« 近代日本美術の煌き! 1952年(昭和27) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その二 »

2016.04.21

近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その一

Img_0001        福田平八郎の‘雨’(東近美)

Img_0002     宇田荻邨の‘祇園の雨’(三重県美)

Img     小野竹喬の‘夕空’(ウッドワン美)

Img_0003     梅原龍三郎の‘噴煙’(東近美)

興味のあることならなんでもすっと心の中に入ってくるというわけでもない。絵画は音楽とちがって感動の山がすぐやってこない、だから、目の前の絵が語りかけてくることがなんとなくわかったと思えるようになるには時間がかかる。

福田平八郎(1892~1974)の‘雨’を東近美ではじめてみたときはすぐ虜になったという感じではなかった。日本画をみているというより抽象画の感覚、それが何度もみているうちにだんだん心に響くようになった。雨粒が屋根瓦に落ちその跡がつきしばらくするとそれが消えていくところはたしかにこんな感じ。

平八郎が雨をフォーカスした屋根瓦を使って即物的に感じさせたのに対し、宇田荻邨(1896~1980)の‘祇園の雨’は祇園を舞台にした映画にでてくる雨のシーンをイメージする。しとしと降る雨のなかを一人の女性が白川にそってなにか気になることがあるかのような面持ちで歩いている。こういう絵は黙ってみているに限る。

小野竹喬(1889~1979)は岡山県の笠岡市の出身、広島にいたときクルマで2回ほど笠岡市竹喬美を訪問した。そして、カラリスト竹喬に開眼した。好きな絵はたくさんあるが‘夕空’にも魅了され続けている。どこにでもある秋の終わりのころの美しい夕焼けの光景、軽くてやさしい茜色の空と雲、そしてシルエットになった柿の木。本当にいい絵。

火山が噴火するところを実際にみたことがない。そのため、イタリアにある活火山を一度みてみたいと思うことがある。梅原龍三郎(1888~1985)は若い頃パリに留学していたころナポリでみたベスビオ山に惹かれたようだ。火山に魅せられた梅原は桜島や浅間山を何点も描いている。‘墳煙’は避暑地の軽井沢からみた浅間山、子どもが描いたような力強い造形、日本画の岩絵の具も使った装飾的な色彩が強く印象に残る。

|

« 近代日本美術の煌き! 1952年(昭和27) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その二 »

コメント

福田平八郎は、自室の窓から屋根瓦を見て、『雨』の着想を得たらしいですが、自然観察から出発して、このように抽象画にも見える作品を生んだのは、やはり独自の才ですね。

タイトルを知らなければ、たぶん誰も瓦とはわからないでしょうが、知ると細部まで納得させられる不思議な世界に惹かれます。

投稿: ケンスケ | 2016.04.22 20:56

to ケンスケさん
若冲展をみたあと黒田清輝展をはしごし、そのあと
本館の1階に展示してある平成28年度の国宝、
重文指定の作品を楽しみました。

そこに福田平八郎の‘漣’がありました。この絵や
‘雨’は近代日本美術のお宝ですね。

投稿: いづつや | 2016.04.23 00:44

おはようございます。私も昨日若冲展を見てきましたが、感動で、ただ呆然としました。

東博の一階に『漣』が出ているのですか。私が黒田清輝展を見た時は、今村紫紅の『熱国の巻』などが展示してあったのですが、もう展示替えしているのですね。若冲展に近々また行くつもりなので、東博にも寄ってみます。

投稿: ケンスケ | 2016.04.23 07:48

to ケンスケさん
久しぶりにみた‘漣’を長くみていました。その横に
竹内栖鳳の2点目の重文となる‘絵になる最初’が
あります。展示は4/19~5/8です。
お楽しみ下さい。

投稿: いづつや | 2016.04.24 00:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その一:

« 近代日本美術の煌き! 1952年(昭和27) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その二 »