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2015.10.23

近代日本美術の煌き! 1918年(大正7) その一

Img_0001     岸田劉生の‘麗子肖像(麗子五歳之像)’(東近美)

Img     中沢弘光の‘かきつばた’(東近美)

Img_0003     関根正二の‘信仰の悲しみ’(大原美)

Img_0002     関根正二の‘少年’

岸田劉生(1891~1929)が娘の麗子を描くのは1918年の夏から、麗子が五歳のときだった。油彩の最初の麗子像が現在東近美にある作品。東近美に足しげく通っていたころはしょっちゅうみていたから、これが一番馴染みのある麗子像。

麗子は髪がばさばさの感じでなにか農村の家の子どものようにみえる。でも、背景の描き方のおかげで子どのなのにとても存在感のある肖像画になっている。青緑と麗子の着ている紺の着物の組み合わせがよくあい、髪の形や肩から両腕にかけてのラインとパラレルになっている朱色のアーチの枠が麗子の姿を浮き立たせている。

中沢弘光(1877~1964)の作品でよくお目にかかるのは東近美にある‘夏’、昨年か2年前に横浜そごうで回顧展があったような気がするが、なんとなく見逃した。この画家の作品でずっと追っかけているのが‘かきつばた’、水の精のような雰囲気をもった女性との対面を強く願っているがなかなか実現しない。

関根正二(1899~1919)が亡くなる一年前に描いたのが‘信仰の悲しみ’と‘少年’、この2点と1919年に描かれた‘子供’と‘三星’は決して忘れられない作品。関根はウイリアム・ブレイクみたいに幻影をみたらしい。‘信仰の悲しみ’は関根が日比谷公園のベンチに座っているときみた幻影がインスピレーションになっている。真ん中の朱で描かれた女性は関根が恋した女性という。

来年1月、国立新美で大原美のコレクション展(1/20~4/4)が開かれるので久しぶりに‘信仰の悲しみ’と会えそう。

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