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2016.07.31

近代日本美術の煌き! 1966年(昭和41) その三

Img_0002_2     平田郷陽の‘抱擁’

Img_0001_2     木村雨山の‘縮緬地友禅梅文訪問着’(東近美)

Img_2     加茂田章二の‘灰釉鉦鉢’(東近美)

今日の日曜美術館でとりあげられた画家は今横浜美で回顧展が開かれているメリー・カサット、心が和む母子絵がいくつもでてきたが、そのなかに銅版画の‘母親のキス’という作品があった。この絵と200%コラボするのが平田郷陽(1903~1981)の‘抱擁’。

毎年伝統工芸展へ足を運んでいるわけではないのでこういう展覧会にでてくる作品をみる機会が少ない。それでも、どんな作家が名が知れているかアバウトにインプットされているのは大きな人間国宝展と2回遭遇したから。‘抱擁’は2年前、東博であった日本伝統工芸展60回記念展でお目にかかった。日本でカサットの絵に相当する作品というとすぐ思い浮かぶのは上村松園の絵とこの平田郷陽の人形。母親の子どもによせる深い愛情はどこの国でもいつの時代でも変わらない。

友禅の人間国宝、木村雨山(1891~1977)は金沢市の出身、東近美によく通っていたころ‘縮緬地友禅梅文訪問着’に度々出会い、作者が木村雨山であることを知った。着物の柄というのは一目見て印象に残るものがやはりいい出来映えなのだと思う。梅の連続した模様が斜めに流れていくのがじつに爽快。

加茂田章二(1933~1983)は陶芸家という枠におさまりきらないスケールの大きなア―ティストだった。もっと長生きしたら魅了される作品にまだまだみれたはずだから50歳で天に召されたことが残念でならない。‘灰釉鉦鉢’は日本のやきもの原点に回帰した作品。生活のなかで必要な鉢が堅牢な造形でつくられている。

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2016.07.30

近代日本美術の煌き! 1966年(昭和41) その二

Img_0001     小倉遊亀の‘径’(東芸大美)

Img_0003     棟方志功の‘御吉祥大弁財天御妃尊像図’(青森県美)

Img_0002     橋本明治の‘鏡’(島根県美)

Img     片岡球子の‘面構 足利尊氏’(神奈川県近美)

絵画のジャンルのなかでみてて楽しいのが風俗画、洛中洛外図でも浮世絵でも夢中になってみるのはそこに人々の暮らしや町の様子が生き生きと活写されているから。近代の日本画で親近感をおぼえる作品を数多描いたのが小倉遊亀(1895~2000)。

その一枚‘径’を腹の底から愛している。散歩をしていると親子が横断歩道をこういう風に歩いていくのをよく目にする。遊亀は女の子のあとに続く犬まで一緒に描きこんでいる。三角形構図で視線をひきつけ足の歩幅を大きくとることでこの母娘と愛犬はしっかり歩いているという感じをだしている。本当にいい絵。

棟方志功(1903~1975)は板画だけでなく肉筆画も多く手掛けている。女人像を全身を描いた傑作が青森県美にある‘御吉祥大弁財天御妃尊像図’、かなり手の込んだ描き方をしていおり赤い衣には金彩の点描が施されている。全身像は少なくこの絵と日本民藝館にあるものが強く印象に残っている。

広島で仕事をしたおかげで中国地方にある美術館が企画した良質の展覧会と遭遇する機会があった。松江の島根県美で行われた日本画家橋本明治(1904~1991)の回顧展もそのひとつ。橋本明治は今楽天の監督をやっている梨田と同じ浜田市の出身。美術館自慢の作品、バレリーナが出番を前に髪をととのえる姿を描いた‘鏡’を息を呑んでみていた。

103歳まで生きた片岡球子(1905~2008)がライフイフワークとして取り組んだのが‘面構’シリーズ、北斎など浮世絵師を描いたものが多いが、最初の一枚が‘足利尊氏’、尊氏はこんなにえらが張っていたのだろうか、同じ年に‘足利義満’、‘足利義政’も描いている。

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2016.07.29

近代日本美術の煌き! 1966年(昭和41) その一

Img_0003     加山又造の‘春秋波濤’(部分 東近美)

Img     小野竹喬の‘宿雪’(ベネッセコーポレーション)

Img_0001     山口蓬春の‘梅雨晴’(山種美)

本を多く読む人でもそれほど読まない人でもいつも傍に置いときたい本があるはず。美術書は普通の本とちがって読むというよりは見るものだが、数多く揃えている日本画家の図録ですぐみれるようにしているのは横山大観、菱田春草、上村松園、鏑木清方、東山魁夷、そして加山又造の6人。

加山又造(1927~2004)の画業のなかで華やかで装飾性にあふれた作品が生まれたのは1965年から1970年あたり。‘春秋波濤’は琳派の真髄を現代感覚で表現した傑作中の傑作、同じ画面に春の桜と秋の紅葉を一緒に描きそのまわりをシャープで柔らかい波が自在に曲面を変化させながらうねっている。宗達や光琳がこの絵をみたら裸足で逃げるにちがいない。

小野竹喬(1889~1979)の‘宿雪’は代表作のひとつ、みていて心が安まるのは余計なものがばっさりそぎ落とされすっきりした構図になっているから。ここに描かれている春になり雪がとけて木々の根元に穴があく光景を実際にみたことはないが、この絵によってこの現象を‘根開け’ということを知った。

昨日関東は梅雨があけた。このタイミングでピッタリの絵が山口蓬春(1893~1971)の‘梅雨晴’、蓬春は紫陽花の名手。とくに心を打つのが明快な色彩、まるで家のまわりに咲いている本物の紫陽花が目の前にあるよう。

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2016.07.28

幻の国宝 可翁の‘寒山図’が目の前にあらわれた!

Img_0001   可翁の国宝‘寒山図’(南北朝時代 14世紀 サンリツ美)

Img_0003     周文の‘望海楼図’(重文 室町時代 15世紀)

Img     ‘玳皮盞天目’(重文 南宋時代 13世紀)

Img_0002     ‘唐物茄子茶入 銘 紹鷗’(重美 南宋時代 13世紀)

6月にみどりがめさんから教えてもらったサンリツ美の‘禅宗と茶の湯の美’展(7/10~9/4)をみるため長野県の諏訪湖までクルマを走らせた。東名の海老名JCTから圏央道に入り八王子JCTで中央道に合流、カーブの多い中央道を走るのは10年ぶりくらいなので慎重に運転した。

諏訪ICは甲府からすぐのイメージだったがこれは大きく狂った。諏訪湖は少し走ると名古屋と長野の分岐点というところだった。走っているうちにだんだん記憶がもどってきたが、家を出てから2時間半でサンリツ美に到着。この美術館のすぐ向こうがガレのコレクションで有名な北澤美、以前来たときのことがすっかり消えており、ずっと先だったような気がした。

サンリツ美は本阿弥光悦の国宝‘白楽茶碗 銘 不二山’をみるために一度訪問しているが、今回のお目当ては可翁の国宝‘寒山図’、この絵の存在はだいぶ前から知っているが、これが服部一郎が所蔵していたものとは知らなかった。服部家と記されていたがサンリツ美と結びつかなかった。だから、この絵がこれまで展覧会にでたという情報がなく個人が所蔵するものなので、残念だが一生縁がないだろうと思っていた。

ところが、みどりがめさんの情報ではじめて公開されることがわかった。国宝に指定されたのが昭和27年(1952)、それ以降一度も展示されたことがないのか不明だが、幻の国宝ということだからそうなのかもしれない。とにかくお目にかかれるチャンスが巡ってきた。すぐ諏訪湖行きを決めた。

可翁は14世紀の前半に活躍したといわれる日本の禅僧画家だが、詳しいことはわかっていない。図版では気づかないのが寒山の頭の髪と足にはいているぞうりの墨の色、すごく濃い。水墨画をたくさんみてきたが、こういう強い墨の色はなかなかみれない。そして、寒山の立ち姿がとてもいい、これまでみた寒山ではこれが一番ぐっとくる。一生の思い出になりそう。

ほかの出品作で足がとまったのが周文の山水画と茶碗の外側と内側にべっこうをイメージさせる黄斑が浮かぶ‘玳皮戔(たいひさん)天目’、そして唐物茄子茶入‘銘 紹鷗’。この美術館の所蔵品はよその美術館で行われる展覧会にほとんどでてこないのでコレクションの全貌がつかめないが、2回の経験からすると質の高い名品が揃っている。満ち足りた気分で館をあとにした。

なお‘寒山図’は前期(7/10~8/2)のみの展示で、‘白楽茶碗 銘 不二山’は後期(8/4~9/4)に登場する。

みどりがめさん、情報ありがとうございました。お陰様で‘寒山図’がみれましたので、国宝絵画の追っかけは終了となりました。

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2016.07.27

近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その三

Img_0001     林武の‘富士’

Img     吉原治良の‘黒地に白’(東近美)

Img_0002     荒川豊蔵の‘瀬戸黒金彩木の葉文茶碗’(荒川豊蔵資料館)

葛飾北斎の‘富嶽三十六景’をはじめとして、富士山は古くから多くの画家によって描かれてきた。明治以降でみると日本画家では横山大観、横山操、片岡球子、小松均、福王寺法林、そして洋画家の富士というと梅原龍三郎と林武がすぐ思い浮かぶ。

林武(1896~1975)の回顧展に残念ながらまだ縁がない。そのためこの画家のイメージは富士の絵と女性の肖像画でできあがっている。梅原の富士にくらべ、林の描く富士には圧倒的な存在感がある。目を見張らされるのは厚く塗り重ねられた油絵具と勢いのある筆さばき、崇高さと神秘性をたたえた富士山と気持ちをはりつめて向かい合っているよう。

東近美のコレクションで定番の抽象絵画に数えられているのが吉原治良(1906~1972)の‘黒地に白’、抽象絵画では作品のタイトルと表現されたものが一致しないことが多いが、このタイトルはわかりやすい。でも、イメージはいろいろ湧いてくる。白い部分がドーナツにみえたり、お好み焼きの白い生地にクルミのようなものがのっている?とか。別ヴァージョンに‘黒地に赤い円’があるが、惹きつけられるのはこちらのほう。

荒川豊蔵のやきものに魅了され続けているが、‘瀬戸黒金彩木の葉文茶碗’もお気に入りの一品、瀬戸黒は難しい技法なのに豊蔵は黒に金泥の木の葉を浮かび上がらせるという洒落た瀬戸黒を生み出した。抽象的でモダンな模様がはっとさせる黒織部に対して、この瀬戸黒は金彩が強いアクセントになっている。

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2016.07.26

近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その二

Img     棟方志功の‘富嶽頌 赤富士の柵’(鎌倉 棟方板画美)

Img_0002     山下清の‘ロンドンのタワーブリッジ’

Img_0001     谷内六郎の‘流れ星の記憶’(横須賀美)

Img_0003     中村貞以の‘シャム猫と青衣の女’(日本芸術院)

過去に買った図録が大変多くなったのでそれを置く場所をどう確保するかいつも思案している。その対策としてとったのが冊数の減少。図録が多くある作家は古いものを解体して数冊にまとめていくことにした。今年は安田靫彦を整理し、ベスト図録が2冊できあがった。

棟方志功(1903~1975)も回顧展を見逃さず出かけたので6冊ぐらいたまった。それが今は4冊。その一冊はいろんなところから図版をどんどん貼り付けていったので、当初の厚さの2倍くらいに膨れている。市販された美術本よりは充実したラインナップになっているからながめていると楽しい。

‘富嶽頌 赤富士の柵’はお気に入りの一枚。赤一色で表現された富士山が中央にドーンと描かれ余白に草野心平の詩が文字の形にして彫り込まれている。この絵をみてイメージが乱反射するのが絹谷幸二、その作品には人物だけでなく独り言を吹き出しにして文字を書き込んだものがある。感情が表にでる棟方や絹谷なら文字と絵画のコラボが新鮮にうつるからおもしろい。

山下清(1922~1971)の作品をみて絵の上手さに感心することがある。ヨーロッパ旅行をしたときの‘ロンドンのタワーブリッジ’、観光の名所で見栄えのするタワーブリッジを印象派を思わせるタッチで見事に描いている。EU離脱を決めたイギリス、新しい女性首相のもとどんな道を歩んでいくのだろう。

横須賀美に谷内六郎(1921~1981)のコレクションがあり、平常展示されている。最近は足を運んでないが、8年くらい前2度出かけた。そのとき印象に強く残ったのが‘流れ星の記憶’、この頃は宇宙のことにまったく興味がなかったので流れ星がどこからやってくるのか考えてもみなかった。でも、今は知識が増え天文好きの少年のように宇宙の美しさと神秘に心が動くようになった。

最近はTVのCMに猫が登場することが多い。これほどの猫ブームははじめてではなかろうか。画家のなかにも猫好きがいる。歌川国芳、河鍋暁斎、藤田嗣治、奥村土牛、加山又造、大阪の船場に生まれた日本画家、中村貞以(1900~1982)にも猫の絵がある。代表作の‘シャム猫と青衣の女’、ロッキングチェアに座り、初夏のひとときを猫とゆったりとすごす着物姿の女性。女性と猫の相性のよさがうかがえる。

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2016.07.25

近代日本美術の煌き! 1965年(昭和40) その一

Img_0002     杉山寧の‘水’(ポーラ美)

Img_0001     横山操の‘ふるさと’

Img_0003        高島野十郎の‘雨 法隆寺塔’

絵画とのつきあいがますます深まっていくのは作品が時代別にみてあるいは作家別にみてバラエティに富んでいるからだと思う。

画家のなかには色の深さが半端でないとかモチーフの描写に圧倒的なリアルさや細密さをもっているといった理由で絵の前に立つと体が引き締まるような画家がいる。日本画では速水御舟、東山魁夷、杉山寧、徳岡神泉、横山操、高島野十郎。

杉山寧(1909~1993)の回顧展を長いこと待っていたが、3年前ようやく日本橋高島屋で実現した。そして、杉山寧のコレクションでは最も数を揃えている箱根のポーラ美でも大半お目にかかったので今はひと段落といったところ。心惹かれる作品が多いのでどれをMyベストにするか苦労する。どうしても外せないのは‘水’、大きな画面に描かれているのはナイル川を背にして立つエジプトの女性。‘穹(きゅう)’同様、忘れられない一枚。

夕焼けの絵をいろいろみたが、胸が締め付けられるような気分になるのが横山操(1920~1973)の‘ふるさと’、遠くの山並みに沈む夕陽のインパクトの強さはBS2の‘体感!グレートネイチャー’にでてくる絶景をみたときの緊張感にも通じる。大自然の風景はただ美しいというだけではない、ときには怖さを感じることもある。この絵にもそんなイメージがある。遠くの夕日は心をざわざわさせるのに手前は静かでとても淋しい思いにかられる。

今年の4月待望の高島野十郎(1890~1975)の回顧展(目黒区美)に遭遇した。いつかみたいと願っていたのが‘雨 法隆寺塔’、関心の的は細い線を何本も描いて表現した雨、われわれは広重の絵をみているから雨が線で表現されていることにとくべつ驚きはしないが、じっとみていたら本当に弱い雨が降っていた。

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2016.07.24

近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その二

Img_0002     福田平八郎の‘鸚哥’

Img     杉山寧の‘穹(きゅう)’(東近美)

Img_0001     中村正義の‘源平海戦絵巻 海戦’(東近美)

Img_0003     黒田辰秋の‘拭漆樽彫花文椅子’(豐田市美)

西洋絵画でも日本画でも特定の画家だけに執着せず、好みの幅は大きく広げておこうという意識は常にあり、画集に載っている名画なら一枚でも多く目のなかにいれようと思っている。でも、そうはいっても見たい順番はお気に入りの度合いの強い画家のものがやはり上位にくる。

マドリッドのティッセン・ボルネミッサ美でゴーギャンのいい絵と運よく再会できた。昨年の12月に訪問したメトロポリタンでもゴーギャンは印象深かった。どうやら、わが家にはゴーギャンのいい風が流れている。秋に東京都美で開催される‘ゴッホとゴーギャン展’(10/8~12/18)は期待できそうな予感がする。

そのゴーギャンの色彩を彷彿とさせる作品が日本画家の福田平八郎(1892~1974)の絵にある。‘鸚哥(インコ)’、福田はゴーギャンが好きだったようで‘セザンヌ、ゴッホ、ボナール、マチス、ピカソ、ルオーもいいね。私の今の仕事はゴーガンに行きそうだな。あの平面的で装飾的なタヒチ時代の作品を見ていると、どうしてもそんな気持ちがする’と語っている。

東近美へ行くとときどき飾ってある杉山寧(1909~1993)の‘穹’に大変魅了されている。風景画の場合、自分が実際に訪れた場所が絵のなっているとその作品に対する愛着がいっそう増す。杉山がエジプトを旅行したのは1962年、帰国後数点描かれたスフィンクスではこれに最も惹かれる。まさに悠久の時の流れを感じさせる芸術性の高い作品である。

中村正義(1924~1977)がどんな画家人生を送ったのか、ほとんど知らない。なにしろお目にかかった作品は東近美にある戯画チックな‘源平海戦絵巻’だけ。海での合戦の場面を描いたこの絵はみてて楽しい。たくさんの武者たちが登場するのは公家、侍、町人たちが大勢でてくる洛中洛外図と同じだが、人物の表現にはかなり毒が入っている。だから一度みたら嵌ってしまう。

黒田辰秋(1965~1982)の作品を好んだ文化人や芸術家は多くおり、映画監督の黒澤明(1910~1998)もそのひとり。黒澤が御殿場に山荘を建てたときに家具一式を黒田に依頼した。存在感のある‘拭漆樽彫花文椅子’を黒田は‘王様の椅子’と名付けた。2年前そごう美であった黒田辰秋展でこれをみたときは圧倒された。‘天才は天才を知る’とはこのこと。

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2016.07.23

近代日本美術の煌き! 1964年(昭和39) その一

Img_0002     安田靫彦の‘飛鳥の春の額田王’(滋賀県近美)

Img_0001     寺島紫明の‘舞妓’(大関株式会社)

Img    宇田荻邨の‘桂離宮笑意軒’(東近美)

Img_0004     森口華弘の‘大振袖 梅林’(京近美)

美術館が展覧会を開催するときに制作する図録のなかには特別愛着を覚えるものがある。今年3月に東近美で行われた安田靫彦展は宝物のような一冊になった。そのベスト図録に載った作品で一際目を見張らせるのは80歳の安田靫彦(1884~1978)が描いた‘飛鳥の春の額田王’。

歴史上の人物で男性を描いた最高傑作が‘喜瀬川陣’(1940年)なら、女性はこの額田王が群を抜いていい。西洋絵画まで視座を広げてみるとこの絵はダ・ヴィンチの‘モナリザ’のようなイメージがある。手前にやわらかい表情の額田王をどんと描きその背景に古の大和の山々や寺院をみせる。横向きのポーズは西洋の古典を彷彿とさせる構成。

舞妓の画家というとまず思いつくのが土田麦僊、そしてもうひとり忘れてならないのが舞妓の艶やかな姿を美人画として残した寺島紫明(1892~1975)、師匠の鏑木清方の描く女性にくらべると舞妓たちが動くたびに顔や首にぬったおしろいがほわーっと匂ってくるよう、この匂いに男はころっと参る。

宇田萩邨(1896~1980)の‘桂離宮笑意軒’は静かでとても平板な印象を与える風景画、京都にはいろんな庭園があり木々の間に簡素で開放的なつくりの家屋敷が姿を見せる。贅沢な願いだがこういう庭園をゆっくりみてまわりたい。

日本橋や銀座のデパートで展覧会をみたついでに着物の売り場に寄ることがある。昔から着物の色や柄には大変興味があり、飾られている出来映えのいい着物をじっとながめている。友禅染の森口華弘(1909~2008)の着物は東近美や京近美で何点かある。みていて涼やかな気持ちになる‘大振袖 梅林’は10年前‘人間国宝展’でお目にかかった。伝統的な友禅の美に加え斜めに梅の林をリズミカルに配する現代感覚にあふれる意匠が見事!

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2016.07.22

ネフェルティティの墓がある!?

Img_0002     ‘ツタンカーメンの黄金のマスク’(エジプト考古学博物館)

Img     ‘ツタンカーメンの墓’(ルクソール 王家の谷)

Img_0001     ‘ネフェルティティの胸像’(ベルリン新博物館)

今週18日の海の日にTBSでえらく熱の入った番組があった。それはTBSの得意とする古代エジプトもの。番宣からすると今年3月エジプトの考古庁が大発見の可能性があると言いきった古代エジプトの新たな遺跡に関するものらしい。これは見逃すわけにはいかない。

放送時間は2時間45分!TBS定番のエジプトものとはいえ過去にこれだけ長い時間をかけたものは記憶にない。大発見の可能性を秘めた遺跡の扉を開こうとしているのはアメリカの考古学者ニコラス・リーヴス氏(アリゾナ大学上席エジプト学者)。

リーヴスさんはなんとあのネフェルティティの墓を発見するかもしれないというのである!その墓はツタンカーメンの墓の奥にあるという。今年の3月、ニュースでちらっと聞いた話はこれだったのか、という感じ。人物が描かれている壁の向こうに通路がありその先にツタンカーメンのものよりもっと豪華な黄金のマスクを被ったネフェルティティのミイラがありきらびやかな装飾品に囲まれている。考古学者ならずともワクワクするような話。

リーヴスさんの仮説は誰も考えなかった大胆なもので、今、カイロのエジプト考古学博物館に飾られている‘ツタンカーメンの黄金のマスク’はツタンカーメンのためにつくられたものではないという。これはツタンカーメンの義母であるネフェルティティが自分のためにつくらせたもの。

そう考える根拠はマスクに刻まれたツタンカーメンという名前にはもともと書かれていた名前が書き変えた痕跡があるから。このマスクはネフェルティティが夫のアクナートンと共同統治により国を治めていた時代につくったもの。ところがアクナートンが亡くなり女王になったため新たにさらに立派な黄金のマスクをつくらせた。そのため、最初につくったマスクがいらなくなり、それが後にツタンカーメンのマスクとして流用された。

さて、ネフェルティティの墓は本当に発見されるだろうか?エジプト考古庁はまず壁に小さな穴をあけそこからマイクロスコープで空間があるかどうかを調べて、その次のステップへ進むという。空間のあたりがつけば別のルートからそこへたどりつき全貌をつきとめる。おもしろくなってきた。

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2016.07.21

近代日本美術の煌き! 1963年(昭和38) 

Img     東山魁夷の‘雪原譜’(国立劇場)

Img_0003     横山操の‘雪原’(部分 佐久市近美)

Img_0001     上村松皇の‘熱帯花鳥’(奈良 松伯美)

Img_0002     林武の‘少女’(東近美)

作家の手がけた作品が一度にたくさんみれる回顧展、展覧会へ出かけるなら一にも二にも回顧展という考えは昔から変わらない。理想的な鑑賞は一人の作家の回顧展に2回遭遇すること。

美術とのつきあいが長くなるとそういう幸運に恵まれることが増えてくるが、人気画家の場合は2度以上になることもある。日本画家でいうと、横山大観、上村松園、東山魁夷、平山郁夫がこのグループに入る。今年は九博で東山魁夷(1908~1999)の回顧展(7/16~8/28)が行われている。気になるが太宰府は遠いので無理。

国立劇場にある‘雪原譜’に描かれているのはノルウエーの雪の景色、北欧の連作はどれも惹かれるが、はじめてこの絵と出会ったときは広々とした雪原にクリスマスツリーのような形をした木々が右から放射状に立ち並んでいる光景に200%感動した。

日本の雪景色で魅了されているのが横山操(1920~1973)の‘雪原’、絵の存在を知ってから長い時間がたつがまだ本物とは縁がない。しんみりと淋しい思いがつのる新潟の雪の光景、これほど重くて心をぎゅっと締めつけられる絵はそうない。似たような作品を山種美でみているため長野県の佐久市まで足がのびないが、見れずじまいになってもいけないのでクルマで出かける算段だけはしておきたい。

上村松皇(1903~1973)はご存知のように上村松園(1875~1949)の息子、花鳥画のなかではインド旅行の体験をもとにして描いた‘熱帯花鳥’がすばらしい出来栄え。南国を思わせる赤い花はトーチジンジャー、そして花園に遊んでいるのは極楽鳥、またみてみたい。

東近美に通っていた頃ときどきで出くわしたのが林武(1896~1975)の‘少女’、安井曾太郎同様、林武も肖像画の名手。目の大きな女の子の顔はゴッホのひまわりのように背景の色と同色系の明るい土色、内面の生気をよくとらえた色使いはフォーヴィスムを完全に消化している。

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2016.07.20

今年上半期 訪日外国人旅行者 最多の1171万人!

Img    浅草を楽しむ外国人観光客

観光局の発表によると、今年上半期に日本を訪れた外国人はこれまでの最高の1171万人を記録した。これは前年同期比28.2%増。この伸び率が後半も続くとすると、年間では2560万人、まったく予想を上回るペースで訪日客が増えている。

国別にみるとトップは中国で307万人(41.2%増)、韓国がこれに次ぎ238万人(31%増)、3位は台湾215万人(20.3%増)、この3国で全体の65%を占めている。中国人の爆買いばかりは取り上げられるが、韓国や台湾からも大勢の人がやって来ている。台湾人もこれほどの数だから、この人たちと中国人が一緒になって、中国人がすごくたくさんいるいうイメージになっているのだろう。

銀座で目立つのが中国人だが、浅草の賑わいがTVで映しだされるときは圧倒的にアメリカ人とかヨーロッパの人、あるいはオーストラリア人が多い。人気の乗り物が人力車。この人力車、‘美の巨人たち’のフェルメール特集をみていたら、若い男性がデルフトの観光案内にこれを使っていた。オランダ人もおもしろいことを考える。フェルメール人気で日本から大勢の人がここを訪れる、人力車をみたらつい日本語で‘旧教会まで行ってくれる?’と声をかけるにちがいない。

ヨーロッパからの観光客が多いことを実感したのは5月末スペインへ出かけたとき。出発便はイタリアのアリタリア航空、搭乗手続きのためこの航空会社のカウンターへ行ったら、信じられないくらい多くの人が並んでいた。その2/3は日本に観光に来てこれから帰国するイタリア人、前にいた老夫婦に得意のイタリア語で話しかけたら(ウソです!)、2週間日本に滞在していたという、東京、日光、京都、、、そして広島まで足をのばしている。

何年か前アリタリア航空に乗ったときはカウンターにはこれから出国する日本人が大半だった。その光景が様変わり、あのおしゃべり好きのイタリア人が大挙日本観光にやって来るとは! この二人にはほかの観光名所をPRしておいた。また来てくれるだろうか?

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2016.07.19

近代日本美術の煌き! 1962年(昭和37) その二

Img     楠部彌弌の‘展花瓶’(京都市美)

Img_0002     岡本太郎の‘縄文人’(川崎市岡本太郎美)

Img_0001     中村勝馬の‘一越縮緬地友禅訪問着 縢(かがり)’(東近美)

やきもの展は年に数回縁があるが、今年は渋谷の松濤美の石黒宗麿展とサントリー美の宮川香山展で終了、来年は楽しみなのがひとつある。東近美で開催される‘楽 歴代展’(3/14~5/21)、期待できそう。

これまで足を運んだ陶芸家の回顧展で櫛部彌弌(1897~1984)はやきものに関心をもちはじめたころに遭遇した。会場は大丸東京店(1997年)、今でもそうだが、やきもの展はデパートでみることが多い。作品自体が絵画のように大きくないのでデパートの展示スペースでもそこそこの数を並べられる。

印象深かった作品のひとつが‘展花瓶’、瓶の表面に「」のような突起物をつくり緊張感のある造形をつくりだしている。ほかにも兜蟹を連想yさせるユニークなものもあった。楠部にはこうしたオブジェ的な作品だけでなく京焼風の装飾的な作品もあり、その多彩な作風は天才の風格がある。

一時期、よくでかけた岡本太郎(1911~1996)、ところが今は一部の絵画にしか心が動かなくなった。よくわかったのは岡本太郎の真骨頂は彫刻だということ。だから、彫刻家岡本太郎にはおおいに関心がある。とくに縄文人をイメージさせる造形は刺激的で元気をもらう。

竹橋の東近美の工芸館へ通っていたころ、着物の名品にも出くわすことが多く、作家の名前もしっかり胸に刻まれた。友禅作家の中村勝馬(1894~1982)もその一人。手毬の細い糸に着想を得た‘縢(かがり)’にはっとして息の呑んでみていた。この友禅訪問着は2年前にあった‘人間国宝展’(東博)にも出品された。

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2016.07.18

近代日本美術の煌き! 1962年(昭和37) その一

Img_0002     小野竹喬の‘残照’(国立劇場)

Img     田中一村の‘ビロウとアカショウビン’(田中一村記念美)

Img_0001          横山操の‘ウォール街’(東近美)

Img_0004     前田青邨の‘石棺’(東近美)

BS2の番組、‘体感! グレートネイチャー’(一カ月に一回)を毎回楽しくみている。先月はニュージーランドの南島で撮影した‘赤いオーロラ’、こういうのをみると自然の絶景を追っかけて旅にでるのもいいなと思う。

だから、北極圏でみられるオーロラをみるツアーが旅行会社から送られてくるパンプレットのなかに入っていると心が動くが、実際にオーロラをみるとなると大変なようだ。防寒具に身をつつみ辛抱強くオーロラが現れるのを待つらしい。寒いのは苦手なので、これは耐えられそうもない。

ニュージーランドで赤いオーロラはみれなくても、赤の絶景は日本でも夕焼けで楽しむことができる。小野竹喬(1889~1979)は茜空の名手、夕焼けを描いたいい作品を何点も残している。そのなかで最も魅せられているのが‘残照’、目に強い印象をあたえるのが手前の木のむこうに広がる赤い色面、炎を連想させ残照の荘厳な雰囲気が青緑色との深いコントラストによって見事に表現されている。

奄美にはまったく縁がないが、田中一村(1908~1977)の描く大きな植物によってこの島のイメージが染みこんでいる。7,8年前千葉市美が田中一村展を開催してくれたおかげで、この画家がとりつかれた奄美の自然の豊かさを感じることができた。記憶に長く残る展覧会のひとつになっている。

横山操(1920~1973)は日本画家とか洋画家とかにわけきれない画家のひとり、1962年に描かれた‘ウォール街’は日本画家の作品とはまったく思えないすごい絵。アメリカやヨーロッパの画家だってこれほどの絵はなかなか描けない。

先月東博の平常展示に前田青邨(1885~1977)のこれまで見たことのない絵が展示してあった。日本で美術館巡りをするときデジカメを持ち歩く習慣がないので記憶に残せなかった。これからはバッグのなかに入れておくことにした。

東近美に青邨の‘石棺’があるが、過去の経験ではあまり平常展にでてこない。10年前岐阜県美で回顧展があったとき、この絵は展示されず次の浜松市美に飾られた。どうしてもみたかったので2ヶ月後にまた出かけた。するとそれから一か月も経たないうちに東近美で出会った。こんなこともある。

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2016.07.17

祝 西洋美術館 世界遺産に!

Img     コルビュジエ設計の‘西洋美術館’(1959年)

Img_0002     ‘ロンシャン礼拝堂’(1955年)

Img_0001_2      ‘フィルミニ教会堂’(2006年)

上野の西洋美術館が3度目の挑戦でようやく世界遺産に決まった。拍手々! トルコで想定外のクーデターが発生したため、イスタンブールで行われていた審査はどうなるのかと心配したが、世界遺産の登録に尽力された方々の思いが通じ晴れて世界遺産の仲間入りができた。

上野の美術館といえば東博と西洋美が横綱格、これまで何度も足を運んでいるのでチケットを購入して入館するとき細い柱が立った開放的なピロティに特別な思いをいだくこともない。建築物というのは慣れてしまえば空気にみたいなもの。

でも、フランスの建築家コルビュジエ(1887~1965)が設計したこの美術館が1959年に出現したときは建築家たちだけでなく一般の人々の目にも新鮮にうつったにちがいない。とくに人が通れるピロティは革新的なアイデア。

今年は西洋美に注目が集まっている。3月には11点の作品を披露するというカラヴァッジョの回顧展を開催し、今度は世界遺産への登録が決まった。秋の‘クラーナハ展’(10/15~1/15)まではわかっているが、その後の企画展の情報がまだ入ってこない、世界遺産になったのでまたどーんとビッグネームの回顧展をやってくれたら嬉しいのだが、例えば‘ウイーン美術史美蔵のブリューゲル展’とか、過剰期待がすぎる?

‘美の巨人たち’では以前よくコルビュジエをとりあげていた。フランスにある‘ロンシャン礼拝堂’と‘フィルミニ教会堂’をみてみたい気持ちは強いが夢のままに終わりそう。

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2016.07.16

クローザー上原 ヤンキース戦で好投!

Img_0001     ヤンキースのマキャンを三振にうちとる上原

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今日から後半戦に入った大リーグ、BS1の中継はアリーグがヤンキース対レッドソックス戦、ナリーグはカージナルスとイチローンの所属するマーリンズの一戦、応援しているレッドソックスを優先してみた。

今年のレッドソックスは好調で現在東地区2位につけている。首位を走るオリオールズとのゲーム差はまだ2、だからこの調子を維持していけば最後は優勝する可能性は十分にある。ただ、補強したクローザーのキンブレルが左膝の故障でリタイア、手術をするため2ヶ月もどってこれない。これは痛い、この代役に指名されたのが41歳の上原。

昨年までクローザーをつとめていたので代役はつとまると思うが、心配な面のほうが多い。セットアッパーとして登板した前半は完璧に抑えたという感じにはほど遠く、ホームランをよく打たれ体調が万全とはいいがたい内容。

そのため球団は急遽、ダイヤモンドバックスのクローザー、ジーグラーをトレードで獲得、上原の状態をみながら2人をローテーションさせながらゲームをしめる作戦をとることにした。そして、シーズンの大詰めに再度キンブレルにゲームをまかせる。

自分の役割を十分わかっている上原はこれから大きなプレッシャーと戦いことになる。成功率は7割くらいかもしれない。今日の上原はヤンキースの主軸3人を無難にしとめた。体調がよければ経験があるのでこれくらいの投球はできる。だから、いいピッチングができるかは体調次第。レッドソックスが優勝するためには上原の活躍が不可欠、がんばって欲しい。

さて、昨日とりあげた‘アハ!ピクチャー’の解答
(1)地中海 白い部分が陸地、イタリア、ギリシャ、対岸がアフリカ
(2)ダルマシア犬 真ん中少し左あたりに犬の頭がある。体はその右側にあり、犬は向こうむきになって地面の匂いを嗅いでいる。
(3)イエス・キリスト 中央の上、右寄りにキリストの顔がみえる。頭は画面から欠け、口のまわりや耳の下、顎いっぱいに濃い髭をはやしている。
(4)正面を向いた牛 画面の左半分をじっとみていると牛がみえてくる。

‘あっ、そうか!’とひらめき脳がいい気分になっただろうか、解答をみてわからなくても気にしないこと。そのうち突然ひらめくので、(3)は難しくて、隣の方も今4日目に入っているがまだとらえられない。

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2016.07.15

アハ!ピクチャーの楽しみ!

Img  (1) 何が描かれている? (5分間で正解した人の割合は70%)

Img_0001     (2)  ? (正解率12%)

Img_0002     (3)  ? (正解率9%)

Img_0003(4)?(最難問) 茂木健一郎著‘ひらめき脳’(2006年新潮新書)より

いい本を手に入れるのは名画をみるのと同じくらい日々の生活の中で大きな関心事になっている。だから、新聞に載る新書の書評や本の宣伝は熱心にみている。

以前は定期的に大きな書店へ出かけ店内に長くいることが多かったが、今は散歩の途中に中規模の本屋にぶらっと寄るくらい。これは本の数を抑える工夫。頻繁にいくと手にとったものをつい買ってしまう、このところ購入欲が増しているのが‘Newton 別冊’、何冊も揃えたい気持ちがこれによってなんとかなだめられている。本好きの人は同じような悩みをもっているにちがいない。

大まかな読書計画はあるが、TVでみた美術番組やサイエンスものの整理があるので思い通りに時間がさけない。だから、過去に買い込んだ本が一斉にこちらをむいていることはない。関心のあるテーマにのめりこんだとき関連の本が動き出す。まるで‘今が僕とつきあう絶好のタイミングだよ!’と語りかけているよう。

最近、脳や認知心理学の知識を得るため多くの時間を費やしている。で、10年前に買った茂木健一郎さんの‘ひらめき脳’を一気に読んだ。‘アハ!体験’のことが大体わかった。本の冒頭にでてくる話がおもしろかったので紹介したい。

ご存知の方も多いだろうが、図に何が描かれているかをあてるもの、わかるといい気持になる、これが‘アハ!体験’ 4問あるが、てこずったのが(3)、解答をみてもとらえられずもやもやしていたが3日目にやっとわかった。逆に、最難問の(4)は意外にすぐわかった。

ちなみに茂木さんは(1)を半日くらい何だろうと考えて、昼食にカレーを食べながらみているときに‘あっ、そうか!と突然わかったとのこと。さて、皆さんは‘あっ、そうか!’がいつ来るだろうか? 解答は明日の拙ブログの最後で。

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2016.07.14

中宮寺の‘半跏思惟像’に思うこと!

Img_0002       国宝‘半跏思惟像’(飛鳥時代・7世紀 奈良 中宮寺)

Img ミケランジェロの‘ピエタ’(1498~99年 サン・ピエトロ大聖堂)

Img_0001     ダ・ヴィンチの‘聖アンナと聖母子’(1516年 ルーヴル美)

先週の‘美の巨人たち’に中宮寺にある国宝‘半跏思惟像’が登場した。この仏像彫刻の最高傑作が韓国からやって来た半跏思惟像と一緒に展示されていたのは翌日の10(日)まで、長年この番組を見ているがこんな閉幕寸前のタイミングで話題の作品を取り上げるのは本当に珍しい。

NHKは日曜美術館ではなくEテレで半跏思惟像にスポットを当て、この仏像が中国、韓国、日本で誕生した長い歴史をたどりそれぞれの造形上の違いを浮き彫りにしていた。これに対し美の巨人たちが多くの時間をさいていたのは中宮寺の半跏思惟像をつくった仏師たちが独自に採用した彫刻の技法、そして最後にはつくられた当時の姿を再現、なんとこの仏像は宝冠をかぶり飾り物を手や腹につけ黄金に輝いていた!

これよりはやはり見慣れた漆黒に輝く姿のほうがぐっとくる。奈良の中宮寺を訪ねそのお姿を拝見し東博でも2度もみることができた。つくづくこの仏像は美しいなと思う。まさに世界に誇れるスーパー仏像といっても過言ではない。

では、この半跏思惟像のもっている雰囲気となにか似たものを西洋美術に感じるとすればそれは一体どれか、すぐ二つのものが頭に浮かんだ。彫刻はミケランジェロ(1475~1564)の‘ピエタ’の聖母マリア、そして絵画ならダ・ヴィンチ(1452~1519)の‘聖アンナと聖母子’で中央に描かれている聖アンナ。

この2点は半跏思惟像同様、大変魅了されている。3点に感じられる愛情あふれる美しさ、その響き合いをひそかに楽しんでいる。

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2016.07.13

活気づく銀座!

Img_0002    ソニービルの向かい側の‘東急プラザ銀座’

銀座へ頻繁に出かけているわけではないが、ここで親睦会が定期的にあったり、汐留ミュージアムで行われる展覧会へ出かけたり、また王子江さんや友人の個展が開催されることがあるので街全体の位置関係はだいたい頭に入っている。

銀座は今再開発がどんどん進み街がおおいに活気づいている。最近つい立ち止まってみたのが、3月末にオープンした‘東急プラザ銀座’、江戸切子のイメージをコンセプトにしたという外観がなかなかいい。時間がなくて中には入らなかったが国内最大級の免税店があるという。次回のぞいてみたい。

この夏には4丁目の日産ギャラリーがあったところが‘銀座プレイス’に生まれ変わる。そして、来年1月に完成するのが松坂屋銀座店の跡地にできる商業施設、注目しているのが地下につくられる‘観世能楽堂’。渋谷にあった能舞台がここに移ってくると、銀座では伝統芸能の歌舞伎と能が楽しめ、さらに新橋演舞場で芝居もエンジョイできる。ショッピングや食事だけでなくこうした観劇が厚みをますと銀座はますます人を楽しませるホットゾーンになっていく。

街を歩いていると相変わらず多くの中国人観光客と出くわす。これほど有名なファッションブランドや宝飾店が数多く並んでいると買い物が楽しくてたまらないだろう。それにしても、世界にその名が知れている店が多いこと。歩行者天国のときに銀座を訪れたらいっぺんにこの街の魅力の虜になるにちがいない。

活気づく街の姿を目の当たりにして先月滞在したスペインのマドリッドのことが思い出された。ティッセン・ボルネミッサを見終わったあとマドリッドのファッションストリートである‘グラン・ビア’を散策した。ところが、銀座ほどブランド店が目白押しという感じではなく‘ロエベ’など有名ブランドがぽつぽつでてくるだけ。そして、この通りはゆるい傾斜になっているのでスペイン広場のほうへ向かっていくとちょっとしんどい。

バスでここを通ったとき添乗員さんが近々進出するユニクロの場所を指し示していたが、実際自分の足で歩いてみるとアップダウンのことばかりが気になった。マドリッドに比べると銀座の魅力はパリやNY並みだなとつくづく思う。これから出かける回数を増やそうかなという気になっている。

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2016.07.12

ボイマンス美のダリ・コレクション!

Img_0004

Img       ‘眠り’(1937年)

Img_0001     ‘戦争の顔’(1940~41年)

Img_0002     ‘スペイン’(1938年)

趣味というのはそれに費やす時間やお金、そして情熱に違いはあるが、長く続けていくと生活のなかでそれが安全基地みたいなものになっていく。絵画鑑賞も気がつけばほかのことにチャレンジするとき調子を整えるルーチンプラクティスの役割を果たすようになっている。

わが家では毎日といっていいほど図録や画集をながめている。そのなかでページをめくると気持ちがよくなるのがお気に入りの画家、ダリ(1904~1989)もそのひとり。マドリッドに滞在したとき、国立ソフィア王妃芸術センターへ寄ろうと思っていたのはダリに再会しプラスαの作品を期待していたから。でも、これは時間がなくて実現しなかった。残念!

秋の楽しみにしているのがダリ展(9/14~12/12 国立新美)、チラシをみると最大規模の回顧展になるようだ。作品はフィゲラスのガラ・サルバドール・ダリ財団、ソフィアセンター、そしてフロリにあるサルバドール・ダリ美のものが中心、サプライズの作品がたくさんありそうな予感がする。

そして、来年4月にはオランダ・ロッテルダムにあるボイマンス美のコレクション展が開催される。目玉はブリューゲルの‘バベルの塔’だが、期待しているのがもう一つある。それはここが所蔵するダリ、画集に6点も載っている。以前から気になっている作品だが、ツアー旅行ではロッテルダムを訪問することはないのでこの美術館は遠い存在だった。

ところが、世の中なにがおこるかわからない。なんとボイマンス美のコレクションが日本にやって来るという奇跡が起こった。このなかにブリューゲル、ボスとともにダリの‘眠り’,‘戦争の顔’、‘スペイン’が入っていることを強く望んでいる。夢は叶うだろうか?

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2016.07.11

イチロー メジャー通算3000安打まであと10本!

Img    レッズ戦で死球をくらったイチロー

大リーグは今日の試合で前半戦を終了、13日パドレスの本拠地でオールスターゲームが行われるが、日本人選手は残念ながら誰も出場しない。

シーズン前半における日本人選手の活躍を振り返ってみると、想定外の成績を残したのがマーリンズのイチロー、ここ数試合は代打での起用が続きヒットが生まれてないが、これまで55本の安打を重ねメジャー通算3000安打まで残り10本にこぎつけている。打率は昨年の不振からV字回復し.335、久しぶりにイチロー本来の打撃の姿に戻った。

調子がぐんとあがったのは6月、14試合に先発出場し9試合でマルチ安打、先発で使われたら必ず2本打つのだからみていて本当に楽しかった。今年は打球が右のほうへとぶことが多い。思いっきり引っ張るため2塁打も増えている。この力強いスイングは昨年までとは明らかに違う。

イチローのことだから、昨年の不振の原因を分析しその対応をシーズンオフに相当考えたのだろう。バッティングフォームが少し変わり速球に負けない鋭いスウィングができるようになり右方向へ強い打球が打てるようになった。今のイチローは左への流し打ちは頭にあまりないような感じ。とにかく体を鋭く回転させ右へヒットを打つことを心がける。

この打法が維持できる限りオールスター休暇あけの試合からまたヒットが期待できそう。そして、7月中に3000安打という金字塔を達成することはまちがいない。マーリンズもナリーグ東地区で2位につけており、プレーオフへ進出するためにもイチローの打力が欠かせない。また、シーズン後半は選手の疲れがたまってくるから外野のレギュラーを交代で休ませるケースがでてくる。そうなるとイチローの出番が多くなる。

プレーオフでイチローのプレーを見れるかもしれないのでこれからマーリンズの試合から目が離せない。ガンバレ、イチロー

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2016.07.10

2016年後半展覧会プレビュー!

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スペイン旅行の感想記が7月の頭までかかってしまったので恒例の今年下半期に行われる展覧会のプレビューが遅れましたが、取り急ぎ出かけようと思っているものを並べてみました。

★西洋美術
 古代ギリシャ展       6/21~9/19     東博
 アカデミア美展       7/13~10/10    国立新美
 ダリ展           9/14~12/12    国立新美
 レオナール・フジタ展    9/17~1/15     川村記念美
 藤田嗣治展         10/1~12/11    府中市美

 デトロイト美展       10/7~1/22     上野の森美
 ゴッホとゴーギャン展    10/8~12/18    東京都美
 クラーナハ展        10/15~1/15    西洋美
 新宮晋展          11/3~12/25    横須賀市美

★日本美術
 河井寛次郎と棟方志功展   7/6~8/28      千葉市美
 国芳ヒーローズ       9/3~10/30     太田記念美
 驚きの明治工芸       9/7~10/30     東芸大美
 鈴木其一展         9/10~10/30    サントリー美
 志村ふくみ展        9/10~11/6     世田谷美

 平安の秘仏         9/13~12/11    東博
 大仙厓展          10/1~11/13    出光美
 禅展            10/18~11/27   東博
 円山応挙展         11/3~12/18    根津美
 小田野直武展        11/16~1/9     サントリー美

(注目の展覧会)
西洋美術で期待の高いのは7/13からはじまる‘アカデミア美所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち’、質の高いヴェネツィア派の作品をずらっと揃えるアカデミア美が日本にやって来ること自体が奇跡みたいなものだが、どの作品で構成するのか興味が大きく膨らむ。

目玉はベリー二とティツイアーノだろうが、ティツイアーノについてはビッグなオマケがついている。それは美術館のものではないヴェネツィアのサン・サルヴァドーレ聖堂に飾られている超大作‘受胎告知’、これはまだ現地でみてないのでワクワクする。

国立新美は嬉しいことにダリ展も開催してくれる。ティッセン・ボルネミッサで魚の口から飛び出てくる虎と裸婦を描いた作品と再会したばかり、この流れが秋のダリ展と結びつき、そしてそのダリ熱が来年4月にやって来る?ボイマンス美のダリコレクションンで最高潮に達する。シナリオ通りなる?

日本美術で関心を寄せているのはサントリー美の‘小田野直武展’、ようやく秋田蘭画と正面から向かい合える。また、志村ふくみ展も楽しみ。

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2016.07.09

はじめてお目にかかる岩手県美、宮城県美の所蔵作品!

Img     萬鉄五郎の‘赤い目の自画像’(1913年 岩手県美)

Img_0001     松本竣介の‘画家の像’(1941年 宮城県美)

Img_0003     関根正三の‘姉弟’(1918年 福島県美)

Img_0002     太田聴雨の‘二河白道を描く’(1948年 東芸大美)

上野の東芸大美では‘いま、被害地から=岩手・宮城・福島の美術と震災復興’展が5/17~6/26まで行われていた。終了した展覧会なのでとりあげるのは気がひけるが、長年気になっていた作品との出会いが心を動かしたので紹介したい。

東北地方にある美術館でまだ出かけてないのが岩手県美、宮城県美、そして山形県美の3つ。一度は訪問しようと思ってはいても、実際には足が向かわない。だから、東芸大美で震災復興に関連する展覧会が開かれ3館自慢の作品が公開されるのはとてもありがたい。情報が入るとすぐ鑑賞予定の展覧会のリストに二重丸をつけた。

最も期待していたのは岩手県美が所蔵している萬鉄五郎(1885~1927)の‘赤い目の自画像’、以前からこの絵をみるとドイツ表現派のキルヒナーが重なってくる。とにかく強烈な絵! ドイツ人に画家の名前を伏してみせたら多くの人が自国の画家の名前をあげるかもしれない。目を赤くしその赤を背景にも使うという大胆な色彩感覚、この一枚で萬鉄五郎が画家として特別な才能をもっていたことがわかる。盛岡へ足をのばさなくて本物をみれたのは幸運だった。

宮城県美の作品ですぐ思い浮かべるのは安田靫彦の‘花の酔’の1点だけ、だから松本竣介(1912~1948)の‘画家の像’が目の前の現れたときは思わず、これはすごい!と唸った。

10年くらい前福島県美へ行ったが、そのときみた関根正二(1899~1919)の7点のなかに今回出品されている‘姉弟’と‘神の祈り’は入っていなかった。だからようやくそのリカバリーの時がやって来たという感じ。おもしろいのは弟をおぶって歩く姉の横顔が子供を産んだことのある母親のような顔にみえること。女性は年はいってなくても自然と母親のDNAが受け継がれている。

まったく想定してなかったのが東芸大にある太田聴雨(1896~1958)の‘二河白道を描く’、春と秋に公開される芸大の所蔵コレクション展を長年チェックしていたがずっとハズレ。ようやくお目にかかれたので感慨深くみていた。

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2016.07.08

東博の‘ほほえみの御仏~二つの半跏思惟像~’!

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Img_0001     国宝 ‘半跏思惟像’ (飛鳥時代・7世紀 中宮寺)  

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Img_0003     ‘半跏思惟像’(三国時代・6世紀 韓国国立中央博物館)

日本と韓国にある大変美しい仏像、‘半跏思惟像’があさっての日曜まで東博で展示されている。特別展‘ほほえみの御仏~二つの半跏思惟像~’がはじまったのは先月の21日、次の日の朝でかけたので待ち時間はあまりなかった。そのあとはどうだっただろうか、展示は残り二日、展示室は相当な混雑が予想される。

仏像好きの人はだぶん足を運ばれたと思うが、中宮寺の半跏思惟像は2005年の3月に一ヶ月ちょっと同じく東博で公開された。そのときはおひとりだったが、この度はご縁がありすぎるほどある韓国の本歌と一緒におでましいただいた。

中宮寺の‘木造菩薩半跏像’は過去2度みているので、まずは韓国の‘金銅弥勒菩薩半跏思惟像’(これも韓国の国宝)のほうを時間をかけてみた。仏像は顔でも体全体でもみる位置によってその表情が変わる。正面からはしゃがんでみたが視線を下に落としすこし微笑む姿がとてもいい。金属の像だから木造ほどのなめらかな丸さはだせないが、それでも下からみあげると赤ちゃんを思わせるほど弾力のある丸顔が心をとらえて離さない。

これに対して中宮寺にある‘菩薩半跏像’は卵形の顔が特徴、目をパッチリさせたらフィギュアの浅田真央ちゃんになる。そして視線を集中させるのが頬にあてている右手の指先、この手の造形がなんといっても最高に美しい。

ここでもしゃがんでうっとりながめていると横にいた年配の女性が‘涙がでそうだわ、家にコピーした小さな仏像を飾っているが本物にやっと会えました’と感激していた。この優しいお姿をみれば誰だって心が揺すぶられる。二つの傑作仏像を一緒にみれたことは生涯の思い出になる。東博に感謝!

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2016.07.07

画集に載っていた男の肖像画に釘づけ!

Img_0002_2     ‘カール・カーナー’(1940年)

Img_2     ‘ドイツ人’(1975年)

Img_0001_2     ‘仔牛’(1960年)

Img_0004_3     ‘激流’(部分 2003年)

アメリカの国民的な画家といわれるワイエスに縁があったのは1回だけ。日本で亡くなる1年前に回顧展が開かれた。場所は渋谷のBunkamura.、いつも高い期待を寄せているBunkamuraでの開催だから夢中になってみた。そのとき購入した図録に作品だけでなくワイエス物語が概観されているが、いつものように論考は読まずそこに載っている作品の図版をみているだけ。

ワイエスの情報はもうひとつ得ていた。2013年の6月に放送された‘美の巨人たち’に福島県県美が所蔵する‘松ぼっくり男爵’がとりあげられ、ほかの作品もいろいろ登場した。そこでみた3点が嬉しいことにティッセン・ボルネミッサに展示されていた。‘カール・カーナー’は個人蔵のテンペラ、そして水彩の‘ドイツ人’と‘仔牛’、作品は頭のなかに入っているからここで運よく遭遇した喜びが腹の底からこみあげてくる。

ワイエスは農場でくらすカーナー夫妻をずっと描き続けた。いかにもドイツ人という顔つきのカール、本人と今対面しているような錯覚を覚える。カールの妻のアンナの絵もみたかったが、これは一枚もなかった。残念!‘ドイツ人’はカールが76歳のときのもの。この軍人姿をみるとあの屈強なドイツ兵のイメージがよみがえってくる。そして何度も通って描いた‘仔牛’、牛は農場にとっては欠かせない主役、ワイエスのやさしい心根がうかがえる。

風景画にもBunkamuraに出品されたものがあった。ワシントンナショナルギャラリーのコレクション、‘雪まじりの風’と日本の丸沼芸術の森にある‘霧の中にあるオルソンの家’、そして大きな収穫だったのが2003年に描かれた‘激流’、図録に収録されたサイズの関係で残念ながら画面全部でなく中心部分だけしかおみせできない。川の底にある大きな岩をすべるようにして水が流れ下っている。これはワイエスの静かなイメージからは対極にある動感いっぱいの作品。まるで生き物みたいな水の動きに200%圧倒された。

これでスペイン旅行の感想記は終わりです。お楽しみいただけたでしょうか。ボス、ラ・トゥール、そしてワイエスのいい絵を皆さんと共有できたことを心から喜んでいます。

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2016.07.06

サプライズ! ティッセン・ボルネミッサで‘ワイエス展’

Img_0001      ‘遥か彼方に’(1952年)   

Img_0002     ‘シリ’(1970年)

Img     ‘マガの娘’(1966年)

Img_0003     ‘恋人たち’(1981年)

プラドではボス展とラ・トウール展が重なるという幸運に恵まれたが、運の良さはティッセン・ボルネミッサまで続いていた。なんと、ここでアンドリュー・ワイエス(1917~2009)の回顧展(3/1~6/20)が開かれていた!これぞ喜び三段重ね、ミューズに感謝々。

ワイエス展はまったく情報がなく、美術館に近づくと縦書きのバナーに‘WYETH’とある、でもあのワイエスとはむすびつかず北方の画家かな?と思っていた。そして、入館してびっくり仰天、なんと長らく待ち望んでいたワイエスの回顧展だった。こんな幸運があっていいのだろうか、盆と正月に加えクリスマスまで一緒にやってきた。

これは別料金ではなく入館料を払えばみれる。さっそく地下の展示室へ向かった。展示されているのはワイエス作品だけでなく息子のジミーのものも展示されており父子展のかたちをとっている。作品の数は2人あわせて114点(素描も含む)で半分々という感じ。ジミーには関心がないので紹介するのはワイエスのみ。

図録の表紙に使われている‘遥か彼方に’というワイエスが35歳のときに描いた作品がとてもいい。ワイエスというとすぐNYのMoMAにある代表作‘クリスティーナの世界’を思い浮かべるが、この絵でも息を呑んで見てしまうのが膝をかかえて座っている少女が被っている帽子の動物の毛一本々やまわりに生い茂る草々の表現にみられる細やかな筆使い。

女性を描いたものはほかに6点あった。うち裸婦が‘恋人たち’を含めて4点。‘シリ’は背景を部屋の凹凸のある白い壁にして若い女性の上半身だけ描くという構成が決まっている。いかにも金髪の女の子という感じがよくでている。

これに対して‘マガの娘’は小さいころTVでみたアメリカ映画の西部劇に登場するしっかりものの女性を連想する。こういう存在感があり身近に感じられる肖像画はありそうでない。しばらくみていた。

‘恋人たち’はこれがあの世間を驚かせたワイエスの問題作かという感じ。てっきり画像で知っている作品と同じものと思ったが、日本に帰って確認したら脚立のような椅子に座り横をむく裸婦を眩しく照らす陽を部屋のなかに入れる窓の形が違っていた。ワイエスはこの恋人を一体何点描いたのだろうか、そのひとつにめぐりあえたのだから本当についている。

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2016.07.05

目を見張らせる近現代アート!

Img     リキテンスタインの‘浴室の女’(1963年)

Img_0001     デルヴォーの‘洞窟の裸婦’(1936年)

Img_0002     リンドナーの‘サンキュー’(1971年)

Img_0003     ファイニンガーの‘背の高い男’(1907年)

アメリカの美術館を何度もまわっていると近現代アートにも目がだんだん慣れてくる。でも、作品を見る機会が多くなったからといって抽象画やオブジェがどれも違和感なく体に入っくるというわけでない。半分くらいは軽くみている。

この鑑賞スタイツがティッセン・ボルネミッサの近現代アートを展示している1階でも大きく変わることはない。お気に入りのア―ティストの前では印象派の名画をみているときのようにアドレナリンがどっと出てくるが、どうもわからないな?というのも多い。

このフロアで最も期待していたのはリキテンスタイン(1923~1997)の‘浴室の女’、まさにアメリカ黄金時代の映画や漫画にでてくる女性をイメージさせる作品、ポップアートというのは若返りの妙薬と似た効果を持っている。ウォーホルやリキテンスタインは音楽におけるビートルズみたいなもの。今は感情の振幅は大きくないほうがいいので絵画とつきあい、あの頃をじわっと懐かしんでいる。

前回デルヴォー(1897~1994)の作品を2点みたが、その一枚が‘洞窟の裸婦’だったか記憶がない。デルヴォーはマグリット同様、お気に入りの画家だからこの絵ははじめてのものだろう。洞窟の中という場面設定がシュールな気分の表れか、鏡に映った女性の顔には冠をかぶせてゴージャスにしているのがおもしろい。

リチャード・リンドナー(1901~1978)はこれまでみたのかはっきりしないア―ティスト、‘サンキュー’の前では思わずひるんだ。こんなインパクトの強い作風なのにメトロポリタンでもMoMAでも遭遇したことがない。ドイツ表現主義をカチッとしてものに整えこれにポップ調を加味した感じ。ちょっと気になってきた。

人物の表現がドイツの画家らしいなと思ったのは別の階でファイニンガー(1871~1956)の‘背の高い男’をみたから。男の背が高いこと!後ろのビルの高さまである。ファイニンガーには漫画チックな人物表現があるが、これが一番ぐっときた。

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2016.07.04

ヨーロッパの美術館でハドソンリバー派に会えるとは!

Img     ホッパーの‘ヨットとカモメ’(1944年)

Img_0001     ビーアスタットの‘滝の景観’(1880~87年)

Img_0003     カンディンスキーの‘ムルナウの家’(1908年)

Img_0002     バッラの‘ダイナミズム’(1915年)

お気に入りの画家との距離感がぐっと縮まるのは回顧展に出会ったとき。そこでその画家の代表作が一通り頭のなかに入る。そして、作品の記憶と一緒にどこの美術館がその名画を手に入れているかという情報もインプットされる。

2008年シカゴ美を訪問したときにまさかの大回顧展に遭遇した。ここでのお目当てはあの‘夜ふかしをする人たち‘、これをみるだけで目的の50%を達成できるというのにホッパー(1882~1967)の作品をほかにもどどっと見れることになった。もう天にも昇る気持ちだった。

興奮状態のままみて回ったが、足が思わず止まる作品の前では美術館の名前もしっかり覚える。とても魅了された‘ホテルの部屋’はティッセン・ボルネミッサのコレクションだった。2011年のとき軽くご挨拶しておいたが、今回ホッパーはこれだけでなくもう一点いいのがでていた。心がスカッと晴れるような明るい海景画‘ヨットとカモメ’。

この絵をいつ手にいれたの?シカゴで同じようなヨットの絵を2点みていたので日本に帰ってチャックしたらほかの美術館の所蔵だった。新しいホッパーに会えるなんて最高!

はじめてこの美術館を訪れて感心したことがある。それはヨーロッパにあるほかの美術館ではほとんどみる機会がないアメリカ絵画が展示されていること。前回はコール、チャーチ、ビーアスタットらハドソンリバー派の作品が1点ずつ3点と遭遇した。今回はぐっと増えて全部で6点、そのなかで長くみていたのがビーアスタット(1830~1902)の‘滝の景観’、それほど大きな作品ではなかったが、壮大な構図で細部まで緻密の描かれた滝の景観に心を打たれた。

リカバリーを切に願っていた作品のひとつがカンディンスキー(1866~1944)の‘ムルナウの家’、画面を構成する角々した家がユニット的に表現主義派やフォーヴィスムを思わせる強くて深い色調で描かれている。カンディンスキーは華麗さのほとばしる抽象絵画へむかう前にこんな緑や紫が印象に残る作品を手がけていた。

未来派のバッラ(1891~1958)はボッチョーニ同様、昔から関心の高い画家。5年前にも立ち尽くしてみたみて‘ダイナミズム’にまたやられた。前ショップに絵はがきあった?図録には載ってないので2枚目になるかもしれないが買っておいた。

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2016.07.03

ゴッホ、ゴーギャンに乾杯!

Img     ゴッホの‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’(1890年)

Img_0003     ゴーギャンの‘マタ・ムア(むかしむかし)’(1892年)

Img_0004     モネの‘チャリング・クロス橋’(1899年)

Img_0001_2     ドランの‘ウォータールーの橋’(1906年)

パリのオルセーでもNYのメトロポリタンでも大きな美術館は質の高い印象派の絵を数多く展示しているが、ティッセン・ボルネミッサもその例に漏れない。マネ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ロートレック、ゴッホ、ゴーギャンとビッグネームをずらっと揃えている。これは圧巻!

今回狙っていたのはゴッホ(1853~1890)の最晩年の作、‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’、心を虜にしたのは地平線を高くとり家々の前の小麦畑を広々と見せる空間構成と画面をおおいつくす明るい緑と黄色。命を絶ったこの年に描かれた作品なのにここには悲壮的な空気はあまり流れていない。

ゴーギャン(1848~1903)の‘マタ・ムア’は2010年ロンドンのテート・モダンで開催された大回顧展に出品されたもの。翌年マドリッドへ出かけ再会するはずだったが、どういうわけか展示されてなかった。だから、本来の居場所でみるのははじめて。

いつものようにゴーギャンの絵は一見すると平板、でも真ん中に大きな木の幹がどんと描かれているのでしばらくみていると奥行きのある風景であることに気づく。木を挟んで前の座っている二人の女性をながめそして向こうの石の像のまわりにいる女性たちに目をやると、なんだかタヒチの楽園へ迷いこんだような気になる。

4点あったモネ(1840~1926)は霧にかすむ‘チャリング・クロス橋’や凍りついたセーヌ川の雪解けの様子を描いた‘ヴェトゥユの雪解け’に思わず足が止まった。モネは昨年10月マルモッタンの‘印象、日の出’と久しぶりにお目にかかり、それから一年もたってないのにまたスペインでいい絵と遭遇した。ミューズに感謝!

ティッセン・ボルネミッサには目を惹くピカソ、ダリがあるのになぜかマティスがない。そのかわり野獣派の盟友ドランのすばらしい絵がある。色彩の力を思いっきりみせつけ光の洪水かと思わせる‘ウォータールーの橋’、ドランの作品では上位グループの一枚に加えている。

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2016.07.02

ティッセン・ボルネミッサのカラヴァッジョ!

Img_0003     カラヴァッジョの‘アレクサンドリアの聖カタリナ’(1597年)

Img     カナレットの‘サン・マルコ広場’(1724年)

Img_0001     ゴヤの‘アセンスィオ・フリアの肖像’(1798年)

Img_0002    ムンクの‘湖畔の風景’(1888年)

ティッセン・ボルネミッサのコレクションのなかで強い磁力を放っているのはカラヴァッジョ(1571~1610年)の‘アレクサンドリアの聖カタリナ’、この絵が美術館一番の自慢の絵であることはまちがいない。とにかくこの部屋にいる人の目つきが明らかに違う。

5年前と同様、感動の袋がだんだん膨らんでくる。目が吸い寄せられるのが処刑具である車輪にみられる木の写実的な質感描写、そして闇のなかで浮き上がっている白の衣装。今年は西洋美で大きな回顧展がありカラヴァッジョイヤー、その年にスペインでもカラヴァッジョと出会った。まるでバスケットの‘ホットハンド’のよう。

カナレット(1697~1768)は追っかけリストに二重丸をつけていた画家。大作の‘サン・マルコ広場’はまさに現地にいるような気分にさせられる。カナレットの景観図というとロンドンのナショナルギャラリーにあるものが忘れられないが、これも見事な絵。

スペインの巨匠ではベラスケスは見当たらないが今回エル・グレコの‘受胎告知’とゴヤ(1746~1828)が3点でていた。ゴヤの小品の肖像画は前回展示されてなかった。モデルはゴヤが描いた礼拝堂のフレスコ画に協力した同僚の画家。茶色と青を組み合わせた衣装が印象深い。

2階には表現主義の画家の作品が数多く並んでおりドイツの美術館に来たような錯覚を覚える。そのなかにまじってムンク(1863~1944)のいい作品があった。ムンクが25歳のとき描いたもの、前回みた記憶がないので思わず足がとまった。画集に載ってない絵が登場するとなにか大きな発見をしたような気になる。

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2016.07.01

質の高い作品を揃えるティッセン・ボルネミッサ美!

Img_0004       マルティーニの‘聖ペテロ’(1326年)

Img_0002     ファン・エイクの‘受胎告知’(1433~35年)

Img_0001     ルーベンスの‘ヴィーナスとキューピット’(1606~11年)

Img_0003     レンブラントの‘自画像’(1642~43年)

マドリッドで訪問することを決めていた美術館はボス展をやっているプラドとここから目と鼻の先にあるティッセン・ボルネミッサ美の2館。もし、ボスとラ・トウールがあまり待ち時間がなく順調にみれたらピカソのゲルニカに会うためソフィア王妃芸術センターにも寄るつもりだった。

プラドはお目当ての2つの回顧展を満喫したあと常設展示をまわり追っかけ作品をみたため時計の針は2時を指していた。トータルで4時間、ここで鑑賞エネルギーをだいぶ使い果たしたので次はティッセン・ボルネミッサだけにすることにした。

この美術館へ入るのは2度目。2011年のとき1階から3階まで時間をかけてみたが、作品の数が予想以上に多く、館の図録に載っている作品で姿を現してくれなかったものが数多く残った。だから、今回はそのリカバリーをしようと意気込んで進んでいった。

展示の構成は3階がルネサンス絵画、バロック絵画、2階が印象派や表現主義、北米絵画、そして1階が近現代アート、となっている。はじめてここへ来た人はコレクションの質の高さに驚くにちがいない。とにかく軽くみれない作品がここにもあそこにもあるという感じ。

リカバリー作戦は予想以上に上手くいった。シエナ派のマルティー二(1284~1344)の‘聖ペテロ’とまず会え、いいスタートをきったと思ったら、すぐ近くに最もみたかったファン・エイク(1390~1441)の‘受胎告知’が現れた。ぱっとみると目の前に彫像があるような感じ。なんと見事に描かれたみせかけの彫像、だまし絵である。ファン・エイクは誰も真似のできないぬきんでた技術をもった特別の画家、その作品をこの美術館はしっかり所蔵しているのだから恐れ入る。

ルーベンス(1577~1640)の‘ヴィーナスとキューピット’もぐっとテンションがあがる傑作。モデルは生身の女性を思わせる雰囲気があり、思わず見入ってしまう。ワシントンナショナルギャラリーでティツイアーノが描いた本歌を楽しんだが、これも甲乙つけがたい出来栄え。ルーベンス同様、期待値の高かったレンブラント(1606~1669)の‘自画像’も姿をみせてくれた。上々の滑り出しだった。

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