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2016.06.30

ビッグニュース! ブリューゲルの‘バベルの塔’がやって来る

Img_2     ブリューゲルの‘バベルの塔’(1564年 ボイマンス美)

Img_0001_2         ボスの‘旅人(放蕩息子)’(1500~10年)

Img_0003          ボスの‘大洪水’(1510~15年)

今日の朝日の朝刊に嬉しいニュースが載っていた。なんとあのブリューゲルの‘バベルの塔’が来年4月日本にやって来るという。主催する東京都美と朝日新聞に拍手々!

‘バベルの塔’というとすぐウィーンの美術史美にあるものを思い浮かべるが、やって来るのはこれではなくオランダのロッテルダムにあるボイマンス美が所蔵しているもうひとつの‘バベルの塔’、絵のサイズはウィーンのものの半分。

つい3週間前、プラド美でブリューゲルの‘聖マルティンのワイン祭り’をみたばかりだから、この展示が見えない幸運の連鎖がはたらいているためではないかと思ってしまう。本当にいい流れ。

ボイマンス美はこれまでずっと気になっていた美術館、それはここに‘バベルの塔’とボスの絵が3点あるから。ボスの絵についてはプラドの大回顧展(5/31~9/11)で待望の‘旅人(放蕩息子)’と‘幼児キリストを担う聖クリストファロス’にお目にかかることができた。

ボスへの長年の思いが叶えられた、だから今はアムステルダムから汽車に乗ってロッテルダムへ行かなくてもいいなという気になっている。‘バベルの塔’が残っているがウィーンのものをみているからこれでよしとしよう、そう言い聞かせていたところなのに、その‘バベルの塔’が向こうからわざわざお出ましいただけるという。なんとも嬉しい話。

ボイマンス美はこれから新館を建設するようでその間休館する。こういうときはコレクションがごっそり海外に貸し出されることが多い。で、東京都美で‘ボイマンス美所蔵 ブリューゲル・バベルの塔’展が実現することになった。会期は来年4/18~7/2、そのあと大阪の国立国際美に巡回する。7/18~10/15。

出品される90点のなかにボスの2点も入っているという。‘旅人(放蕩息子)’ともう1点、たぶん‘大洪水’だろう。そうなるとボイマンスのボスは3点全部みたことになる。ボスのつきも続いてくれそう。ブリューゲルやボスの絵が日本でみられるなんて何十年に一回のこと。ワクワクするような大イベントといっても過言ではない。

それにしても東京都美がまた大ホームランを打った。国立新美、西洋美、東京都美が競うようにいい展覧会を開催してくれる。おおいに期待したい。

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2016.06.29

興味津々のラ・トゥール再発見物語!

Img_0004 ラ・トゥールが活躍したロレーヌ地方(拡大で 2005年回顧展の図録より)

Img_0002     ‘枢機卿帽のある聖ヒエロニムス’(17世紀 ストックホルム国立美)

Img     ‘リボンをつけたヴィエル弾き’(17世紀 プラド美)

Img_0001     ‘ランプをともす少年’(1640年 ディジョン美)

美術品とのつきあいが長くなると、作品が誰の手によってつくられたのかにはじまってその作家がどんな創作活動を生涯に行ったかを大雑把でも知りたくなる。ラ・トゥールのついては今回の回顧展で有名な作品はほぼ目に入ったので、‘ラ・トゥール物語’をしっかり頭に定着させようと画集や図録を今熱心に読んでいる。

ラ・トゥールが生まれた町はフランスのどのあたりにあるのか、2005年西洋美で開催された回顧展の図録にわかりやすい地図が載っている。フランス北西部のロレーヌ地方は1600年の頃はロレーヌ公国がおさめていた。ここの小さな町、ヴィック=ジュル=セイユでラ・トゥールは1593年に生まれた。父親はパン職人。

ヴィックの西に少し行ったところが一度訪ねてみたいと思っているナンシー、ここが公国の中心都市、そして同じくらいの距離を南に下るとラ・トゥールが画家人生の大半を過ごしたリュネヴィルがある。27歳のころ故郷を離れてリュネヴィルへ移ったのは結婚した妻の実家がこの街にあったから。

ラ・トゥールが生きた時代は大変だった。1618年には30年年戦争がはじまり、その影響がロレーヌにも押し寄せ1631年にはフランス軍の侵攻を許し、やがてフランスの属国になってしまう。そんな混乱のなかラ・トゥールは優れた絵の腕前が認められルイ13世付きの宮廷画家に出世する。工房には多くの弟子をかかえ貴族たちの注文をこたえていった。ラ・トゥールは生涯に400点以上描いたといわれているが現在残っているのは40点くらい。

ラ・トゥールが亡くなったのは1652年、享年59。死後工房は息子が跡をついでいたが、その息子が1692年になくなった以降はラ・トゥールの名前は急速に消えていく。200年以上忘れられていたラ・トウールが再発見されたのは第一次世界大戦中の1915年、ドイツ人美術史家のヘルマン・フォスがそれまでほかの画家の作品とみられていた4点がロレーヌにいた‘夜の情景’を得意とするラ・トゥールという画家の作品であることを発表した。これがラ・トゥール復活のはじまり。

そして、フォスは1931年に2度目の発見をする。今度は昼の光で描いた‘昼の情景’、それがルーヴルにある‘ダイヤのエースを持ついかさま師’、‘ヴィエル弾き’(ナント市美)、最初にあげた画像の‘枢機卿帽の聖ヒエロニムス’、‘光輪のある聖ヒエロニムス’(グルノーブル市美)の4点(いずれも今回の回顧展に出品)。これでラ・トゥールの画業全体がだいぶわかってきた。

その後も地方都市などで作品の発見が相次ぎ、ラ・トゥール人気はどんどん上がっていった。プラドにある‘リボンをつけたヴィエル弾き’は1986年にロンドンで発見された。プラドにはこの絵に加え‘手紙を読む聖ヒエロニムス’も所蔵している。流石、ブランド美、いいもの手に入れる。

2005年日本にもやって来た‘ランプをともす少年’に大変魅了されている。不思議なことにこの絵が描かれた70年くらい前にエル・グレコも息を吹きかけて炭の火を大きくしようとしている少年を描いている。その絵を重ね合わせながらほっぺをふくらます男の子をじっとみていた。

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2016.06.28

赤の画家 ラ・トゥール!

Img_0001     ‘妻に嘲笑されるヨブ’(17世紀 エピナル 古代・現代美)

Img_0002     ‘生誕’(17世紀 レンス市美)

Img     ‘金の支払い’(1624年 ウクライナ リヴフ美)

Img_0004  ‘荒野の洗礼者聖ヨハネ’(1650年 ヴィック ラ・トゥール美)

お気に入りの画家の回顧展を2回体験することを理想としているが、カラヴァッジョに続いてラ・トゥールもこれが実現した。ラ・トゥールに開眼するきっかけとなったのが2005年に西洋美であったラ・トゥール展、それから10年たちまた大きな回顧展に遭遇するとは今年のはじめころは夢にも思わなかった。日本であったカラヴァッジョ展へ3度も足を運んだから連鎖反応が起こったのかもしれない。

2005年のとき出品された作品が今回の31点のなかに11点含まれている。‘金の支払い’や‘荒野の洗礼者聖ヨハネ’もその一枚。‘金の支払い’は光源の違いはあるもののカラヴァッジョの‘聖マタイの召命’を連想させる画面構成が特徴。ろうそく1本の光が人物の表情を照らすのは‘マグダラのマリア’や‘大工の聖ヨセフ’と同じだが、深い闇の世界という感じではなく画面全体に弱い光がいきわたっており、明暗表現をきかせたカラヴァッジョ風の風俗画としてじっくり楽しめる。

‘荒野の洗礼者聖ヨハネ’は髪の描き方だけをみると女性と見間違える。シャンプーのCMでモデルがしなやかな髪をストップモーション的にふりみだすシーンをすぐ思い出す。これまで髪の表現で最も目が点になったのはダ・ヴィンチとこのラ・トゥール。尋常な筆さばきではとてもこんな風には描けない。ラ・トゥールは本当にスゴイ画家。

ラ・トゥールの描く聖人でも女性でも着ている衣装の色は圧倒的に赤が多い。その赤とろうそくの光がとびっきり美しく融合しているが2点あった。立ち尽くしてみた‘妻に嘲笑されるヨブ’と‘生誕’、画集ではよくみていたが本物にこれほど心を奪われるとは。

外からやってく光とちがってろうそくの光は放射状に周囲を照らすので闇のなかにあって光を中心にして緊密な空間がうまれる。ろうそくの炎に反射する赤にも大きな効果がある。赤い衣装によって人物の存在がぐっと高まり、ヨブの妻やキリストの誕生を祝福する聖母マリアの精神性を浮き彫りにする。一生忘れられない絵になりそう。

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2016.06.27

夜の情景 傑作4選!

Img ‘ゆれる炎のあるマグダラのマリア’(1638~40年 ロサンゼルス郡美)

Img_0001_2     ‘鏡の前のマグダラのマリア’(1640年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0002     ‘大工の聖ヨセフ’(1642年 パリ ルーヴル美)

Img_0004     ‘聖ヨセフの夢’(1640~45年 ナント美)

ラ・トウールの絵というとすぐ思い浮かべるのは夜の闇のなかに輝くろうそくの炎、マグダラのマリアの顔はその光によって浮かび上がり、透かされた幼子キリストや天使の手は静寂につつまれた夜の情景を詩情豊かに表現している。

海外の美術館でめぐりあった名画を日本に帰ってきて感想記にまとめる回数が多くなると、部屋をまわっているときからこれとこれを組み合わせようというイメージが沸いてくる。間違いなく最もいいセレクションと感じたのが
今回の4点。

ラ・トウールはマグダラのマリアを題材にした作品を4点描いているが、出品されていたのは念願の対面が実現した‘ゆれる炎のあるマグダラのマリア’とワシントンのなナショナルギャラリーが所蔵する‘鏡の前のマグダラのマリア’、どちらも静かすぎる夜の情景、心を鎮めてみていた。

‘ゆれる炎’はルーヴルの‘常夜灯のあるマグダラのマリア’とよく似ているが、マグダラのマリアの顔や上半身はルーヴルのものよりろうそくの光に強く照らしている。そのため、こちらのほうが印象が強く残る。一方、光源のろうそくが髑髏の向こうにある‘鏡の前’はマグダラのマリアの横からの姿がとてもいい感じ。この女性が身近に感じられてしょうがない。フランス人のイメージがなく、女優の鶴田真由を連想してしまう。

聖ヨセフを描いた2点はともに日本にやって来た。‘大工の聖ヨセフ’は4,5年前にあったルーヴル美展、そして‘聖ヨセフの夢’は2005年にのラ・トウール展(西洋美)。いつもそのリアルな描写に驚かされるのがろうそくの光に透かされた幼子キリストと天使の手。強い明暗表現のなかでこの部分が目に焼き付いている。この生感覚の表現に言葉を失う。

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2016.06.26

ご機嫌な風俗画の揃い踏み!

Img     ‘女占い師’(1630年代 NY メトロポリタン美)

Img_0001  ‘クラブのエースを持ついかさま師’(1620年代後半 キンベル美)

Img_0002‘ダイヤのエースを持ついかさま師’(1636~38年 パリ ルーヴル美)

カラヴァッジョとラ・トウールに大変魅了されているのは風俗画の傑作を残してくれたから。二人は生まれつきの悪人がいかさまをして能天気なカモからお金をまきあげる場面を絵にしている。カラヴァッジョより20年くらい後に生まれたラ・トウールが描いた見事な絵3点が今回一緒に飾られている。こんな豪華なコラボレーションが実現したなんて夢のよう。拍手々!

部屋の中央正面に昨年12月メトロポリタンでみたばかりの‘女占い師’、そして、左右の壁にはアメリカ、フォーワースのキンベル美とルーヴル美が所蔵する‘いかさま師’が向かい合っている。過去開催された回顧展、例えば1972年のオランジュリー美でも1997年のグラン・パレでもこんな展示はなかった。すばらしい。

‘女占い師’は昼の光があたっている3人に視線が集中する。左の占い師の老女、アクの強い顔だから光の量を少なくして中和させている。この画面で最も華があるのは手を腰にあて気取ったポーズをとってる青年、でもこの若者はどうみても女性のイメージ、この人物をながめているよりずっとおもしろいのが隣の女、どうも目に落ち着きがない。

それもそのはず、下に置いた手に刃物をもち若者の金時計を切り取ろうとしている。若者がそれに気づかないように老女と左の女2人も自分たちのほうの関心を向けさせようとしている。老女は‘若いの、今年はいいことがあるよ。お前さんが好きになった女はどうやらあんたに決めたようだ、しっかり愛してやるんだよ、いいかい’とかなんとか大きな声でしゃべっているのだろうか。

そんあ占い話にほわっとなっていては悪党どもに身ぐるみはがされてしまう。時計をとられるは財布まで抜かれるは散々な目にあう。ところが、厄介なことに放蕩息子にはつける薬がない。だからいくら金があってもすぐなくなる。こんな話は今でもごろごろある。

‘いかさま師’は先に描かれたのはキンベル美のもの、こちらは左のいかさま師が後に回した手にもっているカードがクラブなので‘クラブのエースを持ついかさま師’と呼ばれ、ルーヴルにあるのはダイヤに変わっているので‘ダイヤのエースを持ついかさま師’となっている。

サイズ的にはキンベルのほうが縦が少し短い。人物の服装などをみるとキンベルのほうが右の若者の衣装は見栄えのする装飾が施され、また中央で怪しい目つきをしている女の横にいる召使風の女も赤い衣装を着るなど全体的に綺麗に着飾っている感じ。

どちらも圧倒的な存在感を放っているのは視線を右に寄せた真ん中の女。じっとみていると最近CMでよくみかけるモデルの菜々緒がこの役を演じたらピッタリはまるだろうなと勝手に妄想した。

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2016.06.25

プラドのダブルイベント ‘ラ・トゥール展’!

Img_0002     ‘豆を食べる人々’(17世紀 ベルリン 絵画館)

Img  ‘楽士たちのいさかい’(1625~30年 LA ポール・ゲッティ美)

Img_0001     ‘ヴィエル弾き’(1631~36年 ナント美)

Img_0003     ‘手紙を読む聖ヒエロニムス’(1610~30年 プラド美)

6月5日がマドリッド観光というツアーをチョイスしたおかげで旅の目的だった大ボス展がみれただけでなく、ビッグなオマケにもありつけた。プラドでは2/23から‘ラ・トウール展’が行われており、5/31から最終日の6/12まではボス展との豪華なダブルイベントとなった。

ボス展を存分に楽しんだあと喜び勇んで2階のラ・トウール展の会場にむかった。カラヴァッジョ同様、ぞっこん参っているラ・トウール(1593~1652)、ケンスケさんからお目当ての追っかけ画がでていることを教えてもらったので心がはやる。

作品は全部で31点、2005年西洋美で開催された回顧展のときと違ってすべて真作、模作は一点もない。これほど豪華なラインアップだったとは!ラスト1週間の会期にすべりこめたのだからなんともついている。ミューズに届け物をすることにした。

画集をみて二重丸をつけていた作品が続々と登場する。そのひとつがベルリンでみる予定だった‘豆の食べる人々’、農村で働く人でも都市に生きる人でもものを食べるときの姿というのは変わりない。老夫婦に会話はなく黙々と豆をつまんで口のなかに入れる。食が生きるエネルギーの源。

‘楽士たちのいさかい’がいきなりでてきたのでテンションが一気に上がった。画面左端でわなわなと震えている老女の表情に釘づけになった。こういう日常生活でよくでくわす出来事を高い写実力でリアルに描いたラ・トウール、この画風に200%魅了されている。

これも出品されたのかとちょっと興奮したのがナント美が所蔵する‘ヴィエル弾き’、等身大の大作で目の前の老いたヴィエル弾きの演奏を聴いているよう。左からさす光に照らされ足元の白いソックスと手前に置かれた赤い布がまぶしいくらい光っていたのが印象的。

数多くでていた聖人像のなかで長くみていたのがプラドにある‘手紙を読む聖ヒエロニムス’、思わず手で触ってみたくなったのがレンズを使って読んでいる手紙、その折り目のはいった紙の質感描写が見事、息を呑んでみていた。

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2016.06.24

究極のボスワールド ‘快楽の園’!

Img      ‘快楽の園’(1490~1500年)

Img_0001      巨大な鳥、ガラス球やムール貝になかにいる男女

Img_0004     ディズニーのパレードに登場するような巨大植物の山車

Img_0003       男たちによる組体操のパフォーマンス

Img_0002    ‘地獄’に描かれたボスの自画像といわれる木男

プラドが誇る名画のなかで時間があればいつまでもみていたくなるのがボスの最高傑作‘快楽の園’、いつもは1階の56A室に飾られているが、現在は回顧展のためヘロニモ館の展示室で多くの美術ファンの目を楽しませている。

こうした回顧展が開かれボスの作品がたくさん集まってくると、作品毎の完成度の具合や魅力の大きさがおのずとわかってくる。‘快楽の園’がやはり一番いいな、と思うのはこの三連祭壇画の画面が驚くほど明るくてモチーフの写実描写が優れているから。

これはとても惹きつけられるダリの夢の世界が群を抜く写実力によって表現されているのと同じ理由、現実にはありえない奇怪な景色を描くのに並みの描写力だったら一瞬はぎょっとするかもしれないがすぐ違和感のほうが頭をもたげいい気持にはならない。

中央パネルの画面いっぱいに裸の男女が大勢登場する‘快楽の園’、とにかくみてて楽しい。人物のほかに動物、鳥、魚、そしてイチゴなどの果物やサボテンを連想させるような巨大な植物、そしてこれらを合成してつくった新種?の生き物、もう動物図鑑、植物図鑑に載っているものを全部結集させている感じ。

とくに目を奪られるほど美しいのが真ん中の部分、愛し合う男女がカボチャのようなものやガラスの球、ムール貝のなかに入っていたり、人間より大きな鳥たちが色鮮やかな羽を誇らしげにみせ気取ったポーズをとっている。

また、画面の上のほうには巨大サボテンを思わせる植物に飾り物をいっぱいつけた構築物が5つどーんと建っている。まるでデイズニーが演出するファンタジーパレードに遭遇した気分。その下に目をやると女ばかりがいる‘青春の泉’のまわりを男たちが馬やラクダにまたがりぐるぐるまわっている。快楽は果てしなく続くということだろう。こういう快楽には毒がない、だからリラックスしてみられる。

その輪の左のほうでおもしろいパフォーマンスをしている男たちがいる。それは怪我が多いため中止の通達がでている中学校の運動会の組体操、そしてその横では植物の枝で宙づり演技の真っ最中。ここにもあそこにも思わずじっとみつめてしまう光景ばかり。

右のパネルにはあまり快楽にふけると地獄で恐ろしい目にあうよという教訓が描かれている。真ん中でじっとこちらをみている青白い顔の男は‘木男’、ボスの自画像といわれている。その胴体は卵の殻でそこに枯木の足がついている。

この木男をみつめながら、‘あなたの描いた奇怪な世界を堪能させてもらいましたよ!’と心のなかでつぶやいた。

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2016.06.23

ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美にあるボス!

Img_0003 ‘旅人’(1505~16年 ロッテルダム ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美)

Img_0002 ‘幼児キリストを担う聖クリストファロス’(1490~1500年 ベーニンゲン美)

Img_0004     ‘十字架を担うキリスト’(1500年 エルエスコリアル修道院)

Img_0001    ‘祈る聖ヒエロニムス’(1490~1500年 ゲント 市立美)

オランダ、ベルギーの旅はだいぶ積み重ねたので今後観光目的で行くことはなさそうだが、絵画の追っかけならまだ訪問したい美術館が残っている。それはオランダ南部のロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンゲン美。

そのコレクションの全貌はわかってないが長いこと気になっていたのがブリューゲルのもう一つの‘バベルの塔’とボスの3点。プラドのボス展に出品されたのは‘旅人(放蕩息子)’と‘幼児キリストを担う聖クリストファロス’、素直に嬉しい!お陰でアムステルダムからロッテルダムまでの列車の旅は無くなった。

‘旅人’はプラドにある三連祭壇画‘干し草車’の外扉に描かれたものとよく似ている。‘干し草車’に登場するのは粗末な衣服をまとった初老の旅人でこちらは放蕩息子という説と二人はどちらも初老の旅人という二つの説がある。放蕩息子の説をとれば後ろの家で男女が戯れているを振り返ってみているのは、遊びまくったころを思い出しているのかもしれない。

‘幼児キリストを担う聖クリストファロス’は背景の川や山が丹念に描かれており一般的な聖人の絵に比べると風俗画風の人物描写なので画面にすっと入っていける。そして、キリストと聖人の衣装が風に吹かれてぼこっと膨らんでいるのもおもしろい。

マドリッドの郊外にあるエルエスコリアル修道院にある‘十字架を担うキリスト’はいつかお目にかかれることを願っていたが、ようやくその思いが叶った。この絵で強い磁力を発していたのは十字架を担がされているキリストではなくて、その横の口のまわりを白化粧したみたいな男、こちらをみる目力が主役のキリストを完全に食っている。

‘聖クリストファロス’と同様に背景の風景が見事に描写された‘祈る聖ヒエロニムス’、構図的に巧みだなと思うのは斜めに横たわる聖人をとりかこむモチーフの配置、水たまりに浮かぶかぼちゃのような植物、帽子、聖人のマント、そしてサボテンに赤を使い薄い白の衣装を着た聖人を浮かび上がらせている。

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2016.06.22

ヴェネツィアからも2つの祭壇画がやって来た!

Img_0001 ‘来世のヴィジョン 天国(左)楽園(右)’(1505~1515年 グリマーニ美)

Img ‘来世のビジョン 煉獄(左)地獄(右)’(ヴェネツィア グリマーニ美)

Img_0002     ‘聖女の殉教’(1495~1505年 グリマーニ美)

Img_0003  ‘エッケ・ホモ’(1485~95年 フランクフルト シュテーデル美)

Img_0004  ‘聖アントニウスの誘惑’(1505~10年 ネルソン・アトキンズ美)

ボスの画集を何度となくみているから、画集に載っている作品がどこの美術館にあるかはすぐいえる。好きな画家を追っかけるといっても全部がスイスイいくわけではない。今、残っているのはツアーを利用して対面のチャンスをうかがうことが難しいもの。

ヴェネツィアを観光すると必ずなかに入るドウカーレ宮殿、ここにボスの絵が3点あることは知っていたが、これまで縁がなかった。ところが今はパラッツオ・グリマーニ美に展示されていることになっている。この、グリマーニ美が一体どこにあるのかよくわからない。ネットを読んでもいまいち場所のイメージがわかない。

そのグリマーニ美が所蔵する祭壇画‘来世のヴィジョン’と‘聖女の殉教’が目の前に現れたので安堵した。‘隠者’もみたかったがこれはまたヴェネツィアへ行ったときのお楽しみとした。ネットの情報でこの2点は修復作業が終了した後スヘルトーヘンボスのボス展に出品されたことがインプットされていたが、たしかに色がよくでていた。

とくに惹きこまれたのが‘天国’の場面、とてもリアルに表現された天国へ向かうトンネル、青の濃淡によって奥行きができそこにさしこむ光が救われた人々を天国へ誘っている感じ。ここまで来れたらもう安心だろう。これに対し、煉獄や地獄では罪深い者たちは怪物から容赦ない拷問を受け続けている。あまり長くみていると夢でうなされるのでほどほどにしていた。

人物の赤い衣装が強い印象を与える‘聖女の殉教’も長くみていた。ボスがとりあげる聖人は男性がほとんどだが、この絵だけは聖女が十字架にかけられる姿で登場する。こういう殉教の場面がこれまでみたことがなかったので絵としてはとても新鮮。

キリストの受難を題材とした作品のなかでずっと気になっていたのがフランクフルトにあるシュテーデル美が所蔵する‘エッケ・ホモ(この人を見よ)’、フランクフルトは旅の優先順位が低いので対面はかなわないと思っていたが、人生何がおこるかわからない。やった!やった!と心のなかで叫んだ。

‘彼を十字架にかけよ’と下で叫んでいる群衆は皆強欲で悪意に満ちた顔をしている。聖書を読むだけではまわりにこんな人間しかいなかったキリストの悲しい運命は実感できない。その意味で絵画という表現方法は人々がものごとのイメージを深めるのに大きな役割を果たしている。

今回画集で一度もみたことのない作品が登場した。それはアメリカのカンザスシティに存在するネルソン・アトキンズ美がもっている‘聖アントニウスの誘惑’、この絵がこの度真筆に昇格したことはネットで知っていたのでひそかに期待していた。聖アントニウスが大きく描かれているのでプラド蔵の同名の絵より聖人の存在感が強い。そして池のなかにいる魚や漏斗を被った男がまたぐさっと胸に突き刺さる。

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2016.06.21

追っかけの一番は‘聖アントニウスの誘惑’!

Img   ‘聖アントニウスの誘惑’(1500~05年 リスボン 国立美)

Img_0002    中央パネル 悪鬼たちに囲まれる聖アントニウス

Img_0001      左翼 ダブルイメージの‘しゃがんだ男の姿をした家’

Img_0003     中央パネル、右翼 地を這い空を飛ぶ魚

プラドでボス展が開催されることがわかったとき、北ブラバンド博物館に出品された作品のうち一体どれが横滑りしてくれるのか気が気でなかった。スヘルトーヘンボスに集まった作品を全点正確に押さえていないが、出品されたはずのヴェネツィアのグリマーニ美蔵の3点はみれるだろうか、追っかけの一番上位にあるリスボンの‘聖アントニウスの誘惑’にたくさんプラスαがついてくれとミューズに祈っていた。

その思いが通じたのか展示室を進むうちにアドレナリンがどどっとでてくるほど期待していた絵が続々目の前に現れた。もう嬉しくて卒倒しそう。プラドがボスの真筆とする作品は全部で25点、工房あるいはボスの追随者たちが描いた作品が7点、そして素描が10点くらいある。流石、プラドといったところ。最高傑作の‘快楽の園’をもっている強みをいかして世界中の美術館からたくさんボスを集めてきてくれた。感謝々!

はじめてお目にかかる作品で大きな期待を寄せていたのが三連祭壇画の‘聖アントニウスの誘惑’、以前ポルトガルを旅行したとき国立美に足を運びこの絵をみたかったが、はじめてのポルトガルだから名所観光に集中した。またリスボンへ行く機会がめぐってくればそのときは国立美とグルベンキアン美へ直行するつもりだった。その絵をプラドでみれるのだからなんという幸運! お陰でリスボンへ行く必要がなくなった。

この絵はかなり前ウイーン美術アカデミー附属美で同じく三連祭壇画の‘最後の審判’をみたとき、横にコピー作品が飾ってあった。コピーでもボスの絵だから本物をみる感覚で楽しんだ。その正真正銘の本物が目の前にある。ボスはこの聖人が好きだったのか単身像としても数点描いているが、ここでは3つのパネル全部に悪魔の誘惑に負けずに禁欲的に修行をした聖人を描いている。左翼が‘聖アントニウスの飛翔と墜落’、中央が‘聖アントニウスの誘惑’、そして右翼が‘聖アントニウスの瞑想’。

いつものようにこの画面にもへんてこな怪物がたくさんでてくるが、目につくのが魚、中央では船の格好をして地を這い、左右翼では人を乗せて空を飛んでいる。北斎は鯉に乗った観音様を描いているが、西洋でも魚が人を乗せていた。

左翼でしっかりみたのが数人に抱えられて進む聖人の上に描かれているお尻をこちらにむけた四つんばいの男、よくみるとその姿が家にもなっている。これはシュルレアリスムのダリが得意としたダブルイメージ、ボスは16世紀のはじめにこんなシュールな手法を手がけていた。恐るべき想像力!ダリがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2016.06.20

体が200%震えた大ボス展

Img_0004_3      ボス展の図録(英語版)

Img_2      ボスの生まれたスヘルトーヘンボスの場所

Img_0001     コルトの描いた‘ボス像’(1565年)

Img_0003    作者不詳‘スヘルトーヘンボスの市場広場の眺め’(1530年頃)

今年はヒエロニムス・ボス(1450~1516)が没してちょうど500周年にあたる。この節目の年にボスの生まれたオランダ南部の街、スヘルトーヘンボスはおおいに盛り上がり数年前に北ブラバンド博物館でボスの大回顧展を開催することを決めた。時期は2/13~5/8、世界中の美術館から20点の作品と素描が結集した。

この情報は2014年9月に発売された‘芸術新潮 特集中世の大画家 ヒエロニムス・ボスの奇想天国’で知っていた。でも、今回は隣の方がのってこないと諦めていた。

ところが、今年のおみくじが大吉だったことが効いたのかプラドでも独自にボス展をやることがわかった。会期は5/31~9/11、ずっとみたかったリスボン蔵の‘聖アントニウスの誘惑’が出品されるという。そして、このタイミングにぴったりのスペインツアーが旅行会社Aからでてきた。いいことが重なるものである。すぐとびついた。

観光最終日の6/5は回顧展がはじまって最初の日曜日、だから大勢の人がやって来ると予想していたが、50分並んで入館するとき後ろを振り返ったらもう長蛇の列ができていた。傑作中の傑作‘快楽の園’を所蔵するプラドがボス展をやるのだから、あのボスの幻想的で奇怪な世界が堪能できると美術ファンなら誰しも期待する。スヘルトーヘンボスよりアクセスがいいことは明らか、これから観客がどんどん増えていくのではなかろうか。

ボス展はヘロニモ館の展示室A,Bで行われており、30分間隔で入場制限をしている。われわれのチケットに記された時間は10時45分だったが、表示の少し前の35分に入れた。最初に飾ってあったのはコルトという全く知らない画家が描いたボスの像と画集によく載っているスヘルトーヘンボスの織物市場の様子が描かれた縦長の風景画。さあー、ボスの世界に入るぞ!とテンションが上がってきた。

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2016.06.19

‘美の巨人たち‘で刺激されたゴヤの‘村の結婚式’!

Img     ティツィアーノの‘ダナエと黄金の雨’(1553年)

Img_0002     ティントレットの‘使途の足を洗うキリスト’(1547年)

Img_0001 ボッティチェリの‘ナスタジオ・デリ・オネスティの物語’(1483年)

Img_0004    ゴヤの‘村の結婚式’(1792年)

スペインの魅力にはまった人はまわりに結構いる。昔一緒に仕事をしていた女性は結婚のため会社を辞めたあとスペイン語を習うためサラマンカ大学の語学教室に入学、それから日本に帰ってきてロエベの日本支店で支店長の秘書をやっていた。とにかくスペインが大好きな人だった。

今回のツアー参加者ではじめてスペインを訪問する人も多かったが、これがきっかけとなってスペインとの長いつきあいがはじまることはおおいにありうる。そうするとまたマドリッドのプラド美へ足を運ぶ機会が訪れる。そして気づく、この美術館が所蔵している名画はエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤだけではないことが。

ここにはルネサンスからバロック時代に活躍したビッグネームの作品がずらっと揃っている。とくにいい作品が多いのがヴェネツィア派、ボス、ブリューゲル、ウエイデン、デューラー、そしてルーベンス。ヴェネツィア派はべッリーニ、ティツイアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼが圧巻でもうくらくらしてきそう。

今回は早歩きでみたが、どうしても‘また来ましたよ!’とご挨拶したくなる絵がある。ティツイアーノ(1490~1596)の‘ダナエと黄金の雨’に描かれている右の老婆をみていると、6/12に終了したカラヴァッジョ展にでていた‘エマオの晩餐’に登場する額のしわが印象的な老農婦を思い出す。

展示場所が1階のメインストリームの壁に変わっていたティントレット(1518~1594)の‘使途の足を洗うキリスト’、巧みな遠近法によりうまれた奥行き感のある空間を使って表現されるキリストの物語に200%KOされている。この絵の前ではいつも立ち尽くしてしまう。

今年は日本の展覧会シーンではカラヴァッジョの年であるが、ボッテイチェリの年でもある。東京都美で行われた回顧展は信じられないほどいい絵がフィレンツェのウフィッツイ美や海外の美術館からやって来た。だから、その流れを意識してプラド美のお宝‘ナスタジオ・デリ・オネスティの物語’をあらためて夢中になってみた。画像は3点のひとつでかなりショッキングな場面が描かれている。

騎士に追いかけられた裸体の美女のお尻になんと犬ががぶりと噛みついている。痛そう!その左にいるのがタイトルになっている男のナスタジオ、好きな女にふられて意気消沈しているところ。そして、ナスタジオはこの幻想的な男と女の悲劇的な関係を見てあるリカバリー作戦を考える。好きな女性の家族を宴会に招待しこの場面をみせる。男の熱い気持ちを無視するとこの女みたいになるよと暗に示唆する。すると、女性はすぐナスタジオと結婚することを決める。その場面が3枚目に描かれている。

ゴヤ(1741~1828)の‘村の結婚式’はすでに鑑賞済みだが、昨年の9月に放送された‘美の巨人たち’でとり取り上げられじつにおもしろい話がでてきたので、また3階にあがってみてきた。確かにこの新婚さんは美女と野獣、ゴヤの自画像ともいわれる子どもの鋭い目がとても気になる。ゴヤの心のなかには横暴な権力者や社会の欺瞞にたいする厳しい目がある。そんな思いをこの絵にこめたのかもしれない。

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2016.06.18

ブリューゲルのとっても怖い絵 ‘死の勝利’!

Img     ブリューゲルの‘死の勝利’(1562年)

Img_0001    骸骨の大軍の襲撃

Img_0004     馬にまたがり鎌をふりまわす骸骨

Img_0002        死に処刑される生者

西洋絵画好きでブリューゲル(1525~1569)がどんと心のなかに入ってくるのはウィーンにあるウィーン美術史美を訪問したときからではなかろうか。ここにあるブリューゲル作品が1点でもいいから日本にやって来てくれないかと長いこと願っているがいっこうに実現しない。やはり無理か、、

ブリューゲルのイメージは多くの人と同じようにこの美術館にある農民画や‘バベルの塔’でできあがった。このあとほかの美術館にある作品と出会い、ブリューゲルとの距離を少しずつ縮めてきた。幸いにもいろんな美術館へ出かけることができたので、画集に載っている代表作はかなり済みマークがついている。

今回、念願の‘聖マルティンのワイン祭り’と対面したので、コンプリートまであと5点くらい。そのなかでなんとしても見たいのはベルリンの国立絵画館が所蔵する‘ネーデルランドの諺’。これが目に入ればブリューゲルはOKにしてもいいのだが。ベルリン旅行はもうちょっと先。辛抱強く待ちたい。

プラド美の1階の56A室はボスの‘快楽の園’が飾ってあるところ。ここにブリューゲルのとっても怖い絵がある。‘死の勝利’、ここへくるたびに必ずみるが今回は‘聖マルティン’を堪能したあと久しぶりに時間をかけてみた。ここに描かれているおびただしい数の骸骨(=死)をみたら、ブリューゲルに対していだいていたイメージがちょっと変わるかもしれない。それほどこの絵は強烈なインパクトをもっている。

これはご存知のように人間だれでも死が訪れるという‘メメント・モリ(死を思え)’の寓意画。あらためて怖いと思ったのは画面右半分の中央にびっしり描かれている骸骨の大軍、一体何人いるのだろう、とにかくすごい人数。この隊列を見せられたらもう観念せざるをえない。どうあがいても死から逃げることはできない。

真ん中の下では男がナイフで首を切られ、そのうえではやせこけた馬に乗った骸骨が大きな鎌をふりまわしながら疾走している。右の丸テーブルの前で剣を抜く構えをみせ立っている男もそのうちガツンと殺されるのだろう。その横でマンドリンを弾き恋人を慰めている若者も同じ運命が待っている。

目を上にやると、ひざまずいて命乞いをする男に骸骨は容赦なく剣を振り下ろそうとしている。その向こうには人間をくくりつけて輪を回す拷問の道具があり、絞首台に一人つるされている。画面の上半分はボスの絵のように火の燃えさかる地獄の光景。ここでは死がとことん生に勝利する。

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2016.06.17

待望のブリューゲルの‘聖マルティンのワイン祭り’と対面!

Img    ブリューゲルの‘聖マルティンのワイン祭り’(1566~67年)

Img_0002      中央上、ワイン樽に群がる人々

Img_0003     右半分 白馬に乗っているのが聖マルティン

Img_0001     左半分 左端に赤ん坊にワインをなめさせる母親

プラドの常設室に展示してある作品で真っ先に探したのはフラ・アンジェリの‘ザクロの聖母’と2012年の4月から展示されているブリューゲル(1525~1569)の‘聖マルティンのワイン祭り’。

‘聖マルティン’は対面を強く望んでいた作品。ボス、ブリューゲルはカラヴァッジョ同様、コンプリートを実現させたい画家なので2010年の9月にプラドがブリューゲルの大作を発見したというニュースが飛び込んできたときは鑑賞欲が強く刺激された。プラドで公開されたのはそれから1年2ヶ月後の2011年12月、翌年の3月まで公開されそのあと1階の56A室に飾られている。

この絵をみるためにもう一回はプラドに足を運ぼうと思っていたが、ボス展のおかげで念願のブリューゲルまでみることができた。ミューズに感謝!事前にブリューゲルを特集した‘芸術新潮’(2012年3月号)に載った森洋子女史の解説文を読み、見どころのポイントをコピーしていた。

これを参考にしながら画面の隅から隅までみた。この絵はブリューゲルの絵では一番大きく、横は270㎝もある。描かれているのは新酒のワインを祝う聖マルティンの祝日(11月11日)の様子、視線が集まるのが中央上の赤いワイン樽に群がっている人々の表情、もう思いっきり好きなワインを飲んでいる感じ、ラッパ飲みする者もいれば小皿に口をあて夢中で飲んでいる者もいる。

樽の下のほうでは新酒をコップに入れようと皆必死の形相、‘俺のほうが先だろ、邪魔するなよ’なんて怒鳴っているよう、左半分の画面の左のほうでは男たちがケンカをはじめ、その隣にいる母親は赤ちゃんにワインをなめさせている。その下では泥酔した男が倒れている。風俗画が大好きだからこういう場面はのめりこんでみてしまう。

右半分の白馬にまたがっているのが聖マルティン、316年頃ハンガリー西部で生まれフランスのトウールの司教になった人物。軍人マルティンは貧者にマントを切って与えたことから救貧の鑑と崇拝された。白馬の傍にいる足なえたちは裂かれたマントをもらおうとしている。

念願のブリューゲルの絵がみれて大満足。プラド美に乾杯!

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2016.06.16

マドリッドのお楽しみ プラド美術館!

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Img_0001     フラ・アンジェリコの‘ザクロの聖母’(15世紀)

Img_0002     ダ・ヴィンチの‘モナリザ’の模写

Img_0003     ルイーニの‘聖家族’(16世紀)

Img_0004     メッシーナの‘天使に支えられる死せるキリスト’(1476年)

今年のはじめはスペインを旅行することは思ってもいなかった。それがまた出かけることになったのは没後500年となるボスの大回顧展がプラド美で行われることをケンスケさんから教えてもらったから。

そしてプラド美を再訪することを決めて気分がぐっと盛り上がっているところへまたまた楽しい話がとびこんできた。これもケンスケさんの情報で6/12までラ・トウール展もやっていることがわかった。この嬉しさといったらまさに盆と正月が一緒に来たようなもの。正月にひいたおみくじが大吉だったのはこのことだったのか、と思った。

ツアーの最終日はマドリッド観光、午前中スペイン広場、王宮、プラド美をみて午後は自由行動、われわれにとってこの行程は願ったりかなったり。朝から自由行動にして観光がはじまるスペイ広場で皆さんとお別れしてタクシーでプラド美へむかった。

プラド美が開くのは10時5分。まだ開館まで50分あるが、すでに30人くらい並んでいた。ボス展がスタートしたのは5/31で6/5は展覧会がはじまって最初の日曜日、だからどっと人が押し寄せると読んで早くから出動することを決めていた。入場料を払って入館するころには予想通り長蛇の列ができていた。プラドではメールによる時間予約も受け付けており、その方法を使った人はすいすい横の列を進み入場券に変えていた。われわれの時間指定は10時45分。心を躍らせたこのボス展とラ・トウール展についてはあとで目いっぱい紹介するとして、まずはプラドで狙いを定めていた作品から。

今年の1月、西洋絵画の情報チャネルをいろいろもっておられるケンスケさんから興味深い話を聞かせてもらった。プラドがアルバ家が所蔵していたフラ・アンジェリコ(1400~1455)の‘ザクロの聖母’を購入したとのこと。この絵がブリューゲルの‘聖マルティンのワイン祭り’とともに一番の追っかけ画。

絵の大きさは思っていたより小さいものだったが、アルバ家が長年手放さなかったのがうなずけるすばらしい聖母像だった。心をとらえて離さないのが聖母マリアの青の衣装、目のさめるその輝くを息を呑んでみていた。残念ながら絵葉書がなかったのでネットで得た画像で代用しているが、これでも本物の感じが十分伝わってくる。

ダ・ヴィンチの‘モナリザ’の模写もケンスケさん情報、プラドでは2012年2月から展示されているようだが、この絵が描かれた当時はこんな感じだったのかなと思わせるほどよくできあがっている。とくに空気遠近法で描かれた背景の山々の光景がなかなかいい。この絵の横にあるダ・ビンチ派のルイー二(1485~1532)の‘聖家族’と合わせて長くみていた。

メッシーナ(1430~1479)の‘天使に支えられる死せるキリスト’は2011年のプラド感想記で紹介できなかったが、今回も思わず足がとまった。天使の悲しそうな表情がなんとも切ない。

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2016.06.15

期待のコルドバのメスキータ!

Img      コルドバの象徴 メスキータ

Img_0002      圧巻の‘円柱の森’   

Img_0001     セビージャの大聖堂

Img_0003    コンスエグラの白い風車

今回想定外のアクシデントがあった。原因がよくわからないのだが、愛用のデジカメが何かの拍子で壊れグラナダの後のミハス観光から使えなくなった。これは痛い!幸いこのスペイン黄金ルートを回るのはじめてではないので、写真を撮らなくても名所スポットの記録には困らないが、こういう感想記にライブ感のある画像を載せられないのは歯がゆい。

アルハンブラ宮殿とともに期待していたのが、コルドバの象徴、メスキータ、2007年にこのモスクのなかに入り、2連アーチの‘円柱の森’に200%心を奪われた。2度目だから導線はだいたい覚えており、現地ガイドさんの話を興味深く聞きながらこのすばらしい空間を楽しんだ。

柱の材料は最初のレンガや石灰岩から建築のステージが変わるごとに別のものが使われたりしているが、その数は全部で850本。航空写真で見ると何か物をつくっている工場のようにみえるが、そのなかはシンプルかつエレガントな円柱で埋め尽くされていた。

セビージャの見どころは大聖堂、そのでっかさに仰天する。そして、双眼鏡が必要になる高さ98mの‘ヒラルダの塔’、イスラム支配時代はミナレットだったが、16世紀にカセドラルの鐘楼塔に変わった。今回は大聖堂に入らなかったので黄金に輝く祭壇衝立はみれなかった。惜しいことをした。

マドリッドのスペイン広場にドン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの像があるが、その舞台となったのがラ・マンチャ地方、コンスエグラにはドン・キホーテが巨人とまちがえて突っ込んでいった風車がある。平日はあまり人がいないようだが、この日は土曜だったので子ども連れの家族が大勢いた。何人かの子どもは強い紫外線から目を守るため黒のサングラスをかけていた。日本では見かけない光景。

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2016.06.14

心を奪われるアルハンブラ宮殿の鍾乳石装飾!

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Img_0001      アルハンブラ宮殿からのシエラ・ネバダ山脈の眺め

Img_0002      ライオンの中庭

Img_0003      二姉妹の間

Img_0004     へネラリーフェのアセキアの中庭

アンダルシア地方には人気の観光スポットが数多くある。まず訪れたのがグラナダ、ここで心を虜にするのは珠玉のイスラム建築、アルハンブラ宮殿、幸運なことに今回で4度目。またあの鍾乳石飾りの天井がみられると思うとわくわくしてくる。

はじめてグラナダに来たときビックしたのが雪の積もったシエラ・ネバダ山脈、高さ3478mあり冬のシーズンにはスキーの大会も開かれるという。アンダルシアはスペインの南にあり暖かい所というイメージがあるので、高い山と雪にはちょっと面食らう。

アルハンブラ宮殿は外からみると色彩的にも造形的にも地味な感じのためそれほど高揚感はない。ところが中に入るとだんだんイスラム建築のすばらしさに心が震えてくる。写真をばしばし撮りたくなるのが王以外の男性は入れなかったハーレムの‘ライオン宮’、中庭の中央には12頭のライオン像に囲まれた噴水がある。そしてその周りには124本の精緻な装飾が施された白大理石の列柱が並んでいる。

圧巻は相対している‘アベンセラヘスの間’と‘ニ姉妹の間’の天井、目をこらしてみると窪みや鍾乳石模様の突起によって装飾された八角形の星の形になっている。この色ガラス越しの光によって照らされた鍾乳石飾りがえもいわれず美しい。この鍾乳石装飾に遭遇して以来、その感動を友人や知人に熱く語ってきた。また、その人数が増えそう。

花が好きな人、とくに女性は夏の王族の別荘として建てられた‘へネラリーフェ’は楽しい場所にちがいない。だから記念写真はいつも隣の方のみ。咲き乱れる花の色と涼しげな噴水に心が洗われる思い。たくさん花が咲いている時期に来れたことを心から喜んでいる。

5年前は中国人観光客はみなかったが、今回は大勢いた。中国人は今やどこへ行っても見かけるようになった。そして、いたるところで自撮りしている。これがおもしろい。日本のツアーでは誰かが撮ってあげましょうか、といってくれる。中国人たちはそんなおせっかいはしない感じ。

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2016.06.13

こだわりのマサパン!

Img      トレドの名物お菓子 ‘マサパン’

Img_0001       スペイン風オムレツ ‘トルティージャ’

Img_0002      朝食の揚げ菓子 ‘チュロス’

Img_0003     タパス ‘魚介類のフライの盛り合わせ’

旅行の楽しみのひとつが食べ物、スペインツアーの夕食にでてくる定番料理はなんといってもパエリャ、初日のバレンシアでこのサフランで黄色く色づけされた名物料理にありついた。炊き込みご飯にのっている具は前回は鶏だったが、今回はシーフード、このほうが食欲をそそる。日本のご飯とちがってちょっと芯がある感じだから、熱いうちに食べないと口にスムーズにはいらなくなる。

ホテルの朝食は毎日だいたい同じようなメニューが並ぶ、今回はいつも美味しいクロワッサンがあったのでご機嫌だった、ジャムの種類もイチゴやマーマレードなど揃っているのも好感がもてる。フランスパンやクロワッサンのほかに甘そうな菓子パンがいろいろあるのはアメリカでもスペインでも同じ。でも、朝からこういう口の中が砂糖だらけになるのはパス。

何日目かしてスペインの朝食の定番であるチュロスがでてきた。このスティックポテトのような揚げ菓子はチョコラーテ(ホットチョコレート)につけて食べるのがスペイン流、チョコレートがみるからに甘そうなのでチョコレートをつけないで食べた。これがなかなか美味しい。ちょっと甘くサクサクした食感、2,3本はすぐいく。

飲み物ははじめにまずミルクとオレンジジュースを一気に飲みほす。そのあとコーヒー。家にいるときはモーニングコーヒーを飲む習慣がないが、海外旅行にいったときはどういうわけは朝からでもコーヒーの重さが気にならない。だから、コーヒー好きの隣の方に同調して2杯も飲んでしまう。

スペイン料理にもオムレツのようなものがある。朝、2回くらいでていたのがジャガイモをふんだんに使い低温でたっぷり塗ったオリーブオイルでゆでたトルティージャ、

アンダルシアに入り昼食にでてきたメニューでダメなものがあった。それは名物のトマトベースの冷たい野菜スープ、ガスパッチョ、まわりは美味しいという人が多かったが苦みのある味がどうも合わない。前も一口食べてスプーンを置いたことを思い出した。

スペイン人が毎日行っているバル(立ち飲み居酒屋)で食事をする機会が二度あった。メニューには様々なタパス(小皿料理)が載っており、ついあれもこれもつまみたくなる。お気に入りはフライにしたイカやエビなどの盛り合わせ、レモン汁をかけて美味しくいただいた。

最後にタイトルのマサパン、トレドの名物お菓子のマサパンは2011年のときわが家では大いに盛り上がった、またお土産として配った人にも喜ばれた。だから、今回も購入することをはじめから決めていた。これはアーモンドの粉をハチミツと砂糖で練ったもの。元々ギリシャ周辺でつくられたお菓子でイスラム諸国にも伝わり、さらに8世紀ころスペインにも持ち込まれた。日本の饅頭のようなもちもちした食感にすぐニコニコ顔になった。

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2016.06.12

タラゴナの水道橋の上を歩いた!

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Img_0001     タラゴナのローマ水道橋(紀元1世紀)

Img_0005     ポン・デュ・ガール(フランス 紀元前19年)

Img_0004     アンダルシア地方のひまわり

スペインの黄金ルートをまわるのは3度目、だから主要観光地の何が目玉かはおおよそ頭の中に入っている。バルセロナから南西に100㎞行ったところにあるタラゴナは市内まで入りローマ時代につくられた円形闘技場をみた。もうひとつの見どころが紀元1世紀に架けられた水道橋。

この2層アーチの水道橋は2011年のときは高速道路のバス停のところからながめただけだった。今回は嬉しいことにそこから10分くらい山道を歩いて真近まで行った。水道橋には昔から強い関心をもっているからこれは楽しい。添乗員Mさんの情報によると高さは21m、長さは217m、そしてアーチの数は下が11で上が17、スペインにある水道橋としてはセゴビアにあるもの(高さ29m、長さ728m)に次ぐ規模を誇っている。

すぐ近くでみるだけでなく橋のトップの水が流れていたところを実際に歩くことができた。その幅は2mくらい。思っていた以上に狭かった。2000年前ここに水が流れていたのか!という感じ。貴重な体験に感動した。この橋は別名‘悪魔の橋’、こんな立派な橋は人間にはとても手におえず、きっと悪魔がつくったのだろうというわけ。悪魔の魔術をもってしないとできない橋を出現させるのだからローマの建築技術は驚異的に高かったことがわかる。

スペインをまた旅行することがあったら、セゴビアの水道橋まで足をのばしたいのだが、スペイン以外では南フランスにある‘ポン・デュ・ガール’に大きな関心を寄せている。これは紀元前19年頃、アウグストゥス帝の腹心であったアグリッパの命令でつくられたもの。3層アーチからなり高さは49m、上層の長さは275m。タラゴナのものより2倍以上の高さがあるので見ごたえがありそう。

このツアーではスペイン内の移動はすべてバス。2時間くらい走って30分のトイレ休憩&買い物タイムをとる。トイレがちかい人はこの2時間でも心配、隣の方もこのなかに入るので旅行期間中は好きなコーヒーを飲むのを控えめにしている。年をとってくるといろいろ気をつかうことがでてくるのは仕方がない。

クルマを運転するのは好きだから、バスのなかで眠りこけることはせず車窓から風景をみていることが多い。今回もオリーブの木をたくさんみたが、収穫だったのはコルドバからラ・マンチヤへむかっている途中に畑に咲き乱れていたひまわり。ちょうどいい時期アンダルシアに来てひまわりの出迎えを受けたことは生涯の思い出になる。

バスの横を通り過ぎていく乗用車をみていてあることに気がついた。それは追い越し車線をずっと走っているクルマがいないこと。このドライブマナーの良さには感心した。どんなにとばしているベンツやBMW,アウディでも追い越しをするとすぐ通常のレーンに戻って走る。

日本で追い越し車線を走っていて後ろからベンツがやってくるとすぐどかなくてはという心理がはたらく。ベンツを運転している人は追い越し車線を走るのは当たり前みたいにどんどんとばしていく。ところが、ここスペインではベンツもVWもルノーもトヨタも日産も本田もみな一緒、同じように普通のレーンを走り、追い越すときだけレーンチェンジをする。日本のようにベンツに乗り特権意識をもって運転している光景はみられない。これが民主主義だなと思った。

     


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2016.06.11

ガウディとモンタネールの競演!

Img_0003     

Img_0002    ガウデイの‘カサ・ミラ’(1906~1912)

Img  ガウデイの‘カサ・バトリョのバルコニー’(1904~1907)

Img_0001     モンタネールの‘サン・パウ病院’(1902~1930)

バルセロナへ来て圧倒的な存在感のある‘サグラダ・ファミリア’をみたら、多くの人がガウデイ(1852~1926)の建築の魅力にひきこまれこの街にあるほかの建築物もみたいと思うだろう。旅行会社も当然それにこたえようと見学プランを考えるが、その行先で以前と比べて残念なことがひとつある。

それはサグラダ・ファミリアとともに人気のある‘グエル公園’へ行かなくなったこと。その理由としてここが有料化(8ユーロ)され時間予約制になったことが影響している。サグラダ・ファミリアもグエル公園も時間指定されると行程のつくりかたが厳しくなるのでグエル公園のほうはどうしても割愛されてしまう。

これははじめてバルセロナを訪れる方の楽しみを奪っているようなもの。公園内で最も人気の高いのが口から水を出しているドラゴンの像、前は誰もがここで記念写真を撮りニコニコ顔になった。そしてガウデイとの距離がぐっと縮まりその親しみやすいキャラクターが心の中に入ってきた。スペインを観光する人の数が大幅に増えているため、団体ツアーの場合ここでの楽しい時間が無くなってしまった。残念!

にぎやかなグラシア通りのある‘カサ・ミラ’と‘カサ・バトリョ’はいつもバスの窓からの見学、ちょうどうまい具合に信号待ちになったとか渋滞でのろのろ運転のときはよくみえ印象に残るのだが、その確率は半分くらい。今回現地ガイドさんが‘ミラ邸’についておもしろい話をしてくれた。富豪のミラ氏は門をロールスロイスが通れる広さにして車を地下の駐車場に入れたとのこと。

‘バトリョ邸’のバルコニーはドラゴンとの闘いで亡くなった騎士たちの骸骨がイメージになっている。この邸宅の間口はミラ邸より狭いがタイルやガラスを使った装飾豊な造形は魅力にあふれている。2002年から内部が見れるようになっているのでいつか足を踏み入れてみたい。

ガウデイと同様モデルニスモの建築様式に創造力を発揮したのがモンタネール(1850~1923)、5年前はその最高傑作の‘カタルーニャ音楽堂’にお目にかかり、今度は幸運なことに30年かけて建てた‘サン・パウ病院’をみる機会に恵まれた。これはグエル公園へ行かなくなったための対応と思われるが、まだ訪問してなかったので大きな収穫だった。

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2016.06.10

サグラダ・ファミリアは2026年に完成!?

Img      建設が進む栄光のファサード

Img_0002     生誕のファサードの彫刻

Img_0003      棕櫚の木をモチーフにした聖堂内部の天井

Img_0001     美しいステンドグラス

5年ぶりにスペインを旅行してきました。しばらく名所観光の話や美術館感想記が続きます。お付き合い下さい。

今回参加したA社のスペインツアーはバルセロナ観光からはじまる。この後タラゴナ、バレンシア、グラナダ、ミハス、セビージャ、コルドバ、コンスエグラ、そして最後が首都のマドリッド、これはスペインの黄金ルート、だから人気があり参加者は35人もいた。

バルセロナ観光のハイライトはなんといってサグラダ・ファミリア(聖家族教会)、ご存じ天才建築家アントニ・ガウディ(1852~1926)の代表作、2011年にみたときと大きく違っていたのは大聖堂の正面にあたる‘栄光のファサード’がだいぶ出来ていたこと。

現在ここは時間予約制をとっており、それに合わせて‘生誕のファサード’側にある入場口に集まることになっている。前もあったかどうか覚えてないが、警備員によるバッグのチェックをへてようやく写真タイムになる。すぐシャッターを押したくなるのが愛徳の門扉の彫刻‘子供の天使たちの合唱隊’、これは有名な日本人彫刻家外尾悦郎(1953~)がガウデイの石膏製のオリジナルを石でつくったレプリカだからなにか誇らしい気分になる。

聖堂の内部は2010年の11月に完成しているので、テンションの上がり方は2011年のときほど大きくはない。でも、内にいる人の数はものすごく多いから、その熱気にあおられてアドレナリンがどどっとでてくる。お気に入りは棕櫚の木をイメージした天井のデザイン。天井を支える柱は枝をのばす大きな木の感じ、まるで森の中にいるよう。こんな聖堂はほかにどこにもないから強く記憶に残る。

そして、心が晴れ晴れするのが赤や黄色、青、緑が美しく輝くステンドグラス、窓の絵柄をよくみると現代感覚にあふれるものが多くあり、その抽象的な幾何学模様は天井や柱のモチーフとなった自然のものと親密に融合している。天国にいるガウディもきっと喜んでいるにちがいない。

前回エレベーターで鐘楼の上のほうに登っていきバルセロナ市街の光景を楽しんだが、今は事前に予約しないとダメらしい。横でみていると数人ずつエレベーターのなかに入っていく。年間に300万人をこえる観光客がここへ押し寄せるのだから、予約をとるのも大変だろう。今となっては簡単に上がれた以前の体験がいい思い出になる。

さて、この大人気のサグラダ・ファミリア、完成の予定はガウディ没後100年となる2026年とのこと、あと10年かかるが資金力が豊かになり、多くの人材が登用されていることからなんとか竣工にたどり着けそうな気がするが、はたして。

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