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2016.10.11

近代日本美術の煌き! 1994年(平成6)

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Img_0003     上村淳之の‘水辺の四季’

Img_0001     奥田小由女の‘海への誘い’(奥田元宋・小由女美)

Img     村上隆の‘DOB君’

TVの美術番組によく出演する画家の場合、その作品とともに絵の制作過程もあわせて紹介される。花鳥画を得意とする上村淳之(1933~)は自宅に数多くの鳥を飼育している。263種類1600羽あまりいるという。だから、淳之は絵描きであると同時に民間動物園の園長さん。

描きたいモチーフを作品にしようと思うと観察する力が作品の出来に大きくかかわってくる。リンゴや花瓶のようにじっと静かに存在しているものより馬や鳥のように動くもののほうがその形や姿をとらえるのにはかなりのエネルギーがいる。若冲は長い時間庭にいる鶏をながめていたというが、淳之も毎日多く鳥たちをとことん観察している。

そうした日々のルーティンがベースになって淳之の描く鳥たちに命が吹き込まれる。六曲一双の屏風絵‘水辺の四季’はすばらしい花鳥画で奈良県文化会館小ホールの緞帳になっている。四季を定点に飛来する鳥たちで表現している。

広島市に9年住んでいたので松江に出張するときは三次市(みよし)をよく通った。日本画家の奥田元宋(1911~2003)はここの出身、そして人形作家である奥さんの小由女さん(1936~)も三次に人、元宋が亡くなって3年後の2006年、二人の故郷に奥田元宋・小由女美が開館した。

小由女の人形をみたのは2005年に日本橋高島屋であった奥田元宋展でのこと。12点出品されたが、アートとしての人形をみる機会はほとんどないのでどれの新鮮だった。そのなかで足が止まったのが人魚をイメージさせる‘海の誘い’、こんなモチーフを人形にする作家がいたのか、という感じ。

村上隆(1962~)は今や草間彌生とともに日本が世界に誇る現代美術家、その活動の出発点がDOB君というキャラクター、どうみてもミッキーマウスを連想するがそれは村上隆の戦略だからあれこれいう必要はない。

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