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2016.05.23

近代日本美術の煌き! 1960年(昭和35) その一

Img_0001         川端龍子の‘天橋図’(国立劇場)

Img_0002     徳岡神泉の‘刈田’(東近美)

Img_0004     小倉遊亀の‘コ―ちゃんの休日’(東京都現美)

Img_0003     山下清の‘群鶏’

川端龍子(1896~1972)の‘天橋図’と遭遇するまで長い時間がかかった。出会ったのは茨城県の天心記念五浦美。2005年の秋に江戸東博で川端龍子展があり、そのあと五浦美に巡回した。対面を待ち焦がれていた‘天橋図’がやっとでてくるというのでわざわざ五浦までクルマを走らせた。

川端は水の描写がとても上手い、以前天橋立をみにいったときは松の木が立ち並ぶ砂洲の両側にこんな激しい波は打ち寄せていなかった。龍子がこの絵でみせた視点は意表を突く、なんと砂洲の真上。ヘリコプターから下を見下ろす感じで風によって白波のたつ砂洲の情景を描いている。

徳岡神泉(1896~1972)は福田平八郎(1892~1974)同様、抽象画風の日本画で画壇に新風を吹き込んだ画家。‘刈田’は画面とタイトルを同時にみてイメージを膨らませないと抽象画をみている気分になる。描かれているのは稲を刈った田んぼの一角。水面に映る影が強く印象に残る。

100年をこえる人生をおくった小倉遊亀(1895~2000)、65歳のとき描いたのが歌手の越路吹雪(知っている人は知っている)をモデルにした‘コ―ちゃんの休日’、ぱっとみるとマチスの素描がダブってくる。小倉遊亀はマチスの影響を相当受けていたにちがいない。越路吹雪というとすぐイメージするのは宝塚歌劇団の男役スター、そしてあの名曲‘愛の讃歌’、昔の歌手はみな歌唱力があったなぁー!

東京都美で開催中の若冲展は連日大変な待ち時間になっているようだが、こうしてがんばって若冲をみるともう若冲とは離れられなくなる。そして最高傑作の‘動植綵絵’をみたことが一生の思い出になる。その一枚‘群鶏図’に山下清(1922~1971)も魅せられていた。清はこの絵を図版でみたのか、それとも本物をみたのだろうか?

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