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2016.10.31

訪日外国人旅行者 2000万人突破!

Img     川越で着物姿を楽しむ外国人旅行者

国土交通省の発表によると今年の訪日外国人旅行者が2000万人を突破した。あと2ヶ月あるので年間とみると2400万人くらいになるという。2013年に1000万人に達してわずか3年で倍になった。国別では中国と韓国、そして台湾の増加が顕著で全体の半分をこえる。

中国人の多さを実感するのはやはり銀座、今月の12日に美術館巡りをしたとき銀座の画廊で開かれた王子江さんの個展にも寄ったが、そのあと三越に入った。久しぶりなので勝手がのみこめず地下へ行くと化粧品売り場に中国人観光客がかなりいた。対応する店員も中国語でしゃべっている。おもしろいのは男性陣。女性は目を輝かせて商品のチェックに余念がないのに旦那は紙袋をいっぱい横に置いて長椅子に座っている。

銀座に行くたびに思うのはこの街が世界に誇れるショッピングゾーンだということ。衣服やバッグなどの有名なブランドはほとんど進出し、メイン通りにずらっと店を構えているので効率的な買い物ができる。つい先日、松坂屋銀座店の跡地に建設中の複合商業ビルは‘ギンザシックス’という名称で来年1月にオープンすることがアナウンスされた。9月に元日産ギャラリーがあったところが‘銀座プレイス’に生まれ変わり、その横に‘ギンザシックス’が加わる。銀座の魅力はますます高まり、アジアからの観光客をまたどっと呼び込む空間になっていきそう。

銀座のような華やかな街で多くの外国人をみかける一方で、例えば埼玉の‘小江戸’、川越のようなところにも旅行者は押し寄せているようだ。ここでは着物を着て日本文化を体験するサービスが人気だそうだ。これと同じようなのが三重で男性客に受けている忍者体験。地方の街では今自慢の観光資源をあの手この手で外国人にアピールしている。彼らはネットでこうした情報を得ているので市町村側が知恵を絞って情報を発信すると予想を超える反響があるかもしれないし、実際に観光客を増やしているところも多い。

毎年400万人平均で増加すると2020年には目標の4000万人に到達する。日本が観光先進国になるとはちょっと前には思ってもみなかったが、ここ数年で日本観光の状況は大きく変わった。これからは外国人観光客が日本のいたるところにいるという光景が当たり前になっていく感じ。

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2016.10.30

近代日本美術の煌き! 2004年(平成16)

Img_0002    十五代楽吉左衛門の‘焼貫黒楽茶碗’

Img_0001     徳田八十吉の‘深厚耀彩十八稜壺’(小松市博)

Img     中島宏の‘青瓷彫文壺’

今年も残り2ヶ月、出かける展覧会がまだいくつか残っているが、展覧会ファイルには来年開催される企画展のチラシや入手した情報のメモ書きがだいぶはさまってきた。そのなかに楽しみなやきもの展が二つある。
東近美の‘楽歴代展’(3/14~5/21)と東博の‘茶の湯展’(4/11~6/4)。

楽茶碗を多く集めたものは10年前、三井記念美で行われた。東近美はそれよりは規模が大きいものをみせてくれると予想しているが、とくに期待しているのは十五代楽吉左衛門(1949~)の作品、最新作も楽しみだが光悦を感じさせる半筒形の名碗‘焼貫黒楽茶碗’などもでてくると目に気合が入る。

徳田八十吉(1933~2009)は松井康成(1927~2003)と同じく76歳でこの世を去った。陶芸家は日本画家のように長く制作活動をしているというイメージがあるから、70代で終わりというのは本当に残念、2011年横浜そごうで行われた回顧展に出品された‘深厚耀彩十八稜壺’は真にため息がでるほど美しい壺。こんな作品をまだまだつくって欲しかった。

2007年に青磁の人間国宝に指定された中島宏(1941~)、2005年渋谷の松濤美で開かれた回顧展は青磁に魅了がぎゅっとつまった一級のやきもの展だった。器の表面にできた凹凸の模様と無数にある細かな貫入に釘付けになった‘青瓷彫文壺’、特別のやきもの青磁のユニークな造形に200%魅了された。

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2016.10.29

近代日本美術の煌き! 2003年(平成15)

Img_0001     徳田八十吉の‘耀彩壺 恒河’(小松市博)

Img_0003     池口史子の‘ワイン色のセーター’

Img     村上豊の‘若菜つむ’

芸術の世界ではどの分野でも革新的な作品で見る者をあっと言わせる作家がいる。徳田八十吉(1933~2009)もそんな陶芸家。‘耀彩壺 恒河’はまったく夜空に輝く星のイメージ。アート感覚にあふれる色彩のグラデーションでつつまれた球体は壺というより恒星そのもの。

これとお目にかかったときはまだ宇宙は遠い存在で関心も薄かったが、今は毎週BSプレミアムの‘コズミックフロント NEXT’をのめりこんでみているのでこの‘恒河’という名前もびしびし響く。ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた星々の美しい画像と重ね合わせてみている。

洋画家、池口史子(いけぐちちかこ 1943~)は作家堺屋太一の奥さん、そのことは‘ワイン色のセーター’に遭遇したときに知った。この絵は日本の画家が描いたものとは思えないような作品、モデルの女性が外国人だから余計にそう感じるが誰かの絵によく似ている。そう、あのホッパー、2008年シカゴ美でホッパー展をみてそれを確信した。

目白にある講談社野間記念館は7,8年前まではよく通っていた。とくにいい思い出になっているのが村上豊(1936~)の絵画、首を横に傾けて可愛いポーズをとっている娘さんと小さな女の子を描いた‘若菜つむ’をみていると自然に口元が緩む。

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2016.10.28

近代日本美術の煌き! 2002年(平成14)

Img_0001     福王寺法林の‘ヒマラヤの朝’

Img_0002     十五代楽吉左衛門の‘焼貫黒楽茶碗’

Img     田嶋悦子の‘Cornucopia 02-Ⅵ’

世の中には日本国内や海外にある名山を踏破することを趣味にしている人が多くいる。スイスのジュネーブに若い頃住んでいたこときそれほど嶮しくないアルプスの麓をグループを組んで歩いたことがあるが、かなりしんどかった。それ以来山登りは一度もしたことがない。

現在シニアの登山愛好家はかなりの数にのぼるという。今は登山に一番いい季節かもしれない。シニア世代も週末になると日本各地で名山へ果敢にアタックしているにちがいない。あのきつい山登りをこなす体力のある人は本当に羨ましい。

‘ヒマラヤの画家’といわれた福王寺法林(1920~2012)は1974年以来30年近くヒマラヤで過酷な取材をし神の山を描いてきた。芸術家のもつ強靭な肉体と表現意欲の強さのお陰でわれわれは‘ヒマラヤの朝’を共有することができる。あたかも実際にこの絶景をみているように。

十五代楽吉左衛門(1949~)の楽茶碗に大変魅了されている。吉左衛門さんの作品はとにかく腹の底からしびれるほどカッコいい。歌舞伎の世界の市川團十郎的な存在なので、次はどんな作品がでてくるかつい期待してしまう。茶碗の形は丸いものと光悦流の腰から直線状に立ち上がるものがあるが、‘焼貫黒楽茶碗’は手の中にすっと入るような丸みのある茶碗。即興性を感じさせる釉薬の模様が心を打つ。

陶とガラスの大胆な組み合わせが目を惹く田嶋悦子(1959~)のオブジェ、、はじめてお目にかかったとき緑のガラスのパーツがお菓子のゼリービーンズにみえた。モチーフは明らかに植物、これを土とガラスで表現するという発想がおもしろい。

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2016.10.27

幸食堂のエビフライ定食!

Img      特大のエビフライ定食

Img_0001   JR佐倉駅(北口)の近くにある人気店 ‘幸食堂’

久しぶりに訪問した川村記念美、今回の遠征では藤田嗣治展をみるだけでなくもうひとつ楽しみがあった。それはJR佐倉駅の近くにある人気店‘幸(サチ)食堂’で美味しいエビフライを食べること。

ちょうどいい時間帯に佐倉駅に到着したので美術館行きのバスの出発時間を確認して反対側の北口からお店に向かった。道順としては駅前の道をまっすぐ進み最初の交差点を右に曲がるとほんの5分ほどで着く。前回入ったときから7年位経っているので場所があやふやだったが、記憶はまだ狂ってなかった。店の外観はぱっとしないが、こういう店が美味しいものを食べさせてくれるのはよくあること。昼の営業は11:30~14:00。

お目当てのエビフライ定食をいただくのは3度目。相変わらず大きなエビフライが2つ。そしてご飯もポテトサラダもレタス、キャベツもボリュームがある。お値段は2000円。こんなお値打ちの定食にはなかなかありつけないから、食べたあとは幸せな気持ちになる。

人気店のためお客はひっきりなしにやって来る。また、芸能人やスポーツ選手も来ているようで店内には写真やサインがたくさん飾ってある。席はカウンターと座敷があるので一人でないときは座敷でゆったり食べられる。メニューをみるとジャンボサイズのエビフライというのがあった。値段は3500円。次はこれに挑戦してみようかなとも思っている。

今年は栗饅頭とここのエビフライにありつけた。食欲の秋を満喫している。

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2016.10.26

川村記念美の‘レオナール・フジタとモデルたち’!

Img_0001     ‘眠れる女’(1931年 平野政吉美)

Img     ‘カルチェ・ラタンのビストロ’(1958年 カルナヴァレ博)

Img_0003     ‘ジャン・ロスタンの肖像’(1955年 カルナヴァレ博)

Img_0002     ‘自画像’(1936年 平野政吉美)

藤田嗣治の絵をみるため久しぶりに佐倉の川村記念美を訪問した。今、ここで‘レオナール・フジタとモデルたち’(9/17~1/15)が開催されている。4、5年ぶりに出かけたのでJR佐倉駅に着いて美術館行きのバスの停留所にむかうとき何分にでるのか忘れていた。1時間に1本で30分に出発する。駅から美術館までは20分かかる。途中、景色がだんだんよみがえってきた。

今年は藤田嗣治(1886~1968)の生誕130年にあたるため、これを記念して川村記念美と府中市美で回顧展が行われる。府中は‘藤田嗣治展 東と西を結ぶ絵画’というタイトルで会期は10/18~12/18。日本にある作品とフランスの美術館のものがどういう具合に配分されているのか興味深いところだが、さて2回の出動でどれだけプラスαに遭遇するだろうか。

ひそかに期待していた豊田市美蔵の女性画は残念ながら出品されていなかったが、収穫はそこそこあったので足を運んだ甲斐はあった。そのなかで思わず惹きつけられたのが風俗画の‘カルチェ・ラタンのビストロ’、藤田のこういう画風の作品が一番のお気に入り。人物の生き生きとした表情と木製の椅子やテーブルのリアルな質感描写をみると藤田は本当に絵が上手いなと思う。同じカルナヴァレ博のコレクションの‘ジャン・ロスタンの肖像’は以前あった回顧展にでていたが、目の前に本人がいるような錯覚を覚える。

秋田市にある平野政吉美に来年あたり行く計画をアバウトもっているが、今回ここから藤田の乳白色が存分に味わえる‘眠れる女’や‘自画像’など6点くらいやって来ている。だから、大作壁画‘秋田の行事’を除けば出かける必要はないかなという気もする。とはいっても‘秋田の行事’をみないと藤田は済にならないので新幹線に乗ることになりそうだが。

府中ではどんな新規作品が待ってくれているだろうか。川村記念美の半券をもっていくと割引料金になるらしいので忘れないようにしたい。

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2016.10.25

近代日本美術の煌き! 2001年(平成13)

Img_0002     中島潔の‘大漁’(部分)

Img    原田泰治の‘山ふところの村’

Img_0001     十三代今泉今右衛門の‘色絵吹重ね珠樹草花文鉢’

金子みすゞ(1903~1930)の詩を絵にした中島潔(1943~)、最近はどんな作品を描いているのだろうかと思うけれど2002年以降回顧展にとんと縁がないので作品の思い出づくりが止まっている。日本橋三越がまた作品を集めてくれたらぐっと楽しくなるのだが。

‘大漁’はみすゞの詩の世界がストレートに伝わってくるすばらしい絵。数えきれないほどいる鰯の群れのなかにちょっと悲しそうな表情をした女の子が立っている。漁師にとっては鰯の大漁は顔がほころぶほどう嬉しいことだが、女の子は魚の死を悲しんで弔っている。みすゞははっとする詩を書いた。

 大漁

 朝焼小焼だ 
 大漁だ
 大羽鰯の
 大漁だ。

 濱は祭りの
 ようだけど
 海のなかでは
 何萬の
 鰯のとむらい
 するだろう。

原田泰治(1940~)の農村を舞台にした童画をみていると川合玉堂の絵がダブってくる。‘山ふところの村’で使われている俯瞰の視点は勾配のきつい畑を印象づけるにはもってこいの描き方。こういう俯瞰の図は玉堂もよく描いた。画家にとって色彩感覚と構図のアイデアは天性のもの、原田の脳のはたらきはかなり柔軟。

十三代今泉今右衛門(1926~2001)の‘色絵吹重ね珠樹草花文鉢’は亡くなった年の作品。草花模様の配置が非常に緻密で重厚さをだした絵付けは芸術心にあふれる十三代ならではの作品、こんな名品をまだまだつくれたはずなのにすっとこの世から去っていった。

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2016.10.24

近代日本美術の煌き! 2000年(平成12)

Img_0003     前田昭博の‘白瓷面取壺’(文化庁)

Img_0001_2     室瀬和美の‘蒔絵螺鈿八稜箱 彩光’(文化庁)

Img_2     中島潔の‘お花だったら’

やきものの魅力は形の美しさに強く感じているが、壺でほれぼれするような形に出くわすことがある。前田昭博(1954~)の白磁の壺もそのひとつ。その完璧な形に感激するのは丸い壺だけでなく、この‘白瓷面取壺’のように微妙に抑揚をつけて面取りされたものにも心が動かされる。

TVでやきものの制作過程をみることがある。そのときやっていて気持ちがよさそうだなと思うのは乾燥した素地をカンナで削っていくところ。前田は白磁の人間国宝、無造作に削っているようにみえるがきれいに面取りされたいい形に仕上がる。絶品の白磁に乾杯!

今、蒔絵の第一人者は室瀬和美(1950~)、美術番組によく登場してくるので日本の伝統工芸を代表する蒔絵がどのようにつくられていくのかおおよそ頭のなかに入った。その装飾表現はじつに繊細で完成までには熟練の技が駆使され長い時間をかけて現代に生きる人々の感性にあった蒔絵の美が生み出されていく。そうした工程を知ると‘蒔絵螺鈿八稜箱 彩光’がお宝みたいな作品にみえてくる。

中島潔(1943~)の童画をはじめてみたのは2002年のこと。夭折の童謡詩人、金子みすゞの詩をテーマにした作品を展示した回顧展が日本橋三越で行なわれた。‘お花だったら’はお気に入りの一枚。明るい赤、緑、黄色、紫で彩られた花園に横たわる女の子。みすゞの詩と絵画が豊かに響き合っている。

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2016.10.23

近代日本美術の煌き! 1999年(平成11)

Img_0002     島岡達三の‘塩釉象嵌縄文皿’(茨城県陶芸美)

Img_0001     松井康成の‘練上玻璃光大壺’(東近美)

Img     上村淳之の‘小千鳥’

このところ日本民藝館から足が遠のいているが、以前はよく通った。ここで一番の楽しみは河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチのやきもの。そのなかにまじって濱田に師事した島岡達三(1919~2007)の作品もある。

直径が60センチくらいの大皿‘塩釉象嵌縄文皿’は代表作のひとつ、紐を回転させてつくりだした縄文模様のリズム感が目に心地がいい。そして、その渦巻き模様をひきたてているのが中心に広がる鮮やかな青の釉薬。この作品は茨城県陶芸美のコレクション、またみてみたい。

茨城の笠間市出身の松井康成(1927~2003)が亡くなったのは76歳のとき、突然この世から去ったという感じでちょっとショックを受けた。色の異なる土を組み合わせて作り出す練上というのは難しい技法、才能豊かな松井はそういう困難なことに挑戦して皆をあっと言わせる。ピンクの花びらが華やいだ雰囲気をj醸し出している‘練上玻璃光大壺’の前では思わず‘うわー’と声がでた。

11月3日に発表される今年の文化勲章受章者に上村淳之(1933~)は入ってなさそう。残念!淳之の花鳥画は飛翔する鳥がよく描かれるが水面すれすれを飛ぶことが多い。空高く飛ぶ鳥と比べて、鳥が低空を飛んでいるとそろそろ着地のころかなと想像してしまう。画面に時間を感じさせる表現は鳥の姿だけでなく川や湖にもイメージがふくらみ目の前の光景がぐっと広がってくる。

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2016.10.22

近代日本美術の煌き! 1998年(平成10)

Img     三輪壽雪の‘鬼萩 作品’(岐阜県現代陶芸美)

Img_0001     山田常山の‘梨皮紫泥茶注’(東博)

Img_0002        奥田小由女の‘蝶’(奥田元宋・小由女美)

萩焼の人間国宝、三輪壽雪(十一代休雪 1910~2012)の鬼萩はじつにユニークな茶碗、この厚ぼったい白をみてすぐ連想するのは小さい頃駄菓子屋でよく買った砂糖が盛り上がるほどついたビスケット。また、せんべいにもこの白のようにしょうが入りの砂糖がたっぷりついたものがあった。こうした菓子はわかる人にはわかる。

土に粗砂をまぜて焼く鬼萩は壽雪が兄の十代休雪と一緒に開発したもの、足で土を踏むと粗い砂があるため皮膚が破れて血がでてくることがよくあるという。そういう作業をへて生み出されて茶碗には土のもつ力強さが白の優しさでくるまれているようにみえる。

名古屋にいるとき知多半島の常滑(とこなめ)に足をのばしたかったが、仕事が忙しくで実現しなかった。山田常山(三代、1924~2005)は常滑焼の急須作りの名人。小さいながら存在感のある急須、常山のこの急須は把手のかわりに環耳をふたつつけた現代的なものに仕上がっている。こういう急須でお茶を飲むとゆったりした気分になる。

奥田元宋の奥さん、小由女(1936~)の人形に強い関心をもっている。女性と蝶の組み合わせはとても絵になる。上村松園の作品に良い香りを放って蝶を誘う楚蓮香という美人を描いたものがあるが、そのひらひら舞う蝶が頭をよぎった。

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2016.10.21

近代日本美術の煌き! 1997年(平成9)

Img_0002     絹谷幸二の‘スピードスケート’

Img_0003     片岡球子の‘面構 雪舟’

Img     村田陶菀の‘金彩虎壺’

今年73歳になる洋画家の絹谷幸二(1943~)、過去2度ほど回顧展に縁があった。NHKの美術番組でよくお目にかかっているのでつい気安くなり、2回とも会場で話をした。若いころイタリアにいたときの顔をみるとなかなかのイケメン、それから体重が随分アップし顔つきはだいぶ違っているが愛嬌のあるしゃべり方は昔から変わらないのだろう。

絹谷が制作した冬季五輪長野大会のポスターは好きになれなかった人もいたが、芸術家の表現は時代のずっと先をいくこと多いからいろんな反応がおこるのはやむを得ない。何枚かあるなかで心をとらえたのは種目のイメージはよくでている‘スピードスケート’、カーブをまわるとき体をぐっと内側に傾けて走る姿はじつにダイナミックで美しい、吹き出しに書かれた‘♪ファイト’は選手は口にしてないと思うが、ほかの作品でも使われている吹き出しのアイデアはおもしろい。

片岡球子(1905~2008)の‘面構シリーズ’、その多くが北斎などの浮世絵師で占められているが、最後のころに雪舟がでてくる。全部で4点。1997年に描かれた雪舟は画聖にはほど遠い表情になっている。まさに田舎のお爺さんという感じ。‘絵なんか描いているよりはお酒をちびちび呑んでいるいるほうが好きなほうでね’と言われてるような気がしてならない。

やきもののなかにはときどきドキッとするものにでくわす。多くは現代彫刻とどこが違うの、という感じがするやきものオブジェ、京焼の村田陶菀(1905~2002)の‘金彩虎壺’はそれとは別のサプライズがわきあがるユニークな作品。器の表面に虎の姿がそのまま彫り出されている。壺から虎が飛び出てくるような錯覚を覚える。

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2016.10.20

近代日本美術の煌き! 1996年(平成8)

Img    加藤卓男の‘三彩花器 爽容’(東博)

Img_0001     十三代今泉今右衛門の‘色絵吹重ね草花文鉢’(東博)

Img_0002     井上萬二の‘白磁花形花器’(東近美)

色の好みは人それぞれだが、Myカラーは緑&黄色。緑つながりは絵画ではなんといってもエル・グレコ、そしてやきものなら唐三彩とか奈良三彩、そして古九谷に及ぶ。

加藤卓男(1917~2005)はNHKのやきもの番組を熱心にみていたころよく登場した。‘三彩花器 爽容’は代表作のひとつで見度な技で日本の三彩を現代によみがえらせた。やわらかい緑がつくる模様は奈良三彩のもっているおおらかさを今に伝えるとともに現代を生きる人々の爽快な気分をも表現している。

絵でもやきものでも大きなものは特別な感動を覚える。これまで何度も楽しませてもらった濱田庄司の掛け流しの大鉢同様、十三代今泉今右衛門のこの草花文の鉢も強いインパクトをもっている。吹墨と薄墨の技法によって草花の模様が渦をまくように描かれている。十三代今右衛門の作品から受ける印象は東山魁夷の絵と似ている。とにかく特別なやきものをみたという感じでいつも心を打たれる。

白磁というと有田の井上萬二(1929~)と鳥取の前田昭博(1954~)の右にでる者はいない。ともに人間国宝に指定されている。萬二のつくる白磁の壺の形は完璧というイメージが強いが、この花形をあしらった花器も神業に近いフォルムを生み出している。

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2016.10.19

待望の‘志村ふくみ展’!

Img_0003     ‘澤’(1967年)

Img_0004     ‘若紫’(2007年)

Img_0002     ‘熨斗目(生絹)’(1981年)

Img_0001     ‘紅襲(桜かさね)’(1976年)

昨年、文化勲章を受章した紬織の人間国宝、志村ふくみ(1924~)の回顧展(9/10~11/6)で世田谷美でみてきた。これまで志村ふくみの着物をたくさんみているわけではないが、TVの美術番組で紹介されたものや人間国宝展に出品されたものをみて、草木染めの色の魅力にとりつかれてきた。

今回、優しくて品のある色合いや微妙なグラデーションが目を惹く着物が会期中全部で80点くらいでている。自然に生えている植物からとれる染料からこんなにバリエーション豊かな色を生まれてくるのだから、もっと草木に心を通わせないといけないと思う。

館内には着物姿の女性たちが多くいた。着物がとけ込んでいるような京都のような歴史のある街とはちがって、普通の都市では茶会とか結婚式といった特別の日にしかこういう光景はみない。だから、美術館で着物を着た人に出くわしたのは‘ハレ’の日だったのかもしれない。

足がとまったのは緑のグラデーションが心に沁みる‘澤’、自然と何度も何度も対話を重ね、志村は微妙に変化する色を自然のままに重ね合わしている。‘源氏物語’シリーズの‘若紫’にも魅了される。少し前、デトロイト美展でみキルヒナーの紫とは対照的にこの紫はまさに日本の紫。

青や赤でも日本の色彩はヴァリエーションの幅がとても広い。‘熨斗目’は白との親和性がすごくいい薄い青にみとれていた。そして、‘紅襲’は控えめな色だがじわーっと心がつつまれる感じ。こんな着物を着た女性が現われるとメロメロになりそう。

満足度200%の展覧会だった。ミューズに感謝!

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2016.10.18

ご機嫌な‘デトロイト美展’! ドイツ絵画

Img     キルヒナーの‘月下の冬景色’(1919年)

Img_0001     ココシュカの‘エルベ川、ドレスデン近郊’(1921年)

Img_0002     ノルデの‘ヒマワリ’(1932年)

Img_0003     ベックマンの‘オリーブ色と茶色の自画像’(1945年)

日本ではなかなかお目にかかれないドイツ人画家の作品、6月マドリードで美術館巡りをしたときプラドのすぐ近くにあるティッセン・ボルネミッサ美でキルヒナーやベックマンたちの表現主義の作品を数多くみた。そのパート2がデトロイト美展で楽しめるとは思ってもみなかった。

チラシで大きく取り扱われているマティスやピカソに心が動かなかったのに、まったく想定外だったドイツ絵画はその強烈な色合いと鋭利的なフォルムに圧倒されっぱなしだった。この画面がぐっと迫って来る感じは2年前、国立新美で開催さた‘チューリヒ美展’でも味わった。こうやって少しずつドイツの画家の作品が蓄積されていくのは嬉しい限り。

キルヒナー(1880~1938)の描く山々はいつも空に向かって鋭い槍の先が突きでているような感じ。そして色は薄紫とピンクがかった薄い赤がよく使われる。精神的に参っていたキルヒナーはどうしてもこういう色で気を紛らわしたかったのかもしれない。

今回の収穫のひとつがココシュカ(1886~1980)のドレスデン近郊を描いたもの。川岸の目の覚める赤の線と家々の上に横たわる緑の雲の対比がとても刺激的。ココシュカ作品でこれほど色彩の力に度肝を抜かれたのははじめて。

ノルデ(1867~1956)の‘ヒマワリ’も強い磁力を放っている。花のもっている優しさはどこかへいき生命力の強さだけが黄色と緑によって印象づけられる。ノルデの回顧展を一回くらいみたいと長年思っているが、この絵をみてその気持ちがいっそうふくらんでいく。

ベックマン(1884~1950)はアメリカの美術館に出かけるとほかの画家にくらべるとよく遭遇する。例えば、ワシントンのナショナルギャラリーやNYのMoMAにいい作品がある。デトロイト美からは2点きている。蝋燭が倒れた変な静物画と自画像。緊張感を強いられる自画像としばらく向きあった。

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2016.10.17

ご機嫌な‘デトロイト美展’! ゴーギャン、セザンヌ

Img     ゴーギャンの‘自画像’(1893年)

Img_0001     セザンヌの‘画家の夫人’(1886年)

Img_0002     スーティンの‘赤いグラジオラス’(1919年)

Img_0004     ルドンの‘心に浮かぶ蝶’(1912年)

美術館が展覧会のために用意するチラシはどの絵がよさそうかを事前に知る大事なツールだから、ここに載っているものに鑑賞のエネルギーの多くが注がれる。ゴッホ、ルノワールとともに気になっていたのがゴーギャン(1848~1903)の自画像。

ゴーギャンの目力も相当強い。コペンハーゲンに住んでいたころに描かれた自画像とくらべるとえらい変わりよう。この相手を見下すような顔つきは自作に対する自信の表れか。同じ時期にゴーギャンはこれと同じポーズでもう一点絵描いており、現在アメリカのコレクターのところにおさまっている。運よく2010年の回顧展(テートモダン)でお目にかかった。

セザンヌ(1893~1906)は4点、美術本によく載っているのは‘画家の夫人’、セザンヌの肖像画とかトランプ遊びの絵には惹かれるものが多い、この夫人にも思わず足が止まった。ほかの3点はセザンヌの作品としてはアベレージ、あまりぐっとこない。

まったく想定外だったのがスーティン(1893~1943)の‘赤いグラジオラス’、スーティンというと血を連想するような赤がすぐ思い浮かぶが、この花の絵も血で塗られたような感じ、パリのオランジュリー美でもグラジオラスをみたが、まるで花の内面が外に発散しているよう。

ルドン(1840~1916)の‘心に浮かぶ蝶’は以前からデトロイト美蔵としてわずかに知っている作品のひとつ。だから、出品されることを密かに期待していた。画集とイメージが違っていたのは色彩の強さ、蝶の羽は鮮やかな色彩ではなく背景はくすんだような赤茶色。でも、そのぶん幻のなかを蝶たちが飛びかっているようにみえた。

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2016.10.16

ご機嫌な‘デトロイト美展’! ゴッホとルノワール

Img_0003     ゴッホの‘自画像’(1887年)

Img_0001   ゴッホの‘オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて’(1890年)

Img     ルノワールの‘白い服の道化師’(1902年)

Img_0002     ルノワールの‘座る浴女’(1904年)

今月の7日からはじまった‘デトロイト美展’(上野の森美 1/21まで)もこの秋関心の高かった展覧会。だから、今、上野は印象派やホスト印象派を楽しみたい人にとってはホットな場所になっている。

デトロイト美術館の名前は古典絵画や印象派などの美術本にもでてくるから、そのコレクションの質の高さはアバウト知っていた。古典絵画でいつかこの目で思っているのが2点ある。ブリューゲルとカラヴァッジェスキの女流画家ジェンティレスキ、残念だが今回はお目にかかれない。

多くの美術ファンの目を釘付けにするのは印象派とゴッホ、ゴーギャン、普段はみることの少ないドイツ絵画、そしてピカソやマティなど。全部で52点。入ってすぐに‘おおー’と思わず声がでる絵が出迎えてくれる。ルノワール(1941~1919)の‘白い服の道化師’と‘座る浴女’。

白の服の輝きが目をとらえて離さない道化師、モデルをつとめるのはルノワールの子どもジャン。図録でみるより本物は数倍いい。このつかみは最高だった。そして、その横にある浴女も心をときめかせる。同じようなポーズで描かれた別ヴァージョンをフィラデルフィア美でみたが、デトロイト美にもあったとは。美術本にはもう2点載っている。今年は4月に国立新美でルノワール展があり、またいい絵をみることができた。まさにルノワールイヤー。

東京都美で‘ゴッホとゴーギャン展’をみてこちらにはしごしたから、チラシに大きく載っているゴッホ(1853~1890)の‘自画像’にも吸い寄せられていく。意外にも縦36cm、横27cmの小さな肖像画、でも麦わら帽の黄色の明るさとゴッホのその強い目力によって大きな作品にみえる。TASCHENのゴッホ本の表紙にこの絵が使われている訳が即わかった。

ゴッホはもう1点いいのがでている。絵の具の厚塗りの跡がよくみえる‘オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて’、手元にある分厚いゴッホの画集に載っているでデトロイト美のコレクションにお目にかかれて幸せな気持ちになった。ミューズに感謝!

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2016.10.15

期待値を上回る‘ゴッホとゴーギャン展’! ゴッホ

Img     ‘収穫’(1888年 ゴッホ美)

Img_0002  ‘ジョぜフ・ルーランの肖像’(1889年 クレラー=ミュラー美)

Img_0003     ‘アルジェリア兵士’(1888年 ゴッホ美)

Img_0001     ‘タマネギの皿のある静物’(1889年 クレラー=ミュラー美)

ゴッホ(1853~1890)は一生付き合っていく画家ときめているので、日本で開催された展覧会は欠かさず足を運んでいる。ここ10年くらいのスパンでみると回顧展は3回あった。2005年(東近美)、2010年(国立新美)、そして2013年(京都市美)、出品作の大部分はいずれもアムステルダムにあるゴッホ美とオッテルローのクレラー=ミュラー美が所蔵するもの。

3年ぶりとなる今回のゴッホ展もふたつの美術館からやって来たものを中心に構成されている。はじめて公開されるものも多く、ゴッホが好きな人にはご機嫌なラインナップであることはまちがいない。ゴッホ人気の高さを裏付けるように大勢の人が熱いまなざしを注いでいた。

アルル時代に描かれた‘収穫’はお気に入りの作品、農民画というとゴッホが敬愛したミレーの作品が思い浮かぶが、それとともにブリューゲルや晩年のルーベンスが描いた心温まる農村の風景も頭をよぎる。この絵が日本で公開されたのは大ヒット。

人物画では‘ジョゼフ・ルーランの肖像’、‘アルジェリア兵’、‘ミリエの肖像’の前に長くいた。このなかで初お目見えは‘アルジェリア兵’、こういう絵をみるとゴッホは肖像画が本当に上手いなと思う。画面の明るさが際立っているのが‘タマネギの皿のある静物’、まさにイエローパワーが炸裂している。

みおわってふと思ったのはゴッホ美、クレラー=ミュラー美にあるいい絵はほとんど日本に来たのではないかと、残っているのはクレラー=ミュラーのお宝No.1の‘アルルのはね橋’くらいのもの。日本にはゴッホが好きな人が大勢いるからゴッホ展が定期的に開催され画集に載っている傑作が姿を現してくれる。こんな国はほかにない。

だから、仕事が忙しくて休みがとれずゴッホの聖地となっているオランダの美術館に出かけられないゴッホファンでも、日本にいて回顧展に足しげく通うと名画の数々が目のなかに入る。絵画鑑賞は長期戦といいきかせ、粘り強く待っているとミューズが必ず幸運を運んできてくれる。

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2016.10.14

期待値を上回る‘ゴッホとゴーギャン展’! ゴーギャン

Img     ‘タヒチの3人’(1899年 スコットランド国立美)

Img_0003     ‘ブドウの収穫’(1888年 オードロップゴー美)

Img_0001     ‘マルティニク島の風景’(1887年 スコットランド国立美)

Img_0002     ‘自画像’(1885年 キンベル美)

この秋に行われる展覧会で期待値の高かった‘ゴッホとゴーギャン展’(10/8~12/18)をみるため東京都美を訪問した。年間を通じて良質の展覧会を繰り返し行っているのはここと国立新美、皆の願いに応え続けるのがブランド美、その意味でこの二つの美術館は今西洋絵画で最強の美術館。

ゴッホとゴーギャンの二人展は予想以上にいい作品が集結している。まず、ゴーギャン(1848~1903)から。今回最もみたかったのがスコットランド国立美からやって来た‘タヒチの3人’、画集で何度もお目にかかっているが、本物があるのはスコットランドだから見れる可能性は小さいと思っていた。ところが、チラシに現れた。素直に嬉しい。

この絵がとても気になるのは人物の意表をついた配置。真ん中の男性は向こうむきで左右のタヒチ女はこちらをみている。どちらの女性に視線がむかうかというと、たぶん多くの人と同じように左側の女、左手に緑色のリンゴをもち、菱川師宣の‘見返り美人’を思い起こさせるようなポーズをとっている。そして、目を釘付けにするのはリンゴの緑と強いコントラスをみせる赤の衣服、この赤に200%KOされた。

‘ブドウの収穫’もいつかこの目でと思っていた作品。やっと対面できた。中央で両手を頬にあてて座っている少女はちょっと怖い顔をしている。このふてくされたような顔がずっと目にやきついて離れない。ゴーギャンはどうしてこんな描き方をしたのだろうか。

スコットランド国立美からはもう一点オマケがあった。それはゴーギャンが39歳のとき訪れたマルティニク島でみた熱帯の植物を描いたもの。ここでの体験がやがてタヒチ行きにつながっていく。生い茂る木々や果実を緑と茶の色面でグラデーションをきかせて表現しているのが印象的。

ゴーギャンが妻の実家があるコペンハーゲンにいるときに描いた‘自画像’は2010年ロンドンのテートモダンで開催されたゴーギャン展に出品されていた。このころのゴーギャンは自信がなさそうであの強気なゴーギャンのイメージとはまったく異なる。

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2016.10.13

虎ノ門 岡埜栄泉の栗饅頭!

Img      岡埜栄泉の看板商品 栗饅頭

Img_0001   地下鉄銀座線の虎ノ門駅から徒歩10分で到着する岡埜栄泉

Img_0002      虎ノ門ヒルズ

秋になると無性に食べたくなる和菓子がある。以前大学からの友人にいただきわが家でも定番となった栗饅頭。このびっくりするくらい美味しい栗饅頭を売っているのは虎ノ門の老舗店 ‘岡埜栄泉’(おかのえいせん)、昨日美術館巡りの合間に店を訪れた。

店には地下鉄銀座線の虎ノ門駅から10くらい歩くと到着する。中間点あたりで虎ノ門ヒルズが左手にみえる。高速道路がビルの下を走っているがヒルズの正面にはどこから入っていくのか未確認、まだ用はないので通行人に尋ねるのは控えた。

この店の栗饅頭はどこの栗を使っているのかわからないが、とにかく美味しい。しかもボリュームがあるので普通の和菓子より倍の時間幸せ気分になる。わが家ではこの栗饅頭と長崎の‘松翁軒’のカステラが食後のスイーツの王様。

栗饅頭は予定通りありつけたが、カステラのほうはまだ食べてない。いつも横浜そごうで開催される九州物産展に出かけて購入しているが、今年はその物産展の情報が新聞チラシで案内されない。過去の開催時期をしっかりメモしてないので今年はもう終了したのか、あるいは九州をパスしたのかはわからないまま。

この秋食べ物の楽しみがもうひとつある。来月、川村記念美に藤田嗣治展をみるため足を運ぶ予定だが、そのときJR佐倉駅の近くにある食事処でジャンボエビフライを久しぶりに食べることにしている。食欲の秋だから‘花より団子’といきたい。

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2016.10.12

近代日本美術の煌き! 1995年(平成7)

Img     藤田喬平の‘紅白梅’

Img_0001     村田陶菀の‘陶彫 喜悦鬼’

Img_0002     植田正治の‘チューリップ’

ときどき日本の美術シーンが50年後とか100年後にどのようになっているかと想像することがある。そのとき明治時代から平成にかけて生まれた絵画や彫刻、やきものなどの工芸が美術史のなかでどのように位置づけられ人々の目を楽しませているだろうか。

例えば加山又造が1970年に描いた‘千羽鶴’は100年後に編集された‘日本美術全集’に選ばれているだろうか、たぶん、琳派の美を脈々と伝える絵画として載っていることだろう。また、その横には福田平八郎の‘花菖蒲’(1934年)も並んでいるかもしれない。

絵画だけではない、藤田喬平(1921~)のガラス作品‘飾筥’シリーズのひとつ‘紅白梅’も琳派のDNAを受け継ぐものとして強い輝きを放っているにちがいない。このように未来にワープしてそこから近現代のアートを俯瞰すると芸術のもつ多様性と持続性がみえてくる。

2004年日本橋高島屋で京焼陶工の村田陶菀(1905~2002)の回顧展に遭遇した。それまでこの陶工の情報がまったくなかったので、目の前に現れる作品ひとつ々がとても新鮮でおおいに魅せられた。そのなかで思わず笑ってしまったのが‘喜悦鬼’、手に入った財宝を前に鬼は笑いがとまらないといったところ。この鬼の陶彫をみて以来、小さな宝ものをゲットしたときはこういうふうに笑うことにしている。

植田正治(1913~2000)の晩年の写真をみて200%驚いた。強い赤が目にしみる‘チューリップ’はものすごく芸術性を感じさせる作品、すぐむすびついたのはオキーフ(1887~1986)の画面いっぱいに広がった花の絵。植田はオキーフを意識したのだろうか。

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2016.10.11

近代日本美術の煌き! 1994年(平成6)

Img_0002

Img_0003     上村淳之の‘水辺の四季’

Img_0001     奥田小由女の‘海への誘い’(奥田元宋・小由女美)

Img     村上隆の‘DOB君’

TVの美術番組によく出演する画家の場合、その作品とともに絵の制作過程もあわせて紹介される。花鳥画を得意とする上村淳之(1933~)は自宅に数多くの鳥を飼育している。263種類1600羽あまりいるという。だから、淳之は絵描きであると同時に民間動物園の園長さん。

描きたいモチーフを作品にしようと思うと観察する力が作品の出来に大きくかかわってくる。リンゴや花瓶のようにじっと静かに存在しているものより馬や鳥のように動くもののほうがその形や姿をとらえるのにはかなりのエネルギーがいる。若冲は長い時間庭にいる鶏をながめていたというが、淳之も毎日多く鳥たちをとことん観察している。

そうした日々のルーティンがベースになって淳之の描く鳥たちに命が吹き込まれる。六曲一双の屏風絵‘水辺の四季’はすばらしい花鳥画で奈良県文化会館小ホールの緞帳になっている。四季を定点に飛来する鳥たちで表現している。

広島市に9年住んでいたので松江に出張するときは三次市(みよし)をよく通った。日本画家の奥田元宋(1911~2003)はここの出身、そして人形作家である奥さんの小由女さん(1936~)も三次に人、元宋が亡くなって3年後の2006年、二人の故郷に奥田元宋・小由女美が開館した。

小由女の人形をみたのは2005年に日本橋高島屋であった奥田元宋展でのこと。12点出品されたが、アートとしての人形をみる機会はほとんどないのでどれの新鮮だった。そのなかで足が止まったのが人魚をイメージさせる‘海の誘い’、こんなモチーフを人形にする作家がいたのか、という感じ。

村上隆(1962~)は今や草間彌生とともに日本が世界に誇る現代美術家、その活動の出発点がDOB君というキャラクター、どうみてもミッキーマウスを連想するがそれは村上隆の戦略だからあれこれいう必要はない。

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2016.10.10

近代日本美術の煌き! 1993年(平成5)

Img_0001     工藤甲人の‘ほたるの郷’(北澤美)

Img_0002     岩澤重夫の‘雪の朝’(日田市)

Img     中島千波の‘樹霊淡墨桜’

Img_0003     原田泰治の‘ただいま’

工藤甲人(1915~2011)の‘ほたるの郷’をみたときすぐ頭をよぎったのは東近美にある小茂田青樹の‘虫魚画巻’にでてくる蜘蛛の絵。共通するのは驚くほど精緻な描写力、その誰もが描けないほたるが緑を基調にしたファンタジックな空間に飛び交っている。まるで夢でほたると戯れているよう。

10月も中旬にさしかかるのでだんだん寒くなってきた。子どものころから暑さには強いが、寒い冬は活動量がぐんと落ちる。だから、北海道の流氷をみにいこうという気にはならない。岩澤重夫(1927~2009)の‘雪の朝’はもう雪一色という感じ。冬の東北とか北海道はこんな光景が当たり前なのかもしれない。こういう雪の日を体験したことはないが、この絵からはそのリアリティさが深々と伝わってくる。

中島千波(1945~)はTVの美術番組にちょくちょく登場するので馴染みのある日本画家のひとり。でも、まだ回顧展に遭遇してない。日本橋の三越や高島屋が開催されてくれると出かけるのに、なかなか縁がない。この画家とすぐむすびつくモチーフは桜、‘桜の画家’として女性に人気があることは承知している。小布施にある中島千波館にいくと‘樹霊淡墨桜’と似た作品はどーんと飾ってあるにちがいない。

2か月前諏訪湖までクルマを走らせたが、時間があまりなかったので原田泰治(1940~)の作品を公開している諏訪市原田泰治美に寄ることができなかった。谷内六郎同様、原田泰治の童画もとても心を打つ。小学校に入学したばかりの女の子が学校から家に帰ってきた。田んぼの水面にこの子と腰をかがめて作業をしているおばあちゃん、そして鯉のぼりは映っている。心が洗われる一枚。

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2016.10.09

近代日本美術の煌き! 1992年(平成4)

Img_0002     杉山寧の‘洸’(ポーラ美)

Img_0001     岩澤重夫の‘渓韻’(日本芸術院)

Img     上村淳之の‘水辺’

Img_0003    寺井直次の‘漆岳 極光’(成田国際空港)

5,6年前箱根のポーラ美で杉山寧(1909~1993)の作品が公開されたので喜び勇んで出かけた。この美術館が所蔵する杉山寧は43点、日本一のコレクションを誇る。これだけの数をどんな経緯で手に入ったか知らないが、コレクターの思い入れの強さが窺える。

亡くなる1年前に描かれた‘洸(こう)’は杉山がインドを旅したときに目にした光景がもとになっている。インドは2度訪れたのでこういう水牛には親近感を覚える。絵の見どころはなんといっても光にきらめく水面が薄紫と黄色でゆらゆらと表現されているところ。この絵は忘れられない。

山登りが好きな人がいる一方で、広々とした海をながめるのを楽しみにしている人がいる。小さい頃から海派だが、山々を描いた絵には大変魅了されている。それは東山魁夷と奥田元宋の作品が大きく影響している。そして6年前、もう一人の日本画家が加わった。大分県日田市出身の岩澤重夫(1927~2009)。

岩澤は緑の深い山々のなかに滝や渓流を一緒に描くことが多い。お気に入りの一枚は‘渓韻’、山を歩くことに疎いのでこういう景観はどのくらい山のなかを進んで行くと遭遇するのは見当がつかないが、相当奥深く入ったところのような感じがする。

上村淳之(1933~)の‘水辺’は2枚がペアになった作品でこれは三羽の鴨が水面すれすれに飛ぶところをとらえたもの。静かな水辺の光景だが洲浜を表す金の帯を上下にアクセントにして描き装飾的な雰囲気もだしているのが淳之流。

寺井直次(1912~1998)の‘漆額 極光’は金属の素地に漆で模様を描く金胎漆器の作品。極光(オーロラ)と鶴がコラボしているのは意表をつく。普段は成田空港の要人休憩室に飾ってあるもので、2年前東博であった人間国宝展に出品された。

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2016.10.08

近代日本美術の煌き! 1991年(平成3)

Img_0004    杉山寧の‘雍(よう)’(東京美術倶楽部)

Img_0001     会田誠の‘あぜ道’(豐田市美)

Img_0002     江里佐代子の‘截金彩色飾筥 花風有韻’

Img     森野泰明の‘QUEENの椅子’

一人の画家の回顧展が開催されるタイミングは美術館サイドの熱意や思い入れだけでなく、人気の浮き沈みを敏感につかむ能力があるかないかで決まってくる。同世代の杉山寧(1909~1993)と東山魁夷(1908~1999)はともに別格扱いされるほどのスケールの大きな画家であるが、回顧展が行われる回数は東山魁夷のほうが多い。

なかなか遭遇しなかった杉山寧の回顧展にやっと巡り会えたのは3年前、日本橋高島屋に80数点集結した。その1点がコウノトリを描いた‘雍’、この絵は杉山作品では一番最初にみた絵なので感慨深い。営巣する場所が古代ギリシャの建築の柱頭というのはちょっと思いつかない。北アフリカにある古代ローマ遺跡でこういう光景がみられるのだろうか。

ダリやマグリットなどビッグネームがぞろぞろいるシュルレアリスム芸術、会田誠(1965~)が描いたダブルイメージには200%KOされた。制服を着た女の子の左右に分けられた髪の毛のまんなかが田んぼのあぜ道につながっている。これをみたらマグリットも裸足で逃げ出すにちがいない。

60代前半で突然亡くなった江里佐代子(1945~2007)、訃報に接したとき残念でならなかった。熟練の技が発揮されたを截金作品はもう神業に近いものだった。‘彩色飾筥 花風有韻’のミニチュアが居間にあれば毎日心が晴れる。

森野泰明(1934~)のサイコロのようなやきものオブジェには椅子のタイトルがつけられている。立方体のそれぞれの面の施された模様はトランプ、まるで子どもたちが遊びながら厚紙を使ってつくったよう。

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2016.10.07

近代日本美術の煌き! 1990年(平成2)

Img     片岡球子の‘富士に献花’

Img_0001     中島潔の‘風の色’

Img_0002     増田三男の‘金彩銀壺 山背’(東博)

片岡球子(1905~2008)は‘面構シリーズ’で世に知られるようになった画家であるが、もうひとつ目を楽しませてくれるものがある。それは山の絵。浅間山、桜島、妙義山、立山、そしてもっとも多く描いたのが富士山。

一体何点あるのか正確には知らないが、これまでお目にかかったのは十数点、どれも強いインパクトを放つ富士であるがユニークなのが裾野に花が配置されている‘富士に献花’、このタイトルについて画家はこう語っている。

‘富士山にね、「私は一生懸命描きますから、お礼に、私の描いた下手な着物を、一年に一回ずつお礼に差し上げますから、どうか私のお願いを聞き届けてください」と言って、お辞儀して。献花のように、富士山に花の絵を描いた着物を着せるつもりで、必ず富士の身体に花を描いていった’

中島潔(1943~)の童画をときどきみて心を和ませている。世の中には童画に長けた人はたくさんいると思うが、ひいきにしているのは中島潔と谷内六郎、今時は子どもが木に登って遊んでいる光景はまずみないので、‘風の色’のような絵をみると小さい頃が懐かしくよみがえってくる。木の枝ぶりは子どもがまたがったりちょっと眠るにはもってこいの形。じつにいい光景。

増田三男(1909~2009)は彫金の人間国宝、2年前にお目にかかった‘金彩銀壺 山背’は強い風の山背のなかを鹿がびゅーんと跳んでいる。この動きの描写に思わず足が止まった。彫金というとなにか重たいイメージだがモチーフの選択がそれをやわらげている。

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2016.10.06

近代日本美術の煌き! 1989年(平成元年)

Img_0002     加山又造の‘仿北宋水墨山水雪景’(部分)

Img_0001     高山辰雄の‘牡丹(石壺に)’(水野美)

Img_0003    植田正治の‘砂丘モード’(部分)

天才芸術家に共通する特徴はその作品が多様的なこと、ひとつの表現にこだわらず作風がいろいろ変化する。加山又造(1927~2004)にもそんなところがある。心を打つのは琳派の装飾美を200%感じさせる大きな屏風だけではない。1970年代に入ってから取り組んだ水墨画ももうひとつの又造ワールドをつくっている。

‘仿北宋水墨山水雪景’はただ北宋の水墨画に倣った作品ではなく日本的な感性にあった水墨山水に変容している。この水墨画はもうすこしやりすぎると抽象画の世界になる。暗い背景に浮き上がる山々は雪の衣を着ることによって鋭角的な形から生じる冷たい印象が多少薄められて幽玄的な雰囲気をつくりだしている。

高山辰雄(1913~2007)には牡丹の絵がある。どれも色彩が明快な静物画とはちがい、牡丹の花に霧吹きで水の細かな粒子がかけらたような感じ。これは静物でも人物でも同じ調子で高山辰雄の絵の特徴。初期の作品にみられるゴーギャン的な色面構成からは似ても似つかぬ表現に変わっている。

島根県境港の写真家、植田正治(1913~2000)の‘砂丘モード’をみたときの衝撃はマグニチュード7の地震なみの大きさだった。ええー、鳥取砂丘でファッションショーをやるの?!この創作エネルギーとセンスはワールドクラス、こんなビッグな写真家がいたのか、いっへんに嵌った。

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2016.10.05

近代日本美術の煌き! 1988年(昭和63)

Img_0003     岩橋英遠の‘燿’(横浜美)

Img_0001 池田遙邨の‘おとなりも寝たらしい月の澄むほどに 山頭火’(姫路市美)

Img_0002        上村淳之の‘雁金’

Img     志村ふくみの‘紬織着物 どんぐりグレイの段’(滋賀県近美)

3年くらい前からBSプレミアムの番組‘体感!グレートネイチャー’(1時間半)を熱心にみている。小さいころから大自然の絶景には大きな関心をいだいており有名な場所には貪欲に出かけようと思っているので、この番組から大きな刺激を受けている。

制作は月に一度のペースだが、今年の6月はニュージーランドでみることのできる‘赤いオーロラ’が紹介された。番組スタッフは天候状態がよくなるタイミングを辛抱強く待ってすばらしいオーロラをとらえてくれた。こうした絶景をみるたびに自然をめぐる旅をしてみたくなる。

いろいろある風景画のなかで自然番組にでてくる驚きの光景や科学雑誌‘Newton’に掲載された絶景写真を見たときと同じ感動が沸き上がってくるのが岩橋英遠(1903~1999)の作品、横浜美にある‘燿’は年に1,2回出現する真っ赤に染まった大空を呼びおこしてくれる。

池田遙邨(1895~1988)の‘山頭火シリーズ’、東山魁夷の‘年暮る’と似たような情趣を感じさせる‘おとなりも寝たらしい月の澄むほどに’も‘うしろ姿のしぐれてゆくか’同様大変魅了されている。倉敷市美であった回顧展に遭遇しこの絵をみたことは一生の思い出。

上村松篁の息子である上村淳之(1933~)は今年83歳、‘雁金’などいい花鳥画をたくさん描いてきたのだからそろそろ文化勲章を受賞してもいい頃だろう。今年そうなるのではないかと期待している。そうすると、松園、松篁、淳之と上村家は三代にわたって文化勲章をもらったことになる。すごい快挙なんだが、はたして。

来週、世田谷美を訪問し志村ふくみ(1924~)の回顧展をみることにしている。どんな新作の着物がでているのかとても楽しみ、そのなかにまじって‘紬織着物 どんぐりグレイの段’も出品されているかもしれない。

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2016.10.04

大リーグ ポストシーズン予想! 

Img    活躍が期待されるダルビッシュ

大リーグは明日からポストシーズン(PS)がはじまる。これからの一ヵ月が大リーグの本番、今年はどんなドラマが繰り広げられるのか、ワクワクする。どのチームが最後まで勝ち残りワールドチャンピオンになるのか、勝手な予想をしてみた。

PSに進出したチームはアリーグではRソックス(東地区)、インデイアンズ(中地区)、レンジャーズ(西地区)、2つのワイルドカード(WC)はブルージェイスとオリオールズ(共に東地区)、そしてナリーグはナショナルズ(東)、カブス(中)、ドジャース(西)、2枚のWCはメッツ(東)とジャイアンツ(西)が執念で獲得した。

ナリーグでリーグチャンピオンを争うのはズバリ上原、田沢のいるRソックスとダルビッシュのいるレンジャーズ、投手力、打撃力に大きな差がないが、鍵を握っているのはRソックスのリームリーダーのオルティス、最後のシーズンだというのに打点王に輝くなどすばらしい成績を残した。このオルティスを中心に打線は好調で上位から下位まで切れなく相手投手を打ち崩す。両チームともいい先発陣とリリーフがいるので、効果的に点をとったほうが勝利する。ダルビッシュの好投に期待したいが、Rソックスが勝ちそうな気がする。

一方、ナリーグはたぶん高い確率でカブスがワールドシリーズに進出する。両リーグで最も高い勝率(.640)で中地区を制したカブスの強さは本物。先発陣の駒がそろい、最後をしめるクローザーにヤンキースからトレードで獲得したチャップマンがいるからリードしたゲームは確実にものにする

Rソックスとカブスによるワールドシリーズを予想しているが、チャンピオンになるのは総合力と監督力で勝るカブスとみている。果たして当たるだろうか?

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2016.10.03

近代日本美術の煌き! 1987年(昭和62)

Img_0001     上村松篁の‘芥子’(松柏美)

Img_0003     奥田元宋の‘奥入瀬 秋’(部分 山種美)

Img     十三代今右衛門の‘色絵薄墨珠樹文蓋付瓶’(東近美)

長い歴史のある花鳥画でどんな花が数多く描かれてきたか、この問いには絵をいつもみてない人でもだいたい答えられる。桜と梅と紅葉は誰でもすぐ思いつく、あとはぐっとランクダウンして菖蒲とか牡丹とか椿など。

上村松篁(1902~2001)が描いた芥子の花は花鳥画のなかでは少数派、すぐでてくるのは松篁のこの絵と前田青邨(1885~1977)が1930年に描いた大きな罌粟の絵。青邨のものは昨年12月ワシントンのフリーア美で開催された‘宗達展’に琳派のDNAを受け継ぐ作品として展示された。

青邨の芥子が光琳の燕子花のように意匠化され模様がずらっと連続しているのに対し、松篁のものはすっとのびる芥子を軽い色調で優しく描いている。そして、左下に花びらが散っているところをみせるのも松篁流。当時芥子の栽培は禁止されていたため、薬科大学が研究のために畑に植えていたものを写生させてもたったという。

奥田元宋(1912~2003)の‘奥入瀬 秋’に大変魅せられている。この大作は‘春’とのペアになっており、季節によって表情を変える奥入瀬の渓流が見事に描かれている。人気のスポット、奥入瀬は多くの画家が描いているが、最も気に入っているのは奥田元宋と小野竹喬の作品。奥入瀬の近くに住んでいる人がうらやましくてしょうがない。

十三代今泉今右衛門(1926~2001)の‘色絵薄墨珠樹文蓋付瓶’は東近美の所蔵、本館から歩いて10分のところにある工芸館に2、3年通っていると著名な陶芸家の名品がおおよそみることができる。だから、ここは佐賀の大川内山(おおかわちやま)に出かけなくても現代の鍋島を楽しめる貴重な場所になっている。

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2016.10.02

近代日本美術の煌き! 1986年(昭和61)

Img_0002     十四代柿右衛門の‘濁手山つつじ文鉢’

Img_0001     清水卯一の‘鉄燿扁壺’

Img     吉田良の‘すぐり’(東近美)

全国各地にある陶芸の里をできるだけ多く訪ねことをライフワークにしているが、実際に出かけたところはまだ多くない。

九州は有田焼と唐津焼と小鹿田焼、中国地方は広島で仕事をしていたので萩焼と備前焼にはよく行った。中部、北陸では九谷焼、信楽焼、そして関東は益子焼と笠間焼、今思えば残念だったのが名古屋にいたとき。仕事が忙しくて美濃焼や瀬戸焼などをまわれなかった。多治見や土岐へ行かないとやきものがわかったとはいえないので、いつか足を踏み入れたい。

広島にいるときクルマででかけた佐賀県の有田町、有田焼の代名詞というと柿右衛門様式、これを受け継ぐ十四代柿右衛門(1934~2013)の‘濁手山つつじ文鉢’は名品のひとつ。十四代は山つつじが好きだったようで何度もこれをモチーフに使っている。柔らかな乳白色の濁手素地に山つつじの赤が元気よく浮かび上がっているのが印象深い。

京都出身の清水卯一(1926~2004)の‘鉄燿扁壺’ですぐ目にとまるのは小さな口と胸をドンとつかれた感じのの黒の素地に施された掻き落としの文様。こういう鉄釉が輝くやきものは一度みたら忘れない。卯一は1985年、‘鉄釉陶器’の人間国宝に認定された。

人形作家の吉田良(1952~)の有名な作品が東近美にある。それは赤い着物の少女人形、‘すぐり’という名前がついている。はじめてみたとき赤のインパクトの強さにたじたじになった。少女はきれいな顔をしているが、その美形ぶりは闇のなかではかえって怖さを増幅させる。ホラー映画にでてくる怖い女の子はだいたいこのように美形であることが多い。

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2016.10.01

盗まれたゴッホ作品が発見された!

Img  ‘スヘーフェニンゲンの海’(1882年 アムステルダム ゴッホ美)

Img_0002     ‘ヌエネンの教会から出る人々’(1885年 ゴッホ美)

10月に入りこの秋注目の展覧会が続々とはじまる。西洋画で期待値の高いのはゴッホとゴーギャン、次の二つにまず出かけるつもり。
‘デトロイト美展’      10/7~1/21  上野の森美
‘ゴッホとゴーギャン展’  10/8~12/18  東京都美

いつ上野に行くかカレンダーをみて検討していたら、ネットでゴッホ関連のニュースが飛び込んできた。2002年12月、アムステルダムのゴッホ美で盗まれた2作品が無事発見されたという。これがキナ臭い、イタリア警察が突き止めた場所はナポリの近郊にあるマフィア組織が所有している住宅。アムステルダムから運び込まれた絵は14年間ずっとここにあったのだろうか、それともいろいろ場所を変えナポリに落ち着いたのだろうか、興味はつきない。

さて見つかった作品はというと、1880年代の前半に描かれた‘スヘーフェニンゲンの海’と‘ヌエネンの教会から出る人々’、この二つが2002年に盗難にあったことはうかつにも知らなかった。これでこれまで疑問に思っていたことが氷解した。

ゴッホ美は運がいいことに4回訪問。2004年にみたときミュージアムショップで‘ゴッホ美 名画100選 館長によるセレクション’を購入した。その1番目と2番目の絵が盗まれた絵。当時、この事件を知らなかったので図録には載っている絵がどうして展示室に飾られていないの?という感じ、‘スヘーフェニンゲンの海’はなかなかいい風景画なので消化不良の思いがぬぐえなかった。

2005年、そして2011年に再訪したときはこの風景画のリカバリーを果たそうと意気込んで入館した。だが、またもダメ、どうして姿を現してくれないの?今ようやくわかった。盗れていたのだから展示しようがない。2点ともコンデイションはいいという。次回のアムス旅行がいつになるかわからないが、ゴッホ館に足を踏み入れたら確実に対面できる。その日が来ることを強く願っている。

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