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2017.02.16

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その五

Img_0006 森谷公俊著‘アレクサンドロスの征服と神話’(2007年 講談社)より

Img_0004_2   森谷公俊著‘アレクサンドロス大王’(2000年 講談社)より

Img     アルトドルファーの‘アレクサンドロスの戦い’(1529年)

Img_0005   上の拡大 中央先頭で槍をもっているのがアレクサンドロス大王

Img_0001     アルトドルファーの‘風景’(1528年)

Img_0002    グリューネバルドの‘聖エラスムスと聖マウリテイウス’(1524年)

アルテピナコテークでデューラーの自画像とともに忘れられない絵がある。それはアルトドルファー(1480~1538)の‘アレクサンドロスの戦い’、俯瞰の視点から描かれているこの壮絶な戦いは世にいう‘イッソスの戦い’。紀元前333年11月、トルコ南部にあったイッソスでアレクサンドロス大王率いるマケドニア軍とペルシャ軍が激突した。

地表が兵士でうめつくされているが、その数2000人以上、歩兵、騎兵たちの姿はもうびっくりするほど細部まで描かれている。画面中央で槍をかかげて騎馬隊の先頭にいるのがアレクサンドロス大王(紀元前356~323年)、そのすぐ前をダレイオス3世(紀元前380~330年)が敗走している。

両軍の戦力をみてみると、マケドニア軍は2万から3万、これに対しペルシア軍は10万、戦場はピナロス川(現バヤス川)を挟んだところ(2番目の地図の拡大で)。ペルシャ軍は大軍にもかかわらすあっけなく敗れ、残されたダレイオスの家族は捕虜となった。

この戦いの絵に鑑賞のエネルギーを使ったのでこの絵の横でみている‘風景’は記憶にまったくない。アルトドルファーは西洋絵画史上はじめて人物が登場しない風景を描いたといわれているが、この絵もなかなかいい。このときたぶんみてそう思ったはずだが、、

謎の画家グリューネバルド(1475~1528)の‘聖エラスムスと聖アウリティウス’は右の顔の黒い聖人の姿が強烈だったのでかすかに覚えている。聖エラスムスのモデルはマインツ大司教の座についた野心家のアルブレヒト。

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コメント

『アレクサンドロス王の戦い』は本当に緻密で、細部をよく見たのを覚えています。でも本来なら単眼鏡を持っていったほうがいいような絵ですね!

アルトドルファーの絵は見たはずなのですが、はっきりと記憶に残っていません。アルトドルファーは空の色の変化の描写もいいと思います。

有名な『聖エラスムスと聖マウリティウス』も見た記憶がありますが、それほど印象に残っていません。グリュ―ネヴァルトは、強烈な『イーゼンハイムの祭壇画』を一度フランスのコルマールで見たことがありますが、観光でちょっと寄っただけだったので、じっくり見ていません。勿体ないことをしました。

投稿: ケンスケ | 2017.02.20 21:21

to ケンスケさん
アレクサンドロスの戦いを今度みるときは単眼鏡
で隅から隅までみるでしょうね。

コルマールであの有名な祭壇画をみられましたか!
羨ましいですね。なんとかここを訪問することを
実現したいのですが、やはり見たいです。

投稿: いづつや | 2017.02.21 00:29

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