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2016.09.24

近代日本美術の煌き! 1984年(昭和59) その一

Img_0002     池田遙邨の‘うしろ姿のしぐれてゆくか 山頭火’(京近美)

Img     福王寺法林の‘クーンブの朝’

Img_0001     高山辰雄の‘青衣の少女’

池田遙邨(1895~1988)が最晩年に取り組んだのが‘山頭火シリーズ’、種田山頭火(1882~1940)は山口県防府市出身の漂白の自由律俳人、小野竹喬が芭蕉の奥の細道の句を絵画化したように遙邨も若い頃出会った山頭火の句を風景画にした。1984年から描きはじめ亡くなるまで28点の作品を制作した。

そのなかで雲水姿で旅する山頭火の心情につい感情移入してしまうのが‘うしろ姿のしぐれていくか 山頭火’、白い穂が風に吹かれてみんなたなびき、山頭火の体も風にもっていかれそうになっている。広重の‘東海道五十三次’のなかにも強風で旅人の笠がとばされる光景を描いたものがあるが、遙邨はこの絵を意識したのかもしれない。

2006年、JR三鷹駅のすぐそばにある三鷹市美術ギャラリーで福王寺法林(1920~2012)のミニ回顧展が開かれた。この画家が‘ヒマラヤ’をライフワークにしていることは知っていたのでどんな作品か楽しみだった。法林は1974年からヒマラヤ取材で毎年現地を訪れ、神々しさとともに大自然の厳しさも感じられるヒマラヤの絵を次々と生み出してきた。法林は山形県米沢で生まれた人だが、東京にでてきたとき三鷹に居を構え制作してきた。

‘クーンブの朝’はヒマラヤシリーズがはじまって10年後の作品、若い頃ネパールを訪れ飛行機の中からエベレストをみたことがあるから、この絵のような光景が思い出された。現地に足を踏み入れなければ決して描けない山の風景、こういう描くのに大変な苦労がいるモチーフを作品にする画家は大自然を絵にしたいという意欲がほかの画家より数倍も強いのだろう。

高山辰雄(1912~2007)の人物画には化粧品のポスターにでてくるような美形のモデルを思わせる女性が登場する。横向きに座っている少女は手に何かもっているのかこれをじっと見つめている。この手について画家は興味深いことを言っている。

‘僕はなにか自分がものを思う時に、何かをこの掌の中へ持っているような気がするんです。そうしていると、思っていることと物を持っていることが重なってくるような気がして、多分「思い」っていうものを掌の中に持っているんですね。

花を持っている日もありますし、鳥の持っている気持ちの日もあります。あるいはまた、口では言えない事柄を何かこうじーっと考え込む時に、この掌の中に何かがある感じがするんです。そういう「思い」を持っている掌を描いてみたいんです’

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