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2015.11.30

近代日本美術の煌き! 1933年(昭和8) その二

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Img_0003     冨田渓仙の‘御室の桜’(福岡市美)

Img_0001     速水御舟の‘春池温’(山種美)

Img     安井曾太郎の‘奥入瀬の渓流’(東近美)

冨田渓仙(1879~1936)が描いた桜の絵で心に強く残っているのは‘祇園夜桜’(1921年)、‘東山夜桜図’(1932年)、そして‘昭和の日本画100選’に選ばれた‘御室の桜’。

御室は京都の仁和寺の別称、ここにある八重桜は樹高が高くなく地をはうように枝をのばすのが特徴、この桜を渓仙は祇園夜桜とは画風を変え、写実的に美しく描き上げた。とくに印象深いのが右から斜め上に長くつきでた枝の描写。6年前にあった回顧展(茨城県近美)でようやく対面が叶い息を呑んでみていた。

鯉の名手としてすぐ頭に浮かぶのは前田青邨、福田平八郎、川端龍子の三人、また数は少ないが速水御舟(1894~1935)にもいい鯉の絵がある。‘春池温’が忘れられないのは鯉がこちらのほうに向かってくるのと鯉の動きによって水面にS字の波文ができているところ。そして赤い桃の花と鯉の組み合わせもピッタリ。

安井曽太郎(1888~1955)の風景画で心を打つのは‘外房風景’と‘奥入瀬の渓流’。‘奥入瀬’は東近美でよくお目にかかり大変魅了されていたが、実際に東北旅行で奥入瀬を体験したあとは実景のすばらしさをそのまま伝えてくれるこの絵にいっそう惹かれるようになった。

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2015.11.29

近代日本美術の煌き! 1933年(昭和8) その一

Img_0001      竹久夢二の‘水竹居’(竹久夢二美)

Img     中村岳陵の‘女給’

Img_0003     橋本関雪の‘進馬’(三の丸尚蔵館)

1931年竹久夢二(1884~1934)は念願の外遊がかない6月横浜港よりアメリカに旅立った。そして翌年の9月にアメリカからヨーロッパへ渡った。ヨーロッパでは滞在した10カ月の半分をベルリンで過ごした。

現在、本郷の竹久夢二美にある‘水竹居’は夢二がベルリンにいたとき描かれたもの。この年1月30日、ヒトラーが政権の座につき首都ベルリンは熱気にあふれかえっていた。絵のモデルは夢二のガールフレンド。夢二式美人になると日本人でもドイツ人でもあまり変わりがないような感じだが、足を組み座っているところや胸が大きいので現地の女性。

‘水竹居’は清流と竹林のある書室のことで中国の故事ではこれが文人墨客にとって理想的なの住まい。竹の描写をみると夢二の水墨の腕もたいしたもの。この絵はライン川のほとりの街に住むコレクターが所蔵していたが、今は竹久夢二美におさまっている。

中村岳陵(1890~1969)の都会で働く女性を描いた‘女給’はお気に入りの作品。風俗画が好きなので当時の空気や香りを運んでくれるこういう作品には敏感に反応する。ほかに女店員、レビューガール、チンドンや、奇術師、エレベーターガール、看護婦がある。

そのなかで思わず足がとまるのが‘女給’、後ろをふりむいてみているのは熱くなっている男女のシルエット、女給はどんな気持ちでみているのだろうか、‘今このカクテルをもっていくのはやめたほうがいいかな、お客さんはお楽しみ中なので、羨ましいな’、それとも、‘あーあ、嫌ねぇ、ここは個室じぁないんだから、あまり大胆なことは遠慮してよね’と感情的になっているのか。

橋本関雪(1883~1945)には猿とともに馬にもいい絵が多い。‘進馬’は岩崎家の依頼で昭和天皇御即位奉祝品屏風として描かれた。存在感のある3頭の馬が進んでいく様子が横からの姿でとらえられている。大きな絵で目の前に本物の馬がおり首をたれたりいなないたりしているよう。

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2015.11.27

近代日本美術の煌き! 1932年(昭和7) その二

Img     福田平八郎の‘漣(さざなみ)’(大阪府立近美準備室)

Img_0003     松岡映丘の‘右大臣実朝’(日本芸術院)

Img_0001     安井曾太郎の‘薔薇’(ブリジストン美)

Img_0002     須田国太郎の‘法隆寺塔婆’(東近美)

日本画家にはいろいろなタイプがいるが、普通イメージする日本画家の枠にはおさまらない画家も何人かいる。福田平八郎(1892~1974)もその一人。1932年に描かれた‘漣(さざなみ)’をみてこれが日本画と思う人はまずいないだろう。10人いれば10人が抽象画をイメージする。

絵の横にあるプレートをみると題名はさざなみとある。それで絵をもう一度みてみる。たしかに風がつくるさざなみの情景が次第に浮かんでくる。現代琳派を思わせる‘花菖蒲’を描き、こんな現代アートのような作品も手がける。平八郎の画才には本当に感心させられる。

松岡映丘(1881~1938)の‘右大臣実朝’は歴史人物画の傑作。描かれているのは右大臣に任ぜられた実朝が正月鶴岡八幡宮で行われた拝賀の儀式にむかうため牛車から降りようとする場面、このあと実朝には悲しい運命が待ち受けている。神拝を終えて帰る途中、兄頼家の子、公暁に刺殺される。実朝の悲劇的な運命を暗示するかのような黒を基調にした色調と牛車の車輪を一部した見せない描き方が緊迫感を生み出している。

倉敷の大原美の安井曾太郎1888~1955)コレクションも有名だが、ブリジストン美にも目を見張らせるいい絵がある。‘薔薇’は静物画のなかでは一番のお気に入り、セザンヌやマネの静物画の横に並べても見劣りしないと思わせるほどのすばらしい出来栄え。薔薇のもっている明るさや生命力がストレートに伝わってくる。

須田国太郎(1891~1961)の回顧展を一度体験したことで、作品のラインナップがおおよそ頭のなかに入った。ぐっとくるのはいくつもあるが、強く印象に残っているのが‘法隆寺塔婆’、法隆寺をとりかこむように立つ太い棒のような木々、木の垂直線と法隆寺の各層の屋根の線がつくりだす幾何学的な画面構成が対象の存在感を際立たせている。

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2015.11.26

近代日本美術の煌き! 1932年(昭和7) その一

Img_0002          竹久夢二の‘五月の朝’(竹久夢二伊香保記念館)

Img     山川秀峰の‘序の舞’(東近美)

Img_0001     菊池契月の‘少女’(京都市美)

1991年、朝日新聞が主催し‘昭和の日本画百選’が行われた。これがわが家の近代日本画のバイブル。ここに選ばれた絵をずっと追っかけているが、現時点で90点が目のなかに入った。コンプリートするのにあと何年かかるかは予想がつかない。

竹久夢二(1884~1934)は‘五月の朝’が選ばれた。この絵も‘黒船屋’同様、伊香保の記念館に出かけなければみれない。公開されるのは絵のタイトルにちなんで5月、予約をとって二度目の伊香保旅行をした。夢二が絵を描いたのは念願の外遊でアメリカに滞在していたときで、モデルはカルフォルニアでみつけた女性。だから目がぱっちりしている。

この絵がすばらしいのは配色がいいこと。襟と窓の外の空の色が同色の青系で、着物と画帖、そして縁側がぴったり合った明るい土色。そしてピンクがかった赤い帯。こうした色が女性の白い肌を浮き上がらせている。‘黒船屋’とともに魅了され続けている。

‘序の舞’といわれれば、日本画が好きな人なら上村松園の絵とピントくる。この絵が描かれるのは昭和11年(1936)のこと。その前に同じ題名で描いた画家がいる。鏑木清方門下の山川秀峰(1898~1944)、この美人画家の作品を多くもっているのは目白の野間記念館と福富太郎コレクション。

最近は足が遠のいているが野間記念館でいい気持にならせてもらったが、もっとも惹かれているのは東近美にる‘序の舞’。小顔の女性が舞う‘序の舞’も魅力いっぱい。ついじっとみつめてしまう。

菊池契月(1879~1955)の‘少女’は肖像画としてはユニークなポーズをしている。地味な着物を着た少女は膝を抱えて横向きに座り、顔をこちらにむけている。三角形の安定した構図なので少女の全身が自然と目に焼きつけられる。はじめて会ったときはほかの女性を連想しなかったが、今はすぐ女優の松下奈緒が頭に浮かぶ。

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2015.11.25

近代日本美術の煌き! 1931年(昭和6) その二

Img_0002     川合玉堂の‘鵜飼’(東芸大美)

Img_0004     小茂田青樹の‘虫魚画巻’(東近美)

Img_0001     安井曾太郎の‘外房風景’(倉敷 大原美)

Img     橋本平八の‘幼児表情’(東近美)

画家のなかには一つのモチーフを何度も描く画家がある。例えば伊藤若冲といえば、鶏の絵がいっぱいある。そして富士山なら横山大観、

川合玉堂(1873~1957)が数多く描いたのは鵜飼。過去2度大きな回顧展を体験したのでいい鵜飼の絵に出会った。ところが、追いかけていた鵜飼の絵は出品されなかった。それは東芸大美が所蔵するもの。この鵜飼の最高傑作といわれる作品に会えたのは8年くらい前、ようやく東芸大美で願いが叶った。

うわさに違わず感動する絵だった。鵜匠と鵜がぴたっと呼吸をあわせ一心不乱に魚をとっている。川の水面は大きく揺れ鵜はひっきりなしにもぐっといく、それを明るく照らすかがり火、その煙が小舟の上をゆらゆら流れていく様がどこか能の舞台の光景を思わせる。中央の大きな岩のむこうに目をやるとそこにもかがり火がたかれ真剣勝負の真っ最中。この絵は一生の思い出。

東近美でときどき全点展示され‘虫魚画巻’は小茂田青樹(1891~1933)の代表作。6点ある虫や魚のなかでもっとも夢中にさせるのはここにあげた2点。ともに夜の光景。上で描かれているのはあざみの花と蜘蛛の巣の組み合わせ、下は月明りで乱舞する蛾の群れが主役で脇をかためるのはアマガエルやバッタ。

小さいころ巣をはった蜘蛛をよくケンカさせて遊んだ。だから、この黒地に黄色の太い線が横にのびる蜘蛛をみると敏感に反応する。青樹は蜘蛛の歯がするどいことを知っているので、二匹の蜘蛛と赤紫の花は魅惑的だがとげがあるのでちょっと手にするのは敬遠されるあざみをコラボさせようと思ったのかもしれない。

来年1/20~4/4に国立新美で大原美コレクション展が開催される。楽しみにしているが、出品作のなかに入っていてほしいのが安井曾太郎(1888~1955)の‘外房風景’、みればみるほど安井はセザンヌが好きだったのだなと思う。もう何年もみていないので再会したい。

橋本平八(1897~1935)は三重県の伊勢市出身の彫刻家、これまでお目にかかった作品はほんの片手ほど、東近美でお馴染みなのが‘幼児表情’。このタイトルがいい。子どもはどうも機嫌がよくない感じ。自分のいうようにならなくのでお母さんに反抗しているよう。

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2015.11.24

近代日本美術の煌き! 1931年(昭和6) その一

Img_0002     竹久夢二の‘立田姫’(岡山 夢二郷土美)

Img_0003     菊池契月の‘朱唇’(京近美)

Img        小林古径の‘髪’(重文 永青文庫)

Img_0001     中村岳陵の‘婉膩水韻’(静岡県美)

日本画家を図録の数の多さでランキングをつけると横山大観、上村松園、東山魁夷、そして竹久夢二が上位にくる。これは何度も回顧展が開かれているということで画家の人気の高さを表している。

昨年秋、横浜高島屋で竹久夢二(1884~1834)の回顧展が生誕130年を記念して行われた。そのときの出品作は岡山にある夢二郷土美のコレクションンが中心、ここで一番のお気に入りが‘立田姫’。

真っ赤な着物を着た立田姫は首がちっとヘン。どくろ首のようにぐるっとまわってこちら向きになっている。たしかにこの農作物の豊作をつかさどる秋の女神の姿は人間離れしている、でもそれはあまり気にならない。この絵をはじめてみたときすぐイメージしたのは中島みゆき、だからいつもみゆき姫と会っているような気持になる。

菊池契月(1879~1955)の‘朱唇’にも心を奪われている。このちょっと微笑んでいる表情がじつにいい。NHKの大河ドラマに出演しした女優で思い浮かぶのは‘平清盛’があったとき静御前を演じた武井咲ちゃん。

小林古径(1883~1957)の‘髪’を所蔵しているのは永青文庫、画集に必ず載っているような有名な絵にはよくお目にかかれるものとなかなかみる機会がないものがあるが、この‘髪’は後者のほう。だから、まだ2回しか対面してない。髪は女性をイメージするとき大事な要素、そして長い髪は女性の美しさをいっそう引き立てる。この絵をみるたびに髪は女性の命なんだなと思う。

昨年2月、中村岳陵(1890^1969)のドキッとする作品に出会った。それは長い黒髪の女性が裸で川を泳いでいる場面を描いた‘婉膩水韻’、そしてすぐ頭をよぎったのが鏑木清方の人魚の絵。日本画家だからといっていつもおとなしい絵ばかり描いているわけではない。どの画家だって一枚や二枚は普通受けとめられているイメージとはちょっとズレるものがある。

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2015.11.23

近代日本美術の煌き! 1930年(昭和5) その三

Img_0002          小茂田青樹の‘春の夜’(埼玉県近美)

Img_0001     小川芋銭の‘狐隊行’(茨城県近美)

Img     バーナード・リーチの‘鉄絵組合せ陶板・獅子’(倉敷 大原美)

美術の書物が並んでいるなかでとりわけ手に取るのが楽しいのが一人の画家の作品をどっと集めた画集。その大半は美術館で開催された回顧展の図録。お気に入りの画家についてはこうした図録が一通り揃っているのが理想。

今年つけ加わったピースは日本画では小杉放菴、田能村竹田、久隅守景の3人、今日とりあげる小茂田青樹(1891~1933)と小川芋銭(1868~1938)はまだここに入ってない。

小茂田青樹は5月世田谷美で行われた‘速水御舟とその周辺’展でお目にかかる機会があり新規に10数点みることができた。速水御舟(1894~1935)と同じような細密描写もあれば琳派的な作品もある。御舟と青樹の作品をみていると太陽の周りをまわ双子の惑星のように思えてならない。

埼玉県近美にある‘春の夜’はとてもユーモラスな絵。猫が獲物をつかまえようとしのび足ですすんでいるところを木の枝にとまったみみずくがじっとみている。空間構成が巧み。ぱっとみると猫とみみずく、そして梅の木のシールをぺたぺたと貼ったようにみえるが、地面に散らばった花びらによってみみずくのいる木は猫のいる地点からだいぶ離れたところに立っているようにみえる。でも、みみずくは猫の真上にいる感じ。これは一種のだまし絵。

芋銭の‘狐隊行’には口元が思わずゆるむ。狐火をくゆらせながら湖畔を進んでいく狐たち、先頭の狐がちょうど真ん中にいるので画面のなかに動きができている。狐たちは水平に進み、野の草のなかにのびる道はくの字に曲がっている。なんとはない光景だが長く心に残る。

倉敷にある大原美には民藝派の陶芸家のいい作品が数多くある。そのひとつがバーナード・リーチの獅子を描いた陶板。こんな口裂け女みたいな口をした獅子はみたことがない。そして、手足を四方にくねらせる姿は獅子がもっているパワーを全開させている感じ。元気をもらう作品とはこのこと。

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2015.11.22

近代日本美術の煌き! 1930年(昭和5) その二

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Img_0001     小林古径の‘清姫’(山種美) 上:日高川 下:鐘巻

Img_0003     鏑木清方の‘道成寺・鷺娘’(鎌倉大谷記念美)

Img     山口蓬春の‘扇面流し’

世の中には芝居を観ることを趣味にしている人が大勢いる。歌舞伎座や新橋演舞場の前で演目をみているとこれから楽しみでしょうがないという顔をした女性たちがいそいそと中へ入っていく。たまにはそういう人たちに交じって芝居観賞もいいかなと思うが、チケットを購入するまでにはいたっていない。

日本画には歌舞伎や能の演目を題材にして描かれたものが多いから、歌舞伎座に通うことになったら絵の見方に幅がでるかもしれない。小林古径(1883~1957)の‘清姫’はご存知の紀州の道成寺伝説を描いたもの。額八面のなかで、体が思わずフリーズするのが‘日高川’と‘鐘巻’。

安珍が忘れられなくなった清姫、黙って去っていった安珍を‘もう許さないからね!’とばかりに猛スピードで追っかける。後ろになびく長い髪が清姫の必死さを表している。そして、清姫は恐ろしい目をした蛇に変身し怒り狂って鐘に巻きつく。なかにいる安珍は可哀想に焼き殺されてしまった。

鏑木清方(1878~1972)も清姫を描いている。双幅の‘道成寺・鷺娘’はとびっきりの傑作、これは回顧展にはこれまででたことがない。だから、鎌倉の大谷記念美でしかみれない。はじめてみたとき着物の赤と白の輝きに目を奪われた。清方の美人画をたくさんみてきたが、完成度の高さではこれが一番。美術館が外に出さないのがよくわかった。

葉山にある山口蓬春記念館は7、8年前よく通っていた。洋画家としてスタートした山口蓬春(1889~1971)は途中から日本画に移った。作域は広く、いい水墨なども手がける。そしてこの‘扇面流し’のようないかにも琳派といった作品もある。蓬春は琳派の華麗な装飾美に惹かれていたのだろう。宗達が‘扇面流し’をみたらきっと‘蓬春はん、お上手でんな!’というにちがいない。

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2015.11.21

近代日本美術の煌き! 1930年(昭和5) その一

Img_0001     安井曾太郎の‘婦人像’(京近美)

Img_0003     古賀春江の‘窓外の化粧’(神奈川県近美)

Img     河井寛次郎の‘流掛壺’(日本民藝館)

秋の京都は紅葉をみる人がたくさんやってくるから人気のスポットは大混雑らしい、だからこの絶景をみたい気持ちはすごくあるのに、具体的な旅行計画がなかなか実現しない。そして、京都で一泊する旅だとホテルや旅館の予約が大変そう。CMは‘そうだ、京都へ行こう!’と駆り立てるが実際はかなり前から準備してないと楽しい旅行にはならない。

安井曾太郎(1888~1955)の‘婦人像’をみたのは展覧会ではなくて京近美の平常展示。いつだったか思い出せないが、びっくりするほどきれいな女性だったことはよく覚えている。昔の映画に登場する女優はこんな感じ、目鼻がはっきして口紅は真っ赤、すぐ思いつくのは京マチ子とか司葉子、まるで銀幕の大スターがポーズをとっているよう。

古賀春江(1895~1933)は青木繁と同じ久留米の生まれ。青木は28歳しか生きられなかったが、古賀も38歳の若さで亡くなっている。この‘窓外の化粧’は35歳のときの作品。タイトルはシュールっぽい表現だが、絵は難解になりがちなシュルレアリスムのように重くはなく、なにか商品を告知するチラシとかポスターのイメージ。

ビルの屋上で下着をみせて躍動する女性から放たれる生命のエネルギー、この強さ、このおおらかさがこの絵のすべてといっても過言ではない。空には降下するパラシュートがあり海は船がひしめき合っている。左下に目をやってようやくデ・キリコのマネキンのような人物がいることに気づき、この絵がシュルレアリスムの絵と納得する。

河井寛次郎(1890~1966)が身近に思えるのは幸いなことに渋谷の日本民藝館で作品を数多くみことができるから。‘流掛壺’はとても渋い作品。すっきりした壺の形と滝の水が茶色の岩肌にそって下に流れ落ちるような白の釉薬が心を打つ。

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2015.11.20

近代日本美術の煌き! 1929年(昭和4) その三

Img_0002     堂本印象の‘木華開耶媛’(部分 京都府立堂本印象美)

Img     平福百穂の‘堅田の一休’(東近美)

Img_0001     古賀春江の‘海’(東近美)

人との出会いが一期一会で終わることがあるように、心に強く刻み込まれた作品でも一度こっきりの鑑賞ということがままある。堂本印象(1891~1975)の‘木華開耶媛’(このやさくひめ)はそんな一枚。みたのは京都にある府立堂本印象美。

この美術館は立命館大学のすぐ近く。建物の外観のデザインは印象が描いた抽象画が野外に飛び出した感じでそのモダンな装飾は刺激に満ちている。日本神話に登場する女神をえがいたこの絵は日本版‘ヴィーナスの誕生’といったところ。

展覧会でみたことがないので、回顧展が開かれるとき以外は貸し出しをしないことを内規で決めているのかもしれない。この絵の情報は事前になかったため、突然現れたヴィーナスのようなこのやさくひめを呆気にとられてみていた。日本にもボッティチェリがいた!

平福百穂(1877~1933)の‘堅田の一休’、とても味のある作品でじっとみていると心が鎮まる。ハッとするのが構図のつくりかた。小舟を手前からだしその舳先に一休を座らせている。葦に囲まれた小舟で瞑想する一休の姿がじつにいい感じ。

東近美へよく足を運んでいたとき洋画のコーナーで定番だったのが古賀春江の‘春’、ダリのシュルレアリスムとちがってとっつきやすいのが特徴。視線が向かうのはやはり右の天を指さすモダンガール、画面にはいろいろなものが描かれている。灯台、帆船、潜水艦、飛行船、工場、そして魚やエビ、さらにカモメもいる。こんな未来を夢見るようなシュール絵画だと気軽にみれる。

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2015.11.19

近代日本美術の煌き! 1929年(昭和4) その二

Img_0001     前田青邨の‘洞窟の頼朝’(重文 大倉集古館)

Img          松岡映丘の‘屋島の義経’(東近美)

Img_0002     橋本関雪の‘猿猴図’(大倉集古館)

歴史が好きな人なら思い入れの強い人物が一人や二人はいるはず。桃山時代であれば織田信長が好きという人は多い。そして、幕末の志士なら坂本龍馬とか高杉晋作、西郷隆盛も人気が高い。

平安末期から鎌倉時代では平清盛、源頼朝、義経の3人が時代のヒーロー、いずれもNHKの大河ドラマに登場した。芝居や小説に最も取り上げられるのはなんといっても義経、日本画でも平家と源氏の戦いは歴史画のモチーフとして数多く描かれている。

横山大観が亡くなったあと院展をリードした安田靫彦(1884~1978)には頼朝と義経が再会する場面を描いた‘黄瀬川陣’(重文 東近美)があるし、前田青邨(1885~1977)にも代表作‘洞窟の頼朝’がある。追い詰められて洞窟に逃げ込んだ頼朝主従、ひとりひとりの大きくて鋭い目がはりつめた緊張感を見事に表現している。その内面の描写とともに心に強い印象を与えているのは武将たちの大きな鼻、この鼻は一度みたら忘れられない。

松岡映丘(1881~1938)の‘屋島の義経’はふつうにイメージする義経像とはだいぶ異なる。この顔と体躯はどちらかというと頼朝を連想させる。義経というとどうしても弁慶と橋の上で戦った場面が頭にこびりついているので、この仁王立ちした頑強な武士が義経といわれるとちょっと戸惑う。そんな違和感はあるものの、義経が身に着けている兜や鎧の精緻な描写には200%惹きつけられる。

橋本関雪(1883~1945)は竹内栖鳳のように動物画を得意とした画家。この‘猿猴図’は昔から中国でよく描かれた画題で1930年ローマで開かれた日本美術展に出品された。手長猿の手足を枝の形に呼応するように描いているところがおもしろい。

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2015.11.18

近代日本美術の煌き! 1929年(昭和4) その一

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Img_0003     横山大観の‘夜桜’(大倉集古館) 上が右隻で下が左隻

Img_0001     速水御舟の‘名樹散椿’(重文 山種美)

Img     中村岳陵の‘白狗’

1930年イタリアのローマで日本美術展覧会が開催され、横山大観(1865~1958)をはじめとし80人の日本画家が作品を出品した。‘夜桜’も速水御舟(1894~1935)の‘名樹散椿’も日本式の展示会場の一角に飾られた。このとき大観は64歳で御舟は35歳。

‘夜桜’をはじめてみたのはこの絵を所蔵している大倉集古館。ちょうどこのころ名古屋へ転勤することになり、しばらく東京を離れるので大観の‘夜桜’を目のなかに入れておこうということになった。ところが、ほかの美術館で時間をとられ大倉集古館についたのは閉館15分前、このときの対応が太っ腹で‘料金はいいですからどうぞ見てください’と言われた。

わずかな時間だったが、見事な屏風絵にテンションは一気に上がった。目に焼きつけたのが右隻の月が顔をだしている夜空の深い群青色と山桜を照らしだすかがり火。そして、かがり火と松の緑青に引き立てられ晴れやかに咲き誇る桜。本物の夜桜をこんな演出でみたらアドレナリンがどっとでるにちがいない。

写実に徹底的にこだわった御舟は画風を一変させ日本画のもっている装飾性や様式美を表現する世界へ入っていく。これは天才肌の画家、御舟にとっては予定の流れだったのかもしれない。そして傑作‘炎舞’と‘名樹散椿’が生まれる。‘夜桜’よりも‘名樹散椿’のほうが絵の調子はずっと琳派的。光琳の‘紅白梅図’とコラボしている感じがする。

中村岳陵(1890~1969)は下田生まれの画家。10年くらい前、東近美で開催された琳派展に‘白狗’は菱田春草の‘落葉’や山口逢春の‘扇面流し’などと一緒に展示された。琳派のDNAはいろんな画家の表現のなかに入り込んでいる。

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2015.11.17

近代日本美術の煌き! 1928年(昭和3) その二

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Img_0002     小林古径の‘鶴と七面鳥’(永青文庫)

Img_0003        竹内栖鳳の‘おぼろ月’(京近美)

Img     平福百穂の‘玉柏’(三の丸尚蔵館)

日本画への関心が深まってくると名作を残した画家の人生についての情報も集めたくなる。そこで、まず画集や回顧展で入手したなどを参考にしてどんな画業をたどったのかがインプットされる。さらにそこに追加されるのが画家自身の性格やキャラクター。こちらの話は画家のイメージをつかむのにより役立つこともある。

小林古径(1883~1957)は寡黙な人だったらしい。芸術家でおしゃべりな人は少数派だろうから、口数が少ないのが普通と思われるが、古径や川端龍子(1885~1966)はほとんどしゃべらないタイプの画家。

‘鶴と七面鳥’は古径の作品のなかでは最もいい絵かもしれない。はじめてお目にかかったとき、びっくりしたのは鶴の生き生きした姿、うずくまる七面鳥をみて‘やーやー、七面鳥ちゃん、元気、なにかおもしろいことない?’なんて語りかけているような感じ。この鶴の動に対して、石榴の枝の下にいる七面鳥は静の構え。本当にいい絵。

竹内栖鳳(1864~1942)の‘おぼろ月’は長年追っかけていた作品。2年前ようやく対面が叶った。絵の存在を知ったころは個人蔵だったが、今は京近美のコレクション。ずっと惹きつけられていたのは月をながめる狐の後ろ姿。こういうアングルから狐をとらえるのは栖鳳ならではの感性。ぱっとみると平板なイメージだが、しばらくみているとしっかり奥行きのある画面になっていることに気づく。

平福百穂(ひらふくひゃくすい、1877~1933)の‘玉柏’は近代琳派を思わせる作品、。連想させるのは鈴木其一(1796~1858)、左隻に描かれた岩の間を進む渓流は根津美にある‘夏秋渓流図’を彷彿とさせる。写実と装飾性をうまく融合させた近代感覚の風景画、今見ても新しさがある。

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2015.11.16

近代日本美術の煌き! 1928年(昭和3) その一

Img           鏑木清方の‘祭さじき’(福富太郎コレクション)

Img_0001     菊池契月の‘南波照間’(京都市美)

Img_0002     冨田渓泉の‘紙漉き’(右隻 東近美)

Img_0003     山口蓬春の‘現代風俗絵巻・ゴルフ’(三の丸尚蔵館)

上村松園(1875~1949)と鏑木清方(1878~1972)の美人画を絞り込むのは大変難しい。選びたい作品があまりに多いのでとても悩む。そういうときはもし何点か差し上げるといわれたらどれを上から順番に選ぶかを考えることにしている。

清方の作品を多く所蔵している福富太郎コレクション、そのなかで一番のお気に入りは‘祭さじき’、これまで2回みたが、もうメロメロ。美しい色白の肌と娘をモデルにした‘朝涼’以降よく描いた‘鏑木ブルー’の着物に視線が釘づけになる。

菊池契月(1879~1955)の‘南波照間’(はいはてるま)は沖縄を旅行したときの体験をもとに描いたもの。手前に糸を紡ぐ女性と正面向きの女性を大きく描き、緑を多く使った後ろの背景には野原と山の情景が時間がゆったりと流れているような感じで描かれている。どこか夢ような雰囲気につつまれた絵画構成が印象的。

東近美でよく展示される冨田渓泉(1879~1936)の‘紙漉き’はほっとする絵。かわいいなと思うのは一生懸命紙を漉いている2人の女性の丸い顔。造形的にはちゃんとしていなくて一見子供が描いたようで漫画チック、でもこの描き方がかえっていい。大きな目で顎のない顔は女優の川上麻衣子を思い出させる。

三の丸尚蔵館にある‘現代風俗絵巻’は12人の日本画家がそれぞれのテーマで当時の風俗を描いたもの、その最後の12図が山口蓬春(1893~1971)が運動というテーマで描いた‘ゴルフ’、まだ一部の富裕層しか楽しんでいなかったゴルフをモチーフにするという発想がおもしろい。

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2015.11.15

近代日本美術の煌き! 1927年(昭和2) その二

Img_0002        岡田三郎助の‘あやめの衣’(ポーラ美)

Img     里見勝蔵の‘室内(女)’(東近美)

Img_0001     杉浦非水の‘東洋唯一の地下鉄’(東近美)

肖像画というのは普通正面向きは横向きかは別にして顔は描くもの。ところが女性の場合、その顔を描かないものが例外的にある。日本画では竹内栖鳳(1864~1942)の‘アレ夕立に’、そして洋画では岡田三郎助(1869~1939)の‘あやめの衣’。

日本人画家が描いたものでも西洋画でも女性画をみることに大きな喜びを感じている。だから、顔の表情がわからないというのは興味が半減する。ところが、岡田三郎助の‘あやめの衣’だけは別扱い、洋画家が日本の女性を描いたもので半分日本画をみている気分になるのは三郎助の師、黒田清輝(1866~1924)の代表作‘湖畔’とこの‘あやめの衣’。鏑木清方の美人画とはまたちがった魅力に満ち溢れている。

ご承知のようのこの絵を長く所蔵していたのは福富太郎だが、財政難から手放さざるをえなくなりポーラコレクションに入った。ポーラ美でみたことはないが二度お目にかかる機会があった。4年前横浜そごうの‘藤島武二・岡田三郎助展’で再会しうっとりさせてもらった。

フォーヴィスムのブラマンクに影響をうけた里見勝蔵(1895~1981)はまだ両手くらいしかみていない。そのなかで強烈な印象が残っているのが‘室内(女)’、まさにフォーヴィズム、この裸婦の赤をみるたびに関根正二の‘少年’の赤を思い出す。

美術館をあちことまわるとき頻繁に利用するのが地下鉄、もっとも乗るのは銀座線。日本で最初にできた地下鉄がこの銀座線。昭和2年、開通を告知するポスターを制作したのはポスター画家杉浦非水、到着する電車とホームで待つ乗客たちを透視画法を使って見事に描かれている。パリで活躍したカッサンドルがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2015.11.14

近代日本美術の煌き! 1927年(昭和2) その一

Img_0001          鏑木清方の‘築地明石町’

Img     土田麦僊の‘大原女’(京近美)

Img_0003     堂本印象の‘春’

Img_0002     宇田荻邨の‘渓澗’(三の丸尚蔵館)

日本画の展覧会に何年も足を運んでいると、関心を寄せている作品をみる機会も生まれてくる。だが、それには多くの時間が流れる。だから、絵画と付き合いは長期戦。そうは思っててもあまりに長い間会えないと諦めモードになってくる。

鏑木清方(1878~1972)の最高傑作‘築地明石町’、絵の存在を知って以来魅了され続けているがまだ縁がない。これだけ待っても遭遇しないということはこの絵はたぶん行方がわからないのだと思う。人生願い事がすべて叶えられるわけではない。今はそんな心境。

土田麦僊(1887~1936の‘大原女’と会ったのは18年前、京近美であった回顧展。そのあと一度もお目にかかってないのでどんな絵だったか印象が薄れてきている。この絵には麦僊が欧州を旅行したとき見聞した西洋絵画の影響がいろいろみられる。3人の大原女が花の咲いている地べたに座る構図はマネの‘草上の昼食’を参考にしている。来年2016年は麦僊没後80年、どこかの美術館で回顧展をやってくれると嬉しいのだが。

2000年に堂本印象(1891~1975)の回顧展が日本橋の高島屋であったのだが、そのころ広島にいたためみることができなかった。その画集を京都にある堂本印象美を訪問したとき手に入れ、作品の全容がおおよそ頭のなかに入った。‘春’はどこかのデパートで開催された展覧会に出品されたもの。お姉ちゃんが妹の髪を整えてやる姿が目に焼きついている。

宇田荻邨(1896~1980)の‘渓澗’は‘淀の水車’とともにお気に入りの一枚。水しぶきが飛び散る渓流と鳥たちが忙しく枝にとまったり飛んだりしているところがすごくかみあっており、画面が揺れているように思える。

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2015.11.13

近代日本美術の煌き! 1926年(大正15) その三

Img_0002     板谷波山の‘彩磁禽果文花瓶’(重文 新潟 敦井美)

Img_0001     高村光太郎の‘鯰’(東近美)

Img     平福百穂の‘荒磯’(東近美)

新潟市にある敦井美は近代日本画や陶芸の珠玉のコレクションでその名が知られている。もうずいぶん前のことになるが三越か高島屋?でそれらがごっそり展示されたことがある。

絵画は大観、春草、川合玉堂、御舟などビッグネームの作品があそにもここにもあるという感じで息を呑んでみたが、やきものがまた名品揃い、板谷波山(1872~1963)、富本憲吉、楠部彌弌、河井寛次郎、そのなかで印象に強く残っているのが波山の‘彩磁禽果文花瓶’。

この花瓶は2006年に波山作品2点目の重文に指定された。とても大きな花瓶で高さが53.5㎝、胴径は40㎝もある。そして絵柄が見事、むきあった雌雄の鳳凰が彫刻の技をいかした薄肉彫で丹念に浮彫されている。また、背景にびっしり描きこまれた豪奢な唐草文にも目を奪われる。

東近美にある高村光太郎(1883~1956)の彫刻ですぐ思い浮かべるのはブロンズの‘手’と木彫の‘鯰’、この鯰は親しみのわくいい形をしている。木彫はほかには鳥、桃、柘榴などもみた。またカタツムリがはっている蓮根というのもある。身近に感じるものが作品なると夢中でみてしまう。

平福百穂(ひらふくひゃくすい 1877~1933)は歴史画、生き物、水墨、いろいろ描いているが、装飾性豊かな琳派的な作品‘荒磯’も思わず足がとまる一枚。モダンな造形感覚が感じられるのが波の表現、そのためつきでた岩の上にとまっている鳥たちより、まわりで揺れる波の形のほうに視線が釘付けになる。

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2015.11.12

近代日本美術の煌き! 1926年(大正15) その二

Img_0001     宇田荻邨の‘淀の水車’(大倉集古館)

Img      山口逢春の‘三熊野の那智の御山’(三の丸尚蔵館)

Img_0002     冨田渓泉の‘神庫’(パリ ポンピドーセンター)

現在休館中の大倉集古館、ホテルオークラもニリューアルに入ったので数年間はこのあたりを散策することがなくなった。大倉集古館の日本画コレクションには名画が揃っていることで有名。宇田荻邨(うだてきそん 1896~1980)の‘淀の水車’もその一枚。

絵に描かれている水車は実際に宇治川では昭和の初期まで稼働していて、その直径は4メートル位だったといわれている。広島にいたとき岡山県の奥のほうで形は違うが水車を目にしたことがある。水車によって水がパシャパシャが流れるのをみているのはじつに楽しい。この宇治川の水車はそばに水鳥が寄ってきていかにも雅な感じ。いつか再会したい。

仕事で名古屋に住んでいたとき熊野を旅行し念願だった那智の滝をみた。日光の華厳の滝が豪快なイメージを受けるのに対し、那智の滝はご神体という印象が強く身がひきしまる思い。

その那智の滝を描いたいい絵が近代日本画にもある。それは山口蓬春(1893~1971)の‘三熊野の那智の美御山’、那智の滝と熊野灘がこの絵のように一望できることは現実にはないが、画面の下の部分を俯瞰の構図、そして那智の滝は見上げるように描く画面構成は見事。構図とともに目を奪われるのが上の濃密な群青。この強い青が那智の滝の白さを浮かび上がらせている。

冨田渓泉(1879~1936)の‘神庫’は当時駐日フランス大使だったポール・クローデル(1868~1955)の依頼によって制作されたもの。じつはこの大使はあの女性彫刻家カミーユ・クローデルの弟。ポールは象徴主義の詩人・劇作家でもある。描かれているのは東大寺の法華堂の近くの校倉。2009年、パリから80数年ぶりに里帰りしたこの絵を見れたのは幸運だった。

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2015.11.11

近代日本美術の煌き! 1926年(大正15) その一

Img_0004     藤島武二の‘芳蕙(ほうけい)’

Img_0002     前田寛治の‘赤い帽子の少女’(兵庫県美)

Img_0001           松岡映丘の‘千草の丘’

Img     川崎小虎の‘狐火’(東現美)

美術品の鑑賞はライフワーク、心に響く名品をロングレンジで楽しもうというのが心の底辺にある。だから、まだ見ぬ名画についてもが粘り強く対面のときを待っている。洋画と日本画にひとつづつある。

藤島武二(1867~1943)が竹久夢二のモデルでもあったお葉に中国服を着せて描いた‘芳蕙’、ルネサンスの婦人の肖像画を思わせるこの横顔美人、画集で会って以来魅了され続けている。でも、なかなか姿を現してくれない。個人が所蔵しているため展示が実現しないのか、それとも行方不明なのか、よくわからない。同じ中国服を着ている女性の絵に‘東洋振り’というのがあるが、これは運よくみることができた。でも、‘芳蕙’に会わなければ思いは満たされない。

藤島武二のもとからいい画家が何人も育っていったが、鳥取の倉吉出身の前田寛治(1896~1930)もそのひとり。‘赤い帽子の少女’はぱっとみるとフィギュアの浅田真央ちゃんをイメージさせる。そして、ピカソが新古典主義時代とよばれる時期に描いた人物像と重なってくる。

松岡映丘(1881~1938)の回顧展が5,6年前練馬区美で開催されたとき、印象深い肖像画に遭遇した。草花に囲まれた女性が画面の真ん中に大きく描かれている‘千草の丘’、モデルは女優の初代水谷八重子、背景の風景がこれほど人物を引き立てる絵に出会ったことがない。回顧展の醍醐味はこういういい絵にお目にかかれること。

川崎小虎(1886~1977)はあの東山魁夷の義父、小虎はしょうこと読む。‘狐火’は清姫が空を飛ぶ場面を連想させるが、こちらの女性のほうが美形で艶っぽい表情をしている。なんだが、劇画のワンシーンをみているよう。

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2015.11.10

近代日本美術の煌き! 1925年(大正14) その二

Img          速水御舟の‘炎舞’(重文 山種美)

Img_0002     板谷波山の‘葆光彩磁草花文花瓶’

Img_0003     濱田庄司の‘白掛藍糖黍文花瓶’(大原美)

Img_0001     バーナード・リーチの‘蛸図大皿’(東近美)

蝶々と蛾を比べて蛾が好きだという人はたぶん少数派。その蛾をとびきり魅惑的にみせる絵画がある。それは速水御舟(1894~1935)が描いた‘炎舞’。描かれているのは焚火に集まってくる蛾、この絵の主役は一見すると炎のなかをぐるぐるまわる蛾の群れだが、下から生き物のように舞い上がる炎も強烈な印象を与えている。

動の炎に対して、静の蛾、そして炎が装飾性的に表現される一方で、蛾のほうはよくみると写実性豊かに描かれている。蛾の羽が放つ黄色、薄緑、白などの強い色彩力は本物の蛾が飛んでいるよう。この絵を見ているときだけは蛾のもっている嫌なイメージはすっかり消える。

昨年、板谷波山(1872~1963)の没後50年の回顧展が泉屋博古館分館で開催され名品がずらっと並んだ。初見のなかで思わず足がとまったのが個人が所蔵する‘葆光彩磁草花文花瓶’。目を引くのが花瓶のえもいわれぬほど美しい丸み、そして淡い気品のある色彩、こんな花瓶を毎日眺めていたらどんなに心が安まることか。

沖縄の壺屋から多くを学んだ濱田庄司(1894~1978)、その意匠にも沖縄の風景が取り入れられている。壺屋の仕事場のまわりに広がる砂糖黍畑を濱田は写生し糖黍文を元気よく白掛の花瓶に描いた。これを倉敷の大原美ではじめてみたとき、その生き生きとした砂糖黍にすごく魅了された。

以前東近美の別館、工芸館にも足しげく通っていた。ここには近代の陶芸家の名品が数多くあり、毎度楽しみだった。バーナード・リーチ(1887~1979)のインパクトのある‘蛸図大皿’も目を楽しませてくれた作品のひとつ。この蛸、大きな目がなんともユーモラス。足は蛇のようだから‘蛇蛸’という珍種かもしれない。

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2015.11.09

近代日本美術の煌き! 1925年(大正14) その一

Img_0001     松岡映丘の‘伊香保の沼’(東芸大美)

Img_0003     中村大三郎の‘婦女図’(京近美)

Img_0002        和田英作の‘野遊び’(東芸大美)

Img        小杉放菴の‘湧泉’(出光美)

絵画をみる回数がふえるにつれ、鑑賞した作品が時代や画家をこえてくっつくことがある。松岡映丘(1881~1938)の‘伊香保の沼’に登場する女性の姿をじっとみていると、すーっと美人画家の鏑木清方(1878~1972)の描いた妖艶な人魚が現れてくる。沼に足をいれてものうげにながめる女の視線の先にはとてもではないが入れない。

この‘伊香保の沼’の女性がつくるポーズとちょっと似ているのが‘婦女図’、描いたのは京都出身の中村大三郎(1898~1947)。この絵は江戸時代の初期に描かれた風俗美人画の近代版という感じ。顔は卵のように丸くて目も大きい。惹かれるのはまだある。花をもつきれいな手、ついじっとみてしまう。

和田英作(1874~1959)の‘野遊び’はまだ2度しかお目にかかってないが、まるで青木繁の作品のように日本の古代社会にタイムスリップするような気分になる。3人の女性は色鮮やかな花々に囲まれて自然を満喫するかのように目の前を静々と進んでいく。この絵で和田英作に開眼した。

小杉放菴(1881~1964)の回顧展が今年の2月、出光美で開催された。そこでとくに印象深かった作品が大作‘湧泉’、これは放菴が洋画家だったころの作品で東京大学大講堂を飾った壁画の習作。ほおずえをついている女性は彫刻的な造形で豊満な体のわりには顔は小さく円の型をそのまま線でなぞったよう。その大きな存在感に圧倒され声を失ってみていた。

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2015.11.08

気になるゴーギャンが今汐留ミュージアムに!

Img_0004

Img_0001  ゴーギャンの‘2人の子供’(1889年 ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美)

Img_0003     ゴーギャンの‘2人のブルターニュ女性のいる風景’(1888年)

Img  セリュジエの‘呪文或いは物語 聖なる森’(1891年 カンペール美)

美術館で開かれる展覧会には期待値のとても高い展覧会がある一方で、チラシに載っている一枚の絵が気になってついでかけてしまうものもある。現在、汐留ミュージアムで行われている‘ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展’(10/29~12/20)は後者の展覧会。

その気になる絵はゴーギャン(1848ー1903)がフランス、ブルターニュ地方(拡大地図で)のポン=タヴァンに滞在していたときに描いた‘2人の子供’、汐留ミュージアムでこの展覧会があることを知ったときからずっとこの絵が心のなかを占領していた。

はたして本物はどうだったか、この絵を所蔵しているのはデンマーク、コペンハーゲンにあるニイ・カールスベルグ・クリプトテク美。ゴーギャンの画集に必ず載っている有名な‘花をもつ女’もこの美術館のコレクションだから、‘2人の子供’もきっといい絵だろうと思っていたが、期待通り魅力あふれる作品だった。

画面いっぱいに描かれた左の女の子は薄紫とピンクのまじった色彩の背景が小山のような形になっているため、こちらに歩いてくるような感じ、動きをつくりだすためこの女の子と後ろの幼子を斜めに配置するアイデアがすばらしい。ゴーギャンの名画と遭遇するのはゴッホ同様大きな楽しみ。収穫の一枚だった。

ゴーギャンはほかに9点でている。だが、同じくコペンハーゲンからやってきた‘2人のブルターニュ女性のいる風景’以外は正直言ってそれほどぐっとこない。だから、勝手な言い方だが今回は2点豪華主義展。ポン=タヴァンに集まってきた画家のなかで足がとまったのはセリュジエ(1864~1927)の‘呪文或いは物語 聖なる森’。

はじめから狙いを定めてでかけたので3,4点楽しめれば十分。日本でゴーギャンのいい絵が2点もみれたのだからミューズに感謝しなければならない。

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2015.11.07

サプライズ! ニキ・ド・サンファルの‘ブッダ’

Img     ‘ブッダ’(1999年 YoKo増田静江コレクション)

Img_0001     ‘マダム’(1968年 ニキ芸術財団)

Img_0002     ‘タピスリー ペネロペの時間旅行’(1972~73年)

Img_0004     ‘蛇の樹’(1979年 YoKo増田静江コレクション)

村上隆の回顧展(森美)をみたあと、歩いて国立新美へ向かった。今、ここで‘ニキ・ド・サンファル展’(9/18~12/14)が開かれている。

ニキ・ド・サンファル(1930~2002)の展覧会は2006年大丸東京ミュージアムで体験した。この女性アーティストの作品はポンピドーで一度みたことはあったが、まとめてみたのはこのときがはじめて。楽しい思い出として残っているのはカラフルな立体作品‘ナナ’シリーズ。

今回も‘逆立ちするナナ’や‘泉のナナ’など見覚えのある作品が並んでいた。初見は緑のドレスと相対的に小さな顔が印象的な‘マダム(黒いバッグと緑のドレスで着飾ったナナ)、あまりのインパクトの強さにたじたじになった。

日曜美術館で紹介されみたくてしょうがなかったのがニキが亡くなる3年前の1999年に制作された‘ブッダ’、これはチラシに載っていなかったし大丸でYoKo増田静江コレクションは大半インプットされているので、2度目のニキはバリエーションを増やすのが目的だった。ところが、日曜美術館にこのブッダ像が登場したので俄然、見るぞ!モードにスイッチが入った。

なんとも存在感のある仏像、表現は現代アートの装いだが、しっかり仏像になっているのがすごい。頭と肩の部分がゴールド、そして胴と腰から下は青、赤、緑、紫の色ガラスがモザイクのように使われている。これは2011年に閉館した那須のニキ美術館で飾られていたのだろうか、‘ブッダ’は‘ナナ’とともに忘れられない存在になった。

一番のお目当てをみたのであとはリラックス気分でまわった。足がとまったのはタピスリー‘ペネロペの時間旅行’とガウディが設計したバルセロナの‘グエル公園’にあるドラゴンを連想させる‘蛇の樹’、ニキはガウディを意識したにちがいない。

昨年パリのグラン・パレで開かれたニキの大回顧展には60万人がつめかけたという。元気いっぱいの‘ナナ’の姿をみたら誰でも心が晴れやかになる。ニキに惚れ直した。

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2015.11.06

待望の村上隆の‘五百羅漢図’!

Img_0001      ‘五百羅漢図 白虎’(2012年)

Img_0003     ‘五百羅漢図 青龍’(2012年)

Img_0004     ‘五百羅漢図 朱雀’(2012年)

Img     ‘手と手を繋げよ’(2015年)

期待していた村上隆の‘五百羅漢図’(展示は10/31~3/6)をみるために六本木ヒルズの森美へでかけた。ここで企画展をみるのは久しぶり。以前はコインロッカーが少なくチケット代は高いのにサービス精神の欠如が目立つ好感度のよくない美術館というイメージが定着していたが、これが少しは改善されておりコインロッカーがスムーズに使えた。

展示室のレイアウトが不慣れなので最初はおどおどしていたが、村上隆(1962~)が今年制作した作品がどどっと現れたのでだんだん見るぞ!モードにある。画集ではみたことのある‘たんたん坊’や‘DOB君’、そして銀色の小型版‘大仏オーヴァル’などか夢中にさせる。おなじみのキャラクターがでてくる最新作が全部で何点でていたのかは出品リストも図録もない(12月下旬発売)のでよく覚えてない。こうした前菜を食べたあといよいよ目的の‘五百羅漢図’と対面。

この大壁画が2012年中東のカタールで公開されたとき、‘芸術新潮2012年5月号’がその全容を誌上で見せてくれたので描かれている内容はわかっている。本物と会ってわかったことがいくつもあった。100メートルもある壁画は4つのパートにわかれている。

最初は‘白虎’、4つあるなかではこれが一番‘五百羅漢図’らしい。天地3mの画面に羅漢たちは大きさで3つにわけられ横にずらっと配置されている。大半は正面をむいているが、一部の羅漢は横向き。大物羅漢の着物の柄でおもしろかったのが金魚、顔の特徴としては長い々まゆ毛が気を惹く。ここに登場する白虎は虎ではなく猫。ちっとも怖くない。

‘白虎’に対置されているのが‘青龍’、ここは大海原。羅漢の数は少なく、白鯨と青龍がどんといる。でもこの鯨と青龍の出来はよくない、顔がわかりにくいのが致命的、そのため視線は明るい色彩と渦巻の文様が印象的な波と羅漢の横にいる北斎漫画を連想させる小さな人物のほうに向かう。

次は‘玄武’、ここに描かれた龍も造形的にはパットしない。とにかく頭や顔のまわりがごちゃごちゃしすぎ。また、赤鬼、青鬼もまったくダメ、まっく鬼らしくない。雲の表現も稚拙。もうちょっとすっきりできないのかという感じ。これに対して、最後の‘朱雀’はとてもいい。中央の鳳凰が美しいし地面に座っている羅漢たちの表情のつくりかた、そして奥行きを感じさせる宇宙的な空間構成もすばらしい。

龍と鯨と鬼の表現は不満だがほかは200%感動した。さすが‘世界の村上隆’とおもわせる記念碑的な傑作、拍手々!

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2015.11.05

久隅守景の‘鷹狩図’は風俗画の傑作!

Img_0001      ‘鷹狩図屏風’(部分 17世紀 日東紡績)

Img     ‘四季耕作図屏風’(部分 17世紀)

Img_0003     ‘賀茂競馬・宇治茶摘図屏風’(部分 重文 17世紀 大倉集古館)

Img_0002     ‘許由巣父図屏風’(17世紀 東博)

サントリー美で開催されている‘久隅守景展’は今日から後期の展示、早速みてきた。今回のお目当てはチラシで大変興味をそそられた‘鷹狩図’。手元にある久隅守景に関連する本にこの絵は載っているのだが、色がついてるのはその一部だけ、だから、手に入れたチラシをみて鑑賞欲を強く刺激されていた。

これは八曲一双の大きな屏風、食い入るようにみてしまうのは鷹匠たちが鷹を使って鳥を捕まえる場面、緊迫感があり獲物を追っかけて人、鷹、犬が一体となり機敏に動く様子が濃彩で生き生きと描かれている。鷹とか鷲が鳥をよらえるところを絵のしたものは曽我蕭白と河鍋暁斎の作品が記憶に強く残っているが、蕭白のものは鶴が鷹に襲われている。

このときの鶴はまさに悲鳴をあげて逃げている感じ。それに較べると守景の描いた鶴のあわてぶりはだいぶゆるい、それでも鶴が鷹につかまる場面はあまり見たくない。鶴がこういう状況に陥ることは普通はイメージしないから可哀想という気分が先にたち心が痛む。

後期にも‘四季耕作図’は4点でていた。そのなかで思わず足が止まったのが人々が雨宿りをしているところ、すぐ東博にある英一蝶の絵が頭に浮かんだ。こういうわれわれでもよく遭遇する出来事がでてくると絵に対する親しみがわき画面に体がぐっと寄っていく。

‘賀茂競馬・宇治茶摘図’を久しぶりにみた。競馬はスピード感があり、人馬一体となって疾走する姿がカッコよく美しいのでみんなこのイベントが毎年楽しみだったにちがいない。スタート地点ちかくの柵に子どもがのぼりはしゃいでいるのが印象的。

中国の伝説の高士を描いた‘許由巣父図’にでてくる教訓話は絵画が趣味にならなければインプットされなかったこと。物欲がちょっとあったり上昇志向がふつうにあるくらいでないと生きていけないが、許由と巣父にとってはそれすらとんでもないこと。やはり凡人のほうがいい。

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2015.11.04

近代日本美術の煌き! 1924年(大正13) その二

Img     竹内栖鳳の‘班猫’(重文 山種美)

Img_0002     小川芋銭の‘夕風’(五島美)

Img_0003     新海竹太郎の‘鐘ノ歌’(三の丸尚蔵館)

Img_0001     小出楢重の‘帽子をかぶった自画像’(ブリジストン美)

最近新聞記事やTVの番組で‘犬派、猫派’というフレーズをみかける。どうやら今は猫派のほうが多いようだ。そういうことが関係しているのかもしれないが猫を使ったおもしろいCMもよく流れる。

好みでいうと昔から犬派だが、絵画とのつきあいが長いのでどの画家が猫を得意としているかはおおよそインプットされている。浮世絵師から思い浮かべてみると歌川国芳、その次が幼いころ国芳のところにいた河鍋暁斎、そのあとは竹内栖鳳、奥村土牛、加山又造と続く。

竹内栖鳳(1864~1942)の‘班猫’は大変有名な絵。2年前東近美であった大規模な回顧展で久しぶりに会った。毎度ドキッとするのが青緑の目、猫をいつもながめている猫派にはこういうポーズになんの違和感も感じないだろうが、ときどきみるくらいだとこんなに猫の体が曲がるのだろうかと思う。

鶏を多く描いた伊藤若冲にもアクロバティックな姿をみせる鶏が登場するが、栖鳳も猫の体の動かし方をを何度も何度みたにちがいない。そして、この姿がもっともぐっときたのだろう。これほど真に迫ってくる動物画はそうはない。猫派でなくてもこのまだら猫には200%魅了される。

小川芋銭(1868~1938)というとすぐ河童の絵描きというイメージをもつが、五島美にとてもいい絵がある。それは風にゆれるとうもろこしが目にとびこんでくる‘夕風’、描かれているのは農村の祭りに心がはずむ村人たちが中央にいるきれな白馬と一緒に行進している場面、とうもろこしの躍動感あふれる描写は楽しそうな祭りの気分をそのまま投影しているよう。つい列の後ろに並びたくなる。

新海竹太郎(1868~1938)の‘鐘ノ歌’は5年前、三の丸尚蔵館でとても惹かれた彫刻。鐘をつくる鋳物師の仕事ぶりを彫刻にするという発想に強く刺激され、ぐるぐるまわって食い入るようにみていた。鑿の跡を残し力強く彫られた鋳物師、その仕事ぶりは真剣そのもの。

ブリジストン美が所蔵する小出楢重(1887~1931)の‘帽子をかぶった自画像’がとくに印象に残っているのは二つの理由から。ひとつは小出が左利きだということ。もうひとつはどこかへ出かけるような服を着て絵を描いていること。この小出の制作スタイルをみてシュルレアリストのマグリットが頭をよぎった。

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2015.11.03

近代日本美術の煌き! 1924年(大正13) その一

Img          土田麦僊の‘舞妓林泉’(東近美)

Img_0002     川崎小虎の‘春の訪れ’(右隻 山種美)

Img_0003     菊池契月の‘立女’(長野県信濃美)

Img_0001     池上秀畝の‘国之華’(右隻 三の丸尚蔵館)

土田麦僊(1887~1936)というとすご頭に浮かぶのが舞妓と大原女、この絵は舞妓の着物の柄だけでなく背景の林泉(庭園)の情景までじっくりみると結構時間を食う。画面全体にわたって綿密な装飾が施されているが、舞妓や庭の色調はそう強くはないのでちょっと抑え気味の晴れやかさは気持ちよく心のなかにはいってくる。

川崎小虎(188~1977)は小虎という名前がおもしろいため日本画家であることはすぐ覚えたが、その作品をみる機会はあまりない。記憶に残っているのは山種にあるこの‘春の訪れ’と一度どこかのデパートであった回顧展でお目にかかった作品。いずれも源氏物語絵巻を彷彿とさせる古典画のイメージ、‘春の訪れ’はところどころ霞がかかりる空を天女のように舞う姿に心がとろけそう。

奈良の薬師寺に下膨れした顔が特徴の女性を描いた‘吉祥天像’があるが、菊池契月(1879~1955)の‘立女’の二人は古の画法が復活したかのよう。人物以外余計なものを極力省き、鳥や草花もあまり目立たないように下のほうに配置している。こんな絵はそうとう鍛錬しないと描けない。

池上秀畝(いけがみしゅうほ、1874~1944)の‘国之華’は6年前三の丸尚蔵館でみたときは200%魅了された。秀畝にこんな傑作があったのか、という感じ。その華やかな画風は狩野派的でもあり装飾性に富む琳派の香りも漂う。またみてみたい。

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2015.11.02

祝 ロイヤルズ 30年ぶりにワールドシリーズ制覇!

Img    9回ホズマーのギャンブル走塁で同点に追いついたロイヤルズ

Img_0001    世界一に大喜びのロイヤルズナイン

大リーグワールドシリーズの第5戦はロイヤルズが延長12回の末メッツに7対2で勝利し、4勝1敗で1985年以来30年ぶりのワールドチャンピオンに輝いた。拍手々!

この試合もロイヤルズは終盤に驚異的な粘りをみせ、9回の土壇場で2対2の同点に追いついた。8回までメッツの剛腕ハービーに0点に抑えられ、今日の試合はこのままハービーが2点差を守り完封するのではないかと思われた。だが、すんなりメッツの勝利とはならない。

ハービーは慎重になりすぎて先頭打者の3番ケーンに四球を与えてしまった。ケーンはすぐ盗塁をきめて反撃体制、そして続く4番のホズマーがきれいにレフトオーバーの2塁打を放ち1点差とする。メッツの投手が抑えのエースファミリアに替わって一死3塁となったあと打者ペレスはぼてぼての三塁ゴロ、これで2アウトになるが、ホズマーは三塁手のライトが一塁へ送球するのをみてホームへギャンブル走塁、慌てた一塁手のデューダの投げたボールは捕手の横を大きくそれ、ホズマーはセーフ。これで試合は振り出しに戻った。

同点になるとロイヤルズに勢いがでてくる。12回、ヒットで出たペレスの代走ダイソンが難なく2盗を決め、ゴードンの一塁ゴロの間に3塁に進んだ。この勝ち越しのチャンスに代打のコロンがレフトにタイムリーヒット。そのあともメッツの投手陣に集中打を浴びせ一気に5点入れた。勝負あり!

昨年もワールドシリーズを戦ったロイヤルズ、ジャイアンツに敗れ無念の涙をのんだが、今年は見事世界一になった。本当にいいチーム。野手はどの選手もいい守備をするし、走塁も積極的、そしてヒットがでるとそれが何本もつながり得点を重ねていく。投手陣は絶対エースはいないが、救援陣もふくめて高い防御率を誇る。ジャイアンツのように黄金時代を築くかもしれない。来年も楽しみ。

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2015.11.01

近代日本美術の煌き! 1923年(大正12)

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Img_0003     横山大観の‘生々流転’(部分 重文 東近美)

Img     平福百穂の‘竹林幽棲’(山種美)

Img_0001     小出楢重の‘子供立像’(山種美)

ここ数年、東近美で出かけることがぐんと減っている。そのため横山大観(1868~1958)の水墨画の最高傑作‘生々流転’がどのくらいの頻度で展示されているのかわからない。2年に一回くらい公開されるのだろうか、それとも毎年でてくる?

この絵は気が遠くなるほど長い絵巻、水の流れが延々40mも続く。山奥の川の源流で一滴の水滴が集まりひとつの流れとなり渓谷を下りやがて大河となって海へそそぎこむ。それでおわりではなく、蒸発した水はやがて雨をなりまた大地にもどっていく。

なにかと忙しく情報がいろいろ入ってくる毎日をたいして深くも考えず生きていると、こういう人生物語といった絵画をみても腹にずしんとくることはそうない。でも、人生何がおこるかわからない。水が天と地を清々と流転していることに思いをいたし乱れた心が鎮まることもあるだろう。

平福百穂(ひらふくひゃくすい、1877~1933)の‘竹林幽棲’は水墨画らしい絵。竹林と水墨画は強く結びついているというイメージがあるのは中国の文人画を思い起こすから。この竹林は竹が風に吹かれてかなり揺れている。こういう水墨画がさらさらと描けると雑念が消えるのだが。

小出楢重(1887~1931)の作品を一度にまとまった形でみたという経験がない。これまでみたのは片手くらい。小出はヨーロッパに半年あまり滞在したことがあるが、そのときおおいに刺激されたのがアンリ・ルソー、毛糸の帽子を被った男の子を描いた‘子供立像’はルソーの‘赤ん坊のお祝い’と人物描写がよく似ている。

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