近代日本美術の煌き! 1949年(昭和24) その二
芸術作品の作り手として時々偉大なアマチュアが現れる。やきものの川喜田半泥子(1878~1963)はそのひとり。7年くらい前銀座の松屋で待望の回顧展があり、名品の数々に出会った。
正業である銀行の頭取としての仕事をしっかりこなしたあとはすべての時間をやきものづくりに費やした。二束のわらじをはくことはとびっきり有能な人間にしかできないこと。だから、普通の人間はそんなに忙しく生きることは選ばない。でも、やきものに魅せられた半泥子は創作に打ち込みやきものファンをうならせるものを次々と生み出していく。
東近美にある‘志野茶碗 赤不動’は赤みが胸をうつ名碗、志野に備前焼のひだすきの技法を使って誰も思いつかなかった景色を生み出した。アマチュアの枠にとらわれない自由な精神がここに生かされている。こういうものをみると美を極められるのは作家の心の持ちかたであることがよくわかる。
北大路魯山人(1883~1959)の回顧展が近々三井記念美で行われることが昨日か2日前の新聞に載っていた。これまで4,5回魯山人展にでくわし最後にみてから間隔が空いているが今回はパス。料理家でもある魯山人は自分の料理を客においしく食べてもらうために食器を自らつくった。得意とした織部の‘俎皿’に料理がもられてきたら食べる前から楽しくなりそう。
彫漆の人間国宝、音丸耕堂(1898~1997)の南瓜の文様をあしらった色紙箱をみたのは2年前東博で開催されたビッグイベント‘人間国宝展’、その高い技術に裏付けられたメリハリの効いた南瓜の文様を息を呑んでみていた。
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