« 近代日本美術の煌き! 1973年(昭和48) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1975年(昭和50) »

2016.09.04

近代日本美術の煌き! 1974年(昭和49)

Img_0001

Img_0003      森田曠平の‘出雲阿国’(山種美)

Img_0002     片岡球子の‘娘’(山種美)

Img_0004    奥田元宋の‘玄溟’(山種美)

明治時代以降に活躍した日本画家が古典画から影響をうけて作品を描く場合、独自の画風で歴史画や風俗画を完成させるものと色使いやモチーフの表現が古典と連続した流れを感じさせるものがある。前者の代表が安田靫彦、小林古径、前田青邨、そして後者の画家は加山又造と森田曠平。

桃山時代から江戸初期にかけて京都で町衆文化が盛んになり、洛中洛外図や踊りや祭りの絵がたくさん描かれた。森田曠平(1916~1994)の‘出雲阿国’はそのなかの一枚かと間違ってしまいそうな作品。この金を多く使った見事な風俗画は加山又造の‘千羽鶴’や‘春秋波濤’と同様、200%KOされている。

男装した阿国のお姿をみるたびに性を入れ替えて楽しむ気分はこのころからはじまりそのDNAは美輪明宏やピーターらにしっかり受け継がれていることに気づく。つきぬけた行動や身なりは最初は異物扱いされるがその性別をこえた強いパワーは徐々に人々の心のなかに入っていく。阿国的な生き方はいつの時代にも必要なのかもしれない。

‘面構’シリーズで一世を風靡した片岡球子(1912~2003)には見慣れた絵とは違う愛らしい人物画が1点ある。大変気に入っている‘娘’、はじめてみたとき意外な画風に面食らった。このモデルは色白で目がくりくりっとしているから、フィギュアスケートの浅田真央ちゃんを連想する。

奥田元宋(1912~2003)は平山郁夫と同じく広島県の出身。広島に9年いたのでTV番組に出演して広島弁でしゃべる姿に親しみを覚えていた。東山魁夷の持ち色が‘青’なのに対し、元宋は‘赤’の画家といわれている。ときどき図録を広げ‘玄溟’など深く燃えるような赤を目に焼きつけている。

|

« 近代日本美術の煌き! 1973年(昭和48) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1975年(昭和50) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1974年(昭和49):

« 近代日本美術の煌き! 1973年(昭和48) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1975年(昭和50) »