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2016.02.29

近代日本美術の煌き! 1942年(昭和17) その一

Img     梅原龍三郎の‘北京秋天’(東近美)

Img_0001     松本竣介の‘立てる像’(神奈川県近美)

Img_0002     香月泰男の‘水鏡’(東近美)

中国へは1994年に行った。北京と西安、そして定番の万里の長城、出かけたのは10月だったので北京では梅原龍三郎(1888~1986)の名画‘北京秋天’のような美しい空がみえたはずなのだが、関心はもっぱら地上にどんと建っている紫禁城や天壇にあったため、視線はその建物の高さまでしかいかず絵のような光景を楽しむ余裕がなかった。

梅原の作品で最も魅せられているのは北京を描いたもの。永青文庫にある‘紫禁城’とたびたび会うのが理想的な鑑賞環境といえるのだが、これは叶わないため東近美の通常展示によくでてくる‘北京秋天’で梅原を楽しんでいる。この絵について、梅原は‘秋の高い空に興味をもった。なんだか音楽をきいているような空だった’と語っている。当時と較べ、現在の北京はPM2.5の影響で空はひどいことになっている。絵に描かれた光景はもう戻ってこないだろう。

最近閉館した神奈川県近美、3回くらい足を運んだが所蔵作品で強く胸に刻まれているのが松本竣介(1912~1948)の‘立てる像’、中央に足を大きく開けた若い男を立たせる画面構成はアンリ・ルソーの‘私自身、尚蔵=風景’と似ているが、全体の雰囲気がまったく異なるのでルソーの影はすぐ消える。インパクトのある絵だから一生忘れられない。

東近美でよくお目にかかる香月泰男(1911~1974)の‘水鏡’がとても気になるのはその意表をつく構図のため、右の水槽をのぞき込む少年は肩の部分と頭だけが描かれ顔の表情はみえない。この子の心はどうみても暗い、こういう物語を連想さsる作品はずっと記憶に残る。

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2016.02.28

カラヴァッジョの‘バッカス’で見逃せないもの!

Img     ‘バッカス’(1595年 ウフィツイ美)

Img_0002 ‘拡大図’ワインのフラスコの右下にカラヴァッジョの顔が描かれている?

Img_0001   ‘エッケ・ホモ’(1605年 ジェノヴァ ストラーダ・ヌォヴァ美)

待ちに待った‘カラヴァッジョ展’が3/1(火)からはじまる。2日に出動することにしているが、だんだん気分が盛り上がってきた。

今回出品されるカラヴァッジョ(1571~1610)は10点、手元にあるチラシに載っているもののほかにビッグな作品が加わった。フィレンツェのウフィツィ美が所蔵する‘バッカス’とローマのボルゲーゼ美にある‘果物かごを持つ少年’(1593~94年)。‘果物かご’は2001年に行われたカラヴァッジョ展でも展示されたが、‘バッカス’は初来日。

先週、西洋美の前を通ったらこの‘バッカス’が告知板に使われていた。ボッティチェリ展にも名画をいくつも貸し出してくれているウフィッツイ、その気前のよさによって美術館にたいする好感度はさらに高くなった。

‘バッカス’で見逃せないことがある。画面の左に描かれたワインのフラスコにカラヴァッジョの顔が描きこまれているという。そこは右下らしいのだが、、これをみつけようと2010年ローマであった大カラヴァッジョ展のとき単眼鏡も使ってがんばってみたのだが、とらえることができなかった。

こういうのは若い女に見えたり老女に見えたりする錯視画みたいなものだから、わからないときはどうにもならない。じつは隣にイタリアの中学生たちがいて女の先生がフラスコを指さしてしたり顔で解説していた。この絵だけに時間を使えないので焦ったが最後までダメだった。だから、今回はじっくりみてカラヴァッジョをつきとめるつもり。興味のある方は是非確認していただきたい。

はじめてお目にかかる作品で期待しているのはローマの回顧展に出品されなかった‘エッケ・ホモ(この人を見よ)’、ジェノヴァはなかなか縁がないのでとてもありがたい展示。しっかりみようと思う。

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2016.02.27

作域の広い勝川春章!

Img     ‘岩井半四郎、尾上松助、市川門之助’(1780年 太田記念美)

Img_0004    ‘朝比奈門破り’(1768~71年 東博)

Img_0001     ‘貸本屋’(1770~1772年 東博)

Img_0002     ‘相撲絵’(1784年 東博)

太田記念美で開催中の‘勝川春章展’(2/2~3/27)は大半が役者絵などの版画、前期と後期で展示作品はすべて入れ替り、全部で78点でてくる。このほかにか勝川春好や葛飾北斎、歌川豊国、写楽なども展示されているので作品トータルでは205点。

春章の役者絵は動きに迫力があり、思わずみとれてしまうことがしばしば、お気に入りは四代目岩井半四郎をはじめとする3人の役者が登場するもの、視線が自然とむかうのが左の鯉の上に乗っている役者。

荒々しい人物描写が目を惹く武者絵も春章の魅力のひとつ、‘朝比奈門破り’は足を大きく広げた朝比奈が門を力づくで破ろうとする場面、この決めポーズにぐっと引きこまれる。これは東博の所蔵だが、横には牛若丸と戦う怪力弁慶を描いた‘五條橋’(太田記念美)が展示されている。

風俗画のなかにいいのがあった。‘貸本屋’、江戸時代、貸本屋が大繁盛し本を顧客の家まで届けていた。いい男がいてもおかしくないので訪れた家の女と恋仲になることもある。立ってる女は‘この本おもしろかったわ、次も頼むわね、今日は何軒まわったの、20軒!疲れたでしょう、お茶を入れるからまってて’ なーんていっているのだろうか。

相撲が大好きなので相撲絵にはすぐ反応する。化粧まわしをつけた二人の力士を描いたものもあれば、土俵で激しく取っ組み合っている場面もある。これは手四つで勝機をうかがう力士の対戦を描いたもの。こちらも体が左右に動く感じ。

この勝川春章展は前期は明日までで、後期は3/4にスタートし、27日に終了する。後期も訪問することにしている。

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2016.02.26

肉筆美人画なら勝川春章が一番!

Img_0004     ‘美人鑑賞図’(1790~1792年 出光美)

Img_0002     ‘青楼遊宴図’(18世紀後期)

Img           ‘石橋図’(1783~87年)

Img_0001        ‘雪中傘持美人図’(1787~88年 出光美)

現在、勝川春章(1726~1792)の生誕290年を記念する回顧展が二つの美術館で行われている。出光美では肉筆美人画、、そして原宿の太田記念美では主に役者絵や美人画などの版画がたっぷりみられる。順番はまず期待の大きい出光へ行き、そのあと大谷記念へ向かった。

浮世絵美人画というと誰でも喜多川歌麿を真っ先に思い浮かべるだろうが、これは版画の話、一枚物の肉筆の美人画で誰が一番かというと葛飾北斎が若いころ師事した勝川春章、江戸っ子たちは歌麿と同じくらい春章の美人画にぞっこんだった。

では日本で春章のいい美人画を所蔵しているのはどの美術館か、すぐでてくるのは熱海のMOA、出光、太田記念、千葉市美、東芸大美、東博、あとはふだんはまずお目にかかれない個人コレクション、今回、MOA蔵の作品は一点もなかったが、ほかの美術館からはよく知られたものがほとんど結集している。そして個人がもっている隠れた名画がずらずらと並ぶ、まさにブランド美術館だからこそ実現する‘春章の美人画全部お見せします!’スタイルの展示。これは美術館に対する好感度が増す。

最初に飾られているのはみるたびにうっとりする‘美人鑑賞図’、日本には着物文化があるから模様に対する感覚がとても優れているが、春章は女性たちが身に着けている着物の柄をじつに精緻に描いているのでこれをみるだけでも楽しい。そしてこの着物によって女性は一段と美しい姿になる。

着物の生地の色にも魅了される。ボッティチェリの‘書物の聖母’にみられるラピスラズリを思わる鮮やかな青や強い赤、渋いうす紫と緑、そしてシックな黒、今回、春章がこの絵を描くときに参照した絵が解説されている。さて誰の絵か、みてのお楽しみ!

はじめてお目にかかる絵がたくさんあったが、収穫だったのはともに個人が所蔵している‘青楼遊宴図’と‘石橋図’、こういう絵をひとりで楽しめるなんてうらやましいい限り。切れ長の目がぐさっときた‘石橋図’にメロメロになり長くみていた。

冬の季節にみると白い顔がいっそう白く輝く‘雪中傘持美人図’に思わず足がとまった。手に雪の積もった傘をもち体を少し横に傾けるポーズはなんとも愛嬌がある。

春章の魅力を存分に感じとることのできる一級の美人画展、一生の思い出になりそう。

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2016.02.25

予想を大きく上回る‘ボッテイチェリ展’!

Img  ‘書物の聖母’(1482~83年 ミラノ ポリデイ・ベッツォーリ美)

Img_0001     ‘美しきシモネッタの肖像’(1480~45年 丸紅)

Img_0002  ‘ラーマ家の東方三博士の礼拝’(1475~76年 ウフィツイ美)

Img_0003  ‘オリーブ園の祈り’(1495~1500年 グラナダ 王室礼拝堂)

現在、上野の東京都美で開催中の‘ボッティチェリ展’(1/16~4/3)をみてきた。昨年3月、Bunkamuraで充実した内容のボッテイチェリ展が行われてまだ1年も経っていないのに、またまたボッテイチェリ(1444~1510)、これほどルネサンスのビッグネームの作品が集中して公開されるのだからたまらない。

今回東京都美に集結したボッテイチェリは予想を大きく上回った。美術本に載っている作品がここにもあそこにもあるという感じ。このラインナップならルーヴルやロンドンのナショナルギャラリーなどで開かれる一級のルネサンス展と較べても見劣りしない、ヒットを打ち続ける東京都美のどや顔が目に浮かぶ大ホームランといったところ。

ボッテイチェリの真筆は17点、そのなかで群を抜いてすばらしいのがミラノのポリデイ・ベッツォーリ美からやって来た‘書物の聖母’、絵のサイズは意外にもあまり大きくない。聖母子像の完成度でいえばウフィツイにある‘柘榴の聖母’、‘マ二フィカトの聖母’と同じクラス、チラシの‘待望の初来日’のキャッチコピーは見た瞬間納得、深い青の衣装と惜しげもなく使われた金を立ち尽くしてみていた。

男女の肖像画で魅了されるのが丸紅が所蔵する‘美しきシモネッタの肖像’、お目にかかるのはたしか2度目、これは日本にある古典画では大原にあるグレコの‘受胎告知’同様、お宝扱いの作品。ほかにもフィレンツェのピティ宮殿蔵の左向きのシミネッタと‘マッツォッキオをかぶった若い男の肖像’、そしてワシントンのナショナルギャラリーから出品された‘胸に手をあてた若い男の肖像’(展示は25日で終了)も飾られている。もう,頭がクラクラしそう。

フィレンツからよくこんないい絵がやって来たなと思うのが、ボッテイチェリ本には必ず絵のなかに描きこまれた自画像のことが解説されている‘ラーマ家の東方三博士の礼拝’、絵解きが興味をそそる晩年の作‘アペレスの誹謗’、そしてオンニ・サンテイ聖堂に飾られている大作‘書斎の聖アウグステイヌス’。よくぞお出ましいただきました!

今回未見の作品で収穫だったのが衣服の赤と緑の草木の鮮やかなコントラストが目にしみる‘オリーブ園の祈り’、スペインのグラナダにあるのでどうみても縁がないと思っていたら、目の前にひょいと現れた。なんという幸運。

見どころはボッテイチェリだが、師匠のリッピやその息子のフィリッピーノの作品にも目を惹くのがあり、本当に贅沢な展覧会、東京都美に拍手々!

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2016.02.24

近代日本美術の煌き! 1941年(昭和16) その二

Img     富本憲吉の‘色絵飾筥’

Img_0001     北大路魯山人の‘色絵椿文大鉢’

Img_0002     松本竣介の‘橋(東京駅裏)’(神奈川県近美)

近代に活躍した陶芸家のなかにはやきものの美を強く意識するタイプがいる一方、あまり気取らず土とむかいあい作陶にはげむ職人肌タイプもいる。板谷波山とか富本憲吉(1886~1963)は前者の陶芸家で濱田庄司は後者、濱田は自分のことを陶芸家とはいわず陶工といっていた。

富本の作品が心に響くのは器体に描かれたモダンで洒落た文様があるため、一目見て欲しくてたまらなくなったのが‘色絵飾筥’、まずこういう黄色の色が前面にでたやきものはなかなかお目にかからない。飾筥のサイドはイスラム美術風の模様がリズミカルに連続しているが六角形の表面は現代感覚で絵付けされた九谷焼のイメージ。

北大路魯山人(1883~1959)はこのところご無沙汰しているが、たしか今年はどこかの美術館で回顧展が行われる。メモするのを忘れたがそのうち情報が流れてくるだろう。‘色絵椿文大鉢’は2009年日本橋高島屋で開催された没後50年記念展で遭遇し、強く印象に残っている作品。

魯山人の絵付けはモチーフを大きくのびのびと描くのが特徴。ここでは椿の緑の葉と赤や白、橙の花びらがどーんどーんと描かれている。ラフな造形だがそれがかえって椿に明るさと生気を与えている。

何年か前、松本竣介(1912~1948)の回顧展が横浜美か?神奈川県近美?であったが、気にかけていながら見逃してしまった。‘橋(東京駅裏)’は橋の電柱やら建物の煙突など垂直にのびる黒の線がいくつもあるため水平に横たわる橋の存在が強く意識させられる。どこにでもある街の光景だが、暗い色調と縦の線と横の線をからませる構成により橋の表情がちょっと気になる感じになっている。

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2016.02.23

近代日本美術の煌き! 1941年(昭和16) その一

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Img_0003     安田靫彦の‘黄瀬川陣’(重文 東近美)

Img_0004     小倉遊亀の‘観世音菩薩’(滋賀県近美)

Img      宇田荻邨の‘林泉図’(京近美)

Img_0001     松林桂月の‘山泉’(足立美)

来月から東近美ではじまる安田靫彦(1884~1978)の回顧展(3/23~5/15)、ここ数年東近美で行われる日本画家の回顧展はもう完璧といっていいほどすばらしい作品が揃うのでいやがおうでも期待は高まる。

過去2回、安田靫彦展をみる幸運に恵まれた。最初が名古屋にいた1994年(愛知県美)、そして2009年には茨城県近美の没後30年展も足をのばした。今回の関心はこれまでみた作品にどれだけ新規の作品が加わるか。果たして?

回顧展の目玉はいつも決まっている。代表作の‘黄瀬川陣’、描かれているのは源頼朝と義経が再会する場面、歴史的な一瞬だが二人は大げさにではなく少し緊張して静かに心を通わせる。余白を大きくとった画面構成なのでこの場面に自分も立ち会っているような気分になる。とくに目を釘づけにさせるのが一寸のすきもない描線と鮮やかな色彩で精緻に描写された兜や鎧、古典画の魅力が強く感じさせる傑作である。

小倉遊亀(1895~2000)の‘観世音菩薩’は気持ちがとても軽くなる仏画、こんな明るい表情をした仏さんなら悩み事をしゃべるのは馬鹿らしくなる。‘最近、美味しい料理を食べさせてくれる店をみつけたんだが、知りたい?’なんてつい軽口をたたいてしまう。

宇田荻邨(1896~1890)の作風に魅せられているのはフラットで装飾的なところ、‘林泉図’は一見すると子どもたちが木や岩や葉っぱのかたちを切り取った色紙をぺたぺた貼ったような感じ。村上隆の‘五百羅漢図’も基本的にはこの絵と同じように描かれている。

川の流れを表す胡粉と緑の小鳥が目に飛び込んでくる‘山泉’は松林桂月(1876~1963)の作品、あの月と光の画家はこんな花鳥画も描いていた。

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2016.02.22

近代日本美術の煌き! 1940年(昭和15) その二

Img         梅原龍三郎の‘紫禁城’(永青文庫)

Img_0001         麻生三郎の‘男’(茨城県近美)

Img_0002     藤田嗣治の‘猫’(東近美)

Img_0004     濱田庄司の‘赤絵糖黍紋花瓶’(益子参考館)

美術館で働いている学芸員が画家の回顧展を企画する場合、まず基礎的な情報として名の知れた画家の年譜をチェックし、この画家は来年が生誕100年とか没後50年とかを確認するはず。アーティストの生まれた年、亡くなった年をいつも書いていると、ふと学芸員になったつもりで生誕/没後○○年のリストをつくってみたくなる。

梅原龍三郎(1888~1986)は今年は没後30年にあたる。でも、どこかの美術館で回顧展を行うという話は聞いてない。日本画家に比べて洋画家の回顧展は多くないのが現状、だから東博で黒田清輝展(3/23~5/15)
はあって梅原龍三郎展までは開かれない。2年後なら生誕130年、東近美で開催してくれたら最も気に入っている傑作‘紫禁城’が楽しめる。期待したい!

麻生三郎(1913~2000)の作品を目にしたのはほんの数点なのに‘男’をとりあげようと思ったのは、その目力の強さから。どこの美術館でみたのか記憶が薄くなっているが、この男のこちらに向けられた視線がずっと気になっている。画業全体を知らなくても印象に強く残る絵を描いた画家がいる。麻生三郎はそんな画家のひとり。

今年が生誕130年にあたる藤田嗣治(1886~1968)は浮世絵師歌川国芳と同じく猫好きで有名、今世の中は空前の猫ブーム、その原因の一つとして高齢者が散歩に連れていかなくてもいい猫をかわいがっていることがあるという。これは即納得、猫はマイペースで生きている感じ。だが、ときどき藤田の絵のように感情を激しく高ぶらせ猫同士でぶつかり合う。このときは怖い猫に変身する。

益子焼をみるために一度クルマを走らせたことがあるが、益子参考館で遭遇した濱田庄司(1894~1978)の‘赤絵糖黍紋花瓶’が忘れられない。おおらかな器形と大きく描かれた糖黍、沖縄を愛した濱田の心情がそのまま花瓶の形、色にでている。

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2016.02.21

近代日本美術の煌き! 1940年(昭和15) その一

Img     横山大観の‘海に因む十題 波騒ぐ’(霊友会妙一記念館)

Img_0001     川合玉堂の‘彩雨’(東近美)

Img_0002     棟方志功の‘御群鯉図’(部分 大原美)

Img_0003     吉岡堅二の‘氷原’(部分 東近美)

日本画家は長生きをするひとが多いが、横山大観(1868~1958)もそのひとり、亡くなったのは1958年だから90歳まで生きた。1940年に描かれた‘海山十題’は大観72歳のときの作品。最も惹かれているのが‘海に因む十題’のなかの‘波騒ぐ’。

波の描写が心をとらえて離さない絵が3点ある。大観のこの絵、もう2点は東山魁夷と加山又造、大観と魁夷の波のイメージはよく似ており、青緑と波しぶきの白が海のリアルな光景をよく表現している。

川合玉堂(1873~1957)の‘彩雨’は日本人の琴線に響く名作、水車がまわる農村の風景をみることは今ではとてもかなわないが、絵はありがたいもので穏やかな日本の田舎の光景を残してくれるので今流れている時間をふっと飛び越えてこのノスタルジックな世界へはいることができる。

棟方志功(1903~1975)の鯉の絵に大変魅了されている。たくさんの赤い鯉を画面いっぱいに泳ぐ屏風画‘御群鯉図’は大原孫三郎の還暦のお祝いに描かれたもの。体を曲げたりすーっと進んだりする動きは本物の鯉の姿そのもの。可愛くて元気のいい鯉、長いことみていた。

吉岡堅二(1906~1990)はトナカイに興味があったらしく、1940年に樺太へ行っている。ここにみられる躍動感あふれるトナカイのイメージはある絵を思い出させる。それはフランスのラスコーとかスペインのアルタミラの洞窟に描かれた牛、新感覚の日本画は太古の人類世界と強くコラボしている。

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2016.02.20

ウンベルト・エーコ 死去!

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記号論学者、作家、美の達人、いろいろな顔をもつイタリアのウンベルト・エーコが癌のため亡くなった。享年84、2,3日前、次に読むエーコの本はどれにしようかな思って数冊ぱらぱらめくっていた。虫が知らせたのかもしれない。残念でならないが、心からご冥福をお祈りしたい。合掌!

ショーン・コネリーが主演し大ヒットした映画‘薔薇の名前’でエーコに嵌って以来、エーコとは長くつきあっている。このブログを2004年の11月にはじめたときブログ名に‘文化記号’とつけたのもエーコの影響。これまで出版された記号論関連の学術的な本、小説はほとんど揃えているが、簡単には読めないので読破するのは長期戦、集中的に読む時間を決めて一冊々消化している。

これまでにでた小説は4冊、‘薔薇の名前’(1980年)、‘フーコーの振り子’(1988年)、‘前日島’(1994年)、‘バウドリーノ’(2000年)。今日の朝日の夕刊でわかったが、2010年に出版された‘プラハの墓地’は今月邦訳がでてくるとのこと。これはうれしいニュース。

エーコにはとてもユニークな芸術史の本が3冊ある。いずれも8000円もする秘蔵書的な本で、上質の紙が使われ掲載された美術品や資料も普通の美術本ではみれないものが多いのでわが家ではお宝本扱いにしている。最初にでたのが‘美の歴史’(2004年)、次が‘醜の歴史’(2007年)、そして3作目が‘芸術の蒐集’(2009年)

エーコとのつきあいはライフワーク、とりあえずはもうすぐ登場する‘プラハの墓地’に期待したい。

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2016.02.19

近代日本美術の煌き! 1939年(昭和14) その二

Img     梅原龍三郎の‘雲中天壇’(京近美)

Img_0002     棟方志功の‘二菩薩釈迦十大弟子’(部分 棟方板画美)

Img_0001     河井寛次郎の‘白地草花絵扁壺’(京近美)

Img_0003     芹沢銈介の‘沖縄絵図’

日本国内や海外を旅して体験した自然の絶景や歴史的な建造物が絵画のなかに描かれるとその作品への愛着は一段と増す。梅原龍三郎(1890~1966)の‘雲中天壇’もその一枚。中国の北京へ行ったのは1994年、それからもう22年も経った。

この天壇は正式なツアーの行程には入ってなかったのに、うまくアレンジしてくれた現地の添乗員さんのお陰でみることができた。ここは明・清の皇帝が天を祀った儀式の場で、3層になった丸い屋根が印象的。梅原のこの絵をみるたびに当時の感動がよみがえる。

棟方志功(1903~1975)の展覧会に最近ご無沙汰しているが、‘二菩薩釈迦十大弟子’など志功の代表作をたくさん並べた回顧展にそろそろ遭遇してもいいころ。ルオーの絵や志功の版画にでてくる黒の太い輪郭線で表現された人物像は元気の源。作品に接するとなぜか足元に力がはいるから不思議。

その棟方が尊敬していたのが河井寛次郎(1890~1966)、端正な四角の造形が心を打つ‘白地草花絵扁壺’は寛次郎の代表作、この作品は1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリに輝いた。河井が生涯つきあった友人が河井に黙って出品して最高の賞をいただいちゃったというのだからおもしろい。

棟方、河井、そして染色家の芹沢銈介(1895~1984)は民藝派つながり。日本民藝館はこのところご無沙汰しているが、よく出かけていたころは芹沢のこの型染の‘沖縄絵図’をみるのが楽しみだった。鮮やかな赤が気持ちを軽くしてくれる。

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2016.02.18

近代日本美術の煌き! 1939年(昭和14) その一

Img_0003     小林古径の‘山鳥’(霊友会妙一記念館)

Img        村上華岳の‘厳山松樹之図’

Img_0001     松林桂月の‘春宵花影図’(東近美)

Img_0002     北野恒富の‘夕空(星)’(大阪市美)

10年前の2006年、新橋の東京美術倶楽部で一生の思い出となる日本美術の大展覧会が開催された。美術商の団体である東京美術倶楽部、誕生したのは明治40年(1907)、この年がちょうど創立100年にあたり、これを祝って‘源氏物語絵巻’など国宝を17点を含む絵画、工芸の名品が一堂に並んだ。

小林古径(1883~1957)の‘山鳥’もそのひとつ。この作品は1939年のニューヨーク万国博覧会に出品されて以来展覧会には一度もでたことがない。だから、国内ではじめての展示だった。これまで美術本でもみたことがなかったので、まさにサプライズの作品。立ち尽くしてみていた。

村上華岳(1888~1939)の最晩年の作‘厳山松樹之図’は華岳の内面が墨の濃淡で描かれた松樹や背景の山に強く映し出されている作品。喘息に苦しんだ華岳の心を思うとみればみるほど画面に惹きこまれていく。

ひとつの作品が強く胸に刻まれる要素のひとつに画家のオリジナルの描き方がある。松林桂月(1876~1963)の場合、モチーフの木が右上から左下に下がっていく構図と背景にかすんだ大きな月が描かれるというのが特徴。美しい光につつまれたこの絵にいつも足がとまる。

北野恒富(1880~1947)の‘夕空(星)’はMy好きな女性画の上位に登録している作品、ベランダの木枠に両手をついて夕空をながめるポーズは思いつきそうで思いつかない姿。こういうを絵とは長い時間むきあっていれる。

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2016.02.17

近代日本美術の煌き! 1938年(昭和13) その二

Img     松田権六の‘鷺蒔絵棚’(広島県美)

Img_0001      濱田庄司の‘赤絵丸紋花瓶’(日本民藝館)

Img_0003     藤田嗣治の‘客人(糸満)’(秋田県美)

Img_0002     靉光の‘眼のある風景’(東近美)

ここ数年、TVで放送される美術番組をみるとき工芸関連のものが多くなった。よくみているのはNHKの定番‘美の壺’とBSプレミアムでもう4、5年くらいやっている‘イッピン’、またBS朝日で月2回ある‘アーツ&クラフツ商会’もなかなか充実した内容。

昨年9月、この‘アーツ&クラフツ商会’でとりあげられたのが人間国宝、室瀬和美(64歳)の珠玉の蒔絵作品、螺鈿の卓越した技に目が点になった。室瀬さんが師事していたのが漆芸界の大きな存在だった松田権六(1896~1980)。

‘鷺蒔絵棚’は広島にいたころ県美でみて以来、松田権六のベスト5に入れている傑作。一見すると花鳥画をみているような気分になるが、このダイナミックに飛び散る波に呼応して羽を大きく広げる鷺の姿を息を呑んでみていた。

濱田庄司(1894~1978)が沖縄のやきものに刺激をうけてつくった‘赤絵丸紋花瓶’の色の組み合わせに大変魅了されている。だから、回顧展でこの赤絵がでてくると俄然目に力が入る。とくにいいのが日本民藝館にあるもの。いつも華やかな赤の発色とMyカラーの緑に吸い込まれる。

藤田嗣治(1886~1968)にも沖縄の風俗を描いた作品がある。それは子どもに授乳している母親が強い磁力を放つ‘客人(糸満)’、藤田が沖縄を訪問した1938年には柳宗悦らもやって来ており、藤田は滞在中に2点仕上げている。

東近美の通常展で見た瞬間体がフリーズするのが靉光(1907~1946)の‘眼のある風景’、象徴派のルドンにも‘キュクロプス’という一つ目巨人を描いた作品があるが、靉光の絵は目そのものが生き物のイメージなのでぞくっとする怖さがある。

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2016.02.16

近代日本美術の煌き! 1938年(昭和13) その一

Img_0002     小倉遊亀の‘浴図 その一’(東近美)

Img_0001     川端龍子の‘松鯉図’(三の丸尚蔵館)

Img     安田靫彦の‘孫子勒姫兵’

女性の絵描きのなかで上村松園(1875~1949)は西洋画のダ・ヴィンチのような特別な存在、では次にくるのは誰か、これも決まっている、松園が没して20年後に生をうけなんと105歳の長寿をまっとうした小倉遊亀(1895~2000)。

2002年、東近美で開催された大規模な回顧展に運よくめぐり合わせ、小倉遊亀の画業全体がおおよそつかめた。とくにいいなと思うのが親近感を抱かせる人物描写、そしてこの女流画家はマティスが好きだったことがわかった。いくつかの女性肖像画をみているとマティスがモデルに使った女性の素描が重なってくる。

1938年に描かれた‘浴女 その一’はオーバーないいかたをすると衝撃的な一枚、浴槽のタイルの線がゆらゆら揺れるのをみたら誰だってびっくりする。なんとリアルな描写、参りました!となる。また、小倉の作品をいっぱいみたくなった。

鯉の名手といえば、すぐ名前が浮かぶのは福田平八郎、前田青邨、速水御舟、そして川端龍子(1885~1966)、龍子の‘松鯉図’は皇室から依頼されて描いた作品、一度しかお目にかかってないが、この絵の翌年に描かれた‘五鱗図’同様200%魅了されている。互いに寄り添って泳ぐ四匹の鯉の姿は本物そっくり。

安田靫彦(1884~1978)の古典歴史画のなかで一番のお気に入りがこの‘孫子勒姫兵’、孫子の話は長く記憶に残ることが多く、酒の席で調子に乗ると口からでてくる。孫子は当時有名な君子に会って、‘お前は兵法の大家だそうだが、後宮3000人の女たちはわしのいうことを聞かん、あやつらをお前は意のままに動かすことができるのならやってみてくれぬか’と言われる。

そこで、女たちを集めて‘右向け右!’と号令をかける。が、ゲラゲラ笑ったり、左を向いたりするものなどがいる。そのため、皇帝は‘兵家の大家というが、たいしたことはないな’と思った。そうしたら、孫子はその皇帝に‘皇帝のお気に入りの方はどなたか’と聞き、皇帝の返事を待って、刀を抜いて一刀のもとにその女を切り殺した。切られたのが絵に描かれている長い帯を腰に着けている先頭の2人。

そして、‘右向け右’と言ったら全員が右を向いたといわれている。孫子の言おうとしていることは何か、戦術だけでも法律だけでもダメ、力というものを備えなければ庶民というものは動かないということを教えている。

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2016.02.15

近代日本美術の煌き! 1937年(昭和12) その二

Img_0001     藤田嗣治の‘秋田の行事’(部分 秋田県美)

Img     須田国太郎の‘書斎’(東近美)

Img_0003     富本憲吉の‘色絵赤更紗模様飾壺’

Img_0002     河井寛次郎の‘辰砂刷毛目扁壺’(河井寛次郎記念館)

来月に開通する北海道新幹線、TVに流れるPR広告が多くなりだんだん盛り上がってきた。北海道というと羽田から飛行機でというイメージが強いが、もうすこしすると東京駅から新幹線にひょいと乗れば4,5時間で函館に到着する。函館の朝市でおいしいものを食べて土産物をいろいろ買い込むのも楽しい。

北海道の魅力はよくわかっているから、いつかこの新幹線を利用して函館周辺をまわってみたい。だが、その前に行っておきたいところがある。それは秋田、東北地方ではまだ秋田と盛岡に縁がない。秋田にこだわっているのはかつてお世話になった上司が秋田高校出身の秀才だったことと藤田嗣治(1886~1968)の大壁画‘秋田の行事’をみたいから。

昨年迎賓館で藤田の絵と偶然遭遇しまた藤田にたいする熱があがってきたが、めぐり合わせのいいことに今年は秋に回顧展が川村記念館と府中市美で開かれる。まだみていない作品との対面が楽しみ、その前に秋田へでかけ鑑賞欲をいたく刺激される‘秋田の行事’をみるというオプションもある。さて、どうなるか。

最近は東近美を訪問することが少なくなったので須田国太郎(1891~1961)の‘書斎’ともご無沙汰している。‘書斎’は同じく東近美にある‘法隆寺塔婆’とともに須田の代表作としては外せない作品。本がたくさん積み重ねられているので、ああ、ここは書斎かな、と思うが画面全体が強い明暗対比をきかせて描かれているので対象がよくわかるのは本ぐらいなもの、左の白いかたまりははっきりとせず、後ろに映っている人の顔のシルエットだってつい見過ごしてしまう。

世田谷美でみた富本憲吉(1986~1963)の回顧展から9年も経つので、そろそろ大きな富本憲吉展を期待したくなっている。今年はどこかの美術館で魯山人展があるので、来年あたりはみれるかもしれない。‘色絵赤更紗模様飾壺’はそのリズミカルに並ぶ緻密な花模様が心をとらえてはさない名品。

河井寛次郎(1890~1966)は大胆な形をしたやきものを次から次へと生み出した陶芸家であるが、この扁壺は比較的なじみのあるタイプ。薄ピンクの釉薬にぐっと惹きつけられる。

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2016.02.14

近代日本美術の煌き! 1937年(昭和12) その一

Img_0002     上村松園の‘雪月花’(三の丸尚蔵館)

Img_0003     村上華岳の‘太子樹下禅那之図’(何必館・京現美)

Img_0001     梅原龍三郎の‘竹窓裸婦’(大原美)

Img     安井曾太郎の‘承徳の喇嘛廟’(永青文庫)

上村松園(1875~1949)の作品を5点前後に絞り込むのはなかなか難しい。それほど心に沁みる作品が多いので例外的にこの枠を取っ払ってしまいたくなるが、それをこらえてこれは絶対外せない傑作を選んでいる。

‘雪月花’は源氏物語絵巻が描かれたころにタイムスリップしたような気分になる作品。日本の美の象徴みたいな雪月花をテーマにしてこんなに完璧な日本画が描けるところが松園のスゴイところ。昔の大和絵の絵師たちがこの絵をみたら、唖然とするにちがいない。

村上華岳1888~1939)の‘太子樹下禅那之図’を所蔵している京都の何必館は一度訪問したことがある。華岳は仏画を何点も描いているが最も魅了されるのがこの作品。囲まれた木の間から光を放つ釈迦の神々しい姿が目に焼きついている。

現在国立新美で開催されている‘大原美展’、出動のタイミングが近くなってきたが出品作はあえてチェックしてない。お楽しみの絵のなかにたぶん梅原龍三郎(1888~1986)の‘竹窓裸婦’もでているはず。この裸婦図はルノワールとマティスの要素が一緒に入っている。女性の裸婦を唇と乳房、黒髪以外は緑一色で描くという大胆な発想はどうみてもマティスの影響。それにしても足と手のデカいこと。

安井曾太郎(1888~1955)の‘承徳の喇嘛廟’はお気に入りの風景画。肖像画の名手で静物画も描け、そして風景画も上手い。中国の題材にした作品では安井にはこの‘喇嘛廟(ラマびょう)’があり、梅原にはあの‘紫禁城’がある。永青文庫はこの傑作を二つとも所蔵している。コレクターの眼力にも感心する。

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2016.02.13

近代日本美術の煌き! 1936年(昭和11) その二

Img_0001     山本丘人の‘海の微風’(豊田市美)

Img_0003     高山辰雄の‘砂丘’(東芸大美)

Img_0002     松本竣介の‘都会’

Img     福沢一郎の‘牛’(東近美)

明治以降の日本画においては西洋画の表現方法が入り込んでくるため、日本画にもいろんなヴァリエーションがでてくる。まるで西洋画とかわらない作品が生まれ、典型的な日本画というのは数が少なくなる。

山本丘人(1900~1986)は初期のころは琳派風で装飾的な作風が多いが、画業を重ねていくうちに絵のイメージが一変し鋭角的な山肌や荒々しい海の景色など画面に緊張感をはらんだ西洋画的な作品に変化していく。‘海の微風’は丘人36歳のときの作品でタイトルそのままの穏やかで日本画らしい
作品。

高山辰雄(1912~2007)も日本画の枠におさまりきらない画家のひとり。東芸大にある‘砂丘’は肖像画としては意表をつく視点で描かれている。女学生を砂丘に座らせて自分は工事用のクレーンかなにかに乗ってそこから見下ろすかたちで全身を描く。こいういう発想はなかなか思いつかない。何にヒントを得たのだろうか?

36歳の若さで夭逝した松本竣介(1912~1948)には気になる作品が2,3枚ある。‘都会’は一度みたら忘れられない作品、目にやきつくのが背景の青から浮かび出る赤一色で描かれた女性、この色使いはシャガールを思い起こさせ人物や建物の角々した描写はドイツのグロスの画風と重なる。

東近美で福沢一郎(1898~1992)の‘牛’は定番の作品。はじめてお目にかかったときはすぐスペインの闘牛が頭に浮かんだ。狩野永徳の‘唐獅子図’もちらっと眼の前をよぎるが、やはりパワフルな闘う牛のイメージ。福沢は闘牛をモチーフにして描いたピカソを意識したのだろうか。

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2016.02.12

近代日本美術の煌き! 1936年(昭和11) その一

Img_0002     上村松園の‘序の舞’(重文 東芸大美)

Img_0001     鏑木清方の‘菊寿盃’

Img     北沢映月の‘祇園会’(京近美)

Img_0003     太田聴雨の‘星をみる女性’(東近美)

西洋画でも日本画でも女性が描かれた作品は自然にテンションがあがる。日本画で心が昂ぶるのは浮世絵にはじまる美人画、明治以降にこの分野で名をなしたのは京都の上村松園(1875~1949)と東京の鏑木清方(1878~1972)。

この二人の作品をとりあげるのはすごく気がはるし、名画を共有できる楽しさもわいてくる。松園の代表作‘序の舞’と清方の‘菊寿盃’はそんなことを強く思わせる作品。こういう絵をみるときは言葉がいらない。ただただじっとみるのがいい。

上村松園を西洋の画家で例えると、ルネサンスのラファエロ、松園の美人画はとにかく優しい、女性のもっている母性的なやわらかさ、心の清らかさが正直に表現されている。だから、いつもラファエロの聖母子をみているような気分になる。

清方の‘菊寿盃’は個人蔵、8年くらい間にお目にかかり200%魅力された。以来よくながめているが、本物をもっているコレクターが羨ましくてしょうがない。これは清方のベスト5に入る傑作とみている。

北沢映月(1907~1990)は京都出身の女流日本画家で松園に師事した。この‘祇園会’はちょっと気になる絵、本人が意識したかどうかはわからないが、部屋の描き方がマティスの‘画家の家族’(エルミタージュ)や‘赤いアトリエ’(MoMA)とよく似ている。

太田聴雨(1896~1958)の作品はあまり縁がなく、これまでみたのは数点にすぎない。この‘星をみる女性’は日本画の題材としてはとてもユニークなものだが、中村岳陵の都会の風俗を描いたシリーズと発想は同じ。着物を着ていても天体に興味を寄せる女性たちの気持ちがよく伝わってくる。

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2016.02.11

近代日本美術の煌き! 1935年(昭和10) その二

Img     藤島武二の‘室戸遠望’(泉屋博古館分館)

Img_0001     岡鹿之助の‘積雪’(ひろしま美)

Img_0002     藤田嗣治の‘銀座コロンバン壁画 母と子’(迎賓館)

藤島武二(1867~1943)が晩年に描いた風景画、これまでみたのはブリジストン美のコレクションが多いが、好みは半分々といったところ。それはモネの‘印象 日の出’風のところがあるから。筆致がモネに似ているのなら、モネで十分という気持ちがあるため武二の海景画に心はあまり動かない。

だが、例外が一枚ある。それは泉屋博古館分館でお目にかかった‘室戸遠望’、じぐざく線をひきながら上のほうにむかっていく褐色の岩と輝く白い波を浮かび上がらせる紺碧の海が目にとびこんできて画面にぐぐっと引き込まれた。

岡鹿之助(1898~1978)の作品からうけるイメージは点描画のスーラ、たくさん描いた雪の絵からは音が聞こえてこず静寂な世界によって心が浄化されていくような気になる。2008年、ブリジストン美で行われた回顧展を体験するまで、岡鹿之助にはあまり縁がなかった。だから、ひろしま美でみた‘積雪’が鹿之助への興味の扉を開いてくれた。

昨年は幸運なことに赤坂の迎賓館のなかに入ることができた。このツキに乗じて今度は皇居の一般公開に応募しようと思っている。果たして? まったく不慣れな迎賓館、そのまま館を出て藤田嗣治が銀座の洋菓子店コロンバンのために描いた壁画‘母と子’、‘天使と女性’を見逃すところだった。足が止まったのはミューズのはからいのおかげ。そうそう、ここに藤田の絵があったんだ、と思い出ししばらくみていた。

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2016.02.10

近代日本美術の煌き! 1935年(昭和10) その一

Img     前田青邨の‘唐獅子’(三の丸尚蔵館)

Img_0001     冨田渓仙の‘文覚上人’(敦井美)

Img_0004     小杉放菴の‘山中秋意’(出光美)

Img_0002     杉山寧の‘野’(東芸大美)

絵画をみることが生活の一部みたいになってくると、二つの楽しみ方が定着してくる。ひとつはモーツァルトやマーラーを何度も聴くように同じ名画をたびたびみて作品に対する愛着を深めていくこと。そして、もうひとつは新しい傑作との出会い。

昨年ワシントンのフリーア美で宗達展をみたとき、思いもよらず前田青邨(1885~1977)の‘罌粟(けし)’に遭遇した。この絵と以前明治神宮記念館で対面し、青邨が光琳の‘燕子花図屏風’を意識して描いたことはすぐ気がついた。そして、ワシントンでの対面、じっとみているうちに青邨の琳派DNA度は本物だなという思いが強くなった。

このように青邨の作品は何度みてもうならせるものが多い。その極めつきが岩崎家から皇室への献上画として制作を依頼された‘唐獅子’、画集では何度となくみているが実際に絵の前に立ったのは2回。視線が向かうのは右隻に描かれた黄金の獅子が首を右に曲げて子獅子をみている姿。この青邨流の獅子が目にやきついている。

冨田渓仙(1879~1936)の人物表現は漫画チックなところがあり、それが渓仙の魅力のひとつになっている。この滝壺に現れた仏さんの顔は意地を張った子どもみたいな感じがしてとてもおもしろい。大観は渓仙の才能を高く評価しており、家にはいつも渓仙の絵が掛けてあったという。


小杉放菴(1881~1964)の作品をたくさん所蔵している出光美、昨年ここで待ち望んだ回顧展が開催された。秋が深まったときにみたら格別魅了されると思われるのが‘山中秋意’、真っ赤に染まった紅葉の枝の真ん中に山鳥をとまらせる構図が見事に決まっている。こういう配置はすぐ思いつきそうだが、いざ描くとなったらこうピッタリとはいかない。

杉山寧は日本画家としては大きな存在だが、その作品をみる機会は意外と少ない。初期の作品でとてもいいのが東芸大美にある。‘野’は子どもたちが薄の野原でかくれんぼ遊びをしているのかとつい思ってしまう。

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2016.02.09

近代日本美術の煌き! 1934年(昭和9) その二

Img_0001     安井曽太郎の‘金蓉’(東近美)

Img     陳進の‘合奏’

Img_0002     上村松園の‘母と子’(重文 東近美)

東近美によく通っていたころ、必ず立ち止まってみた絵がある。安井曾太郎(1888~1905)というとまず思い出す絵、‘金蓉’。この絵は岸田劉生の‘麗子’や黒田清輝の‘湖畔’同様、‘THE洋画’として多くの人に愛されてい傑作。

中国服が似合う日本人がいても不思議ではないが、これほど自然に着こなしているところをみるとこの女性の心は半分以上が中国に染まっていたのかもしれない。安井は肖像画をたくさん描いたがモデルの存在感では青色の中国服が印象深いこの‘金蓉’が一番。ふと椅子に座った本人を横から見ているような錯覚を覚える。

2006年、渋谷の松濤美で思い出に残る展覧会が開かれた。飾られていたのは台湾の女性画家、陳進(1907~1998)の作品。日本が台湾を統治していたころ陳進は日本に留学し、鏑木清方や伊東深水などに日本画を学んだ。

そして、1934年の帝展に台湾女性として初入選した。その絵が27歳のときに描いた‘合奏’、この絵の前に立ったとき瞬間的に頭をよぎったのは鈴木春信の浮世絵美人画、モデルは陳進の姉で月琴を奏でる姿と笛を吹く姿を別人のように仕立てて描いている。忘れられない一枚。


上村松園(1875~1949)の‘母と子’は母親の母性が強く心をうつ作品。子どもを描いた作品には髪型が唐子のような幼児がよくでてくる。ちょこっと残った髪がじつに可愛い。

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2016.02.08

近代日本美術の煌き! 1934年(昭和9) その一

Img       福田平八郎の‘花菖蒲’(京近美)

Img_0001     小林古径の‘柿’(山種美)

Img_0002_2     川端龍子の‘愛染’(足立美)

Img_0004     冨田渓仙の‘三条大橋’

ワシントンのフリーア美で行われた‘宗達展’には‘松島図屏風’をはじめとする宗達の傑作がずらっと並んだが、最後の展示室に近代に入って琳派のDNAを受け継いだ作品も一緒に公開された。

そのなかで琳派的な装飾美が一際目立っていたのが福田平八郎(1892~1974)の‘花菖蒲’、日本画が好きな10人がこの絵をみるとおそらく全員が尾形光琳の国宝‘燕子花図屏風’を連想するにちがいない。100年後の日本を想像してみる。そして、そのとき世の中に出回っている日本美術の名作が掲載された本はあるとする。

そこでは日本美を象徴するものとして琳派の様式が太い流れを形成し、昭和時代の絵画のところには必ずこの‘花菖蒲’と加山又造の‘千羽鶴’が紹介されているだろう。福田平八郎のこの‘花菖蒲’はそんな風にみている。

小林古径(1883~1957)は柿の絵の名手、わが家でも秋には歯ごたえのいい柿をよく食べる。古径は柿を数点描いているがこの絵がベスト。秋の風情が心に沁みる名作である。

川端龍子(1885~1966)の‘愛染(あいぜん)’は昨年11月に放送されたTV東京の人気番組‘美の巨人たち’で取り上げられたので、日本画ファンはすぐあの絵かと思われるはず。広島にいたころ、この絵を所蔵している安来の足立美までクルマを走らせ、長年の思いを丈をはたした。

この絵は‘昭和の日本画100選’(1989年)に選ばれるほど名画として評判が高いのに、どういうわけか数度あった龍子の回顧展には一度も出品されていない。だから、足立美で対面したことは展覧会鑑賞ではエポック的なできごと。そんなこともあり美の巨人たちで語られた名画誕生物語が腹にストンと落ちた。

冨田渓仙(1879~1936)の‘三条大橋’は横山大観の‘日本橋’とセットで飾られる作品。二つをみくらべるとどうしても渓仙に軍配をあげたくなる。惹きつけられるのは橋の下を流れる川のダイナミックなうねり。そして、遠くの御所と三条大橋が幻想的にからみあっているのがなかなかいい。

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2016.02.07

北陸の美術館にある横山大観!

Img       

Img_0002     ‘湖上の月’(1920年 福井県美)

Img_0001        ‘木立の白鷺’(1904年 富山県水墨美)

Img_0003     ‘瀑布’(部分 1909年 富山県水墨美)

横浜そごうで開催中の‘福井県美所蔵 日本画の革新者たち展’(2/26まで)に出品された横山大観(1868~1958)は4点、これまでみたことにある作品だったこことほかの画家のほうがインパクトが強かったため紹介するのを割愛した。一生付き合っていこうと思っている大観だが、たまにはお休みということもある。

福井県美にあるものでお気に入りは1920年に描かれた‘湖上の月’、六曲一双の屏風にかすみのかかる静寂な湖の景色が抑制をきかせた筆使いで見事に描かれている。この屏風と今回飾られているさわやかで優しい描写が印象的な‘春秋図’は大観の回顧展には定番の大作、この度はさわやかなほうがでてきた。

明治35年(1902)、35歳の大観は北陸を3度も訪れ立山を描いている。大観は北陸と縁のある画家ということもあり福井県美や富山県水墨美に大観の絵がいくつも所蔵されている。一度足を運んでみたいと思っているのが富山県水墨美、ここの所蔵する大観は福井県美と同じく展覧会によく出品される。

目に焼きついているのは‘木立の白鷺’、朦朧体で描かれた周りの木立のなかで発光体のように輝いているのが白鷺の羽は使われた胡粉の白。日本画はいつの時代でもこの胡粉の使い方が絵の出来映えを左右する。‘瀑布’は滝の風景がみせる4つの表情を描いて並べたもの、これは左側の2枚でダイナミックに落ちていく光景は迫力満点!

富山県水墨美には展覧会は一度もでたことのない作品もある。それは‘立山遠望’(1902年)と大観が最初に描いた富士山‘武蔵野’(1895年)。いつか富山を旅し、この2点をみてみたい。

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2016.02.06

加山又造の動物画!

Img_2     ‘月と縞馬’(1954年)

Img_0001_2     ‘月と駱駝’(1957年 新潟県近美・万代島美)

Img_0003     ‘狼’(1956年)

Img_0002     ‘冬’(1957年 東近美)

友人知人にもうまのあう人がいるように画家のなかにもうまのあう画家がいる。戦後に活躍した日本画家、加山又造(1927~2004)もそのひとり。もっと長生きしてほしかったが2004年に亡くなった。享年77。

福井県美展に展示されていた加山の‘駱駝と人’と遭遇したあと、しばらくみていなかった加山の画集を2,3冊とりだしてみた。初期の作品、動物画は加山が24歳のころから30代の初めまでに描いたもの。ここには西洋絵画のいろいろな手法がとりこまれいる。

アンリ・ルソーやバッラらの未来派の作品がオーバーラップしてくるのが‘月と縞馬’、ルソーにも未来派にも関心が深いのでこういう作品には敏感に反応する。加山は日本画家ではあるが、この絵をみると洋画家が裸足で逃げ出さざるをえないほど西洋画の手法に通じている。まさに生まれながらにして天賦の才能を授けられたといっていい。

‘月と駱駝’は砂漠のなかで生きる駱駝のイメージがピッタリの作品。この絵でおもしろいのは加山流のシュルレアリスム、砂丘の上で体を寄せ合って眠る3頭の駱駝の姿が夜空の月にそのまま映っている。このよく見ないと気づかない控えめなシュール表現が加山らしいところ。

一度みたら忘れられないほど強いインパクトをもっているのが牙をむく‘狼’、そしてすこしおとなしくなった狼や鴉をモチーフにして描いたのが動物画の集大成と位置づけられる‘冬’、この絵は西洋絵画が好きな方ならすぐぴんとくるはず。そう、ブリューゲルの‘雪中の狩人’の構図を借りて描かれている。

西洋の近代絵画だけでなく古典画のブリューゲルまで貪欲に吸収する加山又造、本当にすごい画家だなと思う。

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2016.02.05

横浜そごうでミニ‘岩佐又兵衛展’!

Img     ‘龐居士’(17世紀)

Img_0002     ‘和漢故事説話図 近藤師経と寺僧の乱闘’(部分 17世紀)

Img_0001     ‘和漢故事説話図 安宅’(17世紀)

Img_0003     ‘三十六歌仙図 在原業平’(17世紀)

福井県美の名前をしっかり覚えるきかっけとなったのは横山大観の回顧展でその所蔵作品をよくみたから。そのあと、再度この美術館が頭に刻まれたのは江戸時代の初期に活躍した絵師、岩佐又兵衛(1578~1650)に関心をもったとき。

又兵衛は福井で20年ほど過ごした。そのためこの地には又兵衛の作品が残っており、福井県美も重要な作品がいくつか所蔵している。どんな絵かは2004年千葉市美で開かれた‘岩佐又兵衛展’で知った。今回そごうにはそのとき出品されたものがでている。

もとは六曲一双の押絵貼屏風の一部だったのが‘龐居士’(ほうこじ)、描かれているのは龐居士が籠を編み、そばで妻がそれをみているところ。じっとみてしまうのが松の葉や籠が表現された繊細な描線。千葉市美でみたときの印象が薄いので時間をかけてみた。

‘和漢故事説話図’は12点全部披露されたが、展示してあったのは8点で4点が前期と入れ替わっていた。そのなかで血が騒ぐのが動きの激しい‘近藤師経と寺僧の乱闘’、こういう場面をみると、‘山中常盤物語絵巻’にでてくる義経が悪党たちの首や手をぶった切り、あたりに鮮血がドバっと飛び散るシーンが目に浮かぶ。

‘安宅’でおもしろいのは大芝居をうつ弁慶の姿がほかの人間より異様に大きく描かれていること。大魔王がその場の空気を支配し、まわりの人物を瞬間的にフリーズさせている感じ。

回顧展のとき数多く出ていたのが歌仙絵、福井県美にあるのは最も早い時期に描かれたもの。今回12図でており、展示替えはない。千葉市美では8図だったから、これは大きな収穫。‘在原業平’や‘小野小町’など馴染みのある歌仙を楽しんだ。

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2016.02.04

圧倒される横山操の‘川’!

Img     横山操の‘川’(1956年)

Img_0002     加山又造の‘駱駝と人’(1957年)

Img_0001     川端龍子の‘花下行人’(1940年)

Img_0004     安田靫彦の‘天之八衢’(1939年)

福井県美から横浜にやって来た作品は全部で60点、そのうち近代日本画は35点、残りは岩佐又兵衛25点。今は後期だが、前期と後期で9点入れ替えがある。前期もみておけばよかったと思ったのは横山操(1920~1973)。今回みた‘川’と同じ年に制作された‘網’を見逃したのは痛い。

このところ横山操の画集をみていなかったので、福井県美にこの‘川’があることを忘れていた。腹にずしんとくる絵。川縁に建ち並ぶ家屋が黒の塊として描かれた画面、じっとながめていると地方の町のちょっとひんやりした空気に体がつつまれてくる。そして、手前中央の白いところは舟の一部であることに気づく。垂直にのびる黒いものは帆柱。

最初の部屋で受けた強い衝撃をひきずりながら進んでいると横山とうまがあった加山又造(1927~2004)の動物シリーズ‘駱駝と人’がひょいと現れた。この絵は何回かあった回顧展でみた覚えがある。又造の若いころの作品にはブリューゲル、未来派、シュルレリズムなど西洋絵画の表現方法がとりいれられている。加山に限らず日本画をやっている画家のほうが洋画家より西洋絵画の様式のエッセンスを深く吸収しているかもしれない。

今回、はじめてみた作品で強く引きこまれたのは芳崖の龍と羅漢を描いたものと川端龍子(1885~1966)の‘花下行人’、龍子は親密度の高い画家。大田区にある記念館に何度も通い大作の数々を目のなかに入れ、回顧展も3度体験した。だから、作品はかなりみたつもりだったが、まだおもしろい絵が残っていた。

この絵が描かれた視点にハッとする。満開の桜を楽しむ人々の姿が地上20mくらいの空中から木の枝の間を覗きこむように描かれている。いままで花見の絵はいくつもみてきたが、この描き方には参った。

ひさしぶりに出会ったのが安田靫彦(1884~1976)が日本書記の神話を題材にした描いた‘天之八衢’(あめのやちまた)、この場面は胸を露わにしている女神と槍を持ち右手で行き先を示している男神が緊張した面持ちで話をしているところ。この絵は東近美で開催される‘安田靫彦展’にまた出品されるような気がする。

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2016.02.03

目を楽しませてくれる‘福井県美展’!

Img_0003     菱田春草の‘落葉’(左隻 1909~10年)

Img     狩野芳崖の‘伏龍羅漢図’(1885年)

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Img_0002     下村観山の‘寿星’(1915年頃)     

Img_0004     今村紫紅の‘日蓮辻説法’(部分 1903年)

現在、横浜そごうで開催されている‘福井県美所蔵 日本画の革新者たち展’(1/16~2/16)をみてきた。北陸地方の福井県、県立美術館の名前は横山大観や菱田春草の作品をいくつも所蔵している美術館としてずいぶん前から知っているが、福井市へはまだ行ったことがない。

そごう美は地方の美術館にある質の高いコレクションをまるごともってきて展示しようという思いがあるようだ。同じような趣旨で開かれた展覧会としては以前、日本橋三越で島根県の足立美所蔵の大観が展示されたことがあるし、国立新美は今、倉敷の大原美にある豪華な西洋絵画にスポットをあてている。

今回福井県美からやって来た作品は‘館自慢の作品全部お見せします!’という感じで、まるで傑作がずらっと並ぶ東博の常設展示をみているよう。なかでも惹かれるのが菱田春草(1874~1911)の‘落葉’、2年前東近美でお目にかかったが、こういう名画は何度々もみたくなる。

チラシをみて非常に気になっていたのが狩野芳崖(1825~1888)の‘伏龍羅漢図’、思わず‘これはいい!’と唸ってしまった。すぐ単眼鏡をとりだし龍の鱗の精緻な描写をじっくりみた。この絵は長いこと行方不明だったが、1994年に県内の篤志家から寄贈されたという。とてもいい話。横浜でみれたのは幸運だった。

もうひとつ収穫だったのが下村観山(1873~1930)の‘寿星’、寿星はカノープスという星座のことで七福神の一人、寿老人はこれを神格化したもの。杖を横におき岩の上に座っている寿老人とその従者である鹿を左隻と右隻の中心にどんと配置する構図がなかなかいい。

歴史画にもいい作品を残している今村紫紅(1880~1916)が描いた‘日蓮辻説法’はライブ感にあふれた作品、話を聞いている人々は日蓮を取り囲むように立っているので日蓮も説法に熱が入ったにちがいない。

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2016.02.02

ボスの没後500年を記念した大規模回顧展!

Img_0001 ‘守銭奴の死’(1500~10年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_2     ‘快楽と大食の寓意’(1500~10年 イエール大美)

Img_0002_2     ‘この人を見よ’(1486~1505年、フィラデルフィア美)

昨年12月、フィラデルフィア美でボス(1453~1516)の絵を‘この人を見よ’など3点みた。このとき目に力を入れてみたのは今年の2月からボスの生まれたオランダ南部、スヘルトーヘンボス市で没後500年を記念した大回顧展(2/13~5/8)が開催されることを知っていたから。今回はローマであったカラヴァッジョ展のときのような特別鑑賞旅行は叶わないのでここでボスの世界を楽しもうという思いだった。

このボス展には1/31まで三菱一号館美で展示されていた‘愚者の石の切除’(プラド美)、‘愚者の船’(ルーヴル美)、‘守銭奴の死’(ワシントンナショナルギャラリー)などボス本に載っている有名な作品が数多く出品されるようだ。会期中は大勢のボスファンがこの街に押し寄せるにちがいない。

2014年10月に発行された‘芸術新潮’のボス特集号で最新のボス研究の成果や作品が掲載されている。この本によるとボスの真筆は20点という。また、興味深い話もでてくる。アメリカにある‘守銭奴の死’と‘快楽と大食の寓意’、そして‘愚者の船’は今は別々の美術館にあるが、もともとは同じ祭壇画を構成する作品だったらしい。

このことは2003年の2月に放送された日曜美術館のなかで平岡いう女性のボス研究者が解説してくれた。そこでは中央のパネルの‘カナの婚礼’(ロッテルダム ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美)については真筆かどうかはふれられていなかったが、‘芸術新潮’ではボスのオリジナル作品は現存せず後世の画家による模写とされている。

‘快楽と大食の寓意’を所蔵するイエール大美にはゴッホの‘夜のカフェ’もある。ニューヘブンはNYからだと簡単に行けそうなのでまた東海岸を旅行することがあったら、真っ先にめざしたい。

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2016.02.01

あと1ヶ月で‘カラヴァッジョ展’!

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スポーツイベントや音楽などのエンターテイメント同様、美術品の展覧会も多くのものが同時並行的に開催されている。そのなかで関心の高いのは西洋絵画が中心のもの、日本画、浮世絵、そしてやきものなどの工芸、だいたいこの4つを軸に鑑賞計画を立てている。

年ごとにみると西洋美術に活気がある年もあれば日本美術が目を見張らせる年もある。今年は数でも質の高さでも西洋絵画のほうが圧倒している。すでに1月中旬からいいのが3つはじまっている。森アーツセンターの‘フェルメールとレンブラント’(1/14~3/31)、東京都美の‘ボッテイチェリ展’(1/16~4/3)、江戸東博の‘レオナルド・ダ・ヴィンチ展’(1/16~4/10)。チラシに大きく載っている目玉作品をみるだけでも感動の袋はパンパンに膨らんでいきそう。

今年は日本とイタリアが国交を樹立して150年という節目の年だから、イタリアの美術館からどどっと傑作がやって来る。まずはルネサンスのダ・ヴィンチとボッテイチェリが登場し、夏には国立新美でヴェネチアにあるアカデミア美所蔵のベリー二やティツィアーノなどが公開される。

そして、あと1ヶ月もすると最も期待しているカラヴァッジョの回顧展(3/1~6/12)が西洋美ではじまる。今西洋美術好きの人にカラヴァッジョ展のことをPRしまくっている。全部で10点出品されるが、まだ一部はNO情報。こういうときは入館後、ワクワク体験がおきる。

4月に入るとまたビッグな展覧会がスタートする。大きな話題になりそうなのがルノワールのあの有名な絵。よくぞ日本へという思いの強い‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’、オルセーへ出かけなくてルノワールの最高傑作がみれるのだから最高。日本全国からルノワールのファンが押し寄せるだけでなく、美術好きの中国人、韓国人、台湾人だって六本木に集結するかもしれない。昨年のモネ展と同じように大人気の展覧会になりそう。

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