« 近代日本美術の煌き! 1970年(昭和45) その二 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1971年(昭和46) その二 »

2016.08.29

近代日本美術の煌き! 1971年(昭和46) その一

Img     前田青邨の‘知盛幻生’(部分)

Img_0001     片岡球子の‘面構 葛飾北斎’(神奈川県近美)

Img_0002     小倉遊亀の‘舞う’(山種美)

絵画のジャンルひとつに歴史画がある。日本画でよく取り上げられるのが源平合戦や源義経物語、前田青邨(1885~1977)の‘知盛幻生’は頼朝に追われた義経の話が描かれている。

だが、ここに描かれているのは義経・弁慶ではなく壇ノ浦で海の藻屑と消えた平知盛ら平家一門の亡霊、九州へ落ち延びようと大物浦(尼崎市)の港から船出した義経らの前に現れたのが薙刀をもった勇将平知盛、頼朝から逃れることに頭がいっぱいになっている義経はこれにはパニくったにちがいない。こういうとき機転がまわるのが弁慶、数珠をもって祈祷すると知盛たちは遠ざかっていった。

片岡球子(1905~2008)の名を世間に知らしめた‘面構’シリーズ、足利尊氏、雪舟、浮世絵師などいろいろな人物が登場するが最も人気の高いのが赤富士を背景して描かれた‘葛飾北斎’、北斎は一体どんな顔をしていたのかよくわからないが、この顔が北斎のイメージとして刷り込まれた。このシリーズに北斎はもう2回でてくる。背景に龍が舞っている別ヴァージョンと娘のお栄と一緒にいるもの。

スーパー長寿コンビの相方小倉遊亀(1895~2000)の‘舞う’はお気に入りの一枚、えらのはった丸顔の舞妓の踊りはとても元気がいい。今話題の卓球の伊藤美誠ちゃんが化粧をして同じような衣装を着たらこんな感じになるかもしれない。

|

« 近代日本美術の煌き! 1970年(昭和45) その二 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1971年(昭和46) その二 »

コメント

歌舞伎などでお馴染みの大物浦!
何度観てもいいなと思ってました。
が、
こうして前田青邨の絵を改めて拝見しますと
絵のほうが、数段いいような気が致します。
(比べるのはおかしいのですが・・・・。)

私は個人的に
前田青邨の凄さを最近になって
やっと理解し始めてきました。


投稿: Baroque | 2016.08.30 20:28

to Baroqueさん
前田青邨の‘知盛幻生’は歴史画の傑作ですね。
平家の悲しみ怨念がずしっと伝わってきます。

投稿: いづつや | 2016.08.31 00:12

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1971年(昭和46) その一:

« 近代日本美術の煌き! 1970年(昭和45) その二 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1971年(昭和46) その二 »