になった。

地下一階にあるモネ作品はひと通りみたが、ミュージアムショップで購入したカタログ(フランス語)に載っている作品のなかにはしかとみたという実感がないものもでてきた。‘日の出’に多くのエネルギーを奪われたせいである。

‘ロンドン、霧の国会議事堂’もたぶんみているのに記憶に残ってなかった。この絵は2015年に展示されることを強く願っていたが、叶わなかった。またマルモッタンに行くことがあったら、この絵を真っ先にめざしたい。

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2017.06.14

ケニー・Gのソプラノサックスに痺れた!

Img     Tou Tube ケニー・G

いい音楽に出会うと大きな幸せを感じるが、今日はそんな腹の底から嬉しいことがおきた。朝から本の整理に励み、必要な個所をコピーしていた。数が多く単調な作業なのでTou Tubeにある‘癒し系音楽’などをアットランダムに聴いていた。

この手のものは数限りなくある、例えば‘カフェのギター音楽’なんてのもある、笑ったのが‘作業効率があがる音楽’、そう、今それをやっている。また‘高級ホテル○○で流れている音楽’なんていうものある。海外旅行に早く行きたくなった。

そうこうするうちに、ソプラノサックス演奏の‘ケニー・G’に遭遇した。のっけからとてもいい曲が流れてきた。♪♪‘フォーエヴァー・イン・ラブ’、いっぺんに嵌った。昨年9月18日にアップしたジェニファー・ラッシュの♪♪‘パワー・オブ・ラブ’のときと同じようなシチュエーション、大きな感動が体中に広がっていく。

早速ネットでケニー・Gを調べてみると、1956年生まれのユダヤ系アメリカ人で今年61歳、へえー、もうこんな年なんだ。画像は40代のころのもの?うかつにもこれまでこのサックス奏者の演奏はまったく縁がなかった。ソプラノサックスが大好きだというのに。

若いころ、’ビッチェズ・ブリュー’以降のマイルス・デイヴィスを夢中になって聴いた。マイルスのキレのにいいトランペットにしびれ、若手メンバーのウエイン・ショーターが奏でるやららかく美しいソプラノサックスの音色に体を震わせていた。

ソプラノサックスにぞっこん魅せられたので、ショーターがマイルスから離れジョー・ザビヌルらと一緒に結成したウエザーリポートにも熱を上げその楽しい演奏を何年も聴いていた。今もときどきクルマのなかでCDを流している。今日偶然ソプラノサックスの名曲に出くわした。Tou Tubeに乾杯!毎日聴くことになりそう。

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2017.06.13

ダルビッシュ 6勝目!

Img     アストロズ戦で7回1安打1失点と好投したダルビッシュ

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最近の3試合でホームランによる失点に泣かされたダルビッシュは敵地でのアストロズ戦に好投し、ようやく勝ち星をふやし6勝とした(4敗)。

アストロズ相手にこのところずっと敗戦が続いていたので、今日のダルビッシュは打者一人々よく考えて投球していた。三振にこだわらず、シンカー、カーブ、そして得意のスライダーをうまく組み合わせ、慎重に打ちとった感じ。最近の失点のパターンは序盤は無難に抑えるのに4~6回でホームランを食らって痛い目にあうことが多い。

だから、この日は中盤の失点をなんとか防ごうという姿勢がありありだった。その対策がうまくいき7回を投げてヒットはわずか1本のみ。1点とられたが、これはレフトが取れない打球ではないのにこぼしてしまったアンラッキーな失点。そのため、実質ゼロ点で投げ終えたのと同じ。

昨日、日米通算2000本安打を達成した青木との対戦も2打席きっちり抑えダルビッシュの勝ち。そして、前の試合で3ランを打たれ主砲のコレアにもヒットを許さず弱点を克服したのはこれからのピッチングに大きなプラス。

レンジャーズはリーダーのベルトレ(3塁)が怪我から復帰したので打線はよくなっていくだろう。地区優勝はアストロズにもっていかれそうだが、ワイルドカードでポストシーズンへ進出することはこれから調子をあげていけば可能。その鍵を握っているのが投手の軸となるダルビッシュ。このダルビッシュの好投はチームを勇気づけるにちがいない。

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2017.06.12

アストロズ青木 日米通算2000本安打!

Img_0001   本拠地でのエンゼルス戦で日米通算2000本安打を達成した青木

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今年からアストロズでプレーしている青木は本日本拠地で行われたエンゼルス戦の6回裏、得意の流し打ちで左前にヒットを放ち日米通算2000本安打を達成した。拍手々!

2000本にあと2本と迫っていたこのゲームで一気に決めるところが青木らしい。ヒットを量産することではイチローに次ぐ名選手、2本、3本とまとめて打つ試合を何回みてきたことか。この卓越したバットコントロールが青木の魅力。

2012年、ポステイングシステムを利用して大リーグにブリュワーズに移籍したときは最初はレギュラーではなかったが、起用されるたびにヒットを放つことで評価をどんどんあげ後半は外野の一角を獲得した。2年このチームにして契約が終了したあとは2014年から今年まで毎年チームが変わった。ロイヤルズ、ジャイアンツ、マリナーズ、そしてアストロズ。

過去5年の大リーズでのプレーでもっとも脚光を浴びたのが2014年のロイヤルズ、試合の後半はリザーブの選手と交代することが多かったが、ポストシーズンでは打撃守備の両面でチームの勝利に貢献し、ワールドシリーズを戦った。

このときは惜しくもロイヤルズはジャイアンツに敗れ青木はワールドチャンピオン・リングを手にすることはできなかったが、今年は2度目のチャンスが巡ってくるかもしれない。現在アストロズはアリーグの西地区で首位を走り2位のエンゼルスに12ゲームの差をつけている。

まだ、60ゲームを消化したところなのでこのゲーム差は少なくなるかもしれないが、アストロズがポストシーズンに進むのはまず間違いない。さらに期待されるのはワールドシリーズへの進出。ヤンキースとの争いになりそうだが、アリーグを制する可能性はかなり高い。

こうした展開になると、ワールドシリーズを経験している選手はチームの勝利にとっては欠かせない存在。だから、青木がこれから調子をあげていくとロイヤルズ時代のようにアドレナリンがぐっとでる試合が毎日続くことになる。今は9番が定位置だが、打率をあげれば1,2番の起用もありうる。是非そうなって欲しい。3割めざしてがんばれ!青木。

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2017.06.11

もっとみたいダ・ヴィンチ!

Img     ダ・ヴィンチの‘救世主キリスト’(16世紀)

Img_0001     ケンプ・コット著‘美しき姫君’(2010年 草思社)

テレビ局が制作する美術番組に対する好感度がここ数年で大きく変わってきた。以前ほどみなくなったのが‘日曜美術館’、その理由は俳優の井浦新が司会をやっているから。年度が替わってまだこの俳優を起用し続けるNHKの神経がわからない。

同じ人物を何年も出演させるのではなく、前のようにアートの知識を豊富にもっていなくても自分の言葉で感想が述べられる人を1,2年のタクトで司会者に起用するほうがずっと新鮮で楽しいことがNHKにはまだわからない。今は日曜美術館よりBSプレミアムなどで放送される美術番組のほうが情報が豊富で番組の構成がよくできている。

例えば、3月にBSプレミアムでとりあげられた‘スラブ叙事詩’を描いたミュシャ物語。案内役を務めた若い女優は西洋絵画になると口が重くなりほとんどしゃべれない井浦新にくらべると明らかに反応のセンスがよく的を得たことをしゃべっていた。

一方、民放のテレビ東京の看板番組のひとつ‘美の巨人たち’は相変わらず30分のなかに新しい情報を盛り込んでくれる。先月登場した‘ミケランジェロ’では今年1月に修復が終了した‘モーゼ’を取材し、修復の過程で明らかになったミケランジェロの彫刻技術の使い分けを紹介していた。こういうのはルネサンス愛好家としては大変ありがたい。

今年前半にみた美術番組で内容が秀逸だったのはBSプレミアムの‘ミュシャ物語’、先般取り上げた‘4人のモナリザ、謎の微笑 モデルの真実’、そして‘ミケランジェロ’。テレビ東京がいいスタッフを抱えているなと思うのはその取材力と企画力の高さ。とくにルネサンスと印象派に深くきりこんでいくのが頼もしい。

こうしたルネサンスの巨匠たちがでてくる番組をみて、ここ10年くらいの間に発見されたダ・ヴィンチの真筆にお目にかかりたくてしょうがなくなってきた。2つある。ひとつは2011年夏にNYでみつかりその年の11月にロンドンのナショナルギャラリーで開催されたダ・ヴィンチ展で公開された‘救世主キリスト’。当時、話題になったこの回顧展に心が動いたがタイミングが合わなかった。

もう一点は2009年にダヴィンチの真作とわかった‘美しき姫君’、この話はパスカル・コット氏とマーテイン・ケンプ氏が出演した美術番組‘美しき姫君物語’をみて、2010年に草思社から発行された本も手に入れたので情報はかなり厚くなった。

本の訳者あとがきにスウェーデンのイェボリで開かれた展覧会(2010.3.20~8.15)で展示されたこの少女の横顔の肖像画がこのあと世界各地をまわりいずれ日本でもみられる、と書かれている。で、期待していたがまったくその気配なし。どこかの美術館が企画してくれると楽しくなるのだが、はたして。

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2017.06.10

楽器はうたう! オーボエ

Img     ブラームス‘交響曲1番 第1楽章’(ベルリンフィル)

Img_0001     ブラームス‘ハイドンの主題による変奏曲’(ベルリンフィル)

Img_0002 ボロディン‘歌劇・イーゴリ公 ダッタン人の踊り’(ベルリンフィル)

クラシックやオペラをまた聴きようになって、あらためて感動の決め手は琴線にふれる楽器の音色だなと、思うようになった。弦楽器はバイオリンとチェロ、金管・木管楽器はホルン、トランペット、フルート、オーボエ、ファゴットの音色の心を奪われ、切れのよりティンパニにリズムを感じ、そして華麗なピアノ演奏のうっとりする。まさに楽器に乾杯!である。

木管楽器のオーボエとクラリネットでのめりこみ度をくらべると、オーボエの魅力はクラリネットを3倍上回る。心が揺さぶられるオーボエは3曲。

★ブラームス‘交響曲1番’
★ブラームス‘ハイドンの主題による変奏曲’
★ボロディン‘歌劇・イーゴリ公 ダッタン人の踊り’

オーボエに魅せられるようになったのは高校生のころからブラームスの‘交響曲1番’を頻繁に聴いたからかもしれない。‘1番’は大胆にいうと聴きどころは弦楽器とオーボエの共演といっていい。それほどオーボエは活躍している。ベルリンフィルやウィーンフィルはオーボエの名手を何人も輩出しているが、ベルリンフィルの‘1番’で主役を演じているオーボエ奏者は名前は知らないがいつも感心して聴いている。

ブラームスにはもうひとつ忘れられないオーボエがある。‘ハイドンの主題による変奏曲’、最初の2分に奏でられるオーボエを聴くとなんだか天国にいるような気分になる。

ボロディンの‘ダッタン人の踊り’もクラシック名曲選には必ず入っている名曲。オペラに接してつくづくよかったなと思う曲がいくつかあるが、この‘ダッタン人の踊り’もそのひとつ。体が軽やかになるようなメロディを口ずさめるのが何といってもいい。

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2017.06.09

楽器はうたう! トランペット

Img ムソルグスキー‘展覧会の絵 間奏曲’(シカゴ響 アドルフ・ハーセス)

Img_0001     マーラー‘交響曲5番 第1楽章’(フランクフルト放送響)

トランペットは交響楽団で派手に鳴り響くだけでなく、昔のポピュラーミュージックにも耳に心地いい曲があった。すぐ思いつくのはイタリアの名手ニニ・ロッソが奏でる♪♪‘夜空のトランペット’、トランペットのソロではこれが一番のお気に入り。

では、クラシック音楽で感動するトランペットはどの曲か、絶対的なのが2つある。
★ムソルグスキー‘展覧会の絵 間奏曲’
★マーラー‘交響曲5番 第1楽章’

クラシックをよく聴いていたころはショルティ指揮によるシカゴ響の‘展覧会の絵’を何回も何回もビデオ再生していた。これは1990年日本公演の録画、場所はサントリーホール。このとき知ったのがシカゴ響の名トランペット奏者アドルフ・ハーセス(1921~2013)、何度も奏でられる間奏曲(プロムナード)を吹くときの顔が真っ赤になりまるで赤鬼のイメージだった。安定感があってこれぞトランペットの音という感じの演奏は一度聴いたら病みつきになる。

‘プロムナード’同様、クラシックに心がいっているときはよく口ずさむのがマーラー5番の出だし。♪♪‘ダダダダーン、ダダダダーン、、、’トランペットをいつも間違いなく吹くのはプロの演奏家でも大変なことではないかと思うが、こういう耳に強く刻まれるメロディを完璧に演奏できるのはブランドの交響楽団にいる限られたソリストたち。

フランクフルト放送響の主席奏者も大変巧い。この楽団はインバルの指揮でマーラーを得意としているからすばらしい演奏。いつも聴き惚れている。

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2017.06.08

楽器はうたう! ホルン

Img       ベートーベン‘交響曲5番 第3楽章’(ウィーンフィル)

Img_0001     マーラー‘交響曲2番復活 第1楽章’(ルツェルン祝祭管弦楽団)

Img_0002     マーラー‘交響曲2番 第5楽章’(ルツェルン祝祭管弦楽団)

筋金入りのクラシックファンは古いレコードや音質の良いCDを聴いているのだろうが、わが家にはクラシックのCDやDVDは1枚もなくかつて録画したビデオを再生して楽しんでいる。

映像でクラシックの演奏をみることの一番のメリットは演奏のライブ感。指揮者の手振り身振りや楽団員の力の入った演奏が手にとるようにわかるから、名演奏のときなどは終了時には大きな感動で体全身がつつまれる。あたかも演奏会場にいるような気分なので一緒に‘ブラボー’と叫びそうになる。

今年は4月くらいまではバイオリンとピアノの協奏曲の名曲を頻繁に聴いていたが、今はホルンの音色にまたしびれまくっている。金管楽器や木管楽器のなかでホルンとオーボエがとても大事な楽器であることは長くクラシックを聴いているからわかっている。でも、演奏の難易度といったことにはまったく知識がない。

先月久しぶりに出席した同窓会で昔新日本フィルでホルンを吹いていた友人に会った。‘やはりホルンはいいね’と最近のホルン道楽を話すとニコッとしていた。また会うことがあれば、ホルンの演奏方法について教えてもらうつもり。

ホルンの音色に聴き耳をたてている曲が3つある。
★ベートーベン‘交響曲5番’
★マーラー‘交響曲2番復活’
★シュトラウス‘交響詩 英雄の生涯’

ベートーベンの‘5番’を何度も聴いてぐっとくるのがホルンの光輝く音、聴き所は‘第3楽章の最初’と‘第4楽章’、このホルンを聴きたくて再生しているようなもの。

マーラーは耳に心地いいホルンが1番から9番まで数かぎりなくでてくる。とくに感激的な演奏につつまれるのは‘2番’、ベルリンフィルのメンバーが多く入ったルツェルン祝祭管弦楽団がアバドのタクトで演奏したものは最高にいい。おもしろいのはホルン奏者はときどきホルンを真横にすること。これは演出?

シュトラウスの‘英雄の生涯’は壮大な感じのするメインテーマの旋律をホルンが宇宙に響き渡るように吹きまくる。まさにホルンが主役の曲。シュトラウスは偉大なメロディメーカー、ホルンに乾杯!

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2017.06.07

卓球日本 若手が大躍進!

Img   女子シングルスで48年ぶりにメダルを獲得した平野美宇選手

Img_0001    史上最年少でベスト8に入った張本智和選手

ドイツのデュッセルドルフで行われた世界卓球で日本選手が大活躍したので、夜は連日テレビ東京ばかりみていた。昨年のリオ五輪でも卓球は男女ともいい成績を残しファンの視線を釘づけにしたが、今回の大会はそれ以上に若手が大活躍。スポーツはやはり日本選手が強いと熱が入る。

最も印象に残ったのは女子シングルスで48年ぶりにメダルに輝いた平野美宇選手(17歳)と男子シングルスのベスト8に史上最年少で入った張本智和選手(13歳)。名前だけは知っていた美宇ちゃんはオリンピックのあとからぐんぐん実力をアップさせ、今年の春には中国選手を3人まとめて撃破しなんとアジアチャンピオンになった。

だから、この世界卓球でまた女王、丁寧を破るのではないかと期待が高まった。でも、丁寧も相当美宇ちゃんのスピード卓球を研究したとみえ準決勝では4-1で退けリベンジを果たした。まだまだ中国の壁は厚い。美宇ちゃんの卓球はバッグの速いこと!高い潜在能力が今まさに開きつつある。日本選手権で敗けた24歳の石川佳純ちゃんもうかうかしているとずっと前を行かれてしまいそう。

13歳の張本智和選手のことはオリンピックの後情報が入って来た。スゴい若手がいるというので鳴り響いていたようだが、プレイをみるのははじめて。2回戦であの水谷選手を破ったというのだから、衝撃的なデビューを果たした。どの技術がすごいのか専門的なことはわからないが、直感的にこの選手は‘ものが違う’と思った。

まだ13歳でこの強さ、信じられない! 準々決勝で中国選手のトップ3の一人許選手から1ゲームをとったというのは自信になるにちがいない。今男子のトップに君臨する馬龍は29歳。3年後の東京五輪では32歳にある。これに対しては智和くんはまだ16歳。この天才少年は2020年に金メダルをとるというのだから、なんとも頼もしい。

これからの日本の卓球界は美宇ちゃん、智和君を中心に女子ダブルスで銅メダルをとった伊藤美誠、早田ひな選手(ともに16歳)らを含めた10代選手が引っ張っていきそう。東京五輪でもメダルラッシュが夢ではなく本当に実現しそうな感じになってきた。大相撲同様、卓球がますます楽しくなる。

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2017.06.06

美術館に乾杯! パリ市立近代美 その三

Img_0003     マティスの‘ダンス’(1931~33年)

Img     ドローネーの‘パリの街’(1910~12年)

Img_0001     ドローネーの‘リズム’(1938年)

Img_0002     ブローネルの‘コングロメロス’(1944年)

1991年に最初の海外美術館めぐりをしたときは、今のように事前に必見リストをつくって美術館のなかに入っていったわけではない。追っかけたい作品に対面するというのではなく、画家の存在を知りその作品がどんなイメージのものかをみれば訪問の目的は十分達せられた。

美術鑑賞というのはとにかく視覚体験を数多く重ねることが大事。美術本に首をつっこむのはほどほどにして本物をみつづけていると、だんだんいい絵画の真髄がみえてくる。ビッグネームの描く作品だって確かにあまり感動しないものもあるが、並みの画家とちがうのはそこそこ名の通った美術館にはやはり驚くばかりの名画があること。

例えば、マティス(1869~1954)の‘ダンス’もそんなことを強く思う作品。後に続くマティス体験を振り返ってみると3つの大きな半円形に描かれた人体に出会ったことはエポック的な鑑賞だったといえる。マティスは晩年になるほどフォルムがスッキリし、色彩の組み合わせが心を打つ。ここでは灰色の肌を浮き上がらせる背景の薄ピンクと青と黒のコンビネーションが見事。

パリ生まれのドローネー(1885~1941)はこの美術館で名前を覚えた画家。初期の‘パリの街’はパリっ子ならではの作品、キュビスム風の構成で三美神がエッフェル塔やセーヌ河などパリの美しい街並みを賛美するかのように描かれている。

抽象画家ドローネーの真骨頂ともいえるのが円盤をモチーフにした‘円の形態’シリーズ。カンディンスキーの幾何学抽象画同様、この‘リズム’も完成度の高い傑作。円の組み合わせだから、この模様も手が届きそうな気がするが、そう簡単にはいかない。頭が相当柔らかくないとここまで到達しない。奥行き感にある円構造と生き生きした色彩の力に魅了されっぱなし。

異色のシュルレアリスト、ブローネル(1903~1966)の絵は南米の古代文明に登場する怪物かたどった陶器や人物画のイメージが重なる。1941年から描きはじめた‘コングロメロス’は大きな目をした不気味な人物が3人手足を絡ませている。緊張した面持ちでみていたことを思い出す。

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2017.06.05

美術館に乾杯! パリ市立近代美 その二

Img     ユトリロの‘ベルリオーズの家’(1915年)

Img_0002     デュフィの‘電気の精’(右部分 1937年)

Img_0003     デュフィの‘アルルカン’(1943年)

Img_0005     ピカソの‘招魂’(1901年)

フランスの作曲家ベルリオーズ(1803~1869)にはお気に入りの曲がある。口ずさめるメロディがいくつもでてくるので演じられるバレエについ引き込まれてしまう‘幻想交響曲’(1830年)。天才音楽家がこの曲をつくったころ住んでいた白壁の家をユトリロ(1883~1955)が描いている。

ユトリロは20代後半から30代すぎにかけて描いた、‘白の時代’の作品がやはりぐっとくる。この‘ベルリオーズの家’もユトリロが苦労して生み出した白い壁の質感が寂寥感を感じさせ心をしめつける。まだ、パリでこういう雰囲気が漂う通りをゆっくり歩いたことがないが、いつかユトリロのように一杯ひっかけてぶらついてみたい。

パリ市近美では忘れられない大壁画‘電気の精’に遭遇した。高さ10m、幅60mの超ビッグサイズ。描いたのはデュフィ(1877~1953)、これは1937年に開催されたパリ万国国博覧会の最も大きなパビリオン‘電気館’のための壁画。圧倒されるのは建物や登場人物の多さ、電気の発達を通じて豊かな社会の実現に思いをはせる人々の夢を明るい色彩とリズミカルな動きで描ききっている。デュフィにこんな作品があったとは!

この美術館にはデュフィが結構ある。足がとまったのはその立ち姿に存在感が感じさせる‘アルルカン’、背景の緑の田野は画面を引き締め赤の太い線や斜めのいろいろな色の線がまじりあうアルルカンの体を浮き上がらせている。こういう湿布のCMにでてくるような筋肉むき出しの道化は見たことがない。

ピカソ(1881~1993)の‘招魂’は‘青の時代’を告げる作品で、ピストル自殺をした友人カサヘマスを追悼するために描かれたもの。画面下で白い布に包まれて横たわっているのがカサヘマス。ピカソの青の時代の絵にお目にかかれたのは大きな収穫だった。

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2017.06.04

美術館に乾杯! パリ市立近代美 その一

Img    シャイヨー宮の近くにあるパリ市立近代美(拡大で)

Img_0002     藤田嗣治の‘寝室の裸婦キキ’(1922年)

Img_0001     モデイリアーニの‘ルニア・チェホフスカの肖像’(1919年)

Img_0004     ドンゲンの‘スフィンクス’(1925年)

海外に出かけて美術館巡りをすることが回数を重ねるにつれ、今では東博の特別展に足を運ぶような感覚になってきたが、美術館を訪問することをメインの目的で海外旅行をしたのは1991年のパリ旅行が最初。

このときハリで11の美術館を訪問した。その一つがシャイヨー宮の近くにあるパリ市立近代美。じつは2010年にもグラン・パレで行われた大モネ展をみたあと美術館の前まで行ったのだが、5時の時点で閉館だったため入れなかった。

最初の訪問から随分時間が経っているので、展示室のレイアウトの記憶は消えどんな作品が並んでいたかもすぐには思い出せなくなっている。でも、両手くらいはなんとか覚えている。とくに目に焼き付いているのが藤田嗣治(1886~1968)の出世作‘寝室の裸婦キキ’。

モデルのキキを写真で見るとこの肖像のイメージとはだいぶ違っている。同じエコール・ド・パリの画家で仲の良かったキスリング(1891~1953)の描いたキキのほうが3倍も本人に近い。でも、人々はそんなことはでうでもよく藤田の表現したキキの乳白色の肌に魅了された。

エコール・ド・パリ派は外国から志をもってやって来た異邦人。イタリア人のモディリアーニ(1884~1920)ははじめは彫刻家になることを夢見ていた。それが転じて異色の肖像画家になった。パリ市近美にあるのは扇を持った‘ルニア・チェホフスカの肖像’、見慣れた首の長いなで肩の女性。ちょっと気取った表情が印象深い。

オランダ出身で後にフランスに帰化したキース・ヴァン・ドンゲン(1877~1968)の描く肖像画に大変惹かれているが、そのきっかえとなったのがこの美術館でみた‘スフィンクス’。タイトルはこの女性の名前で、ドンゲンが48歳のときの作品。一瞬たじろぐほどの目力の強さ、今ならCMによくでてくる人気モデルの菜々緒ちゃんがこういう衣装を着て座ったらまたドキッとするかもしれない。

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2017.06.03

ワーグナー、シュトラウスの名曲!

Img_0001     リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)

Img_0002     リヒャルト・シュトラウス(1864~1949)

クラシック、オペラの自己流まとめがはじまって半年くらい経ったが、好きな名曲がだいぶ絞られてきた。先月同窓会で久しぶりに会った友人たちにその結果を率直にぶつけたが、クラシックの好みは人それそれ。同感だといういう曲もあれば、評価が分かれた曲もある。

例えば、チャイコフスキーは‘5番’がいいというと、俺は‘4番’が好み、‘6番悲愴’は別格扱い、とくる。そして、ブルックナーが入ってないね、というので、ブルックナーは盛り上がってはまた下り、再度盛り上がったから今度は爆発してくれると思うとまたハズレて下降、こういうのはフラストレーションがたまるよね、大爆発するマーラーを聴いたらブルックナーは忘れてしまう、と返す。

友人とのクラシック談義はワーグナー(1813~1883)やシュトラウス(1864~1949)までいかなかった。このところ、この二人の曲をよく聴いている。いつものように同世代の画家に登場してもらうと、ワーグナーについては農民画家のミレー(1814~1875)と写実主義のクールベ(1819~1877)が同じ時代の空気を吸っていた。

そして、シュトラウスとほぼ同じ時期に生まれた画家には‘叫び’のムンク(1863~1944)、新印象派のシニャック(1863~1935)、ロートレック(1864~1901)、カンディンスキー(1866~1944)らがいる。

ダイナミックで粘っこい曲想が特徴のワーグナーのオペラ、いずれも重厚かつロマン的だがお気に入りは‘ニュルンベルクのマイスタージンガー’、‘タンホイザー’、そしてロングオペラの‘ニーベルングの指環’。じっくり聴く時間がもてるステージに入ってきた。

シュトラウスで頻繁に聴いているのが‘ドンファン’、‘英雄の生涯’、これはなんだか宇宙的な世界を思わせる。魅了されるのがホルンの音色。そして、じつにまろやかな香りがただようオペラ‘ばらの騎士’。ウィーンフィルを指揮するクライバーはもう最高!

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2017.06.02

決定!? ‘モナ・リザ’物語

Img    ダ・ヴィンチの‘モナ・リザ’(1503~05年 ルーヴル美)

Img_0002      ‘モナ・リザ’のオリジナルカラー(コット氏制作)

Img_0001      モナ・リザの下に描かれた女性の肖像(コット氏再現)

Img_0003ティツィアーノの‘イッポーリト・デイ・メデイチの肖像’(1532~34年)

先月BSプレミアムで放送された‘4人のモナ・リザ 謎の微笑モデルの真実’のことで今頭がいっぱいになっている。長年ひっかかっていた‘モナ・リザ’のモデルの謎がようやく解けたような気がするのだが、、、果たして。

パリ在住の工学技士のパスカル・スコット氏がこれまでダヴィンチ(1452~1519)の‘モナ・リザ’を自身が開発したマルチスペクトルカメラを使って分析し、描かれた当時のオリジナルカラーを再現するなど大きな成果をあげてきたことは美術番組でなどで何度か取り上げられてきた。

そして、2015年の12月には新しい分析として‘モナ・リザ’の下に描かれた本当のモナ・リザが発見されたという話もニュースで知っていた。今回の番組はこの詳細情報(放送時間90分)。われわれが知っているモナ・リザの絵の下にダ・ヴィンはデッサンを含めて3人描いていたことが画像分析によって浮かび上がってきた。こんなことはコット氏が登場するまでは誰もわからなかった。今は科学の力によって肖像画の制作過程がここまでつきとめられるのだから、スゴい時代に生きている。

番組のハイライトはモナ・リザのすぐ下に描かれていたのが本当のモナリザだったということ。その再現画像をみてピンとくるものがあった。それは‘モナ・リザ物語’が語られるときは必ずでてくるラファエロの模写。この模写ではモデルの目が大きく描かれているが、細い顔や顔の向きなどは再現画像とよく似ている。これをみせられると、ラファエロはこの絵をみて模写したのかなと思う。

ではこの再現されたモナ・リザは誰なのか、これは定説通りで2005年にドイツのハイデルベルク大学の図書館で見つかった資料にもでてくるフィレンツェの商人の妻、リザ・デル・ジョコンド。ダ・ヴィンチの父はリザが住んでいた家の向かいの家に住んでいたので顔見知りで、主人ともつきあいがあった。そのため、ダ・ヴィンチがリザの肖像を描くことになった。ここまでは、たいたい知っていた話なので、そう色めき立ちはしない。

話が俄然おもしろくなったのはそのあと、このリザを描き変えて現在のモナ・リザになったいきさつ。普通に考えると肖像画は出来上がると依頼主に渡されるはずだから、このリザの絵が商人の所有になる。が、どういう事情があったのかわからないがそうはならず、この肖像は描き変えられ、今の‘モナ・リザ’になった。

こうなったのはダ・ヴィンチが1513年ローマへ行った時のパトロン、ジュリアーノ・デ・メディチ(1479~1516)に肖像画を依頼されたから。この人物はロレンツォ豪華王の3男で時の教皇レオ10世の弟。ジュリアーノにはウルビーノ出身のパチフィカという女性との間にできた子どもがいた。

パチフィカは出産直後に亡くなったため、ジュリアーは子どもを養子として育てることにし‘イッポ―リト’と名付けた。メデイチ家で愛されたこのイッポ―リト(1511~1535)の肖像画をティツイアーノが描いていており、フィレンツェのピッティ宮殿に飾ってある。

‘モナ・リザ’のモデルの研究を文献にもとずいて長年研究している老先生はジュリアーノはダ・ヴィンチに寂しがる息子のために母親を描いてくれないかと頼んだのではないかと、推察している。

その証拠として、ダヴィンチが亡くなる2年前の1517年にフランスアンボワーズ郊外のクルー城を訪問した枢機卿の秘書が書いた日記のなかに‘モナ・リザ’の依頼者はジュリアーノと記されていることをあげている。ジュリアーノは1516年に亡くなったのでこの絵の受け取り手はいなくなった。で、ダヴィンチはこの絵を携えて同年フランスへ向かった。

メディチ家物語は熱心に読んだのでジュリアーノも庶子のイッポ―リトのことも知っていた。でも、この二人と‘モナリザ’の関係は思ってもみなかった。これまで‘モナリザについてしっくりこなかったことが二つあった。ひとつはどうしてリザの旦那である商人がこの肖像画を受けとらなかったのか、もうひとつはラファエロの模写がどういう関係になっているのか、これが今回の話ですっきりした。ちょっと興奮している。

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2017.06.01

美術館に乾杯! オランジュリー美 その五

Img_0001    ドランの‘アルルカンとピエロ’(1924年)

Img     ドランの‘ポール・ギョーム夫人の肖像’(1928~29年)

Img_0002     スーティンの‘牛肉と子牛の頭’(1925年)

Img_0003     スーティンの‘花婿の付添人’(1924~25年)

画家には終始その画風を変えないタイプとある時期からまったく違った感じの作品を描ぎだすタイプがいる。フランスのアンドレ・ドラン(1880~1954)は後者のほう。

ポンピドーセンターにあるドランの1905年ころに描かれた絵が色彩が乱舞するこれぞフォーヴィスム!という感じなのに対し、オランジュリーにやって来ると同じ画家の作品とは思えないようなものがずらっと並んでいる。この落差にはちょっとドギマギする。

海や川の景色が激しい筆致の赤や光のきらめきによって表現された作品は1点もなく、静けさの漂う肖像画や静物画ばかり。ひと際目立つのが体がマニエリスム画のように伸びた‘アルルカンとピエロ’、大きな絵でしかも2人の肖像なのでこれまで見た道化師のなかでは忘れられない一枚となった。

もう一枚ぐっとくるのはある。‘ポール・ギョーム夫人の肖像’、この大きな帽子を被ったモデルをみて瞬間的に頭をよぎったのは女優の岩下志麻(知っている人は知っている)。この絵は美術館が大改装のため休館しているときに日本で開かれたオランジュリー美展に出品された。

リトアニア出身のスーティン(1893~1943)の絵を見る機会は少ないが、昨年行われたデトロイト美展(上野の森美)でインパクトの強い‘赤いグラジオラス’に遭遇して、オランジュリーにもこの花の絵があったことを思い出した。

スーティンというと血を連想させる赤の絵をすぐ思い浮かべる。とにかく‘牛肉と子牛の頭’の赤には圧倒的な力が宿っており、じっとみていたら体が熱くなってきそう。だから、黒い服を着た男性を描いた‘花婿の付添人’がちょうどいい鎮静剤の役割を果たしてくれる。

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