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2016.08.04

近代日本美術の煌き! 1968年(昭和43) その二

Img     小倉遊亀の‘観自在’(滋賀県近美)

Img_0001     棟方志功の‘門世の柵’(鎌倉 棟方板画美)

Img_0002     橋本明治の‘舞扇’(松岡美)

Img_0003     岡本太郎の‘明日の神話’(部分)

画家が制作した絵画がどんなときどういう思いをこめて描かれたのかをさもすべてを承知しているかのように語るのが美術評論家、絵画を真に楽しんでない人はこういう人の意見を熱心に聞く。でも本当にすごい審美眼をもっているのはほんの一握り。多くの人は美術という歴史の研究者にすぎない。だから、どの絵が傑作中の傑作かといったことはよくわかってない。

絵のことが少しわかってきたらこういう余計なことを考えさせる人たちの話はほどほどにしたほうがいい。画家のイメージも作品を多くみて自由につくっていく。では小倉遊亀(1895~2000)はどんな風にみえるか、つくづく優しい心根をもった人だなと思う。

‘観自在’の観音菩薩様はえらの張った顔をしている。モデルに使った女の子や若い女性の顔もみなこんな感じ、これを勝手に‘柿顔’と呼んでいる。丸のような四角のような顔をしているから、すごく親しみを覚える。そして、サプライズは観音様は蓮台を飛びたとうとしていること。こんな動きのある仏画はみたことがない。

棟方志功(1903~1975)の大首絵の美人画に大変魅了されている。どれもまん丸の顔だちでほっぺは小さな子供のように真っ赤。‘門世の柵’は最も好きな一枚、ピチピチした肌が目に眩しいj女性の姿はまさに命を生み出す女性エネルギーそのものという感じ。

橋本明治(1904~1991)の‘舞扇’は白金にある松岡美のコレクション。もう何年もこの美術館はご無沙汰しているが、東京都庭園美でいい企画展があれば足をのばしてみたい。そのとき明治のお得意の舞妓と再会できるだろうか。

JR渋谷駅と京王井の頭線渋谷駅の連絡通路のところに岡本太郎(1911~1996)の大壁画‘明日の神話’が飾られたのは2008年の11月18日、それから8年が経った。今ではじっと立ち止まってみることもなく、渋谷にある馴染みの風景の前を通り過ぎているという感覚になっている。

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