« 近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1919年(大正8) その一 »

2015.10.24

近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その二

Img         上村松園の‘焔’(東博)

Img_0002     土田麦僊の‘湯女’(右隻 重文 東近美)

Img_0003     速水御舟の‘洛北修学院村’(滋賀県近美)

Img_0001     高村光太郎の‘手’(東近美)

上村松園(1875~1949)の美人画というと女性の美の理想を求めた作品がすぐイメージされるが、一点だけ異色の作品がある。それは東博の平常展示にときどきでてくる‘焔’。

視線が集中するのは蜘蛛の巣と藤の文様の着物を着た女性が後れ毛をおはぐろをつけた歯で食いしばっているところ。女性が嫉妬に狂うときは心も体もこれほど激しく乱れるのかという感じ。なにかの反動で松園は一度だけ自らの内面の世界をこんな凄絶な絵で表現した。

土田麦僊(1887~1936)の‘湯女’は江戸時代に描かれた風俗画の趣と近代的な人物表現が見事に融合した傑作。松と藤の花に囲まれるようにして横たわっている女性は身につけている着物の鮮やかな赤の色によって強い磁力を放っている。東近美に足が遠のいているため長いことご無沙汰しているがいつか再会したい。

‘湯女’が赤で目が強烈に刺激されるのに対し、速水御舟(1894~1934)の‘洛北修学院村’は青に恐るべき力が秘められている。これほど青緑の美が心を揺さぶる絵はほかにみたことがない。木々を細密に描写する御舟の集中力と高い技量は尋常ではない。そして、青へのこだわり。長く記憶に残る一枚。

東近美へでかけるときは必ず目にするのが荻原守衛の‘女’と高村光太郎(1883~1956)の‘手’、手とか腕をモチーフにして価値ある彫刻作品を生み出すのだから光太郎の創作する力は並みのレベルを大きく超えている。

|

« 近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1919年(大正8) その一 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その二:

« 近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その一 | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1919年(大正8) その一 »