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2015.10.09

近代日本美術の煌き! 1910年(明治43) その二

Img_0002     青木繁の‘朝日’(佐賀県立小城高校)

Img_0001          朝倉文夫の‘墓守’(朝倉彫塑館)

Img_0003     萩原守衛の‘女’(重文 長野県信濃美)

Img     板谷波山の‘金魚’

東京駅の八重洲口から5分ぐらい歩いたところにあるブリジストン美、現在は改築中で休館となっているが新装なってお目見えしたときにはルノワールの可愛い女の子の絵のように常時展示してほしい作品がある。それは藤島武二や青木繁(1882~1911)の名画。

青木繁はもちろん‘海の幸’だが、重文指定になっているためこれが実現しない。洋画に限って言えばこの展示期間の制限に何の意味があるのだろうか。オルセーではルノワールの代表作‘ムーラン・ド・ラ・ギャレット’がいつ訪問しても楽しめるのに、同じ油彩の岸田劉生の‘麗子微笑’(東博)や‘海の幸’はときどきしかみれないというのは、まったく変な話。

青木繁の絶筆‘朝日’と4,5年前ブリジストン美であった回顧展で久しぶりに対面し立ち尽くしてみていた。波のうねりは6年前に描いた‘布良の海’に比べると穏やかだが、全体の雰囲気はモネの海景画を連想させる。藤島武二の海の絵は正直ぐっとこないが、青木のモネ風の作品には200%しびれている。

1910年の秋に開催された第4回文展で最高賞の二等賞に輝いたのが朝倉文夫(1883~1964)のブロンズ像‘墓守’、そして三等賞が萩原守衛(1879~1910)の‘女’。手を後ろに組む姿がとても印象深い‘墓守’はなかなか見る機会がないが、東近美に行くと必ず会えるのが‘女’、ロダンに影響をうけその造形に現れた女性の内面描写をみると碌山という彫刻家は才能に恵まれた芸術家だなと思う。

板谷波山(1872~1963)の‘金魚’は大好きな作品。ぱっとみると誰でも気づくアールヌーヴォー調。そして下のほうをみると光琳の流水模様で華やかに装飾されている。天才といわれる人はいつの時代もその作品は多彩、この金魚がそれをよく表している。

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