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2017.04.30

さいたま市大宮盆栽美術館を訪問!

Img_0003     大宮盆栽村に隣接した一角にある‘さいたま市大宮盆栽美’

Img_0002     盆栽庭園 季節に合わせ40鉢の盆栽を展示

Img_0001     ‘五葉松 銘 日暮し’(樹齢450年)

Img     ‘五葉松 銘 青龍’

かねてから一度行ってみたいと思っていた‘さいたま市大宮盆栽美術館’に27日出かけてきた。背中を押してもらったのはまたしてもみどりがめさん、6年ぶりに名品の‘五葉松 銘 日暮し’(樹齢450年)が展示されることを教えてもらったので展示期間の4/27~4/30、5/3~5/5に照準を合わせていた。

TVのニュースでも盛んに流れていたが、4/27~30、さいたまスーパーアリーナ(まだ行ったことがない)で‘第8回世界盆栽大会inさいたま’が行われた。この大宮盆栽美もそのサブ会場になっているため会期に合わせて‘日暮し’が登場したのである。

美術館の場所はJR宇都宮線の土呂駅で下車して徒歩5分のところ。10時半に到着するとすでに大勢の人がいた。その3分の2くらいが外国人、近年海外で盆栽の人気が高まっていることは情報としては入っていたが、外国人観光客の顔が喜びにあふれているのをみて盆栽の世界はスゴイことになっているのがよくわかった。

盆栽のことはまったく知らない。だから、初心者の手前、興味は前からあり大宮盆栽美が2010年にオープンしたことはインプットされていた。そして、2013年4月に放送されたBSプレミアムの美術番組‘イッピン 盆栽’で盆栽のイロハのイくらいわかった。そのとき紹介されたのがこの美術館にある‘五葉松 銘 青龍’。この名品が今、盆栽庭園に展示してある(3/17~5/10)。たしかに、横から見ると龍にみえる。盆栽のおもしろさがちょっとわかってきた。

ギャラリー内の特設スペース‘真・行・草の間’のうち‘真の間’に置かれているのが‘五葉松 銘 日暮し’、この松の樹齢は450年。へえー!一日見ていても見飽きないという意味をこめて命銘されたという。まさにその通り。はじめての本格的な盆栽鑑賞でこんな有名なものにお目にかかれたのは幸運だった。

GWの5/3~5/5にも展示される。また大勢の盆栽ファンが押し寄せるにちがいない。

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2017.04.29

美術館に乾杯! アントワープ王立美 その四

Img     アンソールの‘陰謀’(1890年)

Img_0002     アンソールの‘首吊り死体を奪い合う骸骨たち’(1891年)

Img_0003     アンソールの‘絵を描く骸骨’(1896年)

Img_0001     アンソールの‘東洋の品々のある静物’(1907年)

海外の美術館が改修工事などで閉館になるとそのコレクションがまとまって日本にやってくることがある。2017年末まで美術館を閉めるアントワープ王立美は‘仮面の画家’アンソール(1860~1949)の作品を2012年どさっと新宿の損保ジャパン美に貸し出してくれた。

このラインアップは手元にあるTASCHENのアンソール本に載っているものを多くカバーする充実ぶり、だから、この画家はいっぺんに済マークがつけられた。そのなかで最も有名な仮面の絵が‘陰謀’、右に意地の悪そうなでぶっちょの女、あのマイケル・ジャクソンの鼻を連想する緑の服を着た男の仮面、また、右の上には半分骸骨の仮面の男がいる。

仮面とともにアンソールの代名詞となっているのが骸骨、ブラックユーモア的なおもしろさがある‘首吊り死体を奪い合う骸骨たち’と骸骨に身を変えた自画像‘絵を描く骸骨’は一度みたら忘れられない。ベルギー王立美でもニシンを二人の骸骨が奪う合う絵をみた。

じつはアンソールの絵を最初にみたのはMASミュージアムにも展示してあった‘東洋の品々のある静物’、1988年西洋美で開催された‘ジャポニスム展’で遭遇した。アントワープ王立美にはアンソールの油彩が40点くらいあるそうだが、その頃はまだ仮面や骸骨とアンソールは結び付かなかった。そのあと、2005年東京都庭園美でアンソール展に出くわし、だんだんアンソールの画風に興味を覚えるようになった。

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2017.04.28

美術館に乾杯! アントワープ王立美 その三

Img     マグリットの‘9月16日’(1954年)   

Img_0001     デルヴォーの‘バラ色の蝶結び’(1937年)

Img_0003     フレデリックの‘農民の子’(1888年)

Img_0002     クラウスの‘亜麻畑の雑草をむしる農民たち’(1888年)

アントワープ王立美は今年の秋に再オープンすることになっているが、もう一度この街へ足を運ぶ可能性はいまのところ低い。そのコレクションのうち古典絵画はルーベンスがドーンと真ん中にいるのに対して近代絵画については部分的にしかわかっていない。

2010年に新宿の東京オペラシティアートギャラリーでこの美術館が所蔵する近代絵画が展示された。そこで大きな収穫だったのがマグリット(1898~1967)の‘9月16日’、マグリットの作品はつけられたタイトルはあれこれ詮索せず目の前の不思議な絵を感じることに徹している。

この絵は一見シュールだが、脳みそがよじれるほど変な構成でもない。たしかに樹木の真ん中に三日月はみえるはずはないが、その三日月をこの木の上でも左右でも少しずらしてみれば夜の自然な光景として認識できる。だから、マグリットのシュール絵画はわりとすんなり腹に落ちていく。

一方、デルヴォー(1897~1994)の楽しさは血の気が感じられない人形のような裸婦がつくりだす夜のファンタジックな世界、これになぜかひき込まれてしまう。中央の女性は胸に大きなバラ色の蝶結びをつけており、右の女性はそれをとりさっている。この蝶結びは一体何を暗示しているのか。

近代に活躍したベルギーの画家でざっと思いつく人物にレオン・フレデリック(1856~1940)とエミール・クラウス(1849~1924)も入っている。フレデリックの名前を知ったのは大原美にある裸の子どもがたくさん登場する絵。そのあと、フランスの自然主義派のルパージュの影響を受けた‘農民の子’などが現れた。

同じくルパージュに刺激されたエミール・クラウス(1849~1924)の‘亜麻畑の雑草をむしる農民たち’も強く記憶に刻まれている。3,4年前?東京駅ステーションギャラリーでクラウスの回顧展があったが、なんとなく見逃してしまった。

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2017.04.27

美術館に乾杯! アントワープ王立美 その二

Img_0001     メムリンクの‘父なる神と奏楽の天使たち’(1489年)

Img_0002     ヤン・マセイスの‘ユディト’(16世紀中頃)

Img_0003     ルーベンスの‘凍れるヴィーナス’(1614年)

Img_0004     ルーベンスの‘キリストの磔刑’(1620年)

MASミュージアムに展示されたアントワープ王立美蔵作品は部屋のスペースの関係で大作は運んでこれない。そのため、メムリンク(1465~1494)の左右に大きくのびる祭壇画の‘父なる神と奏楽の天使たち’は残念ながらみれなかった。

このメムリンクの画才に200%開眼したのはアントワープに移動する前の日に滞在したブリュージュで訪問したメムリンク美。ここにずらっと飾られていた最高傑作といわれる‘聖ヨハネ祭壇画’や‘聖ウルスラの聖遺物箱’の前ではほかのブランド美術館にあったものとは倍以上の感動を味わった。だから、精緻な写実性が心を打つ‘父なる神’もみたくてしょうがない。

フーケの‘聖母子と天使たち’同様、強く引き込まれたのはヤン・マセイスの‘ユディト’、このドキッとする画題はいろんな画家によって描かれている。カラヴァッジョの作品ではホロフェルネスの首をユディトが今まさに切り落とさんとする場面、気の弱い人はこの血しぶきを正視できないかもしれない。

この絵にくらべるとヤンの描いたユディトは敵将の首をもってるだけなのでしばらくはみておられる。でも、モデルのぬめっとした顔には魔性の微笑み的なところがあり、ゾクッとするような怖さがじわじわとわきおこってくる。イタリアのマニエリスムとフォンテーヌブロー派をミックスしたような表現はヤンの腕の確かさをみせつけている。

ルーベンス(1577~1640)が暮らした町の美術館だから、ここのコレクションは世界最大規模、臨場感のある‘キリストの磔刑’をMASでみれたら最高だったが、展示してあったのは‘凍れるヴィーナス’と‘放蕩息子’の2点。ヴィーナスの緊張した表情とキューピッドの寒くてたまらないといった顔が目に焼きついて離れない。

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2017.04.26

美術館に乾杯! アントワープ王立美 その一

Img_0003    ベルギーの大聖堂と主要美術館(拡大図で)

Img_0001     フーケの‘聖母子と天使たち’(1452年)

Img_0002     ファン・エイクの‘泉の聖母子’(1439年)

Img     ファン・エイクの‘聖女バルバラ’(1437年)

2011年12月ベルギーを旅行したとき、アントワープでの楽しい思い出はブリューゲルの‘悪女フリート’を展示しているマイヤー・ファン・デン・ベルグ美と新しくできた美術館MASミュージアムを訪問したこと。ブリューゲルをコンプリートしようと意気込んでいるのではじめての美術館でも地図を頼りにでかけていく。開館前にスタンバって念願のボス風の悪女fフリートと対面した。

そのあと急いだのがこの年ウォーターフロントに完成したMASミュージアム、じつはこの美術館で2011年の9月から2017年秋まで改修工事のため休館するアントワープ王立美が所蔵する作品50点が展示されていたのである。事前にアントワープ王立美にある作品はチェックしていたのでワクワクしながら入館した。

サプライズの絵はフランスのジャン・フーケ(1420~1481)が描いた‘聖母子と天使たち’、色彩がこれほど強烈な聖母子像はみたことがない。まったく異色の宗教画、聖母マリアと幼子キリストをまわりにいる天使たちの色が衝撃的、一人一人が赤と青のインクの入った大きな壺にどぼんと体をつけてからここに参集した感じ。

この赤肌、青肌の天使の色彩効果によって白い姿をいっそう輝かす聖母子が浮かび上がって見える。驚かされるのが細密に描写された真珠やメノウをちりばめた聖母の王冠、そしてその聖母、乳房の形が真ん丸。忘れられない一枚になった。

ボスとブリューゲル同様、ファン・エイク(1390~1441)に200%のめりこんでいる。アントワープ王立美には2点あることはわかっており、それがMASミュージアムに運よく出品されているのだから天にも昇るような気持ち。ともに小さな絵だが目をこらして神業的な写実描写をみていた。

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2017.04.25

久しぶりの‘阿形・吽形’!

Img_0002    観光客で混雑する東大寺・南大門

Img_0003     国宝‘金剛力士立像 吽形’(1203年)

Img_0001     国宝‘東大寺法華堂日光仏立像’(8世紀中頃)

Img     国宝‘誕生釈迦仏立像’(8世紀中頃)

奈良博で‘快慶展’(4/8~6/4)を楽しんだ後、長らく見ていない南大門の‘金剛力士立像 阿形・吽形’へ行くことにした。奈良博までの道順はだいたいわかっているが、そこから先は博物館の案内でもらった‘奈良公園ウォークマップ’をみながら進んだ。

予定では南大門をみてそのまま大仏殿まで進み、そのあと5年前にオープンした東大寺ミュージアムに寄ることにしていた。だが、修学旅行の生徒たちと外国人観光客があまりに多いので大仏はやめて‘阿形・吽形’だけにし、南大門のすぐ近くにあるミュージアムへ入った。

ミュージアムの観覧料金は500円。これは中に展示されているものは国宝がずらずらと続くのでお得感がある。前に三月堂でみたのがいつだったか思い出せないほど長い時が流れたのが‘日光・月光仏立像’、顔のふっくらしたこの塑造の仏像の特徴は顔が白いこと。白く光るのは雲母の入った土で仕上げられているため。

この前にあったのがお馴染みの‘誕生釈迦仏立像’、美術品との付き合いが長くなると釈迦や仏教の話がだんだん頭のなかに入ってくる。この誕生仏のおかげで釈迦は生まれてすぐ歩いたという並みの人間とは違う特別な力をもって生まれたことを知る。さらにスゴイのが赤ん坊なのに難しい言葉もしゃべれる。7歩進んで、右手は天、左手は地を指し、‘天上天下唯我独尊’(てんじょうてんげゆいがどくそん)といったという。こりゃ参った!

修学旅行があるのはこの時期、だから、駐車場には大型バスが何台も並んでいる。京都へ近鉄で帰るとき隣の席にいた中学生は佐賀市からやって来たという。その日京都に着きまず奈良にでかけそのあと2日かけて京都の名所観光をするという。楽しくて気持ちがずっとハイになっていた修学旅行のことをかすかに思い出した。

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2017.04.24

ダルビッシュ ロイヤルズ戦に好投し2勝目!

Img    ロイヤルズ相手に8回2失点に抑えたダルビッシュ

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開幕して20試合を消化した大リーグ、今日応援したのは地元でロイヤルズとの一戦に先発したダルビッシュ、期待された開幕戦がダメだったので楽しみが下降気味だが、この試合は8回まで投げ、5安打、2失点に抑え勝利投手になった。

3回の表簡単に2アウトまでとったのに、ロイヤルズの主軸に2連続ホームランを食らって2点を失った。これでまた勝てないなと思ったが、その裏と4回に打線が3点とってくれて逆転、勝ち星の望みがでてきた。4回以降はスライダー、カーブをうまく使って零を重ね8回3人を打ちとったところで交代した。試合は5-2でレンジャーズが勝ち、この4連戦をスイープ。これでダルビッシュは2勝目(2敗)。

ほかの日本人選手と成績を見ると、ヤンキースのマー君は開幕戦と次の登板が全然ダメで今シーズンは前途多難を予感させたが、そのあと立て直し2勝1敗。そして、西海岸のドジャーズのマエケンは1勝したが、内容は良くない。10勝は難しい感じ、とにかく序盤の失点をなくさないと監督の信頼を得られない。マリナーズの岩隈はまだ勝ち星がつかない。ここ数年序盤戦はスローペース、そのうち調子をあげてくるのを待つしかない。

ブルペン陣ではレッドソックスから昨年のワールドチャンピオン、カブスに移った上原は上々の滑りだしをみせている。前々回の登板ではじめて失点したが、次はまた無難に抑えたので心配はないだろう。同じくレッドソックスからイチローのいるマーリンズへ移籍した田沢、最初は慣れないナショナルリーグでの登板のためか思うように投げられなかったが、今は落ち着きをとりもどしている。

野手に目をやると、先日もといたマリーナーズとの交流戦でホームランを放ちシアトルのファンを喜ばせたマーリンズのイチロー、代打での出場ばかりだが今年も打ってくれそう。イチロー以上に注目したいのがアストロズに移った青木、毎試合先発で使ってもらえないのが残念だが、バットの調子は悪くない。ヒットを重ねればいずれ上位打線で起用される。熱く応援したい。

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2017.04.23

奈良博の‘快慶展’も大盛況!

Img_0003     ‘地蔵菩薩立像’(重文 鎌倉時代13世紀 東大寺)

Img_0001     ‘孔雀明王坐像’(重文 1200年 金剛峯寺)

Img_0002     ‘不動明王坐像’(重文 1203年 醍醐寺)

Img     ‘釈迦如来立像’(13世紀 キンベル美)

京都の美術館へ行くときは奈良まで足をのばすことが多い。この度は嬉しいことに奈良博で‘快慶展’(4/8~6/4)が開催中、ホテルのランチビュフェでたらふく食べたあと近鉄の快速に乗り込んだ。

久しぶりの奈良だったので、奈良博までは近鉄奈良駅からすぐ到着すると勘違い。イメージの倍近く15分かかった。途中、大勢の外国人観光客が鹿にせんべいを食べさせていた。以前はこれほど多くの外国人はみかけなかった。京都もそうだが、ここも人気の観光地だからいっぱい外国人がいる。

運慶とともに鎌倉彫刻を代表する仏師快慶(?~1227以前)、その仏像をまとまった形でみるのは2回目。前回は同じ奈良博で行われた運慶との合同展覧会(1994年)、作品の数は20点ほど。今回は全部で36点、そのうちアメリカの3つの美術館から3点里帰りしている。

快慶の仏像でいつも熱心にみているのは目、目をむいて怒りの表情をみせる不動明王は除くとたいていは切れ長のきりっとした目をしている。東大寺にある‘地蔵菩薩立像’はお気に入りのひとつ。この菩薩より目の開きが少し大きくその分目線が鋭いのが‘孔雀明王坐像’、顔のふくらみと厳しい眼光が圧倒的な存在感を生み出している。これをみるのは2004年の‘空海と高野山’(京博)以来、息を呑んでみていた。

最後の展示コーナーに並んでいた立像に思わず足がとまるものがあった。アメリカのテキサス州にあるキンベル美からお出ましいただいた黄金の‘釈迦如来立像’、金泥のコンディションが良いのでついつい見とれてしまう。衣文の流麗な線は慈愛あふれる釈迦如来の美しさを引き立てている。

彫刻好きの隣の方も満足げな顔、快慶は兵庫県の浄土寺にある国宝‘阿弥陀如来像’もクルマで見に行ったのでこの回顧展をもって済みマークをつけられる。ミューズに感謝!

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2017.04.22

期待を上回る‘海北友松展’!

Img     ‘雲龍図 阿形’(右隻 重文 1599年 建仁寺)

Img_0001     ‘吽形’(左隻)

Img_0002_2     ‘柏に猿図’(16世紀 サンフランシスコ・アジア美)

Img_0003_2     ‘網干図屏風’(左隻 17世紀 三の丸尚蔵館)

Img_0004     ‘月下渓流図屏風’(左隻 17世紀 ネルソン・アトキンズ美)

4月19日、京博ではじまった‘海北友松展’(4/11~5/21)をみるため4年ぶりに京都へ行った。朝早い新幹線に乗ったので、9時30分の開館と同時に入館、新装なった京博に来るのははじめて。もとの本館での開催をイメージしていたが、通常展を行っている新館で列に並んだ。

海北友松(1533~1615)は実力絵師ではあるが、狩野永徳や長谷川等伯とくらべると知名度は三分の一くらいかもしれない。それは‘海北友松’という名前が‘かいほうゆうしょう’とすっと読めないことも一因。この絵師を知るきっかけになったのはかなり前京博で開催された‘建仁寺展’。

ここに出品された迫力満点の‘雲龍図’に度肝をぬかれ、‘かいほうゆうしょう’を胸に刻み込んだ。過去見た作品で印象深い龍の絵が全部で4点でている。そして、プラスαの収穫は長谷川等伯を連想させる手長猿を描いた‘柏に猿図’、下の草花の緑がよく残っており長くみていた。

じつは今回最も期待していたのは三の丸尚蔵館が所蔵する‘網干図屏風’、1999年にあった‘皇室の名宝展’にこの絵は‘浜松図’とともに出品されたが、展示替えでお目にかかれなかった。その後、尚蔵館での展示をずっと待ち続けたが願いが叶ったのは‘浜松図’のほうだけ。

この回顧展に2点はたぶんでてくるとは読んでいたが、出動するタイミングに‘網干図’が合うかどうか、果たして、ありました!ありました! 最初にこの網干がでて(4/11~4/23、5/9~5/21)、浜松は後半に展示される(4/25~5/21)、リカバリーに18年かかったので感慨深くながめていた。

そして、最後にすばらしい絵が飾ってあった。60年ぶりに里帰りした‘月下渓流図屏風’、等伯の‘松林図屏風’が頭をよぎる静寂な水墨の世界、こんないい絵があったのか、という感じ。もし、日本にあったら国宝まちがいないだろう。チラシに最晩年に描いた最高傑作とあったので、どんな絵かと気になっていたが確かにその通り。通期の展示なのでいつ出かけてもみられる。

この絵をみたら友松のスゴさがわかり絵画史における位置づけを改めなくてはならなくなった。永徳、等伯、友松は真に桃山のビッグ3、海北友松に乾杯!

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2017.04.21

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その十

Img_0001     クノップフの‘愛撫’(1896年)

Img_0004     クノップフの‘妹マルグリットの肖像’(部分 1887年)

Img     バーン=ジョーンズの‘プシケの婚礼行列’(1895年)

Img_0002    ヌンクの‘孔雀’(1896年)

とても気になる絵の存在がきっかけとなって、画家が好きになることがある。だが、その絵とじっさいにお目にかかれるかというと簡単ではなく時間がかかる。ベルギー象徴派のクノップフ(1858~1921)が描いた‘愛撫’を見た瞬間、クノップフへの関心が大きくなった。そして、ようやくベルギー王立美を訪問する機会がめぐってきた。

チータと女性のハイブリッドスフィンクスが一見女性を思わせる若者と頬を寄せ合っている謎めいた作品、心がザワザワしてくる感じはクリムトが描く官能的な女性をみるときと似ている。スフィンクスがエジプトにあるようなライオンだったら、どんな印象になるだろうか、女性の顔を美しくみせるために黒い点々のあるチータにしたのかもしれない。

クノップフにとって理想の女性は6歳下の妹マルグリットだった。そのため、描かれるモデルの容貌はマルグリットのイメージがベースになっている。肖像画は結婚前のマルグリットをクノップフが29歳のとき描いたもので、生涯手放さなかった。

クノップフに強い影響を与えたのがイギリスのラファエロ前派の画家、バーン=ジョーンズ(1833~1898)、ここには‘プシケの婚礼行列’が展示されていた。人物の配置はバーン=ジョーンズお得意の女性のシールを横一列にぺたぺた張り付けたような構成。真ん中がこれから恐ろしい怪物のところへ嫁ぐことになるプシケ。

ヌンク(1867~1935)の鈍く光る青を基調にした‘孔雀’は森のなかに出現した幻想世界に紛れ込んだような気分にさせる作品。まさに象徴派全開。この美術館にはデルヴィル(1867~1953)の鑑賞欲をおおいに刺激する‘悪魔の宝物’があるのだが、どういうわけか2回とも姿を見せてくれなかった。残念な思いをずっと引きずっている。

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2017.04.20

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その九

Img_0003      ダリの‘聖アントワーヌの誘惑’(1946年)

Img     ミロの‘スペインの踊り子(オレ)’(1924年)

Img_0001     アンソールの‘憤慨した仮面’(1883年)

Img_0002     アンソールの‘燻製ニシンを取り合う骸骨達’(1891年)

好きな画家の場合、手元に集めている情報は他と比べて多い。美術本は複数あり、展覧会の図録もたまっていく。シュルレアリストのダリ(1904~1989)もその一人。だから、どの絵がどこの美術館にあることはしっかりインプットされている。

2015年12月、フィラデルフィア美を再訪し前回みれなかった‘ゆでたインゲン豆の柔らかい構造(内乱の予感)’と対面した。残るはベルギー王立美の‘聖アントワーヌの誘惑’、この絵でとくに魅せられるのはあの巨漢の象の細くて長い足が小さいころ遊んだ竹馬をイメージさせること。驚くべきシュールな造形をいつかこの目でとらえたいが、3度目の美術館訪問があるかどうかはわからない。隣の方のご機嫌次第。

このところミロ(1893~1983)の回顧展に遭遇してない。ミロファンとしては昨年あったダリ展(国立新美)に続いて、ミロも期待したくなるがその気配はまだない。‘スペインの踊り子(オレ)’は現地でも楽しんだが、2002年世田谷美で開かれたミロ展に出品された。そのため、絵の前に立ったときは親しみを覚えた。

マグリット、デルヴォー同様、この美術館を訪問したことで画家との距離が一気に縮まったベルギー人画家がいる。北海に面した町、オステンドで生まれ育ったジェームス・アンソール(1860~1949)。5,6点展示してあった作品で目に焼き付いているのが仮面と骸骨、絵のタイトルに仮面がついているのが‘憤慨する仮面’と‘奇妙な仮面’、そして死してなお食欲が旺盛なあまり喧嘩してしまう‘燻製のニシンを取り合う骸骨達’。

アンソールの当面の追っかけ作品はLAのポール・ゲッティ美にある‘キリストのブリュッセル入城’、まだ足を踏み入れていないLAなので旅行計画の優先順位は高く、そのうち訪問の機会がやって来そう。

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2017.04.18

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その八

Img_0003     マグリットの‘光の帝国’(1954年)

Img_0004     マグリットの‘キリンの浴槽’(1949年)

Img_0001     デルヴォーの‘民衆の声’(1948年)

Img     デルヴォーの‘ピグマリオン’(1939年)

ベルギー王立美をはじめて訪れたのは2005年、このとき近代絵画で必見作品の上位を占めていたのがシュルレアリストの3人、ダリ(1904~1987)、マグリット(1898~1967)、そしてデルヴォー(1897~1994)、残念なことにダリの‘聖アントワーヌの誘惑’は姿を見せてくれなかったが、ベルギーが生んだビッグ2は存分に楽しむことができた。

当時は同じ部屋にマグリットとデルヴォーは飾ってあったが、今はマグリットは別料金がいる独立したマグリット美術館(2009年オープン)におさまっている。2015年、この美術館の監修でマグリット展が国立新美で開催され所蔵作品が数多く出品された。

マグリットが50歳をこえて描いた最高傑作が‘光の帝国’、連作は10点以上あるが美術の本に載っているのは1954年のもの、ほかのヴァージョンは過去に日本にやって来たがこれはまだ登場してない。2年前に展示されたのはNYのMoMAが所蔵するものだった。

2011年、マグリット美で再度前のめりになってみて心にぐさっときたのが‘キリンの浴槽’、シュルレアリストの創作過程に首をつっこむのは無謀なことだが、ついマグリットはどこからキリンをガラスコップのなかにとじこめることを思いついたのか詮索したくなる。うーん、わからない?

長生きしたデルヴォーはマグリットと同世代、ここには10点くらいあった。比較的大きな絵が多いが、目に焼き付いているのはジョルジョーネやティツィアーノの構図を借りて裸婦を描きその背景に電車を走らせるという奇妙な作品‘民衆の声’とデルヴォーのマザコンをどうしても感じてしまう‘ピグマリオン’。

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2017.04.17

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その七

Img_0002     スーラの‘セーヌ川のグランド・ジャット島’(1888年)

Img_0001     ゴーギャンの‘緑のキリスト’(1889年)

Img     ココシュカの‘役者ラインホールドの肖像’(1908年)

Img_0003     シャガールの‘私と村’(1912年)

ベルギー王立美に良い印象をもつのは古典絵画から近代絵画、さらにはオブジェなどもふくむ現代アートまで多くの作品がみられるから。その展示スタイルはNYのメトロポリタンと似ている。

印象派とポスト印象派で心に残るのはスーラ(1859~1891)の点描画‘セーヌ川のグランド・ジャット島’、いつも気にとめている画家がでてくると美術館に足を運んだ甲斐があるというもの。古典絵画ではブリューゲルがみれ、近代絵画でスーラ、ダリ、マグリット、デルヴォーが揃っていれば目にも力が入る。

ゴーギャン(1848~1903)は図録には3点載っているが、みたのは2点、ブルターニュに滞在していたころゴーギャンが描いたキリスト物語は大胆な色使いが特徴、ここで死せるキリストに使われているのは緑、同じ年にもう一枚‘黄色のキリスト’も仕上げている。

ココシュカ(1886~1980)が初期に手掛けた肖像画はまだ激しい筆致はみられず目鼻をはっきり描いているのでモデルの生気が感じられる。そして、おもしろいのは女性でも男性でも腕を曲げ手の指を開けていること。身振りをつけ個性を引き出そうとしている。この男性の肖像はいかにも役者らしい雰囲気がでている。

NYのMoMAにシャガール(1887~1985)の代表作‘村と私’があるが、その別ヴァージョンに遭遇するとは思ってもみなかった。サイズ的にはこちらはぐっと小さくMoMAの3分の1ほど。村人と向かいあっている乳牛の大きな顔の目の横に乳しぼりの様子が描かれている。こういう牛の体の一部にまたモチーフを描きこむというアイデアは並みの画家の頭からは浮かんでこない。

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2017.04.16

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その六

Img_0002     J.ボズの‘マラー’(パリ カルナヴァレ美)

Img     ダビィッドの‘マラーの死’(1793年)

Img_0001_2     ダビィッドの‘マルスとヴィーナス’(1824年)

Img_0003     アングルの‘アエネイスを聞く皇帝オーグスト’(1819年)

いい絵を一枚でも多くみたいと願っているのは描かれた美しい女性の姿や素晴らしい風景に心を打たれるからだが、もうひとつ絵画をみる効用に歴史上おこった事件や出来事を絵画によってイメージできるということもある。

ベルギー王立美には衝撃度としてはマグニチュード7くらいの絵画がある。それはダビィッド(1748~1825)が45歳のときに描いた‘マラーの死’、古典絵画に通じている人はこの暗殺されたマラーの姿は十字架から降ろされた死せるキリストを連想するにちがいない。ダビィッドのこの絵によってマラーは民衆のために命を落とした殉教者というイメージができあがった。

フランスの歴史を知らないで血だらけになって浴槽に横たわっている人物をみると、一見女性かと思うこともある。女性は風呂にはいるとき頭にシャワーキャップを被っているので、だが、よくみると男、フランス革命の後混乱期にあったパリで庶民に支持されたジャコバン派の指導者の一人、マラーである。

持病の皮膚病の治療のため浴槽に入って仕事をしていると、敵対する富裕層が支持するジロンド派側のコルデーという女性がジャコバン派のシンパを偽装して面会を求めてやってきた。そして、隙をみてコルデーはマラーを隠し持ったナイフで刺し殺した。

この暗殺事件の3ヶ月後、ダビィッドが依頼に応じて描いたのがこの絵。模写が2点存在し、その一つがルーヴルにあり、2005年横浜美で開催されたルーブル美展に出品された。オリジナルをブリュッセルでみたのもこの年。そのため、この絵は忘れられない一枚になった。

ナポレオンの失脚でフランスにおれなくなったダビィッドが身を寄せたのがベルギー。ギリシャ神話を題材にした‘マルスとヴィーナス’は亡くなる1年前の作品、戦いのシーンがでてくる歴史画とはちがい、花園的な雰囲気に包まれている。

ダビィッドの弟子アングル(1780~1867)の‘アエネイスを聞く皇帝オーグスト’は人物表現が彫刻作品を思わせるのが特徴。アングルのこんな絵はあまりみないので強く印象に残っている。

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2017.04.15

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その五

Img     レンブラントの‘ニコラス・ヴァン・バンベック’(1641年)

Img_0001     ハルスの‘山羊と3人の子ども’(17世紀)

Img_0003     ヤン・マセイスの‘スザンヌと長老たち’(1567年)

Img_0002     ヴァン・ダイクの‘ジェノヴァの貴婦人と娘’(17世紀)

レンブラント(1606~1669)が最高傑作‘夜警’を描いたのは1642年、この1年前に仕上げたのがアムステルダムに住む富豪商人とその妻の肖像。バンベックはベルギー王立美にあり、妻の肖像はバッキンガム宮殿が所蔵している。

‘笑い絵’がトレードマークのハルス(1582~1666)、この‘山羊に曳かせた荷車と3人の子ども’も思わず頬が緩む。これはもともと大きな家族の肖像画だったのを切り離した右面のほう。ハルスは30代の後半に裕福なブルジョワからの注文を受けて散歩から帰る子どもと羊を描いた。笑う子どもをみるとこちらもつい笑いたくなる。しかも3人いるから仏頂面はできない。

ヤン・マセイス(?~1575)はクエンティン・マセイスの息子、アントワープの画家組合から親方の称号を得たが異端信仰を問われてアントワープを追放された。で、向かったのがイタリア、ここでヤンはマニエリスムに出会い妖艶な女性像を得意とするようになる。中央で腰をかけるスザンヌ、その輝く白い肌からは妖しい色香が発散されている。アントワープ王立美にはゾクッとする‘ユディット’がある。いつかみてみたい。

一時期イタリアのジェノヴァで制作活動をしていたヴァン・ダイク(1599~1641)は貴婦人となかなか美形の娘の肖像画を描いた。ヴァン・ダイクの女性画には二つのタイプがある。

ひとつは先日現役を引退したフィギュアスケートの浅田真央ちゃんのような卵形の丸顔で目がパッチリしたお人形さんのような女性、これは脚色性の強い定型化された女性像。もうひとつはこの肖像画にみられる素のままを描いた感じの女性。描き分けたのはヴァン・ダイクが商売上手だったから。

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2017.04.14

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その四

Img_0004

Img_0001_2     ルーベンスの‘エレーヌ・フールマンの肖像’(1630年代)

Img_0002     ルーベンスの‘東方三博士の礼拝(1618~20年)’

Img_0003     ルーベンスの‘聖リヴィナスの殉教’(1633年)

Img     ヤン・ブリューゲルの‘金の皿と花輪の静物画’(1618年)

ドイツで生まれたルーベンス(1577~1640)が父の死で母の生地アントワープで住むようになったのは10歳のとき。そして、8年間絵の修行をしたイタリアからアントワープに戻って来たのが33歳、ここからバロックの王として大活躍がはじまる。

この街には工房を兼ねたルーベンスの豪華な邸宅があるが、ツアーに参加する旅行ではここはパスなのでまだ縁がない。だから、ルーベンスに200%感動するのはノートルダム大聖堂に飾ってある大傑作‘キリスト昇架’と‘キリスト降架’、もうひとつルーベンスが楽しめるのはアントワープ王立美、ここもまだ足を踏み入れてない。

この美術館には世界最大のルーベンスコレクションがある。ブルッセルでみられる‘東方三博士の礼拝’や聖リヴィナスの殉教’、‘ゴルゴダの丘に登る’などの3~5mの大作と同じように目を見張らされるものがドーンと飾られているのだろう。

ルーベンスの絵というと輝ける肌をもった裸婦や激しい動きをする人物や馬などをすぐ連想するが、ベルギー王立美にあるのはキリストの物語や悲劇の聖人を描いたもので臨場感のあるダイナミックな描写に緊張感を強いられることはなく、静かに深くながめ絵が多い。

美術の本に載っている若妻‘エレーヌ・フールマンの肖像’は2回とも姿を見せてくれなかった。2011年のときは今度こその思いだったのにまたもハズレ。係員に尋ねると修復中との返事、まったく泣けてくる。いつになった会えることやら。

ブリューゲルの2番目の息子、ヤン(1568~1625)は父とはちがった花の絵で人気の画家になった。‘金の皿と花輪の静物画’は見事な出来栄え。これが最も気にっている。ヤンはルーベンスとうまがあい2人は共同制作している。また、コートールド美ではルーベンスがヤンの家族を描いた肖像画をみた。

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2017.04.13

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その三

Img     鍋いっぱいのムール貝を食べる喜び!

Img_0001     ブリューゲルの‘反逆天使の転落’(1562年)

Img_0003     ブリューゲルの‘鳥罠のある冬景色’(1565年)

Img_0002     ブリューゲルの‘ベツレヘムの人口調査’(1566年)

昨年末、銀座4丁目のサッポロライオンで友人と忘年会をしたとき、国内産のムール貝のワイン蒸しを注文した。ブリュッセルで美味しいムール貝にありついたのでメニューをみてすぐとびついたのである。ところが、身のぷるっとしたベルギーのものとくらべるとボリューム感は半分。で、無性に本場のムール貝が食べたくなった。

農民の生活をやさしい心で活写したブリューゲル(1526~1569)の絵の中にも鍋いっぱいのムール貝がでてくる。ブリュッセルは3度行ったことがあるが、いつも楽しみなのがムール貝。ベルギービールがまたいけるので蟹をたべるときのように黙って夢中に食べる。何と食べるにしても夢中に食べるときほど幸せなことはない。

農民画家ブリューゲルは1563年、37歳のときアントワープからブリュッセルに移り、以後亡くなるまでここで暮らした。だから、王立美にはブリューゲルがしっかり4点所蔵されている。これはウイーン美術史の12点に次ぐ多さ。1556年頃に描かれたちょっとコンデイションの良くない‘東方三博士の礼拝’と上の3点。

2005年、はじめてこの美術館を訪れたとき見たい度の大きかったのがボスの影響を強く受けた‘反逆天使の転落’、中央の大天使ミカエルと天使たちにやっつけられる怪物たちはじつに変な生き物ではあるが、ボスが描くものほど怖さやグロテスクなところはなく、漫画チックでユーモラスな格好をしている。

右端にはムール貝のお化けがおり、その上のほうにはふぐと鳥のハイブリッド種が口を大きく開け体を思いっきり丸くして天使に立ち向かっている。まさにふぐ提灯、思わず笑ってしまう。画面の隅から隅までじっくりみていると、こんなおもしろくてファンタジックな世界をブリューゲルはどんなことから刺激をうけて生み出したのかこの時代に瞬間移動して聞いてみたくなった。

‘鳥罠のある冬景色’はウイーン美術史美にある‘雪中の狩人’のような静かな村の光景が心に深く刻まれるのに対して、‘ベツレヘムの人口調査’は多くの人たちが登場する‘謝肉祭と四旬節の喧嘩’と同じく一日のある時間帯にこの村におきていることをあれこれ描いている。この日は村の人口調査が行われたので、左の建物に登録する人たちが殺到している。

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2017.04.12

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その二

Img_0004     ボスの‘キリストの磔刑’(1485~90年)

Img     クエンティン・マセイスの‘聖アンナの家族’(1509年)

Img_0002     ウェイデンの‘アントワーヌ・ド・ブルゴーニュ’(15世紀)

Img_0003     ティントレットの‘サタンと戦う大天使ミカエル’(1590年)

王立美で残念な絵が2枚ある。ひとつはボス(1450~1516)の最初期の作品‘キリストの磔刑’とダリのシュール魂が見事に花開いた‘聖アントワーヌの誘惑’、この美術館は運よく2度訪問する機会があったのだが、どういうわけかこの2つは姿をみせてくれなかった。

ボスの絵は必見リストにブリューゲルとともに二重丸をつけて載せているから、見落とすことはないはず。どうして会えないのか不思議でならないが、修復中だった? 昨年6月マドリードのプラドでみた大ボス展でリカバリーを期待していたが、出品されてなかった。この絵に関してはどうも相性が悪い。

来週の18日からボイマンス美が所蔵するブリューゲルの‘バベルの塔’が東京都美で公開される。ワクワクしているが、この展覧会にはビッグなオマケがついている。それはボスの作品2点、プラドでも展示してあった‘放浪者’と‘聖クリストフォロス’。ボスに関心がある人は血が騒ぐだろう。

イタリア絵画から大きな影響をうけたクエンティン・マセイス(1465~1530)の‘聖アンナの家族’は大人や子どもが沢山描かれているのに、ビジーでもなく繊細で丁寧な筆使いに魅了される。こういう家族のあたたさが感じられる宗教画はあまりみたことがない。

ウェイデン(1399~1464)のファン・エイクのリアルな肖像画を彷彿とさせる‘アントワーヌ・ド・ブルゴーニュ’も大きな収穫。ウェイデンのモデルを画面いっぱいに描いたものははじめみた。キリストやマリアの絵だけでなく肖像画も相当上手い。

ティントレット(1519~1594)の‘サタンと戦う大天使ミカエル’はドレスデン美にも別ヴァージョンがある。これは画家が70歳をすぎて描いたもので、得意の斜めの構図で臨場感のある戦いの場面を表現している。まるでスピーデイに展開するスペクタクル映画をみているよう。

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2017.04.11

美術館に乾杯! ベルギー王立美 その一

Img_0001    ベルギーの首都ブリュッセルにあるベルギー王立美

Img_0003     ロベルト・カンピンの‘受胎告知’(15世紀)

Img_0002     バウツの‘火の試練’(1475年)

Img     メムリンクの‘聖セバスティアヌスの殉教’(1470年)

人気の観光名所をみたりおいしい食べ物にありつくのが旅行の大きな楽しみだが、都市毎の魅力は自ずと差がでる。ベルギーのブリュッセルは楽しい思い出のつまった街、とりわけ忘れられないのが食、この国では美味しいフランス料理がいただけるし、名物のムール貝がある。そして高級ブランド、ゴディバなどのチョコレート。

美術好きな人にはさらに楽しみが重なる。古典絵画や近代絵画がびっくりするほどあるベルギー王立美、アールヌーヴォーの装飾が心を浮き浮きさせるヴィクトル・オルタの邸宅。ベルギー王立美はブリュッセル観光には欠かせない場所で団体ツアーの場合必ず行程に入っており、パリのルーヴルのような存在。

作品は古典絵画、近・現代絵画、そしてマグリットの3つに分かれている。マグリットは以前はデルヴォーと一緒の部屋に飾ってあったが、2009年6月に独立の美術館で展示されるようになり、これをみるためには別料金がいる。2015年、ここの所蔵品がごそっと国立新美にやって来たのは記憶に新しいところ。

ロベルト・カンピン(1375~1440)はフランドル絵画の先駆者と言われる人物で‘フレマールの画家’とも呼ばれる。‘受胎告知’にはヴァージョンが数点あり、そのひとつがNYのメトロポリタンでもみられる。普通、受胎告知の場面は柱廊や聖堂だが、ここではお告げはぐっとくだけて室内。このため、マリアがとても身近に感じられる。

バウツ(1410~1475)の‘火の試練’はとても大きな絵。これは2つのパネルの右のほうで左には‘無実の伯爵の冤罪’が描かれている。‘火の試練’は冤罪で夫を殺された妻が皇帝の前で真っ赤に燃えた鉄棒を手掴みにし夫の無実を立証するところ。誤審を認めた皇帝はすぐさま‘あの男が私にいいよってくるのよ!’と嘘をついた妃を火あぶりの刑にする。それが後景に描かれている。

メムリンク(1440~1494)は2011年、ブリュージュのメムリンク美を訪問し開眼した。王立美にも4点くらいあった。足がとまったのが‘聖セバスティアヌスの殉教’、矢を何本も射られて顔は苦痛にゆがむはずなのに、この聖人はそんな苦しさを表情にださず静かに災難を受け止めている。これぞ宗教心の強さ。

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2017.04.10

外国人も魅了する日本の桜!

Img_0001     ‘桜下弾弦図屏風’(17世紀前半 出光美)

Img_0002     宮川長亀の‘上野観桜図’(18世紀前半 大倉集古館)

Img_0003     ‘醍醐花見図’(重文 16世紀末 国立歴史民俗博)

Img     ‘豊公吉野花見図屏風’(重文 16世紀末 細見美)

日本に海外から多くの人たちが来るようになり、春の一大イベントである花見が外国の人たちの心をとらえるようになってきた。4/4の上野には外国人観光客が大勢いた。4月、花見目的で日本を訪れる外国人は年々増えているようで、月ベースでみると最も多い7月の数字に迫っている。

花見が日本人に愛されるのは桜の美しさだけでなく、気候が寒い冬から暖かくなり体も心も軽やかになることとも関係している。そして、年度が替わり職場には新たに社会人になった人や新天地を求めてやってきた人がおり、またほかから転勤で移ってきた人もいておおいに活気づく。

となると、会社では花見にくり出そうという話はすぐ決まり、そういうことがない人でも週末は家族で弁当をつくって出かけようとなる。こうした日本人の定番行動に海外からのお客が加わるのだから、4月は日本全国、花見の話題が尽きない。

日本の絵画にも桜や花見を描いたいい絵がたくさんある。‘日本の美!桜’シリーズでとりあげなかったものを並べてみた。風俗画‘桜下弾弦図屏風’は出光美の自慢のコレクション、はじめてお目にかかったときは心がほわーとなった。

現在、大倉集古館は改修中で閉鎖されているが、いつ再オープンするのだろうか?ここには上野の花見の様子を描いたのがある。描いたのは享保から寛保(1716~44)頃活動した宮川長亀、にぎやかな花見の光景は昔も今も変わらない。

花見が大好きだった豊臣秀吉、晩年に醍醐寺と吉野で催した盛大な花見が絵に描かれている。吉野の桜は名古屋にいたとき喜び勇んででかけたが、醍醐寺の桜はまだ縁がない。来週、‘海北友松展’(京博)をみるために京都に出かけるが、醍醐寺は楽しめない。いつか花見のころここを訪れたい。

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2017.04.09

ベストオブクール ナポリタンとシイタケ!

Img      日本生まれのナポリタン (BS1 4/9 COOL JAPAN より)

Img_0001      ロサンゼルスのスーパーで売られているシイタケ

Img_0002     肉の上にシイタケがのったバーガー

本日の夕方、たまたまリモコンがとまったBS1の番組‘COOL JAPAN’は‘決定!2016年度 ベストオブクール’という興味を惹く内容だった。ときどきみているが、今日は過去一年の放送をまとめたものだったので楽しくみた。

最初は‘食’のベストオブクール、注文を受けてからすぐでてくる‘立ち食いそば屋’に外国人はびっくり。そして、‘ナポリタン’もイタリア人以外は結構好きな人が多い。日本人にとってナポリタンはパスタの定番、喫茶店で食べるものはナポリタンと決まっていた。

ケチャップ味の甘いナポリタンが誕生した話がおもしろい。トマトソースのナポリタンを日本で最初につくったのは横浜のニューグランドホテル。当時トマトは高価だったので、町の食べ物屋では代わりにケチャップが使われた。これがイタリア人には受け入れられない甘い味のパスタのはじまり。

日本に住む外国人にクールなグルメと思われているナポリタン以上に新鮮だったのが‘シイタケ’。以前はアジア系のお店にしかなかったシイタケが今はロサンゼルスの多くのスーパーで売られているという。フランスやブラジルなどでシイタケと呼ばれているのに対しアメリカでは‘シイタキ’。

このシイタケ、アメリカでもヨーロッパでも生産されている。これは知らなかった。その背景には健康志向がある。驚いたのはハンバーガーにシイタケを食材として使うチェーン店が現れたこと。店のオーナーはシイタケのうま味をバーガーに生かしたかったという。これを注文する人が増えているというからスゴイ。最近、日本にも1号店ができたそうだ。

じつはこの椎茸が苦手。小さい頃酢がダメで正月に母親がつくるバラ寿司があまり食べられなかった。その中の具に必ず入っていたのが椎茸、そのため酢と一緒に椎茸が嫌いになった。大人になると椎茸の天ぷらなどはおいしくいただくようになったが、今でも駅弁のバラ寿司を食べるときは椎茸は残している。

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2017.04.08

 ‘茶碗の中の宇宙 楽家一子相伝の芸術’の楽しみ!

Img 初代長次郎の‘赤樂茶碗 銘 太郎坊’(16世紀 重文 裏千家今日庵)

Img_0001     初代長次郎の‘黒樂茶碗 銘 本覚坊’(16世紀)

Img_0002  吉左衛門の‘焼貫黒樂茶碗 銘 とうもくしょうかんをみる’

Img_0003   吉左衛門の‘焼貫黒樂茶碗 銘 晹谷’(1989年)

東芸大美の次に向かったのは東近美、ここも美術館の前の歩道には千鳥ヶ淵へと進む大勢の花見客がいた。東近美では今‘茶碗の中の芸術 樂家一子相伝の芸術’(3/14~5/11)は開かれている。

お目当ては初代長次郎(?~1589)、本阿弥光悦(1558~1637)、そして十五代吉右衛門(1949~)。これまで出会った名碗にどれだけ新たなものが加わるか、期待に胸を膨らませて入館した。長次郎の茶碗が会期中13碗でてくる。はじめてみるのは8つ、そのなかでずっと追っかけていたのは千利休が所持していた‘赤樂茶碗 銘 太郎坊’。ようやくお目にかかれた。

黒より赤の茶碗のほうが見た目は華やかだが、この赤は落ち着いた素朴な赤という感じ。同じ赤樂茶碗の‘無一物’よりはこちらのほうがずんぐりし安定感がある。そして、黒樂茶碗の‘本覚坊’も存在感のある茶碗だった。これだけ長次郎がみれたので言うことなし。済みマークをつけることにした。

光悦の茶碗は‘黒樂茶碗 銘 雨雲’(重文)など6点、いずれもすでにみているのでさらっとみて吉右衛門へ急いだ。後半はまさに‘吉右衛門展’、全部で62点(会期中)。一部は展示があわずみれないが、ショーアップされた展示によって吉右衛門の茶碗の魅力が最大限に発揮されている。

どれも足が止まるが、長くみていたのは‘焼貫黒樂茶椀 銘 とうもくしょうかんをみる’(2005年 佐川美)、茶碗の形は吉右衛門が好きな光悦風の半筒形、だが、色は吉右衛門流の緑や茶色が響き合うシャープさと深みが絡まったもの。同じ造形の‘暘谷(ようこく)’では河井寛次郎の色彩美を連想させる赤と黒が見事なハーモニーで個性をぶつけ合っている。

これほどの名碗がずらっと揃うやきもの展は滅多にみられない。ミューズに
感謝!

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2017.04.07

Bunkamuraの‘これぞ 暁斎’展!

Img_0004     河鍋暁斎の‘地獄大夫と一休’(1871~1889年)

Img_0001         ‘雨中の蓮池に降り立つ白鷺’(1871~1889年)

Img         ‘月に手を伸ばす足長手長、手長猿、手長海老’

Img_0002     ‘鬼を蹴り上げる鍾馗’(1871~1889年)

イギリスに住むゴールドマン氏が所蔵している河鍋暁斎(1831~1889)の作品が日本ではじめて公開されるというので渋谷のBunkamuraへ行った。以前はBunkamuraというと西洋絵画しか考えられなかったが最近は浮世絵が登場したりして日本美術も企画のバリエーションのなかに入ってきている。

今回スポットを当てたのは近代に鳥獣戯画をよみがえらせたり踊る骸骨を描いて人々を楽しませた河鍋暁斎、展示されているものはすべてゴールドマン氏のコレクション。その数173点。幼いころ歌川国芳に入門しただけあって描くものは多岐にわたっている。また、‘北斎漫画’のような絵描きノートまでしっかりつくっているのだから絵にたいする情熱は半端でない。

大半がユーモラスな絵だが、作品の完成度が高く最も見ごたえのあるのが‘地獄太夫と一休’、このヴァージョンはいくらあるのか知らないが、これで4点くらいお目にかかった。三味線を弾く骸骨の頭に一休が乗り、狂乱的に踊っている。骸骨も一緒に踊るという設定がなんともおもしろい。

今回の収穫は光の描写にハッとした‘雨中の蓮池に降り立つ白鷺’と足長、手長の連想にシュールさを感じさせる‘月に手を伸ばす足長手長、手長猿、手長海老’。足の長い人間はそう違和感がないが、手の長い人物を探すのは苦労する。

これはおそらく、月と手長猿の話があってこれにまず手長海老をくっつける。月の手前を小さい海老にするとあとは最初の人間を細工すればいい。足を思いっきり長くし、手もちょっと無理があるがすーっと伸ばす。これで月までいける。暁斎の頭は顔に似合わずとても柔らかい。

絵の前でつい笑ってしまったのが‘鬼を蹴り上げる鍾馗’、鬼も鍾馗に睨まれると借りてきた猫にみたいにおとなしくなり情けないほど弱々しい。だから、蹴られると軽く空に舞うことになる。

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2017.04.06

二度目の‘雪村展’!

Img_0003     ‘列子御風図’(室町時代 16世紀 アルカンシェール美術財団)

Img_0001     ‘竹鶴鶏・芙蓉鴨図’(16世紀 東芸大美)

Img_0002_2     ‘山水図’(16世紀 メトロポリタン美)

Img     ‘花鳥図屏風’(左隻 16世紀 ミネアポリス美)

今月の美術館めぐりにでかけた4日は桜の開花で上野は大賑わいだった。昼頃には場所取りはほとんど終了している感じで、夜の大宴会を楽しみに待っている様子。ある一組の会場設置係りの人と話をしたら朝の4時にスタンバッタという。出足の早いこと。

東芸大美で行われている‘雪村展’(3/28~5/21)は前期と後期で作品が割り振られている。2002年にはじめて開かれた回顧展を山口県美でみているので、この度は一回でいいかなと思ったが、プラスαの作品が結構あるのでそうもいかなくなった。

前回展示替えで見逃したものがどれくらいリカバリーできるかで満足度の大きさが左右される。目安は5割とおいていたが、7割くらい達成したので機嫌がいい。その一枚が‘列子御風図’、風に乗る術を会得した列子は作り物の鳥の羽をつけなくてもヒューと飛んでいける。

強烈な風に衣装はちぎれんばかりに曲げられ膨れ上がり、列子の顎髭も頭髪の毛も風にひらひら流されている。この描写はみたことのない劇画チックなおもしろさ。雪村が‘風の画家’というイメージがこびりついたのはこの絵をみたから。今回本物をみてその思いが強くなった。なお展示は前期(3/28~4/23)のみ。

東芸大美が所蔵する色つきの‘竹鶴鶏・芙蓉鴨図’(前期)はやっとリカバリーできた。日本画というのはとにかく一度見逃すと次に見る機会がやってくるのは何年かかるかわからない。15年もかかてしまった。じつは期待した作品は2点あり、‘花鳥(柳・鷺)’は姿を見せてくれなかった。東芸大美で行う回顧展というのになぜこれを展示しないの?

すでにみている作品のなかで足が止まったのがメトロポリタンからやって来た‘山水図’とミネアポリス美蔵の‘花鳥図屏風’(ともに通期展示)。‘山水図’は以前バークコレクションだったもので、今はMETに寄贈されている。中央の建物と道がくの字のようになっている構図が秀逸。安定感のいい山水についみとれてしまう。

ここにもあそこにも鳥がいてたくさんの種類の鳥を放っている動物園の鳥小屋の前にいるような気分になるのが‘花鳥図屏風’、右隻には白鷺が何羽もいるが、もうひとつハッとする生き物がいる。みてのお楽しみ!

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2017.04.05

美術館に乾杯! ウォーレス・コレクション その五

Img_0002     ベラスケスの‘扇子を持つ婦人’(1640年)

Img     ムリーリョの‘羊飼いの礼拝’(1665年)

Img_0001     ゲインズバラの‘ロビンソン夫人の肖像’(1781年)


Img_0003     ドラクロアの‘総督マリノ・ファリエロの処刑’(1826年)

絵の上手い画家は肖像画を描くとき注文主の気持ちを忖度して脚色を加えることがある。ベラスケス(1599~1660)はフェリペ4世がモデルのときは宮廷画家の本分をわきまえ国王らしく顔を整えて描写する。だから、生身の国王をみたらその違いに唖然とするかもしれない。

‘扇子を持つ婦人’のモデルはベラスケスの娘フランシスカ、そのため脚色なしの素のままの姿が描かれている。何年か前、スペインを観光したとき、クエンカという街を訪問した。そこで現地ガイドが興味深い話をしてくれた。フランシスカはここで旅館を営む男の息子と結婚したとのこと。その建物が今も残っており、部屋をみてまわった。

スペインのラファエロといわれるムリーリョ(1617~1682)の作品は貴族の間では人気が高く、ヨーロッパの名の通った美術館でよくでくわす。ここにある‘羊飼いの礼拝’も思わず見入ってしまう名画。こういう心が洗われる宗教画は特別な鑑賞体験として深く記憶される。

コートールド美にあるゲインズバラ(1727~1788)の妻の肖像と較べると、‘ロビンソン夫人’はまさにお馴染みの眉毛が濃く目鼻立ちがくっきりしたゲインズバラ流の女性。白い肌がうす暗い背景に浮かび上がりとびっきりの美貌を際立たせている。

先月、テレビ東京の看板番組、‘美の巨人たち’ではアングル VS ドラクロアを取り上げていた。久しぶりの登場なので楽しくみたが、とくに新しい情報が付け加わったということでもなかった。日本でドラクロアの作品に遭遇する機会は少ないが、2015年にボルドー美蔵の‘ライオン狩り’が公開された。

ロマン派の画風はとにかく激しい、虎や馬が体を思いっきりよじらせ暴れる様子が描かれたり、鬼の形相をした人物同士の戦いの場面、そして屍などが頻繁にでてくる。‘総督マリノ・ファリエロの処刑’では手間の床に首を刎ねられた総督が転がっている。総督の罪状はヴェネツィア共和国を転覆させる陰謀に加わったこと。

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2017.04.04

美術館に乾杯! ウォーレス・コレクション その四

Img_0001     ハルスの‘笑う騎士’(1624年)

Img      レンブラントの‘ティトゥスの肖像’(1657年)

Img_0002     ヤン・ステーンの‘洗礼の祝宴’(1664年)

Img_0003     カナレットの‘ヴェニスの風景’(1735~44年)

海外にある美術館で規模の違いはあってもブランド美術館といわれるところにはだいたいレンブラント(1606~1669)の作品が展示してある。一方、同じオランダ人画家のハルス(1580~1666)についてはいい絵があったなという印象がある美術館は限られてくる。

ロンドンではウォーレス・コレクションとケンウッドハウスにすばらしい肖像画が飾られていた。‘笑う騎士’だけでなくハルスの描く人物は笑っていることが多い。このハルスの‘笑いの謎’は決着してないが、描いているモデルの性格だけでなくハルス自身が陽気な人間だったのかもしれない。

レンブラントもハルス同様、感情表現に長けた画家、二人の違いはレンブラントはもちろん笑っている顔を描くが、ほかにも怯えや不安な心情といった緊張感のはりつめた表情もリアルに描写する。息子のティトゥスの肖像はどちらかというと静的な内面をよくとらえている。

レンブラントより20年後に生まれたヤン・ステーン(1626~1679)の描く家族の群像は騒々しくてドタバタしているイメージが強い。洗礼を受けた赤ん坊のお祝いの宴だが、まさにみんな陽気な顔をして浮かれている。ステーンは宿屋を営んでいたから人々の騒ぐ様子はよくわかっており、それを絵にした。

イギリスの美術館の例にもれずここにもカナレット(1697~1768)やグアルデイ(1712~1793)が描いたヴェネツィアの風景画がたくさんある。その理由はこうした絵がヴェネツィアの観光案内に一役買っていたから。でかけたのは主に上流階級の子弟。このころ教育の仕上げのためヨーロッパ大陸にでかけるグランドツアーが盛んでカナレットへに注文が殺到した。

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2017.04.03

美術館に乾杯! ウォーレス・コレクション その三

Img_0002     ルーベンスの‘虹のある風景’(1636年)

Img_0001  ティツィアーノの‘ペルセウスとアンドロメダ’(1553~1562年)

Img     プッサンの‘音楽と踊り’(1635~36年)

Img_0003   ヴァン・ダイクの‘マリー・ド・ラエの肖像’(左 1631年)
         ‘フィリップ・ル・ロワの肖像’(右 1630年)

海外の美術館をまわるときは前もってできるだけ多く作品情報を集め、作品毎に見たい度の順位をつけている。ウォーレスの場合、最重要作品はフラゴナールの‘ぶらんこ’とルーベンス(1577~1640)の‘虹のある風景’だった。

ルーベンスが晩年に手掛けたのどかな田園の情景と農民の絵に大変魅了されている。‘虹のある風景’は農民の姿などがブリューゲルの‘干し草の収穫’とよく似ている。虹が上半分にかかる構図に視線が釘づけになりいい気分になったあと、横にうまい具合にぽんぽんと配置された手前の人物と牛たちから農村の生活に思いをはせることになる。

左端では荷馬車が進み、それとすれちがうように娘2人と女たちの気を引こうとしている農夫がこちらに向かって歩いている。ブリューゲルの絵では母親と娘2人が横に進みを家に帰っていた。中央には牛の群れがおり、その横を流れる小川にはアヒルがみえる。また、左の草地に目をやると干し草づくりの真っ最中。この絵に出会ったことは一生の思い出。

ここにあげた4点はみんな2階の広いグレイトギャラリーに飾られているもの。いい絵がここにもあそこにもあるという感じでテンションが一気にあがる。ティツイアーノ(1485~1510)の‘ペルセウスとアンドロメダ’とプッサン(1594~1665)の‘音楽と踊り’も傑作。前半の鑑賞ではロココに心を奪われていたので、目の前にひょいとこんなすばらしい神話画が現れると‘ええー、ティツィアーノやプッサンまでみせてくれるの!’と嬉しくなる。

そして、ヴァン・ダイク(1599~1641)の対になった男女の肖像画にも見とれてしまう。マリー・ド・ラエは1631年に16歳でフィリップ・ル・ロワと結婚した。これは結婚を記念して描かれたもの。夫のフィリップはこのとき35歳。背が高く堂々とした姿が印象深い。

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2017.04.02

美術館に乾杯! ウォーレス・コレクション その二

Img     フラゴナールの‘ぶらんこ’(1767年)

Img_0001     フラゴナールの‘追憶’(1776~78年)

Img_0003     フラゴナールの‘ティヴォリのヴィラ・デステの庭’(1762年)

Img_0002     ヴァトーの‘音楽パーティ’(1718~19年)

ウォーレス・コレクションに足を向かせたのはなんといってもこの美術館で最も有名な絵‘ぶらんこ’(1767年)。描いたのはフランス革命前の浮かれたロココ時代の寵児、フラゴナール(1732~1806)。

フラゴナールが若いこ頃に学んだブーシェの神話画などに登場する裸婦はどこか夢物語的な甘美さがあるが、フラゴナールは日常の男と女の愛とロマンスを描いており、見る者はその画面をつい覗き趣味的な感覚でみてしまう。

‘ぶらんこ’は公園のぶらんこで無邪気に遊んでいる小さな女を若い男がちょっと離れたところからよからぬ気持ちをいだきながらながめている光景と似ている。ただし、大きな違いは左下にいる若い貴族はぶらんこで遊んでいる女性の浮気相手であること。

意表を突く構図なのが流行のファッションに身をつつんだ女性のはいているスリッパ式のハイヒール、‘ミュール’が脱げたところ見せ場にしていること。‘あらー、靴が脱げちゃったわー、あなたとって頂戴、ほらほら変なとこみてないでさ’、そんな天真爛漫な女性の弾んだ声が聞こえてくるよう。

この絵に惹かれるのは不倫を描いているのにやけに明るく、優美さを際立たせる色彩となめらかな筆使いが見事だから。こうした描き方と自由気ままに恋愛ゲームを楽しんでいた貴族たちの心情とぴったり一致している感じ。

ここにはもう一枚、恋の絵がある。‘追憶’はとても小さな作品なのでぼやっとしていると見逃す。もやがかかったような背景のなかで美しい乙女は樹の幹に‘S’という文字を刻みつけている。はたして何を書こうとしているのか?愛している人の名前、それを犬がじっとみているのがおもしろい。

フラゴナールは24歳から4年間ローマで絵の勉強をしていた。風景画‘ティヴォリのヴィラ・デステの庭’は楽しい思い出のつまったローマ郊外の景勝地ティヴォリをパリに戻ってから描いたもの。なかなかいい。

4点あるヴァトー(1684~1721)で思わず足がとまったのが‘音楽パーティ’、ヴァトーの雅宴画には欠かせないのが楽器、中央の男は大きなリュートをチューニングをしているところで、このあと椅子に座っている女性に得意の演奏を聴かせるのだろう。

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2017.04.01

美術館に乾杯! ウォーレス・コレクション その一

Img     ウォーレス・コレクションの玄関ホール

Img_0002     ブーシェの‘日の出’(1753年)

Img_0003     ブーシェの‘日没’(1753年)

Img_0001     ブーシェの‘ポンパドゥール夫人’(1759年)

はじめてのパリ旅行でルーヴル美を訪問したときは絵画でいうとダ・ヴィンチの‘モナリザ’とかドラクロアの‘民衆を率いる自由の女神’あたりをみたら時間がもうあまりないという感じになる。だから、ロココ絵画を楽しむのは2度目以降。ルーヴルにあるヴァトーやブーシェ、そしてフラゴナールをみたらロココは卒業といってもいいくらいだが、ロココに嵌っ人にはもうひとつ欠かせない美術館がある。

それがロンドンの邸宅美術館、ウォーレス・コレクション。2010年にようやく長年の夢が叶った。ありがたかったのはここは国立の美術館なのでお金をとらないこと。大英博物館同様、無料なのである。イギリスで美術巡りをするとこういうことがあるので好感度がさらに増す。

ロココのなかで数が多いのがブーシェ(1703~1770)、全部で10点あった。目を見張らされるのはエントランスホールの階段を登っていったところの壁に飾ってある‘日の出’と‘日没’、縦3.24m、横2.64mの大画面はブーシェ最大の作品。

‘日の出’は太陽神アポロが天空の旅に出る場面で白い滑らかな肌をした海のニンフたちがその準備をしているところ。‘日没’は帰還したアポロが装飾された凱旋車から降りてきたところが描かれている。バロックのルーベンスにもこういう天使やニンフが大勢出てくる大作があるが、ブーシェの描く人物はさらに洗練されて優美で心がとろけるような雰囲気につつまれている。

ブーシェの大パトロンだったのがルイ15世の公的な愛人ポンパドゥール夫人、ミュンヘンのアルテピナコテークにある夫人の肖像画と同じく、ここにある肖像画もつい見とれてしまうほど見事なもの。ポンパドゥール夫がいるのは自邸シャトー・ド・ベルヴューの庭園。暗い背景に白い肌をした夫人が発光体のように輝いている。

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