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2016.05.15

近代日本美術の煌き! 1955年(昭和30) その二

Img_0001     山本丘人の‘北濤’(東近美)

Img     池田遙邨の‘銀砂灘’(日本芸術院)

Img_0002     北大路魯山人の‘銀彩鶴首花入’

絵画とのつきあいが長くなるといろんな作品とで出くわす。芸術の価値が高まるのはバラエティに富んでいるからといっていい。自然を描写する風景画ではとても静かな絵がある一方で、自然の神の怒りに触れたかのように画面が激しく揺れているものもある。

山本丘人(1900~1986)の‘北濤’はまさに海は大荒れ、岩にぶち当たって激しく砕け散る波の動きからすると普段は海底にいる魔王が相当暴れ狂っている感じ。漁師なら海の怖さが体にしみているだろうが、海に縁がないものでもも映画やニュースにでてくる大しけや台風の場面は真に体をちじこまる。この絵も船が荒波にのみこまれるシーンが脳裏に浮かんでくる。

中国地方の出身で文化勲章を受章した日本画家は5人いる、松林柱月(山口県)、橋本明治(島根県)、池田遥邨岡山県)、奥田元宋(広島県)、平山郁夫(広島県)。このなかで一番長生きをしたのは池田遙邨(1895~1988)で93歳で天国に旅立った。その遥邨が60歳のときに描いたのが‘銀砂灘’。ぱっとみると抽象画っぽいところがあり、福田平八郎の画風ともコラボしてくる。

北大路魯山人(1883~1959)のやきものにもモダンな色彩が心に響くものがある。‘銀彩鶴首花入’、鶴の首を連想させる造形をいっそう引き立てているのが器体に巻き付く緑の線。魯山人のカラリストぶりを示す作品はほかにも驚くほど現代的な文様と色彩が施された向付などがある。

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