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2015.11.18

近代日本美術の煌き! 1929年(昭和4) その一

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Img_0003     横山大観の‘夜桜’(大倉集古館) 上が右隻で下が左隻

Img_0001     速水御舟の‘名樹散椿’(重文 山種美)

Img     中村岳陵の‘白狗’

1930年イタリアのローマで日本美術展覧会が開催され、横山大観(1865~1958)をはじめとし80人の日本画家が作品を出品した。‘夜桜’も速水御舟(1894~1935)の‘名樹散椿’も日本式の展示会場の一角に飾られた。このとき大観は64歳で御舟は35歳。

‘夜桜’をはじめてみたのはこの絵を所蔵している大倉集古館。ちょうどこのころ名古屋へ転勤することになり、しばらく東京を離れるので大観の‘夜桜’を目のなかに入れておこうということになった。ところが、ほかの美術館で時間をとられ大倉集古館についたのは閉館15分前、このときの対応が太っ腹で‘料金はいいですからどうぞ見てください’と言われた。

わずかな時間だったが、見事な屏風絵にテンションは一気に上がった。目に焼きつけたのが右隻の月が顔をだしている夜空の深い群青色と山桜を照らしだすかがり火。そして、かがり火と松の緑青に引き立てられ晴れやかに咲き誇る桜。本物の夜桜をこんな演出でみたらアドレナリンがどっとでるにちがいない。

写実に徹底的にこだわった御舟は画風を一変させ日本画のもっている装飾性や様式美を表現する世界へ入っていく。これは天才肌の画家、御舟にとっては予定の流れだったのかもしれない。そして傑作‘炎舞’と‘名樹散椿’が生まれる。‘夜桜’よりも‘名樹散椿’のほうが絵の調子はずっと琳派的。光琳の‘紅白梅図’とコラボしている感じがする。

中村岳陵(1890~1969)は下田生まれの画家。10年くらい前、東近美で開催された琳派展に‘白狗’は菱田春草の‘落葉’や山口逢春の‘扇面流し’などと一緒に展示された。琳派のDNAはいろんな画家の表現のなかに入り込んでいる。

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