« 近代日本美術の煌き! 1915年(大正4) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1917年(大正6) その一 »

2015.10.19

近代日本美術の煌き! 1916年(大正5)

Img_0001     川合玉堂の‘行く春’(重文 東近美)

Img_0002   山元春挙の‘晴天鶴’(三の丸尚蔵館)

Img_0003         岸田劉生の‘古屋君の肖像’(東近美)

Img     村山槐多の‘自画像’(三重県美)

近代日本画の殿堂、東近美には心を奪われる傑作が数多くあるが、川合玉堂(1873~1957)の‘行く春’もそのひとつ。春のころ、この絵をみると本当にいい気持になる。強く印象に残るのが岩の描写、だから川を下っていく水車舟をみるのがついおろそかになる。

そして、春が終わろうとしているのだなと実感させるのが風に吹かれて小雪のように舞う桜の花びら、図版ではこの美しい光景は伝わらないが、絵の前に立つと200%感激する。玉堂はスケッチ旅行で秩父の川下りを体験し、このときみた自然景観が絵のモチーフになっている。いつか秩父へ行ってみたい。

竹内栖鳳(1864~1942)とともに京都画壇をリードしたのが山元春挙(1871~1933)、大きな画面に描く壮大な風景画はみごたえがある。明治末まではセピア色の風景画を描いていたが、次第に色鮮やかな青や緑を多用する画風に変わっていく。三の丸尚蔵館にある‘晴天鶴’は色彩が色つき風景画としては派手すぎると思えるほど目にやきつく作品。こうした絵は結婚式のようなお祝いごとがあるとき会場に飾ってあるといっそう映える。

麗子像だけでなく男性の肖像画も沢山描いた岸田劉生(1891~1929)、そのなかでお気に入りは‘古屋君の肖像’、てかてかした顔の描写がなんともリアル、劉生がルーヴルにあるデューラーの‘自画像’を意識してこの肖像画を仕上げたことは明らか。生身の人間がすぐ目の前にいるように感じさせるデューラーの肖像画、その細密描写のDNAが時空をこえて日本の岸田劉生に受け継がれた。画家でもないのになにか誇らしい気分になる。

村山槐多(かいた 1896~1919)の‘自画像’はみた瞬間タジタジになった。その強烈な目力は‘俺は誰にも描けない絵を描くぞ!’という思いをこの絵にこめているよう。忘れらない一枚。

|

« 近代日本美術の煌き! 1915年(大正4) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1917年(大正6) その一 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近代日本美術の煌き! 1916年(大正5):

« 近代日本美術の煌き! 1915年(大正4) | トップページ | 近代日本美術の煌き! 1917年(大正6) その一 »