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2016.02.19

近代日本美術の煌き! 1939年(昭和14) その二

Img     梅原龍三郎の‘雲中天壇’(京近美)

Img_0002     棟方志功の‘二菩薩釈迦十大弟子’(部分 棟方板画美)

Img_0001     河井寛次郎の‘白地草花絵扁壺’(京近美)

Img_0003     芹沢銈介の‘沖縄絵図’

日本国内や海外を旅して体験した自然の絶景や歴史的な建造物が絵画のなかに描かれるとその作品への愛着は一段と増す。梅原龍三郎(1890~1966)の‘雲中天壇’もその一枚。中国の北京へ行ったのは1994年、それからもう22年も経った。

この天壇は正式なツアーの行程には入ってなかったのに、うまくアレンジしてくれた現地の添乗員さんのお陰でみることができた。ここは明・清の皇帝が天を祀った儀式の場で、3層になった丸い屋根が印象的。梅原のこの絵をみるたびに当時の感動がよみがえる。

棟方志功(1903~1975)の展覧会に最近ご無沙汰しているが、‘二菩薩釈迦十大弟子’など志功の代表作をたくさん並べた回顧展にそろそろ遭遇してもいいころ。ルオーの絵や志功の版画にでてくる黒の太い輪郭線で表現された人物像は元気の源。作品に接するとなぜか足元に力がはいるから不思議。

その棟方が尊敬していたのが河井寛次郎(1890~1966)、端正な四角の造形が心を打つ‘白地草花絵扁壺’は寛次郎の代表作、この作品は1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリに輝いた。河井が生涯つきあった友人が河井に黙って出品して最高の賞をいただいちゃったというのだからおもしろい。

棟方、河井、そして染色家の芹沢銈介(1895~1984)は民藝派つながり。日本民藝館はこのところご無沙汰しているが、よく出かけていたころは芹沢のこの型染の‘沖縄絵図’をみるのが楽しみだった。鮮やかな赤が気持ちを軽くしてくれる。

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