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2017.05.26

武蔵御嶽神社の国宝‘赤糸威鎧’!

Img     国宝‘赤糸威鎧’(12世紀 武蔵御嶽神社)

Img_0001     威の茜色

Img_0002    日本茜 BSプレミアム5月10日 ‘失われた色を求めて’より

Img_0003    日本茜の根

今月の10日、BSプレミアムで放送された‘失われた色を求めて~植物染め・伝統100色を今の世に~’(90分)を興味深く見た。番組の主役、染織家吉岡幸雄氏(70歳)は以前から美術番組で知っており、2008年日本橋高島屋で開催された‘千年紀ー源氏物語の色’展にも足を運んだ。

この吉岡氏と志村ふくみさんのおかげで植物染めの理解が進み、古来からある日本の色の美しさを強く感じるようになった。番組はその植物染めの再現がどのように行われたかを詳細に追っかけていた。吉岡氏はイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館から植物染めを永久保存したいという依頼を受け、この2年間に50色を再現し納品している。

色は紫、茜、藍、紅、黄の4色がでてきたが、そのなかで熱く反応したのが茜(あかね)。武蔵御嶽神社(青梅市)にある国宝‘赤糸威鎧’では平安時代に染められた茜がみられるということがわかった。威の真ん中に残っている赤色が黄色がまじったような深い赤の茜で左右の薄い赤は明治36年に化学染料を使って修理されたもの。色はだいぶ褪色している。

茜は再現が難しい色、吉岡氏は奈良の五條市で3年がかりで農家の人と一緒になって日本茜を育て草の根から茜色を染めている。でもとれる量は少ないようだ。3年かけてまた育て何度も染めて濃い茜色を生み出していく計画とのこと。

今年は年初にあった‘春日大社展’(東博)で見事な鎧を4点もみることができた(いずれも国宝)。そして、武蔵御嶽神社にも日本茜がみられる鎧があるという情報を得た。俄然、この鎧をみたくなった。遠足がてら訪問するかもしれない。

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2017.05.25

新宿で‘ランス美展’!

Img_0001    ゴーギャンの‘バラと彫像’(1889年)

Img_0002     シスレーの‘カーディフの停泊地’(1897年)

Img_0003     ドニの‘魅せられた人々’(1907年)

Img     フジタの‘マドンナ’(1963年)

久しぶりに新宿の損保ジャパン日本興亜美へ出かけ開催中の‘ランス美展 フランス絵画の宝庫’(4/22~6/25)をみてきた。とくに期待値の高かった展覧会ではないが、チラシに載ったゴーギャン(1848~1903)の静物画が気になっていたので予定通り出動した。

この美術館で前回何をみたのかすぐ思い出せない。それだけ足が遠のいているということ。今回のお目当てはほどゴーギャン1点買いだったが、肝心の‘バラと彫像’は思ったほどぐっとこなかった。ここ数年、国内でゴーギャンのいい絵に恵まれたのでその延長で関心が強かったが、これはアベレージという感じ。こういうこともある。

でも、想定外の作品に遭遇したので楽しみのバランスはとれた。シスレー(1839~1899)の最晩年の作品、‘カーディフの停泊地’は真ん中に大きく描かれた樹が広重の浮世絵を思い起こさせる。また、印象派の兄貴格的な存在であるピサロの‘オペラ通り’がみれたのも収穫だった。

ドニ(1870~1943)の‘魅せられた人々’は人体に塗られた薄褐色やピンクがかった肌色に目がクラクラした。光の表現がこれほどストレートだと絵の印象は強烈で長く記憶にとどまる。4年くらい前、横浜美であったプーシキン美展でも同じように色彩が輝く作品をみた。

予想より作品の数が倍くらい多かったのがフジタ(藤田嗣治、1886~1968)、フジタはランスと縁が深くこの街にある‘平和の聖母礼拝堂’はフジタが建てたもの。過去にあった藤田嗣治展に内部に飾れらたフレスコ画やステンドグラスの一部がやって来た。

ざーっとみたフジタの作品で思わず足がとまったのが‘マドンナ’、モデルは映画‘黒いオルフェ’に出演した女優という。道理で魅力的な顔立ちをしている。手元にあったチラシは別の絵を使っていたので、大きなオマケをもらった気分。

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2017.05.24

個性豊かな花入!

Img     国宝‘青磁下蕪花入’(南宋時代13世紀 アルカンシェール美)

Img_0001‘黄瀬戸立鼓花入 銘 旅枕’(重文 安土桃山時代16世紀 久保惣記念美)

Img_0002     ‘瓢花入 銘 顔回’(安土桃山時代16世紀 永青文庫)

Img_0003     ‘伊賀花入 銘 生爪’(安土桃山・江戸時代16~17世紀)

茶碗や茶入とはちがい大きいため見栄えがする茶道具が花入。会場には中国絵画のあといきなり国宝の花入が目の前に現れた。アルカンシェール美が所蔵する自慢のお宝、国宝‘青磁下蕪花入’。このいかにも蕪(かぶら)という感じのする花入はお気に入りの青磁のひとつでこれまで両手ちかくお目にかかった。

以前、東博の常設展示を定期的にみていたころはこの蕪型の花入は2年くらいの間隔で出品されていた。今はどうなっているか知らないが、東博とこのユニークな形をした花入れは強くむすびついており、これと出会ったときは楽しみが倍増した。丸く膨れた蕪は女性に例えると愛嬌のいい元気娘。

花入にはいろいろな形がある。鼓を立てたようなのが‘旅枕’という銘がつけられた‘黄瀬戸立鼓花入’、利休が所持していたものだが、はじめてみた。瓢箪からつくった花入は利休が自分でつくったもの。

瓢箪を花入に変えるのは茶の湯を身近なものにしようとする利休ならではの発想。利休が並みの茶人でないことの証でもある。目白の永青文庫で遭遇したときはぶったまげた!

伊賀のやきものの前に立つとMyカラーが緑&黄色ということもあり、すぐ‘見るぞ!’モードにスイッチが入る。こういう荒々しく力強いフォルムをした伊賀を古田織部はとくに好んだ。この花入も織部が所持していたもの。また、花入のかたちとしては伊賀と備前はよく似ているので、織部は備前のものもよく茶会に使っている。

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2017.05.23

魅了される茶入の名品!

Img_0002 ‘唐物肩衝茶入 北野肩衝’(重文 南宋・元時代13~14世紀 三井記念美)

Img_0001     ‘唐物肩衝茶入 松屋肩衝’(重文 13~14世紀 根津美)

Img     ‘唐物茄子茶入 銘 富士’(重文 13~14世紀 前田育徳会)

Img_0003     ‘唐物鶴首茶入 利休鶴首’(13~14世紀)

中国で南宋から元の時代にかけてつくられた茶入には不思議な魅力がある。久しぶりに行われた‘茶の湯’展はこの小さな茶入の名品にお目にかかれる絶好の機会。最も有名な‘唐物肩衝茶入 銘 初花’(徳川記念財団)はすでに展示は終了しているが、ほかの名品は会期の最後までみることができる。

今、肩衝茶入の‘北野肩衝’と‘松屋肩衝’、そして茄子茶入の‘銘 富士’が一緒に並んで飾られている。これは圧巻!茶入に嵌ったのはこの褐色の色。この色がサイズの小さいこのやきものに重厚な印象を与えている。また、色の魅力に加えバラエティに富む形が視線を釘づけにする。

安定感のある肩衝、下がぷくっと膨れた茄子、また鶴の首を思わせるものもある。そして形とともに茶入の魅力を決定づけるのが釉薬がたれてできる‘なだれ’の景色。‘なだれ’の好みは人それぞれだが、多くの茶人たちの心を虜にした名品のなだれがつくりだす景色は格別。今回ははじめてみた‘富士’と利休が所持していた‘利休鶴首’をじっくりみていた。

このほかにも茶入は‘古瀬戸’や‘瀬戸’などのぐっとくるものが多くでていた。2年前あった古田織部展についでこの茶の湯展でもこれほどの数の名茶入にお目にかかれて幸せいっぱい。ミューズに感謝!

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2017.05.22

極上の中国絵画!

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Img_0001     牧谿の‘遠浦帰帆図’(重文 南宋時代13世紀 京博)

Img_0002  伝趙昌の‘茉莉花図’(重文 南宋時代12~13世紀 常盤山文庫)

Img_0003    伝馬麟の‘梅花双雀図’(重文 南宋時代13世紀 東博)

Img_0004     伝梁楷の‘六祖破経図’(南宋時代13世紀 三井記念美)

‘茶の湯’展(4/11~6/4)には数々の名碗のほかに南宋時代に描かれた唐絵のオールスターがずらっと展示されている。かつては‘南宋絵画展’や‘東山御物展’でみたものがこの度は茶の湯に欠かせないものという本来の姿で現れた。これは深く楽しめる。

牧谿(もっけい)の絵がいくつかでている。そのなかでとくに魅了されるのは瀟湘八景図のひとつ‘遠浦帰帆図’。これまで幾度となくみたが、みるたびに感動する。心をとらえるのは何といっても風に乗ってスピードをあげて岸辺に進む帆舟の姿。陸地に立つ木々の曲がり具合をみると相当強い風が吹いている。

墨の濃淡を使って表現された動的描写は見事というほかない。画面全体をもやがかかったようにして光や大気の変化がとらえられており、風の強い緊張をはらんだ天候の気配がストレートに伝わってくる。3年前にみたときと同じように風の音が聞こえてきた。

この瀟湘八景図を含めてとりあげた4点ははじめてみるものではないが、足が自然にとまったもの。‘茉莉花(まつりか)図’は目に優しいきれいな緑色が印象的、そして馬麟が描いたとされる梅と雀の絵は巧みな構図のとりかたに心を打たれる。日曜画家でもこういう構図はつい真似てみたくなるにちがいない。

三井記念美が所蔵する伝梁楷の‘六祖破経図’も長くみていた。速い筆さばきで六祖和尚がお経をびりっと破るところが描かれている。お経を破るなんてことしていいの?禅の教えは言葉で会得するものではない、むしろそんなものはないほうがよい。この境地に至れば体で禅の悟りをえたことになる。

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2017.05.21

大盛況の‘茶の湯’展!

Img     ‘御所丸茶碗 古田高麗’(朝鮮時代16~17世紀)     


Img_0001     ‘黒織部沓茶碗’(江戸時代17世紀)

Img_0002     ‘祥瑞蜜柑水指’(重文 明時代17世紀 湯木美)

Img_0003     尾形乾山の‘銹絵染付鎗梅文香合’(江戸時代18世紀 北村美)

現在、東博で開催中の‘茶の湯’展(4/11~6/4)をみてきた。会場には着物を着たひと目でお点前を楽しんでいることがわかる女性が大勢いた。展覧会のなかでこういう茶の湯の気分をまさに味わえるのは貴重な体験である。

やきものの鑑賞を長く続けているので今回登場している凄いラインナップの多くは一度や数度みている。そのため、こうしたものは軽く見てあるお目当ての茶碗をめざして進んだ。それは利休の後の展示コーナーに飾られている‘御所丸茶碗 古田高麗’。

展覧会がはじまって一か月も経っているのにのんびりかまえそろそろ出かけようかと思ってた矢先、日曜美術館でこの特別展が取り上げられた。そこにアッと驚く‘古田高麗’がでてきた。‘ええー、この名品がでているの!?’、展示期間を確認すると通期の展示。俄然、出かける楽しみが跳ね上がった。

これまで御所丸茶碗はいくつかみたことはあるが、この‘古田高麗’にはまったく縁がなかった。その存在を知ったのは2014年12月に放送された日美の‘古田織部特集’、これは個人が所有する‘知る人ぞ知る’すごい名碗。それが今回東博に登場したのだから、天にも昇るような嬉しさ。

古田織部(1544~1615)が朝鮮半島の金海で焼かせたというこの‘古田高麗’、胴に帯状のへこみがあり、その下に面取りが連続して入っている。この自由でおおらかなフォルムがじつにいい。一度でいいから手にもってみたいが、これは叶わぬ夢。

これがみれたのであとは楽な気分で初見のオマケを楽しんだ。展覧会にはじめて出品された‘黒織部沓茶碗’をじっくりみた。織部の名品がまだあったのか!という感じ。湯木美が所蔵する‘祥瑞蜜柑水指’の端正な形と青の輝きに出会ったのも大きな収穫。

京都の北村美にある尾形乾山の‘銹絵染付鎗梅文香合’も長く追っかけていたもの。小さな香合だが、梅の白い花びらの美しさが目に沁みる。

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2017.05.19

美術館に乾杯! ブレラ美 その八

Img_0001    ボッチョーニの‘自画像’(1908年)

Img_0002     ボッチョーニの‘ガレリアの暴動’(1910年)

Img     ボッチョーニの‘伸縮性’(1912年)

Img_0003     カッラの‘魔法にかけられた部屋’(1917年)

ブレラが所蔵するl近代絵画で最も魅了されたのは20世紀初頭におきた未来派のボッチョーニ(1882~1966)。この34歳で早死にした才能豊かな画家が心をくだいたのは都市のもつ‘現代性’と‘スピード’を表現すること

これまで未来派運動を進めたバッラ(1871~1958)、ボッチョーニ、セヴェリーノ(1883~1966)らの作品と縁があった美術館はNYのMoMAとローマの国立近代美とブレラ。おかげでスピードとダイナミズムを感じさせる具象と抽象がうまいぐあいに混ざったフォルムを存分に楽しむことができた。

ボッチョーニの街の風景をバックにした‘自画像’はよくみると手にパレットをもってりるが、顔をみてすぐ後ろの建物に視線を移すとボッチョーニが画家であることをうっかり忘れてしまう。‘ガレリアの暴動’の舞台はミラノの名所であるアーケード、‘ヴィットーリア・エマヌエーレ2世のガレリア’、警官と労働者のデモ隊が衝突した場面が描かれている。

‘伸縮性’は一見するとフォルムが連続する抽象絵画のようにみえるが、しばらく画面をながめていると真ん中に右から左に進む馬と騎手が真横から描かれていることがわかる。加山又造の作品に馬が疾走する姿を連続的に描いた‘駆ける’があるが、これは明らかに未来派の影響、又造はボッチョーニのこの絵をみたのかもしれない。

デ・キリコ(1888~1978)とともに形而上絵画をつくりだしたカッラ(1881~1966)が1917年に制作した‘魔法のかけられた部屋’はかなり複雑な空間構成。頭のなかが混乱しないためには配置されたモチーフをみる位置を適度に変えてみるといいが、それでもマネキンや魚などがずれ落ちる感じは消えないまま。

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2017.05.18

美術館に乾杯! ブレラ美 その七

Img_0001    スカラ座から北へ400mのところにあるブレラ美(拡大で)

Img_0003     モディリアーニの‘キスリングの肖像’(1915年)

Img     モランディの‘静物’(1918~19年)

Img_0002     モランディの‘抽象的な静物’(1918年)

ツアー旅行に参加してミラノへ行く場合、一番の楽しみはサンタマリア・デッレ・グラツィエ教会でダ・ヴィンチの‘最後の晩餐’をみること。ルーヴルで‘モナリザ’と会い、ミラノで‘最後の晩餐’の前に立てば大げさにいうとダ・ヴィンチのにわか専門家になれる。

この‘最後の晩餐’は人気の絵画のため予約制がとられていて鑑賞時間はわずか15分、2度目の訪問だった2006年4月のときはこのシステムでみたので大変忙しいスケジュールだった。観光客が増える夏にでかけると大混雑するにちがいない。

ミラノでの名所観光は普通はこの教会と沢山あるとがった尖塔が強く印象に残るゴシック建築の傑作、ミラノ大聖堂、このあとはヴィットーリオ・エマヌエール2世のガレリアでショッピングタイムという流れになる。ここではパリのように美術館には入らない。だから、美術好きでないかぎりブレラ美やアンブロジアーナ美などは関心の外。

ブレラ美がある場所はオペラの殿堂、スカラ座から北へ400mくらいのところ。自由時間になったらすぐここをめざし、見終わったあとタクシーに乗りカラヴァッジョの有名な静物画が展示してあるアンブロジアーナ美へ向かった。

ブレタ美で最後のほうの部屋でみたのも静物画、描いたのは昨年東京ステーションギャラリーで回顧展が開催されたモランディ(1890~1964)。この展覧会に出品されていたのは1950年代のものが多かったが、ブレラにあったのは未来派の影響をうけた初期の静物画。未来派がお気に入りなのでこの2点はよく覚えている。

モデイリアーニ(1884~1920)はうまのあったキスリング(1891~1953)の肖像画を何枚も描いているが、その一枚がここにある。画面いっぱいに描かれたキスリングのえらのはった顔が目に焼きついている。

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2017.05.17

美術館に乾杯! ブレラ美 その六

Img     カナレットの‘ドゥカーレ宮殿の風景’(1755年以前)

Img_0001     ロンギの‘歯医者’(18世紀)

Img_0002     アイエツの‘接吻’(1859年)

Img_0004     セガンティーニの‘春の牧草地’(部分 1896年)

モネたちの印象派以前に描かれた風景画の系譜のなかでで関心が高いのはカナレット(1697~1768)、コンスタブル、ターナー、コロー、クールベ、ミレー、ホイッスラーといったところ。このなかでカナレットはヴェネツィアの風景に特化して描いた。

ブレラにはナポレオンがヴェネツィア派の名画も集めさせたこともあり、‘ここはアカデミア美かいな’、と思わせるほどカナレットやグアルディが多くある。こうした風景画は‘都市景観図’と呼ばれ、これをみて人々はヴェネツィアへの憧れを募らせていった。

とくにカナレットの人気が高かったのがイギリス、裕福な貴族の子弟は教養を深めるため1~2年イタリアやフランスを旅行するグランドツアーが流行となり、ヴェネツィアにも多くの若者たちが出かけた。そのとき、この風景画が旅行ガイドブックの役割を果たした。

これまでロンギ(1702~1785)に縁があったのはほんの数点、特徴はどの絵にもヴェネツィアのあのカーニバルでお馴染みの仮面を被った男女が登場すること。歯医者の絵にどうして仮面人間がいるのか不可解だが、この白い仮面が怖いイメージをつくりだしていることはまちがいない。

鑑賞時間が1時間くらいしかないとどうしても事前に作成した必見リストに載せた作品に全神経が注がれる。そのため、イタリアでは高く評価されているアイエツ(1791~1882)の‘接吻’を見逃してしまった。こういう構図で恋人たちの愛の高まりが描かれれば、みて忘れることはない。

セガンティーニ(1885~1899)のように知っている画家だと‘春の牧草地’の牛の親子が呼んでくれるが、アイエツについてはお目にかかった記憶がないため、画家との距離が遠い印象。たぶん、この絵がある部屋には寄らなかったのだろう。

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2017.05.16

美術館に乾杯! ブレラ美 その五

Img_0003     カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(1606年)

Img_0002    カラッチの‘井戸のそばのサマリア人’(1594年)

Img     グエルチーノの‘ハガルを離縁するアブラハム’(1660年代)

Img_0001     コルトーナの‘聖母子と洗礼者ヨハネ、聖人’(17世紀)

出かけた美術館にお気に入りの画家の作品が飾ってあると、どうしてもほかの美術館より好感度が高くなる。ブレラで忘れられない絵はカラヴァッジョ(1571~1610)の傑作‘エマオの晩餐’。

昨年西洋美で開かれたカラヴァッジョ展に出品された(2度目)ので、イケメンキリストを覚えておられる方も多いかもしれない。この絵は2つの点で心に深く刻まれている。ひとつは強い明暗表現によってキリストと弟子たちの感情の揺れがとらえられていること。部屋がこれだけ暗いと光があったキリストがいやおうなく浮きあがってくる。

そして、キリストの容貌が映画俳優を思わせるようにととのっていることもこの絵にのめりこませる理由になっている。このキャスティングでキリスト物語の映画が1本とれそう。カラヴァッジョに惹かれるのは宗教画なのにそこに描かれたキリストや聖母、弟子たちのモデルがみな当時生きていた素のままのイタリア人にみえるため、宗教的な堅苦しさがなく絵の中にすっと入っていけるから。

ボローニャ派のカラッチ(1560~1609)は古典絵画のある美術館では重要な画家のひとり。これまで紹介した中欧の美術館でも足をとまらせる名画があった。ここでは‘井戸のそばのサマリア人’がなかなかいい。カラッチの回顧展に遭遇すると嬉しいが今のところその兆候はない。

カラッチの弟子のなかで最も若かったグエルチーノ((1591~1669)の‘ハガルを離縁するアブラハム’もつい長くみてしまう作品。カラヴァッジョでもカラッチでも人物の手の描き方が絵の出来映えに大きな影響を与えている。物語の瞬間をドラマチックにとらえるのには視線と身振りの表現が大事なポイントであることがこういう絵をみるとよくわかる。

建築家としてローマバロックの隆盛に貢献したコルトーナ(1596~1669)は絵も描いているが、それらをまとまった形でみたのはローマのカピトリーニ美とバルベリーニ宮殿美のみ。ほかの美術館で画家としてのコルトーナに会えるのは限られており、ウィーン美術史美とブレラに1,2点あるくらい。だから、よく覚えている。

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2017.05.15

美術館に乾杯! ブレラ美 その四

Img_0001     バロトロメオ・ヴェネトの‘リュートを弾く婦人’(1520年)

Img     ルイーニの‘幼児ヨハネと聖母子’(1520年)

Img_0003     コレッジョの‘東方三博士の礼拝’(16世紀)

Img_0002     ブラマンテの‘柱に縛られたキリスト’(1481年)

描いた作品の数が多いと画家の名前は自然に覚えられ関心が深まるが、お目にかかったのが1点とか2点となると頭のどこかに残っているほどの認識になる。バロトロメオ・ヴェネト(1502~1531に活動)もそんな画家。

ブレラ美にはびっくりするほどいい女性の肖像画がある。生な感覚のするその容貌が視線を釘づけにする‘リュートを弾く婦人’、ところが、残念なことにこの絵をみたという実感がない。ダ・ヴィンチの影響を受けた繊細な筆遣いなのでみておれば目に焼きつけられるが、どういうわけか記憶にない。どこかへ貸し出されていたのか、あるいは見落としたのか。悔やまれる一枚。

同じく忙しくみたので見逃した可能性があるのがルイーニ(1480~1532)の‘幼児ヨハネと聖母子’、明らかにダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’を彷彿とさせる作品。うかつにも必見リストに載せてなかったのは大きなミスだった。もしまたブレラに行く機会があったら、真っ先にヴェネトとルイーニのもとに駆けつけたい。

高い腕前をもった特別の画家なのに知名度が低いコレッジョ(1494~1534)は‘東方三博士の礼拝’などが展示されている。この絵で感心するのは三博士の姿の動的描写、いかにも遠くからやって来たように円の弧をつくるような歩き方をしている。

画家で建築家であったブラマンテ(1444~1514)ははじめは画家を志しマンテーニャに学んだ。目にパンチを食らったように輪ができている‘柱に縛られたキリスト’はキリスト像としてはインパクトが強く一度みたら忘れられない。

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2017.05.14

美術館に乾杯! ブレラ美 その三

Img_0002     ラファエロの‘マリアの結婚’(1504年)

Img ピエロ・デッラ・フランチェスカの‘聖母子と諸聖人’(1472~74年)

Img_0001          クリヴェリの‘ろうそくの聖母’(1490年以降)

Img_0003          クリヴェリの‘聖母子’(1882年)

海外の美術館にでかけるときはツアー旅行のなかでも動きになるので、いつも見たい作品を確実にみることに心をくだいている。そのために欠かせないのが事前の作品情報の整理。できるだけたくさんの画集をあたり作品をかき集めそれをもとに必見リストを作成するのがお決まりのルーチン。

ブレラの場合、リストの上位にくるのはまずマンテーニャの‘死せるキリスト’、そして隣同士に飾ってあったラファエロ(1483~1520)の初期に作品‘マリアの結婚’とピエロ・デラ・フランチェスカ(1416~1492)の‘聖母子と諸聖人’。

ちょうど修学旅行でこの美術館へやってきた高校生たちと鑑賞のタイミングが重なり、先生の解説を興味深くみていたら、おやっと思うことがあった。われわれの感覚でいうと、ルネサンス3大巨匠のひとりであるラファエロの話を先にしてそのあとフランチェスカの聖母子という順序を想定するが、そうではなく先生がまず熱く語りだしたのはフランチェスカのほうだった。イタリアではわれわれが思っている以上にフランチェスカは特別な画家として位置づけらているようだ。

情報がうすかった作品で実際に絵を対面して大きな収穫だったのは先にあげたベリーニとヴェネツィア出身だがマルケ地方に移り住み活躍したクリヴェリ(1430~1495)、ブレラにはクリヴェリのいい絵がたくさんあり、1点々すいこまれた。なかでも息を呑んでみていたのが‘ろうそくの聖母’と‘カメリーノの祭壇画の聖母子’。

クリヴェリの魅力は妖しい魔性的な視線がとても悩ましい聖母マリア、これほどドキッとするマリアの視線はほかの画家は絶対に描かない。クリヴェリだけがこの容貌を生み出せたのはこの画家の感性が稀にでてくる突然変異だったのかもしれない。

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2017.05.12

美術館に乾杯! ブレラ美 その二

Img_2     マンテーニャの‘死せるキリスト’(1480年)

Img_0001_3     マンテーニャの‘聖母子と智天使の合唱’(1485年)

Img_0002     ティントレットの‘聖マルコの奇跡’(1562~66年)

Img_0003     ヴェロネーゼの‘キリストの洗礼と試練’(1582年)

絵画技法のひとつに短縮法というのがあるが、これと強く結びつく絵がブレラにある。マンテーニャ(1431~1506)の‘死せるキリスト’、この絵をみたくてブレラをめざしたといっても過言ではない。

驚かされるのは足をこちらに投げ出して横たわるキリスト。大きな足の裏側をみてそのまま視線を顔に移すとまさにキリストの死が生々しく伝わってくる。これが短縮法を用いたマンテーニャの狙いだったのか、という感じ。リアルに描かれていうのは人間キリストだけではなく横で嘆き悲しんでいる聖母、でも見慣れたマリアではない。なんとおばあちゃんマリア様。日本風にいうと‘年寄りの私より先に死ぬなんて、お前は親不孝者だよ’となる。

‘聖母子と智天使の合唱’はとても賑やかな絵、口を大きくあけて歌をうたい精いっぱい聖母と幼子キリストを讃える智天使(ケルビン)たちの姿が忘れられない。ベリーニといいマンテーニャといい、心を和ます聖母子が次々と現れる。

短縮法で見る者をギョッとさせたマンテーニャに対して、ヴェネツィア派のティントレット(1519~1594)が皆を驚かすために使った手法は消失点を中心からずらした遠近法。‘聖マルコの奇跡’ではその効果により劇的な場面が生み出されている。

左端で手を前に出し立っているのが聖マルコの亡霊、ヴェネツィアの人たちが守護聖人サン・マルコの死を悲しみ遺骸を墓所から引き出そうとしたとき、聖マルコが突然現れた場面が描かれている。ティントレットの魅力は空間を奥に長くみせる非対称の構図。頭のなかは相当柔らかい。

ヴェロネーゼ(1528~1588)の‘キリストの洗礼と試練’もティントレット同様見ごたえのある大作。一つのが画面にイエスの二つの物語が描かれている。左が洗礼を受けるところで、右が荒野で修業したあと悪魔に誘惑される場面。この絵はヴェロネーゼの上位リストに載せている傑作。

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2017.05.11

美術館に乾杯! ブレラ美 その一

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Img_0001     ブレラ宮殿の中庭

Img_0002     ベリーニの‘聖母子(ギリシアの聖母)’(1460~64年)

Img_0003     ベリーニの‘聖母子’(1510年)

Img_0004     カルパッチョの‘聖母の神殿奉献’(1505年)

イタリアはヨーロッパのなかでは毎年でもでかけたいほど大好きな国なのだか、ローマで開催された大カラヴァッジョ展をみにでかけた2010年以降はご無沙汰している。いずれ‘ビバ!イタリア’モードになると思うが、今はアメリカや北欧を優先させることが決まっている。

昨年のカラヴァッジョ展(西洋美)にミラノにあるブレタ美が所蔵するイケメンのキリストを描いた‘エマオの晩餐’が出品された。カラヴァッジョにぞっこんとかマンテーニャに関心がある人ならこのブレラ美は強く記憶に刻まれているだろうが、普通の西洋美術愛好家にはこの美術館の知名度はそれほど高くないかもしれない。

事前の情報は少なくてもいざ出かけてみると、期待値以上の大きな満足が得られることがよくあるが、宮殿のなかにあるブレラ美もそんな思い出がよみがえる美術館。訪問したのは2006年、限られた自由行動を使った鑑賞のため慌ただしい1時間だったが、お目当ての作品はおおよそ目のなかに入れた。

この美術館(1809年開館)をつくらせたナポレオンはヴェネツィ派の名画も集めさせたので、ここにはジョバンニ・ベリーニ(1434~1516)のいい作品が展示されている。ベリーニで印象深い作品が集結しているのはヴェネツィアのアカデミア美、ブレタ美、そしてプラド美。

多く描いた聖母像は東方のビザンティンのイコン(聖画像)の影響を受けているのが特徴。だが、正面向きの構図は真似ているが型にはまった感じはなく親しみのもてる聖母と幼子キリストが目の前にいる。2点とも忘れられない傑作でベリーニに最接近できた瞬間でもあった。

また、アカデミア美にいるような気分にさせられるのがベリーニ一族とともにヴェネツィア派の礎をつくったカルパッチョ(1455~1526)、物語の情景がよくわかる大きな画面構成なのでついじっくりみてしまう。3点あったが、横向きに表現された階段の聖母が目に焼きつく‘聖母の神殿奉献’を長くみていた。

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2017.05.10

ココシュカの‘風の花嫁’!

Img_0002     ココシュカの‘風の花嫁’(1914年 バーゼル美)

Img     アルマ・マーラー(1879~1964)

Img_0001  アルマ・マーラー著‘グスタフ・マーラー’(1987年 中公文庫)

若いころスイスのジュネーブに住んでいたが、その頃は美術への関心度は人並みだったので質の高い作品を揃えるチューリヒ美やバーゼル美へ出かけようなどとは思ってもみなかった。

でも、隣の方はバーゼル美に行っている。一週間ほどジュネーブを離れてドイツに滞在したことがあり、そのとき日本人の奥さん仲間と連れ立ってバーゼルへ足をのばしたらしい。二人の西洋絵画の知識は観光客としてルーヴル美で楽しむほどのものだから、どんな絵があったかについては会話にならない。

このバーゼル美にはみたい作品がいくつかあるが、オスカー・ココシュカ(1886~1980)の‘風の花嫁’もそのひとつ。30年前にこの絵の存在を知り、どんないきさつで描かれたかもしっかりインプットされた。ココシュカは25歳のとき7つ年上の女性と恋に落ちた。

その女性はアルマ・マーラー(1879~1964)、23歳の時結婚したマーラーを1911年に亡くして1年くらいたったときだからまだ32歳の女盛り、その美貌に多くの男性が引き寄せられていた。彼女も風景画家だった父親の子どもだから芸術心は旺盛、若いココシュカとの愛にすぐ火がついた。

アルマは‘傑作が描けたら妻になってあげる’とココシュカにいうが、いい絵が出来上がったのに二人の愛は成就しなかった。アルマにとってココシュカは所詮短期間じゃれあった若いつばめ。1915年、アルマは建築家のグロピウスと結婚した。

口さがない人はアルマを世紀末ウィーンの‘ファム・ファタル(魔性の女)’と決めつける。際立つ美しさゆえ男もいちころで参ってしまう。そう呼ばれることをアルマは女の勲章と思っていたかもしれない。


 


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2017.05.09

交響曲は楽し! マーラー

Img      マーラー(1860~1911)

独身時代よく聴いていたマーラー(1860~1911)だが、結婚すると長くて大音響のマーラーの交響曲を自分の好みで流し続けるというわけにはいかず、次第に聴く回数は激減した。で、いろいろ買い揃えたCDもあっさり処分。元来コレクション癖がないのでこれは気にならない。そして、NHKのクラシック番組をビデオ録画した映像クラシックを楽しむ鑑賞スタイルに変わった。

ビデオに登場する指揮者で多いのがアバド。3本ある
★‘1番’ ベルリンフィル(1989年)
★‘2番’ ルツェルン祝祭管弦楽団(2003年)
★‘3番’ ベルリンフィル(1998年 日本公演)

今残っている‘4番’以降のラインナップは、
★‘4番’ ハイティング指揮 ベルリンフィル(1991年)
★‘5番’ インバル指揮 フランクフルト放送交響楽団(2000年 日本公演)
★‘6番’ エッシェンバッハ指揮 パリ管弦楽団(2001年 日本公演)
★‘8番’ ゲルギエフ指揮 ロッテルダムフィル(2005年)
★‘9番’ 小澤指揮 ボストン響(2002年)

‘7番’はどういうわけかTVでは縁がなく、ビデオが欠けているがCDで何度も聴いたので曲の特徴はわかっている。こだわりのマーラーだから、ほかの作曲家と違ってセレクションは厳しい。例えば‘1番’は違う指揮者の演奏も聴き、アバドと比べてふるいをかけてきた。ほかも同様、だから、これが極上のマーラー。

マーラーの交響曲はひとつ々個性があり、何度聴いても飽きない。口ずさめるいいメロデイがあり、ホルンやトランペットは高らかに鳴り響く、そしてなんといっても腹の底から揺さぶられるのはフィナーレ、圧倒的な音量は重層的な音の響きが一瞬一点に集中し大爆発したような感じ。こういう音楽はマーラーでしか味わえない醍醐味。これにとりつかれてマーラーを聴き続けてきた。

今回、ブラームス、ベートーベン、モーツァルト、チャイコフスキー、マーラーの交響曲を集中して聴いて作曲家同士の響き合いのようなものがわかった。例えば、マーラーの‘5番’の出だしのトランペットが奏でる‘葬送行進曲’はベートーベンの‘5番’のあの‘ダダダ、ダーン’を意識したのではないかと思ったりもした。また同じくマーラーの‘6番 悲劇的’のはじめの耳に強く残る部分もベートーベンの‘ダダダ、ダーン’の変奏に聴こえなくもない。

クラシック音楽の楽しさがまた甦った。これからは‘音楽の力’を感じることが多くなりそう。

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2017.05.08

交響曲は楽し! チャイコフスキー

Img_2     チャイコフスキー(1840~1893)

クラシック音楽界における大作曲家の生身の話に興味がもてるよう知識と情報が数倍多い画家たちに登場いただいている。

今日取り上げるロシアのチャイコフスキー(1840~1893)と同時代を生きた画家をあげてみると、セザンヌ(1839~1906)、モネ(1840~1926)、ルドン(1840~1916)、ルノワール(1841~1919)、アンリ・ルソー(1844~1910)らがいる。チャイコフスキーとモネが同じ年に生まれていたとは!

日本の浮世絵に関心があったフランスのドビッシー(1862~1918)はジャポニスムの影響を受け‘海’などを作曲して印象派ともかかわっているが、チャイコフスキーは絵画に興味があったのだろうか。

チャイコフスキーのつくった交響曲は全部で6つあるが、聴いたのは‘4番’(1878年 38歳)、‘5番’(1888年 48歳)、‘6番悲愴’(1893年 53歳)の3つだけ。みなお気に入りのレベルに入っている曲だが、とくに熱く聴いているのは‘5番’。わが家にはとっておきの名演奏のビデオがある。

★アバド指揮 ベルリンフィル(1994年 日本公演)

この日本で行われた演奏会を聴いていっぺんに‘5番’の虜になった。以来、何回となく聴いてきた。つい口ずさみたくなるようないいメロディがててくる第4楽章がすばらしい!チャイコフスキーに惹かれるのはこの美しいメロディ。‘バイオリン協奏曲第1楽章’、‘6番悲愴第4楽章’でもさわりの部分にくるといつも心が洗われる。だから、チャイコフスキーに乾杯!の気持ちが強い。

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2017.05.07

交響曲は楽し! モーツァルト

Img     モーツァルト(1756~1791)

作曲家の物語がざっくり頭に入るためには知っている曲がどういう順番でつくられたかを押さえておく必要がある。画家の描いた作品を最初のほうからみていくように、モーツァルト(1756~1791)のお気に入りの曲をチェックしてみた。

その前にザルツブルクで生まれたモーツァルトと同世代の画家にどんな人物がいたかをレビューしてみると、生まれた年が近いのがイギリスの幻想画家、
ブレイク(1757~1827)、モーツァルトより10歳年上なのがスペインのゴヤ(1746~1828)。また、彫刻家のカノーヴァ(1757~1822)も1年あとに生まれている。

名前と作った楽曲はしっかりインプットされているモーツアルトやベートーベンだが、にわか音楽史家になって好きな曲が生まれた時期を確認すると新鮮な驚きがある。

1775年 19歳 ‘バイオリン協奏曲5番’
1778年 22歳 ‘フルートとハープのための協奏曲’
1779年 23歳 ‘デイヴェルティメント 17番 ニ長調’
1787年 31歳 ‘セレナード 13番 ト長調’
1788年 32歳 ‘交響曲39番’、‘40番’、‘41番’

今You Tubuで頻繁に聴いている‘フルートとハープのための協奏曲’はモーツァルトが22歳のときにつくったものだった! その3年前の19歳のとき作曲したのがあのはつらつとしたバイオリン協奏曲の5番、そして、気分が浮き浮きしてくるディヴェルティメントの17番が23歳。

魅了されている交響曲は3つ。32歳のときわずか6週間でつくりあげた‘39番’、‘40番’、‘41番ジュピター’。
これから3つの名演奏が心を和ましてくれそう。
★‘39番’ ハイティング指揮 ベルリンフィル(1999年)
★‘40番’ ムーティ指揮 ウィーンフィル(1991年 ザルツブルク音楽祭)
★‘41番’ ムーティ指揮 ウィーンフィル(1991年 ザルツブルク音楽祭)

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2017.05.06

交響曲は楽し! ベートーベン

Img     ベートーベン(1770~1827)

クラシック通というとN響の定期演奏会の会員になっているとか、ベルリンフィルやウィーンフルが日本公演をするときは必ず出かける人たちというイメージ、美術ファンが展覧会にウキウキしながら出かけるようにクラシック音楽が大好きな人にとっては演奏会は楽しいひとときだろう。

二つのエンターテイメントのコストを比べると、コンサートのほうが圧倒的に高い。大きな美術館が開催する特別展の値段は1600円が相場、これに対しクラシックのいい席だと2~3万円する。以前東京のどこかでオペラを聴きに行ったときは3万いくら払った。二人でいくと7万。これくらいの出費だと新幹線を利用して京都美術館巡りが2回もできるから、クラシックやオペラにシフトする気持ちがなかなか湧いてこない。

だから、当面はビデオライブラリーで楽しむことが続きそう。今は大型TVの音質が格段にいいので、ボリュームをちょっと高めにして聴くと結構ハイになる。とくにベートーベン(1770~1827)の交響曲だと、アドレナリンがどどっとでてくる感じ。

これから繰り返し聴く曲が決まった。‘3番英雄’、‘5番運命’、‘7番’、そして‘9番’、じつはクラシックの交響曲で聴いた回数が多いのは若いころから聴いているマーラーとあの‘渋い’ブラームス、この二人を5回聴くとするとベートーベンは1回、モーツァルトは2.5回くらい。

で、今回通常の好みは横においてベートーベンを集中的に聴いてみた。ただし‘9番’は長いのでパス。
★‘3番’ バレンボエム指揮 ベルリンフィル(1997年)
★‘5番’ ラトル指揮 ウィーンフィル(2001年 日本公演)
★‘7番’ クライバー指揮 コンヘルトヘボー管弦楽団(1983年)

聴いたあとの率直な感想はこれからはベートーベンが多くなりそうだということ。演奏のなかで惹かれるのがホルンとオーボエ。チャイコフスキーはクライマックスになるとトランペットががんがん鳴るが、ベートーベンはホルンが美しく響く。この音色がとてもいい。これは何度も聴きたくなる。

久しぶりにクライバーの俊敏な指揮ぶりをみて感激した。手を振るスピードの速いこと!これは運動神経が相当いいことの証。やはりクライバーは天才的な指揮者、いつ聴いてもスゴイ。

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2017.05.05

交響曲は楽し! ブラームス

Img        ブラームス(1833~1897)

今年のGWは久しぶりにクラシック音楽の交響曲を連続的に聴いた。昔録画したクラシックビデオなのでどうしても雑音がでてくるが、それはそんなものだと割り切って好きな楽曲に耳を傾けた。

昨年12月からYou Tubuで演奏時間の短い協奏曲などのお気に入りを頻繁に聴いているが、交響曲についてはパソコンの前に1時間もいるのはしんどいので外している。で、引っ張り出してきたのが長く眠りについていたわが家のビデオライブラリー。

バイオリン&ピアノ協奏曲はこれから何回も聴くものは絞り込んでいるので、次は交響曲の選別。有名な曲はだいたい揃っているのでこの中から以前以上に何度も聴こうと思っているものを決め、このセレクションから外れたものはビデオそのものを廃棄処分にする。

まずとりかかったのがブラームス(1833~1897)。じつはクラシック音楽そのものは長く聴いているからたくさんいる作曲家の代表的な作品はおおよそ知っている。でも、音楽の理論や音楽史については系統だって理解していない。これからこうしたことに首をつっこみひととおりマスターしようと思うが、はたしてうまくいくかどうか。今はそのための情報や音楽関連の本の整理をはじめたところ。

ブラームスと同世代の画家をみてみると、ラファエロ前派のバーン=ジョーンズがブラームスと同じ年に生まれている。亡くなったのもほぼ同じ1898年。そして、ホイッスラーは1年あとの1834年生まれで1903年まで生きている。

では、ブラームスが作曲した交響曲のなかで最も魅了されている‘1番’の生まれた1876年(ブラームス43歳)には絵画の世界ではどんな名画が人々の目を楽しませていたのか、前の‘ズームアップ 名画の響き合い!’シリーズでこの年に選んだのは次の4つ
★ルノワールの‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’
★ドガの‘アプサント’
★カイユボットの‘ヨーロッパ橋’
★モローの‘出現’

‘1番’はわが家には2つのすばらしい演奏がライブラリーされている。
★カール・べーム指揮 ウィーンフル(1975年3月 日本公演)
★アルノンクール指揮 ベルリンフィル(2004年?)

81歳のカール・ベーム(1894~1981)が日本で指揮したこの‘1番’は真に名演奏。じつは勤めていた会社の同じ部署にこの演奏をNHKホールで生で聴いたというクラシック好きの女子社員がいて、終わったあと涙が止まらなかったと熱く語っていた。そのときは‘ええー、クラシックを聴いて涙がでるんだ、ファン気質とはこれほどのものか’と思ったが、今彼女の気持ちがわかるようになった。

‘1番’以外の‘2番’、‘3番’、‘4番’もやはり‘渋い!’。1~4番まで全部残すことにした。

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2017.05.04

ブリューゲルとルーベンスの風景画!

Img_0002     ブリューゲルの‘干し草の収穫’(1565年 プラハ国立美)

Img_0001     ブリューゲルの‘穀物の収穫’(1565年 メトロポリタン美)

Img   ルーベンスの‘虹のある風景’(1636年 ウォレスコレクション)

Img_0003     ルーベンスの‘野良の帰り’(1630年代後半 ピッティ美)

先週、東京都美でみたブリューゲル(1526~1569)の‘バベルの塔’の感激の余韻に今浸っている。まだみれてないブリューゲルの作品はツアー旅行に参加すれば美術館と縁がありそうな都市とは違いたどりつくまでに苦労のいる街ばかり。だから、ロッテルダムからやって来た‘バベルの塔’のようなあこがれの作品がみれると感激もひとしお。

これまで日本で公開されたブリューゲルで楽しい思い出があるのはプラハ国立美が所蔵する‘干し草の収穫’、農民画家としてのイメージは古典絵画ではブリューゲル、そして近代では日本において人気の高いミレー。では、どちらに強い思い入れがあるかというとブリューゲルのほう。

農民の生活がリアルに表現されると絵画の魅力が増すかというとそうでもない。そこに多少のデフォルメがあって生き生きとした風俗になっていると画面にぐっと惹きこまれる。ブリューゲルの農民の働く姿と風景がミックされた作品でお気に入りはもう一枚ある。メトロポリタン美の‘穀物の収穫’。

この2点をみるたびに思う起こすのがルーベンス(1577~1640)が晩年に描いた風景画、そのなかでとくに‘干し草の収穫’との強い関連性が感じられるのが‘虹のある風景’と‘野良の帰り’、ルーベンスは‘干し草’に描かれた母親と二人の娘の歩く姿を意識したことはまちがいない。

ブリューゲルつながりでルーベンスの風景画に大変魅了されている。‘虹のある風景’はすでにウォレスコレクションで思いの丈を叶えた。‘野良の帰り’については、フィレンツェを訪問したときピッテイ宮殿にも足を運んだのでお目にかかっているはずだが、じつはみたという実感がない。

そのときはたぶんラファエロの‘小椅子の聖母’と会うことに気が張っていたから、みれどみずの状態だったのだろう。この先、フィレンツェへ行く機会があったら、じっくりみてみたい。

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2017.05.03

北方絵画のお楽しみ!

Img_0001     バウツの‘キリストの頭部’(1470年)

Img_0002     ダーフィットの‘風景の中の聖母子’(1520年)

Img     メムリンクの‘風景の中の二頭の馬’(1490年)

Img_0003     ヘームスケルクの‘オリュンポスの神々’(1556年)

ブリューゲルの‘バベルの塔’やボスの作品を所蔵するボイマンス美があるオランダのロッテルダムはまだ足を踏み入れたことがない。オランダとベルギーをまわるツアーだとこの街は行程に入ってないため、もし二人の絵をみようとするとアムステルダムに滞在してで出かけるほかない。

だが、団体ツアーに慣れてくると何から何まで自分でやらなくてはならない個人旅行はちょっとおっくう。だから、ロッテルダム旅行はだいぶ先となるはずだった。ところが、運がいいことに館内を改修するボイマンス美はわざわざ日本まで自慢の古典絵画をたくさんもってきてくれることに。まったく予想だにしなかった展開。

どんな作品があるのか事前の情報はなく、展示室を進むうちにファン・エイクやウェイデンの技法を受け継いだ写実的な絵画がいろいろ現れてきた。足がとまったものをあげてみると、バウツ(1410~1475)の‘キリストの頭部’、ダーフィット(1460~1523)の‘風景の中の聖母子’、メムリンク(1433~1494)の‘風景の中の二頭の馬’。

バウツの人物描写は本当にリアルでこの時代に生きたモデルと今会っているよう、まさに人間キリストのイメージ。北方絵画に描かれる聖母は控えめでやさしい感じの少女がキリストを抱いている感じ。鮮やかな赤の衣装が目に焼きつく。

ほかに長くみていたのが北方のマニエリストのヘームスケルク(1498~1574)の‘オリュンポスの神々’、ギリシャ神話は生涯の楽しみだから、筋肉質の神々の姿を一人々興味津々でながめていた。

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2017.05.02

ブリューゲルの‘バベルの塔’に乾杯!

Imgブリューゲルの‘バベルの塔’(1568年頃 ロッテルダム ボイマンス美)

Img_0002     白い漆喰を下からあげて運ぶ作業

Img_0001     ボスの‘放浪者(行商人)’(1500年頃)

Img_0003     ボスの‘聖クリストフォロス’(1500年頃)

ついにやって来たブリューゲル(1526~1569)の‘バベルの塔’(4/18~7/2)をみるため喜び勇んで東京都美へ行った。ブリューゲルの絵がウィーンの美術史美などにあることは多くの西洋絵画ファンは知っているが、日本でブリューゲルをみる機会はほとんどないこともこれまたわかっている。

そんなブリューゲルのあの‘バベルの塔’がなんと24年ぶりに登場するというのだから夢みたいな話。この‘バベルの塔’、ブリューゲルに興味をもちだしたころから2つあることを知っている。ウィーン美術史美にある‘バベルの塔’は運よく2度お目にかかった。今回展示されているのはこれではなくオランダ、ロッテルダムにあるボイマンス美が所蔵する‘バベルの塔’。

ウィーンにあるものが1563年に描かれ、その5年後の1568年(亡くなる1年前)にボイマンスのものが仕上げられた。ボイマンス蔵は美術史美の約半分の大きさ。2つを比べてみるとサイズだけでなくいくつか違いがある。目の前にあるボイマンスヴァージョンで目を引きつけるのは塔の上部の左右に浮かぶ立体感のある雲。

この絵ではウィーンと比べ地平線が低くなっているため、この高層建築がどんと地上に建っているようにみえる。雲を塔の上ではなく上層階にかからせて描き塔の壮大さを強調している。図版でこの雲がずっと気になっていたが、本物と対面してバベルの塔がまさに天にもとどくほどの高さだったことを実感した。

この建設現場には1400人も描かれているそうだが、残念ながら単眼鏡をもってしても顔の表情などはまったくとらえられない。ただ、黒い点や白い点がみえるだけ。だが、画面の最も手前に描かれた塔の周囲の景観、そこの左半分をよくみると11人の男が確認できた。

この塔をどうやって建てていったのか、作業の様子がよくわかるのが左半分の各層にのびる白い部分。これは漆喰を滑車を使ったまきあげ機で上にあげているところ。おもしろいのは人々の体が漆喰で真っ白になっていること。

このあたりは東芸大によってつくられた拡大複製画や3DCG映像のおかげで詳細にわかるようになっている。これはGOOD JOB!図録を購入するとこの拡大複製画がついているのも気が利いている。そして、色で目立つのが頂上と左端の赤、これはレンガの色。

今回のボイマンス美のコレクション公開にはビッグなおまけがついている。なんとボス(1450~1516)が2点!昨年プラドであったボスの没後500年を記念した大回顧展にも出品された‘放浪者(行商人)’と‘聖クリストフォロス’。ここにも拡大パネルで描かれているモチーフが詳しく解説されているので、これをみながらながめると楽しみが増す。

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2017.05.01

鯉に乗る琴高仙人!

Img_0001     雪村の‘琴高仙人・群仙図’(重文 室町時代16世紀 京博)

Img     ‘風濤図’(重文 16世紀 野村美)

Img_0002     ‘猿猴図’(16世紀 茨城県立歴史館)

Img_0003     ‘龍虎図屏風’(16世紀 根津美)

東芸大美で開催中の‘雪村展’は後期(4/25~5/21)に入り作品ががらっと変わった。当初は一回で済ませるつもりだったが、気になる作品があるのでまた足を運んだ。

雪村の絵で最も楽しいのが‘琴高仙人・群仙図’、仙人が大きな鯉のひげをつかんでカウボーイが暴れ馬を乗りこなすように背中にまたがっている。この鯉、尾びれがこちらのほうを向き体は直角に曲がっている。だから、この上に乗っているのは相当な力技がいる。だが、そこは仙人、こんなことは朝飯前。

この場面は湖に潜った仙人が龍の子を手に入れて浮き上がってきたところ。まわりでは弟子たちが‘ありゃー、師匠やったね!’と唖然とした顔つきでみつめている。仙人の見事な動体描写をみていっぺんに雪村のファンになった。

京都の野村美が所蔵する重文の‘風濤図’は滅多に出てこない。2002年にあった回顧展のときは出品されなかったから、今回主催者は何度もお願いにあがったのかもしれない。2度目の対面だが、本当にいい絵。
強風のなかを懸命に進む船の姿が心を揺すぶる。

2回も出動したので前回展示替えで見逃した作品をかなりの数リカバリーできた。‘猿猴図’もそのひとつ。現在京博で行われている‘海北友松展’(4/11~5/21)で里帰りした手長猿をみたばかりなので、この絵にもすぐ反応する。川の流れが大げさに波濤の形になっているところが雪村流。

‘風濤図’同様、前回出品されなかった根津美蔵の‘龍虎図’、この度は4/25~5/7展示される。これまで数回みたので、海北友松の豪快な龍を思い起こしながらながめていた。

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