« 近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その一 »

2016.07.24

近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その二

Img_0002     福田平八郎の‘鸚哥’

Img     杉山寧の‘穹(きゅう)’(東近美)

Img_0001     中村正義の‘源平海戦絵巻 海戦’(東近美)

Img_0003     黒田辰秋の‘拭漆樽彫花文椅子’(豐田市美)

西洋絵画でも日本画でも特定の画家だけに執着せず、好みの幅は大きく広げておこうという意識は常にあり、画集に載っている名画なら一枚でも多く目のなかにいれようと思っている。でも、そうはいっても見たい順番はお気に入りの度合いの強い画家のものがやはり上位にくる。

マドリッドのティッセン・ボルネミッサ美でゴーギャンのいい絵と運よく再会できた。昨年の12月に訪問したメトロポリタンでもゴーギャンは印象深かった。どうやら、わが家にはゴーギャンのいい風が流れている。秋に東京都美で開催される‘ゴッホとゴーギャン展’(10/8~12/18)は期待できそうな予感がする。

そのゴーギャンの色彩を彷彿とさせる作品が日本画家の福田平八郎(1892~1974)の絵にある。‘鸚哥(インコ)’、福田はゴーギャンが好きだったようで‘セザンヌ、ゴッホ、ボナール、マチス、ピカソ、ルオーもいいね。私の今の仕事はゴーガンに行きそうだな。あの平面的で装飾的なタヒチ時代の作品を見ていると、どうしてもそんな気持ちがする’と語っている。

東近美へ行くとときどき飾ってある杉山寧(1909~1993)の‘穹’に大変魅了されている。風景画の場合、自分が実際に訪れた場所が絵のなっているとその作品に対する愛着がいっそう増す。杉山がエジプトを旅行したのは1962年、帰国後数点描かれたスフィンクスではこれに最も惹かれる。まさに悠久の時の流れを感じさせる芸術性の高い作品である。

中村正義(1924~1977)がどんな画家人生を送ったのか、ほとんど知らない。なにしろお目にかかった作品は東近美にある戯画チックな‘源平海戦絵巻’だけ。海での合戦の場面を描いたこの絵はみてて楽しい。たくさんの武者たちが登場するのは公家、侍、町人たちが大勢でてくる洛中洛外図と同じだが、人物の表現にはかなり毒が入っている。だから一度みたら嵌ってしまう。

黒田辰秋(1965~1982)の作品を好んだ文化人や芸術家は多くおり、映画監督の黒澤明(1910~1998)もそのひとり。黒澤が御殿場に山荘を建てたときに家具一式を黒田に依頼した。存在感のある‘拭漆樽彫花文椅子’を黒田は‘王様の椅子’と名付けた。2年前そごう美であった黒田辰秋展でこれをみたときは圧倒された。‘天才は天才を知る’とはこのこと。

|

« 近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その一 »

コメント

福田平八郎の『鸚コ(漢字変換できません)』は、赤、緑、黄、青とまさにゴーギャンの色合いですが、曲がった枝の独特のリズムがいいですね。

杉山寧の『キュウ(漢字変換できません)』は、以前見た時、砂を混ぜたという絵具に吸い込まれそうな深さがあって、息を呑みました。

杉山寧はモチーフを限定し、かつ単純化しますが、それが永遠性や普遍性を感じさせるのでしょうか。完璧主義だったそうですが、どの作品も完成度は高いですね。

中村正義の『源平海戦絵巻』は細部を描きながら、全体的には装飾的な図案を思わせるところが面白いと思います。

投稿: ケンスケ | 2016.07.25 22:36

to ケンスケさん
日本画家は洋画家以上に西洋の美術の革新を吸収
してます。カラリスト、平八郎は‘鸚哥’でよく
ゴーギャンを消化してますね。

杉山寧はビッグですね。東近美で回顧展を期待して
ます。

投稿: いづつや | 2016.07.26 01:01

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その二:

« 近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その一 »