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2016.04.27

お知らせ

拙ブログはしばらくお休みします。

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2016.04.26

平成28年新指定の国宝、重文の展示!

Img_0002        竹内栖鳳の‘絵になる最初’(1913年 京都市美)

Img     能阿弥の‘蓮図’(室町時代 正木美)

Img_0001     ‘粉引茶碗(三好)’(朝鮮時代16世紀 三井記念美)

東博の平成館で行われている黒田清輝美をみたあと、いつもの流れで本館に寄り道した。現在、2階で今年新たに指定された国宝、重文が展示されている(4/19~5/8)。

どんな絵や彫刻、工芸が新たに日本のお宝に加わったかは3/12の新聞によりおおまかに知っていたが、見落としていたものが目の前に現れた。それは福田平八郎の‘漣(さざなみ)’の横に並んでいた竹内栖鳳(1864~1941)の‘絵になる最初’、ええー、これも重文になるの!?という感じ。

栖鳳が女性を描いた絵は数点しかないのですぐ栖鳳ファイルからでてくる。この絵の4年前に描かれた‘アレ夕立に’は舞妓の顔を扇で隠した姿なのでちょっともどかしい、これに対して‘絵になる最初’は女性は顔を見せてくれてはいるが、手で半分隠している。恥じらいのポーズだからこれで我慢するほかない。

これが重文になるとは思ってもいなかったが、栖鳳の作品では‘班猫’についで2点目。1937年(昭和12)に第1回の文化勲章を一緒の受賞した横山大観には重文が2点あるし弟子の上村松園も2点あるので、文化審議会はバランスをとったのかもしれない。

2008年の秋、新橋の東京美術倶楽部で大阪府にある正木美の名品展が開催された。そのとき出品された能阿弥(1397~1471)の‘蓮図’がこのたび重文に指定されることになった。描かれた蓮華の位置が歌とうまく調和がとれていてほわっとした花びらが心を沈めてくれる。

やきものは3点、三井記念美の‘粉引茶碗(三好)’は2,3回みたが、三代道入の‘黒楽茶碗(青山)’はお目にかかったかどうか半々だった。家に帰ってこれまでみた黒楽茶碗をチェックしたらどの図録にも‘青山’は載ってなかった。所有している楽美術館は名碗だから特別のことがないかぎり外へは出さないのかもしれない。

京博が所蔵している尾形光琳・乾山の合作‘銹絵寒山拾得図角皿’も縁がない。角皿は結構見たが、まだいいものが残っていた。やきものは奥が深い。

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2016.04.25

東博の‘黒田清輝展’は想像以上の大回顧展!

Img_0001     ‘湖畔’(重文 1897年 東博)

Img     ‘読書’(1891年 東博)

Img_0002     ‘野辺’(1907年 ポーラ美)

Img_0003     コランの‘フロレアル(花月)’(1886年 アラス美)

現在、東博で開催中の‘黒田清輝展’(3/23~5/15)、出動するかどうかで迷っていたがやはり足を運んだ。それはある絵をどうしてもみたいという気持ちを捨てきれなかったから。そのため、館内にいたのは30分ほど。

入館して目が求めていたのは黒田清輝(1866~1954)の絵ではなく、黒田がフランスに留学していたときの師ラファエル・コランの‘フロレアル(花月)’、この草花のじゅうたんに寝そべる裸婦は黒田清輝物語が語られる場合必ず出てくる絵。

アラス美蔵のこの絵は現在オルセーに寄託されている。新しくなったオルセーはまだ訪問してないので、最新の展示状況がわからないが、おそらくこの絵は常時展示されてはいないと思う。記憶が定かでないが何年か前に横浜美?で展示された。気にとめていたのだがめぐりあわせが悪く絵の前に立てなかった。

その思いがようやく実現した。海外の美術館でコランの作品をみたことは一度もないので今回出品された6点はいずれも新鮮。そして、お目当ての‘フロレアル’は想像していた以上によかった。ポーラ美にある‘野辺は’はおそらくこの絵を意識して描いたのだろう。

長年気になっていた絵がみれたのであとはお気に入りの‘湖畔’、‘読書’などを重点的にみてまわった。作品の数は大変多い。その構成は東博蔵が中心になっているが、国内の美術館、ブリジストン美やひろしま美、ウッドワン美、ポーラ美などが所蔵するものもたくさん並べられている。まさに黒田清輝の作品まとめて全部みせます!という感じ。

さらに驚いたのはオルセーからルパージュのあの‘干し草’がやって来ていたこと。ミレーの‘羊飼いの少女’はチラシに載っていたから予定の鑑賞だったが、‘干し草’までみれるとは。大きなオマケに感謝!8年くらい前、平塚市美で黒田清輝展を体験していたお蔭で画業全体がスムーズに頭のなかに入った。そして、25歳のとき描いた‘読書’とその6年後日本で描いた‘湖畔’がMyベストに変わりないことも確認した。

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2016.04.24

2度目の‘ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想’!

Img_0001     歌川国芳の‘一休和尚と地獄太夫’(1854年)

Img_0003     歌川国貞の‘奇術競 鳴神上人’(1862年 仙台市博)

Img     円山応挙の‘地獄変相図’(18世紀後半 東京都杉並区・眞盛寺)

Img_0002          葛飾北斎の‘富士越龍図’(19世紀前半)

府中市美で開催中の‘ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想’(3/12~5/8)は後期に作品が入れ替わったので再度出かけた。今回は美術館に着くまでの道順を変えてみた。京王線の特急に乗り府中で下車し、そこからいつもは東府中から利用している巡回のバスに乗り込んだ。5つ目の停留所が府中美。こちらのルートのほうがだいぶ早く美術館に着ける。

江戸絵画の魅力をいろいろな切り口でみせてくれるこのシリーズは今や府中美の価値を大いにあげている注目の展覧会、今年は‘ファンタスティック’、江戸時代に描かれた絵画をどういうイメージで楽しんでもらうか、学芸員の腕のみせどころであるが、会場をまわっているうちに‘なるほどね、ファンタスティックいう横櫛を通してみてみるとこれまでとは異なる画家のイメージが浮かび上がってくるものだな’、と感心してしまう。

そして大きな満足を感じる一番の理由は作品のセレクション、こんな絵があったの!と何度も驚かされる。歌川国芳(1797~1861)の‘一休和尚と地獄太夫’ははじめてお目にかかる作品。この画題は髑髏の上に足をのせて踊る一休が登場する河鍋暁斎の絵をすぐ思い出すが、国芳は和尚と地獄太夫を対面させている。

Bunkamuraの‘国芳、国貞’に続き、ここでも二人はコラボしている。歌舞伎をみているような気分になるのがカッコいい姿が視線を釘づけにする歌川国貞(1786~1864)の‘奇術競 鳴神上人’、この連作を通期で6点もみれたのは大きな収穫。

図録をみて狙いをつけていたのが円山応挙(1733~1795)と葛飾北斎(1760~1849)。応挙がこんな‘地獄変相図’を描いていたとはまったく想定外だが、絵が達者な人物は求められれば何でも上手に仕上げるんだということである。

昨日放送された‘美の巨人たち’は北斎の娘の葛飾応為に焦点を当てていたが、最後に北斎の‘富士越龍図’がでてきた。長野県の小布施の北斎館でみたもののほかに別ヴァージョンを個人コレクターが所蔵していた。こんな絵をみせてくれる府中市美がますます好きになった。

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2016.04.23

生誕300年記念 若冲展!

Img_0001_2      ‘孔雀鳳凰図’(1755年 岡田美)

Img_0005     ‘動植綵絵 老松鸚鵡図’(1761年以前 三の丸尚蔵館)

Img_0004      ‘花鳥版画 雪竹に錦鶏図’(1771年 平木浮世絵財団)    

Img_0002     ‘蟲菜譜’(部分 重文 1792年 佐野市立吉澤記念美)

カラヴァッジョ同様、伊藤若冲(1716~1800)は一生つきあっていく画家だから東京都美ではじまった‘生誕300年記念 若冲展’(4/22~5/24)にすぐ出かけた。開館は10時と思っていたので、初日の10時半ならそんなに待たず入館できるとふんでいた。ところが、すでに結構な数の人が並んでいて展示室に着くのに30分くらいかかった。開館時間は9時30分、1時間も経つとやはり混雑してくる。さて、今日、土曜の混み具合はどうだったのか。

今回の作品数は全部で93点(このうち6点は5/10~5/24の展示)、数はびっくりするほど多くはないが一点々は大リーグのオールスターゲームに出場するスター選手みたいに若冲本にはお馴染みのものばかり。最大の目玉の‘動植綵絵 30幅’(これは国宝みたいなもの)に加え重文はすべて揃っている。

事前に出品作をチェックしたところ、新規のものは数点。世の中に数多くいる若冲ファンならたぶん、2009年の‘若冲ワンダーランド’(MIHO MUSEUM)、2010年の‘伊藤若冲アナザーワールド’(千葉市美、静岡県美)、そして昨年サントリー美で行われた‘若冲と蕪村’は出かけられているはず。また、6,7年前東博でも‘動植綵絵’が全部飾られている。

だから、チラシでいっている‘ひと月限りの、この世の楽園’は確かにそうではあるが、これが久しぶりにある特別な回顧展というものでもないから混雑が嫌な人はパスするのも一つの選択。率直ないい方をすると苦労していままででてこなかったいい作品を集めてきたという感じではない。

ちょっと気になったのは監修者の小林氏が館長をしている岡田美(箱根)から83年ぶりに発見されたという‘孔雀鳳凰図’をはじめ6点がでていること。うがった見方をするとこの展覧会を岡田美のPRに使っているのではないかと思ってしまう。秋には箱根で‘若冲と蕪村’を開催し‘孔雀鳳凰図’を展示するというから商売の匂いがする。

もう二つ安易な集め方がある。それは好感度の悪い美術館のリストに入れている細見美(京都)から4点、エツコ&ジョープライスコレクションから9点が展示されていること。細見美は2009年のMIHO MUSEUMのときは1点も出さず、2010年の千葉市美・静岡県美ではわずか1点ですませたのに、東京で若冲展があるというと4点も大盤振る舞い。これも商売がかっていていい気持がしない。

そして、またあのモザイク画‘鳥獣花木図屏風’をだしてきたプライスコレクション、日本画初心者でもこの絵の下手くそな描写に気づくのにまだ若冲作として展示する厚かましさ、そしてそれを若冲工房作としないで若冲作として展示することを認めている辻氏や小林氏のなあなあ体質。本当にうんざりするし日本美術史家というのは楽な職業だなとつくづく思う。

プライスコレクションは以前にも6点くらいやって来た。また9点も並べる必要がどこにあるのか、国内にはほかにいい絵がいくつもあるというのに。

作品の感想は新規のものが少ないので‘孔雀鳳凰図’とこれまでみたなかで好きな作品をピックアップしてみた。‘孔雀鳳凰図’の横に三の丸尚蔵館蔵の‘旭日鳳凰図’が飾ってあり、見比べながらみるといい気分になる。鳳凰の羽の色はこの2点は多くの茶色と部分的に白で彩色されているが、‘動植綵絵’の‘老松白鳳図’では白一色、この胡粉のインパクトの強さに目を奪われる。胡粉の魅力がいろいろな鳥で感じられるが‘老松鸚鵡図’もじつに楽しい。

平木浮世絵財団が所蔵する花鳥版画に200%魅了されている。とくにぐっとくるのが背景の闇に錦鶏を大きく浮かび上がらせた‘雪竹に錦鶏図’。カラリスト若冲の卓越した色彩感覚が冴えわたる名品。

最後にでてくる蛙の姿に思わず笑みがこぼれる‘菜蟲譜’は毎度々夢中になって昆虫や野菜をみてしまう。最近この絵をコレクションしている吉澤家は野州石灰の会社を経営していることがわかった。そんなこともあり長くみていた。

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2016.04.22

近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その二

Img     板谷波山の‘彩磁桔梗文水差’(出光美)

Img_0002     荒川豊蔵の‘志野茶碗’(東近美)

Img_0001     岩橋英遠の‘庭石’

陶芸家として初の文化勲章受章者となった板谷波山(1872~1963)、長生きの家系なのか91歳まで生きた。晩年もその制作意欲は衰えをみせることなく81歳のとき若い頃の作品を彷彿とさせるアールヌーヴォー調の‘彩磁桔梗文水差’を生み出している。老いてますますモダンなのだからまったく驚く。桔梗のもつ耽美な香りをやさしくつつみこんだエレガントな水差。80を超えた老陶芸家の仕事にはとても思えない。

2008年、茨城県陶芸美で荒川豊蔵(1894~1985)の回顧展が行われた。待ち望んだやきもの展だったので喜び勇んで笠間までクルマを走らせた。今は横浜から茨城県や千葉県の美術館へクルマで行くことがほとんどなくなったが、このころはドライブを兼ねてよく出かけていた。笠間の茨城県陶芸美、五浦の天心記念館、そして千葉の河村記念美、西では熱海のMOA。

志野や瀬戸黒など美濃の桃山茶陶の再現に挑んだ荒川豊蔵、第一回の日本伝統工芸展に出品された‘志野茶碗’はただ桃山志野をただ甦らせたのではない荒川流の表現がみられる名碗、全体にあらわれた緋色がじつに味わい深い。

岩橋英遠(いわはしえいえん 1903~1999))は北海道の滝川氏に生まれた日本画家、その存在を知ってからずいぶんな時間が経つが待ち望んでいる回顧展はなかなか実現しない。その作風は現代感覚にあふれ、とくに空の描写に心を打たれることが多い。

‘庭石(雪、雨、月、水)は二重丸つきの作品。いつ行われた展覧会でみたのか記憶が薄れているが、現代作家が描くような画面構成に度肝をぬかれたことはよく覚えている。ぱっとみると庭に置かれた石が宙に浮いているようにみえる。この奇抜でファンタジックなアイデアはどこから生まれたのだろうか。

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2016.04.21

近代日本美術の煌き! 1953年(昭和28) その一

Img_0001        福田平八郎の‘雨’(東近美)

Img_0002     宇田荻邨の‘祇園の雨’(三重県美)

Img     小野竹喬の‘夕空’(ウッドワン美)

Img_0003     梅原龍三郎の‘噴煙’(東近美)

興味のあることならなんでもすっと心の中に入ってくるというわけでもない。絵画は音楽とちがって感動の山がすぐやってこない、だから、目の前の絵が語りかけてくることがなんとなくわかったと思えるようになるには時間がかかる。

福田平八郎(1892~1974)の‘雨’を東近美ではじめてみたときはすぐ虜になったという感じではなかった。日本画をみているというより抽象画の感覚、それが何度もみているうちにだんだん心に響くようになった。雨粒が屋根瓦に落ちその跡がつきしばらくするとそれが消えていくところはたしかにこんな感じ。

平八郎が雨をフォーカスした屋根瓦を使って即物的に感じさせたのに対し、宇田荻邨(1896~1980)の‘祇園の雨’は祇園を舞台にした映画にでてくる雨のシーンをイメージする。しとしと降る雨のなかを一人の女性が白川にそってなにか気になることがあるかのような面持ちで歩いている。こういう絵は黙ってみているに限る。

小野竹喬(1889~1979)は岡山県の笠岡市の出身、広島にいたときクルマで2回ほど笠岡市竹喬美を訪問した。そして、カラリスト竹喬に開眼した。好きな絵はたくさんあるが‘夕空’にも魅了され続けている。どこにでもある秋の終わりのころの美しい夕焼けの光景、軽くてやさしい茜色の空と雲、そしてシルエットになった柿の木。本当にいい絵。

火山が噴火するところを実際にみたことがない。そのため、イタリアにある活火山を一度みてみたいと思うことがある。梅原龍三郎(1888~1985)は若い頃パリに留学していたころナポリでみたベスビオ山に惹かれたようだ。火山に魅せられた梅原は桜島や浅間山を何点も描いている。‘墳煙’は避暑地の軽井沢からみた浅間山、子どもが描いたような力強い造形、日本画の岩絵の具も使った装飾的な色彩が強く印象に残る。

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2016.04.20

近代日本美術の煌き! 1952年(昭和27)

Img_0001     須田国太郎の‘鵜’(京近美)

Img_0002     山口華楊の‘白い馬’(日本芸術院)

Img_0003          高村光太郎の‘十和田湖の乙女像’

Img     バーナード・リーチの‘ガレナ釉櫛描柳文楕円皿’(日本民藝館)

鵜飼いの光景を描いた画家ですぐ思い浮かぶのは川合玉堂と前田青邨、日本画ではよく描かれるモチーフを須田国太郎(1891~1961)も描いている。でも、ここには鵜匠はおらず鵜たちは羽をひろげて漁の前のウオーミングアップの真っ最中。

須田の絵にしては珍しく画面は光にあふれている。ところが、手前の鵜の群れのところは黒い影になっている。そのため、鵜の姿がシルエットとなって目に強く残る。この絵のように遠くの風景を背景にして描きたいモチーフを手前に大きくぽんと置くやりかたはロマン派のドラクロアやデ・キリコにもみられる。須田は2人の作品が刺激になったのかもしれない。

京都の友禅染職人の家に生まれた山口華楊(1899~1984)は動物の絵を得意とした日本画家、狐とか馬などがあるが、かなりクローズアップで描かれた‘白い馬’は大きいぶん馬の実感が伝わってきて親しみを覚える。馬の絵といえば坂本繁二郎の代名詞だが、好みは華楊のほう。

10年くらい前、東北旅行をしたとき十和田湖へ行った。散策した湖畔にあったのがあの有名な高村光太郎(1883~1956)の‘乙女像’、旅行が楽しいのはこういう歴史的な芸術品と遭遇するから。これが美術の本に載っていた乙女像か!という感じ、折角だから2回まわり前から後ろからみた。

最近は日本民藝館へ足を運ぶことがなくなったが、以前はよく通いバーナード・リーチ(1887~1979)や濱田庄司、河井寛次郎のやきものを心ゆくまで楽しんだ。リーチの‘ガレナ釉櫛描柳文楕円皿’はお気に入りのイッピン。びっくりするほどシンプルに表現された柳、この柳のイメージをうまくとらえる造形感覚はまさに天才的。ピーナッツの殻みたいな皿の形との親和性がとてもよく机の上において毎日ながめていたくなる。

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2016.04.19

近代日本美術の煌き! 1951年(昭和26) その二

Img_0001     小野竹喬の‘奥入瀬の渓流’(東現美)

Img_0003     近藤浩一路の‘雨後’(山梨県美)

Img_0002     濱田庄司の‘青釉白黒流描大鉢’

Img     北大路魯山人の‘金彩雲錦鉢’(東近美)

現在、東近美では安田靫彦展(3/23~5/15)が開催されている。近代日本画を代表する画家たちのすばらしい回顧展を毎年続けている東近美、その企画力と作品を集めてくるブランド力をぐっとみせだしたのは2010年から、この年春に小野竹喬展をやり、秋には上村松園展の大ホームランをかっとばした。

2度目の小野竹喬(1889~1979)の回顧展は心を打つ名画がずらっと並んだ。そのなかで長く絵の前にいたのが‘奥入瀬の渓流’、奥入瀬に出かけられた方ならみんな同じことを思うにちがいない。近かったら毎年でも行きたいと。そのくらいこの川の水の流れは心に響く。竹喬が胡粉をたっぷり使って描いた速くリズミカルに流れていく水の描写はそんな気持ちを増幅させてくれる。

山梨県出身の画家、近藤浩一路(1884~1962)の代表作が‘雨後’、光を水墨画のなかに取り込んだ独特の画風は一見すると写真ではないかと錯覚する。この絵の魅力は広い水田で働く農夫たちの姿を地上から視線をすこしばかり上げたところから描き自然につつまれて営む人間の行いをとても象徴的に表現しているところ。

濱田庄司(1894~1978)のやきものをみるとき一番の楽しみが大皿や大鉢。回顧展にはいつも4,5点でてくる。どれも絵付けは一瞬のパフォーマンス、流描、びよーっと曲線を描いたり、一気に上から下に力強い線を引いてみたり、これを濱田は‘15秒プラス60年’の技といっている。15秒しかかからないが、ここまでくるのに60年かかっているという気持ちをこめている。

北大路魯山人(1884~1959)の‘金彩雲錦鉢’は尾形乾山の作品を彷彿とさせる。違いは鉢の大きさ。乾山のものはこれほど大きくない。また、魯山人は楓の花びらの数を減らして一枚々を大きめに描いている。乾山と魯山人のコラボはじつに愉快。

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2016.04.18

近代日本美術の煌き! 1951年(昭和26) その一

Img_0001     橋本明治の‘赤い椅子’(東近美)

Img     伊東深水の‘三千歳’

Img_0003     小杉放菴の‘天のうづめの命’(出光美)

Img_0004     岡鹿之助の‘遊蝶花’(下関市美)

今年、東北楽天の監督に就任した梨田、現役のときは近鉄バッファローズの捕手として活躍したがその打撃スタイルはコンニャク打法といわれた。この新監督の出身は島根県の浜田市、歴史の時間軸を長くとればとるほど全国各地どこでも活躍の舞台はちがっても豊かな才能を発揮した人を輩出している。

この浜田からは日本画のビッグネームが出ている。文化勲章も受賞している橋本明治(1904~1991)、広島にいるとき幸運なことに松江の島根県美で橋本明治の生誕100年を記念した回顧展に遭遇した。そこで目を奪われたのが‘赤い椅子’、これをみて西洋画が好きな人はマティスの絵を連想するかもしれない。

モデルは新橋の有名な名妓、座っているのが椅子というのもおもしろいが強烈な印象を残すのがその色、赤い椅子というのはあまりみない。橋本は装飾的な肖像画に仕上げようと名妓が着た着物の緑の柄を引き立たせる赤を使い、モデルの美しさを見事に浮かび上がらせている。この絵は東近美が所蔵しているが、2004年にお目にかかった後、竹橋では一度もみたことはない。だから、この回顧展は貴重な体験だった。

伊東深水(1898~1972)は戦後、魅力的な美人画を次々と描きだした。モデルは同時代の女性だけでなく、想像で描いた人物もいる。三千歳(みちとせ)は江戸時代後半の遊女、これは2回みたがものすごく惹きこまれた。色の白い女性は赤がとても映えるが、横をむく遊女の姿が目にやきついている。

鏑木清方や伊東深水のような美人画を得意とした画家のほかにも女性を上手に描く画家はいる。小杉放菴(1881~1964)には魅力いっぱいの‘天のうづめの命’がある。これは漫画っぽい絵。岩に隠れた天照大御神に出てきてもらおうと楽しく踊る天のうづめの命、モデルは知っている人は知っているブギの女王、笠置しづ子。あの軽快なブギの音楽が聴こえてくる。

岡鹿之助(1898~1978)のイメージはスーラの印象と似ている。とにかく音がない感じ。灯台や館がモチーフになったものでもそう感じるのだから、雪の積もった光景はなおさら静寂さにつつまれる。‘遊蝶花’はぱっとみるとディズニーのファンタジー映画を思わせるが、手前に大きく描かれた三色菫はいたって静かに美しい花を咲かせている。

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2016.04.17

近代日本美術の煌き! 1950年(昭和25) その三

Img        東山魁夷の‘道’(東近美)

Img_0003     川端龍子の‘金閣炎上’(東近美)

Img_0001     小林古径の‘壺’(茨城県近美)

テレビ東京の看板番組といえば‘美の巨人たち’と‘何でも鑑定団’、美術番組が局の顔になっているのだから、‘美の巨人たち’は優秀な人物を制作にあたらせているにちがいない。美術が好きというだけではこの人気番組にはかかわれないあろう。どんな経歴なのか一度聞いてみたい。

‘美の巨人たち’を毎週欠かさず見ている人なら、近代日本画でどの画家がよく登場するかはすぐ察しがつくだろう。そう、東山魁夷(1908~1999)。これまで‘夕静寂’、‘年暮る’、‘秋翳(しゅうえい)’、‘道’が今日の一枚となった。‘道’は昨年8月の放送。

これだけ取り上げられと‘東山魁夷物語’がどのように語られてきたかいろいろわかってくる。この画家とは一生付き合っていこうと思っているから、シリーズ化するのは大変ありがたい。‘道’がどこの風景を描いたかは2012年にもBSプレミアムでも詳しく解説していたが、青森県の太平洋側の種差海岸(三陸復興国立公園)。

この絵は遠近法とすぐ結びつく、ずっとのびる道を描くのにこれほどわかりやすい遠近法はない。よくみると道の先端は右に曲がっている。画面全体はかすみがかかったような感じなので道の脇に咲く草花に目がいかないが、意外と細かく緻密に描かれている。こういう名画は年に一度はみておきたい。

川端龍子(1885~1966)の‘金閣炎上’は世の中の動きに敏感な龍子の性格がよく表れている。1950年7月2日、金閣寺は僧侶の放火によって炎上した。このニュースに接し、龍子はすぐこの事件を描くことを決める。見るたびに感動するのが炎の描写、金閣寺を容赦なく燃やしていく紅蓮の炎、そこに使われた金砂子が強く印象に残り映画の映像をみているようだった。

小林古径(1883~1957)の‘壺’は晩年の作品。まず目がいくのは中国の明時代につくられた‘五彩魚藻文壺’に描かれた黄色い鯉、胴体を大きくくねらせて泳ぐ姿が目に心地いい。この大きな存在感のある壺に対して、これを鑑賞している女性はちょっと控えめな感じ。人物と壺がうまくとけあったとても静かな絵。

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2016.04.16

近代日本美術の煌き! 1950年(昭和25) その二

Img     伊東深水の‘聞香’(東近美)

Img_0001     中村岳陵の‘気球揚る’(東近美)

Img_0003     山下清の‘長岡の花火’

伊東深水(1898~1972)の描いた香道の絵‘聞香’にはちょっとした思い出がある。趣味で油絵を描いている友人が家の近くに住んでいるある俳優と懇意にしていた。その人物はもう8年くらい前に亡くなった渥美國泰、そして奥さんは香道をやっておられた。

ある年友人の絵画グループが銀座の画廊で恒例の展示会を開いたとき渥美さんと奥さんがやって来られた。話が弾みなにかの拍子で深水の‘聞香’のことを話題にしたら、奥さんは‘あなたこの絵知っているの、絵がお好きなのね’とおっしゃった。80歳をこえた品のある方だったが、すぐ若い頃は男性にもてたのだろうなと想像した。

渥美國泰さんは知る人ぞ知る江戸絵画の蒐集家でとくに亀田鵬斎は日本では一番のコレクターといわれている。ご自宅にお邪魔したときは谷文晁や酒井抱一などもみせてもらった。

東近美にモダン感覚にあふれる日本画がある。中村岳陵(1890~1969)の‘気球揚る’、この絵はおもしろい構図になっている。洋装で着飾ったお嬢さんはオペラグラスをもっているのに気球の方をみていない。なにかとりすました感じ。一方、後ろの着物を来た女性は手に持った扇子をあげどんどん上がっていく気球にワイワイはしゃいでいる。この人物対比が画家の狙いなのだろう。

放浪の画家山下清(1922~1971)の回顧展を一度みたことがある。細かくちぎった色紙を貼って風景や草花を驚くほど緻密に表現する貼絵を存分に楽しんだ。とくに心に響いたのが画集に必ず載っている代表作の‘長岡の花火’、スーラの点描画のようにあまり絵の前に近づかないで離れてみたが、大勢の人のなかにまじってこの立派な花火をみている気分になった。スーラがこの花火をみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2016.04.15

近代日本美術の煌き! 1950年(昭和25) その一

Img     安井曾太郎の‘孫’(大原美)

Img_0001     須田国太郎の‘犬’(東近美)

Img_0003     岡本太郎の‘夜の掟’(川崎市岡本太郎美)

安井曾太郎(1888~1955)と梅原龍三郎(1888~1986)はご存知のように同じ年京都に生まれた。梅原は98歳の長寿をまっとうしたのに対し、安井のほうはずいぶん早く天国へ旅立った。享年67 大原美でみた‘孫’は亡くなる5年前の作品。

安井は肖像画の名手。‘金蓉’をはじめ惹かれる作品がいくつもある。でも、この‘近代日本美術の煌き!’はそれぞれの作家について選ぶ作品の数を最大5,6点に絞り込んでいるため全部はとりあげられない。そのため男性の肖像が割愛され女性や子どもが優先される。元気な女の子の孫を描いた作品はお気に入りの一枚、人形のように白く塗りたくられた顔が印象的。

須田国太郎(1891~1961)は安井や梅原と同世代の画家だが、その画風はかなり異なる。‘犬’は画面構成がユニークなため一度みたら忘れられない。夜の街を赤い目をした黒い犬がうろうろしている。この赤い目のインパクトが強いためずっと心のなかにとどまっている。こういう深い夜の情景を描いた作品はほかにみたことがない。

岡本太郎(1911~1996)の絵画や縄文のダイナミズムが感じられる彫刻をみたいと思ったら、どこへ行けばいいか。手っ取り早いのは青山の岡本太郎記念館。今は疎遠になったが、10年くらい前は3回くらい足を運んだ。場所は根津美のすぐ近く。

もうひとつは川崎市岡本太郎美、ここはちょっとアクセスが悪い。久しく行っていないので道順がさっと出てこないが、多摩区にある。ここにある‘夜の掟’は不思議な絵、びっくりしたのは赤いサメのような怪物の体に描かれているチャック、その意味は? へんてこな絵だがこの金属の質感がよくでていることとチャックは開けたり閉めたりするときなにか心地いいのでちょっと親しみを覚える。

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2016.04.14

ビッグニュース!フランスにカラヴァッジョの絵があった

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Img_0001   トゥールーズの住居の屋根裏から見つかったカラヴァッジョの絵

Img_0002  ‘ホロフェルネスの首を斬るユディット’(1599年 バルベリーニ国立古典美)

フランスからカラヴァッジョ(1571~1610)の絵が住居の屋根裏からでてきたというビッグニュースが飛び込んできた。場所はフランス南西部のトゥールーズ(拡大地図で)、ここに150年くらい眠っていたとのこと。そのため保存状態がとてもいい、2014年に見つかって専門家たちがいろいろ鑑定して真作という確信を得たことで発表された。

描かれているのは‘ホロフェルネスの首を斬るユディット’、画像が鮮明ではないが本物のようにみえる。ローマのバルベリーニ国立古典美に同じ場面を描いたものがあるので、カラヴァッジョは2点仕上げていたことになる。俄然みたくなった。

イタリアのことを教えてもらっているローマ在住のcucciolaさんの記事によるとフランス政府はすぐに国宝に指定したようでそのため国外への持ち出しは禁止されている。こういうビッグネームの作品がでてくるとその価値が気になるところ。美術史家のテュルカン氏は最高で1億2000万ユーロ、150億円くらいの値がつくと予想している。

現在、フランスの美術館あるいは個人が所蔵するカラヴァッジョはルーヴルにある‘聖母の死’と‘女占い師’、‘アロフ・ド・ヴィニャクールの肖像’の3点、さてこの絵をどこの美術館が手にいれるのだろうか。旅行のしやすさからいうとやはりパリでみたいからルーヴルにおさまってくれるのがベスト、さてどうなるか。

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2016.04.13

近代日本美術の煌き! 1949年(昭和24) その二

Img_0002     川喜田半泥子の‘志野茶碗 赤不動’(東近美)

Img_0001     北大路魯山人の‘織部俎皿’(京近美)

Img     音丸耕堂の‘彫漆南瓜文色紙箱’(高松市美)

芸術作品の作り手として時々偉大なアマチュアが現れる。やきものの川喜田半泥子(1878~1963)はそのひとり。7年くらい前銀座の松屋で待望の回顧展があり、名品の数々に出会った。

正業である銀行の頭取としての仕事をしっかりこなしたあとはすべての時間をやきものづくりに費やした。二束のわらじをはくことはとびっきり有能な人間にしかできないこと。だから、普通の人間はそんなに忙しく生きることは選ばない。でも、やきものに魅せられた半泥子は創作に打ち込みやきものファンをうならせるものを次々と生み出していく。

東近美にある‘志野茶碗 赤不動’は赤みが胸をうつ名碗、志野に備前焼のひだすきの技法を使って誰も思いつかなかった景色を生み出した。アマチュアの枠にとらわれない自由な精神がここに生かされている。こういうものをみると美を極められるのは作家の心の持ちかたであることがよくわかる。

北大路魯山人(1883~1959)の回顧展が近々三井記念美で行われることが昨日か2日前の新聞に載っていた。これまで4,5回魯山人展にでくわし最後にみてから間隔が空いているが今回はパス。料理家でもある魯山人は自分の料理を客においしく食べてもらうために食器を自らつくった。得意とした織部の‘俎皿’に料理がもられてきたら食べる前から楽しくなりそう。

彫漆の人間国宝、音丸耕堂(1898~1997)の南瓜の文様をあしらった色紙箱をみたのは2年前東博で開催されたビッグイベント‘人間国宝展’、その高い技術に裏付けられたメリハリの効いた南瓜の文様を息を呑んでみていた。

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2016.04.12

近代日本美術の煌き! 1949年(昭和24) その一

Img_0001     植田正治の‘パパとママとコドモたち’

Img     北脇昇の‘クオ・ヴァディス’(東近美)

Img_0003        池田遥邨の‘鳴門’(徳島県近美)

Img_0002     山口蓬春の‘榻上の花’(東近美)

鳥取県の境港市で写真館を営みながら豊かな感性でシャッターを押し続けその名を世界にとどろかせた植田正治(1913~2000)、最も気に入っているのが‘パパとママとコドモたち’、この写真を回顧展でみたとき家族の幸せ感をこれほど雄弁に語れる写真の力はすごいなと思った。

妻と4人の子どもたち、そして本人の立ち位置は感心するほどうまく演出されており、このまま劇場の舞台に場を移して家族物語のパート2を演じたとしても違和感は感じない。家族一人々の素のままの姿が作品の魅力を支えている。

東近美へ出かけるとよくみかけるのが北脇昇(1901~1951)の気になる絵‘クオ・ヴァディス’、シュルレアリスムの作品だから不思議な空間に引き込まれるのはいいとして、ここは一体どこなのだろうか、帽子を被った後ろ向きの男はこれからどけへ行こうとしているのか、そして横にある大きな貝、小さな行先板と赤い花は何の象徴か?

倉敷市に生まれた池田遙邨(いけだようそん 1895~1988)は山口蓬春(1893~1971)同様、はじめは洋画を描いていた。そのため転向した日本画では意表をつく視点から画面を構成する独特の画風が特徴となっている。鳴門の渦潮を描いたこの絵はセザンヌの静物画のようにいくつもの視点からダイナミックな渦潮を表現している。白い渦がたくさんできている部分は真上からみて、左の岩を波がどどっと流れ落ちるところは横から力強い曲線をひいている。海の複雑な面の交わりを長くみているとクラクラしてくる。

明るい色合いとシンプルな構成が西洋画の静物画そのものという印象を与えるのが蓬春のアジサイの絵。マティスがこの絵をみたらきっと言葉を失うだろう。

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2016.04.11

近代日本美術の煌き! 1948年(昭和23)

Img_0003     堂本印象の‘婦女’(京都市美)

Img_0002     福田豊四郎の‘秋田のマリア’(秋田県博)

Img     小杉放菴の‘金時’(足立美)

Img_0004     植田正治の‘小狐登場’

絵画と長くつきあっていると回顧展が何度も開催される画家と求めているのに一向に実現しない画家とがいる。その分かれ目となるのは主催する美術館がくだす画家の人気と時代の気分。また、作品の集めやすさといった段取りの問題もあるかもしれない。

京都で活躍した堂本印象(1891~1975)の大きな回顧展を京近美とか東近美でやってくれないかと長いこと願っているが、なかなか実現しない。昨年は没後40年だったのに動きがなかった。これまで京都の立命館大のすぐ近くにある堂本印象記念館へは2度足を運んだ。そのため、印象の作品は抽象画風のものも含めてかなり楽しんでいる。当面のターゲットは京都市美にある女性群像画の‘婦女’、来年あたりに対面したいのだが、

福田豊四郎(1904~1970)の‘秋田のマリア’は絵のタイトルがそのまま受けとめられるとてもいい絵。描かれているのは秋田の農家で赤ちゃんに乳を飲ませている農婦の姿。左から画面のなかに入ってきた馬の頭をこんなに強調してみせているのはキリストが生まれた馬小屋を意識したからだろう。

島根県の安来市にある足立美は小杉放菴(1881~1964)もしっかりコレクションしており、金太郎が崖をひょいひょい飛び越える‘金時’が目を楽しませてくれる。鉞(まさかり)をもった金太郎に続いて、ウサギの元気よくジャンプするのだろうか。この絵は余白を大きくとった巧みな構図とともに崖の表現にみられる墨のにじみもみどころのひとつ。

この金太郎の躍動感とコラボするのは写真家、植田正治(1913~2000)の‘小狐登場’、すでにお気づきのように拙ブログには写真作品はほとんどでてこない。理由は写真が絵画ほどぐっとこないから。だが、例外が2人いる。鳥取の境港出身の植田正治とNYで活躍しているビッグネームの杉本博司。

植田正治については3年前東京ステーションギャラリーで行われた回顧展で開眼した。そのマグリット風の作品に200%KOされた。そして、不思議な土着パワーを感じさせる‘小狐登場’も強く印象に残っている。

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2016.04.10

近代日本美術の煌き! 1947年(昭和22) その二

Img       安田靫彦の‘王昭君’(足立美)

Img_0003          三谷十糸子の‘蓮’(京近美)

Img_0001     近藤浩一路の‘薫風’

Img_0002        松林桂月の‘松泉’(東京都現美)

わが家では定期的に数の多くなった図録の整理をしている。今取り組んでいるのは東近美で回顧展が行われている安田靫彦(1884~1978)、回顧展を何度も体験すると同じ作品が複数の図録にでてくることになるので色をよくひろっている図録を残し、そうでないものは処分する。その際、一枚しかない作品は残したものにペタペタ貼っていく。こうしてMyベスト図録が出来上がる。この作業は結構楽しい!

5冊のうち3冊に登場していたのが‘王昭君’、つい先日東近美でみたときにも紹介したが今回は図録の表紙に使われている。きりっとした目がとても印象的。靫彦が描いた古代の中国の話にでてくる女性はほかに羅浮仙、楊貴妃がいる。

京近美が建っている場所の向かい側にあるのが京都市美、ともに3回くらい訪問したが両館には京都に縁の深い画家が描いた女性の絵がいくつもある。三谷十糸子(みたにとしこ 1904~1992)の‘蓮’は着物の黄色と女性をとりまく幻想的な蓮の花が目に焼きついている。この女性の柔らかい雰囲気は女流画家にしか描けないのかもしれない。

はじめ西洋画からスタートして途中で日本画に転じた画家がいる。例えば、川端龍子、小杉放菴、山口蓬春、そして山梨県出身の近藤浩一路(1884~1962)もこのグループに入る。この画家は水墨画を得意とするが、見慣れた水墨画と違い光が画面全体にきらめきちょっと写真を思わせるような水墨画。‘薫風’は中央で水を飲む2頭の馬が光につつまれる光景に思わず体がフリーズする。

松林桂月(1876~1963)の‘松泉’はじっとみていると心の中からザワザワした世俗の景観がだんだん消えていき、この険しい山を登っていくと精神の安らぎのえられる理想郷にたどりつけるのではないかという気になってくる。

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2016.04.09

近代日本美術の煌き! 1947年(昭和22) その一

Img_0002     山口蓬春の‘山湖’(松岡美)

Img     梅原龍三郎の‘朝陽’(大原美)

Img_0001     岡本太郎の‘夜’(川崎市岡本太郎美)

以前はよく通っていた白金台の松岡美と東京都庭園美、ところが最近は足が遠ざかっている。確か2年くらい前庭園美は新装開館した。そのため、いい企画展があれば出かけるのだがまだ心を動かすものがとどかない。

松岡美の一番の思い出は山口蓬春(1893~1971)の代表作‘山湖’をみたこと。2年前西洋美で開催されたホドラー展、このスイスの国民的画家、ホドラーの風景画に刺激をうけて描いたのが‘山湖’、この風景は裏磐梯の五色沼のひとつ。蓬春ははじめは洋画をやっていたのでこんな日本画らしくない風景画が生まれた。画家のキャリアはいろいろ混じっていたほうが描き方の幅が広がり新しい表現ができるのかもしれない。

多くの画家が富士山に挑んできたが、梅原龍三郎(1888~1986)も終戦の1945年の秋から本格的に取り組み1965年まで描き続けた。大原美にある‘朝陽’はとても力強い富士、油絵の魅力が富士の雄姿によって引き出されている感じ。龍三郎は富士のほかに浅間山の連作もてがけている。

先週渋谷のBunkamuraへ行く途中岡本太郎(1911~1996)の大壁画‘明日の神話’の前を通ったが、この画家の絵画に対する興味は薄れているので歩くペースはそのままだった。‘夜’はまだ心にとまっている絵だが、それは右に描かれた少女のせい。強い風を細い体でうけとめる可憐な少女は前方の髑髏をじっとみつめている。少女と髑髏を対峙させる発想を岡本太郎はどこで思いついたのだろうか。

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2016.04.08

近代日本美術の煌き! 1946年(昭和21)

Img_0003_2     伊東深水の‘吹雪’(西宮市大谷記念美)

Img_0002        寺島紫明の‘彼岸’(京近美)

Img_0001_2     小松均の‘牡丹’

画家の回顧展は2回みることが理想だが、その達成には長い時間がかかる。だから日本画を楽しもうと思うと長生きをしなくてはならない。美人画で名の知れた伊東深水(1898~1972)はこの内規がクリアできた画家。

深水は戦争が終わったとき47歳、画家としてはちょうど脂の乗り切った頃、昭和21年には思わず立ちどまるすばらしい美人画を描いている。‘吹雪’は同じ構図で着物の色の異なるのが2点あり、その1点を西宮市の大谷記念美が所蔵している。

深水の美人画の特徴は上村松園や鏑木清方と違って全身像は少なく上半身を画面いっぱいに描くこと。そのため、モデルのイメージが強く印象に残る。吹雪のなかを傘をさしてしっかり歩いている丸ぽちゃの女性にぞっこん参っている。

京近美にある寺島紫明(1892~1975)の‘彼岸’は長いこと対面を待っているがまだ縁がない。一時期毎年のように京都へ行っていたが、京近美で展示のタイミングと合致しなかった。いずれ京都旅行を再会し、京都市美蔵の堂本印象の‘婦女’と合わせてみてみたい。

山形県出身の小松均(1902~1989)は気になる画家の一人。この‘牡丹’を観た時期は記憶から薄れているが、緑の葉っぱに浮かび上がる金属的な質感をもつ白の牡丹の花が目に焼きついている。牡丹は描くのが難しいモチーフなのでこの絵のことは頭から離れない。

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2016.04.07

マエケン デビュー戦で初勝利!

Img    初登板で好投したマエケン

Img_0001    6回 レフトにホームランを放つ

今シーズン、大リーグのドジャーズに移籍したマエケン(広島カープ)がパドレス戦に先発3番手として登板し見事な投球をみせ勝ち投手になった。
拍手々!

オープン戦で安定したピッチングを続けていたので本番でも十分やれると思っていたが、これほどうまくいくとは予想してなかった。今日は6回84球投げて無失点、打たれたヒット5本、無四球。ストレートと得意のスライダーを軸にした投球は大リーグデビューとしては上々の内容。

マエケンはマー君や岩隈同様、コントロールがいいので四球で崩れるという心配がない。だから、先発としてゲームをつくっていくことがこれからも期待できそう。ただ、今日の好投は初回に打線が4点とってくれたのと対戦相手に恵まれたという面もある。パドレスは打線が弱く、この試合を含めてホームの3連戦で得点ゼロ。この打線ではシーズンははじまったばかりだが、2ヶ月たったところで低迷のため新監督が更迭される事態になるかもしれない。

敵地でスイープしたドジャーズの仲間たちをあっと驚かせたのがマエケンの打撃力、6回なんとレフトにホームランを叩き込んだ。その瞬間ベンチは大騒ぎ、みんな顔をあわせて、‘おいおい、マエケンのスイングは野手並みだな、ホームラン打ったぜ!’。投打の活躍でマエケンは監督、コーチ、選手から大きな信頼をかちとった。こういう関係ができるとマエケンも自信をもってマウンドにあがれるだろう。

次のドジャーズスタジアムでの登板に期待したい。

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2016.04.06

エドガールズ 美女くらべ!

Img     歌川国芳の‘当世商人日斗計 日五つ時’(1823年)

Img_0003     歌川国芳の‘当世商人日斗計 日九時’(1823年)

Img_0002     歌川国貞の‘集女八景 粛湘夜雨’(1829年)

Img_0001     歌川国貞の‘美人八景 晴嵐’(1833年)

絵画の楽しみのひとつが女性画、西洋画でこれを得意としたのがルノワール、日本画の場合、明治以降人々の目を楽しませたのは上村松園、鏑木清方、そして伊東深水。

この3人は当然、江戸時代の浮世絵美人画を強く意識している。この美人画で江戸っ子たちを浮き浮きさせたのはまず最初が菱川師宣の見返り美人画、そして次に登場するのは女の子がそのまま大人になったように描いた鈴木春信、ところが時代は女らしい女を求めるようになる。それに応えたのがとびっきりの美人を肉筆画で輝かせた勝川春章。

では版画で美人画の世界を極めたのは誰かというと女性を長身にして描いた鳥居清長と大首絵の美人画で一世を風靡した喜多川歌麿。女性を描いた作品をみることが無類に好きだから、ここまではすっとでてくる。だが、この後は美人画への興味はがくんと落ちる。

そのため、歌川国芳(1797~1861)と歌川国貞(1786~1864)の描く女性を前のめりになってみることは正直いってない。でも、みんな足がとまらないわけではない。国芳では‘当世商人日斗計’シリーズについニヤニヤしてしまう。

‘日五つ時’に描かれているのは女性の朝方におけるルーチン、房楊枝で歯をみがく場面。こういう素のままの姿に意外と隠された魅力がひそんでいる。‘日九時’は正午、猫を愛した国芳は女が足で猫をさわって遊んでいるところをまったりと描いている。国芳自身がいつも手や足で猫とじゃれあっていたにちがいない。

国貞の女で今回長くみていたのは外で激しい雨に遭遇しずぶぬれになって家に戻って来た女、さしていた傘はぼろぼろに破れ、着物はびしょびしょ、こういう経験は日常よくあることだから、絵のなかにすっと入っていける。
‘美人八景 晴嵐’もなかなかいい。強い風が吹き、手ぬぐいをとばされないよう口で必死にくわえている女の表情がじつにリアル。

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2016.04.05

摺物を楽しむとっておきの見方!

Img_0001      歌川国芳の‘国芳もやう正札付現金男 野晒悟助’(1845年)

Img   歌川国貞の‘五代目瀬川菊之丞 七代目市川團十郎’(1830年)

Img_0003     歌川国芳の‘汐干五番内’(1829年)

Img_0002     歌川国貞の‘扇合三番内’(1822年)

歌川国芳(1797~1861)の人物表現にはギョッとするものがいくつかある。そのひとつがチラシに使われているイケメン男、これは任侠シリーズ(10人)の一枚で最もカッコいいもの。浮世絵の展覧会でみかけることが多くなった女性、こういう男の前では彼女たちの足は思わずとまるだろう。

だが顔ばかりうっとりながめていると、この侠客の男ぶりを浮き上がらせる着物の髑髏の柄をそのまますっと見てしまうことになる。髑髏をよーくみると、そう猫が何匹も集まって形をつくっている。アンチンボルドの奇妙な画法に触発された国芳は自分流のおもしろい描き方を生み出した。

例えば、男たちを何人も集めてつくった人間の顔、またかつおやたこ、うなぎといった文字を猫などを巧みに配置して描いたりもしている。この猫の別ヴァージョンが着物の模様になっている髑髏。

とくに時間をかけてみたものがもうひとつある。それはお金持ちの町人たちからの特別の注文によってつくられる摺物、この豪華な摺物を楽しむとっておきの見方があるが、まわりをみてそれをしている人はいない。歌川国貞(1786~1864)の刀を抜こうとしている瀬川菊之丞と市川團十郎の場面を立ったままの視線でみても照明の当たり具合で肝心の見せ所がとらえられない。

ではどうすればいいか、しゃがんで下から画面を仰ぎみると刀身が施された雲母摺りにより銀色に輝いているのがはっきりとわかる。この金属の質感描写が見事!国芳の‘汐干五番内’では波の動きが雲母できれいにみえるし、国貞の‘扇合三番内’でも金や雲母で装飾された着物がまぶしいくらい豪華にみえる。

摺物の前ではこの方法でみると楽しみが倍増することは請け合い。

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2016.04.04

サプライズ! Bunkamuraの‘国芳 国貞展’

Img     歌川国芳の‘水瓶砕名誉顕図’(1856年)

Img_0002     歌川国芳の‘江戸ノ花 木葉渡 早竹虎吉’(1857年)

Img_0003     歌川国貞の‘東都両国橋 川開繁栄図’(1858年)

Img_0001     歌川国貞の‘春夕美女の湯かゑり’(1833年)

渋谷のBunkamuraでは現在‘ボストン美蔵 俺たちの国芳 わたしたちの国貞’(3/19~6/5)が行われている。Bunkamuraで浮世絵の展覧会!?というのが正直なところ。この美術館に期待するのは質のいい西洋絵画でヒット確率が非常に高いブランド美術館というのが一般的なイメージ。

その美術館がどういう風のふきまわしかボストン美の浮世絵コレクションをずらっと並べてきた。しかも、色がよく残ったクオリティの高い歌川国芳(1797~1861)と歌川国貞(1786~1864)が次々と登場する。流石、ボストン美と関心するが、同時にBunkamuraでこのようなわくわくする浮世絵展をみたということが強く記憶に残る。

今回の主役は国芳と国貞、国貞のほうが一回り上の世代で3代目の歌川豊国を継いだから浮世絵師としては最も高いところにいる。広重と同じ年に生まれた国芳は広重が亡くなった3年後に64歳で人生を閉じる。年長の国貞は長生きし、死んだのは第一次長州征伐があった1864年、享年78。時代が江戸から明治へと移るのはその4年後の1868年。

海外の美術館から浮世絵が里帰りするとなんとしても出かけようと思うのはまだお目にかかったことがなく保存状態の抜群にいい作品に数多く遭遇するから。今回、またガツンとやられた。こんないい国芳、国貞があったのか!という感じ。プラスαがこれほど登場すると浮世絵の虜になる。

国芳で長くみていたのは合戦絵の‘水瓶砕名誉顕図’、目が点になったのは中央の豪傑の強さ、画面の上のほうに敵の武将たちが宙に放り投げられている。よく見るとそこには刎ねられた首や胴体が、なんだか岩佐又兵衛の絵巻に描かれた血が飛び散る戦いの場面をみているよう。

江戸の軽業師、早竹虎吉の芸を描いたものをみたのははじめて。体を地面にむけてのばしひとりの子どもの足首を持っているのはまあ理解できる。だが、もう一人の子の着物の衿のところをもつことができるのだろうか?このパフォーマンスは大喝采を受けたにちがいない。

2年前大田記念美で国貞の回顧展をみたが、そのときなかった作品がいくつもでてきた。画面の隅から隅までみたのが花火の絵。画面構成がじつに上手い、手前に男女や子どもを横一列に大きく描き、その向こうにある屋台の賑わいを中景として人物の大きさを3分の1くらいに縮小、さらの橋の上をギュウギュウづめになって花火をみている人たちを点々でびっちりうめている。やはり国貞の腕前は半端じゃない。

そして国貞のシュールな絵にまた出会った。それは提灯から漏れた光が大きな三角形をつくり通りを行き交う人々をシルエットで映し出す‘春夕美女の湯かゑり’、これは参った!

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2016.04.03

期待通り名画が揃った‘安田靫彦展’!

Img_0001     ‘黄瀬川陣’(重文 1940年 東近美)

Img     ‘神武天皇日向御進発’(1942年 歌舞伎座)

Img_0002     ‘王昭君’(1947年 足立美)

Img_0003     ‘伏見の茶亭’(1956年 東近美)

近代日本画の殿堂、東近美で開催されている‘安田靫彦展’(3/23~5/15)をみてきた。東近美はここ数年、画家の代表作をずらっと揃えた見事な回顧展を連続して行ってきた。今年は日本画の魅力を完璧にみせてくれる安田靫彦(1884~1974)。

これまで安田靫彦展は大きなものを2回体験した。東近美が1976年に開催したものは縁がなかったが、1993年の愛知県美と2009年の茨城県美。回顧展は2回遭遇するのが理想だから今回はオマケかもしれない。でも、こういうビッグネームの場合、未見の作品が数点でてくるだけでも大きな喜びとなる。

作品は全部で108点、会期中に展示替えがあるのはじめて安田靫彦展に出会った方は2回出動すると感動はさらに高まるにちがいない。その感動の多くを占めるのが代表作の‘黄瀬川陣’、こういう歴史画の傑作に出会ったおかげで源氏と平家の戦いのイメージが広がっていく。とくに視線が向かうのは美形の義経のみせる厳しい目。それに対し兄の頼朝はどんと構えた大将といったところ。

そして、この絵の見どころは何といっても二人の鎧兜の見事な色彩描写、義経が身に着けている鎧のグラデーションをきかせた紫、頼朝の後ろにおかれた兜の鮮やかな赤が心をとらえてはなさない。この絵を何度見ても感動するのはモーツアルトを聴くたびに心が軽くなるのと似たところがある。

東近美が所蔵する作品では豊臣秀吉を描いた‘伏見の茶亭’もお気に入りの一枚。靫彦は秀吉が茶席を楽しむ様子を2点描いており、永青文庫にあるものも並んでいた。華やかな雰囲気につつまれているのは東近美のほう。

歌舞伎座にある‘神武天皇日向御進発’をみるのは2度目、歴史画のなかでは珍しく音が聞こえてくる作品、大海原を進む船の舳先に波が打ちつける音が戦いの緊張感をいやがおうにも高める感じ。そして、船の後ろでは兵士たちが腹の底から雄たけびをあげている。

島根県の安来市にある足立美はびっくりするほど質の高い日本画をたくさん所蔵しているが、‘王昭君’はそのひとつ。茨城県美の回顧展には出品されなかったので、お目にかかるのは20年ぶりくらい。今回衣装に施された鳥の模様をじっとながめていた。

‘黄瀬川陣’同様、安田靫彦の代名詞のような作品‘飛鳥の春の額田王’は4/19~5/15の展示、これに合わてもう一回出動するつもり。

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2016.04.01

カラヴァッジョ、ベラスケスとつながるマネ!

Img_0002     カラヴァッジョの‘いかさま師’(1595年 フォートワース キンベル美)

Img     マネの‘ラテュイユ親父の店’(1879年 トゥルネ美)

Img_0001  ベラスケスの‘鏡をみるヴィーナス’(1651年 ロンドン ナシュナルギャラリー) 

Img_0003    マネの‘フォリー=ベルジェールのバー’(1882年 ナショナルギャラリー)

好きな絵を何度も何度もみていると、よく似た絵がでてくるとつい2つの絵を結びつけたくなる。カラヴァッジョ(1571~1610)の初期の作品、‘いかさま師’に大変魅せられている。2010年ローマで大回顧展があったとき、意を決して出かけようと思ったのは普段はアメリカのキンベル美(テキサス州 フォートワース)に飾られているこの絵が出品されていたから。

それほど思い入れのあるこの絵にちょうど同じころ日本でみたある絵が最接近してきた。その絵は三菱一号館美の開館記念として行われたマネ(1832~1883)の回顧展にベルギーのトゥルネ美からやって来た‘ラテュイユ親父の店’。

2つの絵をしばらくみているうちにマネは‘いかさま師’を下敷きにして描いたんだと直感した。素直にみたらカラヴァッジョとマネは結びつく。‘いかさま師’に描かれたトランプを後ろに持っている右の男の横顔がマネの絵の椅子に座りテーブルの上に手を置いている女性の顔と非常に似ている。そして、その女性を恋心丸出しでみているいる男のぎょろっとした目がこれまた‘いかさま師’の純真な若い男の持ち札を教えている武骨な男と重なってくる。マネに‘カラヴァッジョを意識したのでは?’と聞いたら、‘そうだよ、気がついた’と応えるにちがいない。

マネの作品にはもうひとつ先達の作品がインスピレーションを与えたのではないかと思わせる絵がある。ロンドンのコートールド美にある晩年の傑作‘フォリー=ベルジェールのバー’、この絵はちょっと複雑な構図になっている。中央の寂しげな表情をした給仕娘と右奥にいる男の客に対応している後ろ向きの女は一見すると別人のようにみえる。

ところが、じつは同じ人物。正面を向いている女の後ろに鏡がありそこにこの女の後ろ姿が映っているのである。説明書きなしでこの絵をみると10人いたら10人が2人の給仕女が描かれていると思うだろう。鏡に映る後ろ姿をトリックのように描くアイデアはどこからきたのか?

それはマネが敬愛していたベラスケス(1599~1660)の作品ではないかと勝手に想像している。その絵はロンドンのナショナルギャラリーにある‘鏡をみるヴィーナス’。ベラスケスは2度目のイタリア滞在のときスペインでは御法度の裸婦図を描いた。モデルはこちらをむかせずその顔をキューピッドが持つ鏡でちらっとみせている。ローマにいるからといって裸婦をティツイアーノのように大胆には描けない。で、ベラスケスはこういう構図にした。その気持ちはよくわかる。

マネはベラスケスが小道具に使った鏡を自分の絵にどんと持ち込んだが、ぱっとみると鏡に映った女が主役の女とはみえないような描き方はした。鏡により人物をトリック的に変容させる表現がとてもおもしろい。

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