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2015.11.19

近代日本美術の煌き! 1929年(昭和4) その二

Img_0001     前田青邨の‘洞窟の頼朝’(重文 大倉集古館)

Img          松岡映丘の‘屋島の義経’(東近美)

Img_0002     橋本関雪の‘猿猴図’(大倉集古館)

歴史が好きな人なら思い入れの強い人物が一人や二人はいるはず。桃山時代であれば織田信長が好きという人は多い。そして、幕末の志士なら坂本龍馬とか高杉晋作、西郷隆盛も人気が高い。

平安末期から鎌倉時代では平清盛、源頼朝、義経の3人が時代のヒーロー、いずれもNHKの大河ドラマに登場した。芝居や小説に最も取り上げられるのはなんといっても義経、日本画でも平家と源氏の戦いは歴史画のモチーフとして数多く描かれている。

横山大観が亡くなったあと院展をリードした安田靫彦(1884~1978)には頼朝と義経が再会する場面を描いた‘黄瀬川陣’(重文 東近美)があるし、前田青邨(1885~1977)にも代表作‘洞窟の頼朝’がある。追い詰められて洞窟に逃げ込んだ頼朝主従、ひとりひとりの大きくて鋭い目がはりつめた緊張感を見事に表現している。その内面の描写とともに心に強い印象を与えているのは武将たちの大きな鼻、この鼻は一度みたら忘れられない。

松岡映丘(1881~1938)の‘屋島の義経’はふつうにイメージする義経像とはだいぶ異なる。この顔と体躯はどちらかというと頼朝を連想させる。義経というとどうしても弁慶と橋の上で戦った場面が頭にこびりついているので、この仁王立ちした頑強な武士が義経といわれるとちょっと戸惑う。そんな違和感はあるものの、義経が身に着けている兜や鎧の精緻な描写には200%惹きつけられる。

橋本関雪(1883~1945)は竹内栖鳳のように動物画を得意とした画家。この‘猿猴図’は昔から中国でよく描かれた画題で1930年ローマで開かれた日本美術展に出品された。手長猿の手足を枝の形に呼応するように描いているところがおもしろい。

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