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2015.10.26

近代日本美術の煌き! 1919年(大正8) その二

Img        関根正二の‘子供’(ブリジストン美)

Img_0001        関根正二の‘三星’(東近美)

Img_0002     中村悌二郎の‘若きカフカス人’(東近美)

Img_0004    バーナード・リーチの‘楽焼駆兎文皿’(日本民藝館)

関根正二(1899~1919)は1919年に20歳という若さで亡くなった。この年に描かれたのが‘子供’と‘三星’、ともに傑作だが、とくに体が震えるくらい惹きつけられるのが‘子供’の赤、この絵について関根の友人だった
今東光(こんとうこう、作家・僧侶・参議院議員)はこう語っている。

‘あの子どもの絵があるでしょ、朱いのが。あれなんかがつまり、関根のバーミリオンってくらいでね、たっぷり使っている朱が、生きているんですよ。関根はうれしかったでしょ、これを描くときは。これ、ほんとうにいい絵ですよね。これあんたね、19、20歳で描いたんですよ’

‘三星’の三人の顔は唇、鼻、頬、額が赤づくめ、真ん中が関根で顔がよく似ている左はお姉さん、そして右は恋人。じっとこちらをみている関根はまさに生きており、絵を描くことに真剣にむきあっている感じ。‘いい絵が描けたじゃない!’とつい声をかけたくなる。

日本の若き彫刻家たちに大きな影響を与えたのがフランスのロダン、中村悌二郎(1888~1921)のブロンズ像‘若きカフカス人’は日本のロダニズムを強く感じさせる作品。これも荻原守衛の‘女’や高村光太郎の‘手’同様、目に焼きついている。

近代になってから制作されたやきものでは民藝派の陶芸家たちに特別の関心を寄せている。バーナード・リーチ(1887~1979)もそのひとり。日本民藝館でよくお目にかかるのが魅力いっぱいの兎。リーチの楽しみはこのような大きな皿に描かれた生き物。ほかにもペリカン、ライオン、グリフォン、鹿、人魚、タコなどが登場する。

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