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2016.05.13

近代日本美術の煌き! 1954年(昭和29) その二

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Img_0002     丸木位里・俊の‘原爆の図 第八部 救出’(丸木美)

Img_0003     八木一夫の‘ザムザ氏の散歩’

Img     芹沢銈介の‘みのケラ屏風’

10数年前、埼玉県東松山市にある原爆の図丸木美を訪問した。それからだいぶ経っているので家からクルマをどう走らせたのかよく覚えていない。美術館にはわれわれのほかに4人くらいいた。

‘原爆の図’は全部で8つの壁画からなり1954年に描かれたのが最後の‘第八部 救出’、広島に9年住んでいたから、‘原爆の図’をみないで絵画ライフを続けていくことはできない。ここに描かれた原爆の悲劇を目に焼き付け、そして平和を祈りたい。今月27日に広島を訪問するオバマ大統領は丸木位里(1901~1995)・俊(1912~2000)夫妻が描いた‘原爆の図’を図版でみたことがあるのだろうか?

八木一夫(1918~1979)の名前がインプットされたのはおもしろいタイトルがついた‘ザムザ氏の散歩’と出会ったとき。作品の解説を本気で読まない鑑賞スタイルをとっているのでこの‘ザムザ氏’はいまだに謎のまま、この廃材のような丸いオブジェが散歩を表している?こうした抽象作品は強いインパクトをもった造形だけが残り作品のタイトルは宙に浮いたまま。いつも浜辺の砂のなかに埋まったサンゴのかけらのイメージがつきまとう。

東近美で行われていた芹沢銈介(1895~1984)の回顧展をついつい流してしまった。季節の花鳥や景観を文様にして型染めした‘みのケラ屏風’はとてもユニークな作品、デザインのセンスというのは努力して身につくというより生まれながらにしてもっている才能かもしれない。この屏風にはそんなことを思わせるものがある。

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