« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

2016.03.31

お知らせ カラヴァッジョ+α 会!

Img

今、西洋美で開催されている‘カラヴァッジョ展’(3/1~6/12)に合わせてカラヴァッジョのことをいろいろ書いていますが、これにコメント下さったむろさんから皆さんでカラヴァッジョのことを熱く語りませんかというありがたいお話がありました。

人としゃべるのが無類に好きなので、急な日程で恐縮ですがさっそく実施しようということになりました。集合の場所と日時は次の通りです。

★場所:イタリア文化会館地下アニエッリホール入口の広い場所(階段側)
★日時:4月2日(土)16:00
★いづつやの目印:‘午後の紅茶’のペットボトルを持っています

イタリア文化会館は上の地図でおわかりのように地下鉄東西線・半蔵門線の九段下駅の2番出口から徒歩で10分のところにあります。靖国神社前の内掘通りを三宅坂訪面にむかってしばらく進むと文化会館に着きます。

ここのアニエッリホールで13:30から宮下氏のカラヴァッジョの講演会がありますので、それが終わったあと‘カラヴァッジョ+α会’をはじめたいと思います。お店をどこにするかはそのときの状況で決まります。

こういう会をセットするのははじめてなので人数がどうなるのか読めませんが、拙ブログのカラヴァッジョの記事に関心をお持ちの方だけでなく西洋絵画をみることが好きな方も気軽に参加していただければ、楽しい時間がすごせるのでないかと思います。ジャズの即興演奏のような日程の設定で申し訳ないのですが、都合のつく方は是非お越し下さい、お待ちしてます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.30

ティッセン・ボルネミッサ美の忘れもの!

Img     ヤン・ファン・エイくの‘受胎告知’(1435年)

Img_0001     ゴッホの‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’(1890年)

Img_0003   カンディンスキーの‘ムルナウ オーバーマルクトの家’(1908年)

Img_0002     リキテンスタインの‘浴室の女’(1963年)

スペインのマドリードにはパリにように街の一角にいい作品を揃えた美術館が集中しているため、効率的な美術館めぐりが実現し心を打つ名画にも数多く遭遇することができる。

プラド美のすぐそばにあるティッセン・ボルネミッサ美は1992年に開館した。この美術館は古い画集ではスイスにある美術館として紹介されているが、鉄鋼業で財をなしたティッセン家の絵画コレクションはスペインの地で貴族の館を改築した新しい美術館におさまることになり新たな一歩を踏み出した。

5年前はじめてここを訪れたときはその充実した作品の質と量に200%圧倒された。外観のイメージはいわゆる邸宅美術館。邸宅に飾られているのは古典絵画を思い浮かべるが、ここにはそれだけでなくルーヴルやくロンドンのナショナルギャラリーではみられないアメリカ絵画やリキテンスタインのポップアートまで幅広く取り揃えている。

館内では終始テンションが上がりっぱなしだったが、事前に作った必見リストの確認はしっかり行った。残念ながら姿を現してくれなかった作品のひとつがヤン・ファン・エイク(1390~1441)の‘受胎告知’、6月にここを訪れることができたら真っ先にこの絵のところへ行きたい。

充実した印象派ではゴッホ(1853~1890)の絵が展示してなかったのは痛い。図版をみるかぎり色がはえており傑作の匂いがする。色の力にぐっと惹きつけられるのはゴッホだけではない。カンディンスキー(1866~1944)の‘ムルナウ オーバーマルクトの家’も緑や紫の強い色調が鑑賞欲を掻き立てる。

現代アートも驚くほどビッグネームの作品がある、ポロック、ロスコ、、デ・クーニング、、、そのなかでどういうわけかリキテンスタイン(1923~1997)の‘浴室の女’が隠れたまま。リキテンスタインの作品を1点でも多くみたいと願っているのでなんとしてもリカバリーしたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.29

マドリードにあるカラヴァッジョ!

Img_0003    マドリード 王宮

Img_0001     ‘サロメ’(1610年 王宮)

Img ‘アレクサンドリアの聖カタリナ’(1597年 テイッセン・ボルネミッサ美)

Img_0002     ‘ゴリアテを負かしたダヴィデ’(1600年 プラド美)

現在、西洋美で行なわれているカラヴァッジョ展(3/1~6/12)に連動したTVの美術番組がわかった。
★4/8(金) PM10時 NHK総合 ‘カラヴァッジョ・光と闇のエクスタシー’
★4/17(日) AM9時 日曜美術館 ‘カラヴァッジョ世界初公開の傑作’

NHKは展覧会の主催者に名を連ねているのでカラバッジョの特集を必ず組むと思っていたが2本立て。総合のものは番組ガイドによるとタイトルのあとに‘ヤマザキマリと北村一輝?のイタリア’が続く。ローマには詳しい漫画家のヤマザキマリがどんな切り口でカラヴァッジョに迫るのか興味津々。

テレビ東京の人気美術番組‘美の巨人たち’は4月カラヴァッジョは登場しない。今制作中なのかもしれない。この番組では2012年に‘エマオの晩餐’(ロンドン ナショナルギャラリー)、そして2014年に‘いかさま師’(フォートワース キンベル美)がとりあげられた。2回ともすごくよくできていたので、次に選ばれる作品も期待できそう、さてどの絵か?

昨年12月、NYのメトロポリタン美でカラヴァッジョを3点みたが、今年もまた海外でみられるかもしれない。6月のはじめプラド美を訪問しボスとラ・トゥールの回顧展をみることになっている。パスポートの更新も済ませたのであとは出発の日を待つだけ。

マドリードで一日自由行動する予定だが、二つの回顧展が最優先のためまだお目にかかってない‘サロメ’(王宮)や2011年のスペイン旅行のときティッセン・ボルネミッサ美で心を奪われた‘アレクサンドリアの聖カタリナ’と対面できるかどうかわからない。というのも、ボス展は大盛況となる可能性が高いので入館に長い待ち時間ができることは十分予想される。朝一番に並ぶつもりだが、どういう状況になるのか読めない。

ボスとラ・トゥールがうまくまわれば、そのあとの時間をプラドの通常展示の鑑賞や王宮、ティッセン・ボルネミッサ美の訪問に使える。なんとかして‘サロメ’の前に立ちたいが、そもそもこの絵がいつも公開されているのかまだつかめてない。そのチェックを出発前にしておくつもり。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016.03.28

白鵬 36度目の優勝!

Img_0001     立会い左への変化で日馬富士を破った白鵬

大相撲大阪場所は終盤に抜群の集中力をみせた横綱白鵬が千秋楽も日馬富士を破って4場所ぶり36回目の優勝をかざった。

結びの一番は白鵬が敗けるはずはないとみていたが、立ち会い左へ変化した白鵬はわずか1秒で勝利のものにした。あまりにあっけない勝負だったので拍子抜け。体調の悪い日馬富士なのだから普通にがちっと受け止めて勝負をつければいいと思うのだが、白鵬はやはりこの一番で優勝を決めたい。3場所も優勝から遠ざかっていると横綱相撲もどこかへとんでしまう。

それだけ白鵬は追い詰められているということだろう。ここ数場所、白鵬は終盤になると体力が落ちるのか敗けが続く。それを克服するため白鵬は今場所戦法を変えてきた。目立ったのは張り差しとかちあげのコンビネーション。このかちあげが大きな武器になった。これは横綱の技としてはかなり荒っぽい。

ひどかったのは9日目の栃煌山との対戦、立ち会いいきなり鼻をガツーンとひじ打ちされた栃煌山はくらっときてそのまま後退し土俵を割った。このひじ打ちは反則技に近い。こういう手を繰り出して早く勝負をつける、そうすれば体力を温存でき終盤のへばりをなくすことができる。白鵬はかちあげを多用することが復活へつながり主役の座を再び取り戻せると思ったにちがいない。

栃煌山との一戦のあと解説者の舞の海が‘このかちあげは横綱が使う手としては違和感がありますね’といっていたが、まったく同感! 大横綱がこういう相撲をとってはいけない。天下の横綱が立ち会い変って勝負をつける相撲をみたくはないが、ひじ打ちを食らわせて白星をかちとるほうがもっとたちが悪い。

ひじ打ち、立ち会いの変化、ダメ押し、こういうことが続くと白鵬人気はガタ落ちする。大相撲が本当に盛り上がっていくのかはなはだ疑問。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.27

もう一度行きたいシカゴ美!

Img_0004     シカゴ美

Img     ホッパーの‘ナイトホークス’(1942年)

Img_0002     2008年に開催されたポッパー展の図録

Img_0003     コールの‘ナイアガラの滝のながめ’(1830年)

昨日放送された‘美の巨人たち’を楽しく見た。取り上げられたのはホッパー(1882~1967)の代表作‘ナイトホークス’、この英語の意味は夜ふかしをする人たち。作品を所蔵するシカゴ美はメトロポリタン美、ワシントンナショナルギャラリー、ボストン美、フィラデルフィア美同様、傑作をずらっと揃える超ブランド美術館。

幸運にも一度訪問することができた。8年前の2008年のこと、ここを訪問することが長年の夢だったがやっとA旅行会社がシカゴの街をみてまわるツアーをつくってくれた。嬉しいことにシカゴ美に入館することが含まれていたので即参加を決めた。

美術館に着いたらサプライズの展覧会が行われていた。なんとあのポッパーの回顧展!前年ボストン美、ワシントンのナショナルギャラリーで行われたあと最後シカゴ美に巡回してきていた。夢みたいな話で天にも昇るよう気持だった。館内には3時間くらいいたので、お目当てのスーラの‘グランド・ジャット島の日曜日の午後’などの名画をじっくりみたあと、オプション購入となったチケットを握りしめて回顧展の行われている部屋に向かった。

スーラの絵とともに期待値の最も高かった‘ナイトホークス’のほかにもポッパーの画集に載っている作品がここにもあそこにもあるという感じだから急遽つくった感動袋はもうパンパン。‘美の巨人’をみて‘ナイトホークス’の前に立ったときの感動がよみがえってきた。

カラヴァッジョの絵もそうだが、明暗のきいた絵というのはやはり心をゆすぶる。絵をみているというよりは大都会が舞台となった映画のワンシーンをみている感じ。ここで表現されている孤独感というのは都会に住んだことのある人なら生来の楽天家は別にして一度や二度は味わったことがあるはず、ときどきこういう絵をみて内省する時間をつくるのもいいかもしれない。

もう一度シカゴ美へ行きたいのはポッパー展や隣の部屋で行われていたホーマーの水彩画展に時間を使ったため見逃したハドソンリバー派のコールやチャーチの絵をリカバリーしたいから。もし、その機会が訪れたらホッパーとも再会したい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.26

もっとみたいカラヴァッジョ!

Img_0001     ‘トマスの不信’(1601年 ポツダム サン・スーシ宮殿)

Img  ‘慈悲の七つの行い’(1607年 ナポリ ピオ・モンテ・デラ・ミゼリデイア聖堂)

Img_0002  ‘聖フランチェスコの法悦’(1596年 ワーズワース・アテネウム)

Img_0003     ‘ラザロの復活’(1609年 メッシーナ州立美)

友人のなかにはとくにうまが合う人がいるように、相性のいい画家がいる。そういう画家が描いた作品はできるだけ多くみたい。究極の理想は画集に載っている作品を全部みつくすこと。この夢のコンプリートを実現したい画家のなかにカラヴァッジョ(1571~1610)は勿論入っている。

これまで体験したカラヴァッジョの回顧展は今行われている西洋美のものを入れて3回、このため画集にでてくる作品はかなりみることができた。コンプリートにはあと10点くらい。でも、これから先は大変、何点済みマークがつけられるだろうか、これはミューズの御心次第だから幸運を待つしかない。

事が成るには運を呼び込む好奇心をもち続けることも必要。だから、アバウトにはコンプリートの道のりをイメージしている。ここにあげた4点はおおよその順番で並んでいる。一度訪問したことがあるベルリン、この街にはパリと同じようにワクワクさせる美術館や博物館がいくつもあるのでもう一回は出かけようと思っている。

ドイツ旅行ツアーに参加した場合、カラヴァッジョがみれる可能性がある。ベルリンからそう遠くないポツダムにあるサンスーシ宮殿の見学が行程に含まれているので、その際前にみている宮殿まわりはパスして‘トマスの不信’のところへ突進する。

ナポリへもう一度行きたいのは古典絵画の傑作がたくさん揃っているカポデイ・モンテ美に入館したいから。一日ナポリで自由行動すれば、カラヴァッジョの‘慈悲の七つの行い’が飾ってある聖堂にもたどりつけるだろう。もう一点‘聖ウルスラの殉教’はカポデイ・モンテに寄託されているのでナポリでは2点遭遇できそう。

アメリカのハートフォードの美術館にある‘聖フランチェスカの法悦’とシチリア島のメッシーナ州立美が所蔵する‘ラザロの復活’にお目にかかれるのはだいぶ先になりそう。カラヴァッジョとのつきあいはライフワークだから、幸運にライドするのを夢見てぼちぼち進んでいきたい。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2016.03.25

絵画の革新者 カラヴァッジョと響き合った画家たち!

Img_0001 アルテミジア・ジェンテイレスキの‘ユデイットと待女’(1625年 デトロイト美)

Img_0003  マンフレーディの‘マルスに罰せられるキューピッド’(1621年 シカゴ美)

Img     ルーベンスの‘蝋燭を持つ老婆と少年’(1617年 マウリッツハイス美)

Img_0002  ダービーの‘空気ポンプの実験’(1768年 ナショナルギャラリー)

今秋、上野の森美でデトロイト美展(10/7~1/22)が開かれることになっており、目玉の作品としてゴッホの自画像がやって来る。ゴッホ好きなので楽しみにしているが、この美術館にはこれよりもっとみたい絵が2点ある。ブリューゲルとカラヴァジェスキのひとり、アルテミジア・ジェンティレスキ。

今、西洋美で行われているカラヴァッジョ展(3/1~6/12)にこの最強の女流画家、ジェンティレスキ(1593~1654)の描いたマグダラのマリアがカラヴァッジョの作品の隣に飾られている。やっぱりこの画家の才能はスゴイ。こういう絵をみるとデトロイト美の絵をいつかこの目でという気になる。蝋燭の光に照らされるユディットの凄みのある顔、カラヴァッジョだってこの絵の前に立てば声を失うだろう。

アメリカの美術館にもう一点、カラヴァジェスキのいい絵がある。それはシカゴ美が所蔵するマンフレーディ(1582~1622)の‘マルスに罰せられるキューピッド’、2008年にはじめてこの美術館を訪れたとき必見リストのなかにこの絵を入れていたが、残念なことに姿を見せてくれなかった。驚かされるのはキューピッドの体の描写、この肌の温もりが感じられる表現はカラヴァッジョの技術と変わらない。シカゴ美にまた縁があったら、いの一番に向かいたい。

2011年、ハーグのマウリッツハイス美へ行ったとき思わぬ作品に遭遇した。あのバロック絵画の代名詞みたいなルーベンス(1577~1840)がカラヴァッジョ以上に明暗をきかせて描いた‘蝋燭をもつ老婆と少年’、ルーベンスにこういう絵があることは知っていたが、実際にみたのははじめて。ルーベンスはカラヴァッジョに強く影響をうけたから光が人物の内面をてらしだすような作品だって描こうと思えばしっかり描ける。

ラ・トゥールを思わせる光の描写が18世紀によみがえる。描いたのはイギリスのジョセフ・ライト(1734~1797)。‘空気ポンプの実験’をロンドンのナショナルギャラリーでみたときは日本で琳派の画風が長きにわたって継承されているようなことが西洋画でもおこっているのかと感慨深かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.24

カラヴァッジョとレンブラントの光、感情表現!

Img_0001 カラヴァッジョの‘聖マタイの殉教’(1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂)

Img_0002    レンブラントの‘目を潰されるサムソン’(1636年 シュテーデル美)

Img     カラヴァッジョの‘イサクの犠牲’(1601年 ウフィツィ美)

Img_0003    レンブラントの‘ガニュメデスの略奪’(1635年 ドレスデン国立絵画館)

現在、西洋美でカラヴァッジョ(1571~1610)のビッグな回顧展が行われているが、今から12年前には京博で大レンブラント展があった。西洋絵画と長くつきあっていると‘大事件’という表現を使いたくなるようなすばらしい展覧会と遭遇する。

このとき200%心を奪われたのがフランクフルトにあるシュテーデル美からやって来た‘目を潰されるサムソン’、この傑作が日本でみれたのは生涯における幸運だったかもしれない。レンブラント(1606~1669)の絵にMyランキングをつけると別格扱いの‘夜警’が文句なく1位で、2位はこの‘サムソン’。

この絵がカラヴァッジョの‘聖マタイの殉教’と光の描写や構図がよく似ていることを気づかせてくれたのは、あるレンブラント本。それは何年か前アムステルダムの空港にある書店で手に入れた‘アートブック レンブラント’(DK社 1999年 英語版)。

サムソンの力の源泉である髭を切ったデリダが左手のその髭を持つ姿はカラヴァッジョの絵で大きく口をあけて何かをさけんでいる子どもの手ぶりを思わせるし、サムソンの目を思いっきりつぶしている兵士は聖マタイをにらみつけている若い刺客を連想させる。レンブラントはカラヴァッジョの絵を意識していたにちがいない。

レンブラントの秀でた才能のひとつが人物の感情表現。いつも感心しながらみているのが幼児が泣いている絵、‘ガニュメデスの略奪’、この男の子は鷲がよほど怖かったのか大泣きしおしっこまでもらしている。子どもがこういう風に激しく泣く光景にはよく出くわすから、この絵にはすっとはいっていける。

一方、カラヴァッジョの‘イサクの犠牲’でもアブラハムに押さえつけられたイサクが恐怖のあまり顔をゆがめている。いくら親とはいえナイフをちらつかされたら体がちじこまるほど怖いだろう。これほどリアルに人間の感情を表現できるのは日頃から人をよくみていることの証。ダ・ヴィンチ同様、カラヴァッジョとレンブラントは人間観察の達人である。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016.03.23

驚愕のリアリズム カラヴァッジョとベラスケス!

Img_0002  カラヴァッジョの‘キリストの鞭打ち’(1607年 カポデイモンテ美)

Img_0001_2 ベラスケスの‘教皇インノケンテイウス10世’(1650年 ローマ ドーリア・パンフィーリ美)

Img_2 カラヴァッジョの‘エジプト逃避途上の休息’(1595年 ドーリア・パンフィーリ美)

Img_0003     ベラスケスの‘鏡をみるヴィーナス’(1651年 ナショナル・ギャラリー美)

スペインの首都マドリードにはパリのルーブルのように多くの観光客が足を運ぶ美術館がある。ご存知、プラド美、ここでもっとも有名な絵はベラスケス(1599~1660)の‘ラス・メニーナス’、この絵によってベラスケスは絵を描く特別な才能に恵まれた宮廷画家というイメージができあがる。

ところが、ローマにあるドーリア・パンフィーリ美という邸宅美術館に飾れている肖像画をみると、ベラスケスが本当に描きたかった絵というものがわかるような気がする。その絵はベラスケスがローマに滞在しているときに制作した‘教皇インノケンティウス10世’。みた瞬間、教皇と会っているような気持になった。じっさい教皇はこんな厳しい顔をしていたのだろう。ベラスケスはフェリペ4世の肖像を描くときとちがって脚色なしで素の教皇の姿を描いている。

この人物描写にみられる驚愕のリアリズムは腹の底からスゴイなと思う。宮廷画家としての立場を離れるとベラスケスの絵筆は究極の写実主義につきすすむ、教皇の気難しそうな顔をじっとながめているとカラヴァッジョ(1571~1610)の‘キリストの鞭打ち’に登場するキリストをいためつける強面の刑吏が重なってくる。そして、ベラスケスはラ・トゥール同様、カラヴァッジョの生まれかわりではないかとつい想像をふくらましてしまう。

二人を強く結びつける作品の組み合わせがもうひとつある。ロンドンのナショナルギャラリーが所蔵するベラスケスの傑作‘鏡をみるヴィーナス’、そしてカラヴァッジョの作品は‘エジプト逃避途上の休息’。‘鏡をみるヴィーナス’もベラスケスがイタリアへ派遣されたときに描いたもの。モデルは現地で愛した女性といわれている。

スペインであれば絶対描けない裸婦、でもここは絵画の本場イタリア、ティツィアーノだって裸婦を手がけているのだから俺だって描きたいように描くぞとベラスケスは思ったにちがいない。絵筆の力は超一流だからこんな魅力的な裸婦像に仕上がった。この肌のやわらかさやふくらはぎの生々しい表現は思わず脈拍数があがるほど見事なもの。この女性の肌の描写がまたカラヴァッジョの絵を連想させる。中央でバイオリンを弾いている天使の肌の生感覚がとてもよく似ている。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016.03.22

カラヴァッジョ関連本!

Img

Img_0001

先週、ホームドクター(女医)のところへ行ったときカラヴァッジョ展(3/1~6/12)のことで話が弾んだ。なんでも展覧会をみた先生の女性の友人は大変感激したらしく、これまでみていたフェルメールよりカラヴァッジョのほうがよかったともいっていたそうだ。カラヴァッジョ展が美術ファンの間でだんだん話題になっているようだ。

ビッグな展覧会が開催されるときはそれと連動して講演会が開かれたり関連する本が出版される。カラヴァッジョ展に関しても例外ではない。カラヴァッジョ好きの方はもう手に入れられていると思うが、‘芸術新潮’の3月号はカラヴァッジョを特集しており、その最後の頁に‘カラヴァッジョ伝記集’(平凡社ライブラリー 石鍋真澄編訳)が3/10に刊行されることが案内されている。

‘芸術新潮’にはすごく役立つ情報が載っている。ローマの聖堂や美術館にあるカラヴァッジョの作品がどんな風に飾られたり展示されているのかが写真入りで紹介されている。これからローマでカラヴァッジョめぐりを計画されている方は手に入れておくと重宝するにちがいない。

‘カラヴァッジョ伝記集’は久しぶりに買ったカラヴァッジョ本。頁数もあまりなく集中すれば一日で読め、当時美術史家たちがカラヴァッジョ物語をどのように語っていたかざっと頭に入る。西洋美でカラヴァッジョ作品とじっくり向き合い、脳が本気になったら続けてこの本を一気に読むとカラヴァッジョの神髄にぐっと近づけるかもしれない。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2016.03.21

お楽しみ ‘ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想 ’!

Img         与謝蕪村の‘虎図’(1761年 府中市美)

Img_0003       英一蝶の‘かぐや姫図’(18世紀前半)

Img_0001     河鍋暁斎の‘蛙の大名行列図’(19世紀後半)

Img_0002     歌川国芳の‘道外化もの百物がたり’(19世紀前半)

府中市美でここ5年くらい毎年行われている江戸絵画展、今年の切り口は‘ファンタスティック’、ファンタスティックという言葉の響きは夢をみたり気ままに空想することそのものがエンターテイメントである、という感じ。この視点から江戸期に描かれた絵画をあらためてみてみるとどうなるか、一緒に楽しみませんかと誘ってくれるので早速足を運んだ。

この江戸絵画シリーズでいつも感心するのはどこから探してくるのかと、思わず画面に釘づけになる作品が登場すること。そのひとつが与謝蕪村(1716~1783)の‘虎図’、昨年サントリーであった‘若冲、蕪村展’にも蕪村の虎の絵が出品されたが、これはそれよりもっといい。

縦長の掛け軸にとがった岩に絡みつくような姿で現れた虎が描かれている。尻尾の形が岩の間から流れ下る渓流にそうように曲がっているのがおもしろいし、川のところどころにみられる薄青や虎の顔をアクセント的に彩るうすい朱も目に心地いい。こういう絵をみるとますます蕪村に惹かれていく。

英一蝶(1652~1724)が描いたかぐや姫にも思わず足がとまる。太い竹のそばからきれいな衣装を着たかぐや姫が昇天していく。この竹から出た吹き出しのなかに成人したかぐや姫がいるというのが意表をつく。生まれたときからすでに天に飛んでいくことが想定されているかのように一蝶は物語のはじまりと終わりを同時にみせている。

今回一番ながくみていたのが河鍋暁斎(1831~1889)の‘蛙の大名行列図’、暁斎流鳥獣戯画は原画よりもっとファンタスティック、まず魅了されるのは構図、蛙たちはむこうから大きくカーブしながらこちらにやって来る、殿様が乗った駕篭はなんと柿、なかには小さい蛙がいる。どうやら若い殿様のようだ。長槍がガマの穂だったり、担いでいる道具箱が蓮の花だったり、腹の底から笑える大名行列。これは大収穫だった。

歌川国芳(1797~1861)の展覧会が3/19からBunkamuraではじまったが、その前のちょうどいい目馴らしになったのが‘道外化もの百物がたり’、大きなつくりものの怪物‘金平’に妖怪たちは怖がって一斉に逃げようとしている。その慌てぶりのとらえかたがじつに愉快。

この展覧会はいつものように前期(3/12~4/10)と後期(4/12~5/8)で作品が全部入れ替わる。後期にも気になる絵が登場するのでまた出かけるつもり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.20

モランディの静物画の変奏!

Img       ‘静物’(1956年 ボローニャ モランディ美)

Img_0001     ‘静物’(1955年 モランディ美)

Img_0002     ‘静物’(1960年 モランディ美)

Img_0003     ‘静物’(1951年 モランディ美)

イタリアは大好きな国であるが、旅行会社の主催する団体ツアーに参加すると訪問するのはローマ、フィレンツェ、ヴェネツィといった定番の人気都市に限られる。そのため、フィレンツェから北へ100㎞のところに位置するボローニャへはまだ足を踏み入れていない。

今、このボローニャにある美術館からモランデイ(1890~1964)のあの静物画がたくさんやって来ている。展覧会が開かれているのは東京ステーションギャラリー(2/20~4/10)。ここへ出かけるのは改装されてからは二度目。チケットを自販機で購入してエレベーターで展示会場まであがった。

モランデイ展の副題は‘終わりなき変奏’、そしてチラシの冒頭には‘すこし、ちがう。すごく、ちがう。’とある。たしかにそのとおり、花瓶や容器の静物画にはいろんなヴァリエーションがある。モチーフの大きさはあまり変わらないが視点を少し変えたり、光の当たる向きを変化させて描かれている。色調は強くなくちょっとくすんだ白やうすいピンクや黄色が多い。

モランデの静物画をこれまでみたのはせいぜい両手くらい。すぐ思い出すのはミラノのブレラ美とローマの国立近代美に飾ってあったもの。数は少ないが胸に深く刻まれているのは静かですっきりした静物画だから。こういう絵が一枚でも部屋にあったら心はぐっと落ち着く。

では描かれた瓶や壺の数は多いほうがいいか少ないほうがいいか、これは迷う。仮にここにとりあげた4点のうち好きなものをさしあげるといわれたらどうする?そのときは最初と三番目をサイコロを振って選ぶことにしたい。

一度は体験したかったモランディの回顧展、幸運なことに東京で実現したのはよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.19

二度目のカラヴァッジョ展!

Img_0001 カラヴァッジョの‘トカゲに噛まれる少年’(1597年 ロベルト・ロンギ美術史財団) 


Img_0005  カラヴァッジョの‘トカゲに噛まれる少年’(1597年 ロンドンナショナルギャラリー)

Img_0003    カラヴァッジョの‘マッフェオ・バルベリーニの肖像’(1596年)

Img  マンフレーディの‘ユディトと待女’(1618年 ガレリア・コルシーニ)

現在、上野の西洋美で開かれている‘カラヴァッジョ展’(3/1~6/12)をまたみてきた。今回の目的は‘バッカス’のワインのフラスコに描きこまれたカラヴァッジョの顔を確認すること。絵との距離がローマであった大回顧展のときとくらべてすこし長いのでちょっと見づらいが単眼鏡の助けをかりてなんとかわかった。

一回目の感想記でカラヴァッジョの作品を3点割愛した。そのひとつ‘メドゥーサ’は蛇が大の苦手なのでこのたびもパス。‘トカゲに噛まれる少年’には二つのヴァージョンがあり、これまでお目にかかったのはロンドンのナショナルギャラリーが所蔵しているもの。今回やって来たのはフィレンツェにあるロベルト・ロンギ美術史財団のコレクション。ロンドのものとまったく同じ構図の作品だが以前から関心を寄せていた。

絵のなかのどこに期待していたかというとガラスの花瓶、ナショナルギャラリーで遭遇したとき光が反射し透明感の際立つガラスの質感描写に200%KOされた。だから、指をトカゲに噛まれて痛そうな表情をみせる少年の顔に視線があまりむかわず薄青の色が印象深いガラスばかりをみていた。

その体験がもう一度あじわえるかなと思っていたが、残念ながらこれはなかった。出品されている作品はガラスのもつ透明感は感じられず平凡な描写だった。すぐ、頭をきりかえトカゲが少年の指に噛みつくところを単眼鏡でフォーカスした。それにしてもカラヴァッジョはおもしろいモチーフを思いつく。こういう絵をみれば誰だってぎょっとするから、買い手がつくと計算したのだろう。

カラヴァッジョが描いた男性の肖像画は‘マッフェオ・バルベリーニの肖像’をふくめ数点あるが、これまで縁があったのはルーヴルにある騎士団の団長のみ。この人物でもカラヴァッジョはとくに念入りに白の衣装を描いている。女性でも男性でも衣装の生地に使われた白い絹の質感をだすのにカラヴァッジョはとてもこだわっている。

カラヴァジェスキで時間をかけてみたのがマンフレーデイ(1582~1622)、今回2点でているが‘ユディトと待女’に足がとまった。マンフレーデイでもっともみたい絵がシカゴ美にあるのだが、2008年ここを訪れたときどういうわけか見あたらなかった。ガックリした思いを意外と長くひきづっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.18

カラヴァッジョ VS ラ・トゥール! 光

Img カラヴァッジョの‘聖マタイの召命’(1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ大聖堂)

Img_0002  カラヴァッジョの‘洗礼者ヨハネの斬首’(1608年 サン・ジョヴァンニ大聖堂)

Img_0001  ラ・トゥールの‘金の支払い’(1624年 ウクライナ リヴォフ美)

Img_0004     ラ・トゥールの‘羊飼いの礼拝’(17世紀 ルーヴル美)

これまで世界の主要都市で美術館や聖堂をまわり絵画や彫刻をあれこれみてきた。そのなかで用意した感動袋がぱんぱんに膨れ上がったのはローマへでかけたとき。目を楽しませてくれたのはカラヴァッジョとベルニーニ。

それ以来、まわりにいる美術好きと会うたびにこの二人のスゴさを熱く語ってきた。このローマで多くのカラヴァッジョファンがまず目指すのがナヴォナ広場の近くにあるサン・ルイジ・デイ・フランチェージ大聖堂、みんなのお目当てはカラヴァッジョ(1571~1610)の出世作、‘聖マタイの召命’。

この絵にはとにかく200%ガツンとやられる。そして思う。この画家と一生つきあっていこうと。この絵が心を大きくとらえるのは光の描写、暗い部屋の壁が画面のほぼ半分をしめているが、窓からさしこむ光に照らされたところが強く印象づけられる。映画ではこういう光景をカメラがゆっくりパーンしていくシーンがよくでてくる。

これほど強く明暗をきかせて描かれた部屋が聖マタイの召命というドラマチックな場面の舞台、右にイケメンのキリストが立ち、テーブル㋨まわりには着飾った若い男たちとひげをはやした年配の男がいる。よくみると光のさしこむラインにそってキリストの右手と中央の男の手が描かれている。この手の動きは普段の生活のなかでも違和感がないものだから、絵のなかにすっと入っていける。だから、この絵はほかの画家の描く宗教画とは異なり80%は風俗画の感覚でみてしまう。

まだ縁のない‘洗礼者ヨハネの斬首’も外からの光が斬首されるヨハネと処刑人の姿を浮き彫りにする。この絵はマルタ島のヴァレッタというところにあるサン・ジョヴァンニ大聖堂へ行かないとみれない。なんとか段取りをつけて出かけようと思っているが、さて実現するだろうか。

ラ・トゥール(1593~1652)はカラヴァッジョ以上に光の画家というイメージの強い画家、そしてその光源はろうそくただひとつ。多くの作品が画面の中心にろうそくがあり人物の顔や体をてらしている。このより内面をうつしだす光の表現に惹きこまれる。

‘金の支払い’と‘羊飼いの礼拝’はほかの作品にくらべて光の量が多く明が暗を上回っている作品。生まれたばかりのキリストがみんなから祝福される‘羊飼いの礼拝’をみて連想するのはかぐや姫の物語。山へでかけたおじいさんが光り輝く一本の竹を見つける場面。キリストがかぐや姫にみえてしょうがない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.17

カラヴァッジョ VS ラ・トゥール! 暴力

Img カラヴァッジョの‘キリストの鞭打ち’(1601年 ナポリ カポデイモンテ美)

Img_0002 カラヴァッジョの‘キリストの捕縛’(1601年 ダブリン アイルランド国立美)

Img_0003    ラ・トゥールの‘楽士たちのいさかい’(LA ポール・ゲッティ美)

西洋絵画をみる機会が多くなると、ときどき強烈な存在感を発揮する人物と出くわす。強い目力をもった女性とか、悲しみに打ち震えているキリストの使徒、暴力性をむき出しにした男など。

カラヴァッジョの絵にも体がフリーズするほど怖い顔をした人物がでてくる。それはローマであった大回顧展(2010年)でお目にかかった‘キリストの鞭打ち’、キリストをこれから痛めつけようとする左の刑吏は暴力的なのは生まれもった性分とうそぶきそうな憎たらしい顔をしている。この男の残忍性を驚くべきリアリズムで表現できたのはカラヴァッジョが街で激しい喧嘩をたびたび繰り返していたからかもしれない。

回顧展に出品された作品のなかでアメリカのキンベル美にある‘いかさま師’同様、大きな収穫だったのがダブリンのアイルランド国立美が所蔵する‘キリストの捕縛’、ダブリンの美術館まではなかなか行けないのでこの絵がローマでみれたのは幸運だった。

どどっとやって来た兵士たちに無抵抗のまま捕えられるキリスト、その前にいるのがユダ。そして、キリストの後ろで口を開け恐怖におののく姿をみせているのは弟子のヨハネ。この絵をじっとみているとラ・トゥールの‘楽士たちのいさかい’がダブってくる。

二つの絵は人物の配置などが似ているのでラ・トゥールはカラヴァッジョを意識したにちがいない。左端でわなわなと震えている老女は真ん中の男にやっつけられているヴィエル弾きの女房、この弱い老人がカラヴァッジョの絵のキリスト、そして正面を向いている女房が逃げているヨハネに対応している。

もう一つのピースはキリストの捕縛を右で見ているカラヴァッジョ自身と仲間の喧嘩を‘こいつらすぐ熱くなるんだから’と笑い顔をみせている男。
ラ・トゥールの風俗画をみるたびにラ・トゥールはカラヴァッジョの生まれ返りではないかとつい思ってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.16

カラヴァッジョ VS ラ・トゥール! 子ども

Img_0002 カラヴァッジョの‘勝ち誇るアモール’(1601年 ベルリン国立絵画館)

Img_0003_2 カラヴァッジョの‘聖マタイの殉教’(1600年 サン・ルイジ・デイ・fランチェーシ聖堂)

Img_0001    ラ・トゥールの‘大工の聖ヨセフ’(1640年 ルーヴル美)

Img     ラ・トゥールの‘聖ヨセフの夢’(17世紀 ナント美)

カラヴァッジョ(1571~1610)の絵がどうしてこれほど心を強く打つのか、それは果物の表現にしても人物描写にしてもとびぬけた写実力があるから。目の前のリンゴに思わず手をふれキリストを囲む男女の顔の皺にふと親しみを感じてしまう。

宗教画では穏やかな聖母像であっても絵との距離はある程度できる。でも、カラヴァッジョの描く風俗画や静物画はその驚愕のリアリズムのせいで思わず目が寄り、自分が今描かれた当時の場面に立ち会っているような気分になる。これこそがリアリズム表現に魅せられるところ。

そのすばらしい表現力がよくでているのが子どもの絵、笑っている男の子を描いた‘勝ち誇るアモール’はお気に入りの一枚。ルネサンスやバロックの扉が開きそうな時代に制作された絵画では怒りや苦しみの感情表現はあっても、人が笑っている姿はほとんど描かれない。

ところが、カラヴァッジョはこれを打ち破り、笑顔がとても可愛い子どもを絵画のなかに登場させた。隣の家の子どもが美味しいものを食べて笑っている様子をそのまま描いたという感じだから、つい‘何を食べたんだい?’と聞いてみたくなる。絵がすごく身近に感じられギリシャ神話の話などどこかへいってしまう。まさに子ども劇をまじかでみているよう。後ろで‘うちの子、なかなかの演技でしょう’と母親が自慢している。

‘聖マタイの殉教’の右に描かれている少年も熱のこもった演技をしている。‘ひやー、大変!マタイのおじちゃん怖いお兄さんに殺されちゃうよ、誰かなんとかしてー’、これをローマの聖堂でみたとき視線が釘づけになったのは若い男の刺客よりこの口を大きくあけ、右手を後ろにまわしている男の子のほう。

そして、ラ・トゥール(1593~1652)の絵にでてくる子どももカラヴァッジョ同様、近くにある幼稚園の園児を連想させる。2点とも絵のタイトルは聖ヨセフになっているが、主役は幼子キリストと天使を演じる愛らしい小さな子。マグダラのマリアと美しさを浮き彫りにしたろうそくの光がここでは子どもの純真さを照らしている。これらの傑作をみていると‘ラ・トゥールに乾杯!’と叫びたくなる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.15

カラヴァッジョ VS ラ・トゥール! マグダラのマリア

Img_0004     カラヴァッジョの‘法悦のマグダラのマリア’(1606年)

Img_0002     カラヴァッジョの‘法悦のマグダラのマリア’(1610年)

Img  ラ・トゥールの‘マグダラのマリア’(1640~44年 ルーヴル美)

Img_0001 ラ・トゥールの‘鏡の前のマグダラのマリア’(1640年 ワシントンナショナルギャラリー)

現在、西洋美で行われている‘カラヴァッジョ展’(3/1~6/12)、二度目の訪問をいつするか思案しているところ。上野東京ラインさんは5回はいくとおっしゃっていたが、それはないにしてももう一回は足を運びたい。

今回出品されている11点のなかで話題となっているのが、2014年に発見され本展において世界ではじめて公開される‘法悦のマグダラのマリア’、カラヴァッジョをみたあと森アーツセンターの‘フェルメールとレンブラント’へ寄ったら隣にいた人とカラヴァッジョ展のことで話がはずんだ。この男性はマグダラのマリアの絵を15分ずっとみていたと興奮気味にしゃべっていた。この絵はたしかに強い磁力を放っている。

この法悦状態にあるマグダラのマリアを描いた作品には多くのコピーが存在しているが、2001年に行われた日本初のカラヴァッジョ展に出品されたのが2枚目の画像。今回登場したのはカラヴァッジョが1610年に亡くなったとき所持していた3点のうちの1点で真筆、これを世界で最初にみられるのだから夢みたいな話。

まだみてない方へのご案内、官能的な姿にばかり目がいきふにゃふにゃになっていると濃いこげ茶色の背景の左上のところに描かれている十字架を見逃すのでご注意を。隣の方も気づいていなかった。

心をざわつかせるカラヴァッジョのマグダラのマリアに対して、ラ・トゥールの描いたマグダラのマリアは一日中でもみていられる。この揺れる炎をみつめるマグダラのマリアは4点ある。ルーヴル、ワシントンナショナルギャラリーのほかにメトロポリタン、ロサンゼルス郡立美でも楽しめる。このマグダラのマリアに惹きつけられるのはモデルの女性がとても身近に思えるから。

ラ・トゥールの追っかけ画のなかにまだ縁のないロサンゼルス郡立美蔵のものが入っている。早くLAでの美術館巡りを実現させたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016.03.14

カラヴァッジョ VS ラ・トゥール! いかさま

Img_0003カラヴァッジョの‘いかさま師’(1595年 フォートワース キンベル美)

Img     カラヴァッジョの‘女占い師’(1599年 パリ ルーヴル美)

Img_0002  ラ・トゥールの‘女占い師’(1632~35年 メトロポリタン美)

Img_0001 ラ・トゥールの‘ダイヤのエースを持ついかさま師’(1620年代 ルーヴル美)

ルネサンス以降に描かれた古典絵画で深く心を奪われている画家が5人いる。カラヴァッジョ(1571~1610)、ラ・トゥール(1593~1652)、ベラスケス(1599~1660)、レンブラント(1606~1669)、フェルメール(1632~1675)。

好きな画家の場合、みたい作品はすぐでてくる。そして、画家同士が画風やモチーフの点でおおいにコラボしていることに気がつく。今、西洋美で回顧展が開催されているカラヴァッジョとフランスのラ・トゥールがどんなに響きあっているかをみてみた。

昨年12月に訪問したNYのメトロポリタン美でラ・トゥールの‘女占い師’を久しぶりにみた。目に焼きつくのが占い師の老婆の顔とその横で若い男性の装身具に手をかけている女の緊張した表情、なんだか芝居の一場面をみているよう。

この傑作をラ・トゥールが描き上げたのはカラヴァッジョの‘いかさま師’や‘女占い師’をみたから。着飾った若い男はトランプや占いに心が寄っているから、いかさまをされたり大事なものを盗まれそうになっていることに気づかない。だまされる者とだます者の心根の違いをかくもリアルに表現するカラヴァッジョ、その迫真の写実力はまったくスゴイ。

ラ・トゥールにはもうひとつすばらしい絵がある。2005年、西洋美で行われたラ・トゥール展に出品されたルーヴル美蔵の‘ダイヤのエースを持ついかさま師’、この回顧展は日本の展覧会史のなかでは‘大事件’といえるほど充実した内容だった。そのなかで圧倒的な存在感をみせていたのがこの絵の右から二人目の娼婦、合図を送るように右に寄せた視線が忘れられない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.13

近代日本美術の煌き! 1945年(昭和20)

Img_0001     川合玉堂の‘早乙女’(山種美)

Img     川端龍子の‘臥龍’(大田区立龍子記念館)

Img_0004     榊原紫峰の‘白鷹’(足立美)

Img_0002    富本憲吉の‘色絵竹と菱更紗模様瓢形大壺’(富本憲吉記念館)

1945年は終戦の年、戦時中一般庶民は苦しみが多くと不安のつのる暮らしを強いられたが、芸術家にとっても創作活動は思うようにいかず経済的にも精神的にも不安定な日々を送らざるをえなかった。その戦争がようやく終わった。

川合玉堂(1873~1957)はこの年72歳、山種美にいい絵がある。それは田植えの光景を描いた‘早乙女’、今ではこういう田植えのやり方をみることはないのですごくノスタルジックな気持ちになる。手を止めて立ち姿になり疲れた腰をすこし休めている農婦の姿がじつにいい。西洋画に同じような感情をいだかせる絵がある。そう、ブリューゲル、この絵をみるたび川合玉堂は日本のブリューゲルに思えてくる。

川端龍子(1885~1966)が主宰する青龍社は敗戦の年も活動を続けており、‘臥龍’は敗戦のあと新たに構想を練って描いたもの。龍によって新しい時代を生き抜こうとする龍子の心のうちを表現したのだろうか。

島根県安来市にある足立美は山陰観光では欠かせない有名で美術館で駐車場はいつも大型バスが数多く並んでいる。その絵画コレクションで一番の自慢は横山大観、そしてほかにも目を奪われる名作がいくつもある。榊原紫峰(1887~1971)の‘白鷹’もその一枚。鋭い目をした鷹の存在をひときわ浮かび上がらせる巧みな構図に強く魅了される。

富本憲吉(1886~1963)がこの年に制作した瓢箪型の壺は絶品。その明るい色合いで空をリズミカルに飛翔するような模様の流れが心をぐーんと軽くしてくれる。いつもいい気持でながめている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.12

‘洛中洛外図屏風(舟木本)’が国宝に!

Img_0003       ‘洛中洛外図屏風(舟木本)’(部分 17世紀前半 東博)

Img_0001     ‘遊女たちの踊り’

Img     福田平八郎の‘漣’(1932年 大阪新美建設準備室)

東博で定期的に展示される‘洛中洛外図屏風(舟木本)’が重文から国宝に格上げされることになった。これを描いた岩佐又兵衛(1578~1650)の作品が国宝に指定されるのははじめてのこと。

この決定はちょっと意外だった。いくつかある洛中洛外図では米沢市にある狩野永徳が描いた‘上杉本’が国宝としてでんと存在しているので、新たに‘舟木本’が国宝になることは頭のどこにもなかった。でも、考えてみればこれが国宝とよばれてもなんら違和感はない。上杉本同様、画面には都に暮らす人々の様子が生き生きと描かれており、時代の空気や都の喧噪を伝える風俗画の魅力が十二分に味わえる。

10年くらい前、東博にこの屏風が展示されたとき3回くらい通って、描かれている場面と格闘した。手に持っているのは小学館から刊行されている‘アートセレクション 洛中洛外図屏風(舟木本)’(奥平俊六著 2001年)、この本で解説されている箇所を全部つきとめようというのである。

これ、じっさいやってみると大変、画面全体が明るくないのとなにしろ2728人が登場するので場面々をひとつひとつみていくのは本当にくたびれる。粘り強く単眼鏡で屏風の端から端までなめまわして吹き出しのついた場面をひとつ残らず確認した。時間がかかった分だけ、この洛中洛外図屏風を徹底的に楽しみ腹の底から笑った。これは一生忘れられない鑑賞体験。なかでも一番魅了されるのが遊女が踊っている場面、この軽さ、明るさ、ライブ感覚、まさにこれぞ風俗画!という感じ。

新たに重文に指定されたもののなかに福田平八郎(1892~1974)の‘漣(さざなみ)’があった。これからはこの年代の画家たちの作品にスポットが当たってくるのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.11

近代日本美術の煌き! 1944年(昭和19) 

Img_0001     松田権六の‘蓬莱之棚’(石川県美)

Img     北大路魯山人の‘朝桜夕楓鉢’

Img_0002     国吉康雄の‘夜明けが来る’(岡山県美)

Img_0003        靉光の‘自画像’(東近美)

10年前、松田権六(1896~1986)の回顧展が東近美の工芸館で開催された。漆芸の世界で松田権六は神様みたいな存在、次から次と目の前の現れる名作にしびれっぱなしだった。そのなかで心をとらえて離さないのが‘蓬莱之棚’。

この作品には琳派の雰囲気が満ち満ちており、その華麗な装飾美はワシントンのフリーア美で昨年12月みた尾形光琳の‘群鶴図屏風’に通じるところがある。権六は宗達や光琳が描いた意匠化された鶴を意識したのかもしれない。過去3度お目にかかったが、この鶴たちにまた会えると嬉しいのだが。

北大路魯山人(1883~1959)のやきのもで見ごたえのある大鉢がある。それは桜と楓をモチーフにした雲錦鉢とよばれるもの。‘朝桜夕楓鉢’はそのひとつ、ながめていると尾形乾山の.‘色絵紅葉図透彫反鉢’が自然とダブってくる。

国吉康雄(1889~1953)は岡山出身の画家だが17歳のときに渡ったアメリカで認められた画家。一度は回顧展に遭遇したいと願っているがまだ縁がない。そのためこれまでみた作品は片手くらいしかない。‘夜明けが来る’は絵の解説を読まなければパスキンの絵かなとつい思ってしまう。背景がないので女性の存在感を強く感じてしまう。

靉光(1907~1964)は平山郁夫や奥田元宋など高い人気を誇る日本画家がでた広島県の出身。広島にいたとき県立美術館で東近美にある肖像画とは別ヴァージョンの自画像をよくみていた。反骨精神をイメージさせる顔つきが目に焼きついている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.10

近代日本美術の煌き! 1943年(昭和18) その二

Img_0003     藤田嗣治の‘アッツ島玉砕’(東近美)

Img_0001     須田国太郎の‘校倉(乙)’(京近美)

Img     松本竣介の‘Y市の橋’(東近美)

昨年10月、Eテレに藤田嗣治が登場した。NHKの美術関連の番組というと日曜美術館がまずあげられるが、ここ数年は見る機会が少なくなっている。理由は司会者の井浦新と女性アナウンサーの仕切りがつまらないから。同じNHKでも、総合のヒストリアでときどきとりあげる画家物語やBSプレミアムで制作される番組、例えば浮世絵四季めぐり、といったもののほうが情報量も多くおもしろい。

件のFUJITA物語も内容の充実したいい番組だった。大きな収穫だったのが藤田嗣治(1886~1968)が描いた戦争画には下敷きにした西洋画があったという話。例えば‘アッツ島玉砕’に描かれた兵士たちの戦闘の場面はラファエロの‘ミルウイウス橋の戦い’から構図を借り、、また‘ソロモン海域における米兵の末路’はドラクロアの‘ドン・ジュアンの難船’を参考にしていた。

藤田は軍から依頼されて戦争画を描いたが、出来上がった作品はパリにいるとき学んだ西洋画における戦いの絵のDNAをしっかり受け継いだものだった。このあたりが並みの画家とちがうところ。藤田は引き受けたときから自分の新たな作風の一つとして後世に残る戦争画を描きあげようと思ったにちがいない。

須田国太郎(1891~1961)の‘校倉(乙)’は建物をモチーフにした作品では忘れられない一枚。日本人の生活にはなにがしら墨の色が入っているので、こういう黒が画面に多くを占める作品をみてもすぐ目が慣れすこし時間がたつと心もぐっと落ち着いてくる。

数日前、ひとつの展覧会情報が入ってきた。秋に神奈川県近美葉山で松本竣介(1912~1948)の回顧展(10/8~12/25)が開催される。2012年世田谷美でおこなわれたときは見逃したので、運よくリカバリーできそう。スーラの音のない風景画を連想させる‘Y市の橋’とまた会えるかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.09

近代日本美術の煌き! 1943年(昭和18) その一

Img_2     鏑木清方の‘いでゆの春雨’

Img_0003_2     福田平八郎の‘彩秋’(山種美)

Img_0001_2     芹沢銈介の‘小川紙漉村文着物’(東北福祉大学)

西洋美で行われているカラヴァッジョの回顧展をまず一回みたので、もう一度足を運ぶと関心は次のお目当てにむかっていく。4月の27日から国立新美ではじまる‘ルノワール展’、これは8月22日まで行われるロング興行。代表作の‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’をこれほど長期にわたって貸し出してくれるオルセーの気前の良さ、ブランド美術館の懐の大きさをみる思い。

ルノワールのいい女性画と生涯つきあっていくつもりだが、日本画の鏑木清方(1878~1972)の描く美人画にもルノワール同様の思い入れがある。上村松園の美人画はラファエロの聖母像とむすびつき、鏑木清方を求めるのはルノワールを追っかけるのと同じ気持ち。

最後に残った清方のとっておきの絵は‘いでゆの春雨’、これは個人コレクターが所蔵しており一度しかみていない。たぶん2度目はないだろう。名画との遭遇は一期一会だから欲はださない。ときどき図録を引っ張り出ししげしげとながめている。この綺麗な女性は湯からあがったばかり。北斎や広重の風景浮世絵のように急に降りだした春雨を白い線で表現しているのが印象深い。

福田平八郎(1890~1974)の‘彩秋’は二つのことを強く思わせる作品。ひとつは平八郎が天性のカラリストであること。そして、もう一点はこの絵には平面的な表現で装飾美を追求した琳派の美学が引き継がれていること。これほど絵画にたいする波長が合うと当然のように縁も深くなる。

芹沢銈介(1895~1983)の型染の着物に描かれているのは芹沢がよく訪問した埼玉県小川町の紙漉場の光景、こういう風景を着物の模様にするところは普通の作家は思いつかない。現在、東近美の工芸館で芹沢銈介展(5/8まで)が開かれているので頃合いをみてでかけるつもり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.08

ダ・ヴィンチの‘糸巻きの聖母’!

Img      ‘糸巻きの聖母’(1501年 スコットランド国立美)

Img_0002     ‘花の研究’(1505年 ヴェネツィア アカデミア美)

Img_0001     ‘鳥の飛翔に関する手稿’(1505年 トリノ王立図書館)

江戸東博で現在開催されている‘レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦’(1/16~4/10)、ここに展示してある‘糸巻きの聖母’はどうしても見逃せないので遅くなったが足を運んだ。

昨年は東京富士美でダ・ヴィンチ(1452~1519)の‘アンギアーリの戦い(タヴォラ・ドーリア)’が公開された。当初は出かけるつもりだったが遠くの美術館であることがちょっとおっくうでとりやめた。いずれまた展示されるはずだからそれまでお預け。

‘糸巻きの聖母’はダ・ビンチ本に必ず載っている作品ではないから、東京富士美のときのような思いがないでもない。でも、両国に行かなくてはとなるのはこの絵が聖母像だから。後生の画家が加筆した背景のところは目をつぶって優しい聖母の表情と糸巻き棒を手にもって遊んでいる幼子キリストの姿を目にやきつけた。

聖母の表現でとても気になるのが手の裏側をこちらにせる右手の描き方。これはロンドンのナショナルギャラリーとルーヴルにある‘岩窟の聖母’に描かれた聖母の左手にもみられる。じつはこの手とある絵が関係している。それは今西洋美に展示されているカラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(ブレラ美)。

中央のキリストが右手をこちらにむけているのはカラヴァッジョがダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’を意識しているから。カラヴァッジョはダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロの絵から多くのことを学んでおり、作品にその影響がみられる。天才はいつの時代でも過去に描かれた傑作を消化したうえで独自の画風を確立していく。カラヴァッジョもその例にもれない。

収穫だったのはヴェネツィアのアカデミア美からやって来た花などの素描、‘鳥の飛翔に関する手稿’同様、興味深くみていた。普段はデッサンに時間をかけてみないが、ダ・ビンチのものとなると見るぞ!モードにスイッチが入る。最後の部屋にダ・ヴィンチの発明品の模型がいくつか並んでおり、これをみて今回のダ・ヴィンチ物語は終わりとした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016.03.07

原田直次郎展にサプライズの絵があった!

Img     ‘靴屋の親爺’(重文 1886年 東芸大美)

Img_0003        ‘高橋由一像’(1893年 東芸大美)

Img_0001     ‘風景’(1886年 岡山県美)

Img_0002     ‘上野東照宮’(1889年 岡山県美)

展覧会をみにでかけるときは朝早く始動し、4つか5つの美術館をまわっている。ここにちょっと遠くにある美術館が加わるときはひとつ減らして3つか4つになる。

その遠い美術館のひとつ、埼玉県近美では現在‘原田直次郎展’(2/11~3/27)が開催されている。ここへ来るのは久しぶりなので出かける前JRの下車駅を確認した。京浜東北線の北浦和駅、思い出した。駅に着いてしまえば西口から美術館までは急ぎ足で行けば5分だからアクセスはとてもいい。

36年しか生きられなかった洋画家、原田直次郎(1863~1899)の名前は強烈なイメージをもった二つの絵によって深く心に刻まれている。ひとつはドイツに留学しているときに描いた‘靴屋の親爺’、そしてもう一点は東近美を訪問するたびにお目にかかる‘騎龍観音’(ともに重文に指定されている)。

今回2点とも出品されていると思っていたが、‘靴屋の親爺’のみの展示だった。この絵をみているとある絵が目の前をよぎる、それはワイエスの描いた農民。思想家をも連想させる靴屋の男にしても直次郎の師匠である高橋由一の肖像にしても驚かされるのは顔のちょっとした動きまで伝わってくるような見事な写実描写、この精神性までとらえた高い技術は高橋由一をこえている。

ミュンヘンで描いた作品のなかにびっくり仰天の作品があった。岡山県美にある‘風景’、直次郎にこんないい絵があったとは。明るい陽射しのなかで遊ぶ子どもたちの姿が目にやきつくこの絵のイメージとむすびつくのはロシアの画家、ポレーノフとかシーシキンの風景画。この絵は忘れられない一枚になりそう。

いかにも油絵という作品のほかにも日本の光景を描いた‘上野東照宮’などにも足がとまった。たくさんの作品に遭遇し、原田直次郎という画家の豊かな絵心と高い技術に深く感動した。この回顧展にめぐり合わせてくれたミューズに感謝!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.06

フェルメールの‘水差しを持つ女’と嬉しい再会!

Img  フェルメールの‘水差しを持つ女’(1662年 NY メトロポリタン美)

Img_0002     レンブラントの‘ベローナ’(1633年 メトロポリタン美)

Img_0001 ファブリツィウスの‘帽子と銅鎧をつけた男’(1654年 ナショナルギャラリー)

Img_0003 ハルスの‘ひだ襟をつけた男の肖像’(1625年 メトロポリタン美)

森アーツセンターギャラリーで現在行われている‘フェルメールとレンブラント 17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち’(1/14~3/31)に出品されているお気に入りのフェルメールをみるため六本木へ出かけたら、チケット売り場には長蛇の列ができていた。

フェルメール人気のせいかなと思ったらそうではなくて大半が村上隆の五百羅漢図展へ入場する人だった。これに対し、オランダ絵画のほうは普通の入り。フェルメールが来ているのだから、盛況だと思っていたがそうでもなかった。

オランダ絵画への関心は正直言って高くないのに出かけたのはフェルメール(1632~1675)の‘水差しを持つ女’をみたかったから。昨年12月メトロポリタンを訪問したとき、フェルメールの作品を3点みたが‘水差し’と較べると思い入れはぐんと下がるのでさっとみて終わり。このとき‘水差し’は日本の大阪市美に展示されていた。

METのガイドブックを全部で3冊もっている。コンパクトタイプのもの(英語版と日本語版)と大きめサイズの立派なもの(英語)、この英語のコンパクト版とデラックス版の表紙に使われているのがフェルメールの‘水差し’、だからこの絵はMETにとってお宝中のお宝。

多くのフェルメールファンに愛されている‘水差し’、魅せられ続けているのがこの女のポーズ。鳥が翼を広げるように右手で窓枠を、左手で水差しの把っ手をつかみ安定感のある三角形構図をつくっている。そして、白いかぶりものと衣服の青の組み合わせは静寂な世界をより印象づける。

とっておきのMyフェルメールはこの絵とあの‘真珠の首飾りの少女’、ベルリン美にある‘真珠の首飾り’、そして‘牛乳を注ぐ召使い’。今回METから‘水差し’がやって来たので‘牛乳を注ぐ召使’を除く3点が日本で公開されたことになる。これはすばらしいこと!

もうひとつのお目当てはレンブラント(1606~1669)の‘ベローナ’、過去METで遭遇したかどうかどうもあやふや。そのため、じっくりみた。レンブラントがみせる鎧などの金属の質感描写にはカラヴァッジョ同様すごいところがあるが、この絵のびっくりするほどの写実表現は心を一気に昂ぶらせる。

予想通りこの展覧会は2点豪華主義だった。あとは気になるファブリツイウス(1622~1654)の自画像とハルス(1580~1666)の肖像画をみてさっとひきあげた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016.03.05

2度目のシェイクシャックのハンバーガー!

Img     外苑いちょう通りにあるシェイクシャック1号店

Img_0001     200%嵌ったシャックバーガー

昨日たまたまチャンネルがあったテレビ東京の‘WBS’という番組で秋葉原に進出したハンバーガーチェーン、カールスジュニアのことをとりあげていた。ボッティチェリ展などをみた先月の24日に外苑前にあるシェイクシャック店でハンバーガーを食べたばかりなのですぐ反応した。

この日秋葉原に1号店をオープンさせたカールスジュニアは世界で3600店あるという。マグドナルドにまったく縁のない生活を若いころからしてきたから、この巨大チェーン店のことは知らない。ターゲット顧客は若い男性だそうで、大きめのバーガーの値段は900円と高めの設定。この大きさは女性にはちょっとヘビーかもしれない。シェイクシャックだとシャックバーガーのダブル(980円)に相当する。

このバーガー、20代の男性が美味しいといっていたので試しに食べてみたくなった。こういう気持ちになるのもシャックバーガーに200%嵌っているため。昨年12月にNYで食べとても美味しかったので日本でもし店があれば出かけようと思っていた。おもしろいことに外苑いちょう通りに1号店が昨年11月にオープンしていた。

地下鉄銀座線の外苑前で下車し、プリントアウトした地図を片手に店を目指して進んでいたら途中、伊藤忠商事の本社ビルが目の前に現れた。ここに伊藤忠があったのか!という感じ、ふと商社に勤めていた友人のことが思い出された。

店に着いたのは1時ころ、平日なのに多くの人が並んでいた。これは想定外というか読みが甘かった!30分くらい待てば食べられると思っていたら、その4倍の2時間並ぶことになった。まわりをみると7割くらいが女性。注文したのはシャックバーガーのダブル、飲み物は久しく飲んでなかったコカ・コーラ(もちろんカロリーゼロ)、そしてポテトチップス。

NYではシングルだったが、今回はその倍、これくらいの量を食べると満足感はさらに大きくなる。同じくダブルを注文した隣の方はシングルをすこし超えたところでギブアップ、そのためダブル+αが胃の中に入った。次もダブルでいくことに決めた。

カールスジュニアが手招きしているように思えてならない。秋葉原は美術館巡りのルートのなかにあるのでアクセスは楽。行列の長さがおちつくのを見計らって上野の美術館のあと寄ってみることにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.04

腕くらべ カラヴァジェスキ!

Img     カラッチョロの‘聖家族’(コゼンツァ国立美)

Img_0001     ホントホルストの‘キリストの降誕’(1620年 ウフィツイ美)

Img_0003     アルテミジア・ジェンティレスキの‘悔悛のマグダラのマリア’

Img_0002     ラ・トゥールの‘煙草を吸う男’(1646年 東京富士美)

2001年の秋から翌年の2月にかけて東京都庭園美と愛知県の岡崎市美術博物館でカラヴァッジョ展が開かれたとき、カラヴァッジョ(1571~1610)の作品だけでなく、カラヴァッジョの画風に影響をうけた画家たち(カラヴァジェスキ)の絵も並んだ。

この画家たちのなかには見事な腕前を発揮するものもいれば、アべレージだなというのもいた。このときとくらべると今回、西洋美から声のかかったカラヴァジェスキは粒が揃っている。ナポリ出身のカラッチョロ(1578~1635)は岡崎市美でもお目にかかったが、カラヴァッジョのようにきりっとしまった美形のモデルが登場する。だから、‘聖家族’に描かれた聖母マリアのまなざしに思わず足がとまる。強い明暗法といい美形の女性といいぱっとみるとカラヴァッジョの絵かと錯覚する。

カラッチョロはカラヴァッジョと年が7歳しか離れていないからカラヴァッジョにすごく近い感じがするが、20年くらい後に生まれた画家たちはカラヴァッジョの光の描写をしっかり消化し自分流のリアリズムにみちた絵画空間を生み出している。お気に入りはユトレヒト派のホントホルスト(1592~1656)とアルテミジア・ジェンティレスキ(1593~1654)。

会場をまわっていて大半の絵は息を呑んで緊張した面持ちでみているからホントホルストの‘キリストの降誕’の前では心も肩もほぐされる。赤子をみている左の2人の女性の笑顔がじつにいい。赤ちゃんはどこで生まれたってみんなから愛され祝福される。本当にいい絵をみた。

大きな収穫だったのがジェンティレスキの‘悔悛のマグダラのマリア’、この最強の女流画家にはカラヴァッジョ同様200%心を奪われている。回顧展に遭遇することを夢見ているがその可能性は小さそう。このマグダラのマリアの肌の表現はカラヴァッジョ以上に生々しい。あまり長く見ていると心がザワザワするので隣の作品に移動した。

ラ・トゥール(1593~1652)はカラヴァッジョの画風から大きな影響を受けてはいるが、レンブラント同様ビッグな画家だからカラヴァジェスキというようにアンカリングしてみてはいない。‘煙草を吸う男’は光の画家ラ・トゥールの魅力が存分にうかがえる名画。ケンスケさんに教えてもらったプラド美でのラ・トゥール展を6月のはじめに大ボス展と一緒にみることにしている。とても楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.03

カラヴァッジョに嵌ったらローマへ!

Img_0001     ‘洗礼者聖ヨハネ’(1602年 コルシーニ宮国立古典美)

Img     ‘果物籠を持つ少年’(1593~94年 ボルゲーゼ美)

Img_0004     ‘ナルキッソス’(1599年 バルベリーニ宮国立古典美)

Img_0003     ‘女占い師’(1599年 カピトリーノ絵画館)

カラヴァッジョ(1571~1610)の絵画が心にぐさっときた人はローマでカラヴァッジョと会うことを強く夢みるにちがいない。展示室の一角に世界で出会えるカラヴァッジョ作品の案内図が掲げられていた。多くの作品がみれるのはローマ。

ここにあげた4点も普段はローマの美術館に展示されているもの。‘洗礼者聖ヨハネ’は2010年の大回顧展ではじめてお目にかかった。この年の1月にもローマを訪問しており、この絵をみるためコルシーニ宮へ出かけた。ところが、ガイドブックに誤りがあってその日は休館日だった。ガックリきたがこういうことはよくあるので気持ちを切りかえた。

そのリカバリーが予想以上に早かった。運よく5月のカラヴァッジョ展に出品されたので隣に飾られたアメリカのネルソン=アトキンズ美が所蔵する同名の作品と交互にみていた。感心させられるのは若い男の肌が本当に生のままに感じられること。このリアリズムを生み出す突き抜けた技術を神は選ばれた一握りの画家にしか与えない。

ボルゲーゼ美にはカラヴァッジョがなんと6点もある。そのうち2点が2001年日本ではじめて開かれたカラヴァッジョ展に出品された。‘果物籠を持つ少年’がそのときの一枚で今回再来日した。籠の中の果物で思わず手を伸ばしたくなるのがリンゴ。まさに本物のリンゴそのもの。カラヴァッジョの静物画に魅了され続けている。

バルベリーニ宮にある‘ナルキッソス’も2001年にやって来た。ギリシャ神話にでてくるお馴染みの話を聞くだけだとナルシストのイメージは頭のなかにとどまっているが、カラヴァッジョの絵をみるとナルシストの気分というものがゾクッとするほど伝わってくる。

カラヴァッジョの描いた‘女占い師’はルーヴルとローマのカピトリーノ絵画館にある。この絵に刺激を受けてラ・トゥールは同名のタイトルのついた作品や‘クラブのエースを持ついかさま師’を描き上げた。このカラヴァッジョとラ・トゥールのコラボに思いをはせるといつもワクワクし‘風俗画万歳!’と心のなかで叫んでしまう。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2016.03.02

圧巻のカラヴァッジョ展!

Img_0001     ‘エマオの晩餐’(1606年 ミラノ ブレラ美)

Img_0003 ‘エッケ・ホモ’(1605年 ジェノヴァ ストラーダ・ヌオーヴァ美)


Img     ‘法悦のマグダラのマリア’(1606年)

Img_0002     ‘バッカス’(1597~98年 フィレンツェ ウフィツィ美)

上野の西洋美ではじまった‘カラヴァッジョ展’(3/1~6/12)を早速みてきた。生涯の思い出となる大回顧展をローマをみたのが2010年、そして日本でまたあのカラヴァッジョがみれるというのだからたまらない。

今回のカラヴァッジョはすべてイタリアにあるもの、全部で11点。ほかにも力のこもったカラヴァジェスキたちの作品がいくつも結集している。東京都美ではルネサンスの華、ボッティチェリの傑作が並び、すぐ近くの西洋美では圧巻のカラヴァッジョ展、3月に入り上野は一気に芸術のホットゾーンになってきた。

カラヴァッジョ(1571~1610)は‘エマオの晩餐’を2点描いており、ミラノのブレラ美からやって来たのは2作目のもの。お目にかかるのは3度目だが大変気に入っている。ここに登場するキリストは映画俳優なみのイケメン、このモデルの選び方が人々におおいにうけたにちがいない。対照的にキリストをとりかこんでいるのはどこにでもいるような人たち、印象深いのが画面右にいる3人の男と女の額の皺。

そして、心を静めてみているとこの絵のすごさがわかってくる。左からさしこむ光が顔にあたる明るさはキリストが一番強く立っている男と女では少しずつ弱くなっている。描かれている場面は宗教画のおなじみのテーマではあるが、ここにいるのは町に住んでいる普通の人間だから風俗画感覚でみてしまう。これこそがカラヴァッジョ絵画の一番の魅力。

期待の高かった‘エッケ・ホモ(この人を見よ)’、大満足! このキリストは優しそうな若者、こういう仕事はそこそこやるのに自己主張の少ない人物は会社にはよくいる。だから、右のひげをはやした年配の男がこちらにむかっていっていることは想像できる。‘この男、いまひとつ弱いんだよね。もっと自分をださなきゃわかんないよね’とかなんとか。

収穫はもう一点あった。‘法悦のマグダラのマリア’、2002年岡崎美でみたカラヴァッジョ展にこの絵の別ヴァージョンが出品された。見た瞬間体がフリーズしたが、今回でている作品はさらにいい。マグダラのマリアのもつ神秘性と官能性をこれほどリアルに表現するカラヴァッジョの描写力、200%圧倒された。

ウフィツイ美からお出ましいただいた‘バッカス’、気になっていたワインのフラスコに描かれているというカラヴァッジョの顔、じっくりみたがまたダメだった。ところが、家に帰って先日載せた大回顧展の図録をじっとみていたらふとわかった! 右下の白くなっている部分と影のところの境目あたりに少し横向きの小さな顔がみえる。もう一度でかけて確かめるつもり。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2016.03.01

近代日本美術の煌き! 1942年(昭和17) その二

Img_0001     竹内栖鳳の‘春雪’(京近美)

Img     福田平八郎の‘竹’(京近美)

Img_0002          平櫛田中の‘張果像’(出光美)

竹内栖鳳(1864~1942)の最晩年の作‘春雪’に大変魅了されている。この鴉の絵と出会ったのは2013年に開催された回顧展(東近美)、いい絵をみたときの感動というのは情報がまったくない場合のほうが大きい。この絵は画集に載っていないので立ち尽くしてみていた。

そして、すぐ2枚の絵が思い起こされた。ひとつは与謝蕪村の傑作‘鳶・鴉図’(重文 北村美)、もうひとつは雪の積もった木の枝に一羽のキジバトがとまっている光景を描いた東山魁夷の‘白い朝’、この3点をみていると淋しい気持ちがこみあげてくる。鳥の姿はそのまま人間の心情におきかわる。

最近は展覧会で福田平八郎(1892~1974)の作品をみる機会が少ないので、ときどき画集をひろげてその豊かな色彩感覚と装飾的な画風を楽しんでいる。平八郎は京都を拠点にして作品を創作した画家なので京近美にはいい絵がおさまっている。‘THE 現代琳派’のイメージが強くでた‘花菖蒲’とこの‘竹’、宗達や光琳がこの絵をみたら裸足で逃げるかもしれない。

出光美に平櫛田中(1872~1979)のとてもおもしろい彫刻がある。諺の‘瓢箪から駒’で知られる‘張果像’、張果は唐代の道士で八仙のひとり、手にもつ紐のかかった瓢箪の口から出ようとしているのは白い驢馬、彫刻のいいところは張果が行う魔術を今まさにみている気分になれること。話は本を読むより立体造形のほうがすぐのみこめる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »