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2015.10.12

近代日本美術の煌き! 1913年(大正2)

Img     土田麦僊の‘海女’(右隻 京近美)

Img_0002     萬鉄五郎の‘雲のある自画像’(岩手県美)

Img_0001     村上華岳の‘夜桜之図’(京近美)

Img_0003     平櫛田中の‘落葉’(広島県美)

ゴーギャンに影響をうけた土田麦僊(1887~1936)は‘島の女’を仕上げた翌年にゴーギャンの香りをより強くした‘海女’を描きあげた。みどころは右隻の海女が海からあがってくるところ。海女たちは二人ずつ同じ姿でパターン化されている。視線がむかうのは樽を横にもった二人。手前のほうを大きく描き仕事を終えてちょっと安堵した気分で歩いているところを躍動的に描写している。

目の覚める青で描かれた海に立つ波の形は見慣れた日本画ではでてこないものだが、この波とコラボしているように思えるのが同じ年に制作された萬鉄五郎(1885~1927)の‘雲のある自画像’、12年前この絵を東近美で開催された‘青木繁展’でみたとき強い衝撃をうけた。一体なぜ雲が頭のすぐ上にあるの?!

しかも、男の髪の毛の色は紫色で顔には緑が塗られている。まるでフォーヴィスムのマティスの人物画をみているよう。そして思った、萬鉄五郎、やるじゃないと。日本の男性がこういう色合いで描かれていてもあまり違和感を感じない。ということは鉄五郎が絵の可能性を真に理解しているから。これはすごい!

日本の画家で村上という苗字をもつ有名な画家が二人いる。村上華岳(1888~1939)と10月末から森美で回顧展がはじまる村上隆。また、村つながりでいうと洋画家に村山槐多(かいた)がいる。村上華岳は京都で土田麦僊や小野竹喬たちを一緒にあたらしい日本画を創作しようと奮闘したニューウエーブ。

25歳のとき描いた‘夜桜之図’はなかなかいい。幕末、夜桜を楽しむ人たちが下から層をつくるようにぎっしり描かれている。華岳は江戸時代に登場した風俗画や浮世絵などの魅力を大いに吸収し、誰も思いつかなかった画面構成で新しい風俗画を生み出した。

広島に住んでいるとき、県の美術館へよく出かけた。平常展に飾ってあった工芸や彫刻のなかには忘れられないものがいくつもある。そのひとつが平櫛田中(1872~1979)の木彫‘落葉’、彫られた老人は僧侶、この造形はムササビが体をひろげて飛んでいるところを連想させる。

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