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2016.05.19

近代日本美術の煌き! 1957年(昭和32) その二

Img_0003     芹沢銈介の‘風の字文のれん’

Img     黒田辰秋の‘赤漆流稜文飾箱’(東近美)

Img_0002     河井寛次郎の‘木彫像 母子’(京都 河井寛次郎記念館)

のれんというと和食を食べさせてくれるお店には欠かせないもの、、行きつけの小料理屋ののれんを頻繁にくぐっている人には店の匂いのしみ込んだのれんには愛着をおぼえることだろう。お酒は飲むが小料理屋の常連とまではいかないので、のれんとの付き合いはほどほどといったところ。

世の中にはいろんなコレクターがいるから、のれんを集めている人もいるにちがいない。そのなかにきっと入っていそうなのが芹沢銈介(1895~1984)の風という文字を模様にしたのれん。藍染めでデザイン化された風の文字、そのシンプルでスッキリした造形は風がまさにのれんを揺らしている感じ。

1976年、パリのグランパレで開催された芹沢銈介展のポスターに使われたのがこののれん。当時、パリっ子たちはこのしゃれた感じの漢字一文字におおいに魅了された。芸術の都、パリでそのデザインセンスを高く評価されたのだから芹沢は気分が悪かろうはずがない。

2年前、横浜そごうで待望の黒田辰秋(1904~1982)の回顧展があった。あたたかみのある木工芸はみていて心が落ち着く。はじめてみるものが多く夢中になってみたが、馴染みの赤漆の飾箱の前では息を呑んでみていた。大胆に形どられたか太い渦巻き模様は強烈な磁力を発しており強く印象に残る。

戦後、河井寛次郎(1890~1966)は身の回りにあるものをモチーフにしてやきものにしたり木彫像を制作したりしている。見るものがみな顔にみえてきて次々と木彫の面に変わった。自動車の面、スクーターの面、、そして人の顔も木彫でつくった。お気に入りは‘母子’、ぷくっとふくれたほっぺたがお多福を連想させる。

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