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2016.09.30

まだクライマックスシリーズ(CS)をやるの?

Img     大逆転でパリーグを制した日本ハム

プロ野球の試合をみるのは日本シリーズでチャンピオンが決まるときぐらいのものだが、シーズン中はセパのどのチームが上位にいるか、そしてどの投手、どのバッターがいい成績を残しているかしっかり押さえている。

今年は両リーグとも話題豊富だった、カープが25年ぶりに優勝し、日ハムはソフトバンクと最大11.5ゲームの差があったのにこれをひっくり返して4年ぶりにリーグを制覇した。多くの野球ファンはこの2チームがそのまま激突する日本シリーズを楽しみにしているのに、その前に余計なクライマックスシリーズ(CS)が10/8~19まである。そのため日本シリーズがはじまるのは10/22から。

カープ、日ハムファンにとってCSほどフラストレーションがたまるものはないのでないか。セリーグは2位巨人、3位DeNAはカープから16.5、19ゲームも離されている。こんな成績のチームが出場するCSを行うこと自体が意味がない。まったく余計な試合でニンマリしているのは金儲けができる興行主の球団だけ、野球ファンは何の楽しみもない。

ではパリーグの場合はどうか、もしソフトバンクがCSに勝って日本シリーズに進出したら、日ハムのファンはリーグ優勝したときの感激は一気にしぼんでしまう。この2チームは最後の最後まで優勝を争いチーム力にそう差がないのだから、ソフトバンクが勝つ可能性は十分ある。そうなったら日ハムの選手はおもしろくないし、ソフトバンクの選手でもなにか引っかかるものをかかえて日本シリーズにのぞむことになる。

CSを実施することは野球ファンの楽しみを逆に奪っているのである。今のプロ野球の運営は小池東京都知事流にいうと‘ファンファースト、選手ファースト’になってない。CSをやめて10/8からカープと日ハムによる日本シリーズをやったほうがどんなに盛り上がることか。

でも、こういう改革案の話はプロ野球機構側からは200%出てこないだろう。プロ野球に対してはもう何年も前から愛想をつかしているから期待もしてないが、そんな動きがでてこないようだと野球人気そのものが低下していくことはまちがいない。

つい先日バスケットのプロリーグがはじまった。スポーツ界にはこうした新鮮な風が吹いているし、リオ五輪で活躍した卓球やバドミントン、さらにはリレーであっと驚く銀メダルをとった陸上男子などが注目を集めている。期待に応えてくれないサッカーとファンの気持ちがつかめないプロ野球、気がついたら観客が減っていたということになりそう。

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2016.09.29

そごう美の‘エッシャー展’!

Img_0001_2      ‘八つの顔’(1922年)

Img     ‘静物と街路’(1937年)

Img_0002     ‘メタモルフォーゼⅡ’(1940)

Img_0003     ‘婚姻の絆’(1956年)

国立新美で開催中の‘ダリ展’に呼応して横浜そごうのなかにある美術館では今‘エッシャー展’(9/11~10/10)が行われている。

ダリのシュールな絵がダブルイメージやどうにも理解できないモチーフの不思議な組み合わせが想像力を刺激するのに対し、エッシャーのおもしろいところは錯視やメタモルフォーゼといった普段の生活ではほとんど縁のない不思議なことが体験できること。

何度みてもそうとしか見えない視覚のトリックに翻弄され、はじめはシンプルな形のものが変容を重ね最後にはまったく違ったものに変わっていくことに唖然とさせられる。エッシャーの版画によって脳が活性化されるのは展覧会のサブエフェクトかもしれない。

‘八つの顔’は男2人と女3人はすぐみつけられるが残りの3人は図録を購入してこれをひっくり返してみないと確認できない。展示室にも図録がおいてあるのでそうしてみたら小さなイライラは解消する。

‘静物と街路’はメタモルフォーゼのきざしはみえる。手前の本やトランプが置いてあるテーブルは向こうに広がっていき建物と建物の間の路に変わっている。視線はどうしても手前の大きく描かれたモチーフに引きつけられるためここばかりみているが、なぜかテーブルと路がつながっていることにそう違和感を感じない。

‘メタモルフォーゼⅡ’はおもしろい。物の形があれよあれよという感じでいろいろと変化していく。上のほうは左から右にむかって変化していく。最初は文字が集まってできた形、それから白黒のモザイク、蜥蜴、六角形の蜂の巣、蜂、そして鳥と変容していく。その変化はじつにスピーデイでなめらか。

作品の前でハッとしたのは‘婚姻の絆’、男と女の顔の表面をリンゴの皮を剥くみたいに削りそれを螺旋状の帯のようにぐるぐるまきにして顔を形づくっている。ただし、頭の中身はないためちょっと不気味。この絵の発想は2週間前ダリ展でみた‘ラファエロの聖母の最高速度’と同じ。なんとダリとエッシャーがコラボしていた。

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2016.09.28

映画‘ハドソン川の奇跡’!

Img_0001

先週の24日(土)から上映がはじまった‘ハドソン川の奇跡’をみてきた。2009年1月15日、NYのハドソン川に旅客機が不時着して乗客、乗務員全員が助かったというニュースがはいってきたときはまったくスゴイことが起きたなと思った。そして、漠然とではあるがこの奇跡のドラマはいずれ映画化されるだろうと想像した。

それが今年ようやく実現した。メガホンをとったのはいまや巨匠とよばれているクリント・イーストウッド、英雄となったサイレンバーガー機長を演じるのはトム・ハンクス、このビッグネームのコンビにより映画が製作されたことは今月放送されたBSプレミアムの番組‘アナザーストーリー’で知った。

映画の宣伝用チラシでは機長の下に‘155人の命を救い、容疑者になった男’というキャッチコピーが張り付けられている。‘容疑者になった男’ってどういうこと?番組では事故の原因、機長がとった選択のいきさつ、そして民間フェリーの船長らによる乗客たちの救出劇がドキュメンタリータッチで詳しく語られた。聞けば聞くほどこの奇跡の物語は心を打つ。

機長が長いパイロット経験に裏付けられた高い操縦技術をもち現実的な楽観主義者であることはよくわかった。でも、番組には機長と副操縦士が国家運輸安全委員会による事故原因調査のために長い期間にわたって聞き取りされたことはまったくでてこない。

映画ではこのヒアリングのやりとりに大半の時間が割かれ、ハドソン川に着水するという方法は本当に一番いい選択だったのかどうか安全委員会の調査官から斬りこまれる。メデイアや世間では機長は英雄扱いされるのに、安全委員会では機長のとった不時着という判断は彼らが行う機械的な飛行シミュレーションなどにより疑問符がつけられる。このヒアリングは18カ月も続いた。

機長がこんな目にあっていたとは思ってもみなかった。トム・ハンクスはやはり名優、機長の心のうちを見事に演じていた。劇場で映画をみるのは久しぶりだったが、足を運んだのは正解だった。

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2016.09.27

近代日本美術の煌き! 1985年(昭和60)

Img     十三代今右衛門の‘色絵薄墨紫蘭文鉢’

Img_0001     藤本能道の‘草白釉釉描加彩翡翠図四角隅切筥’(東芸大美)

Img_0002     曾田雄亮の‘練込時雨シリーズ’

年に2,3回はやきものの展覧会をみに出かけているが、今年は石黒宗麿展(松濤美)と宮川香山展(サントリー美)をみた。もう一回あるかなと思ってたら、伝統工芸展の情報が入ってきた。これまで日展や伝統工芸展にはとんと縁がないが、ここ数年熱心にみているBSプレミアムの‘イッピン’の影響で伝統工芸展に心が向かっている。

昨年末にみた十三代今右衛門(1926~2001)の回顧展は今も余韻が残っているほど充実した内容だった。十三代の作品はとても品が良くできあがっているので青や緑の色が強いのにやさしさ、優美さ、そして幽玄なイメージが浮かんでくる。この‘色絵薄墨紫蘭文鉢’は能の世界に引きこまれそう。

藤本能道(1919~1992)の作品は絵に描かれた花鳥画をみているような気になるのが特徴。絵画的にみせるためによく使われるのが四角筥、川のほとりの草木にとまる翡翠には強い存在感があり掛け軸をみているのと変わりない。

こうした絵画的な絵付けに対して明快なデザイン性が目を楽しませてくれるのが曾田雄亮(1931~2015)の‘練込時雨シリーズ’、軽やかな流れを感じさせる模様をまとったカップや水入れは明るい食卓にはもってこいのアイテム。卓越したデザイン力を発揮する人はいつも尊敬のまなざしでみている。

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2016.09.26

近代日本美術の煌き! 1984年(昭和59) その二

Img          秋野不矩の‘廻廊’(静岡県美)

Img_0001     森口華弘の‘友禅訪問着 「羽衣」’(滋賀県近美)

Img_0002     大場松魚の‘平文輪彩箱’(石川県美)

絵のなかに強い陰影表現があると印象が深くて忘れられないことが多い。秋野不矩(1908~2001)の‘廻廊’もそうした一枚。細長い回廊に強い陽差しがあたり、石の柱の濃い影がずっと奥まで連なっている。遠近法という技法はこういうふうに使われると真価を発揮する。誰だって、さあ、この廻廊を進んでいこうという気になる。

この絵をみてすぐ連想する場所がある。バルセロナにあるガウデ建築のひとつ、グエル公園へ行かれた人ならすぐピントくるはず。そう、ヤシの木に見立てられた傾いた支柱が何本もある‘洗濯女の回廊’。名所観光の風景が絵画作品とぴったり重なるのは珍しい。

森口華弘(1909~2008)がつくる友禅訪問着はなんといっても非常に緻密で斬新なデザインが魅力、日本人が好むというより外国人におおうけするようなものが多い。この‘羽衣’は菊花のイメージがもとになっており、日本びいきのあのバルテュスが題名をつけた。

大場松魚(1916~2012)は蒔絵の人間国宝、‘平文輪彩箱’は円の輪がいくつも重なる重厚で濃密な絵柄が目を惹く。以前ならこの同心円状に意匠のおもしろさだけしかみてなかったが、今は宇宙の話にどっぷり嵌っているから太陽系の惑星の軌道がダブってくる。

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2016.09.25

祝 豪栄道 初優勝を全勝で飾る!

Img     琴奨菊を押し出しで破り初優勝を全勝でなしとげた豪栄道

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今場所はカド番だった大関豪栄道が千秋楽も琴奨菊を撃破し初優勝を全勝で飾った。拍手々!何度もカド番をむかえ大関としての相撲がとれてなかった豪栄道、場所前に何があったのかわからないが、星をかさねるごとに相撲がよくなり、なんと15日全部勝ってしまった。こんなことがあるから大相撲はやめられない。

豪栄道の相撲というと相手力士に押し込まれるとすぐはたき体勢を悪くして敗けるというパターンが多い。また、苦しまぎれにだす首投げで勝ちをひろうこともよくある。今場所はそんな取り口がまったくなく徹底して前にでて勝負をつけた。突っ張り合いでも我慢し引き技をださず右をさし体を密着して寄っていった。

13日の日馬富士との大一番では、いい立会いをした日馬富士に敗けそうになったが切れ味抜群の首投げで逆転勝ちした。得意技が役だった。これには日馬富士も苦笑い、‘豪栄道 強いわ!’という顔をしていた。勝った豪栄道は顔を真っ赤にして仁王立ち。これぞ大相撲という一番だった。

さて、来場所は綱取りの場所、この相撲なら連続優勝があるかもしれない。豪栄道は大関にあがるときもそうだったが、目標があると気合いが一段と入り後半戦にいい相撲をとる。

スポーツ選手がいいプレイをするときは集中力をぎりぎりまで高め余計なことに気をとられない状態、ゾーン状態にあるというが、怪我が治った豪栄道は15日間ゾーンで相撲をとった。来場所も一番々に集中し自分の相撲をとり続けたら綱がみえてくる。がんばれ!豪栄道。

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2016.09.24

近代日本美術の煌き! 1984年(昭和59) その一

Img_0002     池田遙邨の‘うしろ姿のしぐれてゆくか 山頭火’(京近美)

Img     福王寺法林の‘クーンブの朝’

Img_0001     高山辰雄の‘青衣の少女’

池田遙邨(1895~1988)が最晩年に取り組んだのが‘山頭火シリーズ’、種田山頭火(1882~1940)は山口県防府市出身の漂白の自由律俳人、小野竹喬が芭蕉の奥の細道の句を絵画化したように遙邨も若い頃出会った山頭火の句を風景画にした。1984年から描きはじめ亡くなるまで28点の作品を制作した。

そのなかで雲水姿で旅する山頭火の心情につい感情移入してしまうのが‘うしろ姿のしぐれていくか 山頭火’、白い穂が風に吹かれてみんなたなびき、山頭火の体も風にもっていかれそうになっている。広重の‘東海道五十三次’のなかにも強風で旅人の笠がとばされる光景を描いたものがあるが、遙邨はこの絵を意識したのかもしれない。

2006年、JR三鷹駅のすぐそばにある三鷹市美術ギャラリーで福王寺法林(1920~2012)のミニ回顧展が開かれた。この画家が‘ヒマラヤ’をライフワークにしていることは知っていたのでどんな作品か楽しみだった。法林は1974年からヒマラヤ取材で毎年現地を訪れ、神々しさとともに大自然の厳しさも感じられるヒマラヤの絵を次々と生み出してきた。法林は山形県米沢で生まれた人だが、東京にでてきたとき三鷹に居を構え制作してきた。

‘クーンブの朝’はヒマラヤシリーズがはじまって10年後の作品、若い頃ネパールを訪れ飛行機の中からエベレストをみたことがあるから、この絵のような光景が思い出された。現地に足を踏み入れなければ決して描けない山の風景、こういう描くのに大変な苦労がいるモチーフを作品にする画家は大自然を絵にしたいという意欲がほかの画家より数倍も強いのだろう。

高山辰雄(1912~2007)の人物画には化粧品のポスターにでてくるような美形のモデルを思わせる女性が登場する。横向きに座っている少女は手に何かもっているのかこれをじっと見つめている。この手について画家は興味深いことを言っている。

‘僕はなにか自分がものを思う時に、何かをこの掌の中へ持っているような気がするんです。そうしていると、思っていることと物を持っていることが重なってくるような気がして、多分「思い」っていうものを掌の中に持っているんですね。

花を持っている日もありますし、鳥の持っている気持ちの日もあります。あるいはまた、口では言えない事柄を何かこうじーっと考え込む時に、この掌の中に何かがある感じがするんです。そういう「思い」を持っている掌を描いてみたいんです’

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2016.09.23

近代日本美術の煌き! 1983年(昭和58)

Img_0001     上村松篁の‘孔雀’(京近美)

Img     植田正治の‘砂丘モード’

Img_0003         四谷シモンの‘解剖学の少年’(東近美)

小さい頃動物園へ行ったときの楽しみのひとつが羽をばっと広げた孔雀をみることだった。動物学に詳しくないので羽を大きく広げたときは孔雀がどんな状態にあるのかわからない、これは雄が雌に求愛するときの行動?それとも強い相手が現れたときの威嚇行為?

動物園はもう何十年も縁がないので本物の孔雀をみることはまったくない。だが、7年前インドを旅行したときどこかの観光地で孔雀と遭遇した。でもその美しくて長い羽はとじたまま、ガイドは孔雀は蛇を食べるという話をしていたような記憶があるが、はたしてそうだったか。

羽を広げた孔雀をモチーフにした日本画家ですぐ思い浮かぶのは小林古径、杉山寧、そして上村松篁(1902~2001))の3人。どれも目を見張らせる孔雀だが松篁の孔雀は画面から羽の一部がはみ出している。そのため、その部分を想像して孔雀がとても大きく感じられる。

2013年、東京駅ステーションギャラリーで写真家植田正治の回顧展が開催された。写真の話は拙ブログではほとんどとりあげないが、この植田正治にはすぐ嵌った。そして、思った。この写真家は‘写真界のマググリットだ!’と。

シュルレアリスム芸術が好きな人なら‘砂丘モード’はマグリットの絵によくでてくる帽子を被ったマグリットがヒントになっていることはすぐわかるはず。マグリットのシュールな表現が写真界にも生まれているとは思ってもみなかった。だから、植田正治にすごく親近感を覚える。鳥取砂丘でイケメン男性モデルを使ってシュールな状況を生み出す植田の芸術写真、この写真に遭遇させてくれたミューズに深く感謝している。

中学生のころ学校の保健室には体の中がどうなっているのか一目でわかる医療標本人形があった。それは今でも目にこびりついでいる。将来医者になろうと思うものは冷静にみるだろうが、そういうことは思わない大半の生徒にとっては関節人形はちょっと怖い存在だった。そんな記憶がよみがえってくるのが四谷シモン(1944~)の‘解剖学の少年’、東近美ではじめてみたときはドキッとした。ハンス・ベルメールがつくった球体関節人形ほどのシュールさや不気味さはないが、暗い所でこれをみたら足がすくむだろう。

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2016.09.22

近代日本美術の煌き! 1982年(昭和57)

Img_0001     東山魁夷の‘緑響く’(長野県信濃美・東山魁夷館)

Img_0002     山口華楊の‘山之邊’

Img     加山又造の‘円舞(鶴舞)’(左隻 川村記念美)

2日前、部屋の壁に今サントリー美で行われている‘鈴木其一展’のチラシを横に広げて両面テープで貼った。このチラシには有り難いことに‘朝顔図’が大きく載っている。これを利用しない手はない。これからは毎日この傑作をながめてすごすことになる。

東山魁夷(1908~1999)の‘緑響く’もかつてリビングに飾っていた。魁夷が馬を描いたのは3回ある。初期の頃と最も多く制作した1972年(全部で12点)、そしてその10年後のこの‘緑響く’、過去に大きな回顧展を3回体験したが、シリーズとなった‘白い馬の見える風景’で目に入ったのは7点、そのなかで最も惹かれているのが1972年の‘白馬の森’と‘緑響く’。

魁夷には森や木々の姿が湖の水面に映り画面の上半分と下半分は対象のようになっている作品がいくつかあるが、‘緑響く’は緑の諧調を微妙に変え重層的に描かれた森を背景に白馬が登場する。この風景をじっとみているとディズニーが製作するファンタジー映像をみているような錯覚を覚える。

動物画家の異名をとった山口華楊(1899~1984)、亡くなる2年前の作品‘山之邊’の主役はそれまでに何度も描いた狐。背中をこちらにむけてじっとみている。この目が生きており、つい目の前にいる人物と会話をするような心持になる。華楊はこんなことを言っている。

‘なにかこう狐が、後ろ向きにちょこんと座って、何気なく座っとるんですけれども、その中に秘めた野性味とか妖怪味が感じられる。やわらかい線があるので、それを絵にしてみたいと思ったんです’

加山又造(1927~2004)の‘円舞(鶴舞)’は数点ある鶴の絵のなかで最も心を動かされる作品。所蔵しているのは川村記念美、ここの常設展でみてびっくり仰天したが、どういうわけか回顧展には一度もでてこない。数多く存在する美術館のなかにはこのように名画を貸し出さないところが結構ある。こういう美術館には高い好感度はつけれない。

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2016.09.21

近代日本美術の煌き! 1981年(昭和56)

Img_0002     稗田一穂の‘帰り路’(和歌山県近美)

Img_0001     池田遙邨の‘稲掛け’(愛知県美)

Img     松井康成の‘練上嘯裂茜手大壺 深山紅’(茨城県陶芸美)

日本人画家が時代を超えてつながっている例として、与謝蕪村と東山魁夷の作品と取り上げたが、日本の画家が海外の画家と同じ世界を共有している場合もある。こうした作品の重なりは西洋画を学んだ洋画家よりも意外に日本画家が描く作品に強く感じることが多い。

例えば小倉遊亀の人物画にマチスのデッサンとの関連をみたり、山口蓬春とホドラーのコラボ、また加山又造とイタリアの未来派の類似点などにも目がいく。では、稗田一穂(1920~)の‘帰り路’は誰の絵がイメージされるだろうか、シュルレアリスムが好きな方はピンとくるかもしれない、そう形而上絵画のデ・キリコ(1888~1978)、後ろ姿の女性が地面に落とす影をみると寂寥感のただよう都市の一角を建物や人物の影を長くのばして描いたデ・キリコの作品がふっと浮かんでくる。

じつはこの絵は残念なことにまだ縁がない。所蔵する和歌山県近美は遠いので回顧展と遭遇しなければこの先もずっと遠い絵になりそう。かなり前、世田谷美で回顧展が開催されその図録が手元にある。このころ東京にいなかったため見る機会を逃した。どこかの美術館で稗田一穂展をまた実施してくれるとうれしいのだが。

岡山県出身の池田遙邨(1895~1988)には漫画的というかとぼけた味のする作品がある。‘穂掛け’はそのひとつ。穂掛けの光景を縦に描き、上のほうでは穂の下からタヌキが顔を出している。ここにタヌキがでてくるところが遙邨流。漫画の一コマをみてるよう。

松井康成(1927~2003)は練上の技法を極め芸術性の高い作品を数多く生み出した天才的な陶芸家、11年前茨城県の笠間にある陶芸美で行れた回顧展にはワクワクしながらクルマを走らせた。展示室では高揚しっぱなしだったが、表面のひびや亀裂が美しい風景となって心のなかに入ってきた‘練上嘯裂茜手大壺 深山紅’の前では立ち尽くしてみていた。

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2016.09.20

近代日本美術の煌き! 1980年(昭和55)

Img_0003     東山魁夷の‘白い朝’(東近美)

Img_0002     岩橋英遠の‘北の海・陽’(山種美)

Img_0001     有元利夫の‘室内楽’(東近美)

Img     加守田章二の‘彩磁壺’(東近美)

絵画の楽しみ方は人それぞれだが、限られた画家だけに過度にのめりこむのではなく名の知れた画家ならできるだけ多くつきあっていこうというのが昔からのスタイル。これを続けているとある画家とある画家の深くむすびつきにふと気づくことがある。

例えば、東山魁夷(1908~1999)の‘白い朝’、これをはじめてみたときすぐ与謝蕪村の晩年の傑作‘鳶烏図’(重文 北村美)が浮かんだ。‘年暮る’も蕪村の国宝‘夜色楼台図’が重なってくる。魁夷は蕪村の日本人の琴線に触れる画風が心に沁みていたのかもしれない。

近代日本画で回顧展が行われることを強く願っている画家が二人いる。横山操と北海道出身の岩橋英遠(1903~1999)、岩橋は長寿を全うした画家なので作品はたくさんあるはず。だから、回顧展に遭遇するとあのスカッとする風景画が心を虜にするにちがいない。そのときは‘北の海・陽’とも再会したい。

有元利夫(1846~1985)の‘室内楽’は安井賞をとった作品。彫刻のような人物描写が有元の独自の画風。この描き方が誰の作品と似ているかと思いをめぐらすとどうしてもピエロ・デッラ・フランチェスカにいきつく。こんなビッグなイタリアの画家を消化するのは並みの才能ではできない。やはり有元利夫はすごい画家。

加守田章二(1933~1983)は最後の頃の絵付けに青を使うことが多くなる。そのなかでとても惹かれるのが青と黒のコントラストが印象的な‘彩磁壺’、なかなか洒落た壺でハイセンスな高原ホテルなどの部屋に飾ってありそうな感じ。

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2016.09.19

Rソックス ヤンキースとの4連戦をスイープ!

Img     ヤンキースの上位打線を抑え7セーブ目をあげた上原

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アリーグ東地区はRソックスが本拠地でヤンキースとの4連戦をスイープし、地区優勝に一歩近づいた。前半0-4でリードされていたが、徐々に追い上げ7回、ラミレスがこの試合2本目のホームランを放ち5-4とひっくり返した。

今日最後のクローザーをつとめたのは怪我から復帰し安定したピッチングを続けている上原、先頭打者のガードナーにはひやりとさせる打球を右翼にもっていかれたが、ライトのベッツが好捕。これに助けられあとの打者は難なく打ち取りゲームを締めくくった。

この勝利でチームは一気に地区優勝にむかって突き進む感じになってきた。2位オリオールズとのゲーム差は3、今の勢いならあすからのオリオールズとの4連戦も勝ち越す可能性がでてきた。流れは完全にRソックス。

となるとアリーグの関心はワイルドカード争いに移る、東地区のオリオールズとブルージェイスが2枚とるか、それともタイガース(中地区)かマリナーズ(西地区)のどちらかが1枚を勝ち取るか。残りゲームは13、期待したいのは最近勝利を重ねているマリナーズ、それを引っ張っているのが1番を打つ青木、9月は絶好調でここ数試合は複数安打が続き勝利に貢献している。

岩隈、青木の日本人コンビの活躍がマリナーズを久しぶりのポストシーズン進出に導くかもしれない。最後まであきらめず頑張ってほしい。

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2016.09.18

ジェニファー・ラッシュの ♪♪‘パワー・オブ・ラブ’!

Img       ジェニファー・ラッシュ

2週間くらい前、とても楽しいことがあった。美術館でいい絵に出会ったのではない。You Tubeで心をときめかせる名曲が耳にとびこんできたのである。その曲はというとバラード♪♪‘パワー・オブ・ラブ(愛の力)’(イギリス、1985年)、今毎日聴いている。

歌っているのはジェニファー・ラッシュという女性シンガー、ネットで調べたら1960年NY生まれのアメリカ人、主にドイツで活躍した歌手らしい。アメリカンポップスは若い頃は夢中になって聴いたのである時期まではヒットした曲はインプットされていた。でも、ジェニファー・ラッシュが歌ったこの曲はイギリスで発表されていたため情報から洩れてしまった。

You Tubeでほかの曲を聴いていて何の気なしに開いたら、こんなすばらしい歌が流れてきた。まったく知らなかったので強い衝撃が走った。視聴回数をみるとなんと1746万回!これはすごい回数。曲の魅力から即納得、今の今までどうして耳にひっかからなかったのか、もっと前に聴いていればどんなに楽しかったことか。

あのセリーヌ・ディオンもカバーしており、1994年にリリースされると全米で大ヒットしたという。ほかの歌手も歌っている。曲がいいのでみんないい気持になる。

ルノワールをはじめとして女性を描いた絵をみることは生涯の楽しみ、これと同じくらい幸せを感じるのがポップミュージックやミュージカルの天才歌姫の歌声を聴いてるとき。今、ジェニファー・ラッシュの‘パワー・オブ・ラブ’に200%嵌っている。

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2016.09.17

待望の‘鈴木其一展’!

Img      ‘朝顔図屏風’(左隻 江戸時代後期 メトロポリタン美)

Img_0001    ‘富士千鳥図’(江戸時代後期)

Img_0002          ‘向日葵図’(江戸時代後期 畠山記念館)

Img_0003          ‘日出五猿図’(1848年 野崎家塩業歴史館)

5年前、千葉市美で酒井抱一展があったとき弟子の鈴木其一(1796~1858)の絵もたくさん登場した。それらを楽しみながら、次は鈴木其一単独の回顧展をみてみたいと強く思った。だが、同時にそういうことは実現しないだろうなという気もした。

ところが、‘鈴木其一、全部見せますよ!’と意気に感じる美術館が現れた。ミッドタウンのサントリー美、‘鈴木其一 江戸琳派の旗手’は9月10日に開幕し10月30日まで行われる。会期中に展示される作品の数は全部で120点くらい。いつものようにサントリー得意の細切れ展示なので全部みようとすると3回も出動しなくてはならないが、これまでみたものが多くあるので一度で終わり。

お目当てはメトロポリタンからやって来た‘朝顔図屏風’、会期中ずっと展示されるのでいつ出かけても楽しめる。日本での公開は過去2回あったが、幸運にも両方みた。最初が1994年名古屋市博で開かれた琳派展、そして次が2004年の東近美の琳派展、この朝顔図はMETにある日本画のなかでは人気No.1の絵らしい。以前BSプレミアムでこの絵が紹介され、大勢のアメリカ人が目を輝かせてみていた。

アメリカの琳派ファン同様はじめて名古屋でお目にかかったとき、朝顔の質感描写に200%KOされた。深みのある青の花弁のなかからでてくる光の美しいこと、そして見飽きさせないのが朝顔のバリエーションの多さ、花の大きさ、向きに変化をつけ、さらになす紺のような青にも微妙に違いがみられる。光琳の燕子花に比べ自由で生感覚の感じがあり現代のグラフィックデザインをみているような気分になる。3度もみれてこれほど幸せなことはない。

久しぶりの対面となった‘向日葵図’にも思わずうなった。江戸の後期に日本でもこんなすばらしい向日葵の絵があった。光琳も抱一もここまで近代感覚にあふれた静物画にはたどり着かなかった。鈴木其一の画才、恐るべし。

初見で収穫だったのは屏風絵の‘富士千鳥図’、目を釘づけにする作品がひょいと現れるのが回顧展のいいところ。個人コレクターの目だけを楽しませたものが多くの琳派ファンにも披露されるのだからたまらない。じっとみていたらいろいろな姿で描かれた千鳥が朝顔のバリエーションと構成と重なってきた。

‘日出五猿図’にも魅了された。猿が五匹、互いに手をつないで丸い太陽を囲んでいる。こんなアイデアもでてくるのだから其一の頭のなかは想定外に柔らかい。ダリ展のあとにこの絵をみたから敏感に反応した。

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2016.09.16

期待が大きすぎた国立新美の‘ダリ展’!

Img_0003     ‘子ども、女への壮大な記念碑’(1929年 ソフィアセンター)

Img_0001    ‘見えない人物たちのいるシュルレアリスム的構成’(1936年)

Img_0004     ‘ポルト・リガトの聖母’(1950年 福岡市美)

Img     ‘ラファエロの聖母の最高速度’(1954年 ソフィアセンター)

東京都美のポンピドーセンター展は遅い出動だったのに、‘ダリ展’(9/14~12/12)は開幕日に足を運んだ。場所はこのところヒットを連発している国立新美。ダリ(1904~1989)に魅せられた人は世の中には大勢いることはわかっているが、観客の多さをみるとダリはやはりピカソとともに特別な存在であることを思い知る。

展示されている作品はフィゲラスのガラ=サルバドール・ダリ財団、マドリードのソフィア王妃芸術センター、アメリカのフロリダ州、セント・ピーターズバーグにあるサルバドール・ダリ美、そして国内のダリで評判をとっている美術館が所蔵しているもので構成されている。油彩、オブジェ、ジュエリーなど250点、チラシには日本では過去最大規模のダリ展をうたっている。

この文句に期待して初日に動いたのだが、どうも期待しすぎだった。主要3館の作品でほとんど占められていると思っていたが、これがハズレ大きな作品は皆日本の美術館がもっているものだった。これらは日本にあるダリのビッグ3と勝手によんでいるもの。まさに日本にあることが信じられないほどの傑作、だからこの揃い踏みをみるだけでも出かける価値はあると思うが、すでにみているので心のなかではフィゲラスの大作がみたかったのに、と泣いている。

そのビッグ3とは‘ポルト・リガトの聖母’(福岡市美)、‘幻想的風景’(横浜美)、‘テトゥアンの大会戦’(諸橋近美)、諸橋近美からはもう2点強く印象に残る作品がでている。みてのお楽しみ!

ソフィア王妃センターのダリコレクションでまず足が止まるのは‘子ども、女への壮大な記念碑’、このようにダリは作品を長いタイトルをつけてくれるから画面にすっと入っていけそうな気がするが、シュルレアリスムはそう簡単には近づけない。上のほうに鳥の頭やライオンがみえ、左に裸婦をみつけたが、子どもは一体どこにいるの?これをみるのは2度目だが、ダブルイメージの男の顔を数えるので精いっぱい。

収穫は‘ラファエロの聖母の最高速度’、最近はビッグバンや量子力学などにどっぷり嵌っているから、素粒子や核分裂に関心を寄せていたダリに以前にもまして親近感を覚えるようになった。そして、初期の‘見えない人物たちのいるシュルレアリスム的構成’(ガラ=サルバトーレ・ダリ財団)にハッとした。それは椅子とベッドにできた人型の窪み。これはタイトルの通り。でも、この表現はダリにしか思いつかないとわかってすぐ突き放される。

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2016.09.15

久しぶりのシャガール!

Img_0002     シャガールの‘杯を掲げる二重肖像’(1917年)

Img     ブランクーシの‘眠る詩神’(1910年)

Img_0003     クプカの‘垂直の面Ⅰ’(1912~13年)

Img_0001     ヤーコブ・アガムの‘ダブル・メタモルフォーゼⅢ’(1969年)

20世紀の初頭から近代絵画の分野で新たな地平を切り開いた画家ですぐ思い浮かぶビッグネームというと、ピカソ、マチス、そしてシャガール。このなかで開催される回顧展の数が多いのはやはりピカソ、2年に一度くらいの頻度でどこかの美術館にピカソが並んでいるというイメージがある。

これに対して最近回顧展にお目にかかったという印象が薄れているのがシャガール(1887~1985)、これまでシャガールの展覧会は見逃すことなく足を運んできたが、最後にみたのは2007年に千葉市美で行われたもの。それから9年も経つ。

3年前、NYのMoMAを訪問したときとても残念なことがあった。シャガールの代表作‘私と村’が飾ってないのである。再会を楽しみにしていたのでがっくりきた。今はアンリ・ルソーの人気のほうが上なのかもしれない。日本でシャガールがみれなくなったのはこうしたことも影響しているのだろう。

今回のポンピドーセンター展に展示されたのは過去にもやって来た‘杯を掲げる二重肖像’、この絵がおもしろいのはベラとそのベラに肩車されたシャガールが下にみえるヴィテブスクの街にくらべて馬鹿でかいこと。まるで巨人ガリバーのよう。この巨人化のほかにシャガールは頭を胴体から切断して宙に浮かせたり顔を逆さにして首にくっつてたりもする。そんなファンタジックな世界にまたつつまれたい。

ブランクーシ(1876~1957)のブロンズ像‘眠る詩神’もクプカ(1871~1957)の‘垂直の面Ⅰ’もシャガールの絵同様、19年ぶりに再登場した。パリにいるような気分でとても楽しい。

ヤーコブ・アガム(1928~)のオプ・アート、‘ダブル・メタモルフォーゼⅢ’は現地でソトやヴァザルリと一緒の部屋の飾ってあったようなそうでないような、、錯視画のようにリズミカルに動く模様は表面にストロー状のものを色をつけて置きそれによってできた凹凸から生まれていた。明るい配色にも魅了され長くみていた。

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2016.09.14

東京都美の‘ポンピドゥー・センター傑作展’!

Img     ピカソの‘ミューズ’(1935年)

Img_0002         ドローネーの‘エッフェル塔’(1926年)

Img_0001     ビュフェの‘室内’(1950年)

Img_0003         ラムの‘物音’(1943年)

パリにある美術館はルーヴルでもオルセーでもポンピドゥーセンターでも気前よく作品を日本に貸し出してくれる。今回、東京都美で開催されている‘ポンピドゥーセンター展’(9/22まで)も館自慢の傑作が出し惜しみされることなくずらっと並んだという感じ。すばらしい!

作品の数は絵画、彫刻、オブジェ、写真など全部で71点、現地でみたこともない作家も続々とでてくる。東京都美へ出向くのが遅れたのはポンピドゥーセンターは済みマークをつけている美術館だから。もういいかなというのは図録に載っている作品は大方目のなかに入ったということで、膨大な作品群を鑑賞し尽くしているわけではない。だから、チラシにでているもので気になるものがあれば足を運ぶべし、となる。

展覧会の目玉のひとつであるピカソ(1881~1973)の‘ミューズ’は運よく現地でみた。でも4回訪問して一度しか展示されてなかった。やはり、インパクト度ではこれが一番かな、ミューズとは長くお付き合いさせてもらっているが、‘ミューズに感謝!’と心をこめていうときはこの絵をイメージしてなく別のもの。

ドローネー(1885~1941)の‘エッフェル塔’は最も気になっていた絵。大きなエッフェル塔を下から眺めるとこの絵のように塔の一部が画面からはみ出す感じになる。塔の高さを実感させる構図のとりかたにいっぺんに嵌った。

ドローネー同様、収穫だったのがビュフェ(1928~1999)の‘室内’、ぱっとみると平板な絵にみえるが空間の表現はマチスの室内画を思い起こさせる。こういう遠近法的でない描き方のほうが部屋に開放感があり、椅子やストーブなどのモチーフの存在をより強く認識する。

ラム(1902~1982)の‘物音’はピカソの‘アヴィニョンの娘たち’のイメージがかぶってくる。NYのMoMAにラムの漫画チックに描かれた土人が登場する作品があるが、ポンピドーにも同じような絵があるとは知らなかった。

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2016.09.13

近代日本美術の煌き! 1979年(昭和54) その二

Img_0001          石本正の‘青衣立像’(東京都美)

Img          梶原緋佐子の‘白川路’(松岡美)

Img_0002     楠部彌弌の‘色絵早春茶盌’(新潟 敦井美)

いい日本画が意外な美術館の所蔵になっていることがある。例えば、小野竹喬の作品で大変魅了されている‘奥入瀬の渓流’があるのは東京都現美、現代アートがメインの展示なのに小野竹喬のすばらしい絵がおさまっていることがわかるとほかにも日本画があるのかと関心がむかう。

明日、ポンピドーセンター美展をみるため出かける東京都美、ここにも1点ある。それは石本正(1920~2015)の‘青衣立像’、石本という画家を知ったのは‘昭和の日本画100選’(1989年)にこの半裸婦像が載っていたから。所蔵する美術館をみると東京都美。この美術館は展覧会を行うが作品はもっていないというイメージがあるが、この絵は例外的に所蔵しているものなのかもしれない。

京都市出身の梶原緋佐子(1896~1988)は馴染みの薄い女流画家で、これまで目のなかに入った作品は両手くらい。京都で活躍した画家なので京都市美とか京近美でお目にかかったような気がするが、記憶が定かでない。東京では松岡美にある‘白川路’が強く印象に残っている。白い布を頭にかぶり右手にもったススキを肩にひょいとのせて歩いている女性。よくみるとなかなかの美形。長いことみていた。

楠部彌弌(1897~1984)の‘色絵早春茶盌’は最晩年の作品。琳派風の装飾がなんとも目に心地いい、これはみたのは25年くらい前新潟の敦井コレクションが日本橋の高島屋にやって来たとき。琳派狂いだからこの華麗な絵付けに心を奪われた。

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2016.09.12

近代日本美術の煌き! 1979年(昭和54) その一

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Img_0003     加山又造の‘月光波濤’

Img     奥田元宋の‘かい’(日本芸術院)

Img_0001     岩橋英遠の‘彩雲’(北海道立釧路美)

加山又造(1927~2004)はお気に入りの作品が多いので5点を選ぶのに苦労する。でも、水墨画の傑作‘月光波濤’はすぐ決まる。この絵を画集でみて以来いつかこの目で思い続けていたが、10年前の2006年にようや願いが叶った。場所は東京の美術館ではなく神戸、大丸の神戸店で回顧展があったので新幹線に飛び乗った。

屏風の前に立ったとき体が震えた。荒々しい波が岩にぶちあたって大量の水しぶきをあたり一面に舞い上げ、鋭角的な形をした岩の先端からは幾筋もの細い滝が垂直に流れ落ちていいる。そして、右に目をやるとたらしこみで描かれた月が静かに海面を照らしている。この絵と遭遇したことは生涯の喜び。

上野の森美術館の隣にある日本芸術院、常時作品は公開(無料)されてないがときどきいい作品に出合うことがある。奥田元宋(1912~2003)の代表作のひとつ‘かい’は日本芸術院の所蔵。これまで2回お目にかかったが、一度はここでみた。三日月が印象的。

岩橋英遠(1903~1999)の‘彩雲’はおそらく多くの人がこの雲からマンボウを連想するにちがいない。画家の創作意欲に火をつけるのは自然から受ける大きな感動であることはまちがいない。岩橋は故郷の北海道で偶然出会ったこのマンボウのような雲をみて作品にしようと思ったらしい。昔から気になっている風景画だが、今は気象現象にかなりのめりこんでいるのでこういう雲そのものに非常に興味がある。

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2016.09.11

近代日本美術の煌き! 1978年(昭和53)

Img_0001     森田曠平の‘渡来図’(横浜美)

Img_0002     谷内六郎の‘ラッシュアワー’(横須賀美)

Img     塚本快示の‘白瓷唐草文輪花大皿’

今メアリーカサットの回顧展を開催している横浜美、企画展を楽しんだあとは導線にしたがって平常展示の部屋に飾られている作品も一通りみることにしている。西洋絵画ではダリなどにびっくりさせられるが、ここの見どころは充実し近代日本画コレクション。

森田曠平(1916~1994)の‘渡来図’は心に残る作品のひとつ、これが南蛮屏風が描かれた桃山時代から江戸時代初期のころのものと表記されていたとしてもすっと受け入れられる。風俗画といいこの南蛮図といい、森田の歴史画は当時の雰囲気を今に伝えているところが一番の魅力。ポルトガルまで出かけて想を練ったというから南蛮への思い入れは相当強かったようだ。

最近は横須賀美にご無沙汰しているが、10月に新宮晋の回顧展が開催されるのでクルマを走らせることにしている。そのとき谷内六郎(1921~1981)の‘週刊新潮’の表紙絵が展示されている部屋ものぞいてみるつもり。

以前購入した図録には美術館に寄贈された1300点あまりのうち120点が掲載されている。‘ラッシュアワー’は本物はまだみてないが、お気に入りの作品。小さいころこの絵のような蟻遊びをよくした。15年くらい前、甥っ子に‘叔父さん、一緒に遊ぼう’と誘われた。

塚本快示(1912~1990)は白磁・青白磁の人間国宝。中国の白磁の研究を深め独自の技を究めた。‘白瓷唐草文輪花大皿’は温かみを感じさせる白磁、調和がとれ配置のバランスがいい外の輪花と内の唐草文の組み合わせに引き寄せられていく。

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2016.09.10

近代日本美術の煌き! 1977年(昭和52) その二

Img     高山辰雄の‘いだく’(東近美)

Img_0001     上村松篁の‘閑鷺’(山種美)

Img_0002     山田貢の‘紬地友禅着物 夕凪’(東近美)

絵には写実的な絵から抽象画までタイプの違う絵がいろいろある。具象でもぱっとみて何が描いているのかよくわからない作品もある。東近美の平常展でお目にかかった高山辰雄(1913~2007)の‘いだく’は絵の前に長くいないとタイトルのイメージがつかめない。

絵の主役は赤ちゃんというのはわかる、だが、この幼子を抱いている二人の女性がちょっと変、手がみえるがこれが左の女性の手か正面向きで下をみている女性の手がよくわからない。とにかくこの二人と幼子がいるのは幻の世界。西洋人がこの絵をみたらおそらく聖母子像が重なってくるにちがいない。そういうことを思うとこれはスゴイ絵。

上村松園(1875~1949)の息子の上村松篁(1902~2001)と孫の上村淳(1933~)は現代に生きる人たちの感性に響く見事な花鳥画がいくつもも描いた。このライブ感のある花鳥画が大きな魅力、‘閑鷺’に描かれた3羽の鷺(さぎ)の姿がリアルで生き生きとしているのは松篁が自宅にミニ動物園をつくり何種類もの鳥を飼い熱心に観察していたから。こんな花鳥画が居間にあると穏やかな心持で毎日が過ごせる。

山田貢(1912~2002)の‘紬地友禅着物 夕凪’はなんだか漁村を描いた風景画を見ているよう。静かな夕暮れの浜辺に網干がずらっと並んでいる。網干が着物の文様になると直感する絵心は並みの才能では生まれてこない。

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2016.09.09

近代日本美術の煌き! 1977年(昭和52) その一

Img_0001     奥村土牛の‘吉野’(山種美)

Img     小野竹喬の‘沖の灯’(山種美)

Img_0002     岩澤重夫の‘虹(天地創造)’

Img_0004     奥田元宋の‘秋巒真如’(広島県美)

画家の描く風景画がかつて足を運んだところだと画面への食いつきが全然ちがう。奥村土牛(1889~1990)の‘吉野’をみるたびに、日本一の桜に深く感動したことがよみがえってくる。土牛はこの絵についてこんなことを言っている。

‘昭和51年に3度みて初めて歴史的にも山の厳しさに打たれた。華やかと言うよりも気高く寂しい山であることを知った。いざ制作している中に、何か荘厳の中に目頭が熱くなった。何か歴史画を描いて居る思いがした’

土牛と同じ年に生まれた小野竹喬(1889~1979)も前年の‘奥の細道句抄絵’の調子を再び繰り返したようなすばらしい海を絵を描いている。はじめてこの‘沖の灯’をみたとき水平線のちかくの漁火を表す星の光に心が震えた。

文化勲章を受賞した土牛や竹喬とはちがい岩澤重夫(1927~2009)は文化功労賞ももらっていないが、目を釘づけにさせる雄大な風景画をみるとつくづくビッグな画家だなと思う。出身は大分県の日田市。2010年日本橋の高島屋で回顧展があったとき天地創造の副題がついた‘虹’を立ち尽くしてみていた。

広島に住んでいたとき県立美術館でよくみたのが‘赤’の画家、奥田元宋(1912~2003)の‘秋巒真如’、月明かりがこれほど美しく感じられる絵はそうない。最近元宋の風景画にご無沙汰している。どこかの美術館で回顧展を開催してくれると嬉しいのだが。

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2016.09.08

近代日本美術の煌き! 1976年(昭和51) その二

Img     広田多津の‘鏡’

Img_0001     十三代今右衛門の‘色絵吹墨薔薇文花瓶’(佐賀県九州陶磁文化館)

Img_0002     栗木達介の‘這行する輪態’(東近美)

先週出かけた五浦美で佐久市近美が所蔵する近代日本画をいくつもみたが、お目当ての横山操の‘雪原’のほかに思わず足がとまった作品があった。それは京都生まれの女流画家、広田多津(1904~1990)の舞妓像。

橋本明治や寺島紫明、石本正にも舞妓の絵はあるが、受ける印象は広田多津の舞妓が一番強い。それは舞妓の顔がとても野性的に描かれ見慣れた舞妓のイメージと大きくちがっているため。この特徴は裸婦像でも変わらない。ボリューム感たっぷりに描かれた‘鏡’は画家の代表作で‘昭和の日本画100選’(1989年)にも選ばれている。これは個人蔵のためまだ縁がない。いつ会えるだろうか?

昨年末日本橋三越で十三代今右衛門(1926~2001)の回顧展が開かれた。出品作のなかで魅了されたのが吹墨の技法による初期の作品‘色絵吹墨薔薇文花瓶’、吹墨でできたもやっとした感じの点文の地に赤の薔薇が浮き上がっている。今右衛門のやきものをみたときに生まれる感動は絵画でいうと東山魁夷の‘青’に魅せられるのと似ている。

3年前急逝した栗木達介(1493~2013)の‘這行する輪態’はそのタイトルがピッタリくる陶器のオブジェ。現代彫刻家の作品と境界線がなく形のもつ力を陶芸でおおらかに表現している。昨年東近美で回顧展があったような気がしたが、見逃してしまった。

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2016.09.07

近代日本美術の煌き! 1976年(昭和51) その一

Img     小野竹喬の‘奥の細道句抄絵’(京近美)

Img_0001_2     山口華楊の‘木精(こだま)’(山種美)

Img_0002     山本丘人の‘壁夢’(山種美)

画家の最高傑作といわれる作品が絵描き人生のどの時点で生み出されたのかをみてみるとその画家の才能に対していっそう興味がわく。小野竹喬(1889~1979)の作品で最も惹かれている‘奥の細道句抄絵’(10点)が描かれたのは竹喬が87歳のとき。

10点あるうち心に響くのが‘あかあかと日は難面のあきの風’、意匠化された太陽やススキ、雲を軽やかに表現し、真ん中に鮮やかな朱の色面を印象的に配する構図が見事。晩年のマチスが色紙を使って色彩の力を最大限生かした作品を制作したように竹喬は好きな芭蕉の俳句をもてる色彩感覚を発揮して豊かに表現した。まさに天性のカラリストの真骨頂、ここにあり、という感じ。

山口華楊(1899~1984)の代表作‘木精(こだま)’は二度みる機会があった。山に奥深く入っていくとこんな木の生命力を感じる光景に出くわす。描かれているのは北野神社にある樹齢400年の老欅(けやき)の根節。みみずくが低いところにいるのはイメージと合わないが、森の神秘性を象徴的に表していると思うと違和感はない。

山本丘人(1900~1986)には厳しい山や海の光景を骨太に描いたもののほかに女性がメルヘンチックな姿で登場するものがある。髪の長い後ろ姿の女性は紫陽花の向こうに飛んでいく鳥の群れを眺め、右の女性は腰をかがめて下の花をとろうとしている。おもしろいのが二人の間に今大流行の猫がいること。なにか物語を感じる作品である。

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2016.09.06

大リーグ 終盤 PSに進出するのはどのチーム!

Img     ダイアモンドバックス戦に好投し14勝目をあげたマエケン

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ドジャースのマエケンは今日のダイアモンドバックス戦に先発し三振8つ失点1と好投し14勝目をあげた。ドジャースはこの勝利で西地区2位のジャイアンツに4ゲームの差をつけた。このまま地区優勝にむけて突っ走りそうな感じになってきた。

レギュラーシーズンは残り25試合くらい、あと一ヶ月でポストシーズンへ進出するチームが決まる。ア・ナリーグで地区別にみて優勝がほぼ間違いないのはレンジャーズ(ア西地区)、ナショナルズ(ナ東地区)、カブス(ナ中地区)、激戦地区はアリーグの東地区、現在ブリュージェイス、Rソックス、オリオールズは2ゲーム差で首位を争っている。

今日から戦列に復帰した上原と田沢のいるRソックスが優勝することを願っているが、最後の最後までもつれそう。キツイ戦いだろうが脱落しなければ優勝を逃したとしても2枚あるワイルドカード(WC)をこの地区で独占するかもしれない。

今首位にいるチームがそのまま首位をキープしそうなのがアリーグ中地区のインディアンスとマエケンのいるドジャース、インディアンスの監督は名将フランコーナ、松坂が移籍したRソックスがワールドシリーズを制覇したとき監督、めぐってきた優勝のチャンスを逃すことはないだろう。そして、2位につけているタイガースはWCを手に入れる可能性は十分にある。

ナリーグのWC争いはジャイアンツと東地区のメッツになりそう。イチローのいるマーリンズ(東地区)はスタントンのケガなどで得点力が低下しこのところ黒星続き、残念だがジ・エンド。

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2016.09.05

近代日本美術の煌き! 1975年(昭和50)

Img_0002     岡鹿之助の‘燈台’

Img_0003     池田遙邨の‘群’(倉敷市美)

Img_0001     小倉遊亀の‘古九谷鉢葡萄’

Img       中里無庵の‘朝鮮唐津耳付水指’

燈台がでてくる絵を描いた画家というとすぐ2人の人物が思い浮かぶ。アメリカのホッパー(1882~1967)と日本の岡鹿之助(1898~1978)。島に住んでいる人とか釣りが趣味の人は燈台は身近に感じられる存在かもしれないが、海に遠い人は普段は縁がない。

風景画はそうした日常生活ではあっても過去みた燈台の情景をよみがえらせてくれるから有り難い。岡鹿之助の燈台は明るいホッパーの絵とはちがってスーラ風な静かでもやっとした感じ。白い燈台のまわりに建物がいくつも描かれているのでなんだかお城のようなイメージもする。

池田遙邨(1895~1988)の回顧展を運よく2度体験した。そのため画業全体の特徴がおおよそつかめている。とても惹かれているのが意表を突く画面構成。‘群’では雪原を鹿の群れがひと固まりになって跳んでいる。ぱっとみると鹿たちは雪の降る空を鶴のように飛んでいるようにみえる。おいおい、鹿が空を跳ぶの?という感じ。そして、洒落ているのが右下に描かれている赤い寒椿。ここにはファンタジックな世界がある。

小倉遊亀(1895~2000)の作品のなかには人物画だけでなく優れた静物画も数多くある。描かれているのは花や果物だが、花瓶や器に古九谷がよくでてくる。‘古九谷鉢葡萄’は葡萄を食べたくなる気分にさせる作品。濃密な色使いが魅力の古九谷は濃い紫の葡萄と親和性がいいが、これにまわりの空気を軽やかにさせる岡山のマスカットのような葡萄も一緒に盛られてる。

九州にはやきものの里がいくつもあるが唐津焼も多くの人に愛されている。中里無庵(1895~1985)の‘朝鮮唐津耳付水指’は唐津焼の魅力が存分に発揮された名品。心に強く響くのが白の藁灰釉の流れ、窯の中で偶然こういう形になったのだろうが、作り手の思いが生みだしたともいえる。

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2016.09.04

近代日本美術の煌き! 1974年(昭和49)

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Img_0003      森田曠平の‘出雲阿国’(山種美)

Img_0002     片岡球子の‘娘’(山種美)

Img_0004    奥田元宋の‘玄溟’(山種美)

明治時代以降に活躍した日本画家が古典画から影響をうけて作品を描く場合、独自の画風で歴史画や風俗画を完成させるものと色使いやモチーフの表現が古典と連続した流れを感じさせるものがある。前者の代表が安田靫彦、小林古径、前田青邨、そして後者の画家は加山又造と森田曠平。

桃山時代から江戸初期にかけて京都で町衆文化が盛んになり、洛中洛外図や踊りや祭りの絵がたくさん描かれた。森田曠平(1916~1994)の‘出雲阿国’はそのなかの一枚かと間違ってしまいそうな作品。この金を多く使った見事な風俗画は加山又造の‘千羽鶴’や‘春秋波濤’と同様、200%KOされている。

男装した阿国のお姿をみるたびに性を入れ替えて楽しむ気分はこのころからはじまりそのDNAは美輪明宏やピーターらにしっかり受け継がれていることに気づく。つきぬけた行動や身なりは最初は異物扱いされるがその性別をこえた強いパワーは徐々に人々の心のなかに入っていく。阿国的な生き方はいつの時代にも必要なのかもしれない。

‘面構’シリーズで一世を風靡した片岡球子(1912~2003)には見慣れた絵とは違う愛らしい人物画が1点ある。大変気に入っている‘娘’、はじめてみたとき意外な画風に面食らった。このモデルは色白で目がくりくりっとしているから、フィギュアスケートの浅田真央ちゃんを連想する。

奥田元宋(1912~2003)は平山郁夫と同じく広島県の出身。広島に9年いたのでTV番組に出演して広島弁でしゃべる姿に親しみを覚えていた。東山魁夷の持ち色が‘青’なのに対し、元宋は‘赤’の画家といわれている。ときどき図録を広げ‘玄溟’など深く燃えるような赤を目に焼きつけている。

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2016.09.03

近代日本美術の煌き! 1973年(昭和48)

Img     北沢映月の‘想(樋口一葉)’(山種美)

Img_0001     森田曠平の‘京へ’(京近美)

Img_0002     田中一村の‘熱帯魚三種’

明治時代に活躍した小説家、樋口一葉を描いた日本画家は2人いる。美人画の鏑木清方と京都に生まれた女流画家、北沢映月(1907~1990)。はじめて‘想’をみたとき、こちらをむいている一葉にばかり気をとられ、雪の降る背景に線描された3つの小説の主人公に注意がいかなかった。

二度目に向き合ったとき、こういう絵の構成に感心しながらみた。右が‘たけくらべ’の美登利、真ん中が‘にごりえ’のお力、そして左が‘十三夜’のお関、映月は歴史や文学上の女性を描くのに熱心で‘想’の翌年には八百屋お七も取り上げている。

森田曠平(1916~1994)の女性画に大変魅了されており回顧展に遭遇することを望んでいる。でも、なかなか実現しない。そのため縁のあった片手くらいの作品でこの画家イメージができあがっている。‘京へ’はたしか京近美の平常展示でお目にかかった。土田麦僊のほんわかした大原女とはちがって装飾的な画面構成と女たちのきりっとした目が強く印象に残っている。

濃密な色使いと精緻を極めた写実描写が心をとらえて離さない田中一村(1908~1977)の南国画、魚の図鑑をみるように画面全体を隅から隅までみてしまうのが‘熱帯魚三種’、じつはまだ沖縄に行ったことがないが、こういう絵をみると沖縄とか奄美を旅したくなる。

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2016.09.02

五浦美で念願の横山操の‘雪原’と対面!

Img     横山操の‘雪原’(1963年 佐久市立近美)

Img_0001     平山郁夫の‘仏教伝来’(1959年)

Img_0002     広田多津の‘立像’(1975年)

Img_0003     千住博の‘ウォーターフォール’(2000年)

先月は長野県諏訪湖のほとりにあるサンリツ美を訪問したが、今度は三度目となる茨城県北部の五浦美に遠征した。今回は隣の方はお休みなのでクルマは走らせず、JR常磐線の特急に品川から乗り込んだ。列車の利用ははじめてなので勝手がわからず家を出たのは朝の8時20分、最寄りの駅、大津港駅に着いたのは午後1時をまわっていた。

茨城県天心記念五浦美で明後日の9/4まで行われているのは長野県の佐久市立近美が所蔵する日本画の名品展‘日本画、新しき風にのせて’、ここになんとしてもみたい作品がでている。それは横山操(1920~1973)の
‘雪原’、‘近代日本美術の煌き! 1963年’にも紹介したこの絵とお目にかかれる機会がやっと巡ってきた。

実際にみてみると図版ではわからないところがいくつもある。雪原の土色にみえる部分は金箔が施されており、中景、遠景の細い木々にはところどころプラチナが塗られている。そして、画面上部の一番遠いところはすべて墨のたらしこみで塗りつぶされている。

画面構成については感心していることを本物で確認した。木々の枝の向きからここでは風は右から左に吹いていることがわかる。手前右のところに濃い墨で描かれた最も大きな木を何本も斜めにならべ、積もった雪の表面にその影をうすくつけている。

こうした細部の表現にも惹かれるが、広い空間を感じさせる木々の塊の配置の仕方に見入ってしまう。右の木々の大きな塊は斜めのラインで間に細長い水たまりを挟みその向こうの木々につなげられ、アクセントとなっている水たまりは上にむかって層をつくるようにのび、左右の木に視線がまんべんなくいきわたるのをたすけている。

サンリツ美から帰ったあと、長野方面はこの次‘雪原’をみるため佐久市をめざすことを決めていた。ところが、運よく五浦美で遭遇したので佐久行きは消えた。

ほかの作品はさらさらとみた。足がとまったのは一度みたことがある平山郁夫(1930~2009)の‘仏教伝来’、広田多津(1904~1990)の‘立像’、千住博(1958~)の‘ウォーターフォール’。これらはオマケ感覚、長いこと対面を待った‘雪原’と会えたので数が少なくても気にならない。

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2016.09.01

近代日本美術の煌き! 1972年(昭和47) その二

Img     石本正の‘舞子裸婦’(山種美)

Img_0001     黒田辰秋の‘乾漆耀貝螺鈿飾筺’

Img_0002     加守田章二の‘彩色壺’(栃木県美)

絵の才能があるにせよないにしろ裸婦は画家にとって一度は描いてみたくなるモチーフ、日本画家にも裸婦図が画業のなかで大事な作品になっている画家がいる。杉山寧、加山又造、そして石本正。

島根県出身の石本正(1920~2015)は昨年亡くなった。山種美には着物がはだけ豊かな胸を見せる女性を描いたものと舞妓の姿を同じように正面からみたものがあるが、ドキッとするのはやはり裸婦のほう。そしておもしろい描き方に気づく。顔と胸の形がよく似た丸になっている。

黒田辰秋(1904~1982)の回顧展を2年前、横浜そごうでみたとき心を震わせる螺鈿の傑作に出会った。この飾筐の全体に使われている青はメキシコ産鮑貝の真珠層、そして蓋の中心から放射状に配されているのは白蝶貝、螺鈿はみる角度によって光の輝きがいろいろ変化するのでつい夢中になってみてしまう。

加守田章二(1933~1983)の‘彩色壺’にはいろんなイメージが重なる。小さいころみた芋虫のゆるキャラがもそもそと歩いているところを想像したり、暖かい海の底で繁殖した藻が泡を出しながらゆらゆらしている風景にもみえる。Myカラーが緑&黄色なのでこういう作品には200%惹きこまれる。

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