« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017.02.28

二度目の‘春日大社展’!

Img      国宝‘本宮御料古神宝類 蒔絵箏’(平安時代 12世紀)

Img_0003     拡大(左部分)

Img_0001     拡大(右部分)

Img_0002     国宝‘赤糸威大鎧’(鎌倉~南北朝時代 13~14世紀)

Img_0004     ‘鹿図屏風’(江戸時代 17世紀)

東博で開催中の‘春日大社展’(~3/12)は残り2週間となった。後期に一番のお目当てである‘本宮御料古神宝類 蒔絵箏’が登場するのでワクワク気分で出かけた。

この見事な蒔絵の箏の存在を知ったのは1998年に発行された‘週刊朝日百科 日本の国宝 春日大社’を買ったとき。見開き頁に大きく載った甲板に蒔絵で表された流水文様をみていつか本物をこの目でと強く思った。その願いが19年経ってようやく実現した。これほど嬉しいことはない。

目を釘づけにさせるのが大胆にそして柔らかく曲げられた流水の形。この造形感覚がまったくスゴイ、そして流れにそって元気よく飛んでいる鳥たち、槽の端のところには鴛鴦もみえる。この箏を二度とみることはないだろうから単眼鏡を使いながら隅から隅までじっくりみた。

もう一点、期待していたのがあった。国宝の‘赤糸威大鎧(竹虎雀飾)’、前期に展示された同じく国宝の‘赤糸威大鎧(梅鶯飾)も感激したが、この大鎧はさらに見事な出来栄え。こんな美しい兜、鎧があったのか!豪華さを演出しているのが赤と黄金の組み合わせ、国宝の鎧をかなりみたが、これが群を抜いていい。一生の思い出になる。

春日大社といえば鹿、通期で展示されている‘鹿図屏風’にもまた足がとまった。

念願のお宝がたくさんみれて200%満足した。ミューズに感謝!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.27

柴田是真の‘鬼女図額面’と対面!

Img     王子稲荷神社

Img_0001    凧市イベントのひとつ男の子の踊り

Img_0002    史料館のなかに様子

Img_0003     柴田是真の‘鬼女図額面’(1840年)

先週の金曜日(24日)、みどりがめさんから教えてもらった王子稲荷神社の凧市をみてきた。以前から関心を寄せていた柴田是真(1807~1891)の‘鬼女図額面’がみれるというので喜び勇んでJR王子駅をめざした。この駅で下車したのははじめてなので、王子稲荷神社の方向がすっと頭に入ってこず、交番のお巡りさんや地元の人に3人くらい聞いた。

駅から10分くらいで到着した。大きな神社を想像していたが、拍子抜けするくらいこじんまりした神社だった。最初の凧市のときは屋台の前まで続く長い列ができたとのことだがすぐイメージできた。ちょうど横の舞台では凧市のイベントとして女の子や男の子の踊りが行われていた。写真は3人の男の子が勇ましく剣を構える踊り、何度も練習したのだろう、上手く演じていた。

この舞台の前が史料館。ここに社宝である是真の‘鬼女図額面’が飾られている。この鬼女をいつかみたいと長いこと思っていたが、やっと実現した。その気になって王子稲荷へ足を運べばいつでもみれると気軽に考えていたが、これが大間違い。神社の大切なお宝だから、公開されるのは正月と2月の牛の日だけ。24日を案内して下さったみどりがめさんに心からお礼を申し上げたい。ありがとうございました。

是真がこの鬼女を描いたのは1840年で33歳のとき。それから177年も経っているので板の上の墨や岩絵の具がだいぶ剥落している。でも、スピード感のある鬼女の姿がぐっと目に迫ってくるから、じっとみていると体がフリーズしてくる。見終わるとなにか大仕事をしたみたいな気分になった。そして、この絵の横にあった谷文晁(1763~1840)の龍の絵もしばらく楽しんだ。

この日は寒かったので参拝客はあまりいなかったが、そのため効率よく念願の絵を見れたのは幸運だった。途中甘酒で体をあたためてまた上野に戻った。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017.02.26

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その七

Img     クールベの‘闘技者たち’(1853年)

Img_0002     モネの‘三隻の漁船’(1886年)

Img_0001     セザンヌの‘静物’(19世紀)

Img_0005     レンツの‘ひとつの世界’(1899年)

フランス近代絵画において大きな存在だったのが写実主義のクールベ(1819~1877)、ブダペスト美にクールベのいい絵がある。古代オリンピックのレスリング競技を連想させる‘闘技者たち’、モデルになっているのは労働者階級に人気のあったプロの闘技者たち。

クールベは世相の出来事に対し鋭い観察眼をもっていたから、こうした鍛え上げた男たちの闘いに注目しくすん色合いで力強く描いた。大きな絵で思わずのけぞった。クールベをここでみれたのは想定外の収穫。

印象派はあまり多くないが、2点あったモネ(1840~1926)とセザンヌ(1839~1906)に足がとまった。‘三隻の漁船’はモネ26歳のときの作品。波辺の何気ない光景だが、俯瞰の視点からとらえられた漁船に海の香りが漂っている。構図のとりかたで絵が生き生きしてくることがよくわかる。

セザンヌの静物画にぞっこん惚れている。静物なら一にも二にもセザンヌという感じ。だから、目の前に現れたこの静物にガツンとやられた。白の布がテーブルから下に落ちているところがいいし、4つの果物の配置もしっかり決まっている。

マクシミリアン・レンツ(1860~1948)はウィーン出身の画家でクリムトが1897年に立ち上げたウィーン分離派の参加したメンバーのひとり。世紀末に描いた‘ひとつの世界’は装飾性に富むファンタジックな作品、美しい女性たちが自由に跳びはねる花園にひとりの紳士が迷いこむという不思議な世界が描かれている。

この絵は2013年宇都宮美で開かれたクリムト展に出展されていた。2度も縁があるとは思ってもみなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.25

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その六

Img_0002     ゴヤの‘水売りの女’(1808~12年)

Img_0003     ゴヤの‘刃物研ぎ師’(1808~12年)

Img     ゴヤの‘カバリェーロ侯ホセ・アントニオの肖像’(1807年)

Img_0001     ドラクロアの‘稲妻に驚く馬’(1825~28年)

マドリードのプラドへ行くとエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤの美術本に載っている傑作が心ゆくまで楽しめる。だから、この3人はプラドだけでもう済みマークがつけられる。でも、絵画鑑賞というのはおもしろいものでこの美術館がスタートになりさらにいい絵をみようと欲もでてくる。

ゴヤ(1746~1828)については、アメリカではエル・グレコと同じようにメトロポリタンとワシントンナショナルギャラリーに名画が揃っているが、ヨーロッパではロンドンのナショナルギャラリーとブダペスト美にぐっとくる作品が飾ってある。

ゴヤのすごいところは画風がワンパターでなくいろいろな絵が描けること。小さな子どもは本当に愛らしく描くし、国王や公人の肖像画ではモデルの個性がリアルに描写される。そして、この美術館にある働く人々を描いた2点は勢いのある筆致でたくましい生命力をたたえるかのようにその姿を力強く表現している。

‘水売りの女’は息を呑んでみていた。この絵と出会ったことはおおげさにいうと生涯の喜び、右手で水瓶をしっかり抱え、両足を広げ堂々と立っている。下から見上げるように描かれているのでそのたくましさがいっそう目に焼きつく。一方、刃物研ぎ師は職人魂がみなぎっている感じ。研磨機に当てられた刃物は鋭い切れ味を取り戻したことだろう。

厳しい目でこちらをみているカバリェーロ侯はスペインの法相。いかにも上目線の保守派の政治家という雰囲気、ベラスケスは国王以外の人物を描くときは内面をずばっとつかんで描くが、ゴヤもモデルの特徴や個性をとらえるのが天才的に上手い。

予想外の作品だったのがロマン派のビッグネーム、ドラクロア(1798~1863)の‘稲妻に驚く馬’、稲妻にたいして馬がこれほど激しく反応することがあまりイメージできないが、稲妻の発する光と耳に突き刺さるような音が恐怖心をふくらませたにちがいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.24

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その五

Img_0001     エル・グレコの‘受胎告知’(1600年)

Img_0004     エル・グレコの‘悔悛するマグダラのマリア’(1576年)

Img_0003    エル・グレコの‘オリーブ山のキリスト’(1610年)

Img_0002     エル・グレコの‘聖衣剥奪’(1580年代)

人にはそれぞれ好きな色があるが、Myカラーは黄色&緑、黄色はゴッホのイエローパワーに魅せられたためで緑は1986年西洋美で開かれたエル・グレコ(1541~1614)の回顧展に遭遇したから。

エル・グレコとの長いつきあいがこの展覧会からはじまった。このとき大原美とブダペスト美にある‘受胎告知’が並んで展示された。ほとんど同じ色彩と構図だが、描かれた時期はブダペストにあるほうが先。じつはエル・グレコはもう一枚同じものを描いており(これが最初の作品)、アメリカのトリード美が所蔵している。

すでに馴染みのある大原の受胎告知の横でほとんど同じ作品をみるという想定外の鑑賞体験をしたため、ブダペスト美の名前が強く頭の中に刻まれた。それから17年の時が流れ、ふたたびこの傑作と今度は現地で再会した。驚いたことにそこにはエル・グレコが何枚も飾ってあった。‘ええー、こんなにあるの!’

全部みたかは覚えてないが7点所蔵しておりプラド(35点)以外では一番多い。エル・グレコというとアメリカのメトロポリタンとワシントンナショナルギャラリーにも魅了される傑作があるが、ブダペストはこの上をいくという感じだからスゴイ。

‘受胎告知’は7年くらい前にも再来日したが、‘悔悛するマグダラのマリア’は4年前のエル・グレコ展(東京都美)に登場した。目の大きなとても綺麗なマグダラのマリアなので思わず足がとまった人も多いのではなかろうか。受胎告知のマリアよりずっと親近感を感じる姿だからついみとれてしまう。

キリスト物語でもいい絵が続く。‘オリーブ山のキリスト’は構図の妙が印象的、手前では弟子たちがだらしなくぐーすか眠っているのに対し、その向こうでは受難を前に怖れを隠し切れないキリストが天使の前で跪き祈っている。

‘聖衣剥奪’もなかなかの傑作。トレド大聖堂にあるキリストの全身像が描かれたものと同様、聖衣は血のような赤で染まっており、キリストはうるんだ瞳で天を見上げている。エル・グレコ好きにとってトレドの聖堂やプラドでグレコと対面しているような気分になれたことは望外の喜びだった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.23

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その四

Img_0001     ブリューゲルの‘洗礼者ヨハネの説教’(1566年)

Img_0004     ルーベンスの‘ポルセナの前のムキウス’(1621年以前)

Img_0002     レンブラントの‘聖ヨセフの夢’(1650年)

2003年、中欧の美術館をまわったとき大きな満足をえられた画家はブリューゲル(1525~1569)、ウィーン美術史美でブリューゲル世界をたっぷり堪能できたうえブダペストでもプラハでもプラスαに出くわしたのだから言うことなし。

ブダペストの国立美に飾ってあったのは‘洗礼者ヨハネの説教’、ここに描かれている群衆の数をしっかり数えた美術史家によると200人以上、この場面を現代の光景におきかえるなら選挙演説に集まった人々という感じ。

ヨハネの有り難いお話が聞けるといっても、民衆の気持ちの入り方には差がある。熱心に聞く者もいれば落ち着きがなくまわりの男と世間話に忙しい輩もいる。時代のひとこまをきりとった風俗画をみるたびにブリューゲルがいっそう好きになる。

ルーベンス(1577~1660)が弟子のヴァン・ダイク(1599~1641)と一緒に描いたのが‘ポルセナの前のムキウス’、まるでハリウッドがひところ製作した大作歴史映画の一シーンをみているよう。視線が集まる中央の赤いマントをかけた軍人は紀元前2世紀ころローマを占領したエトルリア王ポルセナ(左)に捕らえられた英雄ムキウス。右手を火のなかにいれて不屈の精神を示している。これほどドラマチックな場面は忘れようがない。

ここもやはりレンブラント(1606~1669)をがっちり収蔵している。それは聖母マリア物語の絵としてはあまりみかけない‘聖ヨセフの夢’、ヨセフの夢枕に現れる大天使ガブリエル、安らかに眠る聖母、この三人を斜めに配置する構図、大天使からの光と背景の闇のコントラストが強く印象に残る。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.22

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その三

Img_0003     クラーナハの‘聖ヨハネの首をもつサロメ’(1535年)

Img_0001     クラーナハの‘キリストと姦淫の女’(1532年)

Img     デューラーの‘青年の肖像’(1500~10年)

裸婦像は絵画の定番みたいなものだから、普通はすっと受け入れられる。ところが、クラーナハ(1472~1553)の裸婦像については好みがわかれるかもしれない。あの不自然にのびた細長い体はどうもしっくりこないという人もいれば、エロチシズムたっぷりでいいじゃないという美術ファンもいる。

でも、衣装をつけた女性をクラーナハが描くときは誰しも目を見張るかもしれない。その仕掛けは見た目のインパクトを強くするために飾り付けた装身具の数々。‘洗礼者聖ヨハネの首をもつサロメ’ではサロメは昔のハリウッド女優のように豪華な金属のアクセサリーや一際目立つ装飾いっぱいの帽子を身につけている。

このため、サロメが踊りのご褒美によってもらった洗礼者ヨハネの首のほうには視線はあまりいかず、もっぱら当時宮廷で流行ったファッションと人気があったころの女優の安達祐実をおもわせるキュートな顔のほうに関心がいく。同じ調子で描いたユディットはモデルが冷ややかな容姿のためぞくっとする怖さがあったが、このサロメにはそんな緊張感はみじんもない。

‘キリストと姦淫の女’で左に描かれた顎をつきだし右手に石をもっている男の顔をみているとある絵が目の前をよぎる。それはボスの‘エッケ・ホモ(この人を見よ)’(フランクフルト シュテーデル美)に登場するグロテスクな顔立ちの群衆。いかにも悪意丸出しの人物はほかの絵にもでてくる。ひょっとするとクラーナハはボスの絵をみたのかもしれない。

デューラー(1471~1528)はこの時代に描かれた肖像画としてはおそるべき技量を発揮している。ファン・エイクもそうだが、脚色なしで人物そのままという感じがするところがすごい。この作品は何年か前日本にやって来た。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.21

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その二

Img_0004     ボルトラッフィオの‘聖母子’(1490年代末)

Img  ブロンディーノの‘ヴィーナスとキューピッドと嫉妬’(1545年)

Img_0001     ティントレットの‘寝台からファウヌスを追いだすヘラクレス’(1585年)

海外の美術館をまわっているとときどき知らない画家のびっくりするほどいい絵と出くわすことがある。古典絵画ではロンドンのナショナルギャラリーでみたジョルダーノの‘フィネウスらを石に変えるペルセウス’が忘れられない一枚だが、ブダペストにも思わず立ち尽くす絵があった。

それはダ・ヴィンチがミラノに滞在していた時の弟子、ボルトラッフィオ(1467~1516)が描いた‘聖母子’。この絵はラファエロの‘エステルハージのマドンナ’とならぶ美術館の目玉。まるでダ・ヴィンチの絵をみているようで、高いスフマーの技術を駆使し安定した三角形構図で聖母子を見事に浮き上がらせている。

ややもすると敬遠されがちなマニエリスムの画家のなかにあって別格扱いなのがブロンディーノ(1503~1572)とパルミジャニーノ(1503~1540)。ブロンディーノというとナショナルギャラリーにある‘ヴィーナスとキューピッドのいるアレゴリー’をすぐ思い浮かべるが、ここにある‘ヴィーナスとキューピッドと嫉妬’はヴィーナスの美形ぶりが目に焼きついている。

ティントレット(1519~1594)の‘オンファレの寝台からファウヌスを追いだすヘラクレス’はお得意の渦巻構図を使った神話画。フィレンツェルネサンスのど真ん中にいるボッテイチェリも‘ヴィーナスの誕生’や‘春’などギリシャ神話を題材にした名画をたくさん描いたが、画面構成にはティントレットのような大胆な動きはみられない。

ティントレットが人物を描くと体が宙に舞ったり、一回転したりする。この絵でヘラクレスが愛したオンファルの寝台から突き落とされているのは森の神ファウヌス、この森の神はのこのことオンファルを求めてやってきたが、オンファルと服をとっかえたヘラクレスにキツイ一撃を食らってしまう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.20

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その一

Img_0003_2

Img_0002_2  古代ギリシャのコリント式の列柱がならぶブダペスト国立美の外観

Img_2     ラファエロの‘エステルハージのマドンナ’(1508年)

Img_0007     ラファエロの‘ピエトロ・ベンボの肖像’(1503~04年)

Img_0004_2     ジョルジョーネの‘若い男の肖像’(1510年)

Img_0005_2     ティツィアーノの‘聖母子と聖パウロ’(1540年代初頭)

海外の美術館をまわりとき所蔵作品の情報があるとないとでは鑑賞に注ぎ込むエネルギーの出方が違ってくる。はじめて訪問するハンガリーのブダペスト国立美がおおいに楽しめたのは週刊雑誌‘ラミューズ 世界の美術館’(1994年 講談社)のお陰。それはこのあと登場するプラハ美でも大変役に立った。

ハンガリーの首都ブダペストにはハンガリーの画家たちの作品を展示するハンガリー国立美(ブダ王宮内)とハンガリー以外の古典絵画や近代絵画を飾っているブダペスト国立美の2つの大きな美術館がある。ツアーで入館したのは古典絵画のほう。

収集品の中心をなすのはハンガリー史上最も権勢を極めた貴族エステルハージ家のコレクション、そのお宝のひとつがラファエロの(1483~1520)の‘エステルハージのマドンナ’、こういうラファエロの聖母がさらっとでてくるのがヨーロッパの美術館のすごいところ。

ラファエロが20代のはじめころ描いた詩人ピエトロ・ベンボの肖像画もなかなかいい絵だが、これは2013年西洋美で開催されたラファエロ展に登場した。

作品の数が30点たらずのヴェネツィア派、ジョルジョーネ(1476~1510)が最晩年に描いた‘若い男の肖像’も強く印象に残っている。ジョルジョーネの作品をみる機会は少ないから大きな収穫。

ジョルジョーネにくらべると長く生きたティツィアーノ(1485~1576)はブラン美術館では定番のように美術ファンの目を楽しませてくれるが、ここにもヴェネツィ総督の見事な肖像や何年か前に日本にやって来た‘聖母子と聖パウロ’などがある。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.19

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その八

Img_0003     プッサンの‘キリスト哀悼’(17世紀)

Img_0001     ブーシェの‘ポンパドゥール夫人’(1758年)

Img_0002    フラゴナールの‘ベッドで犬と遊ぶ娘’(1765~70年)

Img     フリードリヒの‘シュレージェンの山々’(1815~20年)

本籍フランス、現住所イタリア・ローマと言われるプッサン(1594~1665)はベラスケス(1599~1660)、彫刻家ベルニーニ(1598~1680)、ヴァン・ダイク(1599~1641)らと同時代を生きた画家。でも、ベラスケスがカラヴァッジョ(1571~1610)の影響を受け、ヴァン・ダイクが師匠のルーベンス(1577~1640)から多くを学んだのに、ローマで制作を続けたプッサンは独自の画風を切り開いた。

描いたのはキリストや神話の物語や古代ローマの英雄など。プッサンがとても惹かれるのはこうした物語が野外の自然を背景に描かれているところ。そのため、そうした話にリアリティがありこういう場面だったんだと妙に納得がいく。‘キリスト哀悼’は人がこの世からいなくなる悲しさが深く表現されている。

ブーシェ(1703~1770)が描いたポンパドゥール夫人はルーブルにもあるが、アルテが所蔵するのはそれを上回る見事な肖像画。ポンパドゥール夫人はルイ15世の公認の愛人ではあるが、その高い教養や気品をそなえた美貌のため普通の愛人のイメージとは違い好感度が高い。きっと王にはもったいないすばらしい女性だったのだろう。

ブーシェにくらべるとフラゴナール(1732~1808)の女性画はコメデイタッチのエロチシズムにつつまれており、‘ベッドで犬と遊ぶ娘’は昔みたフランス映画にはこんなシーンがあった感じ。犬はキスされたり高く上にあげられたり愛撫されほうだい。

フリードリヒ(1774~1840)の‘シュレ―ジェルの山々は’アルテ・ピナコテークの前にあるノイエ・ピナコテークに展示されている作品。この風景画にはロマン派特有の神秘性が強く感じられじっとながめていると神妙な気持ちになる。ドイツのこんな自然を前にすると、フリードリヒの世界に近づけるかもしれない。ハンブルグ美などへでかけフリードリヒ巡りをすることを夢見ている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.18

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その七

Img     レンブラントの‘キリストの磔刑’(1634年)

Img_0001     エルスハイマーの‘聖家族のエジプトへの逃避’(1609年)

Img_0002    ハルスの‘ヴァレム・ファン・ヘイトホイゼンの肖像’(1625年)

Img_0003    ベラスケスの‘若いスペイン貴族’(1628~30年)

レンブラント(1606~1669)は肖像画のほかに宗教画もたくさん描いているが、アルテ・ピナコテークには有名な連作‘キリストの受難伝’(6点)がある。‘キリストの誕生’、‘キリストの磔刑’、‘十字架降下’、‘キリストの埋葬’、‘キリストの復活’、‘キリストの昇天’、いずれもカラヴァッジョの影響を受けた明暗技法が印象的。

ルーベンスがローマにいたとき知り合ったのがフランクフルト出身のアダム・エルスハイマー(1578~1610)、光と影の使い方を得意とし小品ながら‘聖家族のエジプトへの逃避’といういい絵を描いている。

ルーベンスはこの友人の絵に魅了され、マウリッツハィス美にある‘ろうそくを持つ老婆と少年’のようなカラヴァッジョやラ・トゥールを思わせるような作品を残している。

オランダの画家で関心があるのはレンブラントとフェルメール、カラヴァッジェスキのホントホルスト、そしてハルス(1580~1666)、ほかの画家は正直言って熱心にみてない。

ハルスの絵が好きなのは笑う少年とでてきたり貴族の肖像が立派なのにどういうわけか親しみがもてるから。右手に持った剣の先を床につけ左手の甲を腰にあてるこの貴族の決めポーズは思わずみとれてしまうほどカッコいい。

スペイン絵画はわすか20数点と少ない。気をひくのはベラスケス(1599~1666)の‘若いスペイン貴族’(未完)とムリーリョの‘果物を食べる2人の少年’。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.17

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その六

Img_0001    ルーベンスの‘レウキッポスの娘たちの略奪’(1616年)

Img     ルーベンスの‘妻といる自画像’(1609年)

Img_0002     ルーベンスの‘エレーヌ・フールマンと息子フランス’(1635年)

Img_0003     ヴァン・ダイクの‘エジプトへの逃避途上の休息’(1630年)

海外にある大きな美術館へ行くと必ずバロックの大巨匠ルーベンス(1577~1640)の作品と出会う。なかでも圧倒されるのが特大サイズの絵、そこには神話や宗教画を題材にしてキリストや聖母、女神たちが緊張感に満ちた大迫力で力強くあるいは荘厳な調子で描かれている。

こんなバロック様式全開のルーベンスをいっぱいみたぞ!と、これまで思った美術館はアルテ・ピナコテーク、ルーヴル、プラド、そしてロンドンのナショナルギャラリー。アルテ・ピナコテークのイメージはデューラーとルーベンスによってできあがっている。

ルーベンスの絵は全部で10点くらいはあったような気がするが、最も記憶に残っているのは‘レウキッポスの娘たちの略奪’、この絵には巧妙な仕掛けが施されている。二人の裸の女、この女たちを連れ去ろうとする二人の男、男の後ろで跳びはねる二頭の馬、ルーベンスは人物と馬を中央の女を中心とした円のなかにすっぽりおさめて男たちによる恋の暴走を見る者に強く印象づけている。

この話は双子座の物語、レウキッポスは双子の叔父さんの名前、よくあることだが男たちはその娘に恋をしてしまった。この従妹たちには婚約者がいたが好きになったら一直線、女たちを連れ去り妻にした。これに怒った婚約者は兄を殺してしまう。兄に失い嘆き悲しんでいる弟をみるにみかねてゼウスは二人を天に輝く星にし永遠に一緒にいられるようにしてやった。これが双子座。

‘妻といる自画像’は結婚記念画。おもしろいのはほかの絵にくらべてリラックポーズで描かれていること。おしゃれをした若い貴族のようなルーベンスとイザベラはなんと手に手をとって幸せムードいっぱい。こんなくだけた肖像画はみたことがない。エレーヌ・フールマンは二度目の妻、相変わらず若くピチピチしているが、膝にだいた男の子と一緒にこちらをみる姿がじつにいい。

肖像画の名手として高く評価されたヴァン・ダイク(1599~1641)のすばらしい宗教画はアルテにある。それはマリアの描写が心を打つ‘エジプトへの逃避途上の休息’。これは忘れられない一枚。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.16

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その五

Img_0006 森谷公俊著‘アレクサンドロスの征服と神話’(2007年 講談社)より

Img_0004_2   森谷公俊著‘アレクサンドロス大王’(2000年 講談社)より

Img     アルトドルファーの‘アレクサンドロスの戦い’(1529年)

Img_0005   上の拡大 中央先頭で槍をもっているのがアレクサンドロス大王

Img_0001     アルトドルファーの‘風景’(1528年)

Img_0002    グリューネバルドの‘聖エラスムスと聖マウリテイウス’(1524年)

アルテピナコテークでデューラーの自画像とともに忘れられない絵がある。それはアルトドルファー(1480~1538)の‘アレクサンドロスの戦い’、俯瞰の視点から描かれているこの壮絶な戦いは世にいう‘イッソスの戦い’。紀元前333年11月、トルコ南部にあったイッソスでアレクサンドロス大王率いるマケドニア軍とペルシャ軍が激突した。

地表が兵士でうめつくされているが、その数2000人以上、歩兵、騎兵たちの姿はもうびっくりするほど細部まで描かれている。画面中央で槍をかかげて騎馬隊の先頭にいるのがアレクサンドロス大王(紀元前356~323年)、そのすぐ前をダレイオス3世(紀元前380~330年)が敗走している。

両軍の戦力をみてみると、マケドニア軍は2万から3万、これに対しペルシア軍は10万、戦場はピナロス川(現バヤス川)を挟んだところ(2番目の地図の拡大で)。ペルシャ軍は大軍にもかかわらすあっけなく敗れ、残されたダレイオスの家族は捕虜となった。

この戦いの絵に鑑賞のエネルギーを使ったのでこの絵の横でみている‘風景’は記憶にまったくない。アルトドルファーは西洋絵画史上はじめて人物が登場しない風景を描いたといわれているが、この絵もなかなかいい。このときたぶんみてそう思ったはずだが、、

謎の画家グリューネバルド(1475~1528)の‘聖エラスムスと聖アウリティウス’は右の顔の黒い聖人の姿が強烈だったのでかすかに覚えている。聖エラスムスのモデルはマインツ大司教の座についた野心家のアルブレヒト。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.15

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その四

Img_0002     デューラーの‘毛皮を着た自画像’(1500年)

Img_0001_2     デューラーの‘四人の使徒’(1526年)

Img_0003    クラーナハの‘葡萄の聖母’(1525年)

Img     クラーナハの‘黄金時代’(部分 1530年)

どの美術館でもそこでしかみれない絵というのがある。ウイーン美術史美ならブリューゲル、プラドならベラスケスなどスペインの画家とボス、ではアルテ・ピナコテークなら誰れかと考えたとき、すぐでてくるのはデューラー(1471~1528)。

ここでみたデューラーの作品でこの画家のイメージが固まった。デューラーが楽しめる美術館というとほかにはウィーン美術史美、ウフィッツイとプラドがあるが、一番印象に残るのはやはりアルテ・ピナコテーク。圧倒的な存在感があるのが28歳のときの自画像、正面をみすえた顔、長い髪、そして胸元にそえられた右手、目の前にデューラーがいるようなこのリアリティーがなんといってもすごい。

そして、2つの縦長の画面に二人ずつ描いた‘四人の使徒’も忘れられない。デューラーはこの使徒たちで四気質を表現している。左から多血質(若いヨハネ)、粘液質(老齢のペテロ)、胆汁質(壮年のマルコ)、憂鬱質((初老のパウロ)、右の二人に感じられる強い目力が目に焼きついている。

髪の毛一本々まで精緻に描くデューラーとクラーナハ(1472~1553)は同じドイツの出身で歳もほぼ同じなのに画風はまったく違っている。例えば、アダムとイヴを描くときデューラーはあまり暗さのない健康的な男女に仕上げるのに、クラーナハの裸婦ときたら体は異常に細長く下半身はばかデカくかなりマニエリスム調。

ところが、クラーナハのおもしろいところは画題によって描き方が変わること。‘葡萄の聖母’はマリアも品がいいし幼児キリストも上にいる天使たちもじつに可愛い。散歩をしているとこんな赤ちゃんによく出くわす。また、服を着た女性たちが明るく愛嬌のある顔をしているのも惹きつけられる。

さらにクラーナハに関心がいくのは風俗画的な描写がみられるから。鹿狩りの場面とか‘黄金時代’のように人間臭いエンターテイメントに興じる男女の様子などではつい画面の隅から隅までみてしまう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.14

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その三

Img_0003      アルテ・ピナコテーク

Img_0001     ペルジーノの‘聖ベルナルドゥスの幻視’(1494年)

Img_0002     ティツィアーノの‘窓の前のカール5世の坐像’(1548年)

Img    ティントレットの‘ヴィーナスとウルカヌスとマルス’(1555年)

ラファエロの師匠であるペルジーノ(1448~1523)というとフィレンツェのウフィッツイ美にある聖母子やピエタがすぐ思い出される。聖母やまわりにいる女性はだいだい同じ顔つきで写実的には描かれていない。そして、人物の背景にはいつも半円形のリュネットがありその先に青空がみえる。

こうした左右対称で奥行きのある舞台ができそこに背のすらっとした人物がバランスよく配置されているとなんだか安心してみていられる。アルテにある聖ベルナルドゥスの前に聖母マリアが現れる作品もペルジーノの魅力がいっぱいつまったとてもいい絵。

ティツィアーノ(1490~1576)とティントレット(1519~1594)の区別がはっきりつくようになったのは1993年にボストンへ行きイザベラ・スチュアート・ガードナー美でティツィアーノの‘エウロペの略奪’をみたころから。この絵によってヨーロッパの語源を知った。

ティツィアーノは1548年にカール5世の肖像画を2枚描いている。ひとつはマドリードのプラドにある馬に乗った軍人姿のカール5世、この絵が王としての威厳がドーンとでているのに対し、ミュンヘンにある椅子に座ったもう一枚は統治者として政治的な悩み事をかかえたカール5世が表現されている。

ちょっとドキッとさせられるのがティントレットの神話画、‘ヴィーナスとウルカヌスとマルス’、白い肌をさらしたヴィーナスの横でごそごそしているのは夫のウルカヌス。ヴィーナスも浮気するならもっとうまくやればいいのに醜男の旦那にばれてしまい現場にのり込まれてしまう。浮気相手の軍神マルスはベッドの下に隠れ出ようにも出られなくなった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.13

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その二

Img       ティツィアーノの‘茨の冠’(1572~76年)

Img_0001     ティントレットの‘ターロ川の戦い’(1578~79年)

Img_0004     ブリューゲルの‘怠け者の天国’(1567年)

Img_0002     ブリューゲルの‘農婦の頭部’(1568年)

ドイツや中欧の美術館へ出かけてもルーヴルに飾ってあるようなイタリアの画家の名画がみられるのだから、ヨーロッパで美術館巡りをすると喜びが絶えない。

ミュンヘンのアルテ・ピナコテークにもヴェネツィア派のティツィアーノ(1490~1576)やティントレット(1519~1594)のいい絵が並んでいる。ところが、今でこそこの二人の大ファンだが当時は似ているような名前のため、どちらがどちらやら区別がつかなったというのは正直なところ。

‘茨の冠’はルーヴルにあるティツィアーノが1542年に描いたものはしっかり目に焼き付いているのに最晩年に仕上げた別ヴァージョンはみたという実感がまったくない。ティントレットの‘ターロ川の戦い’も同じこと。縦2.7m、横4.2mの大画面に戦闘の場面が動きのある構図で力強く描かれているのだから少しは覚えていそうなのにこれもダメ。だから、リカバリーリストの第一候補にあげている。

イタリアの画家に対して、フランドル出身のブリューゲル(1525~1569)は‘バベルの塔’のおかげでその名は強く心に刻まれている。ここには2点ある。‘怠け者の天国’はブリューゲルお得意の寓意画。満腹になり寝そべっているのは右から時計まわりに聖職者、農民、騎士。働かなくても食べていけるのは現在でも理想の姿。世の中の多くの人は生きていく糧を得るために働いている。たとえその仕事が嫌でも辛くとも。

農民画家と呼ばれたブリューゲルの真骨頂ともいえるのが農民の顔を素のままアップで描いた小品‘農婦の頭部’。ヴェネツィア派がキリストや戦いを絵の題材にしているとき、ブリューゲルはこんな人々の暮らしが垣間見える風俗画を描いていた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.12

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その一

Img_0004

Img_0003    ダ・ヴィンチの‘カーネーションの聖母’(1475年)

Img     ラファエロの‘カニジャーニの聖家族’(1508年)

Img_0001   フラ・アンジェリコの‘キリストの埋葬’(1438~40年)

若い頃スイスのジュネーブに住んでいたとき、クルマでミュンヘンへ行きアルテ・ピナコテークへ入った。今から35年前のこと。これだけ時が流れると記憶はほとんど残っておらず、この古典絵画を集めた美術館がどんな建物だったかすっかり忘れている。

この美術館の前には近代絵画を展示しているノイエ・ピナコテークがあるのだが、当時はまだ美術館へ行くといってもパリを観光したら必ずルーヴルを訪問するような感覚だったので、ミュンヘンの有名な美術館はアルテだけと思っていた。

今は絵画の情報はたっぷりゲットしノイエにはゴッホのひまわりやマネが描いた息子の絵などみたい作品がいくつもあるのでノイエをパスしたのは残念でならないが、こういう鑑賞と関心のズレはどうにもならない。また、ふたつの美術館のすぐ近くにはレンバッハハウスや古代彫刻美などがあるので、2度目のミュンヘン旅行をいつか実現したい。

アルテ・ピナコテークがすごい美術館だったというイメージが出来上がったのはでデューラーやルーベンスの傑作をみたこともあるが、なんといってもダ・ヴィンチ(1452~1519)がありラファエロ(1483~1520)があったから。ウィーン美術史美やドレスデン美には同じくらい感激するラファエロがあるが、ダ・ヴィンチはない。そして、エルミタージュにはダ・ヴィンチもラファエロもあるが、ラファエロは特◎ではない。

美術館でダ・ヴィンチ、ラファエロをみれるのは特別な鑑賞体験。だから、‘カーネーションの聖母’と‘カニジャー二の聖家族’を夢中でみた。ラファエロはもう一点ひとまわり小さい‘テンピの聖母’もある。次ここへ来たら時間をかけて画面の隅から隅までみるような気がする。

フラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘キリストの埋葬’はみれどみてない状態の作品、まだフィレンツェのサン・マルコ美にある代表作‘受胎告知’にお目にかかってないときだから、記憶にひっかかりようがない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.11

心に響くパールマンの演奏!

Img    You Tube パールマン チャイコフスキーの‘バイオリン協奏曲1番’

ピアノ協奏曲とバイオリン協奏曲をYou Tubeで聴くとき、どのくらいの割合かというとバイオリンが7でピアノが3。バイオリンの音色はピアノとちがい音がつながっているため耳ざわりがよく、歌に聴き惚れているときみたいにいい気分にさせてくれる。

ピアノ協奏曲同様、ベートーベン、ブラームス、チャイコフスキーはすばらしいバイオリン協奏曲も作曲している。ほかにもシベリウス、メンゼルスゾーン、ブルッフなど名曲は数多くある。今回久しぶりにYou Tubeでめぼしいものをいろいろ聴いてみた。

お気に入りに最後まで残ったのは2曲、やはりこのふたつが最も心に響く。
★チャイコフスキーの‘バイオリン協奏曲1番’
   イツァーク・パールマン 1990年ズビン・メータ指揮イスラエルフィル
★ブルッフの‘スコットランド幻想曲’
   ダヴィッド・オイストラフ 1962年ロンドン響
   パールマン 

この2曲に昔から惹かれているのはさびのメロディが口ずさめるから。そして最初から最後までずっと琴線にふれる曲想が続くため、30分くらいの演奏の間ずっと心を洗われ鎮められる。だが、とびきりの名曲とはいえ誰の演奏を聴いても感動するというわけではない。そこはバイオリニストの腕前次第。

チャイコフスキーの1番は以前録画したビデオを楽しむときは五嶋みどりがアバドの指揮するベルリンフィルと共演したものをよく聴いていた。が、今回パールマン(1945~)の演奏(当時45歳)と出会い、おおげさにいうと五嶋みどりはもう聴けなくなった。どうしてパールマンはこんなに上手く弾けるのだろうか、という感じ。

You Tubeには嬉しいことにパールマンのスコットランド幻想曲もある。これをオイストラフ(1908~1974)の54歳のときの演奏と交互に聴いている。そして、大きな幸せを感じている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.10

ご機嫌な You Tube ピアノ協奏曲!

Img_0001    You Tube キーシン ラフマニノフの‘ピアノ協奏曲2番’

Img    You Tube ブーニン ショパンの‘ピアノ協奏曲1番’

最近はYou Tubeでクラシック音楽を聴くのが日課のようになっている。相当長い期間クラシックから遠ざかっていたので、どの曲もすごく新鮮!

今You Tubeで聴いているのは比較的短い時間で楽しめる協奏曲などで交響曲はパソコンの前に1時間近くもいるのはしんどいのではずしている。そのなかでピアノ協奏曲のお気に入りを演奏者をいろいろ替えて聴いてみた。

世の中に大勢いる筋金入りのクラシックファンは演奏会に度々足を運び、また同じ曲のCDを交響楽団や指揮者、あるいはピアニストを替えて何枚も揃えているだろうから、誰の演奏がベストかわかっているはず。こういう人たちにはとてもかなわないのだが、今回同じようなことをYou Tubeで少し体験し、名の知れたピアニストの演奏でも出来映えには歴然とした差があることがよくわかった。これはYou Tubeの大きな効用。

これまで主だったピアノ協奏曲はだいたい聴いているが、集中的に聴いてやはりこれが一番いいなというのは次の3曲。
★ラフマニノフの‘ピアノ協奏曲2番’
  エフゲニー・キーシン 2000年BBCプロムス
★ショパンの‘ピアノ協奏曲1番’
  スタニスラフ・ブーニン 1986年N響
  エフゲニー・キーシン ズビン・メータ指揮イスラエルフィル
★ベートーベンの‘ピアノ協奏曲5番 皇帝’
  マウリツィオ・ポリーニ 1993年アバド指揮ベルリンフィル

キーシン(1971~)は今年46歳、若い頃から知っているが、別格扱いのポリーニ(1942~)とアルゲリッチ(1941~)を横におくと今はこの人が最高のピアニストではないかと思う。ラフマニノフの2番もショパンの1番もじめて聴いたが腹の底からしびれている。

昔ビデオ録画したN響との共演を何度も聴いたブーニン(1966~)のショパンの1番、これがYou Tubeで楽しめるのは有り難い。ブーニンはこのとき20歳、うっとりしながら聴いている。

元気がでるのがベートーベンの皇帝、これをポリーニ(当時51歳)が弾いてくれるのだからたまらない。もう完璧な演奏。毎日聴いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.09

美術館に乾杯! ドレスデン美 その八

Img_0002     ヴァトーの‘田園の気晴らし’(18世紀)

Img_0001     リオタールの‘ココアを運ぶ娘’(1745年)

Img ベロットの‘エルベ河右岸の砦の下から眺めたドレスデン’(1748年)

Img_0004     ロイスダールの‘城山の前の滝’(1665~70年)

田園を舞台にして男女が楽しむ場面を描いた画家というと、ティツイアーノの‘田園の合奏’やルーベンスの‘愛の園’などもでてくるが、ぴったりあてはまるのは大勢の人物を登場させたフランスのヴァトー(1684~1721)。

ルーヴルを訪問するとヴァトーが生み出したこの‘雅宴画’という新しいジャンルの絵が存分に楽しめる。見どころは女性たちが着ているドレスにみられるシルクの柔らかな光沢感、ドレスデンにある‘田園の気晴らし’にもそれがよくでている。

こういう優雅に遊んでいる貴族の男女の光景は縁遠いという感じがぬぐえないが、視線を動かして時間がゆっくり流れている田園で楽しそうにおしゃべりする姿を眺めるのも悪くはない。おろしろいのは必ず後ろ向きのカップルを描き込むところ。それぞれに愛の表現があるのが微笑ましい。

ジュネーブ出身の画家リオタール(1702~1789)の描いた‘ココアを運ぶ娘’はルノワールの女性画と同じくらいのインパクトをもっている。横向きの白い肌の給仕係があまりに初々しくてきれいなので、パリのカフェやビアホールで働く女性を描いたドガやマネの絵がかすんでしまう。

ドレスデン観光のお土産で買った街の風景の絵葉書と重なってくるのがベロット(1721~1780)の‘エルベ河右岸の砦の下から眺めたドレスデン’、訪問したときのことが思い起こされる風景画はやはり目に力が入る。また行きたくなった。

オランダの風景画家ロイスダール(1628~1682)の‘城山の前の滝’は2005年西洋美でみたもの。ロイスダールの風景はだいたい大きく広がっているが、これは珍しく画面の多くを使って激しい水の流れをアップで描いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.02.08

美術館に乾杯! ドレスデン美 その七

Img_0002_2     プッサンの‘フローラの王国’(1631年)

Img_0003     ロランの‘エジプト逃避途上の風景’(1647年)

Img_2     フリードリヒの‘山上の十字架’(1808年)

Img_0004_2     フリードリヒの‘雪の中の石塚’(1807年)

気になっている画家との距離が一気に近くなるのは回顧展を体験したとき。プッサン(1594~1665)の場合、ルーヴルにある‘アルカディアの羊飼いたち’をみたのがきっかけとなり、1点でも多くの作品をみたいと思うようになった。

そして、その願いが何倍もの作品となって実現したのが2008年アメリカの美術館をまわっているときメトロポリタンで遭遇した‘プッサン展’、世界中の名だたる美術館から集結した傑作の数々を前にテンションが上がりっぱなしだった。

エルミタージュにもウイーン美術史美にもプッサンのいい絵があったが、ドレスデンでは2点みた。‘フローラの王国’はローマの詩人オウィデイウスの‘変身物語’を題材にして描いたもの。中央ではナルシスが壺の水面に映る自分の姿をみてうっとりしている。

プッサンがあるとついでにみたくなるのがクロード・ロラン(1600~1682)。‘エジプト逃避途上の風景’は人物を広々感のある風景のなかにとけこませるところや明るい空にたなびく雲がプッサンの描き方によく似ている。

ツヴィンガー宮殿のなかに飾られているのは古典絵画が中心だが、近代絵画のコレクションは宮殿からあまり遠くない建物で展示されている。普通のツアー旅行ではここは行かないので次回の楽しみとなった。画集にはゴーギャンや、クリムトなど目を惹くものがいくつも載っている。

最も関心を寄せているのはフリードリヒ(1774~1840)の‘山上の十字架’、非常に鑑賞欲をそそる作品である。‘雪の中の石塚’は運のいいことに2005年西洋美で開催されたドレスデン美展でお目にかかった。ドイツの美術館をまわりフリードリヒを追っかけることをアバウトに夢見ているが、はたして実現するだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.07

美術館に乾杯! ドレスデン美 その六

Img_0001     レンブラントの‘サスキアを膝にのせた自画像’(1635年)

Img_0002     レンブラントの‘ガニュメデスの略奪’(1635年)

Img     フェルメールの‘窓辺で手紙を読む女’(1659年)

Img_0003     ホントホルストの‘歯医者’(1622年)

美術館に対する印象はそこでみた絵の感動がいろいろ重なり合ってできあがってくるが、ドレスデン美の場合、レンブラント(1606~1664)の思い出も心に強く残っている。

作品の数は全部で5,6点あったような気がする。そのなかの2点、‘サスキアを膝にのせた自画像’と‘ガニュメデスの略奪’が今でも忘れられない。どちらもレンブラントが絵の制作にあたって感情表現を強く意識していたことを表している作品。

‘サスキア’ではサスキアと結ばれて嬉しくてたまらないことを表現するためにレンブラントは構図をひと工夫している。杯をあげる自分をこちらに向かせて、みているわれわれを誘いこんでいる。‘俺さあー、いとしのサスキアちゃんと結婚しちゃったんだよ。毎日が楽しいし仕事にも熱がぐんとはいるんだ。ねえ、お酒一緒に飲まない’とでも言ってるのだろうか。

過去何度もとりあげてきた‘ガニュメデスの略奪’、可愛い坊やはゼウスが変身した大きな鷲におもらしするほど恐怖を感じて大泣きしている。これほど巧みに人間のリアルな感情をそのまま表現した絵があったろうか。この絵をみてレンブラントと一生つきあっていこうと思った。

ケンスケさんの話だと1974年にもドレスデン美名品展が開かれ、フェルメール(1632~1675)の‘窓辺で手紙を読む女’が出品されたようだ。このころはまだ美術館へ定期的に通う習慣はなかった。時が流れて2003年、この美術館を訪問したときはフェルメールにのめりこんでいた。

なんとここにはフェルメールが2点もあるので、入館するとわくわくしていた。ところが、‘取り持ち女’のほうはプラド?かどこかに貸し出し中、これは想定外。‘困るよなー、こういう美術館は1回しかこれないのだから’とつい愚痴りたくなる。

‘窓辺で手紙を読む女’の印象は女性はなにか感情を押し殺している感じでとても淋しくてせつない場面をみているようだった。時間があれば緻密な細部描写をじっくりみれたのだが、そうもいかずこんなイメージを目に刻み込んで絵の前を離れた。

ホントホルスト(1590~1656)はカラヴァッジョから大きな影響を受けたユトレヒト出身の画家、‘歯医者’は光の描写がラ・トゥールとダブるおもしろい絵だが、当時の歯医者は患者をこれほど乱暴に扱っていたとは!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017.02.06

美術館に乾杯! ドレスデン美 その五

Img_0004     ルーベンスの‘ダビデの手紙をうけとるバテシバ’(1635年)

Img_0001     ベラスケスの‘紳士の肖像’(17世紀)

Img_0003     ムリーリョの‘聖母子’(1670年)

Img          ドルチェの‘聖チェチリア’(1671年)

海外の大きな美術館へ行くとどこでもルーベンス(1577~1640)の作品に出会う。一枚だけということはなく2点以上はある。何点かみたドレスデンで印象深いのは‘ダビデの手紙をうけとるバテシバ’。

昨年芸能界は不倫したタレントや音楽家、噺家が続出し週刊誌やTVのワイドショーでその顛末が事細かく報じられた。絵画の世界にも似たような話がでてくる。ルーベンスが二度目の若妻エレーヌ・フールマンをモデルにして描いたバテシバは結婚している身。夫はダビデの部下。

ダビデは強引な男だから、部下の妻だろうが好きになったらもう一直線。従者の黒人の少年に手紙をもたせてバテシバのもとに届けさせる。‘あのー、ダビデの旦那からの手紙をうけとってください’、バテシバはつきかえしたいところだが、そうもいかない。

ルーベンスがスペインにやって来たとき会ったことのあるベラスケス(1599~1660)、肖像画の名手であるが‘紳士の肖像’もなかなかいい。フェリペ4世を描くときは宮廷画家の本分をわきまえだいぶ脚色して仕上げたが、ほかの人物は素のまま。こういう絵をみるとそのことがよくわかる。とにかく巧い!

ムリーリョ(1618~1682)のやさしい聖母子像はベラスケス同様、ヨーロッパの王侯、貴族から愛された。ドレスデンでこの絵をみたときはプラドにいるような気分になった。本当に心が和む。

海外の美術館でドルチェ(1616~1686)の絵をみることはあまりない。ルーヴル、ロンドンナショナルギャラリーでみた覚えはない。そのため、どの美術館の図録にでていたかは記憶のファイルからすぐ送られてくる。この美術館の図録にもしっかり載っている。

ところが、この音楽の守護聖人チェチリアを描いた絵は当時はみているのにみてない状態だった。関心が必見リストの作品ばかりにいっていたのでみたという実感がない。このつるっとしたきれいな丸顔を見るたびに惜しいことをしたなと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.05

美術館に乾杯! ドレスデン美 その四

Img     ファア・エイクの‘ドレスデンの三連画’(1437年)

Img_0003     デューラーの‘ベルンハルト・フォン・レーデンの肖像’(1521年)

Img_0002    クラーナハの‘ハインリヒ敬虔公夫妻の肖像’(1514年)

Img_0001     ホルバインの‘フランス王の使者の肖像’(1534年)

ルネッサンスのビッグ3というとダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、では北方絵画は誰れ?もちろんファン・エイク(1390~1441)、ボス、そしてブリューゲル。

この6人の作品をずっと追っかけてきたが、コンプリートにだいぶ遅れをとっていたボスの大回顧展と昨年プラドで幸運にも遭遇することができたので今は満ち足りた気分になっている。

2011年、ベルギー・ブリュージュのグルーニング美でファン・エイクの重要ピースの一枚‘ファン・デル・パーレの聖母子’と対面し、その精緻な描写に200%KOされた。この絵のサイズと比べるとうんと小さいが人物の配置や衣装や武具の質感をリアルにとらえる技巧は同じレベルにあるのが‘ドレスデンの三連画’、宝石箱をみるような感じでみつめていた。本当にファン・エイクはスゴイ!

ウィーン美術史美同様、ここにもドイツが生んだ偉大な画家、デューラー(1471~1528)とクラーナハ(1472~1553)のいい肖像画がある。デューラーの男性像は目の前いる感じでこれほど画面いっぱいに描かれていると思わずじっとみてしまう。

一方、クラーナハの描いた夫妻の肖像は豪華な衣装や花冠が目を見張らせる。さらに、この画面から視線をそらさせないのが一緒に描かれている二匹の犬。犬は貞節のシンボル。クラーナハは商売っ気が大いにあった画家なのでこういう演出をして夫妻の愛の絆の深さを強調している。

この二人の巨匠以上に収穫だったのがホルバイン(1497~1543)の描いたフランスの貴族の肖像画。ホルバインが英国にいたとき描いた傑作‘大使たち’(ロンドンナショナルギャラリー)と同時期の作品であり、その内面までつかみとる感情描写にはほとほと感心させられる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.04

美術館に乾杯! ドレスデン美 その三

Img     ティツィアーノの‘貢の銭’(1516年)

Img_0001     ティントレットの‘サタンと戦う大天使ミカエル’(16世紀)

Img_0004     カラッチの‘聖母と聖人たち’(1588年)

Img_0002     グエルチーノの‘聖フランチェスカの法悦’(1623年)

カラヴァッジョは‘イサクの犠牲’という暴力性が過剰にでた作品が描いている。父アブラハムに殺されかかって恐怖のおびえるイサクの表情をみて、ひょっとしてカラヴァッジョはウイーン美術史美にあるティツィアーノ(1490~1576)の‘刺客’をみたのではないかと思った。

ドレスデン美にも‘刺客’と同じようなライブ感覚の人物描写がみられ作品がある、画面いっぱいに描かれたのはキリスト物語の‘貢の銭’の場面。狡猾な祭司に対しキリストはきりっと‘皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい’と言う。

ティントレット(1519~1594)の大作‘サタンと戦う大天使ミカエル’がぐっとくるのは一にも二にもその動きのある大胆な構図。サタンと大天使ミカエルを斜めに対置させ戦いのシーンをドラマチックにみせる。人間や神々を宇宙飛行士のように天空に浮遊させるのはティントレットの専売特許。誰にもまねできない。

カラッチ(1560~1609)がヴェネツィアへ行ったときに描いた‘聖母と聖人たち’もティントレットと同じくらい見ごたえのある大きな絵。カラッチはなかなかみる機会がない画家だが、その才能に開眼させてくれたのはこの絵だったかもしれない。

2年前、西洋美で回顧展が開かれたグエルチーノ(1591~1666)、出品作のなかに‘聖フランチェスカの法悦’があった。この絵はルーヴルにある絵の縮小ヴァージョンだが、グエルチーノはもう2点描いている。そのひとつがドレスデンにある。

当時、グエルチーノの名前は知っていたが強い思い入れはなく、奏楽の天使と聖人の目をひく構図がなんとなく記憶に残っている程度だった。でも、今はカラヴァッジョの半分ぐらいの接近度にはなっている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017.02.03

美術館に乾杯! ドレスデン美 その二

Img_0002     ジョルジョーネの‘眠れるヴィーナス’(1511年)

Img     マンテーニャの‘聖家族’(1485年)

Img_0001     ティツィアーノの‘白い衣装をつけた婦人の肖像’(1555年)

Img_0003       メッシーナの‘聖セバスティアヌス’(1476年)

ドレスデン美でラファエロの‘サン・シストの聖母’とともに最も有名な絵がジョルジョーネ(1476~1510)の‘眠れるヴィーナス’、ヴィーナス像をテーマにした画集には必ずでてくる絵なので唖然としてみてしまう。そして、ある絵を思い浮かべる。これがプラドにあるゴヤの‘裸のマハ’の原点か、と。

ジョルジョーネはこの絵を完成させないうちにペストで亡くなったため弟分のティツィアーノ(1485~1576)が仕上げた。後にティツィアーノもこれに刺激をうけて‘ウルビーノのヴィーナス’を描いたが、好みは断然ジョルジョーネのほう。

マンテーニャ(1431~1506)の‘聖家族’も記憶によく残っている。それはこの聖家族がほかの画家は描くものとずいぶん違っているから。ひとつは聖母子を中心に描かれた5人が画面いっぱいに描かれている点、もうひとつは聖母を除く4人はみな正面をむいていること。これはまさに家族写真。マンテーニャはカメラの登場を予見していたのだろうか。

ヴェネツィア派のなかで作品の数が最も多いのがティツィアーノ、お気に入りは無地の背景に浮かびあがる気品のある若い女性を描いた‘白い衣装をつけた婦人の肖像’、モデルは愛娘ともいわれている。ティツィアーノの原作をよく模写したルーベンスはこの肖像画も描いている。

海外の美術館に行くと杭に縛られて無数の弓矢を浴びた聖セバスティアヌスの絵にお目にかかることがあるが、ここにあるメッシーナ(1450~1479)が描いた聖人像は比較的体に突き刺さっている弓矢の数が少ない。そして、視線をひきつけるのが後ろの風景。縦長の画面に遠近法が使われているためかなり遠くまで建物が広がっている。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2017.02.02

美術館に乾杯! ドレスデン美 その一

Img_0001     ラファエロの‘サン・シストの聖母’(1513年)

Img_0002     ボッティチェリの‘聖ゼノピウスの生涯’(1510年)

Img     コレッジョの‘聖母と聖ゲオルギウス’(1530~32年)

Img_0004     パルミジャニーノの‘ばらの聖母’(1628~1530)

海外の美術館が所蔵する美術品が公開される場合、かつてその美術館を訪問したことがあると懐かしさも手伝ってすぐ鑑賞計画ができあがる。2005年、西洋美で開催された‘ドレスデン国立美 世界の鏡’ではフェルメールの‘窓辺で手紙を読む若い女’にまた会えると思うと気がはやった。

2003年中欧を旅行したときはウイーン美術史美のほかにドレスデンのツヴィンガー宮殿で歴代のザクセン候が蒐集したすばらしい絵画コレクションをみることができた。鑑賞時間は2時間しかとれなかったが、必見リストをみながら興奮状態で館内をみてまわった。

リストのなかで特◎の絵はラファエロ(1483~1520)の‘サン・シストの聖母’、ウイーン美術史美にある‘草原の聖母’同様、この絵の前に立てたことは生涯の喜び。縦2.65m、横1.96mの見ごたえのある祭壇画でまずは聖母とのご対面となるが、その時間は意外に短く目は自然に下のほうにいる天使2人にむかう。ひとりは頬杖をつきもうひとりは顔の前に両手をおき、上目づかいで聖母のほうをみている。この姿がなんとも可愛い。

ボッティチェリ(1444~1510)の‘聖ゼノピウスの生涯’は元はひとつだった板絵が現在は3つの美術館に分散して飾られている。ドレスデン美にあるのは中央に死んだ子供をよみがえらせる聖人などの場面が描かれている4番目のパネル。1、2番目はロンドンナショナルギャラリー、そして3番目はメトロポリタンにある。

ここにあるコレッジョ(1489~1534)は‘聖母と聖ゲオルギウス’と‘聖夜’、ともに大作で息を呑むほどいい絵だった。ウフィッツイやロンドンナショナルギャラリーでも心を打つ名画をみたが、ここのコレッジョが最も印象に残っている。

コレッジョに影響を受けたパルミジャニーノ(1503~1540)の‘ばらの聖母’も忘れられない一枚、じつはこの絵はちょうどウイーン美術史美で開催されていた大規模な‘パルミジャニーノ展’でお目にかかった。聖母の手や幼子キリストの体が異様に長いのはマニエリスム調であるが、それに違和感をあまり感じさせないところがパルミジャニーノの魅力。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »