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2016.09.05

近代日本美術の煌き! 1975年(昭和50)

Img_0002     岡鹿之助の‘燈台’

Img_0003     池田遙邨の‘群’(倉敷市美)

Img_0001     小倉遊亀の‘古九谷鉢葡萄’

Img       中里無庵の‘朝鮮唐津耳付水指’

燈台がでてくる絵を描いた画家というとすぐ2人の人物が思い浮かぶ。アメリカのホッパー(1882~1967)と日本の岡鹿之助(1898~1978)。島に住んでいる人とか釣りが趣味の人は燈台は身近に感じられる存在かもしれないが、海に遠い人は普段は縁がない。

風景画はそうした日常生活ではあっても過去みた燈台の情景をよみがえらせてくれるから有り難い。岡鹿之助の燈台は明るいホッパーの絵とはちがってスーラ風な静かでもやっとした感じ。白い燈台のまわりに建物がいくつも描かれているのでなんだかお城のようなイメージもする。

池田遙邨(1895~1988)の回顧展を運よく2度体験した。そのため画業全体の特徴がおおよそつかめている。とても惹かれているのが意表を突く画面構成。‘群’では雪原を鹿の群れがひと固まりになって跳んでいる。ぱっとみると鹿たちは雪の降る空を鶴のように飛んでいるようにみえる。おいおい、鹿が空を跳ぶの?という感じ。そして、洒落ているのが右下に描かれている赤い寒椿。ここにはファンタジックな世界がある。

小倉遊亀(1895~2000)の作品のなかには人物画だけでなく優れた静物画も数多くある。描かれているのは花や果物だが、花瓶や器に古九谷がよくでてくる。‘古九谷鉢葡萄’は葡萄を食べたくなる気分にさせる作品。濃密な色使いが魅力の古九谷は濃い紫の葡萄と親和性がいいが、これにまわりの空気を軽やかにさせる岡山のマスカットのような葡萄も一緒に盛られてる。

九州にはやきものの里がいくつもあるが唐津焼も多くの人に愛されている。中里無庵(1895~1985)の‘朝鮮唐津耳付水指’は唐津焼の魅力が存分に発揮された名品。心に強く響くのが白の藁灰釉の流れ、窯の中で偶然こういう形になったのだろうが、作り手の思いが生みだしたともいえる。

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