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2016.08.02

近代日本美術の煌き! 1967年(昭和42) その二

Img_0003     石黒宗麿の‘鉄絵荒蕪文平鉢’(愛知県陶芸美)

Img_0002         芹沢銈介の‘津村小庵文帯地’(東北福祉大)

Img     鹿児島壽蔵の‘志賀島幻想箕立事’

やきものの展覧会で楽しいのは作品自体が茶碗や壺といったあまり大きくないため一度に多くの作品がみれること。年初に渋谷の松濤美でみた石黒宗麿(1893~1968)の回顧展では全部で120点くらいでてきた。

新進の陶芸家ならまだ作品の数が十分揃わないが、長いことやきものをつくっている作家ならバラエティにとんだ作品がずらっと並ぶ。石黒の作域はとても広い。中国の磁器をとことん追及してしているから、いろんな形や絵付けのモチーフがでてくる。‘鉄絵荒蕪文平鉢’な最晩年の作品、描かれているのは荒地に生えている草、そのたくましい姿が胸を打つ。

今年は春ごろ東近美の工芸館で染色家、芹沢銈介(1895~1984)の展覧会があった。ちょっと心が動いたが、図録が3冊もたまっている今回はパスした。染色の仕事は染めの技の会得、図案の構成、色彩の選び方など多くの経験が必要、そのなかでもっとも難しいのが図案、芹沢は70歳をこえてもその卓越したデザイン力はなお大きな強さを持っており、村の風景をもこもことした曲線を使って表現した‘津村小庵文帯地’を生み出した。

2年前東博で行われた人間国宝展で鹿児島壽蔵(1898~1982)のとてもユニークな造形をした‘志賀島幻想箕立事’に出会った。逆立ちをした人魚が腰をぐっと曲げる格好をしている。ここ数年やきもの以外の工芸に関心がむかっているので、こういう作品をみると敏感に反応する。もうすぐリオオリンピックがはじまるが、女子体操の平均台の演技をイメージした。

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