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2016.07.30

近代日本美術の煌き! 1966年(昭和41) その二

Img_0001     小倉遊亀の‘径’(東芸大美)

Img_0003     棟方志功の‘御吉祥大弁財天御妃尊像図’(青森県美)

Img_0002     橋本明治の‘鏡’(島根県美)

Img     片岡球子の‘面構 足利尊氏’(神奈川県近美)

絵画のジャンルのなかでみてて楽しいのが風俗画、洛中洛外図でも浮世絵でも夢中になってみるのはそこに人々の暮らしや町の様子が生き生きと活写されているから。近代の日本画で親近感をおぼえる作品を数多描いたのが小倉遊亀(1895~2000)。

その一枚‘径’を腹の底から愛している。散歩をしていると親子が横断歩道をこういう風に歩いていくのをよく目にする。遊亀は女の子のあとに続く犬まで一緒に描きこんでいる。三角形構図で視線をひきつけ足の歩幅を大きくとることでこの母娘と愛犬はしっかり歩いているという感じをだしている。本当にいい絵。

棟方志功(1903~1975)は板画だけでなく肉筆画も多く手掛けている。女人像を全身を描いた傑作が青森県美にある‘御吉祥大弁財天御妃尊像図’、かなり手の込んだ描き方をしていおり赤い衣には金彩の点描が施されている。全身像は少なくこの絵と日本民藝館にあるものが強く印象に残っている。

広島で仕事をしたおかげで中国地方にある美術館が企画した良質の展覧会と遭遇する機会があった。松江の島根県美で行われた日本画家橋本明治(1904~1991)の回顧展もそのひとつ。橋本明治は今楽天の監督をやっている梨田と同じ浜田市の出身。美術館自慢の作品、バレリーナが出番を前に髪をととのえる姿を描いた‘鏡’を息を呑んでみていた。

103歳まで生きた片岡球子(1905~2008)がライフイフワークとして取り組んだのが‘面構’シリーズ、北斎など浮世絵師を描いたものが多いが、最初の一枚が‘足利尊氏’、尊氏はこんなにえらが張っていたのだろうか、同じ年に‘足利義満’、‘足利義政’も描いている。

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コメント

小倉遊亀の『径』は、見ている人の心を和ませてくれますね。片岡球子は、以前好きではありませんでしたが、誰のものとも違う独自の作風を今では賞賛しています。

さて片岡球子だけでなく、小倉遊亀も確か105歳くらいまで長生きしましたね。アメリカのグランマ―・モーゼスも確か101~3歳まで生きたと記憶しています。女性画家だけでなく、古今東西の芸術家全般にどうしてこうも長生きが多いのでしょうか。

芸術創造は、きっと強い生きがいになって、生きる喜びを与えてくれるのでしょうね。見てるだけでも、あやかれるような気になります。(笑)

投稿: ケンスケ | 2016.08.01 22:34

to ケンスケさん
日本画家は総じて長生きの傾向があります。これに
比べると洋画家は夭折する画家が多いですね。
関根正二20歳、村山槐多22歳、青木繁29歳
、原田直次郎36歳、松本竣介36歳、中村つね37歳、
岸田劉生38歳、古賀春江38歳、萬鉄五郎42歳、

長寿のシンボルみたいな画家、小倉遊亀、片岡球子、
二人とも100歳以上生きましたら本当にすごい
生命力です。

投稿: いづつや | 2016.08.02 01:14

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